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ぴっ、ぴっ、ポーン! ……時刻は正午となりました。
本日のお天気は曇りのち晴れ、気温もだいぶ低くなって、本格的な冬が来るのを感じ始める今日この頃。
日毎に増してく肌寒さに、そろそろコートやジャンパーなんかが恋しくなっちゃう季節じゃない?
と、言うワケでやって来ました帝櫻デパート! おまけに買い物帰りのその途中、見つけちゃいました顔見知り。
フードコートの隅の席で、寂しくコーヒーなんか飲んでたんだ。
でねでね? 顔を出しちゃった。
イタズラ心がむくむくと。
こっちに気づいてないみたいだったからこっそり後ろから忍び寄って……。
「じゃじゃーんっ! ねぇねぇねぇねぇ何してるの? 偶然遭遇茜ちゃんだよー!!」
声をかけたらパチクリされて、慌てた様子で「静かに!」のジェスチャー。
んにゃ? なんだか多少のワケ有りみたい。ついでに面白そうな予感もね!
そういうの、茜ちゃんピンと来ちゃうんです。
だってこういう些細な予感、なんとなく気づけちゃう私だから!
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「なになに? プロちゃんってばフードコートの雑踏で、ぼっちな休日を紛らわし中?」
「……人と会うなり失礼な奴め。仕事中だよ仕事中、このカッコ見ても分からんのか?」
相手の向かいに座ったら、買い物袋は横に置いて。
からかうようにこっちが訊けば、向こうは不敵な笑みでそう返した。
ん、でもでもプロちゃんその台詞は、ちょーっと無理があるんじゃない?
「お仕事? まさか! いつものスーツ着てないのに?」
そう! そうそう、そうなのだ!
今目の前に座るプロちゃんは、いつもの見慣れたスーツは着てなくて。
Gパンジャケット似合わない眼鏡、空いてる席にはリュックサック。
……随分ラフな恰好で、普段のプロちゃんには見えないもん。
例えるなら売れない俳優やってそうな、親戚の若いおにーさん?
……なーんて、こっちの物言いたげな視線に気がついたプロちゃんは言い訳するようにキザに笑い。
「俺だってすぐにバレないよう、スーツを着ない仕事だってあるさ」
「なるほどなるほど変装だね。わざわざお仕事をサボる為に自分の個性を手放して……プロだね。プロちゃんサボりのプロ!」
「おい茜、俺の個性はスーツなのか?」
でもでもすぐにプロちゃんは、釈然としない表情を怪訝そうな顔に変えて。
「待てよ? しかしなんで茜は俺のこと、俺だってことに気づけたんだ?」
不思議そうに訊いて来るからね、こっちも「ふっふっふっ♪」なんて芝居がかった調子で指を振ると。
「初歩的なことだよプロちゃん君♪ いくら髪型や服装を変えたって、君の持っているフインキまではー変えられない!」
「雰囲気ね、それホントか?」
「……んー、まぁ、でもよくよく見ないと分かんないし。
茜ちゃんほど人を見る目のある子でなきゃ、パッと見の印象じゃ気づけないかな?」
そ! 自分で言うのもなんだけど、茜ちゃん人を見る目は持ってるから。
ついでに相手の顔を覚えるのと、顔色と空気を読む力も!
いやー、自慢したいワケじゃ無いけどね~。ついつい?
そう、ついついそんな細かいトコまで気がつけちゃうのだって才能でしょ?
茜ちゃん、天からニ物も三物も貰ってるから? そこのところフツーの人より凄いんです!
「だから身バレの心配はないと思うよ? 単純に、出会った相手が凄すぎたのだ~!」
「……そうか。なら茜の言葉を信じるよ」
「おや……なになになになにどーしたの? 随分あっさり信じるね」
「そりゃ、茜が心配ないって言うからな。お前のお墨付きがあれば、むしろ堂々とこのままでいられるよ」
言って、プロちゃんは不敵な笑みでニタニタリ。
あっ、うっ、茜ちゃんともあろう者がなんてこった!
これじゃあプロちゃんの変装がばれた時、「おい茜、心配ないって言ったろー?」とかなんとか
意地悪く言われる未来がありありと! 浮かぶ、浮かぶぞ! ……参ったにゃー。
「むしろ、そうなるとお前の方が心配だな?」
「えっ?」
「例え俺の変装がバレなくても、茜は目立っちゃうからなー。ほらほらいつも言ってるだろ? 自分の魅力は隠せないって」
さらに追い打ちをかけられヘタヘタリ。
ぐぬぬ! プロちゃんってばいつの間にか随分腕を上げてるじゃないの!
