【ミリマス】うちの琴葉知りませんか? (22)
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長い、夢を見てたつもり。沢山の想いを言葉にして、日々を重ねて過ごすような長い、永く続く夢を。
いつまでも終わらずにいればいい……なんて、心が名残惜しむような。
「おはようございますプロデューサー」
「おう……おはよう」
その日、私がいつものように事務所に来るといたのはプロデューサーただ一人だけだった。
見慣れたいつもの顔だけど、寝癖がある、無精ひげ、着ている背広もくたびれてる。
「もしかして、また事務所に泊まり込みですか? ダメですよ、キチンとお家に帰らなきゃ」
「いや、まぁ、そうだけど……。ほら、今が一番の追い込みだから」
「頑張ってるってワケですか。でも寝癖だってついてますし……
眠気覚ましのコーヒーでも、今から入れてあげますね」
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言って、私は勝手知ったる給湯室へと足を向けた。
電気ポットのお湯を確かめて、彼専用のマグカップにインスタントのコーヒーを入れる準備をして。
「顔も、洗った方がいいんじゃないですかー?」
大きく呼びかけ……返事がない。
どうしたんだろうと不思議に思い、給湯室と仕事場を仕切るパーテーションから顔を出せば。
「あ、二度寝」
彼はソファに転がり眠っていた。
どうやら私は一つ思い違いをしてたらしい。
つまりはプロデューサーは徹夜仕事。
睡眠は、今から取るつもりだったのだ。
……どうりで寝ぼけた返事をしてたワケね。
「……もう、このコーヒーどうするんですか」
後はお湯を入れるだけで完成する一杯を見下ろし苦笑する。
仕方ない、これは一旦置いておいて――。
「……あれ?」
でもその時、私は首を傾げたのだ。
いつもならキチンとしまってあるハズの自分の分のコップが無い。
どこにも入れ物が見当たらなくちゃ、このコーヒー粉を入れ替えることだって出来なくて。
「できなくて、できないなら……これはもう、ホント仕方ない」
まるで誰かに言い訳するように、私はブツブツ一人で呟きながらプロデューサーのコップにお湯を注ぐ。
たちまち給湯室に広がるコーヒーの香りを吸い込みながら行方不明のカップの在りかについて考える。
さて、一体誰がどこへとやったのか。それとも知らないうちに割れちゃった?
それで、犯人が見つからないように何処かへ隠してしまったとか。
「ん……美味しっ♪」
自分でいれたコーヒーを飲んで、その出来栄えについて自画自賛。
入れ物? 人の物? だから、ホント、それについては仕方がないことなんですよ。
……わ、私だって、無理してあの人のカップを使ってるワケで、
そこには決して他意は無くて……って、あ、あれ? 変、だな。
「……みんなの分の、コップも無い」
見慣れてるハズの給湯室。だけど、よくよく見てみるとどこかおかしい。
だって、あそこにあるお皿はいつだったか春香ちゃんが落として割ったハズ。
それに並んでるコップ達だって、明らかに知ってる数より少なくて……ひい、ふう、みいの……。
「あ、あの」
「えっ」
その時だ。コップの数を数えてると私は後ろから声をかけられた。
急いで振り向けばそこには出社したばかりといった姿の小鳥さんが一人で立っていて。
でも、見知った彼女の表情は困惑と……怯えの色に染まっていた。
「アナタ、一体何してるの?」
なにって、それは、プロデューサーのコップを使ってコーヒーを……ああ、違う。
変なのは、おかしいのは、間違ってるのは私なんだ。
「そうか、まだ、まだなんだ」
自分の置かれてる状況を認識してしまうとあっけない。
世界が急激に色褪せて、辺りがセピアからモノクロにドンドン色味を失って。
