武道家「天下一武道会に出場するぜ!」 (91)
病院──
武道家「え……余命半年から一年……ですか……!?」
医者「はい、残念ですが、あなたのお母様は……」
武道家「そ、そんな……! 助ける方法は……なにか助ける方法はないんですか!?」
医者「一つだけありますが……」
医者「その治療法は非常に高額で……」
武道家「なんて……ことだ……」
道場──
えいっ! やあっ! とうっ!
せいっ! たあっ! はあっ!
武道家「…………」
生徒「せんせー、元気ないけどどうしたの?」
武道家「あ、いや、なんでもないんだ」
武道家「みんな、稽古を続けなさい。さ、元気よく!」
生徒「……はぁ~い」
武道家(あの後、医者から聞いた高額な治療法……)
武道家(とても俺の収入じゃ払えない……)
武道家(こうなれば……仕方ない!)
武道家(本当はイヤだけど──)
武道家(俺たちと別居して以来、半ば絶縁気味だった親父に頼もう……)
武道家(親父は会社をやっているし、きっと力になってくれるはずだ……)
会社──
武道家「親父……」
父「息子よぉぉぉぉぉ!」
武道家「!?」
父「よく来てくれた! 頼む、助けてくれぇっ!」ガシッ
武道家「いきなりどうしたんだよ、親父!?」
父「助けてくれぇぇぇっ!」
父「実はな……」
父「少し前、ある業者に新事業を始めないかと持ちかけられて」
父「先行投資としてある設備を導入したんだが──」
父「その業者が悪質な詐欺師でな……」
父「結局、粗悪な設備をつかまされただけの格好になってしまった」
父「このままでは会社が倒産してしまう!」
父「お前、たしか道場を開いて、収入があるはずだよな!?」
父「頼む、私を助けてくれぇぇぇっ!」
武道家「落ちついてくれ、親父……」
父「ハァ……ハァ……すまなかった……」
父「久々の再会だったというのに、つい……」
武道家「とにかく事情は分かったよ、親父」
武道家「だけど俺も正直、それほど裕福ってわけじゃない」
武道家「こっちはこっちで、金策してみるから……」
父「頼む……!」
消費者金融──
社員「申し訳ありませんが、お客様の条件では融資はできかねます」
武道家「そうですか……」
武道家「ありがとうございました」ペコッ
武道家(そりゃそうだ……)
武道家(たかが一武道家に、高額融資なんてしてくれるわけがない)
武道家(いっそ道場を処分するか?)
武道家(いや……売ったところで二束三文になるだけだろう)
武道家(それに……やっとの思いで開いた俺の道場なんだ……)
武道家(そう簡単に手放せるものか……)
武道家(……とりあえず家に帰るか)
家──
武道家「ただいま」
妹「うぇぇ~ん……」
武道家「おお、戻ってきてたのか、妹!」
武道家「でも、なんで大泣きしてるんだ? どうしたんだ?」
妹「あ、お兄ちゃん……助けてよぉ~……」ギュッ…
武道家「おお、よしよし。なにがあったんだ?」
妹「実はね、実はね、あたし家を出てからある男と付き合ってたんだけど」
妹「そいつが金に困っててさぁ」
妹「どうしてもっていうから、連帯保証人になっちゃったのぉ~!」
武道家「なんだって!?」
妹「しかも、彼がお金を借りてたのがすっごいヤバイ闇金で……」
妹「彼氏も雲隠れしちゃって……」
妹「お金返せなきゃ、あたし殺されちゃうよ!」
武道家「でも……どうせ違法な金利なんだろ?」
武道家「弁護士や警察に相談すれば……」
妹「もちろんしたよぉ~!」
妹「だけど、弁護士や警察でも手が出せない闇金みたいで……」
妹「相談したのがバレて、ほら、ここ殴られたの……」
武道家「こりゃひどい……!」
武道家「分かった……」
武道家「とりあえず、ヤミ金には今後俺のところに来るようにいえ」
武道家「俺も腕っぷしには自信があるし、奴らもそうそう手は出せないだろう」
武道家「金も……俺がなんとかする」
妹「ありがとう!」
妹「さすがお兄ちゃんは頼りになるね!」
武道家「…………」
病院──
武道家「母さん、見舞いにきたよ」
母「ああ~痛いよ、痛いよ~!」
武道家「大丈夫かい、母さん!」
母「お医者さんに聞いたよ」
母「今、アタシのためにアンタがお金を集めてくれてるって」
武道家「!」
母「格闘技なんて不安定な道を選べたのは、誰のおかげだい?」
武道家「もちろん、母さんのおかげだよ」
武道家「母さんが俺の夢を理解してくれて、応援してくれたから……」
母「うんうん、分かってくれてればいいんだよ」
母「お金のことは頼んだよ……!」
武道家「ああ……なんとかしてみる……」
武道家(親父、母さん、妹……)
武道家(みんなが俺を頼ってる、頼ってくれている)
武道家(長男として、期待を裏切るわけにはいかない……)
武道家(しかし……消費者金融、親戚巡りとできる金策はすでにやった)
武道家(それにこれ以上、借金をするわけにはいかない)
武道家(仕方ない……)
武道家(今度、道場の月謝の値上げを生徒たちの親御さんにお願いしてみるか……)
道場──
武道家「よぉーしみんな、次は蹴りだ!」
はいっ! はーいっ! はいっ!
ドデッ!
生徒「いたぁっ!」
武道家「おっと、大丈夫か?」
生徒「うぇ~ん……せんせーのせいだ……」
武道家「え!?」
生徒「ママにいいつけてやるから!」タタタッ
武道家「お、おい、ちょっと待ってくれ!」
生徒父「ウチの子をあんな目に合わすなんて!」
生徒父「これが診断書だ。もう少しで一生歩けなくなるところだったんだぞ!」
生徒母「おたくを信じて通わせてたのに……許せないザマス!」
武道家「申し訳ありません……!」
生徒父「かくなる上は、裁判に訴えて、君の悪評を世間に知らしめてやる!」
武道家「そ、それだけは……!」
生徒父「ならばこの誓約書にサインしたまえ! 早く!」
武道家「は、はいっ!」
翌日──
業者「よぉーし、まずは道場内の撤去作業始めんぞーっ!」
部下「うぃーすっ!」
武道家「!?」
武道家「な、なんだアンタたちは!?」
業者「なにって……道場の改装工事だよ。ここはトレーニングジムになるんだ」
武道家「改装工事!? だれに断ってそんな──」
業者「昨日、アンタが書いた誓約書にちゃんと書いてあっただろ」
業者「生徒に怪我を負わせた責任を負わない代わり、道場を手放すって」
武道家「なっ……」
生徒の豪邸──
武道家「これはどういうことです!?」
生徒父「ん~? ちゃんと書いてあっただろう?」
武道家「あんな小さい文字で書かれていて、分かるものか!」
生徒父「ほう」
生徒父「道場を手放さないというのなら、治療費と慰謝料を払ってもらえるかね?」
生徒父「ちなみに専属の弁護士に試算してもらったら」
生徒父「君にはこれぐらい払ってもらうことになる」ピラッ
武道家「え……!」
武道家「こんな額、払えるわけがない!」
生徒父「だろう? だから、ボロ道場の土地で勘弁してやろうというのだよ」
生徒父「ありがたく思いたまえ」
生徒父「さ、では引き取ってもらえるかな?」
武道家「はい……」
生徒父「よぉ~しママに息子よ、今日は海にでも行こうか!」
生徒母「そうザマスね!」
生徒「わぁ~い!」タタタッ
武道家「…………」
武道家(俺はハメられたんだ……)
武道家(あの生徒を入門させたのも、多分最初からああするため……)
武道家(俺の道場をタダ同然で奪い取って)
武道家(自社が経営するスポーツジムにするために……!)
武道家(法も権力も世間もなにもかも、向こうの味方だ)
武道家(俺一人じゃ太刀打ちできやしない……)
武道家(頼みの綱だった道場も失って、俺はこれからどうすればいいんだ……!)
家──
武道家(……これで収入はゼロになった)ハァ…
武道家(いっそ、スポーツジムでインストラクターとして雇ってもらうか?)
武道家(いや……多分無理だろうな)
テレビ『スーパーチャンピオン、ミスター・サタンに挑め!』
武道家「ん?」
テレビ『天下一武道会、いよいよ開幕!』ジャジャーン
武道家(天下一武道会のコマーシャルか)
武道家(一度出ようとしたけど、予定が合わなくてやめたんだよな)
武道会(どうせミスター・サタンに勝てるわけないし……)
テレビ『今大会はスポンサーであるミスター・サタンの協力で、賞金が大幅増!』
テレビ『優勝者には1億ゼニー! 準優勝は5000万ゼニー!』
武道家「え!?」
テレビ『ベスト4には3000万ゼニー! ベスト8には1000万ゼニー!』
武道家「マジかよ……」
テレビ『集え、世界中の腕自慢たち!』
テレビ(サタン)『ガッハッハッハ、私を倒してみせろ!』
武道家「…………」
病院──
武道家「俺、決めた!」
武道家「天下一武道会に出場するぜ!」
妹「えっ、ホント!?」
母「天下一武道会に!?」
父「おお、そういえばそんな時期だったな」
武道家「さすがに優勝はキツイだろうけど、ベスト8までは賞金が出る!」
武道家「俺だって色んな大会で優勝や入賞を重ねてきたんだ!」
武道家「あと三ヶ月、みっちり鍛え直せば十分イケるはず!」
武道家「……必ず勝ってみせるよ!」
山──
武道家(天下一武道会はワンデイトーナメント!)
武道家(短期決戦で決める瞬発力と、トーナメントを戦い抜く持久力!)
武道家(そして巧みに勝ち抜く戦略が必要になる!)
武道家(三ヶ月でどれだけ出来るか分からないが……)
武道家(とにかく猛トレーニングをこなすんだ!)
武道家(トレーニングをこなせば、結果は必ずついてくる!)
武道家「うおおおお……!」
ダダダッ!
武道家(瞬発力と持久力を養う、山の急勾配での走り込み!)
武道家「はっ! やっ! でやっ!」
バシッ! バシッ! バシッ!
武道家(相手を効率よく倒すための打撃トレーニング!)
武道家「…………」ジーッ
ビデオ『ワー……ワー……! ドカッ! バキッ! ワー……!』
武道家(休憩中も、過去の大会のビデオで研究!)
三ヶ月後──
母「おお、ずいぶんたくましくなったねえ」
父「うむ……格闘技のシロウトである私でも分かる。強くなったな」
妹「お兄ちゃん、かっこいい!」
武道家「ありがとう、みんな!」
武道家「必ず賞金を手に入れてくるから、待ってな!」
天下一武道会会場──
係員『ただいまより予選を行います』
係員『先ほどクジで皆さんを16ブロックに分けましたが』
係員『各ブロックで勝ち抜いた一名のみが、本戦に出場できます』
武道家(つまり今回、本戦出場者は16人か)
武道家(本戦に出場して、1回勝てば1000万ゼニー獲得だ!)
武道家(目指すは準優勝だが、まずはそこまでたどり着く!)
予選開始──
武道家「だりゃあっ!」
バキッ!
武道家「でいやあっ!」
ドゴッ!
武道家「おりゃあっ!」
ベキッ!
審判『89番、予選通過!』
武道家「ハァ……ハァ……なんとか予選を突破したぞ!」
司会『では本戦に出場される方々は、クジ引きを行いますので集まって下さい!』
司会『この16名でトーナメントを行い、最後まで勝ち上がった選手が』
司会『スーパーチャンピオンであるミスター・サタンに挑戦できます!』
武道家(最低でも1000万ゼニーは持って帰りたい!)
武道家(本戦出場者に弱い奴なんていないだろうが──)
武道家(一回戦はなるべく弱い奴と当たりたい……!)
司会『2番ですね』
司会『第一試合、ミスター・ブウ選手と試合です』
武道家「!」
武道家(参ったな……優勝候補筆頭じゃないか)
武道家(とはいえビデオを見る限り、彼はいつも接戦を制している)
武道家(メチャクチャ強いってわけじゃない)
武道家(太ってるし、スピードでかき回せばいけるはず!)
武道家(むしろ一回戦で当たったことを幸運に思うべきだ!)
武道家(ミスター・ブウに勝てれば、他の選手にだって勝てるはずだからな!)
ワァー……! ワァー……! ワァー……! ワァー……!
