子天狗「めくらて~ん~ぐ~さーまー♪」 (25)


子天狗「お呼びですかー?」

天狗「呼んだ。ちとー、そこに座りなさい」

子天狗「はいなー」ひょこ

天狗「実はお前さんに頼みたいことがあってな」

子天狗「はて、なんざんしょ。あ、でもでもー、お使いだったら嫌ですよー?」

天狗「この出来たばかりのキュウリの漬物」

子天狗「あいたたた、急にお腹の調子が」

天狗「食べてみないか? 美味しいぞ」

子天狗「確かに」ばりぼりばりぼり

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子天狗「美味でしたー」ぺろり

天狗「だろう? で、ここにもうひと甕(かめ)分あるんだが」ドン

子天狗「え! おかわりも?」

天狗「こいつを山向こうのカッパのところへ」

子天狗「あいたたた、お腹の調子が」

天狗「通るワケなかろう」

子天狗「腐ってたんだ、その漬物!」


・さて、それから一時。


子天狗「うう、いったーい……」

子天狗「おっきなコブになっちゃった。親分本気でぶつんだもん」

子天狗「それにこの甕重いんだー。あたしゃ、ちっこい子天狗だよ」

子天狗「妖怪労基法違反だよ。子分は辛いね、全くもう」


キツネ「おーい、そこ行く子天狗やい」

子天狗「あ、お前は意地悪で間抜けな化け狐。ご用ですかー?」

キツネ「会った早々ご挨拶だね。折角親切な忠告を、アンタにしようと思ったのに」

子天狗「畜生に傾ける耳はないけども、一応聞いてあげましょー。申せ」

キツネ「全く、いつでも鼻の高い娘だよ」

子天狗「えへへー♪」

キツネ「褒めちゃない」


キツネ「アンタ、その甕届けもんだろう? 中身はキュウリの漬物だと見たね」

子天狗「昨今のキツネは鼻も効くな。流石はこの、狐畜生」

キツネ「犬畜生みたいに言うんじゃないよ。後上手いこと言った顔もおやめなさい」

キツネ「アンタ、山通り三本松からカッパのところに行くんだろう?」

子天狗「そこまでバレてちゃしょうがねい。いかにもー、その通りですが」

キツネ「悪いこと言わない、回り道しな。今あそこにゃ人間の奴が来ているよ」

子天狗「人間? この妖怪ごった煮界隈の、恐れよ山のすぐ近くに?」


キツネ「そうともさ。普通の農夫どころか猟師だって滅多なことじゃあ近づかない、
この恐れよ山までわざわざ来るような人間は――」

子天狗「迷子かな?」

キツネ「馬鹿って言うのさ、普通はね。それか単なる自殺志願者か」

子天狗「やだなー、また人魂連中が増えるでしょ? アイツら最近生意気です」

キツネ「今じゃ山でも指折りの一派だからねぇ……っと、そっちの話はいいんだよ」

子天狗「そっち? どっち?」

キツネ「少なくともアンタの後ろにゃ落ちて無いよ」

>>5訂正
〇キツネ「そうともさ。普通は農夫どころか猟師だって滅多なことじゃあ近づかない、
この恐れよ山までわざわざ来るような人間は――」
×キツネ「そうともさ。普通の農夫どころか猟師だって滅多なことじゃあ近づかない、
この恐れよ山までわざわざ来るような人間は――」

