喜多見柚「アタシにとっての奇蹟」 (45)
モバマスの喜多見柚ちゃんのSSです。地の文風味。
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12月はトクベツな月。アタシの誕生日があって、そして神様の誕生日がある。
神様だって、毎年のこの日を楽しみにしてるのかな。
前の日からドキドキして眠れなくて、当日は街をスキップで歩いちゃったりしてるかも。
たくさんのおめでとうをもらえるのが、どうしようもなく嬉しくて。
たとえば、だれかに。なんのトクベツもないような子にもプレゼントをあげたくなっちゃったり。
そんな神様の気まぐれを、「奇蹟」って言うんだって。
アタシは奇蹟を信じてるんだー。
あのヒトは奇蹟なんかーって言うけど、アタシがアイドルになれる日が来るなんて、
アタシにとっては奇蹟みたいなものだよっ。
それに……あの日、Pサンと会えたことだって奇蹟なんじゃないかなって思ってる。
奇蹟ってコトバが軽くなっちゃってるけど、柚には十分な重さなんだ。
それだけ大事ってこと。それだけ楽しいってこと。
聖夜の奇蹟を、アタシはずっと信じてる。
明日の夜までにのんびりと更新していきます。
どうぞお付き合いくださいませ。
◇
目が覚めて、雪だと思った。レースのカーテンからいつもよりも白くて淡い光が差し込んできて、ぼんやりと部屋の中を照らしていたから。それに朝の空気がものすごく冷たい。いやいやと体を起こしてからついた最初の一息は、白くゆらめいてどこかに消えていっちゃった。
ごそごそと枕元のスマートフォンのアラームを止める。まだ寝ぼけたままの目には、画面に光る12月24日の文字が眩しく見えた。そっか、今日はクリスマスイブだったっけ。じゃあ、ホワイトクリスマスってやつになるのかな、なんて考える。
ベットの脇のポールハンガーには、帽子やカバンに混じって、大きめの靴下が吊るしてある。それはサンタさんのための目印で、もうしばらく使われてないことをアタシは良く知ってる。それでもなんとなくの習慣で、昨日物置から引っ張り出してきたやつだ。
彼氏がいるわけでも、プレゼントを楽しみにするわけでも、祈りを捧げるわけでも、ケーキやチキンをばくばく食べるわけでもない。そんなアタシにクリスマスはあんまり関係ないもの。でも、この時期の雰囲気……っていうのかな。寒いはずなのに暖かい、そんなクリスマスの空気がアタシはずっと大好きだった。でも、今の自分にはきっと眩しすぎるんじゃないかって思う。
小さい頃はトクベツだったクリスマスも、いつかは楽しめなくなってしまう。
15歳になったアタシにとってクリスマスは、もう他の1日とあんまり変わらなかった。決まったようにチキンと小さなケーキが夕食に出てくるくらいで、クリスマスツリーの飾り付けは年々しょぼくなって今年はもう物置の中だ。プレゼントは今年からはもう貰えないみたいだし。友達とクリスマスパーティなんてあるような雰囲気でもない。ずっと待っていた誕生日を12月の頭に終えてしまったから、あとの12月は、年末に向けて駆け抜けていくように気持ちもまっしぐらってカンジ。
やっぱり彼氏でもいれば違うのかな―なんて、これからクリスマスデートに挑む友達たちのことを思ったり。
頑張れば彼氏でも作れたかもしれないけど、諦めなければ友達とクリスマスパーティだって開けたかもしれないけど。アタシが頑張るにはちょっとしんどくて、無理だなぁって早くから諦めていた。それでも現実はあんまり面白くなくて、理想のクリスマスを、楽しいことを探して、ふらふらと歩いてみようかな。ひとりですることもないし、家にいてもしょうがないし。
どうせひとりだから、気合入れなくていいのは楽だよね。朝食をぱぱっと食べたら、くたびれた赤のパーカーにコートを着込んで、いそいそと外へ出る準備をした。お父さんもお母さんも家にいるけど、娘が外をぶらぶらしてるのはいつものことなので、あんまり気にされてないようだ。
お母さんに遊びに行ってくる!と声かけて、玄関の扉を開けると、キラキラした白が飛び込んできた。思った通り、外は一面真っ白で、きっとすぐ溶けてしまうのかもしれないけど、薄く積もった雪がクリスマスイブの1日を彩っているような気がした。
地元のこの街はキライじゃないけれど、遊びに行くにはちょっと狭くて面白くなかった。だから、遊びに行くときは電車で東京まで出ていくことが多い。はっきりとした行き場所も思いつかないまま、あてもなく駅に向かっていく。外の空気は凍ってしまいそうなほど冷たくて、これじゃあクリスマスデートは寒くて厳しいかなぁなんて、いらない心配をしてみたり。
駅に着いた時、雪で電車がちょっぴり遅れていることを知った。そっか、あんまり雪なんて降らないもんね。お天気を決めてる神様は本当に気まぐれだなぁ。思った通りの電車に乗れなかったことが、なんとなく上手くいってないことを表してるみたいで少し悔しい。パーカーのポケットに突っ込んだ手を、暖めるようにぎゅっと握って、1本遅れてきた電車に乗った。
