【ガルパン】まほ「温泉旅行」 (63)
※大学生編妄想
※各校の隊長達が揃って温泉旅行する話です
※お気に召さない表現があるかも知れません
良ければまたお付き合い願います
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【一蓮托生の西住まほ】
父が言っていた。
戦車と普通の自動車は別であると。
当たり前の事のようにも聞こえるが、戦車道経験のある女子は、その違いへの対応に苦労するそうだ。
公道で危険な運転をしているドライバーに若い女性が多いのは、そうした理由があるかららしい。
その事を思い出しながら、成程なあと思っている。
まさしく今、戦車道経験者の若い女性が運転する車に揺られているが、なんとも筆舌に尽くし難い。
黒のライフ。
私は今、その後部座席に座っている。
運転手はダージリン。
大学一年生。
去年まで高校戦車道の隊長として鎬を削りあった我々は、進学後、ライバルから親しい友人へと変わった。
元隊長同士が高校卒業後に親しくなるケースというのは、よくある事らしい。
高校時代から面識があり、元隊長同士だからこそ合う話題も多いのだから、考えてみれば自然な事だ。
この度、ダージリンが車の免許を取ったので、お祝いに彼女の運転で旅行しようという話になった。
ちなみに、卒業後に仲良くなったのは私とダージリンだけではない。
後部座席の私の隣には涙目の安斎、助手席にはカチューシャが座っている。
カチューシャは先程までピギャアアなどと騒いでいたのだが急に静かになったので、気絶でもしたのかも知れない。
こんな運転でよく免許が取れたものだと、逆に感心する。
いや、案外、彼女は教習所では優等生だったのだろうか。
点を取るための運転という名目があれば、しっかりこなせるのかも知れない。
だとすれば、公道でもそのように振る舞って欲しかった。
目的地の温泉旅館に辿り着けるか、甚だ心許ない。
「安斎さん、一蓮托生という言葉を知っているかしら」
「知らん事も無いが、ドライブの最中に聞きたくはなかったぞ」
二人の会話を耳にしつつ、思案する。
思えば身の危険という意味での危機など産まれて初めての事かも知れない。
特殊なカーボンがコーティングされている戦車は逆に安全、だったという事に、皮肉ながら今さら、気付く。
だが、この車はまだ、マシなのかも知れない。
もう一台、同じく温泉旅館を目指している車がある。
ケイの運転する、傷だらけのラングラー。
そちらに乗るのはどうしても嫌だったので、運転手二人に気付かれないよう皆でジャンケンをした。
この車に、乗っ、ている我々は勝ち組なのだ。
ジャンケンに負け、ケイ車に乗る羽目になったミカ。
そして何故かジャンケンを辞退して、自らケイ車を選んだ角谷。
支部でやってたやつか
彼女らは無、事、だろうかと思い、を巡
。
「あっ、おい、ダージリン、どっかその辺のコンビニで停めろ。西住がヤバいぞ」
「ええっ、この辺にコンビニなんてあったかしら」
突、然の指示に狼狽え、るダージリ、ンが尚も。
車を、揺ら
「静かだとは思ってたけどこういう事か。堪えろよ西住、もうちょっとだから」
。
車内に昼食のカレーの香りが漂い、目を覚ましたカチューシャがまたピギャアアと叫んだ。
酸鼻を極めるとは、こういう事を言うのだろうか。
ちなみに、新車である。
【まほ編終了】
【前途多難のミカ】
雲が揺れる
色数多溢れて川明かり
並び止まる
指先の淡くありたる音
なんてね。
なかなか良い日和だ。
景色も悪くない。
「アンジー、チヨミは何だって」
「ちょっとトラブったから遅れるって。事故とかじゃないから心配するなってさー」
「うーん、不幸中の幸いかな。ああそれと、私達がちょっと遅れても大した支障は無いって事ね」
ちょっとで済めばいいけどねぇ。
二人と少し離れた所で花を摘みながら、心の中で合いの手を入れた。
束の間の休息。
よく野宿をしていた高校時代を思い出す。
