【ミリマス】紗代子「ワガママな私はアナタだけに」 (12)

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何気ない発見だったのだ、それは。

「紗代子が眼鏡を外してる……」

プロデューサーの意外そうな一言に、高山紗代子は思わず「えっ?」と驚きの声を上げたものだ。
正に"キョトン"とした顔である。彼女は手渡された熱々のたい焼きを包み紙から少々覗かせると。

「外しますよ、それは。だって曇っちゃうじゃないですか」

カリカリに焼かれた鯛の尻尾に齧りつく。

生地と餡から立ちのぼるかぐわしい湯気からレンズを守るため、
彼女の空いた手には愛用の眼鏡が握られていた。

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紗代子はその手をヒラヒラと軽く動かして、支払いを済ました男に言う。

「ラーメンとかと同じですよ」

「ああ、アレも曇るもんな」

「まあ麺類に限った話じゃないですけど……」

「あったかい物は大体そうか」

「大体ですね」

「じゃ、この時期はしょっちゅう大変だなぁ……寒いからさ」

木枯らし吹きつける児童公園。厚着をした小学生たちが元気に鬼ごっこをしている姿を眺めながら二人はベンチに腰かけた。

「俺さ、運動する時やライブの時しか外さないもんだと思ってた」

「……あー」

プロデューサーにそう言われ、紗代子は心当たりを思い出すように視線を冬の空へ向ける。

「ですね。落っことしちゃうかもしれませんし、そのまま壊しちゃったりとか」

「最低限の危機管理か」

「これが無くちゃ、普段の生活もままならなくなっちゃいますからね……だから大事にしてますよ?」


そうして紗代子は微笑むと。

「それに、安い物でもないですし」

「至言だな。俺もこのコートとは数年来の付き合いで――」

「だからって、プロデューサーみたいにケチケチしてるワケじゃありません。
そのコート、もう随分くたびれて見えますけど……買い替える予定とかはないんですか?」

言って、たい焼きをまたひと齧り。男は恥ずかしそうに頬を掻き、
「しかしな、愛着があるんだコイツには」と笑い返す。

彼の着ているコートは紗代子が指摘した通り、幾年もの冬を越えたツワモノの色味を放っていた。
……つまり色褪せ擦り切れボロボロの、古びたコートだったのだ。

「ついでに言うと、金もない」

「……だと思ってました」

予想通りの一言に紗代子は肩をすくめると、公園の入り口に陣取る屋台に目をやった。
仕事終わりの帰り道、男から「腹減ったろ?」と奢ってもらったばかりの店である。

さらには自分の手元にあるたい焼きと、男の傍らに置かれたお土産の入ったビニール袋
(中身はたこ焼きとたい焼きの詰め合わせだ)を一瞥し。


「プロデューサーは金銭管理がだらしない……と言うか、みんなにちょっと甘すぎます」

「甘すぎる? 俺が?」

「そうですよ! 差し入れとか、買い食いとか、大人組相手だと飲み会とか……。
以前から思ってたことですけど、ひと月分の生活費の中で、そういった交際費の占める割合が大きすぎるんじゃあないですか?」

