【モバマス】橘ありす「待てますか」 (8)

※このSSはアイドルマスターシンデレラガールズのSSです
地の文が基本で、短め。書き溜めありです。

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「プロデューサーさん、待てますか。いいから待てるか答えてください」
そう言われたプロデューサーさんは少し困惑した表情を浮かべたけど、すぐに真面目な顔に戻って
「……君は」

目を開けると見慣れない天井、ベッドの横からタブレットのアラームがけたたましく鳴り響いている。
止めようと思って起き上がろうとすると頭が酷く痛む。そんな痛みを我慢しながらなんとかアラームを解除する。
8月1日……ああ、そうだ。昨日は私の誕生日ということでいろいろなお酒を飲んだんだっけ。
徐々に昨夜の記憶が思い出されてくる。7月31日の20歳の誕生日で仕事が終わった後、未成年用になっている第一女子寮から
成人組用になった第二女子寮へと引っ越し作業をしたこと。そのまま第二女子寮の皆が誕生日を祝ってくれたこと。
プレゼントをいろいろ貰ったり、20歳のお祝いということで楓さんとか早苗さんが作ってくれたいちごのお酒を貰って飲んでみて
おいしくてどんどん飲んで……そっから先の記憶がない。部屋で寝ているということは誰かが運んでくれたのだろうか。
「あ、ありすちゃん。起きましたか?」
ベッドの上でぼうっとしていた姿を見かけたのか、部屋の外から心配そうな声をした菜々さんがこちらを覗きこんでいた。
「あ……おはようございます。えっと……もしかして昨夜運んでもらいましたか?」
「ああ……やっぱり覚えてないですか。だから止めたんですけどね」
私が昨夜の記憶を失ってることを把握した菜々さんが、ぷりぷりした表情で一人怒っている。
8年前からほとんど変わっていない元永遠の17歳は今でも通用するんじゃないだろうかなんて思ってしまう。

私がアイドルになってからもう8年が経過している。8年の年月というのはあっという間だったように感じるがやはり長い年月。
菜々さんは3年前に引退して、そのまま第二女子寮の寮母として第二女子寮の皆の面倒を見てくれている。
担当してくれていたプロデューサーさんとはそのままお付き合いをしているらしく、たまに皆に茶化されては怒ったりしている。
元々面倒見がよかった上に必死に取り繕ってた年齢をごまかさなくてよくなったのか、更にみんなのお母さん的存在になっている。
「ありすちゃんが私たちが作ったいちごの果実酒を飲んだらおいしいですって言って凄い勢いで飲み始めちゃったんですよ」
まだダンボールとかに入れられっぱなしな私物や大量のプレゼントに囲まれた部屋に置かれたテーブルに座って菜々さんが作ってくれた朝食を食べながら昨夜のことを聞く。
なんとなくつけたテレビではニュースキャスターがいつものようにニュースを読み上げている。
政治がどうのこうの、大企業の社長が入院した、私たちが出ていない芸能ニュース、天気予報、見る価値はそんなになさそうだった。
そんなわけで私は菜々さんの話に意識を戻す。
「で、そうしたらありすちゃんが泣きながら色々話したり、絡んだりで……あの楓さんが必死に止めるレベルでした」
楓さんは今でも8年前と変わらない美貌で女優や歌手活動で活躍している。相変わらずお酒と温泉が好きで元プロデューサーや
早苗さんとかを連れては仲良く幸せそうにお酒を飲んでいるらしい。そんな楓さんが止めるレベルって……
「ある程度したら急にありすちゃんが寝ちゃったんでとりあえず私と晴ちゃんとかで運んで寝かしたんですよ」
うう……一体酔っぱらった私は何をしたんだろうか。聞くのが恐ろしくなる。
「あ、ありがとうございました。ご迷惑おかけしました」
「い、いえ。それも私の役目ですからね!」
謝罪する私に手をぶんぶん振りながら気にしないでというポーズをする菜々さん。
「あ、ところで今日の予定は大丈夫なんですか?」
「あ……」
今日はお昼からラジオの収録が控えているんだったということを思い出して慌てて準備するのであった。