ガタゴトと揺れる電車の窓の向こうには、厚い雲が広がってきていて、世界が灰色にちらついて見えた。きっとこんな気持ちはアタシだけなんだろうけど、気分まで暗くなってくるような天気だなぁと思う。
「何か面白いコトないかなー」
ぱっつりと切り揃えられた前髪の向こうに見える景色は、ぼんやりと夢をみるには、はっきりしすぎていて。見れて嬉しいものも、あんまり見たくないものも隠してはくれなくて。アタシは、その光景をまぶたの裏に隠すように、深くフードを被った。
◇
東京。
特に行き先を決めてなかったアタシは、適当に人が多そうなところで、電車を降りた。少し歩いて、溶け始めた雪が残る大通りに出ると、通り沿いの並木に飾り付けられたイルミネーションが、立ち並ぶショップから流れるクリスマスソングが、街をお祭り気分にさせているような、そんな気持ちになった。広めの歩道もヒトの波でごった返していて、その中を泳いでいくのはちょっぴり大変そうだ。
手をつないで歩くカップル、子どもを連れた家族、男の子だけ、女の子だけの仲良さそうなグループ。その誰もが、キラキラと笑って、スキップするみたいに楽しそうで。アタシは目線を少し落とした。
ぶらぶらと、雑貨屋さんで面白そうなモノを探してみたり、服屋さんでいい感じのパーカーを探してみたり、新しい缶バッジが入荷してないか確かめに行ったり。結局アタシはなんの変わりもなく、いつもと同じようにしか街を歩けなかった。
クリスマスってなんだったけ。
「あ、あれがリア充ってやつなのかな……」
すっかり疲れてしまったアタシは、ベンチに座ってぼーっと道行く人を眺める側になっていた。なにをしたら、どんな生活を送ってきたら、あんなに幸せそうな顔ができるんだろう、まるでドラマみたいにこのクリスマスを楽しめるんだろう。
小さい頃のクリスマスのドキドキは忘れてしまった。空飛ぶソリのトナカイさんとか、靴下の置き場所とか、サンタさんへのお手紙の書き方とか、ぐちゃぐちゃにしてしまった箱の開け方とか。大事なことは、いつの間にか、忘れちゃったんだ。
澄んだ空気は寒くピリッとして、身体も心もちょっと痛い。もしかしたら、これが嫉妬ってやつなのかもしれない。通りを行く見知らぬ人にまで嫉妬してるなんてアタシはかなり重症なのかも。
アタシはなにやってもフツウって、よく言われる。勉強も、部活も、趣味も、特技も、何か上手にできることがあるわけじゃない。個性を、自分だけの味を、って学校の先生は良く言うけど、正直良く分かんない。それがみんな当たり前で、フツウのことだって、思ってた。
でも、どうやら、ちょっと違ったみたいだ。たくさんの友達は、クリスマスを楽しむあのヒトたちは、みんな、なにかトクベツを持っていて、それを大切にできる。本気で全力で頑張って、そのトクベツを、丁寧に育ててあげられるもんなんだって。
それはアタシには眩しくて、とっても良いコトに思えた。
アタシにだって、褒められることは、トクベツのタネはあるのかもしれないけど。最初は嬉しそうに褒めてくれる人たちも、少しずついつもの距離へ戻っていってしまう。アタシもアタシで、たくさんの良かったところから、何を育ててあげたらいいのか分からなくて、上手く水をあげられないままだ。
アタシには、本気も、全力も、難しいって気づいてしまった。
だから、アタシは、楽しいことを探す。誰にでもできて、柚にもできること。なんにも持たない柚が、頑張らずに、ちょうどよくふらふらと歩いてゆける理想と現実の隙間。それは一瞬だけ、柚の生活を眩しく照らしてくれる。
その明かりを頼りに、手探りで、ここまで来てしまった。それでも、朝起きて、学校へ行って、授業を受けて、部活に行って、帰ってきて、夜眠る。そんな繰り返しくらいは乗り切っていける。その代わりに、トクベツに語るようなことも、なんにもないけれど。
かっこ良く言うなら、不満もないけど、ロマンもない、みたいな。
これからどこへ行こうか。アタシはこれからどうしたらいいんだろう。クリスマスにざわめく街の中で、アタシは本当に迷子になってしまったみたいだ。楽しそうな『主役』に憧れてるだけだって、情けなくて笑っちゃうけれど。それでもやっぱりないものをねだってしまう。
もう一度カタチだけでもクリスマスに浸かってみようと、吹けない口笛に乗せて、クリスマスソングに身体を揺らす。行き先をパーカーで隠したアタシは、前をあんまりちゃんと見ていなくて、見知らぬ男のヒトにぶつかってしまった。
「す、すみませんっ」
慌てて謝って、先を行こうとしてもその人はなぜかどいてくれなかった。どっか痛めちゃったかなと思って顔を上げると、そのお兄サンは、スーツにシックなコートを着て、なぜか真っ赤なサンタ帽を被ってた。クリスマスに浮かれてる人はもうお腹いっぱい見てきたけれど、ひとりでこの帽子を被るのは、なかなかのあわてんぼうのサンタクロースさんだなぁなんて。
「あの」
お兄サンが声をかけてくる。やばいっ、怒られるかもと思って、ぎゅっと身体を縮めたけど、何も起きなかった。恐る恐るフードの影から見やると、お兄サンはポケットからすっと小さな紙を取り出して、こう言った。
