【クッキー☆】『猫になったBNKRG』 (106)

ドアを開けると180°の寒風が締め付けて、背後からも迫って小悪魔的だ。
BNKRGは秋が嫌いだった。寒い上に学校も色々と行事がありドタバタして面倒くさい。その上炬燵やストーブにはまだ早い時期だからだ。
母親が編んでくれたマフラーも姉のSNNNが初任給で買ってくれたこの手袋もお気に入りではあるが、BNKRGは今一つ秋が好きになれなかった。
好きになれない理由はもう一つある。

「BNKRGさん、行きましょう」

思考を中断し顔を上げた。眼前のPSRは笑顔だ。二人はいつも一緒に登校する。

「あのねぇ、BNKRGでいいって言ってるでしょ。それかBN」
「あっ、ごめんなさい、つい」

何度言ってもPSRは呼び名を変えない。彼女にとっては『さん付け』が普通なのだ。
BNKRGも始めは距離感を感じたが、既に慣れてこのやりとりも半ばテンプレート化してきている。

「まあいいわ、行きましょ」


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寒さで手袋が凍り付く。頬を撫でると、つるりと滑った風が表面を薄く薙いでいった。
昨日雨が降ったからか、通学路には所々水たまりができていた。BNKRGは行き返りの憂鬱さと寒さに顔をしかめた。
ほんの10日前まではまだ夏だったが、今年は寒波が早く、8月中旬にはすっかり秋の風に変わっていた。寒い地方である事が肌寒さに拍車をかける。
今夜は猫鍋にしよう。密かに決意する。

「あっめあっめふっれふっれかあさんがー」
小学生(?)が歌い、それを見守る男は煙草をふかしている。通学路は今日も平和でいい天気だ。
二人は通学途上、昨日のテレビ番組の話に花を咲かせていた。
BNKRGは勿論、グロテスクな番組ばかり見ている。

「で、下の方は上の子たちに潰されて圧死しちゃうんだって~ホントかわいそう」
「そんな・・・」
「ま、自然の摂理っていうか下剋上っていうか?そんな感じの奴よ?フフン」

嬉々として話すBNKRGにPSRは頬を緩めていた。
彼女が目の前に立つまでは。

「ん…BNKRGさん」
「あっ」

BNKRGは一瞬たじろいだ。そこには近所でも有名なイカババアこと、TISがいたのだ。
TISはBNKRGの近所に住んでいる、いわゆる近所の雷親父のような存在だ。もっとも、この外見でも本当は20代だという噂があるが……
BNKRGが物心つく前から近所に住んでおり、二階建ての古臭い家はゴミ屋敷だとかイカの干物ばかり並んでいるという噂だ。
海産物系の匂いがするからか、ついたあだ名がイカババア。BNKRGの得意な相手ではない。

「BNKRGさん、ちょっといい?」

しわくちゃの顔でBNKRGに凄む。
小声で言っていたためPSRには聞こえず、むしろPSR自身話題には入らないよう距離をとった。
BNKRGとしては遮ってもらった方が良かったのだが。

「BNKRGさん、最近気づいたんやけどアンタ猫をどこへ連れってるん?」
「別にどこだっていいでしょ」
「BNKRGさん、まさか猫を食べてたりしてへんやろな?」

ばれていた。図星を付かれたが、冷静を装う。

「そんな訳ないじゃない」
「じゃあどうしてるん?」
「どうやったっていいでしょ。その辺の野良なんて捕まえても誰も困らないじゃない。なんの悩みも苦労もなくのうのうと生きてる畜生でしょ」
「そーれーに、この辺猫だって増えすぎてるし私が『処理』してるんだからありがたーく思いなさいよ。逆に、慰労サービスでもすれば?」
「…殺生はあかん、あのな」
「どうだっていいでしょ、このイカババア!」

TISが驚いて目を見開いた間に、BNKRGは強引にPSRの手を引っ張り走り出した。
学校はすぐそこだ。

「BNKRGさん、そんな暴言は」
「BNでいいって言ってるでしょ!」

退屈な授業が終わるとBNKRGはPSRに見つかる前に下校した。
PSRに見つかると帰りに猫鍋用の猫を調達できないからだ。
母親のKNNがナースで忙しい日があり、BNKRGの家の夕食は当番制になっている。夕飯ごとにおかずを決められた額の間で買う。
残りはお駄賃としてもいいルールだ。
そこにBNKRGは目をつけた。
母親の目を盗んで鍋用の牛肉、豚肉を猫の肉にすり替え節約し、残ったお金をがっぽり頂く。一年ほど前からのBNKRGは度々すり替えをしていた。
泡が立って不審がられた時はひやひやしたが、去年の冬の終わりには処理の仕方を覚えた。かなり久しぶりだが、手は鈍っていないだろう。
そもそもTISは忠告してきたが、増えすぎた邪魔な野良猫を勝手に捕まえて食べることの何が悪いのか、理解に苦しむ。首をかしげつつ周辺の猫を探した。
去年の終わりごろから猫を見つけづらくなった。保健所や動物愛護センターのせいかもしれない。
いや、ひょっとすると顔や体臭を憶えられたのかもしれない。BNKRGは手袋越しに手を嗅いだが、臭いは別にしなかった。

しばらく猫を探すと一匹、丸々太った猫を見つけた。
丁度いい、この一匹で今日の夕飯の分をすべて賄ってしまおう。
鞄から睡眠薬入りの餌と麻袋と折り畳み式の網を取り出し、BNKRGは近づいていった。
3メートル程まで近づいたところで猫はこちらに気づいた。
目を丸くして近づこうとしたようだが、一瞬で網に気づいたようだ。賢い猫だ。
逃げ出した。BNKRGは追う。丁度いい、この先の行き止まりで捕まえよう。
行き止まりに追い詰めてしまえば大抵は観念してその場で網に捕まるか、急接近して塀に飛び乗ったところを網に捕まるかだ。
もしかしたらその場に他の猫がいるかもしれない。善は急げだ。走った。

塀まで追いつめた。猫は一匹だ。どうやら動きそうなので、網を携える。
猫が近づく、しかし塀には飛ばなかった。
逆に襲ってきた。慌てて網で襲う猫を追う。と、脇をすり抜けそうになった。
BNKRGはそれを逃さなかった。すり抜け逃げる猫に網をかぶせた。
しかし存外手強い。猫は網に入っても暴れた。猫も必死だ。