「おはよう、ありす。その様子じゃ……やっぱりちょっと調子悪いみたいね」
「お、おはよう、ありす。まったく、昨日は大変だったんだぜ」
理沙と晴の2人は既にスタジオで準備していて、私が一番最後だったらしい。
「おはようございます。晴さんには昨夜お世話になったみたいでご迷惑おかけしました」
「だぁー!なんでいきなり他人行儀なんだよ!別に気にしてないって」
「相変わらず仲好さそうね、2人共。私も昨日行きたかったんだけどどうしても都合がね」
いつものように他愛もない話で緊張をほぐしながら収録の準備をする。
今日はやはり私が昨日誕生日を迎えたことを中心に話していく方向性で決まるようだ。
「しっかし私たちももう20歳かー。3人でユニット組んだり、いろいろあったわね」
「言っても理沙はまだ3か月以上先じゃん。まあいろいろあったのはわかるけどさ」
8年間、この3人でもいろんなことがあった。3人でユニットを組んで、今でも活動している。

「で、ありすが急に突っ伏して寝ちゃうから俺と寮母さんでありすの部屋に運んだんだよ」
「へえー。ありす重かったでしょ?」
「いやいや、さすがというか今でもアイドルとして歌って踊ってるだけあって軽かったよ」
「だ、だから私の話はもうそろそろやめてください!」
そんな感じでラジオで茶化したり茶化しながら収録を終えていく。
「さて、あっという間でしたがこれで今日の放送は終わりのようです」
「ちぇー、もうちょっとありすを弄りたかったんだけどなー」
「晴さん!」
「はいはい、ありすが怒り出しちゃうんで今日はここまでです。ではではー」
無事収録を終え、3人でスタジオを後にしながらいつものように昼食を食べに行く。
「この後の予定はありすはまた仕事だっけ?」
「そうですね。夕方から歌番組の収録があります。2人は」
「今日はこれで終わりだからこの後は昼3人で食べて理沙とどっかでデートかな」
「なっ!?」
こういう冗談をサラッと言えるようになった晴は強いななんて顔を真っ赤にした理沙を眺めつつ苦笑する。
ポカポカ晴を殴りながら必死に否定してる姿は昔とあまり変わらないな。
そうこうしていると目的の喫茶店に到着する。
「はいはい、2人とも着いたし入りますよ」
じゃれ合ってる2人に声を掛けながら喫茶店の戸を開く。
「いらっしゃいませ……あ、ありすちゃん。こんにちは。あと1日遅れですけどおめでとうございます」
喫茶店の中ではこの喫茶店の店長でもあり、私の憧れだった文香さんが微笑みながら立っていた。
数年前にアイドルを引退した後、担当だったプロデューサーと一緒に喫茶店を経営している。
元アイドルが経営している喫茶店ということで人気は高かったらしく、店内の落ち着いた雰囲気とは裏腹に
連日大盛況らしい。客が多い割に物静かなのは店長の文香さんのなす技なのかもしれない。
「そういえば……この前飛鳥さんが来てくれましたね。何故かちひろさんと一緒に」
飛鳥とちひろさん?珍しい組み合わせですね。
「へえ、飛鳥だけでも珍しいのにちひろさんと2人なんて面白いわね」
「飛鳥がねー。そういや最近よく1人でどこかに出かけたりしてるよな」
「ええ……2人で来店して個室を貸してほしいって言われて中で何か話してましたよ」
よくアイドルも来店するこの喫茶店は文香さんのプロデューサーの提案でアイドル用に個室を作っている。
今私たちが過ごしているのがこの個室で、ここならファンとかに見つかる心配もしなくていいので皆もよく利用している。
「文香さんは中で2人が何を話してたのかは……聞いてるわけないわよね」
「ええ……さすがに盗み聞きするのはどうかと思いまして……」
文香さんならそうだろう。とはいえちょっとその2人という珍しい組み合わせが気になる。
「っと、ありす。そろそろ時間じゃないのか?」
晴に言われてタブレットの時間を見ると、そろそろ出発しないといけない時間だった。
「あ、ごちそうさまでした。また来ます」
慌ててお代を置いて店を出発する。ここからはしばらく1人の時間だ。