これも茜ちゃん相手の舌戦による、日々の鍛錬のたまものだね!
……なーんて一人でボケてる場合じゃない。
「それはあれ? 茜ちゃん今すぐゴーホーム?」
「そう言いたいとこだが事情がある。お前、変装できる物持ってるか?」
まるでお仕事の打ち合わせの時みたいな確認を取られてピンと来た。
だから茜ちゃん、ちょっぴり自信がない顔のプロちゃんのことを焦らすように。
「ふふん、そ~れ~が~ね~……ここに! 買って来たばかりのアレやコレが!」
席に座るとき横へ置いた、紙袋の中から買ったばかりのカラフルなジャンパーを取り出した。
値札も切って貰ってたし、その場で腕を通したら――。
「てってれー♪ あっという間に変身完了!」
「顔が変わってないじゃないか」
「そっちは髪をゴムでとめて。ちょっとお澄ましな顔すれば――」
「その為のゴムがどこにあるか? 髪留めの一つも……ああそうだ」
もうもう全くプロちゃんは! 普段は言い負かされてばっかだから、ここぞとばかりにああ言えばこう言う。
でも言われたことは確かだから、「どうしようかな~?」って迷ってるとプロちゃんが自分のリュックを探り出し。
「ほら、これ使え」
なんと! 中から一組の帽子と眼鏡を取り出したの! ……まるで便利な猫型ロボみたい。
缶バッジのついてる猫耳キャップを被ったら、次に度の入っていない眼鏡をかけて――っておやや? 度が入ってない?
「ねぇねぇねぇ、なんでこんなの持ってるの?」
「プロデューサーの七つ道具、もしもの為にな。お前らと仕事をしてる時、急に顔を隠す必要があったりするかもしれないだろ?」
「へぇ、プロちゃんってば案外用意が良いんだね。茜ちゃんちょっと見直しました!」
「おう、見直せ見直せ。いつでも人は、失敗から学ぶってな。……昔にちょっとあったんだよ」
そうして少し遠い目になって、なんだか懐かしそうな顔。
……ふーん、そっか。そうかそうなんだ。
やっぱりプロちゃんにだって失敗ごとの一つや二つ。
「プロちゃん若き日の過ちの巻。……担当してたアイドルと、うっかりスキャンダル沙汰にでもなりかけたかにゃ~?」
知らないことが悔しくて、その場の空気を変える目的で冗談めかして言ったけど……。
「まあな」なんてあっさり笑って流された。その対応にちょっとムカッ。
まるで子供相手の大人みたい。
随分とまぁ茜ちゃんのこと、幼く見ちゃってくれてるじゃん。
「それより茜、お前って今手が空いてるか?」
「……それ、暇ってこと? まっ、今日はオフだし買い物だって終わったけど」
「なら、ちょっと仕事に付き合ってくれ。流石に男一人だけであの店に、入る勇気がでなくてな」
言って、プロちゃんが指さしたのはフードコートからほど近い場所にあった服屋さん。
でもでもそこは、ただの洋服屋さんじゃあもちろんなくて。
「女性下着の専門店……!? プロちゃん、まさかそんな趣味が?」
「あるワケないだろ誤解するなっ!」
慌てた様子で否定して、嘆息しながら頭を掻く。
「……今、あそこで星梨花が職業体験してるんだ」
「星梨花ちゃんが?」
「ああ、とあるテレビ番組の企画でな。……ちゃんと仕事ができてるか、
困って無いかの様子を見に行ってやりたいと思ったんだが――」
「それ、普通に顔出しちゃダメなやつ? プロデューサーですって言っとけば、別に変態扱いはされないんじゃ」
「その疑問が浮かぶのは最もだな。でもな? 星梨花にキツク言われたんだ
『今日のお仕事は一人でもちゃんと頑張れます!』ってさ」
そうして宙を見上げると、プロちゃんはもう一度やり場のないため息をついたのね。
「この前、育たち年少組が付き添い無しで仕事したろ? 対抗心を燃やしてんの」
「星梨花ちゃん、意外に負けず嫌いなトコあるからね~」
説明を聞いてひどく納得。
でもでもでもそういうコトならこっちだって、協力するのはやぶさかじゃない。
そんな話を聞かされちゃ、星梨花ちゃんがちゃーんとお仕事できてるか、茜ちゃんだって気になるもん。
「いいよ。このお助け天使の茜ちゃんが、ダメダメなプロちゃんのこと手伝ったげる」
「おっ、ホントか?」
そうして優しい優しい茜ちゃんが、このオファーを快諾するとプロちゃんはパァッと顔を輝かせた。
……ラッキーだったね~、プロちゃん。
お仕事の手助けだけじゃなく、幸運も運ぶ茜ちゃんと偶然この場で出会えてさ!
