大石泉は天才が嫌いだった (49)
勝手ながら諸事情で最初からやり直させて頂きます。
内容は大体同じですが、一部推敲しているので言い回しが異なることがあります。
前スレ
【モバマス】大石泉は天才が嫌いだった
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大石泉は廊下を歩いていた。
その足取りは重く、夏の気温にうんざりといった面持ちだった。
346プロダクションアイドル事業部、第6芸能課。
彼女はそこに所属しているアイドルだった。
彼女の行き先は当然、第6芸能課の事務所…
…ではなく、同じ第6芸能課に所属するアイドル、池袋晶葉の研究室だった。
346プロアイドル部門には、様々な経歴のアイドルが所属している。
元テレビアナウンサー、サイキッカー、カリスマギャル、財閥のお嬢様…。
その中でも、晶葉を含む数名は特殊だった。
アイドル以前の経歴を評価された彼女たちは、プロダクション内に専用の部屋をあてがわれ、各自研究に没頭することを許可されていた。
346プロダクションビル地下2階、「池袋研究室」と銘打たれた札のぶら下がっている扉の前で泉は溜息を吐いた。
泉は、天才が嫌いだった。
傍若無人な言動、自由奔放な振る舞い。
天才の天才たりえる所以であるのかもしれないその常識の無さを、大石泉は忌み嫌っていた。
能力の高さへの嫉妬だと誰かが言った。確かにそうかもしれない。
だがそれが彼女たち天才の非常識の免罪符にされるのは、やはり納得が行かなかった。
憂鬱な気持ちで扉をノックするが、返事は無い。
心の中で3つ数えてから、扉を引く。扉は彼女の心の重さとは裏腹に、軽薄に道を譲った。
乱雑に置かれた工具、何に使うのか分からない部品、机から溢れて床にまで広がる設計図か何かの紙束。
その中心に、池袋晶葉は座り込んでいた。
「…晶葉」
泉が声をかけると、晶葉と呼ばれた少女はそちらに振り向き、いつもの調子で「やぁ」と挨拶を交わした。
「ノックが聞こえて誰かと思えば泉か。どうした、またプロデューサーからの呼び出しか?」
「聞こえていたのなら返事くらいして。前も言ったよね?」
タメ口、呼び捨て。
このプロダクションではアイドル間での年功序列の感覚は薄く、晶葉のように誰にでもタメ口を使う者も少なくはなかった。
だがそれでも気になるのは、晶葉のことが嫌いだからか。
それとも、タメ口が気になるから晶葉を嫌いになったのか。
どちらでもいい、と心の中で吐き捨て、泉はプロデューサーが呼んでいるから来て欲しい。と簡単に伝えた。
「分かった、すぐ行こう」
傍若無人な彼女だが、プロデューサーから言われたことには存外素直だった。
拾われた恩、といったところだろうか。
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「…2人で、ユニット?」
「ああ」
「ほう、いいじゃないか」
泉が晶葉を連れて事務所に戻って来てから第6芸能課のプロデューサーから知らされたことは、今度のイベントで泉と晶葉の2人でユニットを組むといったものだった。
「異存はあるか、晶葉?」
「む、いや、特に無い。むしろ嬉しいくらいだ」
「そうか、なら頼んだぞ」
「うむ、この天才科学者、池袋晶葉に任せておけ!」
そう豪語する晶葉の隣で、泉は複雑な表情をしていた。
折角のアイドルとしての仕事、それもプロダクション全体を挙げてのドリームLIVEフェスティバルだ。嬉しく無いわけがない。
しかし、彼女は素直に喜べずにいた。
「ま、待って…!」
「ん?どうした泉、何か問題でもあるか?」
「えっと…その…」
言葉に詰まる。なんと言えばいいのか、泉本人も自分の胸の内を把握しきれずにいた。
「…いや、何でもない」
「そうか、それじゃこれで進めておくよ」
結局何も言えず、その場での話は終わりになった。
晶葉と組むのは初めてではないが、今までは他に何人かメンバーがいた。
しかしこうして2人だけで組むと言うのは泉にとって初めてで、しかもその相手が池袋晶葉というのは、正直言って最悪の展開だった。
