迷宮物語 (84)
最初に
二次創作ではなく、オリジナルSSです。
当然の事ながら、オリジナルキャラのみの空想世界を舞台にした物語となっております。
「地」の文があるSSとなっております。
極力みやすい改行を心がけますが、「こうすればみやすくなる」などのご意見がございましたら遠慮なくおっしゃっていただければ幸いです。
投下ペースは週に1~2回を予定しておりますが、投下できない場合もございますのでご了承ください。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1371623101
― 『迷宮』62層 広い玄室 ―
轟音と共に魔法の炎が、雷が、吹雪が部屋の中で荒れ狂う。その度にその部屋を根城にしていた怪物達が咆哮のような悲鳴を上げて駆逐されていく。
それら全ての魔法が部屋の入り口付近に立つたった一人の豪奢なドレスを身に纏った少女から発せられていた。腰まで届きそうな金髪がたなびき、碧色の瞳は鋭く細められ、襲い掛かってくる魔物を睨みつける。そして形の良い桜色の唇からは呪文を詠唱する『歌』が響いていた。
「我が呼びかけに応えよ、槍持つ戦乙女ゲイルスケグルよ。我が眼前に立ちふさがる敵を――薙ぎ倒せっ!!」
呪文の結唱と同時に少女の周囲に黄金色に輝く槍が複数姿を現す。それらの一本一本には敵を撃破する魔翌力が込められ、少女の裂帛の声と共に全てが一匹の魔物めがけて宙を疾る。
少女と対峙するのは巨大な羽を広げ、邪悪な笑みを浮かべた禍々しい姿を持つ下級悪魔族レッサーデーモンと、その周囲を固める10頭以上の犬の姿をした双頭を持つ魔物ヘルハウンドであった。普通の人間であれば、それが軍属の精鋭であったとしても、間違えても一人で相手に出来るようなものではない。歴戦の古強者の冒険者達によるパーティや軍の小隊であればかろうじて勝利できる可能性があるのではないか、というようなレベルだ。
そんな敵を目の前にしてたった一人の、見るからに華奢な少女が一歩も引かずに、むしろ優勢とも言えるような戦いを展開している。
魔物の群れは次々と少女目掛けて押し寄せ、その鋭い爪でおよそこのような戦闘には不向きであろう絹製のドレスを引き裂こうと前肢を振り下ろす。少女はその攻撃を手にしたショートソードで次々を打ち払い、受け流すが多勢に無勢。一体の魔物の爪が少女の細く、柔らかな白い腕を切り裂こうとしたが、その攻撃は何の効果も示さなかった。
少女の身体は魔法によって幾重にも防御壁が張り巡らされており、尚且つ心肺機能をはじめとする身体強化の魔法も施されている。その華奢でか弱い、温室で栽培されている可憐な花のような外見に似つかわしくない強力な攻撃翌力と防御力を少女は有していた。
熾烈な攻防の間にも複数の呪文を高速連続多重詠唱。身を護る光の盾と共に小さな炎の玉を無数に具現化させて襲い掛かる魔物どもを打ち据え、炎の雨を掻い潜ってきた攻撃を光の盾で受け止める。
少女の身体は魔法によって幾重にも防御壁が張り巡らされており、尚且つ心肺機能をはじめとする身体強化の魔法も施されている。その華奢でか弱い、温室で栽培されている可憐な花のような外見に似つかわしくない強力な攻撃翌力と防御力を少女は有していた。
熾烈な攻防の間にも複数の呪文を高速連続多重詠唱。身を護る光の盾と共に小さな炎の玉を無数に具現化させて襲い掛かる魔物どもを打ち据え、炎の雨を掻い潜ってきた攻撃を光の盾で受け止める。
レッサーデーモンからは空間の歪む不気味な音と共に闇の魔法が次々と放たれる。暗黒の炎や漆黒の雷が光をも吸収しながら少女目掛けて襲いかかってくるが、それらは少女のドレスに、あるいは真っ白な肌に触れた瞬間にその威力と効果を打ち消され、無に還る。よく見るとドレスの至る場所に宝石が飾られ、それらが仄かに明滅しているのがわかる。全てが膨大な魔翌力を込められた『魔石』であり、一つ一つが魔翌力のエネルギープールでもあり、魔石そのものに対魔法、対火、対冷、対雷、対毒、対衝撃などの様々な効果が込められている。ドレスそのものも魔法によって大幅に強化されており、見た目とは対極の防御能力を有していた。『秘宝』クラスと言われる超がいくつもつくような高級装備である。
そのドレスは今や飛び散る魔物の血や肉片を浴び、美しいレースの装飾が施されたの生地の至る所がどす黒い返り血で染め上げられていた。
「開け、煉獄地獄の蓋よ! 全てを焼き尽くせ!」
魔物の群れの足元に闇の空間が開き、そこから巨大な炎の柱が立ち上がり、部屋を照らし上げながらヘルハウンド数匹をまとめて消し炭へと変えてしまう。飛び散る火の粉が少女にも降りかかるが、魔石に込められた魔翌力が効果を発揮し、火の粉は少女に触れる前にその姿を消し去られてしまう。
「邪なる存在を許さぬ壮麗なる女神達よ、我が前に立ちはだかる魔族にその鉄槌をっ!」
玄室に侵入って20分が経過した頃には部屋の中に立つのは華奢な少女と魔族のみになっていた。10体以上もいた魔物は全て一人少女の繰り出す強力な魔法と小柄で力もなさそうな腕が振るうショートソードの斬撃によって床と少女をその返り血と消し炭で染め上げる材料に成り果てていた。
結唱した呪文により、少女の眼前に蒼い光の渦が出現し、そこから膨大な光の柱がレッサーデーモン目掛けて放たれる。
光はレッサーデーモンが展開する魔法障壁によりその威力を半減されるが、少女は立て続けに同じ呪文を詠唱。3本の光の柱が魔法障壁を打ち抜きレッサーデーモンの上半身を焼き尽くした。
どさり、と悪魔の下半身が床に倒れるが、それもすぐに塵となって消えていく。
「ふぅ……」
額に浮かんだ珠のような汗をタオルで拭って息を吐く。同時に赤く染まったドレス全体がほんのりと発光。その光が収まった時には先程までの血や埃などは跡形もなく消えうせ、新品のような美しさを取り戻していた。
「さ、て、と」
少しの休憩で体力を回復させた少女は顔をあげて静かになった玄室をキョロキョロと見回す。その動きにあわせて腰にまで届く金髪の裾も宙に舞う。
さらにそこから数分が経過した時、部屋の中央に木製の宝箱が姿を現した。
少女が先程倒した魔族と魔物はこの部屋の番人であり、宝物を護る番犬でもあり、このフロアを統括するボスでもあった。
懐から一本の鍵を取り出して宝箱に近寄り、極短い詠唱。宝箱に仕掛けられているトラップの有無を走査する。
「んっと……罠はなし、か。じゃあ早速」
鍵穴に鍵を差込み、右に回すと、カチャリと音がして開錠されて自動的に蓋が開き、内包する物を少女の眼前に曝け出した。
ラウラ暦1338年、二百年という気の遠くなるような長きに渡って繰り返されてきた大戦がようやく終結した。今や戦争のきっかけになった出来事は歴史の教科書に載るようになり、その当事国に至っては戦争が勃発した5年後に国土の6割が焦土と化して滅亡していた。
しかしこの年、領土紛争と民族紛争の戦いを繰り返してきた人類はようやく手を結ぶ事となった。
だが、その要因は平和的な対話でもなく、一つの国が他国を全て圧倒したわけでもなく、ましてや一人の英雄が全てを解決したわけでもなく、突如として姿を現した洞穴だった。
その洞穴は最初からそこにあったのかもしれないし、なかったのかもしれない。誰も気付かなくて、気付いた時にはそこから大量の怪物や魔物が湧き出ていたのだ。
発見が遅れた事には訳があった。場所が悪かったのだ。洞穴が出現した場所は戦争を繰り返してきた六カ国の中でも真っ先に滅びた国、既に人すら住まなくなった場所であり、戦争の発端となった事件が起きたレムルアイランドの首都跡地だった。
彼らは手当たり次第に拡散し、近隣各国の村や町を襲い、街道を歩く人々にも襲い掛かった。
洞穴が現れるまでにも怪物や魔物と呼ばれるものは確かに存在していたが、数も多くなく、弱い固体が多かった為、発見したら気付かれないように逃げ、街道に設置されている兵隊詰所にその事を告げれば討伐隊が編成され、それを駆逐するというのが今までのパターンであった。
今回はそうはいかなかった。
数が多すぎる上にその強さが今まで地上に出現していたものとは段違いに強力なのだ。
各国は緊急的に国家元首同士の会談を設け、戦争を後回しにして人類の脅威たる怪物・魔物の駆逐と、洞穴の調査を最優先とする旨の発表を行った。
まずは旧レムルアイランド首都を各国精鋭の騎士団が封鎖。魔物達がそれ以上外に出ないように百人以上の魔法使いや神官達が巨大な魔方陣を組み上げ、その外側に頑強な塀と堀を造り、そのまた外側に兵士の宿舎などを含む砦が急ピッチで建設された。
同時に世の中に蔓延るようになった魔物の掃討作戦が実施され、主要な街道の要所には今までのような簡易な詰所ではなく、管轄する各国正規軍の駐屯地が作られ、魔物出現の報が届くと迅速にそれらに対処していった。
そして、旧レムルアイランド首都は幾度にも渡る大規模な洞穴の調査、掃討作戦が行われたにも関らずその正体は不明。洞穴の中はダンジョンのようになっていてその深さは現在公表されているだけでも四十層にも及ぶとされており、しかもそこには魔物が貯め込んだとされる金銀財宝や地上では採取できない貴重な鉱物、数々の秘宝と言われるようなレアアイテムが眠っているということが判明し、その争奪戦が各国軍隊で行われたものの、依然として謎が多い場所となっている。
ここに至って各国はこの洞穴の攻略を軍のみとせず、一般の冒険者達にも開放することとなる。軍の消耗とコストがべらぼうにかかってしまい、その為に軍の維持すらままならなくなる国すらも出てしまったといわれているからだ。
現在、ラウラ暦1402年。旧レムルアイランド首都はレムルアイランドという名前はそのままに、冒険者や軍隊が世界中から集まり、その彼らを目当ての宿や食堂、武器屋、病院、娼館なども集まって、一つの巨大な街を形成していた。
洞穴から魔物が出てくるという事はここ二十年程で激減し、冒険者達は各々でパーティーを組んだり、腕自慢の者は一人で洞穴に入り、そこに眠ると言われる財宝と名誉を目当てにその暗い穴の底を目指して地上に開いた巨大な入口を潜って行くのであった。
本日の投下は以上となります。
次回投下は17日前後になる予定でございます。
少しでもお気に召していただければと思っております。
早速訂正。
次回投下は25日前後になる予定でございます。
失礼いたしました。(土下座)
ご覧いただいております皆様こんにちは。
早速暖かいお言葉をありがとうございます。
予定より早く準備ができましたので投下をさせていただきます。
日曜日の昼下がり、関西では雨、中部以東は晴れているのでしょうか、気だるいお時間のお供になれば幸いです。
― 『迷宮』の都 レムルアイランド市街地 ―
「こんばんはーっ! 」
一軒のレストランというより大衆食堂のドアを開いて中に入る。繁盛している店らしく、ぱっと見渡しても空席のほうが少ない。入ってきた少女に店内にいた客どころかウェイトレスまでもが視線を投げかけてくる。客の大半は冒険者であろう、がっしりとした身体つきと鋭い目付きが少女を見据え、その直後に驚いたように目を見開く。ウェイトレスは馴染みの上得意がやってきた事を厨房に伝える為に少女に愛嬌たっぷりのウィンクを投げかけてからキッチンへと姿を消した。
「……エルリアだ」
「……『血風の魔女』ってあいつなのか? まだ子供じゃねえか」
「……見た目に騙されるな」
ひそひそと少女を見ながら客達が互いに耳打ちを始める。エルリアと呼ばれた少女は聞こえない素振りをしつつ空いていたテーブル席に腰を下ろし、手製のメニューを眺める。
「あの、エルリアさん」
隣のテーブルに座る冒険者の男が少女に声を掛けた。声音からしてかなり緊張しているのがわかる。エルリアが顔を上げると、そこに居たのは身体付きから考えると、近接職――つまり剣士や戦士なのであろう青年が堅い表情のまま明らかに年下のエルリアに頭を下げた。
「も、もしよかったら今度、い、い、一緒に『迷宮』にははは入っていただけないでしょうか?」
かなり噛んでいたが、エルリアをパーティに誘っている事だけは理解できた。
「ごめんなさい。私、一人で潜るほうが好きなので……」
謝りながら丁寧に断ると、その男は肩を落として席を立ち、店を出て行った。その後も数人からパーティに誘われるが、全て丁重に断る。
