【ミリマス】完璧な余談になるのだが、この日は三食うどんであった (18)

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今日はとても目覚めの良い朝だ。

昨夜の晩酌。歳のことも考えて、今年は少し控えめにしておいたのは、
なに、英断だったと自分自身を褒めざるをえない。

人に聞かすには少々気恥ずかしい話。
毎年この日には休みを取り、前日の夜は思い出を肴に上等な酒で一杯やるのが常だった。

そうしてついつい飲み過ぎて、次の日の朝は――つまり今日。
記念すべき九月の十四日の朝を――二日酔いで迎えることが多かった。

……いや、多かったというのは嘘になるな。
殆ど、毎年。うむ、毎回。

朝っぱらから頭が痛くて痛くてしょうがないって。

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「あなた、はいどうぞ」

「ん」

そして食卓、朝の食卓っ! 

優しい妻がどんぶりによそってくれた出来立てうどんが私に向かって
「食べて食べて!」と言わんばかりに熱ぅ~い湯気を立てている。

やはり朝食は洋食より断然和食派だ。特にうどんがいい。消化がいい! 
二日酔いの体にも実に優しくお出汁の旨味が染みるのが良い!

……まぁ、今日の私は酔っていないが、それでも心は晴れ晴れだ。

実に朝から清々しい気分でうどんに箸をのばせているのが、
なによりの証拠だと言ってしまって罰も当たるまい。

「お母さんおはよう。……あと、お父さんも」

「ん」

そうしてうどんをすすっていると、寝所から起きて来た娘が朝の挨拶をしてくれた。
既に学生服に身を包み、身だしなみだって整えている。

時計を見れば随分早い時間だが、そういえば今日も朝から仕事だと言っていたな。


そしてまぁ若干、そう! ほんの少しだけ機嫌が悪いようにも思えたが、
なに、彼女が不機嫌そうなのはいつものことだ。

特に中学に上がってからと言うもの……いや、この際だ。
私も男、ハッキリと言ってしまおう。

彼女が"アイドル"として活動を始めてからはほぼ毎日! 
悲しいかな、私は一家の長でもあるのに、妻の添え物のように扱われる日々が続いていた。

まぁ、その理由に心当たりが無いでもない。
単純な話、私が娘の活動に反対の姿勢を示したからだ。

……だってぇ、ねぇ? アイドルだよ? 歌って踊るアイドルだよ? 

確かに、そう! 確かに私の娘は人に自慢したくなるほど世界で一番可愛いが、
それでもそんな、アイドル! アイドル、アイドルなんて……。

何処の馬の骨やら分からぬ有象無象の連中が、煌びやかなステージの上で歌って踊る娘に向かって

「静香ー! LOVEだー!」やら「静香ー! 愛してるー!」だの
「静香ー! 結婚しよー!」なんて色めきひしめき乱痴気騒ぐような世界に可愛い娘を置けるかと! 

そんな、そんなの、そんなのってぇ無いよ? 

私がこの身を削って仕事に勤め、娘に手塩をかけているのは決してだ。

決して彼女を貴様らのような連中相手の見せ物にするためでは断じて無いっ!!


「お父さん」

「ん」

「テーブルを、突然叩いたりするのは止めて」

「んっ、ああ、すまない」

「……酔ってるの?」

「いや、別にそんなことは無いが……どうしてだ?」

「……別に。ただ、毎年この日はそうだから」

――しかし、まぁ、なんと言うかな。私も大人げないのである。

娘がそんな「アイドルになりたい」なんて相談を自分に打ち明けてくれた時にだね、
私は娘可愛さの余りつい意固地に言ってしまったのだ。

『仕方ない。……ただし、受験までだ』

嗚呼、あの日あの時あれ以来、静香と私は噛み合わない。
たまに会話があったとしても、実に味気ない素っ気ない。

本当は色々聞きたいのだ。「アイドルになって苦労はないか?」とか
「最近、仕事の方はどうなんだ?」なんて人生の先輩面して彼女と色々話したりだってしてみたい。

しかし、しかしね? 私には父親としての立場もある。
夢に破れて泣いている、悲しむ娘を見たくは無いのが親心。


だから強めに当たったのだ。
何事も始めが肝心だって言うじゃないか。

真っ向から「ダメだ」と言っては遺恨が残るような問題。
彼女が自分から諦める、そんなシナリオを私は用意してあげたハズだった。……なのに。

「静香、お客さん」

「どうも、朝早くからお邪魔致します」

なのに、どうしてこうなった?


