【モバマス×蟲師】楓「継ぎ行く酒」 (38)


ソーシャルゲーム、『アイドルマスター シンデレラガールズ』と、漆原友紀の記す妖世譚『蟲師』のコラボSSです。
地の文あり、プロデューサーは出てきません。
需要のある気がしませんが、お付き合いいただければ幸いです。

簡単に舞台設定を

・ギンコとアイドルたちは同じ時代には生きていません。

・が、同じ世界ではあります。江戸と明治の間にもう一つ時代がある感じ、と
 漆原先生が世界観を言い表していますが、それが引き継がれて現代にいたり、
 シンデレラガールズの世界になっています。

以上を踏まえたうえで読んでいただけると助かります。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1502358043


地方公演の後の高垣楓の楽しみと言えば、地元の酒蔵巡りだ。

注文すれば大抵の地酒は手に入る世だが、酒は飲むものではなく、呑むもの。

酒を育てたその土地の風土と一緒に味わうのが、通な一杯というものだ。


そんな訳で、楓は帰京前に、ライブ開催地の近くにある地方の町へ来ていた。

聞きつけたところによれば、山間にあるこの町には、戦前から続く酒蔵があるとのこと。

搾りたてのお酒の試飲も出来る見学コースもあるそうで、当然とばかりに楓は参加申し込みをしていた。

アイドルなんだからせめて顔くらいは隠してくださいよ!? と言われていたが、

地酒の試飲に浮かれていた楓の耳に、届いていたかはあやしいものだ。


結局のところ、楓は酒造会社の受付に、変装もせずに現れていた。

楓「あの、すいません、試飲……酒蔵の見学の受け付けは、こちらでしょうか?」

気付いていないのか、あるいは気付いていても気付かないふりをしてくれているのか。

店員は、他の客と同じように、愛想よく迎えてくれた。

店員「はい、ご予約の高垣様ですね。お待ちしておりました。本日は他にも何組か見学の方がいらっしゃいますので、始まるまで少々お待ち下さい」

楓「はい♪」


店員「当店の酒蔵は、江戸から続く由緒正しき蔵でして、代々の杜氏が昔ながらの手法で蔵の味を守り続けております。蔵そのものも、町の文化遺産とされていまして――」

店員の解説を聞きながら、ぞろぞろと――とはいっても五、六人だが――並び建つ酒蔵の間を歩いていく。

楓「……?」

と、楓はふと、目の端を何か光るものがよぎったような気がした。


蛍か何かだろうか。それにしても、こんな昼間から?

立ち止まりあたりを見渡してみるが、それらしきものは見当たらなかったのだが――

楓は、奥にある、一際古びた蔵に目を奪われた。

見る限りは、築年数以外は特に変哲のない、他と同じ蔵のようにも見えるのだが、何故か無性に気になるのだ。


見学コースからは外れているのだろう。楓が立ち止まっているのにも気がつかず、先導された人たちはどんどん先へと進んでいく。

楓(試飲……)