だから、こっちとしても当然の対価を彼に向かって要求したの。
「けどけどそのご褒美に茜ちゃん、『豪華堂』のプリンが食べたいなっ♪」って!
……それから、僅か数分後
「じゃあ茜、これから店に入る前にもう一度段取りを確認するぞ」
「オッケーオッケー、ばっちこい!」
「まず中に入るなり店内一周、星梨花の姿を確認する」
「星梨花ちゃんの姿を見つけたら、それとなく向こうを見られる場所へ移動」
「下着を物色する振りをしつつ、星梨花の働きぶりを観察する」
「……ねぇプロちゃん。その時はプロちゃんも、下着を一緒に選ぶワケ?」
「そりゃ、まぁ、そうなるよな……。一応俺も客なんだし」
「若い美少女と二人連れ、下着を選んでる彼氏かぁ~……」
「妹みたいな子を連れて、下着を選んでるアニキかぁ~……」
……んん? 待て待てちょっと待って?
「妹? 誰が? 茜ちゃんが?」
「他に誰が居ると思ってんだ……。流石に姉には見えないだろ?」
「いや、けどね? これがこのみんだったらワンチャンある……じゃなくて!」
妹? いもと? 妹ですとっ!? こ、こんな今世紀最大最高超銀河系規模で絶世と言っても過言じゃない
キュートでプリティでにゃんにゃんな茜ちゃんを捕まえて妹と!?
「えぇ~? ……そこはもう彼女で良くないかな?
妹がお兄ちゃんと一緒に下着を見に来るとか……。リアリティ的にも彼女だって!」
と、私が演出面からの抗議をすると。
「バーカ、それじゃあ俺がロリコンみたくなるだろーが」
なんて小馬鹿にするように鼻を鳴らして言うプロちゃん。む、むっかぁ~!!
「でもでも! そんなこと言うけどプロちゃんさぁ、みんなと結構距離近いし、てっきりその気があるのかと……」
「あるワケねーだろバカ言うな。双海の真美だって違法だよ」
「ホントにホント? あっやしいな~……もがみん!」
「アウト」
「しほりん!」
「セウト」
「星梨花ちゃん!」
「アウト」
「麗花ちゃん!」
「アウト! ……な? だから茜もアウト対象なの」
「……麗花ちゃん一応二十歳なのに」
「普通な、大の二十歳に"一応"なんてつけません! ……子供っぽい人もアウトなの」
言って、今度こそ呆れたように首を振る。
「相手が子供過ぎるとなぁ……罪悪感が生じるんだ」
「……歌織さん」
「あの人は自己申告で大人だから」
「詭弁! プロちゃんの二枚舌っ!」
でもでもでも、茜ちゃんたちの言い争いはそれでおしまい。
だって下着のお店の真ん前で、わぁわぁ言ってる二人組……カップルだろうが兄妹だろうが人目を引くのに変わりなく。
「じゃ、行くぞ!」
「もう、りょーかい!」
当初の目的を果たすためにも、好奇の視線から逃れるためにも私たち二人は息ピッタリ。
同時に店の入り口を、大股一歩で跨いだのだ。
とりあえずここまで。
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さて、さて、さて――敵船に乗り込むバイキングもかくやと勇ましく肩を並べてだ。
プロちゃんと一緒に入った店内は見渡す限り下着、下着、下着、下着、下着、下着、下着、下着、下着、下着、下~着♪
カワイイ下~着♪ ……だらけだった。ちょっとうるさい?
まぁまぁこれくらいで怒らないで。ね? ここは一つ、可愛い茜ちゃんに免じて、ねっ?