まだ一年も経っていないというのに、随分昔の事のように思える。
こんな私でも新生活に気疲れしたりしているのかな、なんて思う。
カーナビを信じたと言い張るケイの運転で、我々は今、山の中で道に迷っている。
エンジンも調子が悪く、折角だからと車を降りて付近の散策を始めた。
ケイは楽観、杏は泰然、私は暢気。
そんな集団だからか喧嘩になる事もなく、とても平和に迷っている。
千代美、まほ、カチューシャ、ダージリンのグループは流石に山に分け入るような真似はしていないと思うけれど、あちらも何かしらのトラブルに見舞われているらしい。
いやはや、温泉旅行ってこんなに前途多難なものだったかな。
まだ目的地にすら着いていないというのに。
ちょろちょろという水音が止み、さてと顔を上げると、いつからそこに居たのか、こちらを見つめる視線と目が合った。
今日は災難が続くなあとは思っていたけれど、これほどの災難はそうそう無いんじゃないかな。
熊だ。
しかもどうやら既に臨戦態勢らしい。
ああそうか、この辺はあの熊の縄張りだったのか。
それなら私は今、とても申し訳ない事をしてしまった所だ。
武器になる物と言えば、その辺に落ちている木の枝くらいか。
襲い掛かって来るより先に気が付いたのが、幸いと言えば幸いなのかな。
>>6
そうです
あちらで既に読んでいただいた方には既出となります。ごめんなさい
さて、逃げたところで碌な事にはならないだろうね。
二人を巻き込む事になるし、運良く車に戻れたとしても、すんなりエンジンがかかるとは思えない。
ひとまず、お約束の死んだ振りだ。
熊に死んだ振りは有効だとか無効だとか言われるけれど、それはどちらも正解とは言えない。
というか自然界において、必ず正解になる行動など無いと言って良い。
有効な時もあるし、無効な時もある。
全ては状況次第だ。
熊はのそのそと寄ってきて私の体を嗅ぎ始めた。
それでいい。
対峙していては状況が動かないし、時間も掛かる。
私は落ちていた木の枝を鞭のようにしならせ、熊の眼の辺りを狙ってぴしゃりと叩いた。
不意を突かれた熊が怯んでいる隙に、土を掬い、ギュッと握りしめ、鼻に向かって投げつける。
弾のようになった土塊は熊の鼻に命中して派手に飛び散り、驚いた熊は足を滑らせて斜面を転げ落ちていった。
ごめんね熊くん、私だって死にたくはないんだ。
さあ、今のうちに逃げようか。
「Hey、ミカ。何か大きな音がしたけど大丈夫かしら」
ガサガサと茂みをかき分けて顔を出したケイが、こちらを見て呆気に取られたような顔をしたあと、盛大に笑い出した。
「あははははは、何、何でお尻丸出しのまま突っ立ってるのよ」
えっ、あっ。
ああっ。
そう言えば、花を摘んだあと、そのまま熊に遭って、それで。
「おケイ、どうしたー」
ケイの笑い声に釣られて杏も顔を出し、私は二人に大いに笑われる事になる。
本当に、本当に災難の続く日だ。
だけど、これ以上の災難など流石に無いだろう。
そう思った途端、雨が降り始めた。
【ミカ編終了】
【満場一致のダージリン】
正直、自動車の運転がこれほど難しいとは思わなかったわ。
大抵の障害ならば踏み越えて解決できる戦車とは違う。
教官からの評価に集中すればいい教習所とも違う。
特殊なカーボンも無しに、戦車より速度の出る自動車で公道を走るというのは想像以上に神経の磨り減る行為だった。
その上に乗り心地を考慮するなど、免許取りたての私には到底無理だったと言うほか無く。
その結果、まほさんが車酔いをして車内で戻すという事件が発生。
私が免許を取ったお祝いという名目のこの旅は、私の不手際によって早くも台無しの気配が漂っている。
流石は西住流、と言ったところなのかしら。
まほさんが戻した物は奇跡的に飛び散る事もなく、絨毯を換えるだけで済む範囲に収まった。
せめてもの意地というか、緻密に角度や勢いを調整した結果のように感じる。
