俺VS納豆 (16)
「納豆ってガチで強ェからね」
一月前に友人から聞いた話である。
いわく、納豆菌はガチで強くてヤバい。らしい。
それを聞いて黙っている俺ではない。
そして今日、妹から借りたお金で近所のスーパーから納豆を買い占める。
根こそぎ買い占めて……占有ッ!納豆を個人的占有ッ!!
買い占め納豆を一纏めに置き、それを中心として東西南北にローソクとしめ縄を配置。準備は整った!
「オンキリキリナットーソワカ オンキリキリナットーソワカ。
地の神、火の神、水の神、そして一粒に宿りし七つの米の神。どうか納豆におわす納豆菌なる者を我が前に顕現させ給う。
我が前に立ち塞がりし全ての愚かなる納豆に、我と汝が力持て、等しく滅びを与えんことを祈り奉りそうらう……破ァ!!」
バツっバツン!しめ縄が独りでに切れ落ち、
ボスッポスン!四本のローソクの火も掻き消えた。
ズモモモモモ……!
俺の祝詞に応えたか、納豆は寄り集まり、脈打ち、遂にはヒトのカタチを成して俺と対峙した!
『我ヲ呼ンダのハ貴様か…ニンゲン』
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「あんた…強ェんだってな」
『イカニモ。我ハ納豆。世界ノ頂点ニ君臨セシ、最強ノ存在也……』
「くくく…、確かに強そうだ。
俺の次くらいに、な」
『ホウ…、面白イ。ナラバ語ルベキは拳デだナ!』
「話が早くて助かるねェ!」
ギュムッ!納豆が構える。
左手を前に突き出し、右手は額の上に。腰は大きく落としたその構え。
(中国?符省(びっぷ省)のソク族に伝わる拳法、粘禍拳に近い構えだ。なるほど隙がない…。最強の名は伊達では無いということか…!)
「SS流古武術45代当主が俺……参る!!」
ダンッ!
震脚いきおいよく突進し、まずはお手並み拝見と突きを繰り出す!
納豆は俺の突きを左手でいなし、額に付けていた右腕が振り下ろし気味で狙ってくる!アブネッ!
咄嗟の身のこなしでカウンターを躱せば、ドギャムッ!と納豆の右腕は床を安安と貫いた。
(なんという破壊力…!さすが、納豆はカルシウム豊富で食べると骨が丈夫になると言われるだけある…!)
『ドウシタ?ソノ程度デ腰ガ引ケテいるヨウデはツマラン。モット"粘り"ヲ魅セテミロ』
「へっ。どうやらハンデを付けたまま勝てるほど甘い相手じゃねーようだ」
ドドスン!ドドシン!
俺は重りとして両手首と両足首に巻き付けていた長ネギ(各15キロ)を解いた。
これは余談だが、ネギに含まれてる硫化アリルには、抗酸化作用と血液をサラサラにする効果がある。
納豆と一緒に食べれば、ナットウキナーゼと合わせてダブルの血液改善効果が期待できちまうんだ!
重りから解放された俺は、矢のような速さで鋭い突きを繰り出す!だが、
『何カト思エバ、SPEEDガ上ガッタダケで先程ト同ジトハ笑ワセル!』
パシンと突きを払われ、納豆の力を込めた右が放たれる!
『今度ハ外さン!』
「それはこちらもだ!」
上体を引いて退く最中、放たれるは俺の三日月蹴り!
ズドムッ!みぞおちに爪先がめり込む確かな手応えッ!
「どうだッッッ!!?」
『ク…クククク…。成程、確カニ良イ一撃ダ。
我ガ人間ナラバ大だめーじダッタロウ。クククク、人間ナラバ、ナ」
「なに…?!」
見たところ納豆は、先の一撃を食らったというのに平然としている。
「そうか…!納豆は腸内環境を整える働きがある!
つまり納豆はお腹に良い。それすなわち腹部に対するダメージを無効化できるといふ事かぁぁーー!!?」
『左様』
納豆との闘いは熾烈を極めた。
両者の実力は互角かと思いきや、ここにきて納豆がカウンター主体から攻主体の構えに切り替える。
奴の策略が完成したからだと気付いたのは後の祭りだった。
納豆のカウンター主体時の構えでは、ゆるやかに横移動を続けていたのだ。
それによって納豆のネバネバが床一面に広がり、これでは此方が足を滑らせてしまう!ウカツ!