〇キツネ「馬鹿って言うのさ、世間じゃね。それか単なる自殺志願者か」
×キツネ「馬鹿って言うのさ、普通はね。それか単なる自殺志願者か」


キツネ「とにかく並みの人間じゃないらしいよ。噂じゃ魔払い生業の巫女だとか」

子天狗「過払い未払いのミコーさん? そうか、死因は借金苦」

キツネ「全くアンタの頭はおめでたいね」

子天狗「よくー、言われます。めでたいことはー、良いことです♪」

キツネ「褒めちゃない。それとアタシは忠告したからね。羽根の毛まで毟られたくなけりゃ、今日は回り道することさ」

子天狗「それじゃ、狐の畜生さん。ご忠告ありがとうございましたー」

キツネ「はいはいそれじゃ、達者でね。……ってお待ちお待ち! そっちは三本松通り!」


キツネ「人の話を聞いてたかい!? あっちにゃ怖ーい人間がいるよって」

子天狗「あっち? どっち?」

キツネ「話の流れで察しなよ!」

子天狗「でもー、とっととこの甕届けたいし」

子天狗「狐の話は胡散臭いし」

子天狗「眉に唾だってつけてるから、化かされたりもー、しないのです!」

キツネ「ならアタシが嘘を言ってないの、アンタの頭でも分かるでしょ」


子天狗「あっはっはっは!」

キツネ「……なんだいなんだい今度はまた。急に笑い出して気味の悪い」

子天狗「それじゃ、突然泣けって言うんですかー!?」

キツネ「怒る流れでもなかろうにっ!」

子天狗「やい! よく聞いたらいいよこの狐畜生」

子天狗「あたしゃー成りはちっこくても、偉大なるめくら天狗様の子分です」

キツネ「ほうそれで? 親分の名前すらまともに覚えちゃないアンタが何だって?」

子天狗「天狗の子分は良い子分ー。人間なんかを恐れない!」


・一方その頃三本松。

巫女「おいたぬきー」

たぬき「へぇっ!?」ビクッ

巫女「たぬき、たぬき、たーぬーきー!」

たぬき「はい、はい! 何でしょうか、あの、お呼びでしょうか、その」

巫女「……なーんでそんなビビってんの?」

たぬき「いえ、あのっ、そのー……び、ビビッてなんて、いないですよー?」

巫女「ふーん。そう、ビビッてない」

たぬき「ええ、ええ! ホントホント! 尾っぽの先までドッシリと……重たく構える所存です、はい」

巫女「あ、そう。まっ、興味も別にないんだけど」

たぬき(なら聞くんじゃねーよ、このアマァ……!!)


巫女「それよかさ、食べる物ちゃんと採って来た?」

巫女「わたしさっきからお腹ぺっこぺこー。早いとこなにか食べさせなさーい!」

たぬき「ええ、ええ、そのですね。辺りを見て来はしたんですが……」

たぬき「この辺一帯の山菜だったりなにやらは、なんでも天狗の親分の物だとか」

巫女「…………へぇ」

たぬき(この間が嫌なんだよこの間がさぁ)


巫女「それで? 手ぶらで帰って来たってワケ?」

たぬき「いえ、いえ! 滅相も無い! ちゃーんと失敬して来ました」

巫女「こらっ!」

たぬき「痛いっ! ほっぺを叩かないで!」


巫女「たぬき、失敬したって何なのよ。返してもらってきたんでしょー?」

たぬき「はい、はい。仰る通り! 山の恵みは人の物、海の恵みも人の物――」

巫女「万物これ、神が人間に与える施し成り……。アンタも一匹の畜生なら、そろそろ自然の摂理を覚えなさい」

たぬき「へぇ! 真、至らずに!」

巫女「……ったく! 勝手に野山に住み着いて、縄張りなんて広げちゃって」

巫女「ここは国が管理する領地なのに、年貢の一つも収めやしない」

巫女「あまつさえ土地神? 妖怪? 妖だぁ~? ホント、今が一体何年だって思ってんの」


たぬき「えーっと、今は大体18――」

巫女「ていっ!」

たぬき「痛いっ! お腹をつねらないで!」


巫女「そーゆーことを聞いてんじゃないの! アンタたち化け物連中は、人様の土地を荒し過ぎだって言ってんのよ!」

たぬき(よく言うよ……。いつの時代においたって、後から来たのは人間だろ)