別に、西住流では車の中で戻す作法を教えるとかではなくて。
日頃からの心構えというか、そういう面での話。
謝るまほさんに対して、こちらこそごめんなさいとしか言い様が無かった。
小さな公園を見つけて絨毯を洗い、聞いたことの無い声で呻くまほさんを介抱し、トラブルによって遅れる旨を別動隊に連絡。
安斎さんが全てやってくれた。
トラブルの内容も上手に誤魔化す気配りを忘れない。
お母さん気質な人だと思う。
私はと言えば、地べたに正座をしてカチューシャからの説教を受けている。
アンタの運転は酷すぎるわ、と。
返す言葉もございません。
そうこうしているうちに雨が降ってきた。
車に戻り、作戦会議を始める。
雨の中、初心者に運転を任せるのはいくらなんでも酷だろうという事で、満場一致で運転を代わる事に。
次なる運転手は、安斎さん。
「免許は一応持ってるよ。車は持ってないからペーパーだけどな」
そう言ってハンドルを握る安斎さんがとても頼もしい。
今回はお世話になってばかりだわ。
車は再度、目的地の温泉街に向けて走り、出し、た。
私は申し訳ない気持ち、で、
いっぱ、い
「ちょっ、ちょっと、ダージリン。アンタまさか」
。
車内に昼食の天丼の香りが漂い、カチューシャがピギャアアと叫んだ。
【ダージリン編終了】
【絶体絶命のケイ】
カーナビを信じて温泉旅館を目指した結果、何故か私達は山の中で迷っている。
エンジンの調子も思わしくないので付近の散策を始めたけれど、収穫は特に無し。
用を足しに一人離れたミカが、次に見た時には何故か下半身フルモンティで立っていたので、それでひとしきり笑った。
で、雨が降ってきたので車に避難。
何はともあれ、この場に留まっていても仕方ないので発進。
ゴーアヘッドよ。
「ミーカー、パンツどこやったんだよ」
「無くしたみたいだね」
パンツってそんな簡単に無くすもんかなあ。
って言うか、何故かミカはパンツどころか下全部無くしてるんだよね、靴以外。
「パンツ、それは人生に必要な物だろうか」
「どう考えても必要だよ。顔真っ赤じゃんか」
アンジーとミカの漫才を聞きながら考える。
実を言うと、かなり焦ってる。
見知らぬ山の中で迷っているという事実が結構重い。
だけど、運転手が狼狽えていては周囲を不安にさせるだけ。
だから今は楽観を装っている。
でも、どうしよう。
もしこのまま遭難なんて事になったら。
そんな事を悶々と考えていたせいで、反応が遅れてしまった。
「おケイ、前、前」
あっ。
急ブレーキを踏んだものの間に合わず、ドンという音を立てて目の前に現れた何かを撥ね飛ばしてしまった。
やっ、ちゃっ、たぁ。
擦ったりぶつけたりは今までもよくやってたけど、轢くのは初めて。
って言うか変に冷静ね、私。
今日はミスばっかりで脳が処理しきれなくなっちゃってるのかな。
逆に冷静、ってやつなのかも。
やばい、泣きそう。
いやいや、泣いてる場合じゃないし、泣いてもしょうがない。
まず何を轢いたのか確認しないと。
人じゃ、ないよね。
車を降りて確認しに行くと、倒れていたものが、のそりと起き上がった。
熊だ。
「おケイ、車に戻れ、早く」
その場に尻餅をついた私にアンジーが叫ぶ。
ごめん、無理。
腰が抜けちゃって立てないわ。
熊がゆっくりと近寄って来る。
ああ、絶体絶命ってこういう事なのかなとぼんやり思う。
ところが熊は私の横を通り過ぎ、車の方へ。
目を遣ると、私を助けようとしてくれたのか、ミカが車を降りていた。
待って、と叫ぼうとしたけど上手く声が出ない。
まあ声が出た所で熊に通じる訳も無いんだけど。
よく見ると熊は何かを咥えている。
あ、パンツ。
引き攣った顔でパンツを受け取るミカに対して、熊はごろんと寝転がり腹を見せた。
えっ、あれって、もしかして、犬がやるやつかしら。
服従のポーズ。
「なんか知らないけど懐いちゃったねー」
「そ、そうみたいだね」
嘘でしょお。
その後、ついて来いと言わんばかりに先導する熊のお陰で私達は山を降りる事ができた。
