【ミリマス】砂花蝶 (17)
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お仕事先で泊まったホテル。
私の部屋にやって来た彼は、
こちらと顔を合わせるなり上機嫌の笑顔で言いました。
「老人会主催、ふれあい将棋大会司会お疲れさん!」
「うふふ~。お疲れさまですプロデューサーさん。今日のお仕事は、とっても楽しかったですよ~」
「だろうな。終始笑いも絶えなかったし、美也の人気も凄いのなんの」
「そんな、照れてしまいます~」
「いやいやホント、老人会のマドンナだよ。あの頑固ジジイ共の集まりが、美也の前じゃ子供みたいに素直だもん」
そうして、プロデューサーさんは椅子に座っていた私のことを良い子良い子。
この歳で頭を撫でられるのはちょっと恥ずかしいですけど。
彼の手つきは優しくて、心の底から褒めてもらってるのが分かるから……心がポカポカしちゃうんです。
流石は出色の撫でニスト。茜ちゃんが虜になるのもわかります。
「ふぅ……」
あまりの撫でられ心地の良さに、思わずため息もでちゃいます。
すると彼は改めて確認するように。
「よしよしよし。……にしても、美也の髪はふわふわだなぁ」
「そうですか~? どのくらいふわふわなんでしょう~?」
「どのくらいかぁ……。取り込みたての洗濯物、いや、日光浴をしてる猫」
「なんと、それほどですか~」
「なんとそれほどなのだ。整髪剤のCMとか、取って来たりできるかもな」
おしまいだよと言う代わりに、私の頭をポンと一押し。
離れて行ってしまうその手が、名残惜しくなるほど安らぎに包まれた数十秒。
「むー……プロデューサーさん?」
そんな気持ちになったから。
つい、私は物欲しそうな顔で彼を見上げてしまったのです。
……まだ、足りない。褒められ足りない、甘えたい。
自分でも驚いちゃうくらい、この時の私は欲張りさん。
それはきっと、この場に二人きりだったから……。
>>2訂正
○「なんとそれほどなのだ。整髪料のCMとか、取って来たりできるかもな」
×「なんとそれほどなのだ。整髪剤のCMとか、取って来たりできるかもな」
「……全く、しょうがない奴め」
幸い、彼の方もまだ褒め足りなかったようでした。
困ったように頭を掻いていましたが、その顔はぜんぜん困っているようには見えません。
むしろ、私がおねだりしたことに機嫌を良くしたようにも見え……。
むー、なんだか、まんまとはめられた気がしちゃいますね。
「美也、今日はホントによく頑張ったな」
そっと手を、左の頬に添えられて。
近づいて来た彼の口が、優しく私のおでこに触れる。
「偉い偉い♪」
言って、頬から頭に移動した手がくりくりと髪を撫でますけど。
「むぅ……。プロデューサーさん?」
「ん~?」
「分かっててじらしているんですか? そういうの、意地悪さんって言うんですよ~」
私が本当に欲しかったのは……もっとドキドキする方の。
「怒るな怒るな、分かってるよ」
「もう、プロデューサーさんはいつもそう――んっ」
もう一度頬に手を当てられて、今度は顎も上げられて。
瞬間、ピタリと重なる口と口。
……僅かな隙間も埋めたくて、互いの唇に吸い付き合う。
どちらが先かなんてことは、この際伏せておきましょう。
ゆっくりと、だけど、どこかしら急いでもいるような。
緩急をつけた舌先のダンスステップは、彼のリードのなすがまま。
「ちゅっ……ん、はぁ……あっ」
でもあまり夢中になっていると、人は別のことにまで気が回らないものですね。
気づけば頬にあったハズの彼の手が、随分と下の方までお邪魔していて……。
服の上からさわさわと、好きにされてしまっている私の胸。
……もう、なんて困った人でしょう。
確かにおねだりはしましたけど、彼にご褒美を上げるなんてことは言ってません。
今は、私のご褒美タイムのハズなのに。
「んぅ……ちょっと待って下さい~」
「どうした、美也?」
「……プロデューサーさん? その手は一体なんですか~?」
「これ? これは……右手だよ」
「む~!」
つまらない洒落で誤魔化して、彼は空いていた左手を私のうなじに添えました。
それから少しだけ力を込めて、これ以上私が文句の一つも言えないように無理やり口を塞ぎます。
右手はわきわきと胸の上、左手で獲物に逃げられないよう、しっかと私を抱き留める。
その間、気持ちのいいキスでこちらの思考を麻痺させておくのも忘れずに。
十秒、二十秒、時を刻む秒針の代わりにドキドキと心臓が鳴っています。
そのドキドキを彼も知りたいのか、それとも別に邪な何かを狙ってるのか。
着ていたワンピースも今ではすっかりたくし上げられ、
潜り込んで来た彼の右手が最後の鎧を外してやろうと悪戦苦闘の真っ最中。
「ん、んぅ……ダメ、です~……」
後で彼を責められるよう、一応抵抗はしておきます。
とはいえ、既に私の中身は丸裸。
……勝手知ったるなんとやら。
初めは少し遠慮がちに、でもすぐに我が物顔であちこち探り出す彼の右手。
ふにふにとゴムボールを弄るように指先を肌に沈めたり、
手の腹でお団子を丸めるみたいにぐにぐに弄んでみたり。
するとその度に好きにされてしまう、
無防備に露出した場所を守るための鎧はとっくに剥がれていましたから。
この頃になると、あれほど盛り上がっていた
ダンスパーティもうやむやのうちにお開きになってしまっていて。
情熱的に互いを求めていたハズの唇も、今は別の何かを探していて。
……漏れ出る声が恥ずかしいから、私は口元を押さえるように持って来た右手の指へと歯を立てる。
「んっ……!」
なのに、そんな私をもっともっと困らせようとしているのか、
耳の付け根から鎖骨のくぼみまで、順序良く下へ降りて行く彼の唇はクライマー。
そういえばよく聞きますよね。山があったら登るのは、登山家の心理なんだそうで――っ!!
