モバP「アイドル達の顔が見えなくなった」 (22)

病院

医者「いやー、車と衝突してかすり傷と軽い打撲で済むなんて、随分と運が良かったですね」

モバP(以下P)「不幸中の幸いってやつですね」

医者「もう一度確認しますけど、何かおかしいと感じるところはありませんか?」

P「ええ……特に何ともないです」

医者「頭を打っていたので精密検査も行いましたが、特に異常は見当たりませんでした。これで退院です、おめでとうございます」

P「ありがとうございます! では、これで失礼します」

医者「ええ、お大事に」


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…………

P(3日前の夜、徒歩で帰宅途中だった。酔っぱらいの運転する車に信号無視で突っ込まれたらしい。眩いヘッドライトが最後の記憶で、吹き飛ばされてからの記憶がない)

P(そのまま救急車で病院に搬送され、3日も寝たきりだったらしい。しかしながら、奇跡的に目立った外傷はなく、医者の言うとおりかすり傷と軽い打撲程度であった)

P(それなのに3日も寝たきりだったのは、日頃の疲労も合わさってのこと、だと言われた。長めの休養を取れたとポジティブに考える)

P(ともあれ、これで仕事に復帰することができる。少しは心配されているだろうから、早く職場に戻ってアイドルの皆に直に無事である姿を見せたい)

???「プロデューサーさん!」

P「……! ちひろさんですか!」

ちひろ「はい! お医者様から退院と聞いて、急いで来ちゃいました」

P「一人でも大丈夫って言いませんでしたっけ……でも、ありがとうございます」

ちひろ「何言ってるんですか! ほんのちょっと前まで寝たきりだった人間を一人で来させるなんてこと、しませんよ!」

P「はは、ありがとうございます……お言葉に甘えちゃいますね」

ちひろ「はい、遠慮なく!」

…………

車内

P「ちひろさん、運転までしてもらって……すみません何か」

ちひろ「はあ……いくら私でも病み上がりの人間に運転させるほど鬼じゃありませんよ!」

P「じゃあ、一生病み上がりでいようかな。そうしたら、ちひろさんがずっと面倒みてくれますもんね」

ちひろ「何言ってるんですか全く……プロデューサーが事故にあったって聞いたアイドルの子たちの動揺っぷりを見ていたら、そんなこと言いたくなくなりますよ」

P「ああ……急に仕事をほっぽりだしたみたいなもんですから、あいつらも迷惑だったでしょうね」

ちひろ「そうじゃないんですけど……まあいいです。帰ったら、まずはみんなに挨拶ですよ。今でも心配してますから」

P「はは、そうですね」

ちひろ「プロデューサーさん、本当に何ともないんですね。3日も寝たきりだった割には」

P「はい。自分でも驚きですよ……意外に人間の身体って頑丈なんですね」

ちひろ「常日頃から仕事人間でしたから、神様も可哀想に思って、助けてあげようと思ったんじゃないですか?」

P「なら、お正月にはお賽銭を弾むことにします」

ちひろ「ついでに私にも弾んでくれていいですよ?」

P「それは遠慮しておきます」

ちひろ「抜け目がないですね……あ、あとちょっとで着きますよ」

P「わかりました」

P「……」

P(会話が終わり、何となしに車窓に目を移す)

P(信号待ちのため車が止まる。向こうに見えるビル上の広告に目が止まった)

P(一面を飾っているのは、某大手清涼飲料メーカーの広告。そのメインとなっているのは、担当するアイドルである渋谷凛。ペットボトルを片手にポージングしている広告……)

P(……おかしい)

P「……ちひろさん」

ちひろ「はい? どうしました?」

P「あそこの広告、まだ完成していないんですか?」

ちひろ「えっと……どれですか?」

P「あのビルの上の……」

ブーーーーーーーーーーーー!

