少女「17の誕生日に死ぬ計画を立てたの」 (72)

死にたがりの少女と、
生きたがりの老人のお話

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コンコン

老人「どうぞ」

少女「失礼します」

少女「……あら?」

少女「あなた、‟オールド?」

老人「確かにそうだが、それをいきなり聞いてきたぶしつけな奴は初めてだな」

老人「さて、当施設にようこそ。俺はここの管理人だ。用務員といってもいい。とにかくここの雑用役全般を住み込みで受け持っている」

老人「知っての通り、ここは自逝を希望した人が来る場所だ」

老人「自逝を実施するには、この施設で一週間の静養と自己省察のあと......」

少女「そんなこと分かってるから、さっさと部屋の鍵頂戴よ」

老人「決まりだ。聞きなさい」

老人「……自己省察の後、自逝を行うかの判断をすることができる」

老人「自逝は国に保証された個人の権利であり、自逝を希望する者は国の施設において無償で安楽死のサポートを受けることができる」

老人「この自逝権については数十年前に開発された不老処置技術に並行して提唱されたものであり、」

老人「老衰死がなくなり、病死や事故死の率も不老処置によって下がり、平均寿命が格段に延びた今、」

老人「各個人により自由な人生設計を可能にするために実現された権利だ」

少女「分かってるってそんなこと。要は体のいい口減らしでしょ?」

老人「黙って聞きなさい。これを説明するまであんたに自由行動をさせられんのだから」

老人「で、だ。あらゆる国民には自逝を行う権利がある。未成年の場合は保護者の同意を得た場合に限り」

老人「ただし、自逝を希望したものは国指定の施設で、一週間の生活が義務付けられる」

老人「サナトリウムとか、療養所とか呼ばれている施設のことだな」

少女「あと墓場とかインスタント天国とかも呼ばれてるね」

老人「……自逝希望者は一週間の静養のあと、実際に自逝するかどうかを決定するわけだ」

老人「この施設には専門の医者やカウンセラーが揃っているし、気晴らしのアクティビティにも事欠かない」

老人「図書や音楽、映画もそろっているし、テニスもハイキングもゴルフも水泳もできる」

老人「医師との面談時間や食事時間、あと医師から禁止された事項を除けば、基本的に何をやっても自由だ」

老人「よほど目に余る場合にはこちらから口を出すこともあるかもしれんが」

老人「以上で説明は終了。あとは一旦部屋に荷物を置いてから、医師とカウンセラーの面談に向かうこと」

老人「何か質問はあるか?」

少女「質問があります」

老人「なんだ」」

少女「あなた、どうして"オールド"なの?」

老人「質問は当施設に関することに限る」

少女「あなたが若いころにはもう不老処置は実用化されてたでしょ? どうして受けなかったの? そういうポリシー?」

老人「しつこいなあんた」

少女「分からないのよ。老いって、つまり自分の性能や価値が日々目減りしていくことだと思うんだけど、そんなのを思い知らされるのはどんな気持ちなの?」

老人「鍵、渡さんぞ」

少女「ちぇ」

老人「はい、部屋の鍵。晩飯は18時から、風呂は大浴場がいつでも入れる。あとは医師の指示に従うこと」

少女「了解しました」

老人「じゃあ部屋に行きなさい。お疲れさま」

少女「ありがとうございます。……」

老人「どうかしたか?」

少女「管理人さん、また後で話聞かせてね!」

老人「断る。それに話すことはないよ。俺はただの管理人だからな」

少女「いけずー」

老人「早く部屋に行きなさい」

少女「はーい」

老人「変な娘だな」

老人「溌剌としている。生気に溢れている。生活に疲れてもないし、何かに絶望したようにも見えん」

老人「あんな子が自逝したがるのか。いよいよ世間がおかしくなってきてるんじゃないのか?」