コーヒーの香りもなにもかも、途端に感じ取れなくなる。
おまけに世界は時が止まり、棒立ちの小鳥さんの横をすり抜けると、
私は最後に一目だけ、ソファに転がる彼の姿を見ようとして――。
「あっ」
暗転。スポットライトが消えるように、舞台のセットが変わるように、気づけば私は街に居た。
人混みの中を、雑踏を、喧騒に紛れるようにして立つただの少女。
「あの、すみません」
そんな私に、遠慮がちに声をかけて来た人がいる。……上等なスーツを身に着けた、迫力のある声の男の人。
それも体格のいい強面の。見た目だけの話をするならば、その威圧感から初対面の相手を震えあがらせちゃいそうな。
「少し、お話をする時間はありますか? 実は今――」
「……もしかして、アイドルのスカウトとかですか?」
「えっ」
「だったら、私よりもっといい子が見つかりますよ」
断り、歩き出し、再び暗転。場所が事務所に戻って来る。
見慣れた景色がまた広がる。やっぱり背広姿の人が居る。
でも、彼は私の知ってる彼じゃない。
まるで新米教師みたいなその人の、眼鏡の奥の目が小さくなる。
「き、君は……あれ? 一体何処から――」
「あの、気にしないでください。すぐにいなくなりますから」
「は?」
背後で扉を開ける音がした。振り向けば春香ちゃんと私の目が合った。
……彼女とはドコで出会っても、リボンのお陰ですぐにわかるな。
「えっ、あの、お客さん……?」
「ふふっ、頑張ってね。春香ちゃん」
言って、舞台が次々と切り替わる。
くるくる、じわじわ、ダイヤルをゆっくりと回しながらラジオのチューニングを合わせるが如く。
会長が社長をしてる765、ロボットが存在してる世界、
美希ちゃんが961に移った765、876の人たちと仲良くお仕事をしてる世界。
そうそう、中にはやたらと律子さんが苦労してる、賑やかな事務所だってあった。
……そうして、今、私がいるのは――。
「なんて、あちこちの世界を飛び回る夢。起きた時にはもうすっかり体の方が疲れちゃってるんだもの」
「なるほど。田中さんは実に不思議な夢を見たのですね。……オカルト部の部長として、そんな体験羨ましいぞ」
「ん、もう! 瑞希ちゃんはまたそうやって、他人事だと思って楽しむんだから」
「だけど朝から大変だね。いくらキチンと眠ったって、それじゃあ元気でないだろうし。
……そんな時こそ、ご飯はしっかり食べないと!」
「美奈子ちゃんも相変わらず……だから、今朝はトーストを一枚プラスしたよ」
学校。朝のホームルーム前の教室で、仲のいい友人たちと語らうワンシーン。
瑞希ちゃんがいて、美奈子ちゃんがいて。
「ゆ、夢なら……私も一つ、不思議な夢を見た……見ました」
そうして、転校生の可憐さんが。
「私と、皆さんとで……学校のゆ、幽霊騒ぎを解決するって夢なんですけど」
「なんと、それは興味深い。篠宮さん、是非とも詳しい内容を……ワクワク」
「あの、そ、そんなに詳しく覚えてるワケじゃあなくて……でも、美奈子さんがお化けに憑りつかれて――」
「えぇっ!? わ、私が憑りつかれちゃう被害者なの?」
「そ、そうなんです。ご、ごめんなさい……!」
「いいのいいの! 別に謝らなくっても大丈夫だけど……えへへ」
話し出した途端に背中がざわざわし始めた。
ああ、やだ、この感覚ってばもしかして。
「悪霊を退治するために、私と、瑞希さんと、それから……可奈ちゃんっていう女の子が」
「可奈ちゃん……誰?」
「田中さんではなくてですか?」
三人が一斉に私を見る。どうしたものかと苦笑いを返す。
それから、私の口からこぼれたのは。
「当ててあげる……いなかったんでしょ? 私」
フッと視界が暗くなり、嫌になる程繰り返したあの感覚が戻って来る。
"明けない夜は無い"なんて、それは覚めない夢と比べたら、どっちが長く続くんだろう?
