結城友奈「東郷美森は鷲尾須美である」 (29)
※結城友奈は勇者であるSSです。
※地の文アリ
※独自解釈アリ
※勇者の章開始前のお話です。
※次レスよりお役目スタート
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東郷さんの隣を、並んで歩く。そんな喜びも自然な日常になってきたなあ、なんて思う。少し前までは、彼女の後ろが私の定位置だったのに。
こうして歩いていると、色んなことに気がつく。たとえば、東郷さんは私より背が高い。勿論知ってはいたのだけれど、それを実感することはあまりなかった。隣を見ると、少し上に東郷さんの綺麗な横顔が見える。なんだか頬がカッと熱くなる気がした。
東郷「どうしたの、友奈ちゃん?」
不思議そうな顔をする。その表情がどこかあどけなくて、彼女の美しさとのアンバランスにくらくらする。
友奈「東郷さんと二人でこうやって歩けるなんて、幸せだなあって」
東郷さんも私の顔を見ていて、私も東郷さんの顔を見つめている。自然と手が伸びて、彼女のそれを握っていた。冷たくて、もちもちしていて気持ち良い。
東郷「もう、友奈ちゃんったら。またそれなの?」
台詞こそ困っているようだけれど、東郷さんは満面の笑みだ。これが脚以外で最大の変化だと思う。
東郷さんはよく笑うようになった。今までも、彼女はいつも微笑みを浮かべている女の子だった。けれど、こんなにも『満面の笑み』と言いたくなるようなとびきりの笑顔を見せてくれるようになったのは、最近だ。
友奈「だって、本当に嬉しいんだもん」
だから、嬉しい。私は東郷さんが大好きだ。私の大事な親友。お隣さん。同級生。勇者部の仲間。一緒に戦った勇者。どんな言葉でも足りない、私の大切な人。
私たちは誓いあった。お互いを守ると。だからこうして、一緒に並んで歩けることが信じられないくらい幸せなんだ。
友奈「いつまでもずっと、こうしていたいなあって思っちゃう」
園子「わー、ゆーゆは大胆だね~」
突然前方から聞こえてきた声に、はっとなる。気付けば東郷さんの両手を強く握りしめて自分の胸に引き寄せていた。
樹「まるでプロポーズみたいでした……」
風「お熱いのはいつものことだけど、もうお店ついたわよ」
友奈「わわっ! ごめん、東郷さん!!」
咄嗟に謝る。
東郷「ゆ、友奈ちゃんからプロポーズ」
見れば東郷さんの頬は紅くなっていて、譫言を口走っていた。
友奈「あはは……」
彼女はたまに、こういう状態になる。少し、思い込みが激しいのかもしれない。風先輩の呆れるような顔がちらつくけれど、私はそんなところも好きだ。
だってまさに今、東郷さんの頭の中はきっと私の事でいっぱいなのだ。それはどんなに幸せなことだろう。少なくとも私は頬がにやけてしまうのを抑えるのに精一杯。筋肉痛になっちゃいそう。そのくらい、幸福を感じている。
誰だってそうじゃないかな。自分の大好きな人が、自分のことしか考えていないだなんて。うち震えるぐらいの充足感に満たされる。
東郷「友奈ちゃんったら、そんな、うふふ」
まだ東郷さんは周りが見えていない。両頬に綺麗な手をあてている。私のことを、私とのことを考えるだけでこんなに幸せそうになってくれる。東郷さんの表情から、愛を感じずにいられなかった。
別に、愛情に飢えているわけじゃない。結城友奈という人間を、皆が大切に思ってくれていることは日々感じている。とっても有り難いことだよね。
私が喜びを感じるのはただ一点。東郷さんが私を愛してくれているという事実だけ。
風「いや、あんたたちずっと一緒にいるとか離れないとか約束したんでしょう。実質プロボーズなのに何を今更」
友奈「んっ」
思わず、息が漏れる。
東郷さんと”喧嘩”したあの時。私たちは約束をした。お互いのことを絶対に忘れないと。お互いを守ると。そして、ずっと一緒にいると。
確かにそれは、まるで生涯の伴侶として生きていく契約のようだった。あの時は必死で、とにかく東郷さんを助けたくて無我夢中だった。けれど改めてよく考えれば、顔から火が出そうになる。