老人「俺には分からん。生きているだけでも儲けものだろうに」

老人「……」

老人「まったく、どいつもこいつも馬鹿なんじゃないか」

~二日目~


少女「こんにちは、管理人さん!」

老人「……」

少女「なにされてるんですか?」

老人「何をしている様に見える」

少女「花壇の手入れ?」

老人「その通りだ」

少女「ねね、昨日も聞いたけど、なんで不老処置を受けなかったの?」

老人「答える義理はない」

少女「そこをなんとか、カウンセリングの一種だと思って!」

老人「俺はカウンセラーじゃない」

少女「あなたが老いの、成熟の素晴らしさを私に教えてくれれば、未来ある若者の命を一つ救えるかもしれないよ?」

老人「…………」

少女「もしかして怒ってる?」

老人「多少な」

老人「命をドブに捨てようとしてる馬鹿なガキの相手なんぞ、俺はしたくないんだ」

老人「特にお前みたいなふざけた小娘の相手はな」

少女「わかりました、いきなりプライベートな事情に踏み込んでしまって申し訳ありません」

少女「まずは、私のプライベートな事情を話すところから始めましょう」

老人「そういう問題じゃない」

少女「私はね、本当に老いたくないんです」

少女「だからね、17の誕生日に死ぬ計画を立てたの」

少女「若くて美しいまま、私は終わるの」

少女「それが五日後。この施設に来てちょうど一週間になる日」

老人「不老処置があるだろう。17じゃ駄目だが、20歳になれば受けられる」

老人「17歳から20歳への時間経過は老いではない、成長だ」

老人「20歳なら十分に若い」

老人「それにお前は、きっと20歳になった時の方が美人になっている」

少女「あら嬉しい、お世辞を言ってくださるなんて」

少女「でもね、嫌なの」

少女「私の嫌なのは、肉体の老いじゃなくて、心の老いの方なの」

老人「はあ」

少女「そうじゃない? 誰も彼も、若いのは見た目だけ。中身は潤いを失ってる」

少女「うちの親なんて特にそうだったの」

少女「いつも忙しそうにせかせかせかせか、気にするのは世間体ばかり」

少女「とうの昔に失くしちゃってるのよ。例えば夕陽を見て泣きたくなるような瞬間を」

少女「立派な大人になるために、感性を鈍らせていかなきゃならないのなら」

少女「私は大人になるなんてごめんだわ」

老人「大層立派なお考えだ」

少女「あなたには分からないでしょうね、心が渇ききっているように見えるもの」

少女「ねえ、どうなの? 年を取って、失うものよりも多く、何かを得た?」

少女「経験とか知識とか人脈とかは私は要らないわ、興味がないもの」

老人「……俺には特に嫌いな人間が三種類いる」

老人「一つはたいした理由もなく死にたがるやつ」

老人「もう一つは、訳知り顔でご高説を垂れるやつ」

老人「最後に、ガキだ」

少女「……」

老人「三連勝だ、おめでとう」

老人「俺が"オールド"になった理由を教えてやる」

老人「刑務所に入っていたからだ」

老人「強盗、傷害、それから殺人」

少女「…………それは、どうして」

老人「俺がそういう人間だからだよ」

老人「失せろ。自逝よりも早くあの世に送ってやろうか」

少女「……わかった。失礼します」

老人「…………」

老人「クソッ。なんなんだあのガキは!」

~三日目~

老人(窓吹き)

老人(この階を終わるので午前いっぱいかかりそうだな)

老人(残りの二階一階は明日に回すか、かったるい)

老人(……おや、あの小娘)

老人(散歩中か。あんな何にもない裏山の方法を)

老人(いや、一つだけ建物があったか)

老人(あそこ、鍵を開けていたっけな)

少女(図書館にこもって適当に本を漁るのにも飽きたし)

少女(適当にぶらついてみたら、なにかしらこの厳かで奇妙な建物は)

少女「教会というか、お寺というか」

老人「慰霊堂だ」

少女「わっ!!」

老人「和風とも洋風とも取れるような設計にした結果、こんな中途半端なデザインになったそうだ」

少女「……管理人さん」

老人「待ってろ、今鍵を開ける」

少女「……すごく埃っぽい」

老人「長らく誰も入らなかったからな」

老人「自分が死のうかどうかという時期に、先の自逝者を悼む奴なんていない」

老人「だからずっと閉鎖しっぱなしだった」

少女(横長の椅子が2列並んでいる。内装は教会のように見える。そして一番奥に祭壇がある)

少女(祭壇の両隣にずらりと飾られているのは)

少女「一輪挿し?」

少女「しかも、あんなにいっぱい」

老人「造花だ」

少女「ねえ、ここ、自逝者のための慰霊堂って言ったわよね?」

老人「ああ」

少女「よし」

少女「決めました」

少女「残りの日数で、私はここをピカピカにしましょう」

老人「はあ?」

少女「だってそうでしょ? 死者のための神聖な場所は、ちゃんとキレイじゃないと」

老人「そうかな」

少女「そうです」

少女「そうと決まれば、管理人さん、掃除道具を貸してください」

老人「俺が言うのもなんだが、お前、そんな過ごし方で良いのか?」

少女「もちろん。暇で暇で仕方ないから、何か社会に貢献したいのです」

少女「私の魂もいずれここで眠るのだから、自分のためもなって一石二鳥」

少女「あ、今のちょっとしたブラックジョークっぽくない?」

老人「あまり笑えんな」

少女「さ、管理人さん、はやく掃除道具を」

老人「まさかとは思うが」

少女「もちろん手伝ってください」

老人「俺には他の仕事もあるんだがな」

少女「施設の掃除だって、仕事の一環でしょ?」

老人「そうだが」

少女「だがだが言ってないで、早く」

老人「お前な」

少女「ごめんなさい、お願いします」

老人「全く」

老人「掃除道具は出してやるが、昼の13時から16時、俺が手伝うのはここだけだ」

少女「そうこなくちゃ!」

老人「構わん。正直なところ、掃除してもらえるのは助かる」

少女「でしょ?」

老人「図に乗るなよ」

少女(脚立にはたき、ほうき、モップ、バケツに、山ほどの雑巾)

少女(掃除機もない……というか、電気が通っていないのね)

老人「まずは天窓の拭き掃除と、壁の梁やら装飾やらに積もった埃の掃除だな」

老人「これをぐるっと一周」

少女「それが今日のタスクか。本当に三日間かかりそうね」

老人「お前が言いだしたんだ、始めるぞ」

少女「アイアイサー」


 ***

少女「つかれました」

老人「残りの椅子、床、祭壇周りはまた明日だな」

少女「ねえ、あの造花の一輪挿しって」

少女「もしかしてここから出た自逝者の数だけあるの?」

老人「一時期までだがな」

少女「どことなく手作りのような気がしたけど」

老人「…………」

少女「やっぱり、あなたね」

老人「なんのことかな」

老人「さ、部屋に戻れ。晩飯までにその埃っぽい身体を流して来い」

少女「先にシャワー浴びて来いってこと?」

老人「違う」

少女「私もうすぐ死ぬつもりだけど、それでも愛してくれる?」

老人「さっさと帰れ」

少女「また明日ね」

少女(丹精込められた、手作りの造花)

少女(どうして途中から作らなくなったのだろう)

少女(面倒になった?)

少女(それとも、自逝者の余りの多さに、彼らの死に向き合うのが辛くなった?)

少女(強盗殺人を犯すような人が?)