少し悩んだが、ふわりと、なにかに引っ張られるように、そろりそろりと、楓はその蔵へと歩きだした。



楓「ごめんくらさーい……フフッ」


小さい声でダジャレをささやきながら、蔵の重い引き戸を開ける。

そこもやはり、周囲の蔵と同じく酒蔵で、大きな木製の樽がいくつも並んでいる。

ただ、他の蔵よりも少しばかり古く、薄暗いように思えた。


ゆっくりとあたりを見渡してみると、また、あの光がよぎったような気がした。

黄金色か、あるいは碧がかった光。

光を追うように頭を振ると、一際古い酒樽が楓の気を引いた。

その樽の口で、その光が舞い踊っているような気がしたのだ。

ここに来る前に別の蔵で見た、ステンレス製のタンクではなく、木の板を鏨で止めた、楓の身長の倍はあろうかという大きな樽だ。

ふらふらと、あるいはとことこと歩み寄って、その側面に手を触れてみる。

しっとりとした木肌の感触が手に心地よい。


「――あんた、ここでなにしてる」

上から、壮年の男性らしき声がかけられた。

仰いでみれば、樽の周りには、木の板が渡され、足場が組まれており、その上から、しかめつらの男性がこちらを見下ろしている。

楓「あ……その、すいません。見学コースから外れてしまって……」

「ああ、見学の人か、まったく……」


男は手に持っていた竿を置くと、足場から降りてくる。

男からふわりと漂う香りに、楓はふと尋ねてみた。

楓「あの、もしかして、この蔵の杜氏さんですか?」

「ん? ああ、そうだよ。ほら、コースに戻るなら案内してやっから――」


楓「この樽のお酒って、何か特別なんですか?」

その問いに、杜氏はぴくりと足を止める。

杜氏「……なんでまた、そう思うんだい」

楓「いえ、なんとなく……その、ふわーって光る何かが、この樽にまとわりついているように見えたので……」


杜氏は目をぱちくりさせ、楓を見返した。

杜氏「光った? 樽が?」

楓「ええと……樽というか、光るものがまとわりついてたというか……」

まじまじと見返してくる杜氏に、楓は慌てて手を横に振る。

楓「その、よく見ても何もないですし、気のせいだと思うんですけど……でも、なんとなくそんな気がしたので……」


杜氏は樽を見上げ、そして楓を見返した。

杜氏「……あんた、呑んでないだろうね?」

楓「試飲できなくて、しいんとしてます」

杜氏「……、……変な人だな、あんた」


ふと、その表情を緩め、杜氏は一つ頷いて。

杜氏「それなら、この樽の酒を試飲してみるかい。この樽はまだ上槽前の醪だが、少しばかり搾ってあげよう」

楓「いいんですか!?」

ぱぁぁ、と輝く楓の顔に、杜氏はあきれて苦笑していた。


転がされてきた酒樽にちょこんと腰かけて待っていると、杜氏は大きな枡とぐい呑み二つを手に戻ってきた。

ぐい飲みは年代物なのか、だいぶ古いように見受けられる。

杜氏「本当なら、滓引きってえ工程が必要なんだが、あんたは待ってられねぇだろうからな」

槽口から絞り出された酒を枡に受け、その上澄みをぐい呑みで掬い、楓へ差しだす。

杜氏「色々雑味も混じってるだろうが、正真正銘、搾りたての生酒ってやつだ、ほれ」


楓は、受け取ったぐい呑みをそっと覗きこんだ。

ぐい呑みに酌まれたその酒は、薄暗い蔵の中だというのに、黄金色に輝いて見える。

楓「まあ……」

思わず感嘆の息を漏らし、今度は口元に近付けて香りを扇ぐ。

ふわっと広がる、お米の香り。

楓「素敵な香り……くらくらしちゃいますね、蔵だけに」

にこにことしながら口に含もうとして、ふとその手が止まる。


楓「あの、そういえば……このお酒って、なんて言う銘柄なんですか?」

杜氏「ん? ああ、例の特別な酒かって話か」

面白いとは限らないが、と、杜氏は自分もぐい呑みを手にしたまま、口を開いた。


うちの蔵には、ちっとばかり奇妙な言い伝えがある。

禄助ってぇ四代前の杜氏――これが、うちの曾爺さんなんだが、その人が一度、黄金色に光り輝く美酒をつくったことがあった。

何でも、それまで誰も味わったことのない、極上の酒だったそうだ。


――極上の酒……呑んでみたいですね。

まあな。ところがその酒、売り物にならなかったのよ。

――……どうして、ですか?

そいつを飲むと、妙な酔い方をしたそうだ。

到底生き物には思えない、赤黒い毛のようなものに、緑色に光る不思議なもの。

そんなもんが、酔うと見えるようになっちまうんだと。

いくら味が良くても、幻覚が見える酒なんて言ったら、蔵にとっちゃあ良い評判にはならないからな。

その光る酒は結局、蔵の奥にしまいこまれちまったのさ。


楓「そうなんですか……もったいない……」

遠くを見つめる楓が、何か気がついたように杜氏に向き直る。

楓「それじゃあ、まだそのお酒って残ってるんですか?」

杜氏「いんや、蔵にしまいこみはしたが、その酒の噂を聞きつけて買い付けに来る連中がいたらしくてな。もともと一つの樽でしか出来なかった酒だ、全て売れちまって、残ってないのさ」