それにそれに、店内は外から見た感じ通りにすこーしばかりか窮屈で。
所狭しと並べられたキャミやらなにやらランジェリー軍団のお出迎えは実に圧巻。
ランジェリーショップなんだから当然と言えば当然だけど、中には女の子の茜ちゃんでも
「えっぐぅ……」なんて思っちゃうようなデザインのブツも飾られてるんだもん。
確かにプロちゃんが言ってたとーり、このお店に男の人が一人で入るのは勇気がいるいる。
……やっぱりコンビだからかな? 分かっちゃうなぁ、その気持ち。
「おい茜、何立ち止まってんだ」
「えっ? あ、ごめんねプロちゃん。……ちょっとだけ面食らっちゃって」
「しっかりしてくれよぉ……ここじゃ、お前のリードが頼りなんだ」
「そうだね。プロちゃんからしてみればここは地上のユートピア。目移りしちゃって困っちゃうでしょ?」
でもねでもね? そんな華やかで艶やかで明け透けな商品たちを前にして、
普段アイドルたちに囲まれても飄々としているプロちゃんが面白いほどに狼狽えてるっていうこの状況は……えへへ。
「だからほら、プロちゃんは茜ちゃんだけを見て! ……なんだったら迷子にならないように手も繋ぐ?」
「バカ! アホなこと言ってる暇がありゃ、星梨花を探せ、星梨花をさ」
真っ赤になっておかしいんだー♪ まぁでも? プロちゃんに頼られる気分は嫌じゃないよ?
彼を先導するように前に立ちながら、私は当初の予定通りにお店の中をぐるり一周。
「あっ、いたいた星梨花ちゃん」
目的の彼女を見つけると、内緒話するみたいにヒソヒソ声で教えたげた。
するとプロちゃんもすぐに気づいたみたい。
辺りをキョロキョロ見回して「どっか、見守れるのにいい場所は……」なーんて。
でもでもプロちゃん、まずはストップ!
「ちょっとちょっとプロちゃん。物珍しいのは分かるけど、あんまり露骨なことすると――」
「ん、なんだ?」
「……店員さんに、ますますマークさ・れ・ちゃ・う・ぞ~?」
言って、私は星梨花ちゃんと一緒に作業をしてた店員さんを指でさした。
(もちろん、相手には気づかれないように!)
多分、星梨花ちゃんにお仕事を教えてる人なんだろうけど、
プロちゃんの姿を一目見るなり物凄くこっちを怪しんでる。
まぁ店内には女のお客さんしかいないみたいだし、防犯のためか通路の見通しも案外良いし、
男ってだけでプロちゃん物凄く浮いてるし。これはもう、しょうがないと言えばしょうがないことなんだけどね~。
「変態趣味の持ち主です! なーんて言ってもよかったら、茜ちゃんの口先で言い訳だってバッチリだけど……。
万引き犯に疑われでもしたらプロちゃんの人生終わりだよ?」
「そ、それは困るぞ! いや、変態が困らないワケでもないが……」
「だったらほらほら堂々と! 次は下着を選ぶ段階なんだよね?」
途端に焚きつけられたプロちゃんが苦虫噛んだみたいな顔になる。
残念ですけどこの場所じゃ、イニシアチブは茜ちゃんのきゃわわなお手てが握っているのだ参ったか!
冤罪問題無理難題、押し付けられたくなければ素直に茜ちゃんに従いなさーい!
なんてこの時は調子に乗ってたけど、それは茜ちゃんの認識が甘かった。
「なぁ茜。パンツとショーツって何が違うんだ?」
「ブラも種類があるんだなぁ……。いちいち選ぶの面倒そう」
「くっあ! こんな布の量でなんつー値段がするんだよ!?」
ああ、ああ、なんてこと! さっきまでの狼狽えっぷりが嘘みたい。
目の前に広がる光景を茜ちゃんはにわかに信じたくないよ!
まるで河原のエッチ本を見つけた少年のようなお目々でもって、彼は今、絶賛下着の吟味中。
「だぁ! もう! ちょっとは黙って見れないの~!?」
「仕方ないだろ、面白いんだから」
全くなーにがオモシロなのさ。この人の感性ってのはホントこう……!
当初の目的も忘れたみたいにランジェリーを手に取るプロちゃんに、
若干どころじゃない軽蔑の眼差しを向けながら大きく大きく呆れてあげる。
するとプロちゃん、大人っぽいフリルのついたショーツ持って
「むぅ、星梨花……」とかなんとかムツカシそうに呟くんだもの!!