「でもなー……みんな仕事やレッスンもよくやってるし、労いたくなるのが人情で――」

「それでプロデューサーの生活が立ち行かなくなるんじゃ困ります!」

ぴしゃり、男に対して言い放った。

「私の眼鏡と一緒ですよ。プロデューサーがいるからこそ、私たちもアイドルのお仕事を頑張れるトコがあるんですから」

「お、おう」

「アナタの存在そのものが、みんなを支えてるっていう自覚……。少しはちゃんと持って下さい。お願いですよ? 分かりました?」

まるでお節介な女の子が手のかかる幼馴染に言い聞かすように、
紗代子はたい焼きを手にしたまま、隣に座るプロデューサーへと詰め寄った。


「……だから、こういう些細なご褒美でも労ってもらってるんだって……。大事にされてるんだなって、物凄く感謝してるんです」

すると男は困ったように頭を掻き、紗代子から少し身を離すと。

「ま、参ったな。別に食い物を奢ったりすることで、紗代子たちに恩を着せたいワケじゃあないんだが……」

しどろもどろにそう言われ、紗代子が不機嫌そうに眉を寄せる。

「なんです? じゃあプロデューサーにとって私たちは、迷惑をかけられるほど近しい存在ではないとでも?」

「いや、親しき仲だからこそ迷惑はかけられないというか、なるべく貸し借りみたいなモノを間に挟みたくないと言うか……」

「つまりそれは、『俺たちの仲なんだから遠慮なんてするな』ってことですよね?」

「そ、そうなるのか? 実際……」

「なります、なるんですっ! だからえっと、今日もこうしてたい焼きをご馳走になったワケですけど――」


そうして紗代子は立ち上がると、眼鏡をかけ直し言ったのだ。

「逆もまた然り。日頃から感じてる感謝の気持ち、いい機会ですから形で返させてくれませんか?」

「形で返す……今以上に仕事を頑張るとか?」

「もう、鈍いなぁ……プロデューサーの新しいコートを、私にプレゼントさせてくださいって言ってるんですよ」

「はあっ!? いや、その気持ちは凄く有難いが――」

とはいえ、その気になった紗代子を止めるのはそう簡単な話ではない。
彼女はたい焼きの残りを口に放り込むと慌てる男の手を取って。

「さあ行きましょう! グズグズしてたら前から目をつけ――じゃ、じゃなくて、
プロデューサーに似合いそうな、素敵なコートが無くなっちゃうかもしれません!」

「いいから一旦落ち着けって! そもそもコートも結構な値段するし――」

「そんなの、普段プロデューサーがみんなに贈ってるプレゼントに比べたら安いもんです!」

「じゃあ物で返さなくてもいいよ。だ、大体俺は、このコートを気に入ってるってさっき話したばかりだろ!?」

「なら二着目ってことでどうですか? なんなら三着目でも! 四着目でも!」

「か、数の問題でもないんだよ~! 紗代子、あんまり困らせるようなこと言うと――」

そして、男は逆に相手を困らせてやろうと苦し紛れに言い放つ。

「俺はへそ曲がりで有名な男なんだ! そのコートをプレゼントされた分、お前に"お返し"をくれてやるからな!」

「お返し……今以上に営業を頑張るとか?」

「鈍いっ! 今度のお前の誕生日に、ブランドのコートを贈りつける!!」


だがしかし、精神的に慌てた状態で口走る発言のなんと危険極まりないことか!
男から飛び出した余りに突拍子の無い発言に、紗代子はしばしポカンとその場で立ちすくむと――。

「やった! それならお互い文句のつけようもないですよね!」

パチンと両手を打ち鳴らし、飛び跳ねるように喜んだ。

「ま、待て待てストップ! 今のは無しっ!」

「ダメです、一度言った発言にはキチンと責任を持って下さい」

「しかしな、やっぱりコートのプレゼントなんてちょっと――」

「大丈夫。もっとお金のかからない、代わりの物でいいですから……例えばそう、一緒にどこかへ出かけるとか」

「二十九日、年の瀬だぞ? 例年通り事務所に泊まり込んでるよ!」

「なら私も当然付き合います。色々とお手伝いさせてください!」

屈託の無い少女の勢いに圧倒され、男がベンチに沈み込む。
胸元で両手を握りしめ、紗代子が彼に宣言する。

「私たち、アイドルとプロデューサーとして支え合ってる仲なんですから!
今までも、これからも、どんな道のりだって一連托生。嬉しいことも大変ことも、二人で"経験"、していきましょうね♪」

果たしてその道の先に待つのは"本当に"トップアイドルとしての未来なのか?
首を捻りかけた男だが、彼は紗代子に手を引かれるままベンチから立ち上がる。

そうして二人は寒空の下、一先ずのゴールへむけて一緒に歩き出すのだった――。

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以上でおしまい。個人的に紗代子は滅茶苦茶好きですが、
あの一口では説明しきれない彼女の魅力を何と表現すればいいか……曲を聞いて貰えば分かるかな? 伝わるよね!

ってなワケで紗代子の新曲である『Only One Second』が収録された
『THE IDOLM@STER MILLION LIVE! M@STER SPARKLE 03』は現在絶賛発売中。実に前向きな良曲です。聴こう!

それと眼鏡を外した紗代子がすぐ近くまで顔を寄せて来て、「このぐらい近づかないと相手の顔も見えないんです」
なんて言ってくれるシチュは上手いこと挿めませんでした。リベンジしたい。

では、短いですがお読みいただきありがとうございました。

>>7訂正
〇そうして二人は寒空の下、一先ずのゴールにむけて並んで歩き出すのだった――。
×そうして二人は寒空の下、一先ずのゴールへむけて一緒に歩き出すのだった――。

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