楓「なるほど、幻を魅せるほどの美味なお酒ともなれば……」

こぞって酒好きが群がったのだろう。楓もそれを知っていたら間違いなく買い付けに駆けつける口だ。

杜氏「あー、違う違う。そういう理由で売れた訳じゃない」

楓「え?」


杜氏「その連中が必要としていたのは、酒を飲むことで見えるものだったそうだ」

楓「……光って、変な形をしてるっていう? それ、幻なんですよね?」

杜氏「いいや。それらは幻覚ではなく、『蟲』というんだそうだ」

楓「虫……甲虫とか、ですか?」

杜氏「違うらしい。いや、俺も詳しい訳じゃないんだが――うちの曾爺さんの話だと、世を構成しているものの一部、だそうだ」

それ以上でも、それ以下でもないんだと、と、やはりよくわかっていない顔で杜氏は続ける。


杜氏「その蟲ってのが原因でおこる厄介な事象を解決するのに、蟲が見えるようになるその酒が、有用なんだそうだ」

楓「へえ……無視できないんですね、蟲だけに」

杜氏「……いや……」

楓「むしだけに」

杜氏「……、……うん、そうだな……」


楓「ええと……それで、その話と、このお酒と、どんな関係が?」

楓がぐい呑みを掲げると、杜氏は、ああと一つ頷いた。

杜氏「その蟲ってやつは、普通は目に見えない。だが、そいつらはうまい酒が好物なんだそうだ」

杜氏「禄助というその杜氏も、父親が造った酒を蟲に絡まれて、いつの間にか酒が減っていたなんて事もあったとか」

楓「……じゃあ、私が見た光は……」

杜氏「多分、な。なにしろ、普通は見えるもんじゃないらしいし」


ぐいっと、ぐい呑みを傾けて。

杜氏「うん、美味い」

杜氏「その光る酒じゃあないが……蟲が来るってのは、先祖代々、うまい酒を造ってきたことの証なのさ、俺たちに取っちゃあな」

それが何より誇らしいと、杜氏は笑う。


杜氏「だからこれは、祝い酒ってわけよ。蟲が連れてきたあんたにも、おすそわけだ」

楓は、手元のぐい呑みに目を落とす。

ゆらゆらと揺れる黄金色の水面。まるで、命あるように揺らめき、踊る。


楓「蟲さんって、お酒が好きなんですね」


くいっと、一口、黄金色の酒を口の中に転がせば。

酒の風味が鼻を抜け、舌の上でまろやかな後味が広がる。


楓「……美味しいです、とても」


にこりと微笑んで、目の高さで少しぐい呑みを傾ける。

ぐい呑みの縁で、ふわりと、きらりと、なにかが泳いでいるような気がした。

そんな、目に見えない相手に、杯を掲げて。


楓「ふふ、御相伴にあずかり、光栄です」

杜氏「……あんた、信じるのかい? こんな与太話……聞いた奴は大体、気味悪がるだけなんだがね」

楓「うーん……同類だから、ですかね?」

杜氏「同類?」

楓は、ぐい呑みを両手で大事に包み、にっこりと微笑む。



楓「私もお酒、大好きですから」


杜氏は一瞬あっけにとられ、そしてカカカと笑いだす。

杜氏「いや、こりゃまいった! あんた、ほんとどうしようもない人だな!」

楓「それほどでも……」

杜氏「はっはっは、ま、ほれ、もう一杯」

楓「はい、いただきます♪」


二杯目の酒を呑みほして、楓はふと、思い立つ。

楓「あの、せっかくの祝いの宴ですし、一曲歌ってもいいですか?」

蟲が連れて来てくれた、この素敵な宴に感謝をこめて。

杜氏「ん? ああ、まあ、かまわんが」

楓「ふふっ、では――」



軽やかに、穏やかに、涼やかに

楓の歌声が、蔵に流れる

その旋律に、歌声に

目に見えぬ、碧に光るものたちが舞い踊る




蔵の暗がりで、継いで注がれる酒と杯

蟲も人も、集い愛でるは宴にて





――継ぎ行く酒


おわり。

野末の宴は蟲師の話の中でも一番好きな話なのですが、クロスは難しいよなぁと思ってたら楓さんがいるのを忘れていた。

お酒好きで目が片方碧で不思議な人――うん、これしかないね。

楓さんのオッドアイは、子供の頃とかに光酒がらみで何かあったのだと妄想。

なのでちらちらと蟲が見える事があるという……細かいことは考えてない。

蟲師の時代の話が出てこないのはそういう構成なのでご勘弁を。

お楽しみいただけましたら幸いです。



HTML化依頼出してきます。


あと、読んでなくても問題ないですが、同じ世界観で前に書いた作品

【モバマス×蟲師】肇「宿る土」
【モバマス×蟲師】肇「宿る土」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434297176/)

よろしければご覧ください。


また、今度の8/13(日)、コミケ3日目、東6ホール、ナ13-aで、こんな感じのモバマス×蟲師のクロスオーバー本出すのでよろしければそちらもどうぞ。
こちらは、ほたるちゃんと文香さんが出ます。


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