東郷さんは、怖かったんだ。自分の失くした記憶が何かわからなくて、けれど涙が出る理由がわからなくて怖かった。そして何より、またそうやって私との思い出が消えてしまうことが怖かった。私の思い出から消えてしまうことが怖かった。
簡単に言えば、東郷さんは私が好き。
そういうことでしょう? 私のことが大好きだから、私のことを愛しているから、そんな恐怖に苛まれていた。ああ、なんて幸せなんだろう。
だめ、にやけそう。
我慢しなきゃ。ここでそんな笑いをするような子は、東郷さんの好きな私じゃない。
園子「ゆーゆ、変な顔してるけど大丈夫?」
友奈「えっ」
いつの間にか、園ちゃんの顔がすぐ近くまで来ていた。
友奈「な、なんでもないよ! ほら東郷さん、はやくお店入ろ。私お腹空いちゃった」
まだ心ここにあらずの東郷さんの手を引く。横目に見た園ちゃんの眼は、いつものように笑っていた。
園子「…………」
彼女はぼうっとしているように見えて、その実こうした機微に聡い。気を引き締めなきゃ。園ちゃんは、私の次に東郷さんと仲がいい。聰られないようにしないと。
そんなことを考えながら食べるうどんは、いつもほど美味しくなかった。
園ちゃんが家に遊びに来たのは、その翌日だった。
園子「ごめんね~、急に押しかけて」
友奈「ううん、あんまり園ちゃんとこうやって遊ぶことなかったから嬉しいよ!」
本音だ。彼女は私たちに、隠された真実を伝えてくれた。その感謝もあるし、私の知らない東郷さん――鷲尾須美を知っている彼女が羨ましいのかもしれない。
鷲尾須美は、どんな人だったのだろう。東郷さんは当時の記憶を取り戻しつつあるけれど、それでもまだほとんどを忘れたままだ。彼女の一番近くにいて、彼女のことを知っているのは園ちゃんなんだ。それが羨ましくて、妬ましい。どろどろとした、結城友奈に似合わない感情がお腹をぎゅうううっと締め付けるのがわかった。
園子「ゆーゆ、また変な顔してるね~」
いつも通りの笑顔と、間延びした声で言う。
友奈「そ、そんなに変な顔してる!?」
思わず両手を頬にやる。
園子「もしかしてわっしーのこと考えてる?」
ドキリ、とした。やっぱり園ちゃんには全て見透かされているのだろうか。
友奈「う、うん、鷲尾須美さんってどんな子だったのかなって」
嘘は吐いていない。この子には下手な誤魔化しは通用しないだろう。だから嘘はつかず、本当のことだけを限定的に話す。
園子「そうだね、やっぱり気になるよね」
ゆーゆとわっしーは仲良しさんだし、と笑う。
その笑みは、何を意味しているのだろうか。鷲尾須美が園ちゃんの記憶や思いを失ったように、園ちゃんもまた鷲尾須美を突然失ったのだ。それはどれほどの痛みだったのだろう。
東郷さんは、自分が失う恐怖と自分が失われる恐怖に押し潰されそうだった。なら、本当に失われ失った彼女は。
それだけじゃない。満開を繰り返して身体のほとんどの機能を失った。そして二年間も一人で大赦に祀られる。そんなとき、小学生の少女が何を思うのかは想像もつかない。
友奈「園ちゃんは、鷲尾さんと東郷さんのこと、好き?」
口から出た言葉が、震えていることに驚いた。
園子「勿論大好きだよ~。いままでもこれからもずっと変わらない。大切な人だよ」
それは、見たことのない表情だった。だから、どう表現するのかもわからなかった。
園子「東郷美森のわっしーは、昔のわっしーとは違うけれどやっぱりわっしーなんだよ」
無邪気な顔からは、彼女の言う好きがどの種のものなのかは伺えない。怖い。ああ怖い。
またどろどろとした何かが胃を締め付ける。
東郷さんをとられたくない。私だけの東郷さんであってほしい。そんな身勝手な欲望が身体を支配していく。結城友奈らしくない感情に、染まっていく。
――そうだ、これは結城友奈じゃない。東郷さんが愛してくれる『友奈ちゃん』じゃない。私は、結城友奈。明るくて、少しおバカで、でも真っ直ぐな女の子。東郷さんが大好きな、快活な少女。