「言っときますけどね、プロちゃん。星梨花ちゃんに黒はまだ早い!」
「バカ、誰が下着の話をしとるものか。……星梨花だよ星梨花、仕事の話」
「ああそっち? ……忘れてるんだと思ってた」
「あのな、これでもちゃんと見てるんだよ。こうして"物珍しく下着を眺める兄"の役を演じながらな」
そうしてニヤリと決めて見せる。だけどねプロちゃん、
ショーツ片手にそんなこと言っても説得力なんか微塵も無いよ?
むしろ浮かべた不敵な笑みのせいで変態度が五割増しって感じ。
それに星梨花ちゃんの仕事のお話って、一体全体なんなのさ?
……てなことを全部顔に出せばプロちゃんが
「さっきから、星梨花が何人かレジの相手をしていたんだけど」
「そうだね。……ちょっともたつくとこもあるけど笑顔で接客できてるよ」
「アイドルなんだ、笑顔での接客なんてお手のもんさ! ……じゃなくて」
誇らしげに胸を張ってから、むむむと眉間にしわを寄せる。
「なのに、誰一人として星梨花に気づかないのがちょっとなぁ。
最近は露出も増えたと自惚れてたけど、これは俺のプロデュース不足ってことでいいもんかな?」
……およよ? この場にそぐわぬ真面目な調子。
まさかの発言が飛び出して、ちょっとだけ驚いちゃったよ茜ちゃん。
でもでもそれは、仕方なくない? だって、いくら星梨花ちゃんがアイドルでも――。
「あのね~、プロちゃん。ここにはみんな下着を買いに来てるんだよ?
それにフツーは星梨花ちゃんが……ううん、アイドルが働いてるなんて思わないってば」
「むぅ……そういうもんか。一理あるな」
「一理も二理も五理もあるよ。なんならもっと論理的に、レポートにまとめてあげよっか?」
「そういうのは、杏奈の自作設定資料だけで十分だ――おっと!」
その時だ、プロちゃんが「マズい」と小声で呟いた。
こっちも何があったのかと彼の視線を辿ってみれば――。
「あの、お客様」
振り向き驚く天使かな? あ、違う。立っていたのは星梨花ちゃん。
いつの間にやらレジを離れ、私たち二人の傍にまで。
「さきほどから熱心に、何かをお探しされてるようですが。……よろしければ、私にご相談してください!」
噂をすればにゃんとやら。いつもの満点スマイルで星梨花ちゃんがプロちゃんに声かけた。
……どうもこの感じから察するに、私たちの正体には運よく気づいてないっぽい。
しかも店員としてのやる気に満ち、その目は「相談ください!」とビビッてしてる。
プロちゃんがチラリとこっちを見る。私も「どーするの?」なんてアイコンタクト。
するとプロちゃん、手に持ってたショーツを星梨花ちゃんの鼻先でひらつかせ。
「いやね、ワテらこのランジェリーショップの評判聞いて、大阪から買いに来たってん」
「大阪! わざわざ遠いところからお越し下さったんですね」
は、はぁ!? なんやのんそれっ!!? 突如として繰り出された胡散臭すぎる関西弁に思い切り驚いちゃう私。
けどけどプロちゃんはお構いなしって顔のまま、星梨花ちゃんとの会話を続けてく。
「せや、おまけに妹のヤツ一人じゃ店に入られへんて――」
「そっ、そんなんウチは言うてないで!?」
「今もな、男やのに下着選びに付き合わされとったんよ。……かなわんわー」
「ちょ、ちょお待ち! 待ちや! タンマタンマッ!!」
なんて、気づけば茜ちゃんも見事に役に乗せられて流されちゃっているけれど。
星梨花ちゃん、こんな胡散臭い人の言ってることアッサリ信じちゃダメだからね!?
「だから男の人なのにこのお店に……。お兄さんも大変なんですね」
ああだめだ、この子は疑うってことを知らない!
そしてエセ関西人なプロちゃんにすっかり騙された星梨花ちゃんは、
「分かりました!」と頷くと口元にそっと手を当てて。
「……実はさっき、お店の人に言われたんです。挙動不審な二人だから、それとなく注意するようにって」
「えっ、お嬢ちゃんそれホンマ?」
「ホンマです! ……あ、いえ本当です! だから私、それとなくお二人を注意しに」
なるほど。それで星梨花ちゃんから声をかけて来たってワケか。
……って、待った待った。それって「注意」の意味が違くなーい?