「あ、……!」
唐突に体に訪れた、強い刺激に浮かされ痛いほど唇を噛みしめる。
それが合図になったのか、それとも我慢の限界が遂にやって来てしまったのか。
みるみる腕から力が抜け、だらりと垂れ下がる私の右手。
いいえ、右手だけではありません。
今や全身が気怠い熱にうなされて、四肢の端から感覚が周りの空気に溶け出すよう。
なのに、ハッキリと知覚することのできる彼の唇と指の動き。
「美也」
耳元でそっと囁かれ、次の瞬間、私は着せ替え人形のように彼に万歳をさせられて――着るのも脱ぐのもあっという間。
掲げた両腕の先っぽからスポンと音が鳴るような軽快さをもってして、
お気に入りのワンピースは床へと放りだされてしまいました。
「本当に……君は綺麗だ」
そんな彼の称賛も、気にできないほど恥ずかしい。
それにいくら火照っているとは言いましても、素肌を晒すと肌寒さに少し震えちゃいます。
ですがそんな私を温めるように彼は私を抱きしめると、チュッと簡単なご挨拶。
それで許可は取ったとでも言うように、今度こそ……
そう、今度こそ遠慮も躊躇も一切見せず、私の肌にその唇を落としたのです。
「ふぁっ!」
快感。もう、隠せない。
背筋がピンと伸びきって、本能のまま愛しい彼を抱きしめて。
声を押さえる余裕は無い、波に抗う術も無い。
強く、優しく、乱暴に、母性を求められるたびに、体は正直に喜んで。
ただ愛されているというだけなのに、ただ愛してるというだけなのに。
その気持ちを、相手に示すための行為は体を芯から乾かしていく。
求め合えば求め会うほど、愛情と言う名の水分は砂漠にこぼした水のように端から吸い込まれてしまい、
カラカラに乾いた砂だけが終わり無く辺りに広がるから。
「プロデューサーさん……! プロデューサーさん……!!」
だから、愛しい人の名前を呼ばずになんていられない。
ここからいなくならないよう、どこにも行ってしまわぬよう、
彼の全てを抱きしめて、受け入れて、願わくば、このまま一つになれるよう。
……そして、気づけば床を背にしていた。
触れる固さと冷たさが、辛うじて理性を繋ぎ止めているような私はギリギリの状態で。
だけど覆いかぶさっている彼には、この冷たさが届かないから。
私も、届かないままでいいとさえ思えてしまえる夜だから。
「いっぱい、ご褒美欲しいです……。受け取る準備は、できてるから……」
ゆっくりと、砂漠の花が開いていく。
渇いた花弁を潤せるのは、切なく私を見つめている目の前のこの人だけだから。
人間としての最後のキス。生き物としての始まりのキス。
砂漠の夜は冷えるから、熱を絶やせば凍えるから。
互いの体を抱きしめ合い、私たち二人は一つになろうと努力する。
いくら回数を重ねても、満たされぬ想いと切なさは心に募るばかりだから。
……プロデューサーさん、プロデューサーさん。
聞こえてますか? 私の声。届いてますか? 私の熱。
アナタに名前を呼ばれる度に、力強く求められる度に、
私の耳には届いています。私の体は感じています。惜しみなく自分に注がれる、愛情と言う名の贈り物。
だからこの喜びを、嬉しさを、私はアナタに伝えたい。アナタに少しでも報いたい。
……そのせいでアイドルという名のこの羽根を、失くしてしまってもいいほどに。
「プロデューサーさん……愛してます」
快感に瞼を震わせて、爪を立てるほどに両手に力を込めながら、
囁いた言葉はでもすぐに、激しい吐息にかき消された。
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以上おしまい。少女漫画レベルの健全さ。
雑スレのレスに触発されて書いたんですが、ぜんぜんえっちくないですね。
喘ぎ声書ける人を本気で尊敬する今日この頃。
では、お読みいただきありがとうございました。
>>10訂正
〇……そのせいでアイドルという名のこのハネを、失くしてしまってもいいほどに。
×……そのせいでアイドルという名のこの羽根を、失くしてしまってもいいほどに。
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