巫女「なにその目、文句あんの?」

たぬき「いえ、いえ! 微塵も欠片も! それよりもささっ、食事の用意にしますから!」

巫女「あ、忘れてた……。もう愚図! さっさと調理を始めなさい。お腹が空いて死んじゃうわよー!」

たぬき「ホントにそのまま死ねばいいのに……」ぼそっ

巫女「なんか言った?」

たぬき「いえいえいえいえ何も何もっ!! だからほら、お札はしまって、ね? ねっ!?」

巫女「……ったく。あんまり使えないようだと、茶釜に戻しちゃうんだから」


巫女「で、なにを採って来たの?」

たぬき「へへ、それが結構大量なんですよ。まずよもぎでしょ? それからぜんまいわらびにうどふきつくし――」

たぬき「極めつけはなのはこの茸! どうです? 色鮮やかでしょう?」

巫女「はぁ~……ほんっとアンタって役立たず」

巫女「誰が草を採って来いって言ったのよ! 川魚だとか山芋だとか、すぐ食べられる物を持って来なさいよね」

たぬき「あー、でも姐さん」

巫女「……ちっ」

たぬき「巫女さま。……あっしがさっきも言いましたけど、この辺は大天狗の親分の縄張りで」


たぬき「この山菜一つにしたってまぁ、管理している山爺の目を盗んで命からがらちょろまかして来たって代物なんですよ」

巫女「だから! ちょろまかすとか人聞きの悪い言葉を使うんじゃないって言ってんのよこのタヌ公っ!!」

たぬき「あいたっ! いたたた! 洒落んなってない! 抜ける! 尻尾が抜けちゃいますからね!?」

巫女「……ったく! たぬき汁にして食べてやろうかしら」

たぬき「冗談でもよしてくださいよ。……あ、その目。その目は本気の目ですね分かりました」

たぬき「もう一度行ってきますから、もうしばらくだけ待っててくれやしませんかね?」


たぬき「一応火も起こしてから離れますんで。この茸でも焼いててくださいよ」

巫女「茸ねぇ……。あんまり好きじゃないんだけど」

たぬき「なら、こっちの山菜の方にします? 下処理面倒くさいですよ」

巫女「するワケないでしょこのわたしが。ほら、分かったからさっさと行きなさい」

巫女「今度はちゃんと美味しい物、両手に抱えて戻りなさいよ? 分かった?」

たぬき「はい、はい! 勿論で! ……じゃ、行ってきやす」


巫女「まったく、ホント愚図。……茸は焼くだけでいいのかしら?」

巫女「あーもう、焚き火で料理するのって苦手なのよね……。あつっ! やだ、火の粉飛んできたー!」


たぬき「………へへ」

たぬき「へっへ……!」

たぬき「へぇーへっへ! あのアマ、まんまと茸焼いてやがる」

たぬき「てめぇの焼いてるその中に、毒茸が混じっているとも知らないで」

巫女「あ、結構美味しそうな匂い。……もうそろそろいい具合かしら?」

巫女「味噌とかお醤油とかあればって、あー、荷物はあの馬鹿たぬきが持ってるんだった」

巫女「全く、いつも肝心な時に居ないんだからあの役立たず」

たぬき(その役立たずはアンタの後ろに隠れてて、アンタ自身が役立たずになるところを見収めようとしていやすがね!)


巫女「……うん、もういい加減食べていい頃よね? これ以上炙ると焦げそうだし」

巫女「それじゃ、いただきまー――きゃっ!」

ビョォォォォ……。

たぬき(なんだ? 突然突風が!)

巫女(こ、子供の妖怪が目の前に?)

子天狗「待ちなー、そこ座る自殺希望の人間めー」

子天狗「颯爽と現れ出でたこの子天狗の登場に驚いて、少々こっちに注意を向けると良いと思うよ」バーン!

巫女「あ、アンタ誰よ! 人の食事の邪魔しといて!」

巫女「折角焼けたわたしの茸、みーんな地面に落ちちゃったじゃない!」

たぬき(ついでにあっしの計画を、全くのぱぁにしやがって!)