少女(殺人者の気持ちなんてわからないけれど)

少女「……変な人」

~四日目~

少女「本日もお掃除」

少女「積もった埃はあらかた叩き落として、椅子や装飾品、祭壇のあたりもきれいに拭きました」

老人「思っていたよりも早く進んでいるな」

少女「あと一日、ほうきで掃き出した後にモップがけすれば、見れた状態にはなりそうね」

老人「本当はワックスがけや、外壁のペンキ塗りもした方がいいんだろうが」

少女「そこまでしたら、私が死ぬまでに間に合わないじゃない」

老人「お前、本当に死にたいのか?」

少女「どういう意味?」

少女「若いまま死にたいって、昨日だか一昨日だかに言ったと思うけれど」

老人「ああ、確かに聞いた」

老人「しかし、ここに来るやつは」

老人「生きることに疲れたか、死んだ方がましな状況か、本人にしかわからない大きな絶望に飲み込まれたか」

老人「概ねいずれかに該当する」

少女「私はいずれでもないって?」

老人「そうだな。疲れてもいない。生きる手段もある。絶望もしていない」

老人「それなのに、飯を食う予定みたいに死ぬことを話す」

少女「そうね、確かにその通り」

老人「俺はそこが気に入らん」

老人「死ぬ理由がないやつは、生きるべきだ」

老人「お前は生きるべき人間だ」

少女「うーん、確かに私には死ぬ理由はないのかもしれないけれど」

少女「そうね、死ぬことは結果じゃなくて、私にとっては目的なの」

老人「目的?」

少女「目的」

老人「何かあるのか」

「なんと言いますか、死ぬこと自体が目的、みたいなところあるのよ」

少女「生きる力の強弱って、人間によって違いがあるとおもうの」

少女「力の弱い人は、強い人に押し出される」

少女「そして社会というか、生活というか、そういったものの隅っこの方にはじき出されてしまう」

老人「それでいうなら、俺もはじき出された側だな」

少女「そうかも知れない」

少女「で、私は、自分で言うのもなんだけど、強い側」

老人「そうかも知れんな」

少女「自逝権なんてものがあるから、はじき出された人たちは死という選択肢を当たり前に選ばされる」

少女「そこに、自分の意思は果たしてあるのかしら?」

老人「そりゃあるだろう」

老人「自分でこの施設にきて、最終日に自分で自逝センター行きのバスに乗るんだから」

少女「私はそうは思わない」

少女「あなたもさっき言ったでしょう。生活に疲れた人、絶望した人、死ぬしかない人」

少女「自逝権なんて逃げ道があるから、彼らはその流れに乗って死に向かってしまうの」

少女「彼らは自逝権に殺される」

老人「お前、反自逝権なのか?」

少女「いや、そこまでいうほどじゃないけど、気に食わない」

少女「だから私は死んでやるの」

少女「若いまま、美しいまま、みずみずしいまま」

少女「これは社会に対する意趣返しみたいなものなのよ」

少女「わかる?」

老人「わからん?」

少女「そうね、実のところ、私にもよくわかってない」

老人「わからんのに死ぬのか」

少女「わからんから死ぬ、あのかもしれない」

少女「まあいいわ、とにかく、理由なんてなくてもいい、私は死にたいから死ぬの」

老人「ふむ、そうか」

老人「それでも俺は、お前は生きるべきだと思うがな」

少女「まあね、人がわかり合えるなんて言うのは幻想よ」

少女「私は気を変えるつもりはない。三日後、自逝センター行きのバスに乗るわ」

老人「そうか」

老人「まあいい、今日のところは戻れ。もう晩飯の時間だ」

少女「はぁい」

老人(社会への意趣返し)

老人(そんなあやふやな理由で死ねるもんなのか)

老人(しかし、そうか)

老人(社会からはじき出された俺が、しつこく生きていたがるのも)

老人(同じようなものなのかも知れないな)