笑ってゴメンね、ミカ。
更に、カーナビを見返すと、あの山の真裏に私達の目的地である温泉旅館がある事も分かった。
ようやく到着。
温泉に行くだけでこんなに疲れるとは思わなかったわ。
早くお風呂に入ってスッキリしたい。
あと、パンツも換えたい。
雨でぐしょぐしょだからね。
雨でね。
【ケイ編終了】
【荒唐無稽のカチューシャ】
ダージリンが運転免許を取ったお祝い。
彼女の運転による温泉旅行。
初心者が運転する車の乗り心地なんて期待してなかったけど、流石にこれ程とは思わなかったわ。
最悪。
本当の本当に最悪よ。
まずマホーシャが吐いた。
仕方がないので運転を千代美に交代したら今度はダージリンが吐いた。
それでもどうにかこうにか目的地には到着。
先に着いて待機していたケイ達と合流して、旅館にチェックイン。
早めに現地に着いた彼女達が、なんだか妙に羨ましくなった。
私もそっちに乗れば良かったわ。
部屋に着くなりマホーシャとダージリンはダウン。
旅館の探検がしたいのだけど、千代美も二人の介抱というか付き添いで部屋に残る事に。
仕方がないから一人で探検に出発。
そんな経緯で、今、広い旅館の中で迷っている。
部屋の番号を覚えずに出てきてしまったので、戻れなくなり、ロビーで寛いでる所。
ここなら誰か通るでしょ、たぶん。
それにしても、さっきから男共がひっきりなしに声を掛けてくるのが鬱陶しい。
私ほどのレディが一人で居るのだから当然と言えば当然だけど、どうにかならないかしらね。
無視し続けるのにも限度があるわ。
適当に相槌を打っていたら、いつの間にか、私は複数人の男達に囲まれていた。
これじゃ友達が通っても分からないじゃない。
不意に手を握られ、流石に危ないかも知れないと思い始める。
どうにか抜け出せないかと隙を伺っていると、タイミング良くミカが現れて私を連れ出してくれた。
「探したよ、カチューシャ」
遅いわよ、全く。
ふらふらと頼りない足取りのダージリンも一緒だった。
「カチューシャが戻ったら露天風呂に行こうって話していてね。なかなか戻って来ないから心配してたのよ」
仕方ないじゃない、戻れなかったんだから。
男共がこれで諦めるかと思ったら、何故か余計に盛り上がっている。
私ほどではないにしろ、美人が増えたのが嬉しいのかしらね。
さっさと行こうとしたら、男共が尚も引き留める。
ああもう、本当に鬱陶しいわね。
やがて、男の一人がダージリンの腕を掴んだ。
弱ってる子を狙うなんて最低よ。
いい加減にしろと声を上げようとしたら、男の体がぐるりと回転し、床に叩き付けられた。
「女性の腕を掴むような乱暴な方とは、お友達になれませんわ」
倒れた男の手を振りほどき、ダージリンがそっぽを向く。
「意外だね。ダージリン、合気道も出来たのかい」
「護身術は淑女の嗜みよ」
事も無げに言い放つ。
やるじゃない。
ちょっとだけ、見直したわ。
「さあ、今度こそ行こうか。それにしても、カチューシャは随分モテるようになったよね」
「本当、背が伸びてからは殿方が放っておかないわね。身長、ノンナさんよりあるんじゃないかしら」
そんな荒唐無稽があるわけないでしょ。
せいぜい同じくらいよ。
【カチューシャ編終了】
【鬼哭啾啾の角谷杏】
旅館の探検と言って一人でどっか行ったカチューシャを探しに出たものの、一向に見付からないので一旦休憩。
まあ、捜索してるのは私だけじゃないし、他の誰かが見付けるっしょ。
部屋に戻ると、姉住ちゃんが座布団を枕にして横になっていた。
車酔いで体調を崩したと聞いてる。
やれやれ、西住流家元の娘が車酔いとはねー。
まあ恐らく、戦車にどっぷりな人ほど普通の自動車との相性は悪いんだろうね。
横になった姉住ちゃんの脇にはチョビが居て、いかにも旅館って感じの木製の座椅子で小説を読んでいた。
やあやあチョビ、と声を掛けると、お決まりの返事。
「チョビと呼ぶな、アンチョビだ」