「アイドル、やってみませんか?」
それは、おどろきとワクワクが詰まったびっくり箱のようで。アタシの時間を止める魔法の言葉だった。
「へ!?」
アタシの時間が戻ってくる。お兄サンが何を言ったのか、まだよく分かってない。でも、差し出された名刺を見て、アイドルとかプロデューサーとか、そんな言葉が並んでいて、スカウトってやつなんだってところまではなんとか分かった。
そんな人がこの世に実在するのかとか、いやいやいや、アタシはフツウの子だよとか一瞬でいろんなことを考えたような気がする。あまりにもアタシの思う現実からはかけ離れていて、上手く言葉が出ないまま、長いような短いような時間が過ぎる。
「おっと、つい本音が」
真面目な顔でお兄サンがそんなことを言う。周りの人たちは、アタシたちのことを邪魔そうには見てるけど、特に気にも止めないで流れていってしまっていた。アタシとお兄サンだけが、このクリスマスに取り残されてしまったみたいに。
「えーっと、じゃあお兄さんとちょっくらデートしませんか。こんなところじゃ寒いし、ね?」
なんて怪しさ満点のセリフなんだーといい加減な感想を抱きつつも、その提案は魅力的に見えた。面白いコトを探しに来たはずなのに、アタシの心も身体もすっかり冷えきってしまっていた。
「……いーよーっ」
スカウトなんて面白そうとか、アタシそんなタイプじゃないよとか、いよいよ悩むのが面倒くさくなって。このクリスマスにサンタ帽だけを被ってきたお兄サンの面白さに負けて、アタシはついうなずいてしまった。
◇
ふらふらと連れられて入った喫茶店で、お兄サンはどうやらごちそうしてくれるらしい。メニューをほいっと渡される。この喫茶店の中もお客さんがいっぱいで、それぞれがクリスマスに食べる美味しそうなスイーツを楽しんでる。窓際の席に座るスーツの男のヒトとパーカーの女の子はいったいどんな組み合わせに見えるんだろうと思うと少しおかしかった。
「それで名前、なんていうの?」
「喜多見柚だよーっ。喜びを多く見る柚!」
「そりゃいい名前だなぁ」
褒められて悪い気はしないっ。このお兄サンは良く分かってる。ちょっぴり照れくさいけど。
「へへっ、ありがと。 あの……おごってくれるんだよね?」
「おう、なんでもいいぞー。俺はクリスマス限定パンケーキにしようかな」
どうやらお兄サンは甘党みたいだ。さっきから横を何度も通る三重のパンケーキは、いちごとバナナとクリームをサンドした上に、ホイップでつくられたキャラクターが乗って、チョコレートが網のようにかけられていて、ものすごく美味しそうに見えるトクベツ感があった。
「あーっ。アタシもそれにしようと思ってたのにっ」
「こういうのは言ったもの勝ちだぞー」
何を勝負してるんだろうと思って、とうとう吹き出してしまった。見た目よりずっと子どもっぽいかも。まだこのヒトを信じていいのか悩んでるアタシにとって、それはなんとなく良い印象だった。
「お兄サンはどうしてサンタさんの帽子を被ってたの?」
先に来た紅茶をかき混ぜながら、なんとなしに尋ねる。きっとお兄サンもアタシもお互いに聞きたいことだらけだ。
「スカウトたるもの、そこいらのキャッチと間違えられたらいけないからなぁ」
コーヒーをすすりながらお兄サンが答える。最初に出会った時のぴりっとした顔つきはどこにいってしまったのか、おどけたような顔をしていて、髭をたくわえて笑うサンタクロースの姿がだぶって見えたような気がした。
「せっかくクリスマスイブだし、サンタ帽でも被ってたらそれっぽいだろう?」
「……お兄サン、面白いヒトだねー」
その顔が面白くて、アタシはもう一度、笑った。お兄サンも、肩をすくめて笑っていた。
それから先は、芸能界とか事務所とかの説明をしてくれて、アタシは良く分かんないながらもふんふんと聞いていた。そのお話は思っていたよりも現実的で、それでも十分アタシの知らない世界の話だった。これは面白そうだってアタシの心が告げてる。
あらかた説明を聞き終わったあとに、どこかで聞いたクリスマスソングと、他のお客さんの話し声が混ざり合って。そのざわめきに少し安心したアタシはようやくイチバン大事なことを聞いてみたくなった。
「それで…その…なんで、ううん。……女の子にいっぱい声かけてたの?」
「いや、柚……さん?」
「柚でいいよーっ」
「じゃあ柚で……朝からいたんだけど柚が初めてだなぁ」
そのコトバに心臓が少しだけ跳ねる。ってことは、もしかしてアタシにも光る何かがあったりして。アタシが知らないだけで、人混みの中から見つけてもらえるようなそんな何かが。
「へへ、そっか。……えと、なんで柚に声かけてくれたの?」
「なんとなく?」
期待していた答えは本当にふんわりしていた。お兄サンも首を傾げながらそう答える。
「なんとなく……は嫌いじゃないけどっ。なにか、なんかないのっ?」
知りたいのはそういうことじゃなくて。顔が良いとかそんな雑な答えでもいいから、アタシには見えないトクベツを教えて!
「説明するのが難しいんだよ。なんていうの、ティンときた!ってやつだ」
お兄サンはどうやら本気で、そう言ってるらしかった。アタシは、それ以上聞き出せなくて、俯いて考えてしまう。
面白いコトは好きだ。でも面倒なコトは嫌い。アイドルってふりふりを着て、なんか歌ったり、踊ったり? どう考えても前に出ていくようなタイプじゃないアタシには向いてないような気もする。でも、なんとなく、面白そうだって、楽しそうだって思う。ぐるぐるする考えを上手くまとめられなくて、天井を見上げて呟く。
「……アタシがアイドルねー」
「そういう柚はどうして1人でぶらぶらしてたんだ?」
「えと、うんと。なんか面白いコトないかなーって」
お兄サンは、笑って、そいつは楽しいクリスマスだって言った。バカにしているようには見えなくて、なんだか恥ずかしくなってしまう。
ちょうどいいタイミングで、パンケーキが来た。横目で見ていたケーキは、目の前で見るともっと美味しそうで、お兄サンにたくさん感謝しとこうって思った。きっとひとりじゃそんな気分になれなかったから。
それからは、他愛のないアタシの話をたくさんした。好きなもの、嫌いなもの、趣味とか特技とか、高校でバトミントン部の副部長をやってること、パッツン前髪とパーカーと缶バッジが譲れないものだってこと。それから、特に語るようなことがないってことさえも。
どこにでもあるようなフツウの話も、お兄サンは、おおげさに楽しそうに聞いてくれた。これはつまんないかもって思うトスも、上手く拾ってくれるから、気持ちの良いラリーみたいにお話するのが楽しくなって。アタシはへんてこなクリスマスを楽しみ始めていた。
「それで、どうする?」
お互いの飲み物が空っぽになったころ、お兄サンがそう尋ねてきた。主語も何もなかったけど、何を聞かれているのかはちゃんと分かった。
「むー……へへっ」
簡単なことだったら、楽しくて楽なことだったら、あっという間に決められるのに。アタシはすぐには答えられなくて、舌を出して笑った。アイドルなってみてもいいかなって思ってるんだ。でも、それは柚がずっと避けてきたことで、眩しいことは怖い。
「じゃあ、そうだなぁ。柚、時間あるか?」
「ヒマしてるよー」
朝から街に来ていたからまだまだ時間はあった。それにアタシは、アイドルうんぬんは置いておいて、このお兄サンについていけば何か楽しいことがあるんじゃないかって予感がしていた。テーブルに置かれていたサンタ帽をしまって、お兄サンが立ち上がって言う。
「面白いコト探しに行こうぜ」
◇
「それでっ?」
「事務所のアイドルにプレゼントを買おうかなと」
「へへーショッピングだー♪」
アタシとお兄サンの不思議なクリスマスデートが始まった。あれ、これってデートっていうのかな。近くにあった雑貨屋さんをいくつか見て回ろうってことになって、アタシはお話のタネにいくつか質問をする。アイドルって面白そうだけど、まだ何なのか良く分かってなかった。
「はい! お兄サン、質問っ」
「なにかね、柚くん」
「事務所にはどんなアイドルの子たちがいるの?」
「いろいろいるぞー」
あと何人分か足りないんだよねーと言いつつ、プレゼントをあーでもない、こーでもないと物色しながら、お兄サンは答えてくれる。野球バカ、特攻隊長、隙の多い女子大生、キレイなお姉サン、すっごく身長のおっきな女の子、ロック、ゆるふわ、元気っ子とかとか。個性のデパートみたいなラインナップに少し気後れしてしまう。
なんにもないアタシにアイドルなんてできるのかな。
そんなに個性ある子たちのプレゼントを選ぶなんて大変そうなのに、お兄サンはうきうき気分で楽しそうだ。こんなに想いを込めた贈り物の先にいる誰かは、きっと素敵なヒトたちなんだろうって思う。部活仲間みたいなもの、なのかな。
いろいろと聞いていく内に、お兄サンはお仕事を全力で楽しんでるんだろうって思えた。アタシのなんてことのない質問にも、笑って、心の底から楽しそうに答えてくれていたから。
「アイドルってどんなお仕事するの? 歌? ダンス? お芝居?」
「全部かなぁ」
「うーんと。じゃあ、アイドルって…ファンのハートにスマッシュかますお仕事、みたいな?」
「ははっ。間違ってないかも」
「柚は、もしアイドルになれたら、どんなお仕事がしたいんだ?」
「……正直に言うと、面倒くさいのはイヤかなーって。だから、アタシは難しくない仕事がいいなーっ」
「それで面白いコトだったらなお良し!」
「ほどほどに頑張ってー、ほどほどに楽しむ♪ これが柚ライフのモットーだよ」
言ってからこれは怒られるかもって思った。でもアタシなりの歩き方なんだよ。フツウのアタシが真剣になったって何にもなれない。もがくのもしんどいから、理想と現実の間をふらふらっと歩くのがちょうどいいんだ。
「自分なりの精一杯を楽しんでやるってのは好きな考え方だよ、素敵だな」
お兄サンは怒ったり、困ったりはしなかった。むしろ逃げみたいなこの考え方を褒めてもらえたような気がして、言ったアタシの方が戸惑ってしまう。そして、お兄サンはこう続けた。
「でも、怖いところに飛び込んでみて、それが面白いってことだって、きっとあるよ」
「これなんか、どうだろう?」
お兄サンは、アタシじゃなくて、目の前のぬいぐるみを見て、そんなことを呟く。それは緑色のたぬきみたいなもので、女の子にあげるには流石にセンスを疑っちゃうようなやつで。アタシは戸惑いを忘れて、声をあげて笑ってしまった。
「なにこれ、ブサイク! こっちの方がいいってー」
アタシは隣のかわいいクマさんを指差して教えてあげる。お兄サンは渋い顔して、こっちもかわいいのになぁなんて言ってる。楽しそうだったり、真面目なこと言ったり、センスがちょっとズレてたり、本当に変な人だ。考えてみれば、まともなヒトはサンタ帽を被ってスカウトなんてしないしね。
でも、そんなところがイヤなカンジがしなくて、いいなって思う。このヒトを信じてみたらどうなるんだろうってわくわくする気持ちになる。
お兄サンは、アタシおすすめのぬいぐるみをプレゼントに買っていくようだった。アタシの方は、缶バッジでも買っていこうかと思って、ふと思い付く。お兄サンは柚のことをなにげなく褒めてくれたからね。
「缶バッチってかわいくない? お兄サンに似合うのはー……これっ♪」
アタシは缶バッジを2つ買って、ひとつをお兄サンにあげる。今日一緒に遊んで、ごちそうしてくれたお礼に。ちょっぴり早いクリスマスプレゼント。お兄サンは喜んでそれを受け取ってくれて、どこにつけようか悩んでるみたいだ。
あまりの悩みっぷりに、アタシは笑った。クリスマスは、やっぱり、誰かと一緒だと楽しいのかな。
◇
プレゼントを選び終わって、アタシたちは面白そうなコトを探して、街をぶらついてた。さっきも見た景色だけど、今度はひとりじゃなくて、たったそれだけで見える世界は少し色づいて見えていた。あっちこっちにサンタさんの赤やクリスマスツリーの緑が見えて、違う世界に来たみたいだって思った。
「あそこ、何やってるんだろー?」
「ん?」
裏通りにある小さな教会に、ちょっとした人混みができていた。年齢も性別も様々だけど、どうも子どもが多くて、シスターみたいなお姉サンが何かを呼びかけてるみたい。
「ちょっと覗いていこうか」
お兄サンに着いてひょっこりと礼拝堂の中を覗くと、どうもクリスマスソングを子どものみんなで歌おうとしてるらしい。
「わぁっ、へへ、こういうの楽しそうだよねっ」
「五感でクリスマスを楽しんでる感じがするよな」
言われてみれば、キラキラ光るイルミネーションが、聞き慣れたクリスマスソングが、美味しそうなパンケーキの匂いや味が、今日がなんの日なのか忘れるくらいに、クリスマスを主張してた。ホントは神様の誕生日を祝う日だよね。
「他に参加されるお子様いらっしゃいませんかー」
お姉サンの声が礼拝堂に響く。ぱっと見たカンジ、高校生くらいまでの子がいくつかグループになってまとまってるみたいだ。よくやるなぁ、アタシには流石に恥ずかしいなーって思っていたら、お兄サンが息を吸う音が聞こえた。
「はーい! ここにも参加希望者がいまーす!!」
「えっ、ちょっと! お兄サン!!」
「楽しそうなんだろ? アイドルになったらこういう機会だってあるぞー」
そう言うとお兄サンは、柚の背中をポンと押した。ととっと身体が前に出て、それに気づいたニコニコ笑顔のお姉サンがこっちへどうぞと言わんばかりに手招きしてる。
人前で唄うことなんて音楽の授業か、カラオケくらいしかない。歌うことは好きだけど、こういうのはアタシの柄じゃないっていうか。
目の前にいた5歳くらいの子が、お姉ちゃんも一緒に歌おうって声をかけてくる。これはもう逃げられなかった。しぶしぶと、合唱団のグループに加わって、お姉さんから楽譜を渡される。面倒なことは嫌だよーって気持ちが浮かんでは消える。
周りのみんなは、そんなに緊張してないのか、それとも幼すぎるのか、こんな状況を全然気にしてなくて、むしろ嬉しそうに見えた。そんなヒトたちを見ていると、さっきまであんなに羨ましかったクリスマスの空気に浸かってみると、なんだか暖かい。
アタシだけ意地張ってバカみたいだ。もしかしたらお兄サンはそう言いたかったのかも。
ピアノの音が響き始める。
最初の1音目は多分外したと思う。それでも、周りのみんなの笑顔でどうでもよくなっちゃった。有名なクリスマスソングが小さな教会に響く。同じくらいの年の子からもっと小さな子まで、街にあったかさを届けるような声で歌う。
少しぎこちなくても、うまくできなくても、いいような気がした。アタシから隣の子へ、さらにその隣の子へ。クリスマスの浮かれた気持ちが、心からあふれる楽しいに変わっていく。
今はこの楽しいに身をまかせて!
ふと、寄せ集めの合唱団の向こうに、お兄サンの顔を見て、自分も笑ってるってわかった。そのまま周りを見渡すと、いろんな楽しいが混ざり合って、イルミネーションみたいにキラキラしてるような、そんな気持ちになる。
小っちゃい子の元気な姿を撮ろうとするお父さん、お母さん。手をつなぎながら音に合わせて一緒に小さく揺れるカップルのヒトたち。何かに祈りを捧げるようなそんな様子のおばあちゃん。
なんてことのないアタシの唄が、回り回って、初めて出会った人たちの笑顔を作っていく。赤、黄色、緑、水色、オレンジ、ピンク。みんなの顔が、カバンが、服が、帽子が、手に持ったプレゼントが。モノクロみたいに見えたこの街にきれいな彩りを加えているんだって気付けて、アタシはどうしようもなく嬉しくなった。
もしかしてアイドルも、こんなことなのかな。そうだったら、いいな。
最後のピアノが、すーっと消えて。パチパチと小さな拍手が、だんだんと大きくなっていって。アタシは大好きだったはずのクリスマスの空気を、やっともう一度好きになれた気がした。
合唱団に放り込まれたアタシは妙な充実感をもらって、お兄サンのところに戻ってきた。なんだかとってもありがとって言いたい気分だった。でも、それはそれ。これはこれでしょっ。
「お兄サン、ひどくないかなっ!」
アタシは戻ってきて1番に、ポカポカとお兄サンの肩を叩く。
「むー。柚は子どもじゃないぞー。なんてったって柚子じゃなくて柚だし」
「わかった、わかった。ごめんて……というか怒るとこはそこなんだな」
「えっと、んー?」
「面白かったろ?」
やっぱりバレてた。これじゃあ多分、柚の気持ちも全部見透かされちゃってるかも。なんていうのかな、ジャンプしてみたら意外と楽しいってこともあるんだよね。
「……うん」
ねぇ、お兄サン。聞いてほしいことがあるんだ。
◇
お兄サンとあてもなくふらふらと、近くの公園を歩く。七色に彩られたイルミネーションが、日の落ち始めた空をちかちかと照らしていた。大通りも公園もたくさんの人達で溢れていて、クリスマスの本番がこれからなんだってことを教えてくれる。
「それで、どうだ? やってみる気になった?」
3歩先を歩く、お兄サンが振り向いて言った。
「えと、うんと。えへへー」
まだ上手く言葉にできなくて、舌を出して誤魔化そうとする。そうじゃなくて、そうじゃなくてさっ。なんとか話を途切れさせたくなくて、コトバをつなげる。
「あ、アタシ、アイドルになれるかな?」
「それは柚次第だなぁ」
「えと、そうじゃなくて」
「アタシ、なにやってもフツウって、よく言われるよ」
「そんな子をアイドルにするのが俺の仕事だ」
「ほら、アタシ、あんまり前に出るタイプじゃないし」
「そしたら俺が背中を推すよ」
「それから……面白くないことは面倒だ―って投げ出しちゃうかも」
「そのときはちゃんと監視してないとだな」
繰り返される弱気なギモンが、ひとつずつこのヒトへの信頼に変わる。楽なことだけを楽しむんじゃなくて、飛び込んだ先の状況を楽しむことだってできるってこのヒトが教えてくれたから。
「ね、お兄サン。アタシのどんなトコを気に入って、アイドルにスカウトしてくれたの?」
「それは……」
お兄サンがなにかを言おうとする。きっと今度はちゃんと答えてくれるような、そんな予感があった。
「なーんて♪ 今の質問はナシ!」
だから、答えは聞かないことにする。なんでって、そっちのほうが面白そうだから。お兄サン、いつか答え合わせをしよう!
「なんとなく、だよねっ♪」
今、アタシはきっとなんとなくアイドルになろうとしてる。でも、『なんとなく』って、アタシのなんてことない毎日を集めてできてるんじゃないかと思うんだ。そして、アタシを見つけれくれたお兄サンの『なんとくなく』も、きっとおんなじじゃないかって。
そんな、アタシとお兄さんの『なんとなく』を今は信じてみたい。だからアタシが言わなきゃいけないセリフはひとつしかない。
「お兄サン、もう1回言ってくれないかな。今度はちゃんと返事できる気がするんだっ」
ニコニコ笑顔だったお兄サンも真面目な顔をする。その『本気』に、やっぱり少しだけ不安になって、手持ち無沙汰になった手をパーカーのポケットに突っ込む。ポケットの中にはあの時貰った名刺があって、それをお守り代わりにそっと撫でた。
それから少しの間があった。長いような短いような沈黙が流れる。ほんの数秒なのか、もっと長い時間だったのか、とにかく世界がまた止まったような気がした。
「柚……アイドルになってみるか?」
「いいよっ。なるよっ。なりたい!」
やった! ちゃんと言えたっ。何か面白いことないかなーと思ってぶらついてたら、アイドルにスカウトされちゃうなんて!
「こんな面白いコト、そうそう無いよね? アタシ、実はラッキーだったのかな! なーんて! へへっ!」
怖かった気持ちをごまかして、そう笑った。アタシの返事を聞いたお兄サンは今日イチバン嬉しそうな顔をしてた。
「じゃあ、これからはプロデューサーとアイドルだなぁ」
「プロデューサー……プロデューサーサン。んー、しっくりこないから、Pサン!」
「ははっ。好きなように呼んでくれ」
Pサンは、スマートフォンを何か操作して、どこかに連絡しているみたいだ。事務所かな?と思っていたら、Pさんにぱっと手を引かれた。
「それじゃあ、アイドル柚の最初のお仕事といこうか」
◇
なんのことか分からないまま、プロデューサーに連れられて、街をとことこと歩いて往く。表通りを少し入ったところに、また人だかりがあって、そこにはおっきなカメラやマイクがあった。
「あっ、プロデューサーさん。おはようございます、今日はよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いいたします。こちら、うちの喜多見です」
「よ、よろしくお願いしますっ」
流れるように挨拶されて、流されるままに返事をした。やっぱりなんのことかまだ良く分かってない。これはこのドッキリをしかけてる犯人を問い詰めなくちゃ。
「Pサン! ち、ちょっと、どういうことかなー?」
「黙っててすまん。ドラマの撮影がこれからあるんだ」
黙ってて悪かったなんてちっとも思ってないような顔で、Pサンは笑ってプレゼントの種明かしをしてくれる。なんでもドラマのワンシーンに、通行人の役としてひとり探せないかって言われてたんだって。
「それでエキストラで女の子を1人出せないかって言われてな」
「エキストラ?……通行人の役? 歩くだけでいいの?」
「おう。何もいらないぞ。柚は柚をやってくれればいい」
なんでもないかのようにPサンが言う。そういうのがイチバン難しいんだよ。アタシはクリスマスの夜なのにめいっぱいオシャレしてるって感じでもない。本当にただの女の子だよーって思う。でもこれで少し納得したことがあった。
「むー。……もしかして朝からスカウトしてたのって」
「ついでに良い子が見つかったらいいなって思ってさ。もしダメなら事務所の誰かに頼もうかと」
じゃあ、きっと『何か』あったんだね。アタシが朝から街に出てきたのも、電車が遅れたのも、あの時ぶつかっちゃったことも。こういうのってなんて表現したらいいんだっけ。よく分かんないけど少し嬉しい。そして、きっと面白いコトだって思うから。
「そか……へへっ。いいよ、やったげるっ♪」
Pサンが指示を出してるヒトと相談して、もう少し細かい指示をくれる。どこからどこまで歩くとか、気をつけなくちゃいけないこととか。そうやってふんふん聞いてる内に、あっという間に時間が来た。
「撮影入りまーす!」
「柚、準備できてるか?」
あんまり緊張はしないほうだと思ってたけど、本当に緊張するようなことからは逃げてきたと思ってたけど。やっぱり、ちょっと緊張する。バトミントンの試合前のカンジに似てる。
「うん……セリフも喋ろっか? いらない?」
ちょっぴり苦しい冗談にPサンは笑って、アタシのおでこにこつんと拳を当てる。それから、教会で唄った時と同じように、背中をぽんと叩いてくれた。そうやってアタシはととっと前に出て、くるりと振り返った。
前に出るタイプじゃないアタシが、出ていく勇気をくれるのはきっとこのヒトなんだと思う。今はこれでいいんだよね。アタシから一歩目を踏み出していくのは、きっとまだ難しいから。今はアタシなりの精一杯を。
「柚、いっきまーす♪」
スタッフさんたちがぞろぞろと動き出す。その隙間の向こうに、きっとこのドラマの主演の人なんだろうなぁって思えるような女の人が見えた。オシャレして、お化粧して、アタシでも息を飲むようにキレイで眩しい人だった。