こうして、大石泉と池袋晶葉、2人のユニットが誕生した。
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それから1週間が経った、土曜日の午後。
泉はまた廊下を歩いていた。
行き先は池袋研究所。時計の針はレッスン開始の15分前を指していた。
地下2階にあるいつもの扉をノックして、返事を待つ。
返事が無いのを確認してから、心の中で3つ数え、扉を開く。
その一連の所作は、この1週間で手馴れたものとなってしまっていた。
そしてやはり、いつものように部屋の真ん中に座り込んでいる少女の背中に声をかける。
「晶葉、レッスン」
「む、ああ、もうそんな時間か、分かった」
そんな簡単なやりとりだけを交わし、泉は扉にもたれ掛かる。
返事をしたにも関わらず、この小さな天才はすぐには立ち上がらない。 今の作業をキリの良いところまで済ませたいのだろう。 それもまた、いつものことだった。
その気持ちは泉にも理解出来る。だから、晶葉が自分から立ち上がるまでは無駄な口は挟まなかった。
「よし…さて、行こうか」
「…ちょっと遅いよ、今からじゃ遅刻するかも」
「何、急げば間に合う。待たせて悪かったな」
「…………」
2人は足早にレッスン場へと向かう。
確かに急げば間に合うが、自分は十分に時間に余裕を持って訪れたはずだ。
何故自分まで気を揉まなければならないのか、泉は心底不服だった。
エレベーターに乗り込み、3階まで昇るよう指定する。
「あぁ、泉、今日のレッスンは4階の方だぞ」
「…………」
小さく溜息を吐き、4階へのボタンを押す。
エレベーターは3階で一度止まり、4階まで昇った。
結局レッスンには間に合ったが、こんな出来事はこの1週間でもう3度目だった。
池袋晶葉は熱中する。
泉は元から知ってはいたが、殊更意識したのはユニットを組むことが知らされてからだ。
ユニットとしての初レッスンの日、晶葉はレッスン場に時間通りに来なかった。
すぐに来るだろうと高を括っていたが、結局晶葉が訪れたのはその1時間後だった。
本人は「研究に没頭していた」と言い、謝罪した。
その場はそれで収まったが、その次も、やはり時間通りには来なかった。
その時から、レッスンには泉が晶葉を迎えに行くようになった。
しかし、泉は納得しきれていなかった。
何故自分がわざわざこんなことを、と、つい考えてしまっていた。
「どうした、大石。動きが悪いぞ、体調でも悪いのか」
「…えっ…あ、いえ、大丈夫です…」
レッスン中、トレーナーから注意を受けた。
泉自身、集中できていないことは分かっていた。
そして、その理由である雑念の矛先も。
温まった身体に流れる血が、頭に上っていく感覚。
イライラしても仕方が無いと頭を振り、持参してきたスポーツドリンクを口に含む。
「池袋、もっと動きを大きくしてみろ」
「むっ…こう…かっ!」
汗を拭いながら、ステップを試行錯誤する晶葉を一瞥する。
ドリームLIVEフェスティバルまで、あと3週間。
このままで乗り切れるのかと、泉は不安を拭い去れずにいた。
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「この資料を、晶葉に?」
「ああ、頼んで良いか?」
さらに1週間後、第6芸能課の事務所にて、泉はプロデューサーから「おつかい」を頼まれていた。
「これ…今度のドリフェスの資料だよね。晶葉が今度ここに来た時でいいんじゃないの?」
「あいつ、中々ここに顔出さねぇからなぁ。俺は今から会議だし、すまんがあいつのラボまで届けてやってくれ」
「…はぁ…分かった」
深く溜息をつき、事務所を出る。
受け取ったのは、今度のドリームライブフェスティバルの資料で、泉も受け取っていた。
頼まれてしまった以上は仕方ない、と割り切ってエレベーターに乗り込んだ。
行き先は、地下2階。
エレベーターを使うと晶葉のところに行かなければならない気がして、この2週間で泉はこれが苦手になった。
いつの間にか、事務所から家に帰る時は階段を使うようになっていた。