もはや習慣になっている。
初めてこのやり取りをしたのは、いつだったかなあ。
「まあ、これはアンツィオで使ってた名前なんだから、さっさと返上すべきなのかも知れないけどな」
気持ちは分かるよ。
名前や肩書きに感傷を覚えているのは彼女だけじゃない。
ダージリンやカチューシャだって同じ事を言っているし、私だって未だに会長と呼ばれる方が落ち着くもんね。
まあ、仲間内で通用するニックネームとしては機能してるのだから、無理に返上する事も無いと思う。
「私もアンチョビと呼んだ方がいいのかな、安斎」
「なんだ、起きてたのか」
姉住ちゃんが怠そうに声を出した。
会話が聞こえていたらしい。
「わざわざ変えるのもなんか妙だし、そのままでいいよ。それより具合はどうだ」
「まだ少し頭が痛いが、吐き気は治まった」
「そりゃ良かった。カチューシャが戻ったらみんなで露天風呂行くから、それまで寝てていいぞ」
「ん」
姉住ちゃんはすぐにまた寝息を立て始めた。
よっぽど、車酔いが堪えたと見える。
そういえば、この仲間内でチョビの事をチョビと呼んでるのは私だけなんだな。
みんな、安斎とか千代美とか呼んでいる。
私が呼び方を直したら、彼女はこの仲間内でアンチョビではなくなってしまうのかな。
そう考えると、私もなんだか変え難い気がする。
ガガガァーガガ
「そういえば、カチューシャは見つかったのか」
グガガがガガ
ああ、そうだ。
私以外にもおケイとミカが捜索に出てるけど、首尾はどうなのかな。
そういえばダージリんガガガァー
姉住ちゃん、いびき、すげえな。
「ダージリンも寝てたんだけど、これのせいで寝てられないって言うから、彼女もカチューシャを探グガガんガガァー
成程。
キリキリギギリリギリギリギギ
今度は歯軋りか。
車酔いって、そんなに疲れるものなのか。
「まあ、吐くほどの体調不良ってそうそう無いからな」
「きこくしゅうしゅう」
更には寝言まで始まった。
何言ってるかわかんないけど、普段の十倍はうるさいなあ。
まあいいや。
だいぶ面白いけど、ここに居ても仕方ないしな。
またカチューシャを探しに行こギィぃギリギリ
「ごめんな、そっちは頼むよ。カチューシャが見付かったらこいつ叩き起こすから」
「むげんほうよう」
軽く手を振って部屋の戸を開けると、おケイが立っていた。
おケイも休憩かな、それともカチューシャが見付かったか。
「アンジー、起きて」
えっ。
後ろからチョビも声を上げる。
「おーい角谷、起きろ。露天風呂行くぞー」
おいおい、嘘だよね。
続いて、姉住ちゃんとミカの声も聞こえてきた。
「物凄いいびきだな」
「移動で疲れた風には見えなかったけれど、溜まっていたんだろうね」
まさか、このいびきって、私のだったのか。
ぱちりと目を開けると、皆が揃ってこちらを覗き込んでいた。
「やっと起きた。全く、だらしないわね」
「そう言わないの。この中で一番体力が無いのは彼女なんだから」
「らいせかいこう」
いつの間にか、眠っていたらしい。
どこからが夢だったんだろう。
しかし恥ずかしい所を見られちゃったね。
皆に謝って、荷物の中からお風呂用品を漁っていると、おケイが声を掛けてきた。
「ああ、荷物は一旦全部持ってね。お部屋、移る事にしたから」
ありゃ、そうなのか。
しかし何でまた。
「さっき、カチューシャを探してる時に他のお客さんから聞いたんだけどね、この部屋って実は曰く付きらしいのよ」
ああ、成程。
「何事も無いとは思うけど、やっぱり聞いちゃうと気味悪いからね。そういうこと」
うん。
あ。
移った方がいいわ、絶対。
私はそそくさと荷物を纏め、誰よりも早く部屋を出た。
【角谷編終了】
【露天風呂の安斎千代美】
降っていた雨は止み、空には満天の星空。
露天風呂には最高のシチュエーションだなあ。
ここまで来るのに随分時間が掛かったような気もするが、まあ思い返してみれば出発から半日がいいとこだ。
まあ、それだけ色んな出来事があったって事なのかも知れない。