街を歩くシーンの撮影が始まる。メインのスポットライトは女優さんに当たっていて、アタシはその横を通り過ぎるように歩いていく。たったそれだけのことでも、ちょっぴり不安で。そんな気持ちを、選んでくれたあのヒトを信じることで楽しいに変えていく。
目の前の女優さんは、やっぱり素敵で、トクベツで、すごく羨ましいなって思った。
でも、見たことも、聞いたこともない、どこにあるのかも分からなかったスポットライトをやっと見つけた。眩しいライトの当たる場所。アタシがいけなかった『本気』で『全力』の眩しさ。
今は、名前もない、セリフもない、ただの通行人A、脇役でもないエキストラ。
自分の何が良いところなのかも正直良く分かんないけど。あのライトはアタシを照らしてはくれないけど。
アタシはアタシを演じていくんだ。
今、とっても楽しい! それはちゃんと何かにつながっていくような気がしてる。
アタシはきっと楽しそうに女優さんを追い越していった。そうやってカメラからアタシの姿が消える。
「カーット! はい、オッケーです」
おしまいの合図を聞いて、振り返ってにぱっと笑った。
「ふぅーっ!」
「お疲れ様。初のお仕事はどうだった?」
戻ってきたアタシを出迎えてくれたPサンはほっとしてるような、嬉しそうな、あったかい顔をしてた。
「楽しかったーっ!」
だから、思ったそのままを伝える。最初は怖かったけど、ドキドキとワクワクが入り混じって、とにかく行くしかないって思う、そんなカンジ。多分これからもこういう面白いコトがたくさんあるのかな。
イルミネーションの光の向こうから、真っ白がちらつく。クリスマスをトクベツにする粉雪がまた降ってきていた。
「おぉ、これでちゃんとホワイトクリスマスだな。神様も粋な計らいをするもんだ」
Pサンのコトバに、アタシは伝えたかったモノが、やっとなんて言うべきなのか分かった。
「Pサン……ありがとねー」
「急に改まって、どうした?」
「へへー。言いたくなっちゃったー」
「女の子なんて星の数ほどいるでしょ? でもアタシの事、人込みの中で見つけ出してくれたのは……Pサンだけなんだよっ!」
「だから、実は結構運命的なんじゃないかなーとか思ってるんだよねっ!」
「だってアイドルになれるなんて思ってなかったモン!」
Pサンが恥ずかしそうに笑う。それを見て、アタシも笑顔になる。このヒトが信じてくれた何かをちゃんと探してみたいと思ってる、もしかしたら最初の方は面倒臭がったりしちゃうかもだけど。そのたびにきっとPサンがなんとかしてくれる。
クリスマスは、神様の誕生日。それに乗っかっちゃった前の日から続く聖夜のお祭り。
「アタシ、この聖夜にPサンと会えたのは神様からの最高のプレゼントだと思うよっ! 聖なる夜の奇蹟って感じ?」
「へへっ♪ そう思うでしょ?」
なんてことないフツウの毎日に、トクベツを加える色を見つけたよ。
それは、きっと鮮やかな黄色、アタシだけの柚の色。
◇
Pサンとこれからのことをお話して、駅で分かれてからは、急いで家に向かう。
こんな楽しくて、面白いクリスマスは今までなかったけど。悩むのも面倒になったから勢いできちゃったけど、いろいろと大事なことを忘れてた。たとえば、親のこととか、学校のこととか。
遅くに帰ってくるなり、アイドルになると言い放ったアタシは、お父さんにもお母さんにも、大きく笑われた。でも、それは、イヤなカンジじゃなくて。むしろ、いつそんなコトを言い出すか分かってたみたいで。アタシがしたいようにしていいってコトバに、アタシはちゃんと愛されてるんだなぁって泣きそうになる。
ベットに潜り込んでからも、まだ胸のドキドキは収まりそうにもなかった。
15歳になって、サンタクロースがアタシのところに来ることなんてもうないと思ってた。でも、なんのきまぐれか、来てくれた。それは帽子だけしか被ってなかった変わり者のお兄サン。
きっと神様は最高にご機嫌だったんじゃないかな。こんなアタシにもきっと何かあるって、サンタさんを寄越すついでに教えてくれたんだ。
ベットの脇のポールハンガーには、帽子やカバンに混じって、大きめの靴下が吊るしてある。それは、遠い昔の思い出で、サンタさんのための大事な、大事な目印だ。
その靴下の中に、貰った名刺をそっと入れてみた。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。 サンタさんから良い子の柚ちゃんにプレゼントを預かっておるぞー」
サンタさんの真似は、アタシ的にはいまいちだったけど。この名刺が、きっかけが、本当に神様からのプレゼントだと思えて心が暖かくなった。ちゃんと手を伸ばせて、受け取ることができて嬉しい。きっとこれから先、アタシも変わっていけたらいいな。
サプライズが成功したサンタさんのように、もう一度笑おうとして。今度はアタシらしく、ぺろりと笑った。
「メリークリスマスっ♪」
おしまい。
自分がアイドルになれたことを奇蹟だと言う柚が好きです。
クリスマスといえば柚。これマメな。
前に書いた柚です。
喜多見柚「12月にトーセ゛ンのことを言うよっ」
喜多見柚「12月にトーセ゛ンのことを言うよっ」 - SSまとめ速報
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