「ふう……ただいま帰りました」
テレビの収録を終え、2日目の第二女子寮へと帰ってくる。
中の共有スペースでは何人かがくつろぎながらテレビを眺めたりゲームをしたりしている。
「あ、お帰りなさい。ありすちゃん、ありすちゃんにお客さんが来てますよ」
「やあ、ありす。遅くなったが誕生日おめでとう。ちょっと時間あるかい?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫ですよ、飛鳥さん」
出迎えた菜々さんの後ろでは飛鳥さんが立っていた。

「さて……どうしてボクが来たのかはわかるかい?」
2人きりで話したいという要望でまだ荷解きをしてない殺風景な部屋に案内し、早速本題に踏む込んでくる。
「もしかして、ちひろさんと2人で話していた件ですか?」
「おや、その様子じゃ文香さんから話を聞いたのかな?」
どんな話をしたのかは聞いてませんけどね。と付け加える。
「それなら話は早い……君のプロデューサー……もちろん今のじゃない、昔のプロデューサーの件だ」
今の私のプロデューサーは12歳の時に私をアイドルにしたプロデューサーではない。
あの人は……私が15歳の時に突如事務所を辞めて、行方を眩ませた。当時のことは今でも思い出そうとすると心が痛む。
行方を眩ませた直後の私は周囲のみんなが心配するレベルで落ち込んでいたらしい。
ちひろさんや今のプロデューサーの配慮で最低限の仕事以外を全てキャンセルして落ち着く時間を作ってもらったのを思い出す。
そんな時私を特に助けてくれたのは当時ユニットを組んだばかりだった理沙や晴、文香さん……そして飛鳥さんだった。
「単刀直入に言おう。君は今でも彼に会いたいと思うかい?」
……不思議な言い方だ。そんな口ぶりじゃまるで
「まるであの人の居場所を知っているみたいな言い方ですよ?」
「……結論から言おう。僕とちひろさんは彼が今何をしているのか知っている」
「ど、どうして」
「理由はいろいろあるけど、それは今はどうでもいい。一つだけ言えるのは彼は君を見捨てた訳ではないことだけだ」
「……それはどうすれば確かめられますか?」
「彼がようやく君に会えるようになった。彼はもしありすがまだ会いたいと思ってるなら会って話をしたいと言っている」
「もし……もし私がそれを拒否したら?」
「二度と僕らの前に姿を見せないと言っている。その時はボクから君へ彼の代わりに謝罪の言葉を伝えるだけだ」
……最初から答えなんて決まっていた。

そのまま近所の公園に飛鳥さんに連れ出されていた。周囲は暗く、人通りもなく静かだった。
「彼からは君が大人になるまで自分の代わりに助けてほしいと言われてたんだ」
待っている時間にあの人のことをいろいろと教えてもらっていた。
曰く、事務所を辞めざるを得なくなった後、唯一頼れそうだったのがちひろさんと飛鳥だけだったこと。
今の彼は大っぴらに動くことができなかったが、最近ようやくチャンスができたということ。
「さて……どうやら来たようだ。僕とちひろさんは離れることにしよう」
外なのにいつもと同じ緑色の事務服を着たちひろさんに連れてこられる形で後ろから現れたのは
5年前とあまり変わらない顔つき、見慣れたスーツ姿のあの人だった。