友奈「……園ちゃんの知ってる、東郷さんの話を聞きたいな」
なんとか、持ち直す事が出来た。東郷さんが好きな私になれ――これは魔法の言葉。東郷さんの顔を思い浮かべてそう念じれば、『友奈ちゃん』でいられる。
園子「うん、今日はそのために来たんだよ~」
園ちゃんは、ゆっくりと物語を読み聞かせるようにお話をしてくれた。
真実、それは一つの物語だったのだろう。三人の、小さな勇者の物語。
時々園ちゃんは、やっぱりあの見たことのない表情をしていた。
三ノ輪銀。
それが、もう一人の勇者の名前。二人の友だち。彼女のお陰で神樹さまは事なきを得、そして今の勇者システムがある。
友奈「そっか」
やっと絞り出した声は、それだけだった。
何を言えばいいのか、何と言ったらいいのかわからなかったのだ。
園子「ここから先は、ゆーゆの方が詳しいよね」
両足と記憶を”供物”として捧げた東郷さんは、お隣に引っ越してきた。そして私の友だちとなった。
園ちゃんの言う通り、そこからは私が東郷さんにとっての一番であり続けている。自信をもって、そう言える。
けれど、彼女にとってはどうだったのだろう。乃木園子にとって、この二年間はどんな日々だっただろうか。親友を戦いの中で失い、もう一人に忘れ去られ、孤独に満開を何度も繰り返した。
隠された機能に気付きながらも。
園ちゃんは、鷲尾須美も東郷美森も好きだと言った。けれど、それは本当だろうか。絶対の自信をもって言えることなのだろうか。自分たちのことを忘れ、お役目のことを忘れ、幸せに暮らしていた彼女のことを。東郷さんの所為じゃない。そんなことはわかっている。記憶のことで東郷さんを責める人がいるなら、私が第一に許さない。
でも感情はそう簡単に切り離せるものじゃない。東郷さんがどうしようもない恐怖と悲しみに押し潰されそうであったように。ひょうひょうとしているように見える園ちゃんも、割り切れない何かを抱えているんじゃないか。
そんなことを、思ってしまう。
悪い癖だ。自分自身に邪なところがあるから、相手もそうでないかと考える。
友奈「一人で、辛かったよね」
園子「そうだね……辛くなかったなんて、言えない」
園ちゃんは、言葉を選ぶように言いよどんだ。
園子「ミノさんを失ってすぐ、わっしーはああなってしまって、でも満開する以外に方法はなくて」
園子「この二年間、自分一人ではただ生きていくことすらもままならなかった。まあ、死ぬことも出来なかったんだけどね」
自嘲気味に笑う。
園子「でもね、約束したから。私たち三人は何があっても友だちだって」
そして、自分がわっしーを守り、わっしーが自分を守ると、約束したのだという。
ああ、そっか。私と同じだったんだ。
友奈「やっぱり、東郷さんは東郷さんだね」
私が東郷さんと契りを結んだように、園ちゃんも鷲尾須美さんと誓いを立てていた。彼女にとって、乃木園子と三ノ輪銀が、それだけ大切な存在だったんだ。
今の東郷美森にとっての一番が結城友奈であることは、間違いない。その自信は揺らがない。けれど、それはいつまで続くのだろうか。
私がすんなりと彼女の一番になれたのは、記憶を失っていたからだ。身体に不自由を抱えていたからだ。素直に、あるいは冷静に受け止められる。
そこは切掛に過ぎない。結果として東郷さんは、私のことを好きになってくれたんだから。
でも、これからのことはわからない。東郷さんは記憶を取り戻しつつある。全てを思い出した時、果たして私を選んでくれるのだろうか。
怖い。不安だ。あの締め付ける痛みが来る。どろどろとした、黒い何かが胃から絞り出されているような感覚。
もし、もしも。東郷さんが園ちゃんを選んだなら。
私は受け入れられるのかな。
友奈「…………」
目の前の少女を見る。彼女が選ばれたら、私はどんな感情を向けてしまうのだろう。
嫉妬、憎悪、厭忌、怨嗟――そんな言葉が浮かぶ。園ちゃんのことは好きだ。好ましい人だと思う。憎めない人だと思う。でも、園ちゃんは?