司会『さっそく第一試合を行います!』
司会『始めて下さいっ!』
ブウ「かかってこい」ササッ
武道家「うおおおおっ!!!」ダダダッ
ガキッ! バキッ! ドカッ! ゴッ! ガスッ!
司会『これはすごい猛攻だ!』
ブウ「うわぁ~」ヨロヨロ…
武道家(よし効いてる! もうひと押しだ!)
武道家「でりゃっ!」
ガキッ!
武道家「おりゃあっ!」
ガンッ!
ブウ(そろそろいいかな……?)
ブウ「えいっ」
ペチッ
武道家「ぶげえっ!?」
司会『カウント10!』
司会『ミスター・ブウ選手、大逆転勝利ーっ!』
ブウ「やった!」
ワァー……! ワァー……! ワァー……! ワァー……!
武道家「…………」ピクピク…
ブウ「しまった、ちょっとやりすぎた」
司会『これは……』コホン…
司会『ブウ選手のチョップの衝撃で、ズボンとパンツが脱げてしまったようです』
司会『観客と視聴者の皆様、お見苦しい場面があったことを深くお詫びいたします』
「だっさぁ~い」 「あんなのにだけは格闘技教わりたくねえな」 「サイテー」
武道家(最悪だ……)
武道家(賞金は手に入れられず、大舞台で下半身丸出し……)
武道家(これじゃ、天下一武道会本戦出場の名声で金を稼ぐってのも無理だ……)
プルルルル……
武道家(あ、母さんたちから電話だ。今の試合をテレビで見てたんだな)
武道家「も、もしもし……」
武道家「ごめん、俺──」
母『このバカ息子! 賞金もらえない上に恥かかせやがって!』
父『なんの役にも立たない奴だ! クズが!』
妹『散々期待させといてなにやってんの!? カス兄貴!』
プツッ……
武道家「…………」
武道家「アハ……アハハ……」
武道家「アハハハハハ……」
一方、その頃──
悟空「よう、サタン! 天下一武道会、盛り上がってんな!」
サタン「あ、悟空さん! お久しぶりですね!」
悟空「あのさ、いきなりでわりいんだけど……カネをくれねえか?」
サタン「かまいませんよ! いくらですか?」
悟空「え~と、1000万ゼニーぐらいでいいんだ」
サタン「悟空さんになら、何億ゼニーでもお渡ししますのに……」
悟空「いや、オラはカネとか別にいらねえんだけどさ……」
悟空「チチがうるせえんだ。サタンは天下一武道会で稼ぐはずだから~って」
悟空「今オラんち、ウーブを下宿させてるしよ。アイツもよく食うんだ」
サタン「ハハハ、チチさんも相変わらずですねえ」
悟空「ところで今回はどうだ?」
サタン「今回は悟空さんたちが出ていないんで、ブウの圧勝に決まってますよ!」
悟空「そうか! そりゃよかったな!」
悟空「でもよ、普通の選手はちょっと気の毒だな」
悟空「どうせブウが最後まで勝って、そのブウにサタンが勝つって決まってんだから」
サタン「いいんですよ、悟空さん!」
サタン「どうせ今時天下一武道会に出るような輩は、悟空さんたちを除けば」
サタン「ミスター・サタンに勝ってモテたいとか、名を売ってタレントになりたいとか」
サタン「そういうろくでもないことを考えてる奴ばかりに決まってますから!」
サタン「ようするに真剣さが足りないんですよ、真剣さが!」
サタン「一回戦でブウが倒した相手も、みっともないったらなかったですよ!」
悟空「そうだな……この大会もすっかり変わっちまったもんな」
悟空「オラがクリリンやヤムチャたちと出てた頃が懐かしいぜ」
サタン「本当ですね。ダハハハハ……!」
悟空「ハハハハハ……!」
ダハハハハハハハハハ……!
武道家「あの……丈夫なロープってあります?」
ハハハハハハハハハハ……!
店員「丈夫ってどれくらい?」
ダハハハハハハハハハ……!
武道家「ヒト一人が楽にぶら下がれるくらいのを……」
ハハハハハハハハハハ……!
店員「ああ、ならこれかな。1000ゼニーだね」
ダハハハハハハハハハ……!
武道家「よかった……ちょうど俺の全財産だ。ちょうどよかった……」
ハハハハハハハハハハ……!
完
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