「ほら、大人しくしなさいよ」

あんまり暴れるので致し方なく一度蹴った。猫、というより豚のような声がした。大分懲りたろうか。
もう一度蹴った。完全におとなしくなった。
これなら安心だろう。イキがいいよう先に死んでないといいのだが、と息を確かめるとまだ息をしている。
BNKRGは麻袋に詰めようと袋を開けた。

「君は何をしているんだ」

咄嗟に振り返った。

「誰!?」

そこには小さな赤い服を着た人間がいた。どこからともなく怪しい匂いがする。頭がくらくらした。
声は甲高く、普段は柔和そうな顔だ。しかし理知的なその顔は怒りのような、悲しみのような表情で震えていた。
目を見開きBNKRGを見る。

「私の名はALISON。君は私の猫に何をしているんだ」
「私の…猫?名札も首輪もないじゃない」
「丁度外している間に逃げ出したんだ」

顔に青筋がたっている。本格的にまずそうだ、BNKRGは身構えた。
だが、一瞬後には間合いを詰められスプレーのようなものを嗅がされていた。
狭まる視界。落ちる意識。BNKRGは、君にはそれ相応の罰を受けてもらおう、という声を耳にして意識を失った。

意識を取り戻したBNKRGは困惑した。裸にされ、ベルトで雑にベッドに固定させられていたからだ。
移動させられた先は分からない、しかし触れる空気が温かい事から外ではない事は分かった。

「そうだ、動物がいい」
「君は野獣になっていじめられたうちの子の気持ちが初めてわかるんだ」

誘拐犯が振り返った。目を見開いている。瞳孔すら開いてそうだ。
首に何かが刺される。注射…?体が変だ。頭がくらくらする。鈍痛がする。
このまま私は薬漬けにされるのか?
冗談ではない。嫌だ。
BNKRGは覚醒した。
もがくとわずかにベルトがずれた。男は注射後背を向け、調の外れた音楽を鼻歌で歌いながら薬の調合をしている。
すぐさま静かに暴れてベルトを外しにかかった。
ベルトが完全に外れると同時に男が振り返った。目が血走っている。
迷う暇はない。
開いてる窓に飛びつき、そのまま外へ飛び出した。背後で声がした。
無我夢中で走った。

走り疲れてBNKRGは路地裏に逃げ込んだ。昼に雨でも降ったからか、路面には水たまりがいくつもできている。日は暮れかけていた。
自分が何をしたというのだ、ただ野良の猫を狩って食べてただけなのに。BNKRGは落ち着くと同時に次第に腹が立ってきた。
ピチャ、と不意に水たまりを踏んでしまった。冷たさで飛び上がる。が、何かがおかしい。手を振っても水気がなかなか落ちない。
それにいつもより見える風景が低い。
水たまりを見つめる。
猫がいた。
BNKRG本人はいなかった。
気づかなかった。『今までどうやって私は走ってきた?』『誘拐犯の家の開いてる窓にどうして飛び乗れた?』
BNKRGは手で顔を触ってみる。
水たまりの中の、毛並みの美しい猫が手で顔を触った。


BNKRGは、いつのまにか猫になっていた。


混乱してしばらく何も声が出なかった。顔をひたすら触っては触っては確かめる。確かに猫だ。

「嘘でしょぉー」

続いて間の抜けた声が出た。叫び声というよりは鳴き声であり泣き声だ。目も若干潤む。
どうしてこうなった?理由はあの誘拐犯だ。
あいつは確かに『野獣になって』と言っていた。
つまりあの男が注射した薬に原因がある。混乱する頭で『あの家に戻りさえすれば元に戻れる薬がある』と妙に冷静に考えた。
生来パニックには慣れているのが救いだった。もっとも、こんな事態は人生でも1度経験するかしないかレベルのイレギュラー中のイレギュラーなのだが。

時間切れで薬が切れるという可能性も考え付いたが頭を振って却下した。むしろ時間が経ってしまえば定着してしまう可能性もある。
それに時間制限で薬が切れた場合どうなる?自分は今生まれたままの姿だ。
このまま服を取り戻さず戻ってしまえば、自分の最高級に魅力的な裸体が浮浪者のおっさんや無法者の土方の兄ちゃんに狙われてしまうかもしれない。流石にそれは御免こうむりたい。
つまり先決すべきは元の家に戻る事なのだが……

「家って…どっち?」

無我夢中で誘拐犯の家を飛び出したおかげで今自分がどこにいるのかもわからない。無論自分の家もだ。
周囲を見渡したがあたりに地名が分かるようなものはなく、ぽつんと一人路地裏でBNKRGは困惑した。
詰んだなこれは、自然と母の口癖を真似てる自分を自嘲したが、寂しさだけが募るばかりだ。

「どうもこんちわっす。君名前…君名前なんて言うの?」

背後で声がした。振り返る。そこには茶色く、さわやかそうなオス猫がいた。

そうだ。今のBNKRGは猫だ。猫ならば猫の言葉が分かるのは当然だ。

「BNKRG」

一呼吸して落ち着いて答える。陰に光る眼から気づいたが、どうやら背後の暗がりにいるのは1匹だけではないらしい。その中の代表がこの猫か。
茶色いオス猫は優しげであり、声には特徴があり、人当たり――この場合猫当たりだろうか――が良さそうだ。

「おお、いいねぇその体」

全身をくまなく見られ恥ずかしい。

「俺はGO、この辺の群れのリーダーやってるんだ」
「うちの群れさ、よかったら来ない?招集かければ30分で5万匹集まるくらいの集会の代表団体最近やってるんだけどさ」
「え、でも」
「30分で5万は流石に嘘に決まってんじゃん」
「ままま、新入りで群れのルール知らなくたって大丈夫だって安心しろよ、そこんところ俺たちがおいおい教えていくしヘーキヘーキ。ヘーキだから」
「みんな優しい猫だってはっきり分かんだね」
「つべこべ言わずに来いホイ」

暗闇からも勧誘の声がする。群れの中からもなぶるような視線をまじまじと受けていた。
思案する。ここで大人数になるのも心強い。群れに入ってじっくり誘拐犯の家を探すのも悪くないのかもしれない。もしかしたらALISONの家を知っている猫もいるかもしれない。
しかしいかんせんBNKRGは先程頭をよぎった『猫の体で定着』という言葉が頭を離れなかった。