きっと店員のそのお姉さんは、「不審者だから近づくな」って意味で星梨花ちゃんに釘を刺したんじゃ?
他所から預かってる人手。それも現役のアイドルなんだから!
おまけに彼女がここにいる理由はテレビ番組の収録だし、何かあれば全てカメラに収まっちゃうワケで。
お店の側からすれば星梨花ちゃんを、それはもう箱入り娘のように大事大事に扱って――ん、カメラ?
「あっ!? カメラ!」
「は、はい? お客様どうしました?」
「な、何でもないです! なんでもなーい……。あ、アニキ、アニキ、ちょっとちょっと!」
私は急いでプロちゃんの腕をひっつかむと星梨花ちゃんから少し距離を取った。
それから内緒話のボリュームで、たった今思い出した問題についての確認をとる。
「すっかり忘れてたんだけど、このお店カメラあるんだよね?」
するとプロちゃんは事も無げに、「ああ。場所は知らんが定点と、スタッフが撮影だってしてるハズだ」
「スタッフ!?」
「ほら、あそこで下着見てる客だよ。さっきから星梨花の動きに合わせて自分の立ち位置変えてるだろ?」
言って、近くに立ってた他のお客――ではなくスタッフのことを小さく顎でしゃくって見せる。
そこには確かに一人の女性客がいて、不自然に構えた荷物の位置をしきりに気にしてるように見えた。
……多分今、星梨花ちゃんのことを撮ってるよね?
「それ、マズいじゃん。カメラが狙ってるってことは、茜ちゃんたちもバッチリ収録されてるでしょ?」
「だから"マズい"って俺も言っただろう? 声だって拾われてるかもしれないし、茜、ここからはコソコソ話も厳禁な」
「プロちゃん、その目は本気の目。……じゃ、じゃあじゃあもしかしなくても二人とも――」
「ああ! このまま大阪から来たナニワの兄妹を演じ切る。ついでに星梨花の客として、彼女の仕事をサポートだ」
まさかまさかの展開に、サッと血の気が引くのを感じたよ。
そりゃテレビには映り慣れてるけど、あくまで普段はお仕事だし。
「それに、気に入らんことがもう一つ」
「なに?」
「変装してる茜にスタッフが気づいてないのが腹立たしい。まるでウチのシアターアイドルの知名度が無いみたいじゃないか」
そういうプロちゃんの表情はすっかりお仕事の時の顔だった。
それを見て茜ちゃんだって腹を決める。
そうお仕事。誰かに"観られて"いる間は例えオフだろうとどこだろうと私が立ってる場所が舞台。
ステージの上の茜ちゃんは、いつでもカンペキパーペキなアイドルだから!
「このまま収録終わらせて、後でスタッフを笑い者にしちゃる」
「プロちゃんってば動機が不純……。でも乗った!」
新しい目的を胸に抱いて、二人同時に振り返る。
それから星梨花ちゃんに詰め寄ると、茜ちゃんたちはー言いました!
「ちょっと頼むわ店員さん」
「ウチに合うブラ選んだって~?」
>>28訂正
〇「ほんなら頼むわ店員さん」
×「ちょっと頼むわ店員さん」
===
そして時が過ぎること数十分。茜ちゃんたち二人は今、
最初に出会ったフードコートの隅の席に座ってぼんやり人混みを眺めてた。
テーブルの上には冷めたポテトに丸められたハンバーガーの包み紙。
それから新しく増えた紙袋も。
緩慢な動作で食後のコーヒーを一口すすり、プロちゃんがポツリと呟いた。
「しっかし……驚いたな」
「うん、驚いたね」
「星梨花が真っ赤なブラを持って来た時は――」
「茜ちゃんもとうとう勝負下着の一つや二つ、持つべき時が来たと思ったよ」
「……結局買ったし」
「断れないじゃん」
「お金も俺が払ったし」
「ホンマ、アニキおおきにやでっ♪」
「全くこいつにはかなわんわー……」
でもプロちゃん、参ったように頭を掻くとスッと椅子から立ち上がって。
「あれ? プロちゃんどこ行くの?」
「トイレ。そろそろ星梨花が上がりだから」
リュックサックを手に持って、その場を離れて行っちゃった。
置き去りにされて待つこと数分、戻って来たプロちゃんはいつものスーツ姿になっていて。
「着替えて来たんだ」
「ちょちょいとな」
「いけないんだー、トイレなんか使っちゃって」