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「琴葉」
呼びかける声はとても優しくて。
「琴葉」
一緒にいた仲間もとても楽しくて。
「琴葉」
重ねた日々と積み上がった、想い出の大きさはとてもじゃないけどはかり切れない。
「琴葉、琴葉、琴葉……でもこの劇場は――ここで初めての一区切り」
振り返った彼女が私に言う。私が、私と立っている。
寂し気に笑う彼女の背後に、見慣れた劇場が建っている。
「まるで、一つの公演が終わるように。一つの世界が閉じていく」
彼女はおもむろに歩き出す。時が止まっている世界の中で、私の周りをグルグルと、回りながら話し続けていく。
「振り返ることはできるけど、懐かしむこともできるけど……。次に始まる物語は、どこか、ココとは違っていて」
彼女が私に顔を向ける。私は視線だけで彼女を追っていく。
「そんな無数の物語が、今この瞬間も生まれて閉じていく。
きっと私たちに知る術がないだけで、無数の"田中琴葉"の物語が……今もどこかで紡がれてる」
ピタリ、彼女が立ち止まった。まるで鏡を見ているような感覚だ。
「だって、私たちはキャストだから。"田中琴葉"を演じている、無数の名も無い出演者」
「……でも、紛れもない"私"ではあるんでしょう?」
「それは、まぁ、そうだけど。やっぱり、どこか違うじゃない」
そうして彼女はおかしそうにくすくすと微笑むと。
「だって、私ならプロデューサーのコップでコーヒーなんて飲まないもの」
「……よく言う。そんな勇気は無かったんでしょ」
「うっ」
言われた私がそっぽを向く。私は言葉を重ねていく。
「それで、私がこんな場所にいるワケは? ……できたら、
そろそろ"元の世界"に戻りたい――ああ、違う。夢から覚めて起きたいの」
「愛しのあの人に会うために?」
「……私のくせに、からかうのが結構上手じゃない」
今度は、気恥ずかしさにこっちが顔をそむける番だった。
しばらく無言。そして、どちらともなく話し出す。
「夢を見たわ」
「私も」
「沢山の世界を、沢山の私を、沢山の私の物語を」
「私も、そうよ」
「どれも、少しずつ違っていた。立場や、境遇や、物の考え方なんかも……だけど、みんな本当の私だった」
「そうでしょうね。そう」
「でも、一つだけ分からないことがある」
「……なに? 言ってみて」
私と私の視線が合う。ずっと気になっていたことは、心の奥にあったモヤモヤが、
次の一言で解決するんじゃないかって期待を胸にして。
「多分、ここがホントの765劇場。……なら、アナタがオリジナルキャストなの?」
しばらく経って、出た答えは。
「それは、こっちが訊きたいぐらい」
「アナタじゃないの?」
「私じゃないわ」
「だったら、どうして私たちココで出会ったの?」
二人、一緒に揃えた声は一人分の私の声だった。
時が止まってる世界の中、まだ微かに色を残していた劇場のネオンが点滅する。
夢だと認識してもなお、終わり出さないこの世界で。
「伝えたいことがあるんじゃない? 例えば自分の身代わりを探してるとか」
「どっちがこの世界に残されるか、そんな試し合いをしてるとでも?」
「違うの?」
「違うわ」
「だって、ここは"私の世界"じゃないんだもの」
再び二つが一つになった声が響く。
妙だ、変だ、どちらともなく近づいて、なにかズレてると訝しむ。
「じゃあ、一体ここは誰の世界?」
「私の知ってる劇場は、海沿いの土地に建っている」
「ここは違う」
「プロデューサーは頼りになるけどだらしなくて」
「それは合ってる」
「親友を一人だけ選ぶなら」
「一人だけなんて選べない!」
「初めてやったお仕事は――」
「思い出に残ってる出来事は――」
二つの記憶をすり合わせ、一つにしていく作業の中……私たちは重大な事実に気づいたのだ。
「見てこれ! 劇場お知らせの掲示板……公演ポスター? それが一体どうしたの」
劇場の前に作られたイベント告知用の掲示板。
そこに貼られていたポスターに答えはしっかり書かれていた。
「所属アイドル総出演――」
「全部で五十人が集まる大舞台……」
そう、私はしっかりハッキリ覚えている。
私がいる世界の765プロのアイドルの数は全部で総勢五十二人。
だけどこの劇場のある世界には……アイドルは五十人しかいないのだ。
「そっちは?」
「もちろん五十二人」
「なら、私たちどっちも……」
「……オリジナルじゃない。別にいるんだ……本当の私。一番最初の田中琴葉」
でも、その時私は気がついた。気づいてしまうと怖くなって、思わず自分の肩を抱いた。
私は、そう、今の私は、"一体誰と話してるの?"