エルリアにとって下手にパーティで『迷宮』に潜るより一人で潜るほうが気楽でもあったし、危険度で言っても安全なのだ。一般的な冒険者達からすれば、前衛が敵の攻撃を食い止め、後衛が魔法や遠距離攻撃で敵を仕留めるというのがセオリーなのだが、剣術、体術、魔法全てにおいて平均レベルを大幅に超越しているエルリアにとっては敵の攻撃を裁きつつ、精神集中を途切れさせる事なく詠唱が可能であり、中級魔法までならその威力は少々減じてしまうが、高速詠唱を駆使する事で短時間、あるいは呪文によっては無詠唱で攻撃魔法を放つ事すら出来る。言い換えると、レベルに差がありすぎてエルリアにとっては足手纏いになってしまうのであった。
「ほれほれ、お嬢が困っとるじゃろ。ウチの店は酒場じゃないんだから勧誘はそっちでやっておくれ」
店の奥から老婆がゆっくりとした足取りで出てきてエルリアを庇うように立つ。腰はやや曲がっているが、声の張りといい、眼光の鋭さといい、未だ壮健なのが伺える。
「お帰りお嬢。今回は長かったんだね。腹が減ってるんじゃないかい?」
「うん、もうお腹ぺこぺこ。荷物だけ家に置いてすぐに来たの。干し肉とか乾パンとかばっかりでもう飽き飽き。何か美味しいの食べさせてくれる?」
「あいよ。ウチの店のメニューは何でも美味しいのは知ってるじゃろ」
「もちろんっ。とりあえず日替わりを2つお願いね。お肉とお魚両方で!」
オーダーをしてから老婆に金を支払う。この街の飲食店は高級店でない限りは食い逃げ防止の為に基本が前金制になっている。ウェイトレスがすぐに冷えた水の入ったコップをテーブルに置いてくれたので、水を一気に半分飲んでやっと人心地つく。
周囲に座る客達は相変わらず興味の篭った視線でエルリアをちらちらと見ているが、パーティの勧誘をしてくる者はいなくなっていた。
待つまでもなくスープが運ばれ、エルリアはスプーンを手にとってコンソメスープを一口。暖かな琥珀色の液体が凝縮された肉と野菜の旨味を身体中に伝える。【迷宮】の中では携帯用の固形食や干し肉程度しか食べる事ができないので、マトモな食事にありつける幸せが襲ってくる。
続いて出てきたのはビーフカツレツと白身魚のムニエルにサラダだ。カツレツには店特製のデミグラスソースがたっぷりとかけられており、ムニエルにはタルタルソースが添えられ、サラダはオリジナルのドレッシングで和えられている。鼻腔をくすぐる良い香りに我慢できずにフォークとナイフを手に取ると、今まで我慢していた食欲を開放して一気に食べ始める。
香ばしいスパイスやハーブの香りが口の中に広がり、続いてジューシーな牛肉の味が追いついてくる。合間にパンを一口サイズにちぎって口に放り込み、ムニエルも楽しむ。
「あー、美味しかった! 」
わざわざ言うまでもない事なのだが、言わないと気が済まない程の美味しさであった。この店の料理はエルリアが食べ歩いた中でも五指に入るレベルである。しかもボリュームもたっぷりでリーズナブルという、冒険者にとってありがたい店でもあった。
エルリアは2人前分の料理をぺろりと平らげ、ようやく満足したようだ。好奇の視線を投げかけていた客が軽く引いている。華奢な見た目からすれば1人前すら食べる事が出来るかかどうかという雰囲気なのだが、それとは裏腹にエルリアはかなりの大喰らいである。
「それで、今回は何層まで潜ったんだい?」
食後の紅茶が入ったカップを2つテーブルに置いた老婆がエルリアの正面に「どっこいしょ」と腰を下ろす。彼女の趣味である、訪れる冒険者達の話を聞く時間のようだ。自然と周囲の喧騒が少し落ち着き、客達も少女の冒険譚に聞き耳を立てている。
「んっと……62層ね。前回潜った時に54層で鍵を手に入れたんだけど、それが指し示した場所が62層だったから」
店内がどよめく。公式発表では『迷宮』の調査は40層までが完了している。が、当然の事ながら未調査という前提をつければ未だにこの巨大なダンジョンの最下層は不明であり、冒険者達が果敢にもチャレンジを続けているのだ。
挑戦者は多いものの、41層より下層は出現する魔物のランクがそれまでのフロアと比べて強力になる事もあり、熟練したパーティですら運が悪ければ魔物の餌となってしまうような危険度になっているのは有名な話である。そんな中、62層までたった一人で潜ったこの少女の記録はほぼ間違いなくどの冒険者パーティよりも深く『迷宮』に潜っている。『血風の魔女』という異名はエルリアの強さを評したものであり、同時に畏怖の念も込められているのだ。
「ほぅ。また深くまで潜ったね。あたしが知る限りじゃ最深記録じゃないかね」
目を丸く見開いた老婆に周囲もそれとなく相槌を打つ。この街を管理する連合国の精鋭達でもそこまでの到達は困難どころか、不可能であろうと予測される。
「お主は相変わらず強いのぅ。その華奢な身体のどこにそこまでのパワーが眠っとるんじゃろうなぁ」
「あははは」
次第に周囲の客も話に交じるようになり、エルリアの話を皆で聞いたり、冒険者が自分の体験談を話したり、時にはエルリアに質問をしたりと、気づけば2時間くらい予想外に盛り上がっていた。老婆は早々にキッチンに戻ったのか、最初の30分を超えた頃にはその姿がなく、そろそろ解散かと思われたその時、食堂の扉が荒々しく開かれた。
「エルリア様はまだこちらにいらっしゃいますか!?」
入り口に視線が集中する。そこにはギルドの制服を着た女性が肩で息をしながら立っていた。
「は、はい」
「エルリア様、火急のお話があります。至急ギルドへ来ていただけますでしょうか?」
「は、はい?」
急かされるようにギルド職員に手を取られ、半ば引きずられるように店を出た。店内を振り返ると、やはり老婆の姿はなかった。
「『迷宮』からお戻りになってすぐに呼び出してしまい、申し訳ございません」
ギルドに到着したエルリアは息つく暇もなく施設内の会議室に通される。中にはギルド幹部が3人と少し前まで食堂で一緒に談笑をしていた老婆が既に着席していた。
「ギルドマスター、一体何があったんですか?」
問うた先は老婆であった。ギルドマスターと呼ばれた老婆は食堂での表情とは打って変わり、真剣な眼差しをエルリアに向けている。
「もしかして、『迷宮』に潜らなきゃいけないんですか?」
その問いにギルドマスターは重くうなずき、先に謝罪を口に出した。
「お嬢が戻ってきたばかりというのは重々承知しておる。じゃが、事態は急を要する」
「……とりあえずは、お話を伺います」
ギルドからの話というのは、仕事の依頼であった。
依頼を受けて『迷宮』に潜るという事は決して少ない事ではない。むしろそちらが冒険者達にとっては主流である。調査目的や怪物・魔物の討伐、財宝探索など、国や豪商、あるいは他の冒険者達がクライアントになって様々な依頼をギルドに出し、ギルドに冒険者として登録している者はその依頼を受けてそれらをこなすことで収入を得ている。エルリアのように圧倒的な魔法や身体能力がある者ならいざ知らず、ただの力自慢等が自分の力のみで生きていくのは『迷宮』においては自殺行為に等しい。
エルリアもギルドに頼まれて様々な依頼をこなした事もあるし、時にはエルリアの評判を聞いた国家やギルドそのものが依頼主だった事もあった。その証拠にギルドが定期的に発行している冒険者達の功績値をまとめたランキング表の上位にエルリアの名も記載されている。
「……えっと、もう一度伺っても良いですか?」
依頼を聞いたエルリアが思わず聞き返す。
「うむ、即座に理解してくれとは言わん。これはギルドにとっても予想外じゃ。ミネルバ公国からの依頼でな。二日前に『迷宮』内に取り残された第一王子を救って欲しい、との事じゃ。条件や報酬に関してはそこの机に書類を置いておる。目を通した上でこの依頼、受けてもらいたい」
「一国の王子が『迷宮』内に取り残されるなんて一体どういう状況なんですか?」
腰にまで届く金髪が顔に垂れてきたのを慣れた仕草で掻き揚げてから素直な疑問点をぶつける。
「要はじゃな、このレムルアイランドの隣にあるミネルバ公国のやんちゃな王子とそのお守りの近衛騎士隊が自らの力量もわからん王子の我侭に振り回されて23層まで潜ったまでは良かったが、間抜けにも転移トラップに引っかかってしまって隊が散り散りになってしまったそうなんじゃ。運良く生還した騎士より国元に報告が送られ、ミネルバ公王は極秘裏に我らギルドへ依頼をしてきた。兵を派遣したところでここに到着するまでは早くても1週間はかかる。すでに2日が経過しておる状態でさらに1週間も待つ事は見殺しと同等じゃ。この街に駐屯しておるミネルバ兵は鍛錬を兼ねている新人が多いから探索には不向き。正式な要請をミネルバ公国の使いから受けたのはつい1時間ほど前でな。わしも店に居たので不在じゃったが残っていた幹部が即座に会議を開催。成功率が最も高いパーティを協議したところ、時間がないという点が最も重要なんじゃよ。その点を考えるとお嬢が妥当との判断に至った。という訳じゃ。この選定に関しては誰も異論を唱える者はいない。改めてお主に頼みたい」
「……あの、マスター」
「なんじゃ?」
「何気に酷い事おっしゃってますよね? 問題になったりしませんか?」
「ふぉっふぉっふぉ。ここでの会話は秘匿されておる。外部に漏れる事なぞありはせんよ。それにな、ミネルバ公国の第一王子といえばどうしようもないボンクラで有名じゃ。どうせ護衛が止めるのも聞かずに罠を外していない宝箱でも開けたんじゃろ」
「でも、王子が行方不明になってから2日は経ってますよね? 生存率は極めて低いんじゃないかと思うんですけど」
書類に目を通しながら答える。条件の中には生還が最も望ましいと書かれており、万一の場合は死体の回収という項目もあるが、五体満足な死体など『迷宮』内では珍しい。大抵の場合は怪物どもの餌だ。身体の一部が残ってる事すらほとんどない。骨まで綺麗に食べられてしまうのが通常だ。
報酬は破格としか言いようのない値段が提示されていて、平均的な依頼の報酬から考えると王子の身柄ともなるとそれくらいなのだろうかと推測できる。それとは別に必要経費なども国家が受け持つ事になっていた。更にはギルドからも特別報奨金が出るという旨まで記されている。書類の最後にはミネルバ公王直筆のサインが記され、公王の印も押されている。クエストランクとしてはAからDまである中で上位のBランクだが、重要度ランクは最上級を示すAになっていた。
人物の探索というのはかなり骨が折れる事なのは何度も『迷宮』に潜っているエルリアにとっては良くわかっている事だ。
ただでさえ広い『迷宮』でたった一人の人間を探し出すなんていう事はそう簡単に出来る事ではない。更に言うなら生きているかどうかすら怪しいものである。23層といえば強くはないが、そこそこのレベルのモンスターが徘徊しているし、いくつかの部屋には30層クラスのモンスターが出現したという話も記録されている。もちろん、それもエルリアにとっては決して難敵ではないのだが……
「生存が最も望ましい、ですか」
職員が持ってきたコーヒーに砂糖を2杯入れ、ミルクもたっぷりと入れてから口に運ぶ。幹部達は緊張した面持ちのままエルリアに視線を集中していた。ギルドマスターである老婆もカップを手にはしているが、口には運んでいなかった。
生存確率はどれだけ多く見積もっても10%もない。行方不明になってから既に2日が経過しているし、食料などは十分にあったそうなのだが、モンスターに襲われて……というのが一番高い可能性でもあった。
正直なところ、乗り気には到底なれないのだが……
「では、『妖精騎士』が同行している、と言えばわかるかの?」
ガタっと音を立ててエルリアが椅子から立ち上がり、座ったままの老婆を見下ろす。
「受けて、くれるな?」
カツカツカツと足音を響かせて石畳の上を歩く。ギルドを出て装備を整える為に家に向かって早足で歩いていると、背後から自分を呼ぶ声があった。歩調を緩めずに振り向いてみると、一人の長身の女性が背後から追いかけるようにエルリアに挨拶をしていた。短く切り揃えられた赤髪に、赤い切れ長の瞳。美人と称しても何の違和感のない顔立ちで、着ている衣服は引き締まったボディラインがはっきりと浮き出るようなタイトなボディスーツで、ホルスターが巻かれた腰の左右には大型の拳銃が下げられている。