ちひろ「あっ、青……!」

P「あっ、すみません……」

P(いつの間にか信号が青になっていた。後続車にクラクションを鳴らされ、急いでちひろさんはアクセルを踏む。先程の広告は、後ろへと流れていった)

P(さっき見た広告……)

P(凛の顔が映っていなかった)

P(まるで顔の部分だけを肌色で塗りつぶした……いや、顔のパーツだけ印刷を忘れたように、顔のみがのっぺらぼうのように無くなっていた)

P(見間違いだろうか……しかし、既に過ぎ去ってしまったので、車内の中から確かめる術はない)

P(3日もベッドの中で眠っていたので、まだ脳みそが覚醒しきっていないのかもしれない。だから、目が錯覚をおこした。そう結論付ける)

P(ただの見間違い。他愛ないことだ。そういうことにしておいて、到着するまで脳を休めるために目を瞑った)

…………

「プロデューサーさん!」

P「……………………はい?」

ちひろ「はい?って……起きてください、着きましたよ」

P「ああ……すみません。いつの間に寝ちゃってて」

ちひろ「しょうがないですよ。でもこれからは社内に戻るんですから、アイドル達の前ではシャキッとしてくださいね」

P「はい、なんか、これから皆と対面するとなると、緊張してきましたね。たかが3日なのに、随分懐かしい感じがする」

ちひろ「気の所為ですよ……じゃあ、行きましょうか」

P「はい」

…………

P(仕事場の扉を開けると、そこには時間まで暇を潰しているであろうアイドル達の姿がいくつかあった)

P(俺の姿を見るなり、まるで示し合わせたかのように一斉に名前を呼ばれる)

凛「プロデューサー……! おかえり」

卯月「プロデューサーさん! 退院おめでとうございます!」

響子「プロデューサー、おかえりなさいー!」

美波「プロデューサーさん……!」

藍子「プロデューサーさん、退院おめでとうございますー!」

友紀「おかえりぃープロデューサー!」

蘭子「永き呪縛の終焉……!(おかえりなさい!)」

P「……みんな、ありがとう」

ちひろ「今は笑顔で迎えてくれてますけど、今までみんな心配で泣きそうな顔だったんですよ?」

P(駆け寄ってくるアイドル達を前にして、ちひろさんが小声でそう伝えてくれる)

P(でも、そんなことはどうでも良かった)

P「……」

凛「プロデューサー、まだ具合悪いの?」

P(一言ありがとう、と発したっきりで呆然と立ち尽くしている俺を見て、凛がそう言葉を掛けてくる)

P「いや……久しぶりだから、喜びを噛み締めていたんだ」

凛「そっか。なら、良かった」

響子「本当に良かったです! プロデューサーが帰ってきてくれて!」

卯月「目を覚まさないって聞いた時にはどうしようかと思いましたけど……」

ちひろ「はいはい! みんな嬉しいのは分かるけど、プロデューサーさんは色々やることがあるから、これくらいでね?」

P(ちひろさんがそう言うと、皆まだ話し足りないと言う感じで渋々離れていく)

ちひろ「今いる子たちだけでこれですから……しばらくはプロデューサーさんも大変ですね」

P「……」

ちひろ「プロデューサーさん?」

P「……あ、何ですか? すみません、ボーッとしてて」

ちひろ「名残惜しいのはわかりますけど……プロデューサーさんは3日も居なかったのでしばらくは一生懸命書類仕事に向かってもらいますからね」

P「……はい」

P(名残惜しいのではなかった。そこにあったのはただの困惑と恐怖だった)

P(扉を開けた先に待っていたのは、アイドル達ではなかった)

P(……そこにいたのは、カツラと服を身に着けたマネキン達だった)

P(自立するマネキンから、内部にスピーカーを取り付けたかのようにアイドル達の声が聞こえてくる……)

P(そういう状況だった)

P(ちひろさんは、「今は笑顔で迎えてくれてますけど、今までみんな心配で泣きそうな顔だったんですよ?」と言っていた)

P(笑顔など見えなかった。俺は彼女達の目も、鼻も、口も、眉も、一切が見えていなかった。表情など分かるわけがない)

P(……向こうで談笑しているアイドル達を眺める)