これは余談だが、江戸時代の飛脚は長時間の走行に備え、抗菌と摩擦防止のため足裏に納豆を塗りたくっていた話は有名か。
閑話休題。
とにかく、足を強く踏みしめる事を封じらたのは拳法家として致命的だ。
(どうすれば……、どうすればいいんですか師匠……)
俺の脳裏に、かつての師との会話が蘇る!
〈ほう、納豆のネバネバ糸が切れなくて困る、とな〉
〈いいんじゃよ。そのままで。垂れた糸は後で拭けばいい。それだけじゃ〉
〈何事もあるがままを受け入れるのが大事じゃ。それは、古武術も納豆も同じじゃよ〉
〈これは余談じゃが、産業革命時のヨーロッパでは永久機関の開発研究が盛んでのぅ。その中で納豆のネバネバを利用した装置も着目されていたらしい。
最近でも筑波大学が納豆のネバネバを潤滑油としたエンジンの開発をしとるんじゃ〉
「ありがとう師匠!俺、わかったぜ!!」
スィィィイイー…!
『なんダト!?ねばねばニ抗ウノデハナク、ねばねばニ身ヲ委ネテ乗リコナしたダトォー!!?』
理解(わか)る…!
こうしてネバネバと一体となった俺には、奴の攻撃が手に取るように理解った。
力は要らない。身体の流れを意識すれば、それだけでネバネバがネバネバしてネバネバと移動できた。
これなら何時間、いや、何日だって闘っていられそうだ。
これは余談だが、ナポレオンがショートスリーパーだったのはご存知だろうか?
実はナポレオンの好物は納豆で、納豆パワーによって少ない睡眠時間でも力を発揮できたという説もある。
エジプトのピラミッド建設でも、労働者はニンニクを食べて過酷な労働を乗り切ったと言われているが、近年ではニンニクではなく納豆を食べていたとするのが定説である。
あのクレオパトラも美容のために納豆を身体に塗っていたと書記官が記したパピルスにある。
疲労回復だけではなく美容にまで良いのが納豆なのだ。
『ウヴォォォオオオオオ!!!!』
攻撃を躱され続け焦ったか、遂には腕を振り回し咆哮する納豆。だが…。
「粘りが足りねぇぜ。アンタ」
ズドムッッッ!
俺の手刀が納豆の胸を穿つ!
そのままズギュルと引き抜けば、手にあるは納豆の…"核"!
『ギギャ……ガ……返…セ………!』
「やだね!」
『アギャギャギュギョォォォオオェオオーー!!!!』
核を失い暴走した納豆。ヒトの姿を捨て6本の腕を生やし、発酵食品の本能剥き出しで暴力が襲いかかる!
「いいぜ。引導を渡してやるよ。みせてやるSS流古武術が奥義!」
そして俺はダレよりも疾く台所に向かい米を…研ぐ!
『ヤメロォォォオー!!!?』
炊飯器をセットしてその間に焼き鮭と味噌汁を…調理!
『ヤメロォォォオオオー!!?!』
空いた時間でテレビをつけピタゴラスイッチを…鑑賞!
『一歩進ンデ前ナラエェェェエエー!!!!』
そして遂に!炊き上がったご飯を茶碗によそって…核納豆をドーン!
「食らえッ!これがSS流古武術究極奥義……"ほかほか納豆ご飯定食"だああああああー!!!!」
バリバリムシャムシャバキバキゴクン
「『うんめぇっ!!!』」
エピローグ
「よォ、来るのが遅くなってすまなかったな」
市外のとある病院。友人の見舞いに足を運んだ。
友人は先月、納豆を食べて初デートに行ったら彼女から「納豆くさい!」と言われたショックで倒れてずっと寝込んでいる。
「仇、とってやったぜ」
彼の枕元に見舞いの納豆だけ置いて、俺は病室を去った。
「……もういいの?」
病院の外ではスポーツカーに乗った女が待ち構えていた。俺の妹だ。
「ああ、土産に納豆を置いてきたからな。納豆に含まれるイゼラーゼという成分は良い目覚めを促す働きがあるんだ。だからいずれ起きるだろう」
「そう。それは早く起きて欲しいわね」
「やっぱり心配か?」
「当たり前よ。アレでも私の恋人だもの。
さて、と。せっかく兄ちゃんと会ったことだし車で送ってあげようとおもったけど……やっぱやめたわ」
「なんでだよ」
「だってお兄ちゃん、納豆くさいもん」
俺は倒れた。
おしまい
ありがとうございました。
余談ですが作中のウンチク半分くらいはもちろん嘘です。
誰かうっかり騙されてドヤ顔で知人にひけらかして赤っ恥をかいてくれれば、それに勝る幸せは御座いません。
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