ダージリンが運転免許を取った記念の温泉旅行なんて言ってるが、結局みんな、集まって騒ぎたいだけなんじゃないかと思う。
まあ、それでもいいけどね。
「アンタの運転は酷すぎるのよ。帰りはケイの車に乗るからね」
「あら、それじゃラングラーにチャイルドシートを乗せないといけないわね」
「必要ないわよ、馬鹿」
ダージリンとカチューシャの口論にも似た戯れ合いが聞こえる。
高校時代からそこそこ親交があった彼女らは、この中でも特に付き合いが長い。
「しっかし、カチューシャは本当に大きくなったよねー。私より大きいんじゃないの」
「そっ、そんな訳ないでしょ」
ケイが口を挟む。
そう、カチューシャは大学生になってから色々な部分が劇的に成長した。
色々な部分が、劇的に。
「身長の話よねえ、ケイ」
「そうそう」
「もうっ、二人して私をからかって」
中身にはあんまり変化が無い。
それがギャップになって、余計に彼女の魅力に拍車を掛けているみたいだ。
彼女は今、私達の中で一番モテる。
「ラングラーと言えば熊だなー」
「ほんと、あれには参ったわ」
角谷とケイが笑ってミカの方を見る。
当のミカは複雑そうな表情を浮かべている。
嘘か真か、ミカは山の中で遭遇した熊を手懐けたらしい。
「ふ、二人とも、その話はやめないか」
「なあミカ、さっきから気になっていたんだが、熊ってその、もしかして」
まほが示す先、露天風呂から見える山の一角に、こちらを見つめる熊の姿があった。
流石に我々一堂は色めき立ったが、ミカが立ち上がり、熊に向かって指を旋回させる。
それは、戻れというジェスチャーにも見えて、やがて熊はそれを理解したかの様に、山の中に姿を消した。
「何をやったのかは分からないが、どうやら本当に手懐けたみたいだな」
「山では色々あったよねー」
「アンジーは座ってただけじゃないの」
私達が道中色々と手こずったのと同様に、ケイ達も順調な旅路ではなかったらしい。
まあ無事に到着したんだから結果オーライって事でいいのかな。
「そういえばマホーシャもダージリンも体調は戻ったのね」
「ええ、なんとかね」
「心配を掛けたな」
「じゃあ、このあと旅館の探検に行きましょうよ。一人で行ってもつまんないのよ」
「それなら私もお供しようかな」
「hey、みんな。探検より料理が先よ」
「ああ、確かにそれは先だね」
「姉住ちゃんもダージリンもお腹空っぽでしょー」
「なな、な、何故その事を知っているのかしら、角谷さん」
「なんとなくねー」
「カチューシャ、あなた喋ったでしょう」
「喋るに決まってるでしょ」
「ろてんぶろ」
「誰だ今の」
「急にどうしたのよアンジー」
「それでは腹拵えをしたら皆で探検だな」
「そうしましょ。あれ、そういえばチヨミはどこに行ったのかしら」
「安斎ならさっきまでその辺に居たと思ったが。あっ、おい、皆、来てくれ」
「おや大変だ。千代美が倒れてる」
「のぼせたのかしら」
「とにかく涼しい所に運びましょ」
「全く、世話が焼けるんだから。よいしょっと」
「こっち風当たるよー」
ややあって。
目を覚ますと私は、籐椅子に寝かされていた。
夜風が気持ち良い。
見回すと旅館の部屋の窓際だった。
「起きたのね、チヨミ」
ケイの声がする。
見ると、皆が浴衣姿で思い思いに寛いでいた。
ああ、私は風呂にのぼせて倒れたのか。
「カチューシャが運んであげたのよ」
「安斎さんの髪、水を吸うと凄い重さになるのね」
「気が付けなくてすまなかったね」
「大事に至らなくて何よりだよ」
皆が声を掛けてくれるのがありがたいやら、申し訳ないやら。
随分心配させてしまったみたいだ。
「なんだか今日は皆、散々だな」
向かいの籐椅子に座った西住が苦笑いする。
ほんと、散々だよ。
私も、西住につられて苦笑いをした。
まだ一日目だってのにな。
【安斎編終了】
以上です
ありがとうございました
やべー、まじ面白いわ
次は高校生組かな?