目の前の少女の目を見る。私が選ばれている今、彼女はどんな感情を向けているのだろう。
友奈「園ちゃんは私のこと、どう思う?」
柔和な顔の裏で、彼女は私のことを恨んでいるのかもしれない。何故一緒に死戦をくぐり抜けた自分ではなく、ぽっと出の女が隣りにいるのか。そんな憤りを感じているかもしれない。
園子「ゆーゆはね、いつも真っ直ぐですごいなあって思うよ。ずっと、見てたからね」
それに、と付け加える。
園子「ゆーゆがいてくれたから、わっしーはあんなに元気になれたんだと思う。有難う、ゆーゆ」
そんなことを言って、笑った。
ぐらぐらと、何かが揺れるように感じた。
友奈「本当に……?」
私はこんなにも穿った目で貴方を見ているのに、などと思ってしまう。
園子「本当だよ」
尚も笑顔で、園ちゃんが近付く。手を伸ばす。
園子「大丈夫、私はわっしーのことも、ゆーゆのことも大好きだよ」
いつの間にか、私は抱きしめられていた。
園子「ゆーゆとわっしーが、わーってしているのを見るの楽しみなんだ~。二人の色んな表情が見られて素敵だよ~」
眩しいな。
友奈「私ね、園ちゃんに嫉妬してた」
そう思ったら、口から本音が出ていた。
友奈「私の知らない東郷さんのことを知っている、私のとは違う絆のある園ちゃんが羨ましかった」
あれだけずっと、隠して演じていたのに。
友奈「東郷さんのことが好きだから、大好きだから……だから不安だったんだ」
でもこれで良かったのかもしれない。
友奈「東郷さんが記憶を取り戻したら、もう私のことが一番じゃなくなっちゃうんじゃないかって」
素直に思っていることを言える。それを仲間に相談出来る。それが、結城友奈のはずだから。
友奈「ごめん、ごめんね園ちゃん」
東郷さんの好きな、結城友奈のはずだから。
園子「ううん、ゆーゆはわっしーのことが大好きなだけだよね~」
園ちゃんが、私の頭を撫でる。
園子「幸せものだね、わっしーは」
そう言った瞬間、ガチャリと扉の開く音がした。
東郷「友奈ちゃん!!」
え、
東郷「不安にさせてごめんなさい」
東郷さんが駆け寄る。今度は東郷さんに、正面から抱きしめられていた。
東郷「私も、私も友奈ちゃんのことが大好きだから」
思考が追いつかない。思わずその場に座り込む。
東郷「私の一番は、ずっと友奈ちゃんだから」
泣きながらそう訴える東郷さんに誘われたのか、
友奈「と、東郷さんっ、東郷さんっ……!!」
私もわんわんと泣き出してしまっていた。
落ち着くまでには、暫く時間がかかった。
目の前の愛しい顔を見る。少し腫れた顔がまた、愛らしい。
東郷「あのね、友奈ちゃん。これからは不安になったらいつでも言ってね。困ったらすぐ相談よ」
じゅわあっと、温かい何かが心を満たす。
友奈「こんな私を知られたら、東郷さんに嫌われちゃうかもって思って言えなかったんだ」
だから、今はちゃんと真っ直ぐに言葉を紡げる。
東郷「そんなことない、嬉しいわ。そんなに私を思ってくれるなんて」
ああ、東郷さんがまた恍惚とした表情を浮かべている。私の大好きな人の、大好きな表情の一つ。
私のことを考えて、私に満たされている表情。好き、大好き。
友奈「改めて、言うね」
東郷「うん」
友奈「私、」
東郷「うん」
友奈「東郷さんのことが、」
東郷「うん」
友奈「好き」
東郷「うん」
友奈「好き、大好き、いつだって一緒にいたい、手を繋いでいたい、お話したい、お出かけしたい、色んなところに行きたい、色んなことをしたい」
東郷「私も、好き」
友奈「うん」
東郷「友奈ちゃんのことが好き、大好き」
友奈「うん」
東郷「好き、大好き、いつだって一緒にいたい、手を繋いでいたい、お話したい、お出かけしたい、色んなところに行きたい、色んなことをしたい」
友奈「うん」
東郷「…………」
友奈「…………」
お互いにお互いを見つめる。言葉は尽きないけれど、今はそれよりも大事なことがある気がした。
よく見れば、東郷さんの頬が朱い。きっと私も、そうなっているんだろう。
私たちは、少しずつ。ゆっくりと近付く。
唯でさえほぼなかった距離が、本当になくなっていく。
太腿が触れ合い、両手が重なり、そして私たちは――
神官「結城友奈様のケガレ……」
乃木園子の報告をもとに行われた大赦の調査書に目を通す。初めから頭痛がする内容だった。
否、これまでそうでないものなどなかったか。
東郷美森が『穴』を開けたことに端を発したあの事件で、結城友奈は限界を超えてまで戦った。その結果、一時的に植物人間状態になった。
戦いの最中、彼女は武装解除された状態でバーテックスの御霊に触れたことが報告されている。
ここからは推測に過ぎないが、これが彼女に様々な影響をもたらしたのではないかと考えられる。
人の身でありながら、人ならざるモノに触れる。それは自分自身の境界を曖昧にし、ケガレを呼び込む行為だ。旧世紀において、精霊を宿した勇者が不安感、不信感、攻撃性の増加、自制心の低下、マイナス思考や破滅的な思考への傾倒……等々精神的に不安定になることが報告されているように、彼女も同じような状態に陥っている可能性がある。
神官「だから、現在の結城友奈様の精神にも変化が見られた――」
まだ、何も終わっていないのだ。御霊に触れた影響がこれだけとも限らない。
神官「気をつけて……。乃木さん、鷲尾さん」
神に選ばれた少女たちのおとぎ話は、まだ終わらない。しかし必ず終わりはやってくる。
いつだって、神に見初められるのは無垢な少女である。
そして多くの場合、その結末は――
おわり
以上です。お付き合いありがとうございました。
もしよろしければ感想でもなんでもお言葉をいただけると幸いです。
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