~五日目~

少女「終わりました!」

老人「おお」

老人「見違えるものだな」

老人「すっかり昔の状態に戻った」

少女「もうほったらかして埃塗れにしないでよ」

少女「ちゃんと定期的に掃除するように」

老人「なんだ、その上から目線は」

少女「上から目線というか、幽霊目線というか、祀られる側目線というか」

老人「まあいい、善処しよう」

少女「やった」

少女「しかし、困りました」

少女「明日やることがちっともないわ」

老人「知ったことか」

老人「しかし、そうだな」

老人「せっかくだから、造花も作るか」

少女「サボっていた期間の分を?」

老人「言い方は悪いがそういうことだ」

老人「合計何本必要か……明日だけで作りきれる量ではないだろうが」

老人「二人でやれば多少足しになるだろう」

少女「私、作ったことがないわ」

老人「教えるし、本も貸す」

少女「優しいのね」

少女「しかし、どうして?」

老人「なにがだ」

少女「本当に、どうしてあなた強盗殺人をしたの?」

少女「そんな人には見えないけれど」

少女「昔、とっても悪かったってこと?」

老人「別にそういうわけではない」

少女「じゃあ、何故?」

老人「…………」

少女「昨日、私は質問に答えたわ」

老人「……ちっ」

老人「殺人、傷害、強盗をした。それは本当だ」

老人「しかし強盗殺人をしたわけではない」

少女「どういうこと?」

老人「殺人と強盗傷害が別件だ」

老人「俺が殺したのは、俺の両親だ」

少女「……」

老人「簡単に言うと、俺は虐待されていてな」

老人「学校にも碌に行けず、バイトばかりをさせられていた」

老人「給料は勿論、親の酒とパチンコ代に消えていた」

老人「お決まりの不幸だ」

老人「たまりかねて両親を包丁で刺して家を飛び出した」

老人「それがたしか17の時だったかな」

老人「街に出て愕然とした。逃げようにも、何をすればいいか分からなかったんだ」

老人「それまでは両親の言うことに従っていればよかったからな」

老人「飢えて凍えて、たまたま落ちていたカッターナイフを振り回しながら銀行に飛び込んだ」

老人「何人かは切り付けたが、あっという間に押さえつけられたよ」

老人「警察に連行されている間、ずっと泣いていたのを覚えている」

老人「あれは安堵の涙だったな、少なくともこれで、自分が居るべき場所ができた、と」

少女「それは……」

老人「もう終わる。黙って聞け」

老人「刑務所は素晴らしかったよ、真面目にしてりゃあ殴られることもなかったし、飯も出た」

老人「今までがどれだけ不当だったのかを思い知ったね」

老人「出所まで十数年かかって、不老処置を受ける時期は逸したが、そんなことはどうでもよかった」

老人「俺はここからは自分の意思で生きていける。それは実に素晴らしいことだった」

老人「以上。俺が"オールド"になるに至った経緯だ」

少女「…………」

老人「だから俺は、たいした理由なく死にたがるやつは気に食わない」

少女「……それでも、私は」

老人「それでいい。俺の話を聞いて死ぬの止めましたなんて言い出したら、それこそぶん殴っているところだ」

老人「今日はもう帰れ。造花の材料は用意しといてやる」

少女「……分かった」

少女「ねえ、造花ついでに、心残りというか、お願い事がもう二つあるんだけれど」

老人「厚かましいな……俺じゃなくてカウンセラーに頼みなさい」

少女「お酒を飲んでみたい」

老人「カウンセラーに頼むなよ絶対」

少女「あと処女のまま死ぬのはちょっとなーって」

老人「部屋に帰れ」

~六日目~

老人「好きな色の布を、適当に丸く切る」

老人「少しクシャッとさせて、何枚か重ねる」

老人「中心で縫い止めて行けば、花の完成」

老人「後は緑色のワイヤーと布で茎と葉っぱを付けたし、はい完成」

少女「意外と簡単ね」

老人「色やディティールにこだわらなければな」

少女「もっとこう、バラっぽく出来ないの?」

老人「いろんな大きさの花びらを用意して茎に貼り重ねていけばできるが、キレイに作るのは結構難しいぞ」

少女「努力する」

少女「…………」

老人「…………」

少女「…………」

老人「…………」

少女「ねぇ?」

老人「なんだ」

少女「どんな思いを込めればいいの?」

老人「どういう意味だ?」

少女「なんというか、悼む気持ちとか、安らかにとか、そういうの」

少女「私、うまく込められそうにないんだけれど」

老人「ああ、俺も考えたことなかったな」

老人「無心で作れば良いんじゃないか。作ることが大事なんだよ、きっと」

老人「どうせ自己満足なんだから」

少女「どうして造花を作り始めたか、聞いてもいい?」

老人「さあ、特に深い理由はなかった気がするな」

老人「ただ、哀悼の意を示すというか、そういったポーズを取っておかないと」

老人「俺がこいつらを見捨ててしまったような気がして、なんとなく後ろめたかったのさ」

少女「なんとなくね」

老人「そう、なんとなく」

少女「人はなんとなくで行動するのね」

老人「そう、人はなんとなく生きていき、死んでいく」

少女「ねぇ」

老人「なんだ」

少女「私はやっぱり、死ぬわ」

老人「そうか」

少女「あなたが"生きるぞ"って思っているのと同じくらいの意気込みで、"死んでやるぞ"って思ってるから」

老人「そんなもん比べられんよ」

老人「でも、そうだな」

老人「俺はお前の"死ぬぞ"って意気込みよりも、はるかに強く生きていってやるよ」

老人「なにせこっちには時間があるからな」

少女「ずるいわ」

老人「ずるくはない、勝手に離脱するそっちが悪い」

老人「人生に勝利なんてものがあるとしてだな」

少女「うん」

老人「俺よりも若いやつらの死を見送りながら、俺は誰よりも長く生きてやる」

老人「そこに俺の勝利があるんだ」

少女「なるほど」

少女「勝利の形は人それぞれってことね」

老人「お前は早く死ぬこと」

少女「あなたは長く生きること」

少女「ねえ」

少女「お願いがあるのだけれど」

老人「お願いばかりだな」

少女「私が死んだらさ」

少女「私のために、とびっきりキレイな造花を作ってね」

老人「ああ」

老人「努力するよ」

少女「ふーっ」

少女「頑張ったわ」

老人「20本弱ってところか、上出来だろう」

少女「もっと作れると思ったのに」

老人「途中から葉脈のディティールに凝りだしたあの時間がなければ、もっと作れたかな」

少女「はまるわね、もっと練習しようかしら」

老人「はまるなよ」

少女「ジョークよ」

老人「お前のジョークは笑えないんだ」

老人「じゃあ、祝杯をあげるか」

少女「これは……」

老人「ビール、日本酒、酎ハイ、ウイスキー。飲みたいと言っていただろう、酒を」

少女「もっとワインとかカクテルとか、お洒落で可愛いのはないの?」

老人「本当にお前は厚かましいな」

少女「ただただ苦いわ」

老人「ビールは最初味わうな、喉越しを楽しめ」

少女「日本酒、キツイ。匂いだけで酔いそう」

老人「最近は苦手な若者も多いというからな。ほれ、ウイスキー」

少女「ゲッホゲッホ」

老人「わはは」

少女「何これ、消毒薬? ほっとんどアルコールじゃない」

老人「無理に飲もうとしなくていい、ちょっと舐めて香りを楽しむんだ」

少女「……やっぱり消毒薬」

老人「まあそうなるな」

少女「酎ハイだけが私の味方……」

老人「俺は好きじゃないがな、アルコール入りジュースだ酎ハイなんか」

少女「フラフラしてきました」

老人「そろそろ止めとけ」

少女「わっ、真っすぐ歩けない。あははは」

老人「そろそろ止めとけ」

少女「頭をメチャクチャ振ってみようかしら」

老人「止めとけ」

少女「ねえ管理人さん、ここに酔っぱらって無防備な処女がいるけど」

老人「お前じゃ勃たん」