「大目に見ろよ。それに俺、クラークケントのファンなんだ」
トイレから出て来るスーパーマン? それはちょっと様になってないような。
「それより茜、帽子と眼鏡返せよな。後、そのジャンパーだってしまっとけ」
「はいはい。星梨花ちゃんに気付かれないように……ね?」
「そういうこと。察しがよくて助かるよ」
「当然! 茜ちゃんはいつだって、プロちゃんの相方なんだから」
言って、最後のポテトを口に運ぶ。
帽子と眼鏡もプロちゃんに返してジャンパーを紙袋にしまっていると、
件のお店の入り口から星梨花ちゃんが丁度現れた。
鞄からスマホを取り出して辺りを見回すと、プロちゃんを見つけて駆けて来る。
「プロデューサーさん! お迎え、ありがとうございます」
それから一緒に座ってる私を見つけると、「あれ? 茜さんもご一緒なんですか?」なんて不思議そうな顔で首を傾げ。
「茜さん、今日はお休みだったんじゃ」
「うん、そうなの。で、ここに買い物にやって来たらたまたまプロちゃんと会っちゃって」
「俺もちょっと早めに着いたからな。星梨花の仕事が終わるまで、二人でお茶してたってワケさ」
私とプロちゃんの息の合った説明を聞いて、星梨花ちゃんが少しだけつまらなそうな顔になる。
「そうなんですか……。私もお仕事じゃなかったら、お茶をご一緒したかったです」
「いやいや星梨花。仕事が無いと俺たちここに居ないからね?」
「まぁまぁプロちゃんそんなこと言わず。星梨花ちゃんもお仕事終わりでしょ?
飲み物一杯ぐらいなら、ここで喋って帰ればいいよいいよ」
結局、それからさらに十数分。
茜ちゃんたちは星梨花ちゃんの語る職業体験の感想を「ふんふん」「なるほど」
「大変だったね~、星梨花ちゃん」なんて感じで聞いていき、最後はプロちゃんが彼女の頭に手をやって。
「うん! 俺がついてなかったのに一人でよく頑張ったな、星梨花」
星梨花ちゃんの頭をなでなでなで……。
そうして、「えへへ」と照れ臭そうに笑う彼女の笑顔に胸がキュン。
う、ん……これは、この気持ちは、決してほんわかとしたトコから来てる感情じゃなくて。
その正体を知ってるから、私も顔に出すワケにはいかなくて。
「ねぇ、プロちゃん」
「ん? どうした茜、改まって」
「……大切なこと、忘れてない?」
そう、そうだぞこのヤボめ。
星梨花ちゃんを褒めるよりもまず先に、労う相手がいるでしょーが!
……茜ちゃんは、そう思って言ったつもりだったのに。
「おっ、そういえばもうこんな時間なのか。そろそろ事務所に戻らないと、次のお迎えに遅れるな」
プロちゃんったら、時間について訊かれたんだと勘違い。バカ! バカバカバカバカバカバーカっ!!
星梨花ちゃんにバレちゃダメな手前、こっちからおねだりするわけになんていかないのに……気づいてくれたっていいじゃんか!
でもそんな私の葛藤を知らないプロちゃんに「じゃ、行くぞ」と急かされて、
星梨花ちゃんが慌てた様子で紙コップのジュースを飲み干した。
それから二人は一緒になって席を立つと。
「それじゃ、俺次の現場だから。茜もオフを楽しめよ」
「また明日、劇場で会いましょうね茜さん」
そのまま、二人仲良く事務所に戻るために歩き出す。
「うんうん、じゃあまた劇場でねー!」……なんて笑顔であげた手をフリフリ、
二人が見えなくなるまで目で追う私はなんなのさ。
急に騒がしさを増したフードコート。
雑踏の喧騒に紛れながら、自分で自分の前髪をそっとひと撫で呟いた。
「ん、もう! プロちゃんめぇ~……今に見ろぉ!」」
もうホントにあったま来たんだから!これからの茜ちゃんはもっーともーっとワガママに。
その手を焼かせて焼かせて焼かせまくって――それこそ拒めど逃げども行けどもだ――
私から目を離す暇なんて無いぐらい、アナタを困らせてやるんだからっ! もぉーっ!!
===
今回の話はこれで終了。以上、速やかに帰りなさい。
このSSまとめへのコメント
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