「プロデューサーさん、プロデューサーさん」
控えめに体を揺すられ目を覚ます。
目を開けると向かい席に座って俺を下からのぞき込こむように見つめる星梨花の姿があった。
星梨花、箱崎星梨花。
765プロが誇る箱入り娘アイドルであり、天衣無縫を体現したかのような性格と見た目に思わずクラリとくるようなファンも少なくないという。
小動物的仕草とそのクリッとした瞳に思わず動揺させられながらも、そのことを悟られないよう装いながら返事をする。
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P「あーどうしたんだ星梨花」
星梨花「ごめんなさい、お疲れのところ起こしてしまって」
P「いやこっちこそ、うたた寝してしまってすまん。退屈だったろ?」
星梨花と話しているうちに意識が覚醒していき現在の状況を思い出してきた。
現在俺たちは地方営業のため県外にやってきてる。
そしてその営業が日をまたがって行われるため泊まりということになったのだ。
星梨花のお父さんは外泊に難色を示したが星梨花とお母さんの説得によりなんとか承諾を得ることができた。
今日は一仕事終え、今乗っている電車で宿へ帰るだけだったが……
星梨花「実は電車が……」
車両内放送に耳を傾ける。
「えー。ご迷惑おかけしてやす。ただいま信号機トラブルのため運行を一時見合わせていただいております。えー繰り返します」
おっと電車が止まってしまっていたか。
P「……ここは何駅なんだ?」
星梨花「○○駅らしいです」
難しい漢字だがよく読めたな。電車内にある路面図を見ると目的の駅まであと1駅のようだった。あと1駅ぐらい動いてほしいがそんな訴えは道理が通らない。
P「うーん、どうしようか。このまま待つかタクシーでも呼ぶか」
星梨花「あのわたし、すごく良いアイディアがあるんです」
心なしか弾んだ声で告げる。
星梨花「旅館まで歩いて行きませんか?」
さて目的地の宿までの距離をスマホで調べると2キロないくらい。
これぐらいなら歩けるか。
そう判断し名も知らぬ駅で降りることにした。
ここは地方も地方なのでもちろん無人駅。
そのため切符を車掌に手渡しし、電車を降りた。
降りた瞬間、草木の匂いを運ぶ少しだけ冷たい夜風が頬をなでる。
季節はそろそろ秋か……なんて柄にもなく感傷的な思いに浸った。
P「星梨花、日も暮れて辺りも暗いから気を付けろよ」
星梨花「はい。そっと、そおっと」
手すりにつかまりながらさび付いた急な階段を何とか下り、道にでる。
手すりもさびていたせいで手にその匂いが移ってしまい、思わず顔をしかめる。
星梨花がそんな俺の様子を見るなり笑って「わたしも仲間です」と手を広げてきたので悪い気はしなくなった。
なんとか通りに出る。
舗装は一応されているが車道と歩道が分かれていることもなく、ただただ道が目の前に広がっている。
ちょっとした月明かりと電灯のみで辺りは暗い。
おかげか星が良く見え、そういえばこの子は星を冠する名前だったな、とふと思った。
周囲を見渡すと遠くにぽつんぽつんと民家があるくらいで、あとは田んぼが広がるばかり。
店らしきものも1軒だけ駅から降りてすぐのところにあったが、とうの昔に潰れてしまったのだろう。
木造でできたその建物はとっくに荒れ果てていて、さび付いた看板からはかつて時計屋が営まれていたことが読み取れた。
人の気配もなく、虫の鳴き声が重なるばかりでここは俺と星梨花しかいない世界かと錯覚してしまうほど。
星梨花に危険があったら守らなくちゃな、とりあえず溝に落ち込んだら大変だから道の真ん中側を歩かせた方がよいか? などと考えながら星梨花を眺めると、彼女はステップを踏むように足取りを刻んでいた。これまた可愛らしい。
P「どうした星梨花、やけに楽しそうだな」
星梨花がはにかむ。
星梨花「えへへ、バレちゃいました? ……こうやって夜にお散歩するのってワクワクするなって」
P「まあ気持ちは分からんでもない」
星梨花は門限だってあるしこういう機会は少ないんだろうな。
微笑ましくなって、笑い声をもらすと星梨花がすねたような声で言う。
星梨花「子どもっぽいって思いました?」
P「ちょっと」
星梨花「あっいじわるです!」
P「そんなことは……」
星梨花「もう……」
笑い合ったあと、少しの沈黙が訪れる。
アスファルトに響く、互いの足音が妙に心地良かった。
星梨花は少し改まった口調で尋ねてきた。
星梨花「わたしは……プロデューサーさんから見たら……まだまだ子どもですか?」
P「そんなことはない」
星梨花「そうです?」
P「ああ、俺が星梨花ぐらいの年齢のときはもっともっと子どもだった」
星梨花「想像つかないです」
もし同い年のときに星梨花に出会っていたら……なんて有りもしない考えが浮かんでしまい、思わず苦笑いする。
星梨花「……わたしからみればプロデューサーさんは立派な大人です。わたしの知らないことをたくさん知っていて、いろんなことができて……」
飾らない言葉で答える。
P「うーん……星梨花の前だからカッコつけようとしているだけかも」
星梨花「カッコつける?」
P「星梨花の前ではカッコつけたくなるんだ」
星梨花「なんですかそれ」
また笑い合う。
ふと独り言のようにポツリと漏らす。
P「こんな田舎道を歩いていると子どもだったころを思い出すなあ」
星梨花「そうなんです?」
P「星梨花ぐらいの年齢のときだったか、おんぼろのチャリに乗ってさ。誰が言い出したかは知らんが、とにかく遠くに行ってみようって」
星梨花「なんだか素敵ですね」
P「だろ? 夏の暑い日だったな。ただひたすらにペダルをこいだら、知らない街に来た。それでもずっと進んだら、いつのまにか丘が見えた。それをも登って下りたらまた大きな丘があって……それをずっとずっと越えていったら海が見えた」
P「あのころの俺たちは無敵だった」
星梨花「男の子って感じです」
P「帰りのこと考えてなくて、夜遅く半べそかきながらやっと帰ったら、母さんには泣かれるわ、父さんにはゲンコツ食らうわで大変だったけど」
P「ただ大人になってみて考えると案外近い場所だったんだよな。車でいけばそう時間もかからない、電車でいけば数駅だ」
P「星梨花には悪いが大人ってこういう現実を知るってことかもしれないな……」
星梨花「……プロデューサーさんに悪いかもしれないんですが、それはちょっと違うかなって」
P「え?」
星梨花「プロデューサーさんは大人になって行動範囲が広がっただけですよ。そのずっとずっと先があるはずです。海を越えて知らない土地があってさらに海があって……その先はきっと外国があります。プロデューサーさんはそこまで見ました?」
P「星梨花……」
星梨花「ごめんなさい、偉そうなこと言っちゃって」
星梨花「でもそれはわたしがアイドルになったきっかけにも繋がる話かもですね」
星梨花「わたしがアイドルを目指すきっかけは初めて会った面接のときに話しましたね」
P「たしかお父さんの友達にアイドルのことを教えてもらって……広い世界を見たくなったんだっけか」
星梨花「はい。あのときわたしは必死だったんです。何かを見つけないとって」
星梨花「プロデューサーさんはどうなったら大人になるって思います?」
P「ええっと……いろいろあると思うが……」
星梨花「わたしは20歳になれば大人になる……なっちゃうと思ってるんです」
P「まぁたしかに法律上だとそうだな。お酒も飲めるしタバコも吸えるし1人でいろいろと契約もできるようになる」
星梨花「それで……わたしは何も知らないまま20歳になるのが怖いんです」
星梨花「12歳から13歳になったときほとんど何も変わらなかったんです。このままだといつの間にか20歳になってしまって……中身は子どもなのに大人として振舞わなければならなくなって、いつのまにかわたしは世間から置いていかれちゃう」
星梨花「それが怖いんです」
P「だからいつもいつも口癖にのように『教えてくださいって』……」
星梨花「そんなに言ってましたか? で、そんな焦っていた時にみつけたのがアイドルです」
P「そっか……」
星梨花「アイドルになってたくさんのことを知りました。アイドルになることで外の世界に飛び出したんです」
P「外の世界?」
星梨花「そうですね。……例えばわたしがバイオリンができるようになりたいと言えばすぐに有名な先生を付けてくれて、家には防音室が作られました。どこかに行きたいと言えばどこにでも連れてってくれたりもしました。わたしが望めばたいていのことは実現されました」
星梨花「今思ってもそれは夢のような世界です。いえ、それはパパとママによってつくられた夢そのものと言ってもいいかもです。わたしはそこでポツンと1人で遊んでいるだけでした」
星梨花「もちろんパパとママには感謝していますよ。でもわたしは外の世界に飛び出したくなったんです」
星梨花「アイドルになると箱崎家の看板と関係なく、平等にスタートラインに立つことができました」
星梨花「今まで通りにいかず涙が出るくらい悔しい体験もありました、どうやってもこの人にはかなわないと絶望感に打ちひしがれるときもありました」
P「そうだったんだな……」
星梨花「でもその中でもうれしいことがたくさんありました」
星梨花「ファンの人たちです。わたしは知らないこともできないこともたくさんあります。それでもファン人たちはわたしたちを一生懸命に応援してくれます。だからそれに応られるように毎日ちょっとずつでも前進していくんです」
星梨花「大人になればいつかどこかで地に足をつけないといけない日が来るかもしれません。でもわたしは知らないことがある限り前へ前へと進んでいきたんです」
星梨花「でもわたしだけではまだ遠くへ行けません」
星梨花「だから……わたしをどこまでもどこまでも広い世界に連れて行ってください。プロデューサーさん!」
P「……ああ」
自分と肩を並べて歩く少女を改めて見返す。
俺は星梨花をどこかで守らなきゃいけない対象だと思っていたかもしれない。
真摯な態度で活動に打ち込む星梨花すごく失礼だったと思う。
おそらく星梨花は俺なんか比べものにならないくらい遠くの場所にいってしまうのだろう。
そこで何を見つけるかは分からない。
トップアイドルか……はたまたそれとは違うものか。
俺にできるすべてを込めて星梨花を支えていこうと改めて決意したのだった。
どこまでもどこまでも続く道を共に歩きながら。
ありがとうございました
またね
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