P(やはり顔が、見えない)

P(着飾ったマネキンが集会を開いているようにしか見えないのだ)

ちひろ「……プロデューサーさん?」

P「……なんですか?」

ちひろ「やっぱり……実はどこか具合が悪かったり? ここに来てから、顔色が優れないみたいですけど……」

P「……いや、なんでもないです」

ちひろ「そうですか……でも何かあったら、言ってくださいね」

P「はい」

P(アイドル達の顔が、肌色の絵の具を塗りたくったみたいに見えると言ったら、ちひろさんは冗談だと笑うだろうか? それとも、気味が悪いと嘆くだろうか?)

…………

数日後

奏「プロデューサー? それじゃあ、行ってくるわね」

P「……ああ、気をつけて」

美穂「次のライブなんですけど……」

P「ああ、それには俺がついてくから……」

美穂「本当ですか! やった……!……あ、じゃなくて、ありがとうございます!」

菜々「プロデューサー……次のレッスン、少し休んでもいいでしょうか……この間のイベントで、腰が、ちょっと……」

P「いいですよ。トレーナーさんには連絡しておきます」

P(……退院して仕事に復帰してから、会うたび会うたびにアイドル達に声を掛けられていたが、今ではそれも落ち着いた)

P(事故に合う前のいつも通りが戻ってきた……彼女たちにとっては)

P(初日から、今の今まで、あの視覚的な異常は全く治る兆しがなかった)

P(マネキンと毎日会話をこなす……)

P(髪の毛と声、体型等で誰が誰であるかの判別がは出来るのが幸いだった)

P(さっき会話を交わした奏も、美穂も、菜々さんも……のっぺらぼうが喋っているように見える……)

P(何故か、顔が見えないのはアイドル達だけだった。町を行く通行人や、他の芸能人、ちひろさんの顔は今までと変わらずに知覚できる……)

「プロデューサー?」

P「……!」

P(振り返ると、顔のない顔がすぐ近くにあった……!)

P(思わず大きく身を仰け反らせてしまう……)

凛「そんなに驚かなくても……」

P「……ああ、ごめん……」

凛「……あのさ、プロデューサー」

P「……なんだ?」

凛「……ううん、やっぱり何でもない。ごめん、急に話しかけて」

P「……ああ」

凛「またね、プロデューサー」

P(多分、おそらく、凛は困ったような、そんな顔をしていたのだと思う。口元も目元も分からないので、推測することしかできない)

P(凛は、俺の様子がおかしいことに気づいたのだろうか? 極力普段通りを装うことにしているが……気づく人間は気づくだろう)

P(カツラと洋服を身にまとったデッサン人形が話しかけてきて、完全な普段通りという方が難しい……)

P(毎日動く人形と会話をしていて、頭がおかしくなりそうだった……いや、既におかしくなっている……)

ちひろ「……プロデューサーさん?」

P「あ……はい」

ちひろ「そういえば今日、文香ちゃんが帰ってきますね」

P「ああ……今日でしたね。そういえば」

ちひろ「そういえばって……自分のアイドルが帰ってくるんですよ?」

P「……はい、すみません」

P(文香は、親戚の葬儀のために、数日間休みをとらせていた)

P(またマネキンが一人増える……そう考えると、前は喜んで迎えていたはずなのに、自然と気が滅入ってしまうのだ)

P「……」

ちひろ「……」

プルルルルルルルルル

P(仕事用の携帯のディスプレイには、鷺沢文香の文字が映し出されていた)

文香『もしもし、プロデューサーさん、無事に最寄りの駅まで着きました……』

P「……ああ。文香、駅まで車で迎えに行くから、待っていてくれ」

文香『わかりました、ありがとうございます。それでは……』

P「ああ」

P「ちひろさん、今から……」

ちひろ「はい、行ってらっしゃい、プロデューサーさん」

…………

P「……文香……!」

文香「お久しぶりです、プロデューサーさん……その、大丈夫でしたか? 事故に合われたと聞いて……」

P「ああ……この通り」

文香「その、親戚に不幸があったばかりですから、どうしても嫌な想像をしてしまって……でも、安心しました」

P「俺も……文香が無事に帰ってきてくれて、安心した」

文香「はい……ありがとう、ございます」

P「……」

P(感謝の言葉を述べつつ、少し頬を赤らめて顔を俯ける彼女……)