「ハイ。戻って来て早々災難ね。行方不明の王子様を探しに行くんでしょ?」
「ええ。……ってなんでセシルさんがご存知なんですか!?」
書類には部外秘の印が押されていたし、ギルドマスターを含む幹部達もこの件については内密に、とエルリアに念を押していたのだが。
「そんなの、お昼くらいにはもうみんな知ってたわよ」
人の口に戸は立てられないという典型例であろう。ほぼ駆けるような速度で歩くエルリアの横にセシルが並ぶ。
「シャーリィが同行してたんですって?」
「そうらしいです。全くもう、シャーリィが一緒でなんでこんな事なんかに……」
「あの子、貴女程ではないけどかなりの実力者なのにね。何かトラブルがあったと思うのが普通よね」
『妖精騎士』こと教会騎士シャーリィ=マグナス。その名はエルリアの『血風の魔女』と並ぶ知名度をこの街で誇る。決して大きいとは言えない身長はむしろ小柄であり、見るからに軽そうな体躯なのだが、その小さな身体からは想像もつかないような突破力と耐久力、しかも上級神聖魔法まで扱えるという一般人離れした人物なのである。教会内では次期教会騎士団長として内定しているという噂まである。そして、彼女のもう一つの特徴といえば、
「可愛い『妹』が危険よね」
「セシルさん、それはやめてくださいよ」
エルリアの顔に少しだけ笑みが浮かぶ。
「だってあの子、貴女にご執心でしょ?」
そう。何故かはわからないが、『妖精騎士』ことシャーリィはエルリアに対して恋心と呼ぶにはいささか過激な恋慕を持っているのだ。
街中で偶然顔を合わせば「お姉さまっ!」と叫んで抱きついてくるし、エルリアの自宅の玄関前で待ち伏せする事数え切れず。時には『迷宮』内にも追いかけて来るという熱の入れようだ。迷惑ではあるものの、エルリアにとって彼女と横を歩くセシルは親友でもあり、何も知らなかったエルリアにこの街で生きていく為のルールを始めとした様々な事柄を教えてもらった恩人でもある。
「23層程度だったら貴女にとってはそう困難でもないわよね。シャーリィが一緒なんだから、貴女の魔力探知で彼女の居場所の特定くらいは簡単でしょ」
主に人間を探す場合に用いられる手法として、魔力探知という魔法がある。これには術者が探索対象人の魔力の波長を知っているという前提があるが、それさえわかればその波長を辿って居場所を探し当てる事ができるというものだ。通常の魔力探知の魔法ではせいぜい百数十メートル四方が関の山であるが、エルリアにかかればその範囲はその十倍にも及ぶ。いくら『迷宮』が広いとはいっても半日かからずに居場所の特定は可能なはずだ。
ここまで会話したところでエルリアの住むマンションの玄関に到着する。
「じゃあ、行ってきますね。戻ったらまた3人でご飯食べに行きませんか?」
努めて明るく振舞う。二人ともシャーリィの事は心配だが、悪い予想をしないようにしている。彼女なら、生きていると信じているからだ。
「楽しみに待ってるわ。私は今朝戻ってきたところだし、しばらく『迷宮』に入る予定はないから、戻ってきたら連絡ちょうだい」
切れ長の目が楽しそうに細められる。セシルにとっての「食事」の大半はアルコールである。底なし大酒飲みのセシルとアルコールに免疫の全くないシャーリィ、仮に酔ってしまったとしても体内の循環を一時的に強化すれば一瞬にして素面に戻れる(一般からすれば高等魔法の部類に入るのだが)エルリアの三人が催す酒宴の席は非常に楽しいものでもあった。主にシャーリィが酔ったセシルに絡まれて被害を被る事になるのだが。
ここで一旦切り上げさせていただきます。
本日中にもう一回投下できるかと思います。
こんにちは。
やっと投下できる時間が取れました。
再開させていただきます。
「お、王子……」
おぼろげな意識の中、結界だけは崩すまいと集中しながらシャーリィは警護対象の人物を呼ぶ。
「ここだ! がんばってくれシャーリィ。私は生きて帰らねばならん!」
自らの慢心による暴走で引き起こしたこの事態を認知する事もない温室育ちの青年は、シャーリィの手を取って無責任な励ましの言葉を投げかける。
「も、申し訳ありません。私がもっとしっかりしておけば……」
しかし、この青年はシャーリィにとっては最重要警護対象でもあるのだ。先だって教会で使徒の儀を受け、自らを一人前の男子と証明する為に『迷宮』に入った彼を護る事こそが教会からの命令である。当然のことながらシャーリィ自身も敬虔な信者であり、日々の祈りも欠かさない。
だが今、その祈るべき神に見放されたのではないかという状況にある。
身に纏う教会から下賜された強化魔法が幾重にも施されている白銀の鎧は肩部分が砕け散り、盾も割れてしまって使い物にならなくなってしまっている。武器も愛用のロングソードは刀身にひびが入り、もう一度振れば折れてしまいそうになっていた。しかも、その剣を振るうべき右腕には大きな裂傷を負い、血が止まらない。体力と魔翌力が限界を超えつつあり、数時間前に身体強化系の魔法すら解いてしまったのでなおさら流血は止まる気配を見せない。
「申し訳ありませ……ん」
失血によるブラックアウト寸前に呟いた言葉は王子に向けられたのではなく、あくまで信仰の対象へと向けられていた。
「シャーリィ!!」
聞き覚えのある声、いや、今一番聞きたかった声が耳朶を打ち、暗闇に堕ちかけた意識が一瞬で引き戻される。幻聴ではないかと疑ったが、再び響くその声にシャーリィの心が喜びで溢れる。
助けに来てくれた。救援が到着したのだ。しかも、シャーリィが最も愛する人物が。
「エルリアお姉さまっ! こっちです……っ」
意識せずに結界を解いてしまう。気が緩んでしまったのだ。周囲には怪物が居るというのに。
エルリアの姿が見える前にシャーリィが流す血の匂いにおびき寄せられていた一匹の怪物が姿を現す。結界が解けた事により、匂いだけではなく、傷を負った人間の姿が見えた事で巨大な戦斧を手にした怪物が奇声を上げて今日の食料を見つけた事を喜び、襲い掛かってくる。
「あ……」
万全な状態であれば……いや、たとえ万全でなくてもここまで弱ってなければどうと言う程でもない怪物だ。力だけは強いが頭が極端に弱い怪物など、鉄壁を誇るシャーリィの敵ではなかった。
だが、魔翌力が尽き、右腕に深い傷を負って血が流れ続けているこの状態では到底勝つどころか、逃げる事さえ叶わない。
「神よ……」
祈るしかなかった。王子は腰を抜かせて言葉にならない言葉をうわごとのように叫んでいる。
戦斧が振り上げられる。せめて王子だけでもと、動かない身体に鞭打って王子の前に出る。
「疾れ! 炎の矢っ!」
怪物の背後から放たれた無数の炎の矢が次々と怪物に命中していく。不意をつかれた攻撃に怪物はシャーリィ達に背を向け、攻撃してきた張本人を見据えた。
およそ『迷宮』内には似合わない豪奢なドレスを纏った少女
手に持つショートソードは幾多もの血を吸ったはずなのに今しがた磨き上げられたように光っていて
血糊がべったりとついていてもおかしくない豪奢なドレスは新品みたいで
長い金髪も汗や血などで汚れきっているはずなのに、さらさらでシルクみたいで
笑顔が素敵な大好きな女性が
そこに居た。
次々と生み出される炎の矢は的確に怪物に命中していく。その一つ一つの威力は然程大きくはないものの、数十、数百という単位となれば脅威となる。
体力と筋力のみに特化した怪物はその猛攻の中でも手に持った戦斧をエルリア目掛けて振り下ろすが、彼女を護る魔法障壁がその軌道を逸らし、床に斧刃をめり込ませただけだった。その隙を縫ってエルリアは体重を感じさせない跳躍で怪物の眼前に跳び、ショートソードを怪物の喉元に突き刺し、そのまま落下の勢いに任せて胴体を縦に切り裂く。
大量の返り血を浴びながら再び魔法詠唱。歌うような声が『迷宮』内に響き渡る。
「消え去れ!」
呪文の結唱と同時に絶命寸前である怪物の足元に魔方陣が出現。光を放ったかと思うと、怪物の巨体がその場から消え去っていた。
転移呪文を敵に向けて放ち、『迷宮』内の別の場所に飛ばしたのであろうと推測はつくが、そう簡単にできるような技ではない。絶命寸前で弱っていたとはいえ、あの巨体を一瞬にして消し去るような強力な転移呪文など、エルリア以外に使いこなせる技ではないだろう。
「シャーリィ! 大丈夫!?」
一瞬で返り血が消え去ったドレスに今度はシャーリィの血が付着するが、構わずにエルリアはシャーリィを抱きかかえる。
「エルリアお姉さま……助けに来て下さったのですか?」
「当たり前でしょ! シャーリィが居るって聞いて急いで来たの。魔翌力を使い果たしてるじゃない! こんな状態だったら体力も限界なんでしょ?」
「あはは、だいじょうぶですよ……お姉さまとまたお会いできたんですから、元気いっぱいですわ」
微かに笑顔を浮かべる。どう見ても限界を超えているのに、この少女はエルリアに心配を掛けまいとしているのがわかる。抱きしめた腕に力が篭る。
「おい、助けに来たんだろ!? 早く地上に送ってくれ! もうこんな所こりごりだ!」
王子がエルリアの肩を乱暴に掴む。振り向くと、彼に傷らしい傷もなく、五体満足だというのが一目でわかる。シャーリィが文字通り身を挺して護っていたのだろう。
「王子、彼女に労いのお言葉はないのですか?」
半ば睨み付けるように振り向く。その迫力に一瞬気圧される王子だが、自らの、王子としてのプライドに賭けて平民相手に退くわけにはいかなかった。
「貴様、誰に口を聞いておるのだ。私はミネルバ公国の第1王子ぞ! 従僕が主たる私を護るのは当然のこ……」
その瞬間、激昂したエルリアのショートソードが王子の喉元に肉薄していた。危ういところで踏み止まったのはエルリアの自制心が起こした奇跡としか言い様がない。
「き、貴様……こんな事をしてただで済むと思うなよ……」
この状況になっても大口を叩ける辺り、今回の原因の証明でもあった。エルリアは嘆息して剣を下げる。
「はいはい、お助けいたします。超特急でお送りしますので、少しだけ『我慢』してくださいね」
「は、早くせんか! 私は早く風呂に入りた……」
王子の姿が一瞬にして掻き消えた。さっきの怪物と同じように魔法で強制的に転移させたのだ。怪物は行き先を考えずに適当に『飛ばした』が、王子はきちんと『地上』に転移させたので、間もなく誰かが見つけるはずだ。ただし、飛ばした場所はギルドの一室でもなく、ホテルの豪華なスィートルームでもないが。
「シャーリィ、大丈夫?」
再び小さな身体を抱きかかえて顔をのぞく。意識が混濁してるようで、唇は動いているが、言葉になっていない。魔翌力と体力の著しい損耗と血液の流出が激しすぎて意識が飛ぶ寸前になっていた。このままでは命に関わる。一刻も早く治療しなければならない。地上に転移するにも、重傷の彼女にとってはその負荷で命が危ない。
「地上まで間に合わないかもしれない……しょうがないっ!」
左腕の一振りで結界を形成。大きさは小さいながらも、その強度は上級魔物の大群がやってこない限りは破られる事も気づかれる事もない。
「シャーリィ、シャーリィ! 少しだけ我慢して。すぐに魔翌力を分けて傷も治すから」
「える、りあ、おねえ、さま……ごめんなさい、ごめんなさい」
うわ言のように呟く少女の唇を自らの『それ』で塞ぐ。魔石等を使っての間接付与ではシャーリィの方が魔石を起動する程度の微弱な魔翌力すら注げないのがわかっていたので直接魔翌力を分け与えるしかなかった。
柔らかい、桜色をした花の蕾のような唇に自らの唇を押さえつけるように触れ合わせ、エルリアの裡にある魔翌力を少しずつ注いでいく。急いで一気に注いでしまうとシャーリィが受け止め切れずに最悪の場合は身体が弾けてしまう。焦る気持ちに合わせるように肥大しがちな魔翌力を抑えながら分け与える。
数分間口付けが続いた後にエルリアがそっと唇を離した頃には、蒼白だったシャーリィの顔色は少し赤みを帯び、呼吸も落ち着きを取り戻しつつあった。続いて治癒魔法で右腕の傷を治療。他の傷も含めて全てを傷痕すら残らないレベルで治療を施す。
「よし、これで地上までは保つはず」
血液に関してはどうしようもないのでシャーリィの身体に任せるしかないが、魔翌力が戻ったお陰でシャーリィが元々自らに付与している身体強化系の魔法が再起動したので数日休養を取れば何の問題もなく回復するはずである。