少女「酷くないかしら?」

少女「頭がグルングルンして地面が不安定な気がする」

少女「大人はこうなるためにお酒を飲むの?」

老人「そうだな」

老人「時には現実の方が、酔っぱらった時の地面よりも不安定に感じられることがある」

老人「だから酒を飲むんだ。不安定な気分に慣れるためにな」

少女「そんなもの?」

老人「さあ、適当に言っただけだ」

少女「なんにせよ、お酒なんてそう楽しいものでもなさそうね」

老人「そうだな」

少女「さて」

少女「ありがとう、管理人さん」

老人「どういたしまして」

老人「満足したか?」

少女「それなりに」

少女「後はやっぱり……」

老人「言うなよ」

少女「言いません」

老人「本館まで送り届けた、あとは見つからんようにこっそり部屋に帰れ」

少女「努力する」

老人「それじゃ」

少女「ええ、それでは」

老人「安らかに」

少女「息災で」

~七日目~

老人(目覚める)

老人(頭が痛い。そういえば、残った酒を一人であらかた片づけたんだっけな)

老人(寝過ごしたか。いや、もともと今日は非番の日か)

老人(時間は……ちょうど、自逝センター行きのバスが来る頃)

老人(まあ、見送りはすまい)

老人(今までもそんなことをしたことはなかった)

老人(それに)

老人(別れは昨日済ませた)

老人(街に出る)

老人(久しぶりだ。人ごみの中も、人々から浴びせられる視線に耐えるのも)

老人(見た目だけは若いやつらの中で、老人は俺一人)

老人(ふん)

老人(それでも、お前らより長く生き延びてやるよ)

受付「いらっしゃいませ」

受付「当院は初めてですか?」

老人「ああ」

老人「不老処置って、美容外科で良かったのかな」

受付「あ、いえ、美容外科が全部を請け負っていたのは何十年前だか、たしかかなり昔ですね」

受付「今では不老処置は公的機関に斡旋されているので、まずは市役所に訪問いただければ」

老人「そうか、すまないね」

受付「いえ、あの、処置の内容に関してお話を伺うというか、先生と相談することはできると思いますが」

受付「失礼ですが、お客様の場合かなり特殊なケースになるので」

老人「お願いするよ」

医師「えー」

医師「分かっておられるとは思いますが、不老処置は若返りの技術ではありません」

老人「はい」

医師「今の状態から老化しなくなるだけ」

医師「あなたの場合、それでがんなどの病気のリスクが目に見えて減るわけではありませんし」

医師「20歳での定常処置とは違ってイレギュラーな処置になるので、国からの支援金もほぼ出ません。かなり高く付きます」

老人「ふむ」

医師「それでも、受けたいと考えますか?」

老人「ああ」

老人「俺はなるべく長く生きたいんだ」

老人「この社会に対する、意趣返しみたいなもんでね」

老人(施設に戻る)

老人(随分静かになった気がするな)

老人(いや、これが普通だったか)

老人(……)

老人(そうだ)

老人(この施設には、死を待つ人がいるばかりだった)

老人(慰霊堂)

老人

老人

老人

老人「さて」

老人「できた」

老人「ザクロの花をモチーフにした造花だ」

老人「花言葉は"愚かしさ"」

老人「あの世で憮然としているがいい」

老人「…………」

老人「ああ」

老人「言い忘れていた」



老人「ハッピーバースデー」



      おしまい



・慰霊堂清掃奉仕(Happy Birthday!) / Good Dog Happy Men

 https://www.youtube.com/watch?v=J5oFJspX7No

 このお話は、上記曲に着想を得て書きました。


・自逝という表現は、
 戸梶圭太「自殺自由法」から拝借いたしました。


謹んで付記致します。

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