「やあ……久しぶり……」
どこか歯切れの悪い口ぶりで、5年間ずっと聞きたかった声が耳に入ってくる。
いろいろ言いたいことはあった。けどもそれらは口から出てこない。
「……座ろうか」
近くにあるベンチに2人で腰かける。少しの間沈黙が続いたかと思うと
「「えっと」」
2人で同時に話そうとしてはお互い黙るのが何度か繰り返される。
「……先に話してください。私はもう大人ですからいつまでも怒ってたりはしません」
「あはは……そうだね、橘さんももうすっかり立派になったよ。だからどうして君たちの前から姿を消したのか話そうと思う。
 簡単に言ってしまえばこの5年間、僕は自分の実の父親に捕まっていた。前に話をしたかもしれないが、僕は自分の父親を知らなかった。
 シングルマザーの息子として生きてきたし、会ってみたいと思ってたこともあったけど母親は決して話してくれなかったからね。
 ところが5年前、いきなり父親の関係者だという人が来て、父親が僕を探しているという話をしてきたんだ。
 だけどもう今更って感じもあったからその話は断った。それがよくなかったのかもしれない。
 僕の父親は大企業の会長だったらしい、母親は愛妾だったのか、僕を妊娠した後一人で姿を眩ませたらしい。
 そしてようやく僕を見つけ出したらしい。ちょうどありすや飛鳥のプロデューサーとして有名になり始めたからだろう。
 僕を見つけ出した父はなんとしても僕を後継者として探し出したかったらしい。どうやら他に子供はいなかったみたいだ。
 大企業って怖いね。最終的に脅されたんだ。事務所に圧力を掛けようとか、僕の担当アイドルを潰そうとかね」
「それって……」
「ちひろさんや社長はそんな脅しは気にするなって言ってくれた。だけど君を潰されるのは僕には無理だった。
 そして僕は5年前、突然事務所を辞めて、今まで後継者として教育されていたんだ。
 それでも隙を見て、ちひろさんと飛鳥に橘さんをお願いしたり、話を聞くことはなんとかできた。大っぴらには無理だったけどね。
 実はね……僕はもう諦めようとしたんだけど飛鳥とちひろさんが怒ったんだ。
『ありす(ちゃん)は頑張って立ち直ったのにプロデューサーは諦めるんですか!』ってね。
 だから僕も諦めずに耐え続けた。そしてようやく機会が来たんだ」
正直言って小説のような話だった。でもプロデューサーは真剣な表情だし、冗談ではないのだろう。
「僕の父親は今夜にでも亡くなる。亡くなった後は今のところ僕が社長になる方向で遺言を残しているだろう。だから……ありす、君に確かめたいことがあるんだ」
……今日出会って初めてありすと呼ばれた。
「君をトップアイドルにするという約束は守れなかった」
2人でトップアイドルを目指すという約束、それは叶わなかった。
「だけど8年前、君に待てますかと言われた時、その時にした約束はまだ間に合う」

『……君はまだ子供だ。一生懸命大人になりたがってるのはわかるけど僕ら大人からしたらまだまだ子供なんだ。
 だけど子供の時間というのは短いし、その間に得たことは凄く貴重な経験になる。そして子供の時に君の人生を決めるようなことはしたくない。
 だからありす、君の質問に約束することはできない。その代わり、君が大人になった時に、君がまだ僕のことを好きでいてくれるなら
 ……また、同じ質問をしてほしい。それまでは今の子供を一生懸命楽しんでほしい』

「ありす、待てるかな……僕は今からでも君と2人でアイドルの道を歩いていきたいと思っている」
「……ずるいですね、プロデューサーさんは。私は4年どころか8年間も待ち続けたのに」
「……大人はずるい生き物だからね」
「待ちます。私はあなたが一緒だったからアイドルになれたんですよ。だから待ってます」
「……ありがとう」


公園での一晩が過ぎ、新しい約束を胸に秘めながら今日も私はアイドルとして一日一日を過ごす。
ユニットの仲間たちや、周りのスタッフさんやファンのために。今日も頑張って行こうと思う。
そしていつかプロデューサーさんとまた2人と歩んでいくのを楽しみにしながら私は歌うんだ。
テレビではとある大企業の社長が亡くなって、その後継者が会社のNo2だった人に決まったことを放送していた。

終わり

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