周囲に怪物が居ない事を確認してから結界を解き、高位転移魔法を唱える。
シャーリィは夢見心地にその詠唱を聞き、「いつ聞いても歌うような詠唱ですわね、お姉さま」と言いかけてその心地よいまどろみに身を委ねた。
本日分は以上となります。
次回投下は今週中の可能な限り早いタイミングでできれば、と考えております。
稚作ながら読んでくださっている皆様、ありがとうございます。(土下座)
みなさまこんばんは。
時間を作ることができたので投下再開いたします。
オリジナルSSでしかも地の文つきとなるとさすがに「読むのめんどくさい」という方も多いのかもしれませんが、自慰的な感じでぼつぼつと続けていければと思っております。
読んでくださっておられる方々には心から感謝しております。つまらなかったら「つまんねぇ。時間返せ」という罵りのお言葉でも嬉しいので、我儘ではございますが何か一言いただければ励みになります。
それでは、平日の夜、明日の仕事や学校の準備、遅めの夕食、食後のお茶のお供になればと思いつつ投下を開始いたします。
「こちらがミネルバ公国からの報酬となります。そしてこちらが我々ギルドからの特別報酬となっております。ご確認をお願いします」
救出劇から3日後、エルリアはギルドを訪れていた。あれから地上に戻ったエルリアは『迷宮』入り口に待機していたギルドお抱えの治癒師達にシャーリィを預け、同時に王子発見の報も耳にした。突如街の中央噴水に現れた王子は全身水浸しになって悲鳴を上げたそうだ。少しだけ心に溜まっていた澱のようなイライラが晴れる。そこに指定して飛ばしたのは紛れもない自分なのだが、その辺りは行き先の設定が『少々』ズレたと適当な返答をしておいた。何よりこのような高位転移魔法を使えるのはエルリア以外にはほんの数人しかおらず、呪文の複雑さから考えると、失敗という前例も数多くある為にその言を信じる以外に追求する術はない。むしろ、『無事』に地上へと王子の身体を戻した事に賞賛される程でもある。
シャーリィは帰還翌日には教会付属の病院の一室で目を覚まし、診察を受けた結果、極度の疲労と診断されたが、右腕の傷は痕すら残らずに完治していたし、その他の部分でも異常も見つからなかったので数日内で退院できるとの事だった。
ギルド窓口の職員から受け取った封筒にはマネーカードとミネルバ公王からの感謝状が封入されており、一通り確認をすると肩から提げている鞄に仕舞いこんで職員に挨拶を残してギルドを立ち去る。
「んっ……と、今日はどうしようかな」
ギルドを出て今日の予定を考えてみる。王子探索の詳細な報告も先ほど終了し、当分『迷宮』に入る予定もないので、完全なオフ日だ。
いつもなら次回の探索に向けての準備や下調べをしたりするが、今日受け取った報酬額から考えると前回のような特別な依頼でもない限り、最低でも数ヶ月は金稼ぎの為に『迷宮』に潜る必要もない。今までの蓄えを考えると数ヶ月どころか1年以上は余裕をもって遊んで暮らせる程だ。
「でしたら私とデートなんていかがですか? お姉さま」
「……何? 幻覚?」
目の前に突如として現れたのは現在絶賛入院中のはずのシャーリィである。エルリアより少し小さな身長で豊かな銀髪をポニーテールに結わえて笑顔で立っている。
「うわー、酷いですよ、それ。ちゃんとした実体ですよっ!」
両手をぱたぱたと振りながらエルリアに抱きついてくる。それを難なくスルーしながら、
「病院はどうしたの? まだ入院してなきゃいけないんでしょ?」
「退院しましたよっ! お姉さまの愛情たっぷりの治癒のお陰ですぐに回復したのです!」
肩口を軽く押してみると、見事によろめいた。普段の彼女ならばこの程度でよろめくなんてありえない。伊達に『妖精騎士』の異名は持っていない。あらゆる場面においても転倒などという隙を見せる事はないはずなのだが、体力はまだ回復していないのであろう。
「全然駄目じゃん! 早く病院に戻る!」
「えーーっ! お姉さまにお会いしたい一心で脱走してきたのに何て酷い事を!」
「っていうか脱走してきちゃったの!? 何で!? いいから戻りなさい!」
脱走のくだりは冗談なのはわかっていたが、どちらにせよ往来のど真ん中で言い合いを始めてしまったので注目度が半端じゃないことに気づいたのはそれから数分が経過し、周囲に野次馬が集まってからの事だった。
「おいあれ、『血風の魔女』と……」
「『妖精騎士』だよな。あの二人がデキてるって本当だったのか?」
「あんな美少女二人がいちゃいちゃしてるシーンなんて……」
「俺も加わりたい」
即座にシャーリィの肩に手を置く。「お姉さま、やっと私の気持ちが」つぶらと言っても全く差し支えの無い髪の毛と同じ金色の瞳が潤み、そっと閉じられるのを「勘弁して」という気持ちで見ながら呪文を紡ぐ。短いが、歌うようなその響きに周囲が呑まれてしまった瞬間には二人の姿はそこにはなかった。
「あー、もう。シャーリィはもうちょっと時と場所を考えてよ」
「ごめんなさい、お姉さま……だって、お姉さまのお姿を見たら居ても立ってもいられなくて」
エルリアの自室。転移呪文を使って移動した先がこの場所だ。極力目立たない生活を、というのを信条としているエルリアにとって、街中で魔法を使うということは極力避けたい事柄なのだが、あの場合はやむを得ないとしか言いようがなかった。あのままでは余計に目立ってしまうことがわかりきっている。
リビングに置かれたソファにシャーリィを座らせ、自分はキッチンで紅茶を淹れながら手短にお説教。
年齢としてはシャーリィの方が1つ上なのだが、彼女は年下のエルリアを「お姉さま」と呼ぶので、いつの間にかこのような構図が出来上がってしまっていた。
「そのお茶を飲んだら病院に戻ってね。先生とか看護士さんが心配してるよ」
「本当にもう大丈夫ですよ。それにしても、お姉さまが助けに来て下さったなんて夢のようですわ。しかも私に魔力を与える為にキスまで……」
ティーカップを両手に持ってうっとりとした表情で先日の件に思いを馳せる。対するエルリアは少々の後悔を伴っていた。緊急事態だったとはいえ、よくよく考えればあの方法――粘膜同士の接触が魔力を分け与えるには最も適したやり方ではあるものの、それ以外にも効率は落ちるが、魔力を注ぐやり方はいくらでもあったはずなのに。
「それはもういいとして、何か話があるんじゃないの?」
ピンク色の妄想に付き合い続けるのも疲れるので本題を促してみる。何となくだが、彼女が何かの依頼を持ってきたのではないかと推測していたのだ。過剰なまでの愛情表現はいつも通りなのだが、どこか緊張をしているように見える。病院を脱走してきたという話にしても、入院した事のあるエルリアからすればそのような事が不可能だと知っていた。
「さすがはお姉さま! 私がお願いをする為にお姉さまの元に馳せ参じたのをもうおわかりなのですね!」
大げさなリアクションが返ってきた。ついでにテーブルを飛び越して抱きついてきた。果てしなく困る。
「だからいちいち抱きついてこない!」
「照れちゃってかわいいですわね、お姉さま」
語尾にハートマークがつきそうな雰囲気だったが、シャーリィはあっさりと抱擁を解いて元の場所に座る。エルリアもようやくその対面のソファに腰を落ち着ける。
「教会からの依頼です」
先程とは打って変わった、真摯な眼差しでエルリアを見つめる。
「50層にあると言われている『聖杯』を探し出し、教会へ譲っていただきたいのです。期限は2週間以内」
「50層ってことは非公式な依頼って事だよね?」
現在一般に公表されている『迷宮』最深部は40層とされている。エルリアは少し前にそれより遥か下層の68層まで潜ったのだが、40層以降は未踏破部分があまりにも多い為に公表が控えられている。言い換えると、危険が大きすぎて並のパーティーでは帰還もおぼつかないのだ。
公表がされていないということは、特別な事情がない限りはギルドでの正式な依頼を行う事が不可能であり、それを押し通して依頼をするとなると、当然の事ながら非公式な依頼となる。
この場合、ギルドの功績値に加算される事はない代わりに、得てして莫大な報酬が支払われる事が多い。
言うまでもなく非公式な依頼の中には違法な依頼も数多く、『迷宮』の闇に紛れてある人物を暗殺してほしい、という依頼まであるがエルリアは違法な依頼は全て断っていた。
「当然ですが違法性はありません」
先回りしてシャーリィが口を開く。教会の依頼というからには違法行為をそそのかすようなものでは有り得ないのは明白だが、教会を騙った依頼というのも実在する。だが、今回に関しては依頼を申し込んできたのが現役教会騎士団員であり、なおかつエルリアの親友という事もあるので、仮に受けるとしても裏を取る必要性は全くと言ってもなさそうだった。
「それで、『聖杯』がそこにあるっていうのはどうしてわかったの?」
「至極全うなご質問です。さすがはお姉さま」
真剣な会話のはずなのだが……
「教会所属のパーティが44層まで到達した際に入手した鍵があります」
「あ、そういう事」
鍵を入手すると、その鍵を使うべき場所が脳裏に示される。場合にもよるが、入手できる秘宝やアイテムが何であるかさえわかってしまう事も稀ではあるが、あると言われている。今回の鍵は入手アイテムが『聖杯』だと告げていたのだろう。
ただ、この鍵は入手してから20日が経過するとその効力を失ってしまい、何の役にも立たない鉄くずと化してしまう。逆算すると、鍵をそのパーティが入手して既に6日が経過していることになる。
「場所が場所ですので我々教会内の人間では到達不可能という判断が下り……」
「私に依頼が回ってきた、ということ?」
こくん、とうなずくシャーリィ。物が『聖杯』ということもあり、真剣である。
もともと『聖杯』は神が使った酒杯であると言われており、聖王国首都にある教会本部の最深部に安置されていたのだが、先の戦争の最中に盗難されてしまったらしい。教会側もありとあらゆる手を尽くして探し回ったのだが、とうとう行方が知れずに今までの時間が経過してしまっている。
教会側としては何としても取り戻さなければならない、文字通りの『秘宝』という事になる。
「50層かぁ……」
簡単にオーケーを出せる場所ではない。ズバ抜けた身体能力と無限と言われる魔力、ありとあらゆる魔法知識をひょんな事から手に入れたエルリアではあるが、決して無敵という訳ではない。腹も減れば傷も負うのだ。実際に62層まで潜った時は魔法障壁を貫いてくる攻撃による怪我に加えて疲労と空腹にも泣かされた。治癒魔法は当然高レベルのものは使えるし、魔法によって新陳代謝等も強化されており、浅い傷であればそれこそ一瞬で治ってしまうのだが、治癒魔法を落ち着いて使う暇がない程魔族や魔物がひっきりなしなのだ。
「当然ですが、私もご同行しますよ」
「え?」
思わず聞き返してしまった。てっきりエルリアが一人で潜るものだと思っていたのだが。
「だってシャーリィはまだ怪我が完治してないじゃない。そんな状態で50層までなんて到底……」
「2日で完璧なコンディションにしますっ! お願いです! 私も連れて行って下さい!」
頭まで下げられてしまって困惑してしまう。正直なところ、エルリアとしては他人と潜るより一人で行く方が何かと気楽なのだ。仲間がいるというのは心強いし、いざと言うときには助かる。しかも魔法を唱えるにも威力が減ってしまう圧縮詠唱を使わなくて済むのだが、絶えず仲間の状態を気遣わなくてはいけないし、場合によっては仲間が斃れてしまう事もある。要は足手纏いなのである。シャーリィ程のレベルであればエルリアクラスとまではいかないまでも、背中を預けるのに十分な実力を有してはいるのだが……
「シャーリィ、申し訳ないけど……」
言いかけたところでシャーリィがソファから腰を床に下ろして土下座の格好まで始める。
「お願いします! お姉さまに助けられたこの命、お姉さまの為に使いたいのです」
さすがは義を重んじる教会騎士団員と言うべきなのか、単にシャーリィの性格なのか、律儀すぎるまでに律儀だった。
「気にしなくていいのに」
エルリアからすればシャーリィが取り残されていると知ったら依頼がなくても親友と呼べる彼女を助ける為に『迷宮』に足を踏み入れたと言っても過言ではない。
「私の気が済まないのです。お姉さまには毎回助けていただいていますし、今回もお姉さまに無茶を言っています。五十層がどれだけ危険な場所かも熟知した上で、お姉さましか頼るべき人がいないんです。他のパーティや冒険者では不安が大きすぎます」
頭を床に擦り付けんばかりの勢いだ。慌ててシャーリィを抱き起こそうとするが、彼女は頑として顔を上げない。
教会からの指令が無茶なのは誰が見ても明らかだ。エルリアが68層まで到達できたのは実力もあるが、運もあったのだ。到達するまでに遭遇する敵が予想よりほんの僅かではあるが少なかったことと、48層で見つけた55層まで一気に下る事のできる、誰が設置したのかは不明であったが、魔導エレベーターを発見したからであり――当然そのエレベーターを守っていたフロアボスと言える魔物が難敵だったのは言うまでもないが。次も絶対到達できるとは言い切れない。それ程までに40層以降は危険を伴うのだ。モンスターも段違いに強くなる上に突然変異型の更に強力なモンスターとの遭遇も有り得る。一歩間違えれば死が待っているのだ。
しばらくの間沈黙が部屋を支配する。開け放たれた窓からは街の雑踏がかすかに聞こえて来るものの、二人とも口を開かない。シャーリィは頭を下げたままで、エルリアはその傍らに片膝をついたままだ。
「……わかったわ」
ため息交じりに了承する。
「ごめんなさい、お姉さま」
「シャーリィが謝らなくていいよ」
優しく銀髪に手を載せ、手触りの良い髪の毛を撫でる。シャーリィからすれば断られても文句は言えない。しかも危険な場所に自分を連れて行くという事は、最悪の場合自分が足手纏いになってしまう可能性もあるのだ。エルリアの実力はシャーリィのそれを上回っているのは自明であったし、一人で潜る事を好んでいるのも理解はしていた。
「それでも、お姉さまの力になりたいです。足手纏いかもしれませんけど……」
自分の無力さに泣けてくる。厳しい鍛錬の末に栄光ある教会騎士団への所属を拝命し、向かう所敵無しとまで言われたシャーリィだが、だからこそ目の前に居る見た目はただの細身の少女であるエルリアを前にするとその力の差というのがわかってしまう。
秘術・秘法とも言える数々の魔法を己の裡に宿したエルリアの身体能力、魔力、そして魔法に関する知識はギルド所属、非所属を問わずに匹敵する者はいないとまで言われているし、彼女が所有している強力な魔術の施された秘宝クラスの装備品はそれ1つだけで莫大な財産になる程だ。現に彼女の下にはひっきりなしに宮廷魔術師の役職を用意した大国の使いの者がやって来ているのだ。時にはその美貌に引き寄せられた某国の王子が彼女に求婚したという噂すら巷には流れている。
「あ、でもシャーリィ」
「はい?」
やっと顔を上げたシャーリィはエルリアに渡されたハンカチで目尻の涙を拭いながら聞き返す。
「装備、ないんじゃないの?」
「あ……」
鎧も、剣も先の戦いで修理不可能な程に使い物にならなくなってしまっていたのだった。新しい鎧や剣を探すにも時間が足りないし、教会から下賜される神聖魔法を付与された装備品を待っていたのでは時間がかかりすぎてしまう。
早くも絶望感に打ちひしがれてしまう。やっと恩人の手伝いが出来るかと思ったのに、これでは同行すらままならない。
辛うじてエルリアにソファに座らされたが、顔を上げる事が出来ない。あまりの悔しさに唇が切れるのも構わずに噛み締める。
と、エルリアがリビングに置かれているキャビネットから2つの宝石を取り出し、シャーリィに差し出した。魔力を注げば中に封じられたアイテムを引き出す事のできるアイテムストッカージェムだ。
「あげる」
透き通るような笑顔につられて宝石を受け取る。琥珀色と淡い緑色に輝く宝石を言われるままに受け取る。
「えっと……?」
「開いてごらん」
言われるままに2つの宝石に魔力を注いで封を解くと……
「これは……」
白銀色に輝く鎧と盾。そして今しがた熟練の剣匠に磨き上げられたような輝きを放つ一振りのロングソードと、その対になっているであろうショートソード、そして見るからに頑強であろうことが見て取れる盾が姿を現した。
「前に55層あたりで拾ったんだけど、付与されている魔法がちょっと解析するのに面倒だったからギルドに預けてたの。それが少し前に返ってきたんだけど、私には意味がないから、もしよかったら」
ギルドの鑑定書も手渡され、為すがままに目を通す。
鎧と盾には軽量化、耐魔法、耐衝撃、耐斬撃などのありとあらゆる攻撃を緩和する魔法が付与されており、剣には威力上昇や敵が持つ魔法障壁をも貫けるような強力と言っても差し支えのないレベルの強化魔法が与えられていた。エルリアが持っているような秘宝クラスとまではいかないが、それに近い超が付くようなレアアイテムだ。しかも既にシャーリィ向けに手直しまで施されている。元々シャーリィに渡すつもりだったのであろう。
「でも、こんな高級な物を頂くわけには」
「いいのいいの。持ってても使わないし、売るにしても買い手がなかなかつかないから、ね?」
要は高級すぎて買い手がほとんど居ないということであった。鑑定書に付け加えられている参考価格は大国の首都の一等地に邸宅を構える事ができそうな額だ。
「でしたらなおさらっ」
「シャーリィ」
言いかけた言葉をエルリアが強引に遮る。
「シャーリィは足手纏いなんかじゃないわ。居てくれたら安心して魔法の詠唱もできるし、休憩の時だって交代でしっかりと休めるからね」
「っ」
「あと、これは全快祝い。だから3日後にはきちんと身体を治して来る事」
痛い位に嬉しかった。その優しさと懐の深さに。
「ありがと……う、ございます」
最後は言葉にならなかった。小さい頃から背の小ささを揶揄され、足手纏いと言われて来た。だからがむしゃらに頑張って、教会騎士団に入団した。そこでも鍛錬という鍛錬を修め、ついには次期騎士団長の打診を受けるまでに上り詰めたが、自分が足手纏いなのではないかという杞憂が絶えず彼女の脳裏に付きまとっていた。エルリアはそれをたった一言で打ち消してしまったのだ。
ふわり、と抱きとめられる。エルリアの柔らかな肌がシャーリィの頭を包み込む。
「お姉さま……」
「さぁ、病院に戻ってしっかり休んで。3日後、『迷宮』入り口で会おうね」
「はい! 必ずお姉さまのお役に立ちます。いえ、立ってみせます!」
以上となります。
もう少しストックがあるのですが、読み直しなどがまだ済んでおりませんので、ここまでということで。
次回更新は今週中にもう一度できればと思っております。
区切るタイミング間違えました。
もう1レス分あったので投下してしまいます。申し訳ございません。(土下座)
―3日後、『迷宮』入り口―
「って、何で!? どうしてですの!? 何故貴女がここに居るんですか!?」
悲鳴に近い叫び声が警備兵や他の冒険者を振り向かせる。声の発生源はシャーリィだ。言われた通りに3日で身体を万全に回復させ、エルリアから貰った鎧を身に纏い、腰の左側にロングソードを。右側にショートソードを装備して盾を背中に負った完璧な状態で意気込んでやってきた彼女を待っていたのはエルリア一人だけではなかった。
「あら、もう身体は大丈夫みたいね」
セシルがタバコを咥えたままで手をひらひらと振ってシャーリィに声をかけた。新潮したらしい新品の黒を基調としたボディスーツに胸当てを装備し、動きやすさを重視した装備。腰にはベルトに通されたホルスターに収まっている大型拳銃が二丁。赤い瞳を細めてエルリアと談笑しながらシャーリィの到着を待っていた。
「お姉さまっ、なんでセシルさんが一緒なのですか!? 聞いてませんわ!」
怒涛の勢いで詰め寄る。てっきりエルリアとペアで潜るものだと思っていたのだろう。
「あのあと、ギルドに買い出しに言ったらセシルさんとばったり逢っちゃってさ」
「話聞いてみたら面白そうだし、私も暇だったからね」
「2人より3人のほうが生存率も上がると思ったから」
セシルもシャーリィに並ぶと称される程のベテランだ。『疾る双銃』の異名を持ち、今回の五十層はシャーリィと同じく未到達だが、48層まではパーティを組んで潜った経験を持つ猛者の一人である。
「そんなぁ……」
しょげるシャーリィにシンプルながらも豪奢としか言えないようなドレス――とはいえ、秘宝クラスの強力な魔法を付与された物だが――を纏ったエルリアがシャーリィを宥めながら、
「まぁまぁ。ほら、良く言うでしょ。旅は道連れ」
口上を途中でセシルが引き継ぐ。
「共倒れ?」
「倒れませんわよっ!!」
改めて以上となります。
失礼いたしました。
こんばんは。
間が空いてしまいすみませんでした。
短いですが投下させていただきます。
ご声援をくださる皆様に心からの感謝を申し上げます。
―『迷宮』四十二層 魔導エレベーターに続く道―
シャーリィ、セシル、エルリアの三人は大きなトラブルもなく、僅か二日程でここまで到達していた。
「それにしても、相変わらずエルリアの強さは規格外よね」
エルリアが張った結界の中でタバコに火を点けたセシルが口を開く。それに答えたのは本人ではなく、白銀の鎧に身を包んだシャーリィだ。
「あたりまえですわ。お姉さまの美しさも強さも全部が全部規格外なのです!」
「それはちょっとどうなんだろう……」
携帯食の干し肉を口に入れ、水を一口飲んだエルリアが返す。
「だってお姉さまは魔法を使っても超一流、体術も文句なしですよっ」
「本当にあんたはエルリア大好きね」
まるで緊張感のないように見える三人だが、絶えず周囲に気を配っている。エルリアが張った結界なのでそう簡単に怪物に発見、破壊されるような代物ではないが、癖づいているのだ。こうやって絶えず身の安全を確保することこそが『迷宮』内で生き残る秘訣でもあり、同時にその緊張から発生するストレスを如何にして発散するかという事も重要である。
「ん……誰か来る」
一番最初に気づいたのは当然ながらエルリアである。残る二人の顔に緊張が走り、シャーリィは剣の柄に手を載せ、セシルも拳銃のグリップを握る。
しばらく経った頃に数人の人間が3人の視界に入った。
「酷い傷!」
いち早く結界から飛び出したのはシャーリィだ。教会の教えに従順で、心優しい彼女は傷病者を見捨てる事が出来ない。
「どうしたんですか!?」
駆け寄るシャーリィの顔を見て仲間に肩を貸しながら歩いていた男が安心したような表情を浮かべた直後、崩れ落ちるように倒れる。シャーリィが間一髪、両手で重傷らしき二人を抱きかかえる。エルリアとセシルも結界を解いて駆け寄る。パーティは五人で、その内2人が酷い傷を負い、残る3人も疲労困憊の状態になっていた。
「『妖精騎士』に『血風の魔女』、『疾る双銃』まで……」
エルリア達の顔を見て安心したようにその場にへたり込む。シャーリィに抱えられた2人の傷が深い為、エルリアが再度結界を展開。石畳の床に毛布を広げて2人を介抱しながら事情を尋ねる。
「私とシャーリィで治癒魔法を施すから、セシルさんはそっちの三人に水と食べれるようだったら食料をお願いします」
「わかった」
より重傷の男の治療をエルリアが担当し、もう一人にはシャーリィが治癒魔法を掛ける。
「助かりました」
傷の浅い三人の内の一人がセシルから受け取った水を飲んでから礼を言う。話を聞くと、三十八層で手に入れた鍵が示した場所が四十二層だったので少々の無茶を承知でここまで降りて来たものの、出現する敵の強さに耐え切れずに敗走していたとの事だった。
「無茶はよくないですわよ」
魔法で傷口を塞ぎながらシャーリィが唇を尖らせる。治癒を施している男の容態は安定し始めており、呼吸もゆっくりになりつつあった。
「申し訳ない。自分達の力を過信しすぎました」
リーダー格であろう魔術師の男性が頭を下げる。治療が終わったシャーリィは残る三人の傷も治し、エルリアの様子を伺う。
「お姉さま、いかがですか?」
「ちょっと難しいかもしれない。体力の消耗が激しすぎて傷口を塞いでも……」
治癒魔法とて万能ではない。上位魔法に位置する蘇生呪とて、失われた血や体力を即座に回復させる事は難しいし、魔力を大幅に損耗した者を回復させるのも困難を極める。先のシャーリィが助かったのは、ひとえにエルリアが救助に来たからに他ならない。
「体力だけは魔力と違って分け与える事もできないし……」
傷は綺麗に治したものの、男の呼吸は未だに荒く、意識も朦朧としている。気付けの酒を飲ませようにも、それすら受け付けない程に消耗してしまっており、急いで病院に運ぶ必要があった。
「お姉さま、転移魔法で入り口まで運んでしまうというのはいかがでしょう?」
「それも考えたけど、このフロアからだと何度か転移魔法を繰り返さなきゃいけないからこの人の体力が厳しいわ。それに、この人だけを送ったとしても、残った人たちだけで戻れるとは到底思えない」
「俺たちは大丈夫です。そいつを入り口に送って下さい」
先程の魔術師がエルリアに頭を下げる。だが、エルリアは躊躇を続ける。
「貴方達、4人で本当に地上に戻れる? しかも1人はこの人程じゃないけど戦闘はできないわよ」
鋭い問いに4人が押し黙る。どう考えても4人で戻れるような場所ではない。そもそもが無茶をしてこのフロアまで降りてきているのだから、一人でも欠ければ生存率は一気に下がってしまう。
「でもお姉さま、このままではこの方の命にかかわります」
「それはわかってる。でも、この人一人だけが助かって、残りの4人が戻らなかった時、この人はどう思う?」
沈黙が周囲を包む。シャーリィも反論できずに俯いてしまった。
「しょうがない、か」
小さくため息を吐いたエルリアはアイテムストッカー・ジェムを一つ取り出し、展開して中から大振りの薬瓶を取り出す。まずは自らが薬瓶の液体を口に含み、そのまま男に直接飲ませる。
「お姉さまっ!」
ゆっくりと、ほんの少しずつ液体を男の口に浸透させ、数度の呼吸時間を空けながら液体を全部飲ませる。
「エリクサーよ。本当は温存するつもりだったけど、今が使い時ね」
口を離して男の様子を伺う。死者をも呼び戻すと呼ばれている霊薬というだけあって、その効果は抜群だった。見る見る内に男の顔色に赤みがさしていく。
「うん、安定したね。もう大丈夫」
男の呼吸が平穏に戻ったのを確認して空になった瓶をジェムに戻す。
「このまま二時間くらい安静にしておけばもう大丈夫。私達も一緒に居るから貴方達は休んで」
「エリクサーなんて高価な物まで……本当にありがとうございます!」
深々と頭を下げるリーダーにエルリアは「別にいいわよ」とだけ言って壁にもたれかかって、そのまま腰を下ろす。
「お姉さま、大丈夫ですか?」
「何が?」
質問の意図がわからずに聞き返すと、いきなり口を塞がれた。そしてたっぷりと十秒経ってからシャーリィが離れる。
「大怪我人とはいえ、男と接吻をしたのですよ! 消毒しなくては!」
「ぷっ……」
セシルが真っ先に噴出し、続いてエルリアが。そしてパーティのメンバーに笑顔が広がる。
「みなさんはまだ下層に?」
パーティの中で唯一の女性がおずおずと口を開いたので、シャーリィをやっと引き剥がしたエルリアが苦笑いのままうなずいて返す。
「ええ。目的地は五十層です」
「五十層!?」
常人では理解の範疇を超えた場所であるというのがこの反応で改めて理解できる。エルリアはそれより更に下層に潜ってはいるが、敢えて口は開かない。
「さすがはトップクラスのみなさんですね」
しばらく質問攻めにされたが、二十分程度でパーティの全員が寝息を立てはじめた。
「無茶、ですわね」
「無茶ね」
「よく生き残ったよね」
運が良かった、という事なのだろう。この『迷宮』で生き残るための要素である、『運』をこの六人は兼ね備えていたということであった。
六人が眠りについてから1時間程が経過した頃、エルリア達も交代で休憩を取る事にして先にエルリアが仮眠を取っていた時。
「すみません、お姉さま。魔素が異常に強くなってきています」
優しい声音のシャーリィの声で覚醒し、同時に禍々しい気配を感じ取る。仮眠のつもりが寝入ってしまっていたようだ。
「全員を起こして。セシルさん、起きてますか?」
「当然」
セシルは拳銃用のアイテムストッカージェムに収められた弾丸を確認し、再びグリップにその宝石を戻していた。シャーリィはパーティのメンバーの内、もっとも傷の酷かった一人を除いた五人を起こす。
「多分結界そのものに気づくと思う。かなりのレベルの敵がこっちに来てるわ」
「血の匂いを辿られたのでしょうか」
その可能性が最も強い。どちらにせよ一戦を交えなければならないようだった。
「絶対に動かないでね。結界はこのままにしておくけど、下手に動いたら気づかれる可能性もあるから」
ドレスから魔石を1つ取り外して結界の核に据えてから注意を言い残して結界を出る。敵の気配はもう間近に迫っていた。
『迷宮』を構成する石壁の角から現れたのは……
「デーモン……」
悪魔の名を冠する、正真正銘の魔族であった。知能の高い中級魔族だ。二メートルを優に超える大きさが示すように力も強く、魔法抵抗値も高い。雄たけびを挙げるその姿は禍々しさで満ち溢れていた。
「お姉さま、私が行きます。詠唱を」
「援護するわ」
シャーリィが翔け、セシルの銃声が『迷宮』内に木霊したのが戦闘開始の合図になった。
駆け寄ってくるシャーリィめがけて丸太程もある筋肉の束で作られた腕が唸りを上げて振り下ろされるが、シャーリィは脚を止めてその攻撃を盾で華麗に受け流す。妖精騎士の名前は伊達ではなく、あらゆる攻撃を彼女は受け流し、時には受け止めきってしまう。
銃弾が振り下ろされたデーモンの腕に突き刺さり、破裂。炸薬弾に続いて左手の銃から聖銀弾が放たれ、デーモンの胸部に連続で命中する。デーモンの周囲に複数の火球が膨れ上がり、すべてがセシルめがけて襲い掛かるが、彼女は軽いフットワークでそれらを見事なまでに避けつつ、さらにトリガーを引き絞る。
そして、二人の背後で『唄』としか言いようのない詠唱が始まる。エルリアの魔法詠唱が始まったのだ。普段と違い、近接戦闘をしながら詠唱するのではなく、前衛が居るために高速詠唱や圧縮詠唱なしでしっかりと魔力を練り上げる事ができる。
「いつもながらに綺麗ですわ」
ロングソードを振り上げながらシャーリィの表情には笑みすら浮かんでいる。
「歌手になったら一儲けできそうね」
連射の手を緩める事なくそう評価するセシル。
二人の周囲に結界が展開される。エルリアが放つ魔法に二人が巻き込まれない為に。
「光よ、槍となりて闇を薙ぎ払え!」
呪文が結唱した瞬間、エルリアの周囲に数十という単位の光の槍が出現し、一斉にデーモン目掛けて疾駆する。同時にエルリアも地を蹴って腰に下げたショートソードを抜き、構える。
「剣よ、その力を顕せ!」
エルリアの紡ぐ言霊を受けてショートソードが己に秘められていた力を顕す。刀身に光が集まり、ロングソード大の光の剣が形成される。
次々と着弾する光の槍に抗いきれずに動きが止まったデーモン目掛けて跳躍し、剣を振り下ろす。シャーリィもデーモンの喉元目掛けて剣を突き出し、セシルの放った銃弾は赤黒く光る眼を射抜いた。
断末魔の咆哮が石壁を震わせ、唐突に消える。すとん、とデーモンの頭部に剣を突き刺していたエルリアが華麗に着地し、ドレスについた埃を払う。返り血もみるみる内に消え去り、新品同様の美しさを取り戻していた。
「もう大丈夫よ」
結界を解いて六人に声を掛けるが、反応がない。訝しんだシャーリィが近づくと、やっと我に戻ったように五人が大きく息を吐いた。
「すみませんでした。圧倒的すぎて息をするのも忘れていました」
「流石です! あのデーモンをいとも簡単に倒してしまうなんて!」
戦闘から30分も経たない頃に残る一人も目を覚まし、仲間から事情を聞くと同じように頭を下げて感謝の意を伝える。
「エリクサーの代金はなんとかしてでもお支払いします!」
「別にいいよ。元々緊急用に用意してただけだし、家に戻ればストックがまだ二個くらいあるから」
ギルドに併設されている商店でエリクサーを買おうとすると、一般人が半年は飲まず食わずの生活を送らなければいけないような値段なのだが。
「それより、戻るなら今のうちよ。さっきのデーモンがフロアボスだったみたいだから、倒した事で他の怪物の動きが鈍ってる。今のうちに上層に戻るといいわ」
「わかりました。本当にありがとうございました。ご武運を」
次々と頭を下げて三人に別れを告げる。全員が去ったのを確認してからエルリアが特大のため息を吐く。
「エリクサーはちょっともったいなかった?」
「ううん。それは別にどうでも良いんだけど、ちょっと疲れたかな」
その言葉にシャーリィが即座に反応して結界を展開する。エルリアのそれに比べると強度では落ちるが、十分に怪物から姿を隠す事はできるし、一般の冒険者が作る結界と比較すると圧倒的に強い。
「お姉さまは少し仮眠なさってくださいな。私とセシルさんで見張りをしておきます」
素早く荷物から毛布を二枚取り出して、一枚を石畳の上に敷き、もう一枚をエルリアに手渡す。
「でも、さっきも休憩した所だし……」
「あれは先程の冒険者達が休憩する為でしたでしょ? お姉さまはその前も後も魔法を連続で使い続けでしたのですから、しっかりと休憩するべきです!」
強引に休憩を勧められ、セシルに助けを求めようと視線を向けるが、セシルも同意見らしく、首をゆっくりと横に振った。
「この先はエルリア頼りになる場面も多くなるでしょうからね。今のうちにしっかり休んでおいて。見張りと雑魚程度の片付けなら私達で十分よ」
そこまで言われてしまったのならエルリアに反論する余地はなかった。笑顔のシャーリィから毛布を受け取って横になる。数分も経たない内に眠気がやってきて、自分が思っていたよりも疲れているのを自覚するかしないかのところで意識が途切れた。
「さて、お姉さまが休んでる間に私達も一息つきましょうか」
「そうね。あ、紅茶飲む?」
周囲への警戒だけは怠らずに荷物から水筒を取り出したセシルの問いにシャーリィが「いただきます」と答えながら保存食のクッキーを提供する。
「この紅茶、美味しいですわね」
「でしょ? 知り合いに教えてもらったんだけど、気に入っちゃって今は通いつめてるのよ」
「戻ったら私にも教えてくださいますか?」
「もちろん。エルリアに美味しいのを淹れてあげると良いわ」
「はいっ!」
二人の視線が眠るエルリアに注がれる。シャーリィは慈愛に満ちた瞳で、セシルは妹を見るような瞳で。
「この子がここに来てもう1年だっけ?」
「そうですわね」
一年前、エルリアを一番最初に発見したのは誰でもない、シャーリィとセシルの二人だった。
相変わらず短いですが、これにて一区切りです。
次回投下は早ければ木曜日か金曜日あたりに。遅くても週末には可能かと思われますので、気長にお待ちくださいますようお願いいたします。
「遅ぇんだよこのヘタレ」などの罵詈雑言もいつでもお待ちしております。
それでは、暑い夏が始まりましたが体調などに十分にお気を付けくださいませ。(土下座)
遅ぇんだよこのヘタレ
カチリ、と音がして錠が外れる。二人で協力して長い蓋を外すと……
そこには一人の少女としか見えないモノが横たえられていた。
「……何ですの、これ」
「人っぽいわね」
宝物が人間だった、なんて事は前代未聞である。大きさからして鎧一式や刀剣類なのではないかと思っていたが、斜め上方向に期待が裏切られる。
注意深く箱の中に横たえられている少女を観察していく。胸が上下しているところを見ると生きているようで、傷一つ負った様子もない。単に寝ている、あるいは気絶しているといった所のようだが。
「それにしてもかわいいですわね、この方」
全体的に細身で、身長は百五十センチ半ばといったところだろうか。ゆるやかにウェーブした長い金髪の一本一本が金糸のように広がっている。すっと通った鼻筋といい、桜色をしたやわらかそうな唇といい、未だ閉じられているが、形の良さそうな瞳といい、絶世の美少女と言っても差し支えなさそうであった。服装は『迷宮』内ではとても想像がつかないような豪華なドレスで、至る所に小さな宝石が縫い付けられている。
「ん……」
蓋が開かれた事で光を感じたのか、少女のまぶたが動く。
「起きるみたいです」
ゆっくりと開かれるまぶた。その瞳は蒼く、少し釣り目気味ではあるが、大きな瞳がシャーリィを見た。
「ご気分はいかがですか?」
恐る恐る問いかける。少女に気づかれないように後ろ手にはショートソードが握られている。魔物の可能性も否定はできない。セシルも腰の銃握にさりげなく手をやっている。
「あれ……ここは?」
まだ朦朧としている少女は半身を起こして周囲をキョロキョロと見渡す。
「『迷宮』の二十九層ですわよ。貴女はどうしてこんな所に?」
その問いに少女は何を言われているのかわからないという、きょとんとした顔をして答えた。
「えっと、お名前は?」
とりあえず危険はなさそうだと判断したセシルが銃から手を外して少女に問い掛ける。
「……エルリアです。エルリア=レイアモンド」
「西の方でしょうか?」
苗字から考えると西の方にある国家にありそうな響きだったので重ねて尋ねながら水筒から水を一杯汲んで少女に手渡す。
「あ、ありがとうございます」
何の疑いもなくエルリアと名乗った少女はコップを受け取り、水を一口、二口と飲んでふぅ、と息を吐く。
「って、ここどこですか!?」
やっと脳が正常に稼動しはじめたようで、いきなりパニックに陥った。
「何でこんなところに!? って何でこんな服着てるの!?」
「あー……」
どうやら記憶が抜け落ちてるらしい、というのは二人とも理解できた。こうなってしまったからにはしょうがないので落ち着くのを待つしかない。シャーリィが結界を展開し、怪物に気取られないように空気の振動を部分的に抑えるように施す。
エルリアはひとしきり騒いだ後、今度は放心状態になっていた。
「置いていきましょうか……?」
さすがに面倒になってきたのでシャーリィがこそっとセシルに問い掛けるが、本気ではない。熱心な教会信者のシャーリィの事だから面倒は見るつもりなのだろう。
「取り乱してごめんなさい。それで、もう一度お尋ねしたいんですけど、ここは何処なんでしょうか?」
やっと落ち着いたのか、箱から出たエルリアが二人の正面に腰を下ろして尋ねてきた。
「ここは『迷宮』の二十九層よ。『迷宮』はわかる? あ、言い遅れたけど私はセシル。この子は……」
「シャーリィ=マグナスと申します。始めまして、エルリアさん」
「はじめまして……『迷宮』は聞いた事があります。魔物がウロウロしてる場所、ですよね?」
言ってから自分の置かれている状況に気づいたのか、周囲をしきりにキョロキョロしたり、落ち着かなさ気にもじもじと始める。
「大丈夫ですわよ。私達が居ますから」
エルリアの手をそっと取って安心させるように笑顔を浮かべるシャーリィ。エルリアもつられて口元をほころばせた。まるで花の蕾が開くような笑顔だ。思わず二人とも見蕩れてしまう。
「そ、それはそうと。どうして貴女はこんな所に居るかわかりますか?」
さっきから数回繰り返している問いにエルリアは少し考え込むようにしてから、
「すみません、わかりません。確か自宅でおじいちゃんの書庫で本を読んでたはずなんですけど……」
記憶がかなり曖昧になっているようだ。数回の質問の結果わかった事は、自宅の書庫で本を読んでいたら突然入り口が消え失せ、頭の中に怨嗟の言葉が響いてきたと言う事らしい。そこで意識がなくなって気づいたら目の前にシャーリィの顔があった、ということだ。
「ちんぷんかんぷんですわね」
「うーん……ねぇ、エルリアさん。その本っていうのはどんな本だったの?」
「えっと、祖父が言うには『禁書』にあたるって言ってました。祖父は地元で魔法の先生をしているんですが、何かの報酬で貰ったけど、調べてみたら危険な本だったらしくて、封印していた筈です」
「お爺様に無断でその本を読んだという事ですか?」
少し咎める口調になったシャーリィにエルリアは「いえ」と答えてから、祖父が亡くなった後に書庫の整理をしていたら偶然出てきて、手に取ったらいきなりページが捲れ始めたということだった。
「『禁書』ねぇ……話には聞いた事があるけど、良い話はないわね。大抵人を呪い殺したり、禁呪が載ってたり、といったところかしら」
何もわかってないのも同然な状態に二人とも腕を組んで頭を悩ませる。まさかお宝が人間だとは本当にあり得ない出来事だ。
「何か、来ますよ」
エルリアが何気なく放った言葉に二人が即座に反応する。剣に、銃に手を遣って臨戦態勢を整える。
「……って、一般人の貴女が魔力探知なんてできるワケもないですね」
二人が周囲を魔法で探知した結果、何も感じられなかったので警戒を解く。素人にありがちな行き過ぎた心配が招いた幻のような感覚なのだろうと。
「そう……なのかな?」
今ひとつ納得できていないようなエルリアだったが、プロに言われてしまっては返す言葉もなく、それでも周囲を気にしていた。
「とりあえずは、地上に戻りましょう。このまま此処に居ても何も解決しませんわ」
「そうね。ギルドにも報告しなきゃいけなさそうだし……」
「来ます!」
エルリアの叫び声と共に三人のすぐ脇に魔物が文字通り『湧いて』出てきた。
「転移っ!?」
感知のしようのない出現に驚きつつも頭では冷静を保って剣を抜き、盾を構える。セシルも銃をホルスターから抜いてトリガーに指をかける。
「結界があるからまだ気づかれてな……」
魔物目がじろり、と三人を見据える。
「気づかれてますわね。エルリアさんは隅に逃げてください!」
泡を食っておたおたと逃げ出すエルリアを目の端に捕らえながら結界を解いて怪物を見上げる。
突如、咆哮と攻撃が同時に襲ってきた。振り下ろされた腕を盾で受け流しながら剣を振るう。背後では銃声が重なって響き、セシルが銃を撃ったのがわかる。
「こいつ……っ!」
「強いですわね」
シャーリィの結界を見破るような魔物なのだ。二十九層に居るようなレベルの怪物ではない。突然変異か、もっと下層に居るはずの魔物がなぜかここまでやってきたのかは不明だが、気は抜けない敵というのは攻撃を受け流したはずなのに腕がしびれるような感覚を以って痛感した。
体長は三メートルに及ぼうかという巨体に、巨大な蝙蝠の翼を生やした怪物は再び咆哮を放って周囲の壁を振動させる。
「こいつ、魔族ですわ!」
「げ、浄銀弾なんて今回持ってきてないわよ!」
敵の正体は低級魔族といわれる存在で、低級とはいえその力や魔力は並みの怪物よりも数段上にあたる。二十八層に出現するようなレベルの敵ではない。
「っ!!」
攻撃の隙を突かれて怪物の豪腕をモロに受けて吹き飛ぶシャーリィ。骨が何本か折れたのが激痛を伴って理解できる。
「シャーリィ!」
怪物の注意を引こうとセシルが銃を乱射するが、通常弾ではほとんど効果は見られず、怪物は倒れこんでいるシャーリィに歩み寄って踏み潰さんと足を上げる。
「炎の矢よ、敵を貫けっ!!」
突然響いた声に怪物が顔を上げると、無数の炎の塊が自分めがけて飛来していた。
「エルリアさんっ!?」
驚いたのは人間2人も一緒だ。見るとエルリアの周囲には炎の矢が湧き出続け、次々と怪物めがけて放射されている。その量は今まで見た事もないような数だ。さらに二人の耳朶を打ったのは、
「……歌、なの?」
「いえ、詠唱ですわ、これ」
炎の矢はまだ続いているのに唄うような詠唱がエルリアの口から漏れる。良く見ると、エルリアが着ているドレスに縫い付けられている宝石が淡く光り輝いている。
「魔石を利用した多重詠唱?」
未だ机上の空論としてのレベルではあるが、魔法の多重起動は可能だと言われている。ただし、それには高々度な魔法制御と膨大な魔力が必要で、余程レベルの高い術者でも可能かどうか、とされている。仮に出来たとしても、初級呪文程度しか使えない筈なのだが。
「闇を切り裂く聖なる光よ、暗き者を浄化する光を与えたまえ……」
「そんなっ! あの呪文は……」
「退け悪魔よ! 退魔神聖陣!!」
呪文か結唱した瞬間、悪魔の足元に巨大な六芒星が出現する。聖なる蒼い光の柱が天井目掛けて立ち上り、悪魔を、淀みきった玄室の空気すらも浄化していく。
悲鳴すら挙げる事もできずに悪魔の姿が消滅し、その跡には何も残らなかった。
「シャーリィさんっ! 大丈夫ですか!?」
エルリアが駆け寄り、シャーリィの鎧越しに折れた肋骨周辺に手をかざし、短い呪文を唱えると、掌に優しい光が点り、痛みが引いていく。
「治癒魔法、ですわね。ありがとうございます」
骨が元通りになり、痣すらも残らずに完治したのを確認してからシャーリィはエルリアを見据える。
「貴女、一般人だなんて嘘をどうして吐いたのですか?」
「え……?」
「とぼけないでくださいっ! あの膨大な炎の矢、今の高レベル治癒魔法、それにっ……」
エルリアの肩に掴み掛かるようにしてシャーリィが問い詰める。その瞳は驚きと、怒りと、羨望が入り混じったような、混沌とした光を有している。
「答えてください! さっきのあの魔法、多重詠唱したあれは、聖職者の中でも大司祭レベルでないと使えない絶対浄化魔法ですわよね!? しかも魔法の多重詠唱が出来る方なんて聞いたことがありませんわ。貴方は教会の方なのですか? 西国の大司教様なのですか!?」
「く、苦しい……」
「ちょっとシャーリィ、落ち着きなさい」
気づかない内にエルリアに掴み掛かっていたようで、セシルに羽交い絞めにされる形で引き離される。だが、それをもいとも簡単に振り払って再びエルリアに詰め寄ろうと顔を上げると、
「あら?」
「え?」
そこに少女の姿はなかった。まるでさっきまでの出来事が夢か幻であったのように、そこには誰もおらず、ただただ石畳のみが広がっていた。
「シャーリィ、これ」
さっきの揉み合いの時に取れてしまったのであろう、一つの宝石が床に落ちていた。
「きっと、彼女のですわね。……私が預かってもよろしいですか?」
一応は探索目的を果たしたので地上に戻って解散となる。依頼で潜ったわけではないので、ギルドに報告の必要性もなかったのでそのまま別れるはずだったのだが、お互いにエルリアの事が気になってしまい、そのままギルドまで歩いてきてしまった。
「さっきの方、何だったのでしょうか」
「全くわからないわね。魔法に関しては私は素人もいいところだし、その辺りはシャーリィの方が詳しいでしょ? 感想は?」
「言いたくはありませんけど、洒落になってませんでしたわ。あれ程の魔力を持ってる人間なんて今まで見た事がありません」
炎の矢の魔法は初期魔法ではあるが、あれだけの量を制御、維持し続けるのは到底考えられない。しかもエルリアはその魔法を行使しながらも、
「退魔神聖陣だったかしら、話を聞いてるとかなり高等呪文みたいだけど」
ギルド内にあるカフェに場所を移してシャーリィは紅茶を。セシルはコーヒーを注文して話を続ける。お互い『迷宮』から出て来たばかりで汗や血、埃や泥で汚れているのだが、風呂に入るよりも何よりもエルリアの事が気になっていた。場所が場所なだけに、彼女達と似たような姿、怪物や魔物の返り血を浴びたまま来店している客も多く、注目を浴びる事もなかった。
「高等呪文というより、どちらかというと禁呪に近いですわね。今の教会であの呪文を使えるのはほんの一握りの大司教か、枢機卿クラスの方だけだと思いますわ」
「そんなに高等なのね。それを多重起動させるって、どれだけあの子はすごいのかしら」
「とにかく、私は彼女を探してみようと思います。このままだと寝覚めが悪いですし、もっと詳しく聞きたい事もあります」
「そうね。私も気になるから手伝うわ。どうせしばらく『迷宮』に入る用もないし」
とはいえ、探すとしてもどこを探せば良いのか皆目検討がつかない。シャーリィの予想ではエルリアが消えたのは彼女が転移魔法を使ったからだと思われるのだが、その転移先がわからなかった。『迷宮』内の別の場所に跳んだのか、街にまで跳んでいるのかが不明だったし、高等呪文を駆使した事を考えると、二人が迷宮から出てくるまでに半日が経過してる現在、既にこの街には居ない可能性もあった。
まずはお互いに風呂に入ってから再合流するという話で落ち着き、一旦別れてから三時間後にギルド前で落ち合う事を決めてカフェを出た。
本日の投下は以上となります。
次回投下はできるだけ早くとしか言えませんが、今週中にはもう一回投下できればと考えております。
書き溜めそのものはWord文書にして150Pほど(今回投下分で40P弱)あるのですが、読み直しなどが全くできておりませんので、一気に投下する事ができません。
焼き土下座にてお詫び申し上げます。
暑い日が続きますが、熱中症などにお気を付けくださいませ。
>>59様
遅くなってしまい本当に申し訳ございません。(土下座)
俺以外の霊圧が…消えた?
>>71
いるよー
>>1でございます。
期間が空いてしまい申し訳ございません。(土下座)
仕事が多忙になった事もございますが、OCNのお漏らし→ログイン制限の流れで書いていたSSをクラウドサーバーから引き出す事が現在できず、書く事も投下することもできない状況になっております。
バックアップを取っておけばよかったと後悔しても後の祭りでございまして、OCN側の復旧を待っている状況です。
場合によってはこのスレそのものをHTML申請してしまうことも考えておりますが、今しばらく様子を見るつもりです。
お待ちになっている皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご容赦いただきますようお願いいたします。
本日は五体投地しながら書き込みさせていただきました。
今回の書き込み以降、必要ないとは思いますが酉をつけて書き込みさせていただきます。
とか書いてからOCNを見に行ったらクラウドサービスのログインが再開されてたというオチがつきました。
早速ですが投下を再開いたします。ご迷惑をおかけいたしました。(土下座)
「ふぅっ」
シャワーを浴びて全身の血と汚れを綺麗に洗い流し、髪の毛も念入りに手入れをしてからバスタオルを身体に巻いて浴室を出る。
「一体あの方は何者なんでしょう……」
一人ごちるシャーリィ。何もかもがわからない事だらけだった。わかっている事といえば、西の国から来たという事と、名前のみ。しかも来た経路が呪いがかかっていたであろう『禁書』に触れた事から転移してしまったということである。
「なーんにもわかりませんわ、ね」
バスタオル姿のままでソファに腰掛ける。シャーリィの自室は教会の宿舎の一室で、その間取りや内装は質素を旨とする教会内でも豪華と言っても差し支えのないものだった。
「それにしても、かわいい方でしたわね」
大輪の花の蕾がほころんだような笑顔を思い出し、自然と釣られて笑顔が浮かんでしまう。
コンコン
扉をノックされた音に我に返り、バスタオル一枚だけというあられもない姿だと気付いて、返事としばらく待つようにだけ言ってから急いで下着と衣服を着て扉を開く。
「シャーリィ様、司教様がお呼びです」
修道女の言葉にうなずいて礼を言ってから司祭が待つ礼拝堂に足を進める。
レムルアイランドにはいくつかの教会が在るが、シャーリィが住んでいるのはその中でも最大の教会支部で、この地方の本部も併設している。『迷宮』が発見され、各国の精鋭が集結したのと同じ頃に教会もシャーリィを含む精鋭部隊の第一騎士団を派遣していたのだ。それを足がかりに教会はいち早く礼拝堂を設け、司教や司祭なども現地に送り込んで探索と同時に布教にも勤しんでいた。
「シャーリィ=マグナス参りました」
礼拝堂に入ると、司教のみが祭壇に立っており、参拝者の姿は見えなかった。夕方というより、夜の時間帯に入っているのだから、教会も門戸を既に閉じているからであろう。
「『迷宮』から戻ってきてすぐに呼び出してしまってすまないね」
支部長も兼ねる司教は柔らかな瞳でシャーリィを見つめる。
まずは神に祈りを捧げ、無事に戻った事への感謝の言葉を紡ぐ。
「さてシャーリィ君。君に会ってもらいたい人物が居る」
「どなたでしょうか?」
本部や騎士団からの来客であれば直接彼女の部屋を訪れるはずであったし、そこから考えると外部の人間だと考えられるのだが。
「少しややこしくてね。相手の方は君となら話が出来ると言っているのだよ」
やあ困ったような表情の司教。人柄の良い彼は高い地位に居るにも関わらず、信徒とも気軽に接するし、頼まれると断れない性格もしていた。
考えても栓のない事だったので、司教の背中を追う。礼拝堂を抜け、彼が向かった先は教会施設に付属する病院の一室だった。
「入るよ」
穏やかなノックの後、司教が一言告げてから病室の扉を開いてシャーリィを促す。
「あ、シャーリィさん」
「え、エルリアさん!?」
真っ白な入院服を着たエルリアがシャーリィの姿を捉えて安心したように顔をほころばせた。
「貴女、どうしてここに……?」
その説明は司教が語ってくれた。
迷宮でシャーリィ達と出会った後、気づくとエルリアは街区の裏路地に立っていたそうだ。しばらくの間混乱していたが、落ち着いてから大通りに出、彷徨っていた時に出掛けていた司教と偶然出くわし、彼が保護したらしい。
「あまりにも様子がおかしかったから声を掛けてみたんだ。そうしたらここが何処かわからない、どうやって来たのかもわからないという事だったから、私が保護をしてここに連れて来たという話だ」
時間から考えると、司教とエルリアが出会ったのは、シャーリィ達が彼女を見失ってから大して経過していないようだった。
つまり、エルリアはシャーリィ達の前から転移呪文を無意識下で使って地上に出た事になる。だがしかし、地上まで一気に跳べるような転移呪文などシャーリィは聞いた事もなかった。数フロアを移動するというのは数件聞いた事はあるが、どれも高位の魔法使いしか使えない呪文であるし、転移先を指定する為には膨大な計算と魔力が必要だ。それに伴って詠唱も長くなる筈なのだが、目の前の少女はほぼ無意識に、しかも一瞬でそれをやってしまったということになる。
「彼女の話を聞いていると、悪意を持ってる様子もないし、君の名前が出たのでね。君に来てもらったという事だ」
「そうですか……私もちょうど彼女を探していた所ですわ」
「おや、そうなのか。それではここは君に任せても良いかな? 私は明日の礼拝の準備があるので失礼させてもらうよ。エルリア君、気を使わずに自分の家だと思ってくつろいでくれたまえ」
最後に短くエルリアに祝福を授ける言葉を残して司教は去って行った。シャーリィは彼を扉の外まで見送ってから近くを歩いていた修道士にギルドへひとっ走りしてセシルへの言付けをしてもらうように頼んでからエルリアが待っている部屋に再び入る。
「あの、ご迷惑をお掛けしちゃってごめんなさい」
開口一番、エルリアが頭を下げる。シャーリィは「気にしないでください」と応えてからエルリアが半身を起こしているベッドの脇に椅子を置いて腰掛ける。
「貴女についてはわからない事が多すぎて探していましたのよ」
「はい……」
心細いのであろう、不安気な表情でうつむくエルリア。シャーリィはそっとエルリアの手に自分の手を添えて優しく握る。
「心配しなくて良いですわ。別に取って食べようっていう訳ではありません。それに、貴女のこれからの事も考えなくてはいけませんでしょ?」
「ありがとう……ございます」
幾分緊張が和らいだのか、少しだけ笑顔を取り戻したようだ。考えてみれば、目を覚ますといきなり全く知らない『迷宮』の宝箱の中に居て、さらに見ず知らずの街中に放り出されたのだ。頼るべき親類も居ない中、不安だらけなのだろう。
セシルが到着するまでまだしばらく時間がある事がわかっていたので、先にエルリアから事情を詳しく聞く事にする。
「……男の方、なんですか?」
いくつか質問をぶつけた後、エルリアが唐突に「私、男なんです」と言った事が始まりだった。『迷宮』内で見た時も、今もどう見ても顔つきは女性のそれであるし、身体つきも間違いなく女性としか思えない。胸のふくらみも性別を主張している。
「記憶が混乱してるのでしょうか……」
「いえ、もうはっきりしています。私――僕は元々男でした。間違いありません」
「ではどうして女性のような言葉遣いを?」
「頭の中では普通に喋っていても、口から出る時は何故かこういう言葉遣いになっちゃうんです……」
彼女――彼が言うところの『禁書』による呪いの所為なのだろうか、全くわからない。エルリアが此処に連れて来られた時に女性信徒がエルリアの沐浴を手助けしたらしいが、彼女を呼んで話を聞いても女性の身体だったという返答しか戻ってこなかった。
「お待たせ」
信徒を帰した頃にようやくセシルが到着したので、事のあらましを一通り話す。やはり元男性という部分には驚きを隠せなかったようだ。
「取り敢えず、エルリアさんが男性であろうと女性であろうと、身寄りのない状態で放り出す訳にはいきませんわね」
ベッド脇の椅子にシャーリィが座り、その隣にセシルが座って話を再開する。最初に片付けなければいけない問題は彼女の住処である。
「教会にこのまま居ていただくのもひとつの手ですが、エルリアさんは信徒ではないんですよね?」
「はい……私が住んでた町は小さい町だったので教会がありませんでしたし、両親も祖父母も無神論者でしたから」
建前上ではあるが、教会に住む者は押し並べて洗礼を受けた信徒、あるいは洗礼を待つ者でなければいけない。例外は多様に存在はするが、どれも後に洗礼を受ける前提がある。
打つ手がない状態で沈黙のみが部屋を支配する。
「……!?」
エルリアの視線が急に窓の外に向けられる。その目つきは先程までとは違い、鋭い。
「どうしましたの?」
「魔物の気配です!」
「何ですって!?」
同時に『迷宮』方向から3本の信号弾が打ち上げられた。『迷宮』入り口を警備している警備員が打ち上げる物だ。それが意味する事はただ一つ。魔物が地上に出てきたのだ。
「出ますわ! エルリアさんはここでお待ちください」
「私も行くわ」
シャーリィが鎧と武器を取るために自室に向かい、セシルもその後を追って部屋を飛び出す。
本日の投下は以上となります。
次回投下は次週の前半には投下できればと考えております。
レスへのお返事を忘れておりました。
>>71様
お待たせしてしまい本当に申し訳ございません。
定期的にこのスレを見るようにはしていたのですが、ちょうど見なかった日に書き込みをしていただいておりました。
>>72-73様
オリジナルSS専用の板というものがあれば別ですが、不勉強なことに私はここと深夜しか知りませんので、とりあえずはこちらにて投下を続けようかと考えております。
オリジナルはよっぽど運が良くないと人の目に触れないので見てくださる方も少ないのかもしれませんね。正直なところ、このスレを見てくださってる方がどれくらい居るのか知りたいという気持ちもありますが、我儘でしかありませんので黙々と投下する方向にしております。
スレタイに【オリジナル】とつければよかったと反省しております。
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