子天狗「アンタ誰さと訊かれれば、答えるあたしゃー子天狗さ」

子天狗「おい人間。貴女が嘘つき狐の言っていた、借金に悩む巫女ですか?」

巫女「な、なんでアンタ、わたしが借金に追われてるってことを知ってんの?」

巫女「はっ! ま、まさか金貸し金玉(かなだま)の使いなんじゃ」

子天狗「使いと言われれば使いですー。でも人間――」

巫女「やっぱり! 月末には返すって言ってんのに!!」

巫女「黄泉に連れて行かれて強制労働……。そんなの絶対お断りっ!」サッ

子天狗「あたしゃ親分天狗のお使いをって、一体その札はなんですか?」

巫女「招・雷っ!!」

パリパリ、ダーンッ!!

子天狗「きゃーっ!!!?」

巫女「……ちっ、外したか!」

子天狗「お前、雷神でもないのに雷を! 山火事になったらどうするんだー!」


子天狗「恐ろしいんだぞ山火事はー。先月だって人魂連中の不始末で、髪結い山の頂にそれは綺麗な十円ハゲ」

子天狗「管理している山爺が、徹夜で植林したんだぞー!」

巫女「知るワケないでしょそんな話! わたしに関係ないじゃない!」

巫女「招・雷っ!!」

パリパリ、ダダーンッ!!

子天狗「わっ!? わわっ!? きゃーっ!!」

巫女「ちぃっ! ちょこまかちょこまか逃げくさって!」

巫女「アンタ、大人しく雷に打たれなさいよ!」

子天狗「無茶苦茶言いやがりますこの人間! 貴女畜生以下だなー!」


子天狗「とはいえ逃げてばかりでも埒があかない。こっちにはお使いだってあるのだった」

子天狗「道草を食ってりゃ食うほどにー、駄賃がどんどん減るのです」

子天狗「ところで、何か武器になる物は――あ!」

巫女「動きを止めた? ようやく観念――」

子天狗「やい人間、この甕を大人しく喰らうといいよ」

子天狗「風よー!!」

ビョォォォォ……!

たぬき(巨大な甕が風にのって!?)

巫女「なっ!? しょ、招ら――いっ!」

ゴーン…ゴーン…ゴーン………。


巫女「あふぅ……」バターン

子天狗「ふぅ。悪は滅びた」

子天狗「ついでに甕も滅びた。中に入ってた漬物も……あーあーバラバラどうしよう」

たぬき「姐さん!」ガササ

子天狗「むっ! 茂みの中から、たぬき」

子天狗「おいたぬき。お前さんその人のお知り合いですか」

たぬき「知り合いも何もこいつは姐さん。にっくきあっしの雇い主よ」

たぬき「それがどうだい間抜けに伸びて。日頃の恨み晴らすなら今!」

たぬき「喰らえ! たぬきの日頃の恨み」ビビビビビン!


子天狗「晴らせましたか?」

たぬき「それなりに」

子天狗「では次は、あたしに恩を返すといいよ」

たぬき「えっ?」

子天狗「だってその女の人が伸びてるのは、この子天狗様のおかげじゃないか」

子天狗「良識のある獣なら恩返しの手間の一つや二つ、惜しみはしないと思うけどなぁ」

たぬき「そりゃ、まぁ、そうですけど……」

子天狗「なら早く、ほら早く」

たぬき「しかしね、恩を返せと言われてもあっしに何を望むんだい」

たぬき「パッと見たとこお前さん、困りごとがあるようには見えないよ?」

子天狗「困りごと? ああ、それなら――」


子天狗「めくらてーんーぐーさーまー」

天狗「おお子天狗や、戻ったのか」

子天狗「はいな、ただいま戻りましたー」

天狗「それで河童はどうだった? 相変わらず頭の皿を自慢したか?」

子天狗「されましたー。今度の皿は越前焼きだそうですよ」

子天狗「それと、言伝を一つ預かってます」

天狗「ふむ。してなんと?」

子天狗「"素晴らしい茶釜をありがとう。今度、茶を飲みに寄ってくれ"」



どっとはらい

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