「プっ、プロデューサー!? なんでここに……って、どうして家に上がってるんです!?」

「あぁそれがな、約束通り静香を迎えに来たんだけど――」

「静香?」

「……いえ、最上君の朝のお迎えに参ったのですが」

「私が上がってもらったのよ。玄関先でずっと待っててもらうワケにもいかないでしょう?」

「お母さん!」

「ところでプロデューサーさんは、朝ごはんをちゃんと食べられました?」

「はい? えー、実は恥ずかしながらまだでして……」

「だと思った♪ お仕事とはいえ大変ですね。こんな朝早くから迎えに来なくちゃいけなくて」

「お母さん……!」

「おうどんですけど良いですか? 量だけはたんとありますから」

「いいえ、ホントお構いなく! コンビニでおにぎりでも買って食べますんで!」

「まぁ、いけませんよ男の人がそれだけじゃ。朝はしっかり食べないと」

「もうお母さんってば聞いてるの!? それに、プロデューサーもバカ正直に答えなくても――」

「あら静香、後ろに寝癖残ってるわよ?」

「っ!! ……~~~~~っ!!!!」


……もう一度言おう。本当にどうしてこうなった?

娘は今や売れっ子で、毎日のように朝から晩まで忙しい。

そんな彼女が私の前では絶対に見せない取り乱しよう。
顔を真っ赤に、髪を整えるため慌てて廊下に出て行く我が娘。

そして先ほどまで愛娘がいた席の隣には、
静香を売れっ子アイドルに"しやがった"やり手の男が座っている。

「……改めておはようございますお父さ――」

「んんっ!」

「最上さん」

「ええ、おはようございますプロデューサーさん」

「その、えー……」

「なんでしょう? なにかあるなら遠慮なく仰って頂ければ」

「いえ! 実にその、良い……デザインのパジャマですね!」

「あなた、着替えていらしたら?」

「そうする。……それでは、申し訳ないが少し席を」


「……本当に度々、朝から押しかけてしまってスミマセン」

実に申し訳なさそうに首を垂れた彼の隣を通り過ぎる。

それから着替えの為に寝室へ足を向ける途中、心なし浮かれた様子で
洗面台と向き合いながら髪型を整える娘の姿を見つけたが、

こちらが声をかけるより早く「……なに?」なんて物凄い目つきで睨まれた。……怖い。

「いやホント、お母さまも美しくていらっしゃる」

「ふふっ。そんなことをおっしゃっても茹で卵ぐらいしかつきませんよ?」

そのうえだ。ダイニングから聞こえて来る男と妻の談笑模様。

静香が髪を直すのもそこそこに、「プロデューサー! 母になにしてるんですかっ!?」と感情露わに呼びかけた。

その表情、実に恥ずかしがっている。そしてそんな耳まで真っ赤に染め上げた娘がだ、
洗面所の入り口に立っていた私の横をすり抜けようとして一言。

「お父さんどいて、通れない」

押しのけられた、我が娘に。背中が壁にドシンと当たる。

パタパタと廊下を駆けて行く娘の後姿から分かるのは、彼女が実に活き活きしていると言う事実。


「プロデューサー! ほんっとうにアナタという人は、女の人を見るなり誰でも彼でも声をかけて!」

「いや、俺はただ静香のお母さんと世間話を――」

「するだけでうどんにエビ天が乗りますか? 玉子にかき揚げがつきますかっ!?」

「もう静香ったら。私が好きでやったのよ」

「す、好きでって……! お母さんは知らないの! この人は甘い顔をすればするほどドンドンつけあがる人なんだから!」

「……そんなに心配しなくても、獲ったりなんてしないのに」

「お母さんっ!!」

そして、嗚呼、そうしてだ。賑やかな喧騒が私に一つの決意を固めさせる。

……飲もう! 今日はもうどうせ有給だし? 昨夜の酒も残ってるし? 
一人寂しく書斎において、遥か遠い所へ行ってしまった娘を想って飲もうじゃないか。

ついでに妻にも乾杯だ。畜生、こんな気持ちになるのなら、
せめて子供はもう一人作っておくんだった! それも娘ではなく息子をだ!


「くっ……頭が痛い」

二日酔いでも無いと言うのに、私の足取りは酷く重い。

しかし、それでも今日と言う日が嬉しい日なのには変わりない。変わりないのだと思いたい。

なぜなら今日は誕生日、刻々と巣立ちの準備を整えていく我が娘と。

「ハッピバースデーわーたし~……」

……ああ、娘を他所の男に取られるってのは、こういう気持ちなんだなぁ。

男の酒は涙酒。今日はもう、書斎から一歩も出るもんか。
隠し持っている我が娘の、CDを聴いて過ごそうと心に決める私だった。

Catch my dream。

夢を掴んだ娘のために泣き晴らす一日も、それほど悪くはないだろう。

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以上、おしまい。静香誕生日おめでとう。一見堅物に見える人が実は…ってパターンは好きです。
カッコイイ歌が多い彼女ですが、個人的には『Catch my dream』の伸びやかな歌声が大好きです。

では、お読みいただきありがとうございました。

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