「い、いやよ、私他の群れだし」

咄嗟に嘘が口から出た。嘘を吐くのには慣れている。しかし、言った瞬間後悔した。
雰囲気が変わった。暗闇の猫たちが一斉に疑念、敵意を向けてるのが分かる。

「あのさぁ…」
「じゃあ群れの名前を教えてくれるかな?」
「入群キャンセルはキャンセルだ」
「どうして?どうして入ってくれないの?僕が馬鹿だから?僕は馬鹿じゃない!僕は馬鹿じゃない!!」
「これ以上追求したら困惑しちゃう、もういいよ、やばいやばいやばい」
「うるせぇ!」
「オォン!アォン!」
「それじゃあうちの群れに頂くとするか」
「これも隠語?」

群れがめいめい話し始めた。暗闇にいるだけで、意外とその数は多いようだ。

「あのさ、嘘は良くないと思うんだけどさ」

GOに図星をつかれた。

「お前とりあえずぅ、群れに入ってこい」
「おっ、そうだな、とりあえず悩みや心配事はみんなで分け合うのが一番の解決策だゾ。入ってから考えればいいゾ~これ」
「入って来~~~~~~い!」
「ん、そうですね…入って、どうぞ」
「え、でも」
「え、いいからいいからいいから」
「じゃあ、お兄ちゃんの群れで遊ぼっか」

「うるせぇ!大人しくしろ!」

GOの雷鳴のような鳴き声が響いた、途端に静まり返る。

「まま、そう焦んないで。あのー一応個人的なんだけど……入群する条件あって、一つだけだから」
「入群する条件?」
「どこにもあるものだけどね。うちはセッ○スで、異性でも同性でもみんな新入りと一度はやれる権利があるんだ」
「は?」
「群れに入れなくてぼっちになってたんだろ?入群条件欲しいんだろ?あげるよ。パパパッと全員と経験してチャチャチャッと入ればいいだけ」

「性欲の新陳代謝、逃れられぬカルマ…」
「毛並みがセクシー…エロイっ!」
「お待ちしてナス!」
「かわいい嬢ちゃんだぜ」
「ケツの穴舐めろ」

「う、う、嘘でしょぉー!!」

こんなところで体を売るなんてとんでもない。猫に処女を上げるなんて真っ平御免だ。それにどんな病気をもらうかも分からない。
BNKRGは絶叫して逃げ出した。

「あ、おい。待てやコラ」
「待てやコラ」
「なんだお前根性なしだな」
「おい待てい、何か理由があるかもしれないゾ」
「理由なき追撃は後々の入群をしたくなくなるってはっきり分かんだね」
「理由なんて必要ねぇんだよ!」
「あっそっかぁ」
「なんで追う必要があるんですか」
「お前ら俺の後についてこい」
「田舎猫はスケベな事が大嫌いなのか」
「雌豚ぁ!Come on now!」
「逃げたらダッシュで襲っちゃえ☆」
「あああああ!」

追手が次々と襲ってくる。
捕まったら犯される。必死にBNKRGは逃げる。どこか、どこか隠れ家はないか!周囲に目を光らせながらひたむきに駆ける。
潰れたパブのネオンライトが、周囲に人家のない事を告げていた。今は走るしかない。

30分ほど走っただろうか。路地裏を抜け、繁華街を後にして、住宅街に入っていた。
これだけ走り続けても追ってくる。まだ2、3匹いる。
体力の限界が見えてきた。疲れ果ててへばりそうだ。
視界の端にいい人家を見つけた。明かりがついている。もしかしたら、と突然曲がり入った。
まだ追ってくるだろうか、と人家の垣根の中で荒い息をしながら待った。
ここを隠れ家にした訳は簡単だ。猫が嫌う植物やハーブが植えてある、つまり猫避けの対策がしてある家なのだ。現に今、茂みが肌に当たり痛い。ハーブの嫌なにおいがする。
だがBNKRGは元人間なので、それほどにおいは気にならなかった。
撒いたようだ。ホッとため息を吐いた。安心だ。
ここで寝てしまおうかとも思ったが体が痛い、庭の土地を拝借させてもらおう。茂みから人家の家の庭に這い出た。






そして見た。明かりの正体が何かを。




「ろうそくろうそく、よし!後頼む!」
「一応みかんとか持って来たぜ」
「えぇ!?い、いいよ!ショートケーキにみかんは合わないって!」
「細かい事は気にすんな!あれだ、具材てんこ盛りの方が美味しいだろ?」
「いやぁ~……まあ」
「それと、SZも後で来るらしい」
「おう!」

リビングには『RI誕生日おめでとう』という垂れ幕がかかっていた。ガラス越しにも派手な装飾が見える。
どこからともなくオルゴールの音がする。誰かのプレゼントだろうか。
ケーキを囲むように3人の女がいた。

「悪いな私の為に」
「えへへ」
「おう!金額だけま、多少はね……?」
「ま、何はともあれよ、あれだ、RI以外の3人で割り勘でいいじゃねぇかよ」
「おお、そうだそうだ、MZ、今年遅れて到着するらしいぜ」
「単身赴任中だって事もSZには言ったよな?」
「お、おう」
「あ、そうだ!先にMZに電話しておめでとうメッセージを先に貰うっていうのはどうだ?」
「面白そうじゃねぇか」
「そうと決まればAZS!特急電話で頼む!番号は……あー……」
「ヘーイヘイ」

携帯の番号を口にしている。和気藹々と楽しそうだ。
胸が締め付けられた。この差はなんだ。
片や性交を強要され逃げ惑い、傷だらけになった猫。片や誕生パーティーで和気藹々と楽しげに話す家族。
自分も少し前まで向こう側だっただけに、余計辛かった。リビングのガラスが世界を隔てていた。
自分も温かく迎える家族たちがいた。しかし今やそれは叶わない。どこか遠くの世界に来たかのようだ。
みじめだ。現実は残酷だ。

「ワーッハ!」
「さっさと飲んで喰おうぜ?腹減ったぁー」

電話はいつの間にか終わったようだ。
目の前に映る家族と母親、姉のSNNN、自分が重なった。
そして気づいた。いつの間にか天井が外れ、そこから大きな手が覗いていることに。毛むくじゃらの手が覗いていた。
KNNを押さえつけ、SNNNの首を刈り取り、手は天井から去ろうとする。BNKRGはそれに噛みつきひっかきなんとか留めようとする。だが叶わない。
天井から顔が覗く。猫だ。猫の表情が変わった。残忍な笑みだ。
そして猫の顔と一家の顔ぶれが変わった。一家の顔ぶれは猫になり、天井から覗いている顔はBNKRGに変わった。

ハッと気が付いた。何を想像していたのだ。BNKRGは考えを取り払う。
猫なんて所詮なんの苦しみも持たない畜生だ。
そう考えた直後に群れのルールという言葉が出てきた。GOの群れと同じように、他にも猫には猫の社会があるのだと気づいた。
ならばその葛藤も持っているのかもしれない。いやあるに違いない。どうして彼らを笑えようか?

自分が狩ってきた猫たちの顔を思い浮かべた。
思い出せる数は少なかった、が、彼らにも確かに大なり小なり多くもあり少なくもある家族がいたのかもしれない。今まで何も気づかなかった。無意識に一家を引き裂いていたのだ。
人殺しと一緒だ。それが人の命と猫の命であるかの違いがあるだけだ。
どうしてTVに出る逮捕された殺人犯を笑う事ができようか?

BNKRGは今までの行いに戦慄しながらも悔い、胸を押さえつけた。眼から、一筋地面に落ちた。

「ん?」

一人がリビングの窓に近づく。
咄嗟に茂みに隠れた。窓が開かれる。

「お、どうした」
「いや~……まあ……猫がいたような」
「細かい事は気にすんな!」
「そうだそうだー!飲んで喰って楽しもうぜ!」
「おう!」

BNKRGはその場を離れた。
居づらくなった。あのままパーティーに割って入って保護してもらってもさらに自分がみじめになるだけだ。
BNKRGを追っていた猫たちは何処にもいなかった。撤収したのかもしれない。
日はとうに暮れ、公園の明かりが街路樹を照らしていた。

何故犬猫は食べてはいけないのだろうか。今更になってBNKRGは思った。
頭がいいから?いや、ブタもガチョウも犬より頭がいいという話を聞いたことがある。
菌が多くて食中毒になるから?なら貝類のカキはどうなる?毎年少なからず食中毒が起きている。
倫理的、道徳的な問題?倫理とは何?道徳とは何?
頭がこんがらがってきた。自分らしくない。くよくよ悩む性格ではないのに。
無情にも頭の中ではまだ自分を責める声が響いていた。

「猫ちゃん、ごめんね」

ポツリ、呟く言葉は遅かった。

疲れた。ついさっきまで走って止まり、走っては止まりの繰り返しだったので当たり前だろう。お腹も空いている。
ホカホカのご飯が食べたい。お風呂で汗を流したい。温かいベッドで寝たい。そう思っても飼い猫にならない限り出来るはずがない。
今までなんでもない、当たり前の事が素晴らしい事だった。
そうか、と心の内で手を鳴らす。食糧問題も野良猫には重要な悩みなのかと今更になって気づく。
BNKRGは疲れて公園の茂みに入った。今は腹よりも走り回った眠気の方が勝っている。ここなら、安易に見つかることもないだろう。
猫ちゃんのお墓、作っておけばよかったな、とBNKRGは深く後悔した。猫の骨はいままで燃えるゴミに混ぜて勝手に捨てていた。供養されただろうか、おそらく答えはNOだ。
丸くなった。布団が恋しい。そのまま目を閉じた。

BNKRGは秋が嫌いだ。それは姉のRUがいなくなった季節でもあるからだ。
家族の姿が脳裏に映る。いなくなったRU、毎朝元気に出勤するSNNN、優しく、BNKRGを受け入れてくれるKNN。
会いたい。寒さが目に染みたのか、一度目をこすってため息をついた。

少しの間眠っただろうか。不意に揺り起こされた。
欠伸をしながらBNKRGは目を開けた。

「な、何よ」
「やべぇよやべぇよ」

三毛猫だ。だが何故かBNKRGは顔を見てメジャーリーガーのような印象を受けた。

「アイツらが来たから……」
「何よアイツらって」
「あく逃げろよ」

茂みから別の声がした。どこかで聞いたことあるような気がしたが、どこだったか。
三毛猫は声に従って飛び出していった。

「一体何なのよ……」

茂みから顔をのぞかせた。
公園内は別段変わった様子はない。
だが公園の外に車が駐車しようとしていた。
目を凝らして車の表示を見る。
理解したと同時にドアが開いた。

「動物愛護センターだ!」

「えっ…」

血の気が引いた。今はただの猫だ。
このまま捕まってしまったら猫として自分がいままでしてきたように、いやそれ以上に残酷な『処分』が待っている。
捕まる猫に数匹が気付いたのか、次々と猫が散っていく。最初は少なかった逃げる猫も、便乗して数を増していった。
周囲を見渡す。
茂みを抜けたとしてどこに逃げればいいのか、それともこのままここに隠れていた方がいいのか……

「よう、猫のねぇちゃん。どうした」
「わっ」

背後からいきなり体を触られて見つからない程度に飛び上った。
背後に見覚えのある、おそらく先程のGOの群れに所属していた猫が3匹ほどいた。

「な、なによ」
「この辺にぃ、いい抜け道と隠れ家あるらしいっすよ。行きませんか?行きましょうよ」
「え、でも私は群れには」
「群れ?何のことだゾ?これは群れとかGOとかの意志じゃなくて……見ず知らずの困った猫を助けようとしてるだけだゾ」
「群れって何のことかMURさん分かりますか~?」
「……うーんどこの群れだかKMRももう分からねぇだろ」
「そうですね」
「じゃけん抜け道行きましょうね~」
「見てないでこっち来て」
「……いいの?」
「早くしろ」
「あくしろー」

心は決まった。三匹と目を見合わせ、一瞬後に走り出した。

「テメーふざけんなよ!こんなことしてタダで済むと思ってんのかよ!」
「あああああ!」

逃げる最中も道端で猫が捕まっている。相当猫の数が多いようだ。
裏道を抜け、階段を飛び上がり、廃ビルの3階から飛び降り、看板の上に着地した。
ここが隠れ家のようだ。ネオンの蟹の看板はとうに煤け、廃ビルには人の気配はない。BNKRGたちは看板の裏側のわずかな足場に来ていた。
看板の他には案内してくれた猫の他に猫がまだ数匹ほどいた。

「KMRも走って疲れただろう」
「疲れましたね…」

息せき切っていると案内してくれた3匹のうちの一匹、焦げ茶色の猫がこちらを見ている。
気づいて振り向くとすぐに視線を逸らした。

「ここまで来れば安心だゾ」

看板の下ではまだ猫たちが捕まっている。場所がばれてしまわないか心臓が高鳴る。
また先程の焦げ茶色の猫がこちらをチラチラ見ていた。今度は舐めまわすような視線だ。

近づく、すぐ振り返り視線をそらす前に言う
「何よ」
「ファッ!?」
「早く言っちゃいなさいよ、静かにしなきゃ見つかっちゃうんだし」
「お前の事が」

焦げ茶色の猫は逡巡した。やがて意を決する。

お前の事が」
「うん」
「お前の事が好きだっオォン!」

突然焦げ茶色の猫が突撃してきた!?
いや、焦げ茶色の猫が目の前にふっ飛ばされてきた。避けるにはあまりにも距離が短すぎる。
押し出す形でBNKRGは跳ね飛ばされた。

「田所さんは僕のだよ!」
「TBSさん!?僕の恋人だからやめてくださいよ本当に!」
「舐めてんじゃねぇぞ」

猫たちの騒ぐ声が一瞬聞こえ、BNKRGは跳ね飛ばされたまま看板の隙間から落ちる。
死ぬ、そう思った瞬間脚で受け身をとれた。いや、これは徐々に猫に近づいているのかもしれない。
玄関にゴミが散乱している廃ビルだったのも救いだった。

だが着地の瞬間足を滑らせてしまった。人間がこちらを向いた。音で気づいたのだ。
逃げなければ。そう思おうにもなかなか足が滑って動かない。
網がかぶせられた。

「お前はそっち押さえろ!」
「人間に勝てるわけないだろ!」

次々と人間がきた。網の上から固いものがぶち当たる。蹴りつけられた、気づいたのは視界が開けた一瞬後だ。
暴れつつ抵抗した、しかし地の力が違いすぎる。

ハッとした。愛護センターの人の向こう側にKNNが見えた。
家から出るところだ。すみませんの言葉と共に何度も頭を下げていた。
助けて!何度も叫ぶが、こちらからは猫の鳴き声が響くばかりで届かない。
まさか、私を探しに?私がいつまで経っても帰らないことに業を煮やしたのか?
拉致されたのではないかと近所に聞きこんでいるのかもしれない。いつもなら勤務時間なのに?欠勤……?

「全く、ほっつき歩いて、見つけたらただですむと思ってる訳?はぁーあ」

落胆する声が震えた。顎から、いや頬から一滴落ちたように見えた。
それと同時に視界が遮られた。
暴れるのをやめ遠くを見ていたので、袋をかぶせられたのだ。

ダメだ。ここで捕まったら誰にも謝れない。このまま死ぬわけにはいかない。
一層もがく。
暴れる。
必死に袋をひっかく。
破けない。
よじ登ることも叶わない。
袋がしまる。
何かの開く音がした。
体が宙に浮く感覚。
乱暴に全身を投げ出される。
柔らかい物の上に体が落ちる。
ほのかな明かりが、大きな音を立てて闇に溶けた。

「保健所では貰い手が見つからない犬猫は処分されるのは知ってるよね?PSR。」
「処分の方法はガス室に入れての処刑だってこの前テレビで見たんだけどさ、ガス室では値が張る一酸化炭素を使わず二酸化炭素を使ってるんだって。知ってた?」
「へぇー。燃えた時に出るあの?でも安楽死なら一酸化炭素の方がいいと思うんだけど…」
「自然界にCO2なら普通に存在するし、それに一酸化炭素だと割と簡単に人間でも死人出て危険だと思うんだけどね」
「そうそう、二酸化炭素は酸素とかより重くて、下にいると苦しくなるでしょ?だから猫たちは必死に弱った奴らを蹴落として上に行こうとしてるんだって」
「で、下の方は上の子たちに潰されて圧死しちゃうんだって~ホントかわいそう」
「そんな・・・」
「ま、自然の摂理だな?フフン」

死の受容の段階は5つに分かれており、そのプロセスで不治の病の患者たちはいくつかの段階を経て最終的には受容へと至る。
聡明なPSRからそう聞かされた時にはなんのこっちゃと右から左へ受け流してそのまま忘れていたが、今更になって思い出しBNKRGは納得した。
愛護センターに着いて何日が経っただろうか。今更暴れてもどうにもならないだろうとBNKRGは暴れるのをやめた。
どうせ貰い手は来ず、死ぬのだ。ならばこのまま暴れても仕方ない。
ただ自分の最後を看取ってもらえない寂しさで、死を想ってBNKRGは目を閉じた。
猫ちゃんを供養すればよかった。骨はもう処分したが、せめてお墓を作ってあげればよかった。何度かBNKRGはまぶたの裏に思い描いた。
だがもう悔やんでも仕方ないのだ。
このまま死ぬのだから。

それでもいいと思った。
今まで好き勝手猫を殺して食べてきたのだ。当然の報いだ。
虫のいいようだが生きたいと思った。罪を償いたいと思った。
でもそれも過ぎた願いだ。
BNKRGはこの薄暗い檻で死んでいくのだ。
暗い夜が来る。






何度か、暗い夜が過ぎた。




また夜が来た。
いつもと違う夜だ。扉が開く音がした。部屋に光が灯る。こんな時間に誰だろうか。瞼の裏が明るくなった。
きっと保健所の人だ、そうに違いない。それにしても何をするんだろう。何かの検査だろうか。

「ええやん、ここの猫らから選んでええの?いや犬は…」
「おっこの子なんかええんちゃう?」

どこだろうか、どこかで聞いたことがあるような声だ。思い出せない。
どうでもいい。思い出せても思い出せなくても。BNKRGは静かに寝たいのだ。
瞼に影が落ちる。

「近所のクソ生意気なガキにそっくりや」
「苦手やけど、克服するってのもありかもしれへん」

いきなり体が宙に浮かんだ。いや持ち上げられた。
驚いて目を開ける。嘘!?眩しい…持ち上げる手が温かい。

「この子にするわ」



目の前にイカババアが、TISがいた。

猫用のキャリー・カートに詰め込まれた。どうしてだろう、何も考えられずただただ困惑している。
思い当ることは一つ。ゴミ屋敷に連れ込まれて殺されてしまうのかもしれない。キビャックの材料として海獣の腹に詰め込まれるかもしれない。皮を剥がれて三味線にされるかもしれない。
キャリー・カートが開いた途端逃げるが勝ちだ。まともに戦って勝てるわけがない。どんなに相手が非力であっても家というホームグラウンドに連れ込まれるのだ。負ける可能性が高い。
BNKRGは口元を固く閉じ、身を引き締める。瞳孔を操作し、光に慣れるよう努力もした。
体中が浮く感覚がして、酷くカートの中が揺れた。カートごとどこかに下ろされたようだ。恐らく車で運搬し、家に着いた後カートをどこかに下ろしたのだろう。

しばらく経ってもカートは開かず、BNKRGは焦り始めた。どうしたのだろうか、逃げないように外で網を用意しているのだろうか。
機械的な音とチーンという音が聞こえた後、唐突にカートが開いた。
一瞬呆けたがそのまま勢いで出た。
しかし出たすぐのところで足がすくんだ。いや、足が止まったと言って差し支えない。

籠に入れられて連れられた先はTISの家の食卓だった。カートはバカでかい机の端に置かれていたのだ。
煌びやかに広がる料理群には豪華絢爛の文字がふさわしい。
立ち上る湯気と香気に思わずBNKRGは立ちくらみを起こした。
そういえば動物愛護センターでの食事後、何も食べていない。ALISONの家からの脱走した後愛護センターで食事はしたものの、それ以来BNKRGは満腹まで食事した記憶がない。
よだれが自然と出てきた。顔を振ったが目の前の誘惑には勝てなかった。
つい何も考えずむしゃぶりついてしまった。もしこの中に睡眠薬や毒薬が入ってたとしても構わない。その時はその時だ。

「ふふん、うまいやろー、うまいやろ。料理したからな、私が」イカババアが背中を撫でつつ呟いた。
鯖の味噌煮に目が留まる。加工する気がないのか。そんなことはどうでもよかった。鯖の煮付けにBNKRGは歓喜のため息をついた。

ご飯を食べた後、強引に風呂に入れられた。
愛護センターで体が汚れていたためか、かなりお湯は汚れた。まさに生き返った気分だ。
体中に水滴がついてムズムズしたため、BNKRGは体を震わせた。水しぶきが飛んでTISがむせた。
しまった、と思ったが後の祭りだ。申し訳なく体を縮めているとTISはむせるのをやめ、丁寧に体を拭いてくれた。
そうか、猫が体を震わせて水気を飛ばすのはこういう事か。

風呂を出た後BNKRGはトイレの説明を受けた。
そんなもの分かるに決まってると口を出したかったが、猫語なので通じるはずがない。
冗長な説明が終わった。TISはリビングでテレビを見ている。
TISはどうやら一人暮らしのようだ。初めて知った。
ゴミ屋敷と噂だったが噂されるほどゴミ袋が多いわけではない。少し散らかっている程度だ。
いや、もしかしたら別の部屋にあるのだろうか?においを嗅ぐが元人間のBNKRGには分からなかった

リビングのソファーに座るTISは、BNKRGを隣に置いている。
逃げるなら今だ。そう思うのだが、撫でる手が妙に優しかった。
好意に飢えていた。BNKRGは手の感覚に身を任せ、半分困惑半分安堵で目を細める。
「まだ生きてていいのかな」少しだけ胸に暖かいものを感じたが、「猫殺し」という言葉が脳裏をよぎり、すぐに罪悪感で俯いた。

「名前、つけとらんかったな」
TISは呟いた。BNKRGにとっては元人間だが、TISにとっては名無しの野良猫だ。
「どんなんがええかな」
BNKRGは口を開きかけたが、やめた。独り言が多い女である。
「まぁず」肩を叩かれた。
「はぁ?」ニャァ、と声が聞こえただろう。人間にはそれが困惑の声に聞こえるはずもなく。
「よし、これでええな。アンタはまぁずや。私が裏切ってしもたまぁずや」
「ちょ、ちょっと」
抗議の声をあげたが、それもむなしくBNKRGの名前はまぁずに決まった。

寝る時間になったのかTISは別の部屋へ向かった。
BNKRGはため息をつき、ついていった。
一緒に寝るんか、と呟いた。
その声がどことなく寂しげで、そして嬉しそうで、BNKRGは困惑した。
まぁずとは、誰か大切な人の名前だったのだろうか。
何故かBNKRGはどこかでその名前を聞いた気がした。一体いつ、聞いたのだろう。
BNKRGを抱き上げるとTISは嬉しそうに抱きしめた。固く強く抱きしめられ、息がつまり暴れた。

「痛い! ちょっと」
「あの人も私を捨てたけど、まぁずは私を受け入れてくれるんやね」

腕が緩んだ。半分涙声だ。

「もうくたばりかけやけど、まぁずは最期までいてくれるんやな」

下ろされ、BNKRGは距離をとった。
死ぬ?TISが?
なんのことかわからなかった。
一人ぼっちのTISと、愛護センターで孤独であったBNKRGと姿が重なった。
このまま死ぬまで猫でいるなら、彼女を一人にして出ていくわけにはいかない。孤独死させてしまう。
BNKRGは、もうすぐTISが死んでしまうならもう少しだけここにいるべきか、と思った。
もはや戻れる場所などない。
それに人間の姿に、元の姿に戻る時間はとっくに過ぎているだろう。
ならば目の前の憐れな女性の最後まで寄り添い、支え少しでも罪を償う。
それが与えられた贖罪なのかもしれない。
TISはいつの間にか寝る準備を終え、ベッドに腰かけていた。
もう寝るのだろう、BNKRGがベッドへ乗ると愛おしげに頭を撫で、ベッドスタンドの明かりを消し横になった。
BNKRGもベッドの脇に体を丸め、目を瞑った。
夜の帳が下りてきた。

「あっめあっめふっれふっれかあさんがー」
小学生(?)が歌い、それを遠目に見守る男は煙草をふかしている。通学路は今日も平和でいい天気だ。
その小学生(?)は、今日は一人だった。
見守る男、葛城は立ち上がった。
時は来た。

煙草屋として独立したのも、この少年のためだった。
一目で小学生に恋をした。
あの笑顔を苦痛に歪ませたい。その一心で付近に店を構えたのだ。
あの笑顔を独り占めにしたい。その一心でずっと待っていたのだ。
本業はやめた。多くの人が葛城に理由を聞いてきた。答えなかった。
人は恐らく私を歪んでいると言うだろう。一人の少年のために仕事を辞めるなんて、と。
それでも構わない。少年のためなら拉致という罪も背負おう。
どれだけ犠牲を払っても手に入れたいものがある。

煙草屋を閉め、裏口から回り込む。誰が廃棄したのか、新聞が道を舞っていた。
監視カメラの死角に待機する。煙草に火をつけ咥えた。
道端にあった邪魔なポリバケツを足で遠ざけた。倒れたがどうでもいい。
少年がもう少しで手に入る。
興奮で口のタバコが僅かに震える。武者震いと言い聞かせた。
もうすぐ自由に弄れるのだ。
周囲に他に人影はない。
少年がスキップで近づく。気づいている様子はない。
もうすぐだ。
あと5メートル、あと4メートル、あと3メートル、2……

物陰から飛び出す一瞬前だった。

少年は足を止めた。
隣に車が止まっていた。

「お兄ちゃん楽しそうだねぇ、俺らとも遊ぼうじゃねぇか、おーい」
「あれぇ~?」

若い3人組が車から降りてきた。
明らかに表の住人じゃない。
『そっち系』の奴らだ。
少年は3人組に誘われ、車に入ろうとしている。

唇を噛み、睨みつけた。
罵声が出ていた。出した葛城も想定外だった。拳を強く握り、飛び出していた。
3人組と少年は振り返った。
3人組のうちの一人、金髪が振りかぶった。
一瞬虚を突かれた。こちらも反射的に拳を固める。
相手の拳は何とか避けた。頬を掠る。煙草が飛んだ。
クロスカウンターで拳を顔にぶつける。金髪は一瞬で気を失った。
ひぃ、という声が耳に届いた。

こいつはこちらの獲物だ!
続いて目の前のもう一人、ジャンパーに狙いを定める。
拳を振った。
スウェーされた。
踏み込む。
ポケットから黒い物が出てきた。
――――ハジキか?
葛城は接近の勢いを殺し、距離を取りつつよろけ気味に足をはね上げる。
当たった。スタンガンだ。だが跳ね飛ばした。これで獲物はない。
もう一人は困惑している。
今しかない。もう一度踏み込んで腹に拳を叩きつけた。
ぐ、と声がした。ジャンパーは降参だ、と声を絞り出す。
急いでもう一人が駆け寄って、二人を車に乗せた。すみませんでした、と情けない声が車から漏れた。

なんとか少年は奪われずに済んだ。
その少年は……?周囲を葛城は見渡したが、それらしい人影はなかった。
車の中にもいない様子を見ると逃げたのだろう。いきなり目の前で男たちが喧嘩を始めたのだ。無理もない。
3人組が車で逃走するのを見つつ、全く困ったもんじゃい、とひとりごちた。
だがこれで少年に借りを作る事が出来た。
別な機会に少年を手に入れればいい。奪われなかっただけでも良かった。

葛城は目の前の敵に気を取られてそれに気が付かなかった。
目を見張った。なんだこの匂いは?記憶を巡らせた。

不法投棄された新聞は宙を舞っていた。

拳で弾け飛んだ煙草はどこへ行った?

煙草は火がついたまま新聞へ飛んでいた。

そして新聞から火の手が上がり、燃え広がって、更に先にはポリバケツがあり


――――ポリバケツの石油に火が付き、道端の家に燃え移っていた。
「えぇ」唖然として、その時は呆けるしか出来なかった。

BNKRGは異臭で目を覚ました。煙?
煙か、煙ね。お母さんが料理を失敗したのね。
瞼を下ろした。
「煙」
ハッとして、目を開けた。
そうだ、今は猫だ。そしてここはTISの家だ。

時計を見る、もう昼だ。疲れがたまっていたのか。こんな時間まで寝るなんて。
跳ね起きる。明らかに異常だ。ベッドにTISはいなかった。
BNKRGはキッチンへ急いだ。ここが火元ではない。煙の流れを見ると、火元は玄関か?
TISはどこへ消えたのだ?思いつくとすれば外か、それとも2階か?
BNKRGは人間の時と勝手が違う階段に難儀しつつ、なるべく息をしないよう2階へ上っていった。
ここでTISを殺すわけにはいかない。

老朽化した家はいとも簡単に炎に包まれていった。部屋に散らかっていたゴミのせいかもしれない。
2階にTISはいない事を確認し、もう一度下に降りる。
猫の身ではなかなか骨だ。BNKRGは自身の身が猫であることを呪った。
TISは避難したのかもしれない。
そうと決まれば自分も逃げよう、とBNKRGは脚を速める。
その時、視界の端にTISが映った。BNKRGは動きを止める。

TISは息も絶え絶えに、何かを抱えていた。
「すぐ行く、もうすぐ行く。MZ」
隣部屋は天井まで火の手が回っていた。
TISの足取りが重い、煙を吸い込んでしまったのか?
持っているのはナイフだ。
まさか、とBNKRGがいうと同時にTISはそれを手首に押し当てた。

「行くで」
「ダメ!」

BNKRGはTISに飛びついた。手からナイフが落ちる。
すかさずナイフを咥え、距離をとった。

なんでや、低く震えた声だった。
TISは呆然としたまま、半ば怒りを込めた目をしていた。
一瞬、時が止まったように思えた。
BNKRGは気が付いた。
天井が、2階の床が落ちてきている。

何も考えていなかった。
罪の意識が残っていたのか、それともただTISを救いたいと思ったのか。
BNKRGはナイフを捨てると、TISに突進していた。






衝撃と共に意識が飛んだ。




駆けつけた2人の消防隊員が窓を割って入ると、部屋に女性が一人確認できた。
この家の主だろうか。傍に木材の下敷きになった猫がいる。
んん?と消防隊は駆けよった。

「まだ、まだ生きろって言うんか。私はもう長くないのに、天寿を全うしろって言うんか、まぁず」
女性は猫に叫ぶように、縋るように声を絞り出していた。
消防隊員は腕を取った。女性は手をはらった。
「俺は消防隊員だ、お前みたいな被災者を見逃すわけにはいかねぇんだ」
「いや気を悪くしないでくれこの辺に生存者の反応があったのでね」
もう一人の消防隊員が女性をなんとか立たせ、2人で窓へ向かっていった。女性はまだ叫んでいる。