「……いつから?」
問いかけに答える分身はいつの間にやら消えていた。
気づけば私は一人きり、たった一人で閉じ行く劇場のある世界にぽつねんと立っていたのだから。
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「……で、オチは?」
「え?」
「いや、だからその夢の話のオチだよオチ。一人きりになってから、琴葉は一体どうしたのさ」
まるで話が見えないと、プロデューサーが首を捻る。
私はそんな彼にコーヒーのカップを渡しながら。
「だから、そこで目が覚めたんです。よくあるじゃないですか。怖い夢を見てる時は、本当に怖くなった瞬間飛び起きるって」
「ほう」
「つまり、その……と、飛び起きちゃったワケですよ。だから、この話にオチも続きもありません」
朝の事務所のワンシーン。
泊まり込みの仕事だったという彼は眠気覚ましのコーヒーを飲み、「うん、苦い」と満足そうな声を出した。
私も自分のマグカップに入れたコーヒーを持って彼の対面のソファに腰かけると。
「やっぱり物語にはキチンとした落としどころがあるべきですか? ……例え、それが夢の中の話だったとしても」
尋ねて待つこと十数秒。プロデューサーは頬を掻くと
「俺が興味を持ったのは」
「はい」
「オリジナルの……琴葉だっけ? 一番最初の、田中琴葉」
「ええ……。結局、彼女は出て来ませんでしたけど」
「その琴葉がいた劇場の毎日は、ロングランだったのかなーってね」
「ロングラン? ……ああ、ロングラン公演とかの」
「そっ。例え夢の中の琴葉だったとして、その子もここにいる琴葉みたいに
笑顔の絶えない毎日を送って過ごしてたのかな……なんてことが気になってさ」
瞬間、私は面白くなくなった。
拗ねるように眉を寄せて見せるとカップを手にして前のめり。
「それ、ある種の琴葉差別です」
「なんだいそりゃ。まーたこの子は変なことを言いだして――」
「夢の中の私のことよりも、目の前にいる私にもっと興味を持って下さい。
……でないと、気づいた時には私がいなくなってるかも」
「はは、まさか」
「そのまさかが無いとは言い切れません」
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そうして、舞台は切り替わった。
今度は机を前にして椅子に座り、"野球をしてはいけません"なんて紙に書いてる私がいる。
……はぁ、まただ。いつまでも終わらずにいればいいなんて、心が名残惜しみ過ぎるのも考え物。
私が本当の劇場に辿りつける日は、一体いつになるんだろう?
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以上おしまい。こちとら何度も事務所がオンボロビルに戻ってるんだ。
劇場だって何度でも、宇宙の果てまで飛ばしたらぁ! …の精神。
そうそう、もしも迷子になってる琴葉を見かけた方はミリシタまでの地図を描いて渡してあげてくださいね。
では、お読みいただきありがとうございました。
>>10訂正
〇「多分、ここが最初の765劇場。……なら、アナタがオリジナルキャストなの?」
×「多分、ここがホントの765劇場。……なら、アナタがオリジナルキャストなの?」
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