【ガルパン】西住みほ歌集「おかあさん」 (24)

 去年の暮、母の癌が三度目の再発をしました。
 80歳を越ての再発。
 けれども私や菊代さんや孫達の哀しみをよそに、当の母自身はむしろその知らせに心の落ち着きを得ていたようです。
「常夫さんやまほが迎えに来てくれたのね」
 そのつぶやきと共に母が浮かべた微笑みは本当に穏やかなものでした。

 今、その時の彼女の心境が私自身に乗り移っています。

 家族、友人、貴方達に心よりの感謝を。 
 そして母へ。
 本当にありがとう。

 私は今とても穏やかな気持ちで私の最後の歌集を編み上げています
 この歌集を、私と共に生きてくれた全ての人達へ捧げます。

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1.母

















卵巣も 膵臓もはや 打つ手なし

 母にゆっくりと 今年の夏来よ














母の影 わたしの影と 並びゆく

 影さへも母は 迫力あらず








このひとは だんだん子供の やうになる

 パンツ一枚で 西瓜くひゐる















この母に こんな晩年が 来ることを

 知らずに逝きたる 父がかなしい








何をどう話そうにも忘れてしまふ この母に

 道辺のちひさな かたばみの花







この母に 六十年まへは 鮮らしく 

『てゐがあ2』の 絵図まで描けるのに
















姉の死さへ 忘れし母の 後ろでを

 茱萸の葉ゆらせし 風がすぎゆく








畦道を はだしで歩いた 日のことを

 死んだあなたは 忘れたらうか



















2.友













気まぐれに 電話してくる この人は

 何十年経っても 私をふくたいちょうと呼ぶ


ものを忘れ やっかみ心も薄れゆき 

 こゑの可愛い 老女となれり


あなたは あなたでいのよと 言ひくれて

 五十年来の 友の頬杖











幽霊に なつても来てほしい 人たちを 

 机の向かうに 何人と数ふ








旦那なく ひとり暮らせる 六十五歳
 
 文藝ゼクシィ 四、五冊積みて











女にも あんな挨拶 あっていい

 やあ、しばらくと はじくカンテレ






晩年を この人たちは 生きゐるが

 何とはきはきと 昔を語るあんつゐお






五十年の 歳月の向こうに 煤けたる

 艦の梁見ゆ 老いた友見ゆ






3.日々















発言しておいでと母が言ふからに
 
 戦車道連盟 熊本会議










湯あがりに 耳かゆければ 綿棒を

 こよこよ動かす 耳傾けて





治療費に足りない財布のお金見て 

 夫がカードで支払ひくるる





西海が 西住の姓の 始まりと 

 郷土史家言ふ 説得力がある









石の上に 私の母が 腰おろし 
 
 夏のひざしに 縮まりてゆく











4.菊代歌



臨終には しほさんしほさんと 呼ぶだらう

 家元だとか 奥様ではなく



さみしい人と なりてしまひし しほさん

 あなたからあなたが 剥がれてゆく



『たんぱく質の一生』はむつかしき本なれど

 その一生が われらの一生



臨終の身は 六十兆の細胞の死ですか

 ページ開けたまま しほさんに問ふ



このうへに 何が起こるか 六十兆の

 細胞ひとつの 気まぐれ次第




あの喪服を 洗ひに出して おかねばと ぼんやり思ふ 見舞いし後






5.母の病室
















夕陽ですよ お母さん 薄き目をひらきてみれど 見分からぬらしき


薄い目を あけて私を見る人が 今ひしひしと たつた一人の母


死んでゆく 母に届かぬ 何もできぬ

 蛇口の水に 顔洗い泣く


誰か居て わたしは怖い 母が死ぬ

 真水の底の やうなこの部屋






お母さん あなたは私のお母さん 

 かがみ覗く 薄くなりし眼を












今はもう 静かに昏睡に入りゆきて

 死を知らぬまま 逝かせやりたし









6.母遺歌













かたばみの小さな花を摘みあつめ五歳のあね走る 四歳のいもうとつれて



クレヨンで汚れし手指を洗いひやるもうぢき五歳になるのかみほも



焼きたてのホットケーキは甘いのよ娘らに言ふ私はお母さん



歳月は返り来るなり二人子を膝に添はせ『じゃあまんせんしゃ』読む



働いて子供を産んで死んでゆく真つたう平凡な一生肯ふ



クレヨンがここにも転がり子供らの眠りし部屋に日差しの残る



足元のたんぽぽたちは健やかだどうつてことないよなあ、ほんと











7.





ひとことも言はずに死んだ
ひと風草のような
それがやさしさだったのだ
わたしのお母さん






 結


(西住みほ 20xx年 没)

ありがとうございました。
ちょっと変わったネタですが、こういう変化球もたまにはありかなと。(駄目?)



歌の改変元:河野裕子「母系」

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