>>48
ありがとうございます
西さん出したかったんですが、学年が違うことに後から気付いて出番を削った事がどうも心残りで
二日目編を書くとなったら西さん出したいですね
おつおつ
怪しい薬を飲まされているカチューシャはいなかったんですね
西さんがウラヌスで颯爽と登場するのが目にうかぶ
>>50
ありがとうございます
西さんはバイクが趣味なので旅行との相性は良さそうなんですよねえ
カチューシャは「もっとらぶらぶ作戦」に一度だけ現れた想像図がすごくツボだったので書きたくなりました
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira148457.jpg
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira148457.jpg
画像貼り付けられるかな
ああ、できてた
乙
>>51
確かにこれは惚れる
カチューシャがイノーシャに‥‥
乙です
【次回予告の西絹代】
私の趣味は、バイク。
裏野巣と名付けたバイクの手入れが日課だ。
この裏野巣で走る事が好きでたまらない。
だが、学園艦の上ではその趣味を存分に楽しむ事が出来ない。
所詮は艦上をぐるぐる回るだけだ。
それに、騒音の問題もある。
大きな音を出せば、居住区の皆様のご迷惑となってしまう。
だから私は寄港日が待ち遠しい。
騒音の問題が解消される訳ではないが、艦上よりは思い切り走れる。
目的地を定めずに全力疾走するのが何よりの楽しみだ。
一人になりたい時は、バイクの遠乗りに限る。
どこまでも続く高速道路をひたすらに走るのは、実に気分が良い。
私にだって、一人になりたい時ぐらいある。
別段、何かあったという訳ではない。
ごくごく自然に、集団生活に定期的に疲れるというだけの事。
思えば贅沢な悩みだ。
高校を卒業すれば、この集団生活はあっさりと終わる。
そうなれば今度はきっと、集団生活が恋しくなるのだ。
そしてその時、一人で遠乗りに出掛けた事を後悔するかも知れない。
戦車道の皆とは疎遠にならないと思っているが、実際どうなるかは分からない。
だからこそ現在の一日一日を大切にしなければならないのだが、まあそう言ってもな。
疲れるのだから仕方ない。
めりはりが肝要なのだと思う。
集団生活に疲れたら一人の時間を取る。
一人になると集団生活に戻りたくなる。
今は集団生活に戻るための、一人の時間だ。
存分に楽しむとしよう。
バイクは良いぞ。
空気が体に直に伝わってくる。
この感覚は戦車では味わえないものだ。
何物にも守られず、生身で走る二輪だからこそ体感できる空気がある。
トンネルを抜け、視界が開けた瞬間など思わず声が漏れる。
何故だかな、トンネルの先にある景色というものは例外なく美しい。
休息所での時間も好きだが、裏野巣が些か珍しい型であるために目立ってしまうのが難点だ。
落ち着いて休息を取ろうと思ったら、高速道路を降りねばならない。
まあ、降りたくなったら降りる。
こういう自由が利くのが一人旅の良い所だ。
見渡す限りの山、山、山。
学園艦では決して見ることの出来ない光景に胸が躍る。
生身でこんな所まで来たのだという達成感も、二輪ならではのものだと思う。
しかしまあ、随分遠くまで来たものだ。
引き返すには遅いし、燃料も心許ない。
ぼちぼち降りるとしよう。
給油のついでに宿泊できる場所も探さなくては。
温泉旅館でもあると嬉しいなあ。
【絹代編終了】
やはり一本だけだと短いですが、西さん編が書けましたので
ここまでお付き合いありがとうございました
残りが全部書けたらまた来ます
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません