理想と現実と(9)

 男は自分の部屋を見渡してうんざりしていた。物が散乱していて所々汚れが目立っている。

元々掃除が得意ではない性分ではあった。さらには掃除をする気力もやる気もあまりなかった。

仕事を終えた日は疲れを理由に、休日は他の用事や平日の疲れを癒すためと自分に言い訳していく
内にゴミと無為な時間ばかりが積み重なっていった。

「さすがにこれは良くないよなあ」

 遅まきながら男は重い腰を上げたが、もはや自分一人で片付けられないと考え清掃用のロボットを
購入する事にした。普及して大分月日が経った今ならば、きっと安いものや中古が並んでいるという
思惑もあったのだ。

 売り場に行くと多種多様なロボットが並んでおり、男はどれにしようか悩んでいると店員が
やって来た。

「お客様何をお求めでしょうか?」

「清掃用のロボットを探しているんだ。出来れば床掃除だけでなく荷物の整理や家事全般も
出来れば良いんだが」

「それならばこちらがお奨めですよ」

 店員に案内されたのはロボット売り場でも一際目立つ人型ロボットの売り場だ。

そこにはメイドの格好をしたロボットと執事の格好をしたロボットが展示されていた。

「こちらは大変高性能ですよ。掃除はもちろん荷物整理や料理も可能です。また主人との
会話も既存のものとは比べようもないほど自然で機知に富んでおります」

「なるほどそれは便利そうだ。だがあまり高価だと手が出せないよ」

 交渉を続けていくうちにローン払いならば無理のない価格になり、男は購入する決意をした。

「ありがとうございます! では契約書とこちらアンケートに記入をお願いします」

「契約書は判るが、アンケート?」

「このアンケートはロボットとの会話はもちろんロボットの初期の人工思考に多大な影響がありますので、
くれぐれも真剣にお考え頂いてご記入をお願い致します」

 男に手渡されたアンケートとやらには奇妙な質問ばかりが記載されていた。

一体こんなものが何の役に立つというのだろうか。

そう思いつついい加減な記入はしないようにと念を押されたので、それなりに考えて男は記入していった。

 男が記入し終えたアンケートを店員に渡すと、3日以内に自宅に届けられると伝えられた。

「さてもうあれから3日は経つが、まだ来ないのだろうか」

 そんな事をぼやいているとチャイムが鳴らされた。

荷物が届いたのかと思い玄関を開けると、そこにはメイド服を着たロボットが立っていた。

「お待たせしましたご主人様。今日から宜しくお願い致します」

 流暢な会話と自然な動作はもちろん、ロボットが訪れたことに男は驚いた。

高性能を謳っているだけはあると納得してしまう。

「さっそくで悪いが掃除と荷物整理をしてくれるかな?」

「畏まりました」

 命令を下されたロボットは即座に行動し、荷物整理をしていく。

しかし一向に片付く気配は見せない。理由はロボットにあった。

 このロボット、どこか片付ける間に別の所を汚してしまうのだ。

足が縺れて転んで散らかしたり、手が滑って皿を割ってしまったり、とにかくミスが多い。

確かに掃除と片付け自体は丁寧なのだが、これでは全く意味がない。

「何てことだ。不良品をつかまされたな」

 ロボットに待機命令を下して男はすぐに店に向かった。

店に入るとロボットを奨めた店員がおり、男の姿を見ると近付いてきた。

「いらっしゃいませ。どうですお客様、あのロボットの調子は? 快適になったでしょう」

「とんでもない。あんな不良品を送りつけてくるとはどういうことだ」

 男の怒気を感じた店員は萎縮して、一体何が起きたのか事情を聞いた。

初めは申し訳なさそうに接していた店員だったが、男の話を聞いて次第に安堵の笑みを浮かべ始めた。

「不良品を送っておいてなんだその顔は」

「いいえ、お客様のご要望通りで安心しました」

「要望通り? 不良品を頼んだ覚えはないぞ」

 男がそう言うと店員は一枚の用紙を持ち出してきた。

 まさか契約書に不良品であっても文句を言うなと書かれていたのかと男は考えたが、そうではなかった。

それは契約書ではなくアンケートだったのだ。

 困惑する男に店員がある項目に指差した。

 そこに記載されていた内容に男は思わず呻いた。

なるほど確かに店員は不良品を送ったわけではない、むしろ自分の要望に真剣に応えたのだ。

 過去の自分を思わず殴りたくなる。原因は自分にあったのだと男は大きく溜息を吐いた。

そこにはこう記載されていた。




【好きなメイドのタイプ】 どじっ娘

別に人型でなくてもいいから掃除と片付けをしてくれるロボが欲しい
今年もあと数日だけど全然片付かない

そんなお話、読んでくれて乙

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