女性を完全に外へ連れ出してから、消防隊員は猫も助けようともう一度木材を見た。
猫はそこにはいなかった。

BNKRGは何とか脱出することができた。
意識もはっきりしていない。
混濁している。
ふらついている。
ガクついている。
煙を吸い過ぎたのかもしれない。

だが満足だった。BNKRGはTISを止め、火災の崩落から、自殺から命を守ったのだ。
自己満足だろう。多くの猫を虐殺してきた罪は許される訳ではない。
でも、少しは贖罪になったのかもしれない。このまま、あの世でTISを待つのも悪くはない。
TIS……そういえば、MZと言ってたか。そして自分の名前は、まぁず。
MZ……あの日、避難した家で聞いた名前、電話番号。すべてが繋がった。
今ならはっきりと思い出せる。だがTISにそれを伝える手段はもうない。
電柱にぶつかり、BNKRGは腰を下ろした。すべてを諦めた。
そのまま目を閉じた。

声が聞こえる。
今となっては誰かすら思い出せない。
耳をすませる。

「さて、猫の気持ちが少しは分かったかな?」
「君をずっと猫にしててもいいのだがね。反省した、と今回は捉えてあげよう。次はないよ」

優し気な声だ。誰だったか。何だったか。2つの気配が目の前にある。瞼を開けずともわかった。
首に何かが刺さった。注射だろうか。
痛いが、もう反撃する力はなかった。

「どこへでも行くがいい。寒いから、服は適当に掛けておこう。優しさだよ」
「さて、帰ろうか。ボクらのお家が待っている」

声は遠ざかっていった。遥か前に聞いた、懐かしい声が聞こえた気がした。

BNKRGは目を覚ますと「まだ死んでいなかったのか」と自分で自分が悲しくなった。
ふと、道路脇のカーブミラーを見るとそこには裸のBNKRGがいた。





BNKRGは、いつの間にか人間に戻っていた。

起きてすぐ、寒さに打ち震えた。服が布団のように掛けてあったのが幸いだった。
すぐに着た。また人間に戻れたのだ。
嬉しい――――という感情の前に寒さという生理現象がきていた。

TISの家に戻ろうか?だが家は焼け、まともな形を保ってはいないだろう。
それに、TISが受け入れてくれたのは猫のBNKRGだ。受け入れてはくれないだろう。
そして、今の自分は誰かの家を訪ねるには腹が空きすぎている。
そう判断したBNKRGは自分の家に戻ることにした。
猫になっていると気付いたあの時、あの場所とは違う。見慣れた道だ。家の場所は分かる。
急ぎ足で家に向かった。

「あっめあっめふっれふっれかあさんがー」
寒い朝だ。
小学生(?)が歌う。それを見守るいつもの男は今日はいなかった。通学路は今日も平和でいい天気だ。
家につき、BNKRGがドアを開けようとした時、ドアが勝手に開いた。
KNNが家の中から開けたのだ。鉢合わせになった。

「お母さ」
「バカ」

手が出ていた。
ビンタされたのだ。
呆然としているBNKRGにKNNは抱き付く。

「こんなに心配かけて、タダで済むと思ってるわけ?」
「ごめんね」

BNKRGはKNNを抱き返した。KNNは涙声になっていた。
ただいま、という声に気付いたのか、SNNNも玄関に顔を見せた。
笑顔だった。お姉ちゃんもただいま、と声をかけた。
BNKRGは過去の自分の罪を償い、自首する決意をした。
二度と、猫を殺さないことを誓った。

もう一度日常が戻ってきた。
既に銀杏もすっかり葉を落とし、冬の足音が迫っていた。
TISが仮屋として住んでいるアパートは入居者が少ない。
それでも、自分より若い入居者がいるのは知っている。ただ、引っ越しの挨拶をしにいっても出ては来なかった。
時代が変わったんやろなぁ、と一人ごちる。近所付き合いが煩わしいのだろう。
TISは道路を掃いていた。
私以外の誰かが掃けはええんやけどな、と心の中で愚痴を吐いてもいる。
秋風とは既に言えないほど風は冷たく、TISはかじかむ手をカイロで温めつつ腕を動かしていた。

「ん…TISさん」
「あっ」

TISは一瞬たじろいだ。そこには近所でも有名な生意気娘こと、BNKRGがいたのだ。
ついこの間行方不明になったという噂を聞いたが、きちんと戻って来れたのならちょっとした家出だったのだろう。
元気なのはいいことだが、放蕩すぎる――――。
TISはBNKRGについての噂を思い出しつつ、緊張で唇を舐めた。

一瞬目が合ってTISは目を逸らす。直後にBNKRGは一歩前に出た。
こうして相対すると、やはり最近の若い娘は何を考えているか分からず怖い。

「おはようございます、お疲れ様です」

破顔一笑、笑顔が返ってきてTISは驚いた。BNKRGはTISの肩を労いのつもりか軽く叩いた。
だがすぐ、TISはおはようと返せた。
しっかり挨拶のできる子だったんか、と少なからず驚いた。

BNKRGは何度か頭を下げ、道を曲がっていった。
すぐに首を傾げる。この道の先には警察署くらいしかないと記憶していたが、落とし物だろうか。
前よりBNKRGは優しくなったのだろうか。
遠くなる背中を見て、何故かTISはあの日焼死させてしまった猫の事を思い出した。
自分の身を挺し、TISを救った猫は遺体が見つからなかった。
野良猫にでもなったのだろう。
もう済んだことだ、猫もMZも。
また会いたいという気持ちがあっても、人生はそうすべてうまくいくことはないのだ。
すべて忘れて最期まで一人で生きる決意をし、TISはほうきを少しだけ強く握った。






TISが肩に貼られたMZの連絡先に気が付くのは、もう少し先だ。





終わり

ぬわあああああんちかれたんもおおおおおwこれにて完結やで!
実は、askしたらSSの話を思いついたのが始まりだゾ~
本当は話のネタなかったんだよなぁ・・・←
でも発想を無駄にするわけには行かないので一昔前の流行りのネタで挑んでみた所存ですねぇw
以下、BNKRG達のみんなへのメッセジをドゾー

BNKRG「みんな、見てくれてありがとっ
ちょっと腹黒なところも見えちゃったけど・・・気にしないでね!」

PSR「いやーありがとうございました!
私のかわいさは二十分に伝わったでしょうか?」

TIS「見てくれたのは嬉しいけどちょっと恥ずかしいやんな・・・」

GO「見てくれありがとな!
正直、作中で書かれた内容はすべてフィクション、架空の話だぜ!」

SNNN「・・・ありがと」モサ

では、

BNKRG、PSR、TIS、GO、SSNN、俺「読者兄貴たちありがとナス!」



BNKRG、PSR、TIS、GO、SNNNN、俺「って、なんで俺兄貴が!?
改めまして、アリシャス!センセンシャル!」

本当の本当に終わり

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