P(何故か……彼女は、鷺沢文香だけは……その透き通った瞳から何まで、今まで通りだった)

…………

一ヶ月後

医者「……脳に異常は見当たらないので……精神的な物ではないか。という推測しかできないのが現状ですね」

P「そうですか……ありがとうございます」

医者「私も聞いたことのない症状でして、力になれず……」

P「……あの、この事は他言無用でお願いしたいのですが」

医者「それについては安心してください。情報はしっかりと管理していますから」

P「はい、ありがとうございました」

…………

ちひろ「どうでした?」

P「やっぱり、原因が分からないと……」

ちひろ「そうですか……」

P(数日前、ちひろさんに異常を打ち明けた。一人で抱え込むのは限界だと思ったから。ちひろさんに、今まで何故行かなかったのかと責められ、再度病院で検査を行う運びになった)

P(しかし、治療の目処すら立たなかった。事故の後からだと強調したものの、身体に全く異常はないというのだ)

P(精神科には、深層心理による回避行動かもしれない、と言われた)

P(要約すると、心の奥底ではプロデューサー業に嫌気がさしていて、精神的な拒絶が視覚に現れたというのだ……)

P(一人だけ例外がいることも伝えた)

P(それは、あなた精神に最も影響の少ない人物ではないか……医者はそう推測した)

P(確かに考えてみれば、文香のプロデュースはアイドルの中でも短い方であるし、言われたことをきちんとこなす手間のかからないタイプであった彼女との関わりは、最も薄かったように思う)

ちひろ「プロデューサーさん……あの」

P「……はい。会社は、やめようと思います。もちろんすぐにとは行きませんが」

ちひろ「そう、ですか……」

P「ただ、一つだけわがままを言ってからになりますけど……」

…………

1年後

アナウンサー『今年度最も活躍した女優には、アイドルの鷺沢文香さんが選出され……』

新聞記事『前人未到! CD売上枚数連続首位獲得記録個人「鷺沢文香」……』

P(最早あの時の自分には、あの会社でプロデューサーを続けることなど不可能だった)

P(彼女たちをプロデュースしたところで、ステージの上で輝く笑顔も、懸命に取り組む真剣な表情も、見ることができないのだ……)

P(しかし、プロデューサー自体は辞めなかった)

P(社長、それとちひろさんとの話し合いの末、今までの功績を認められ、特例措置としてアイドル一人と同じく別の芸能会社へ移籍することになった)

P(選んだのは言うまでもなく文香だった。断ってもいいと言ったが、文香は快諾してくれた)

P(今まで数多くのアイドルを担当していたところから、一人のみを担当することになったのだ。当然それなりに成果をあげられると踏んでいたが……)

P(結果は予想以上だった。彼女は瞬く間に成長し、今では国民誰もが知っていると言っても過言ではないアイドルになった)

P(前の会社を辞める時、最後までアイドル達には辞めるとは伝えなかった。後ろめたさではなく、その頃には彼女達との会話が恐怖となっていたのだ)

P(その後どうなったかは知らないが、辞めてからしばらくは、住居を転々とする必要があった。マネキン達が、家の前で待ち構えていたり、ポストに手紙が何通も投函されているのだ……)

「○○さん?」

P「……?」

文香「あ、ごめんなさい……邪魔になってしまいましたか……?」

P「いや、少しボーッとしていただけだよ」

文香「そうですか……あの……」

P「……どうした?」

文香「今日も、○○さんのお部屋にお邪魔しても……」

P「……もちろん」

P(彼女の青い瞳は、今日も人形のように透き通っている)

 おわり

前作

モバP「ヤンデレなんているわけないじゃないですかwww」

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