研究室に着いた泉はいつも通り、返事が返って来ないと分かっていてもその扉をノックした。答えはやはり沈黙。
今日だけは何故かその事に苛ついて、すぐさま扉を少しだけ乱暴に開いた。
「泉か?」
「……そうだけど」
部屋の主は、いつも通り扉に背を向けて部屋の真ん中で何かを弄っている。
こちらには目もくれない。
「焦っていたようだが、何か急ぎの用事か?」
「…急ぎなんかじゃないけど、これ」
「これって?」
晶葉は、背を向けたまま聞く。
「……今度のドリフェスの資料、見れば分かるでしょ」
「そうか、その辺に適当に置いといてくれ」
晶葉は、やはり目もくれずそう答えた。
泉は、我慢の限界を迎えた。
「こっち見てよ!!」
思い切り地団駄を踏み、そう叫んだ。
晶葉は目を丸くして振り返る。
「話をする時は相手の方を見てよ!会話をしてよ!!普段から時間を気にしてよ!謝るくらいなら反省してよ!行動で表してよ!!」
廊下に響くことも気にせず、声を張り上げる。
「お、おい泉どうした…」
「どうもしてない!!私は、ずっと思ってたことを言ってるだけ!!」
冷静になるだとか、一旦落ち着くだとか、そんなことは泉の頭の中には無かった。
ただ、溢れる想いを止められなかった。
「あ、ああ、その、すまな
「謝らないでよ!!どうせ改める気もない癖に!白々しい口だけの謝罪なんて聞きたくない!!」
晶葉が何を言っても火に油を注ぐだけだった。泉の頭に身体中から血が集まり、今にも血管が破れそうなほど熱かった。
「天才だから許されるなんて思わないで!常識を持って!!時間を守るってそんなに難しい!?天才なら時計くらい読めるでしょ!?」
泉がここまで取り乱す姿を見るのは初めてで、晶葉はただ聞くことしか出来なかった。
「才能を言い訳に使わないで!努力なんてしなくていいから、凄いことなんてしなくていいから普通にしてよ!!そんなこと、誰にだって出来るでしょ!!!」
そう言って、手に持ってした資料を近くにあった机に思い切り叩きつける。
息を切らす泉に、晶葉はなんと答えればいいのかと困惑していた。
「…その、泉…
その時、秋葉の言葉を遮るように机の上からピーっと電子音がした。
そしてそれに続いて機械的な音声でメッセージが再生される。
『自爆シークエンス開始、残り15秒。…14…13…』
「えっ…?」
「なっ…!?」
2人の意識は同じ1つの物に寄せられたが、それに対する反応は全く違っていた。
メッセージの意味が分からず、晶葉のいたずらアイテム程度にしか考えていない泉。
それに反して、その機械の親である晶葉は、一瞬で身体中に冷や汗をかいていた。
「…晶葉、こんなしょうもない物作ってないで…
「逃げるぞッ!!!」
そういって今まで弄っていた鉄塊を放り投げ、泉の手を取る晶葉。
『11…10…』
「はぁ?何言って…
「いいから!!」
そう叫んで半ば引きずるように泉を引っ張り、晶葉は部屋から飛び出した。
「マズイマズイマズイ…まさか失くしたと思ってたあのスイッチがあんなところにあったとは…!」
部屋を飛び出し、とにかく部屋から離れるように走る2人。
「ねぇ何言って…。………まさかあれって本物!?」
「ああそうだ!3日前に起動スイッチがどっかいったと思ってたら、書類の山に埋もれてたとは!」
「バカじゃないの!?何でそんな物作ったの!!」
突然の状況に混乱する泉の当然の質問に対して、天才、池袋晶葉は。
「…ッだって秘密の研究所っぽくてカッコいいだろう!!」
予想外の返答に一瞬言葉を失った泉。コイツは天才かも知れないがバカだ。絶対にバカだ。 そう思った。
廊下の突き当たりを崩れるように曲がり、泉が取り敢えず思いつく限りの罵詈雑言を晶葉に投げつけようとした瞬間。
346プロダクションビル7階、会議室で上司のありがたいお言葉を頂戴していた第6芸能課プロデューサーの携帯が鳴った。
「…失礼…はい、もしもし…」
「……は?池袋研究所が爆発した?」
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「やってくれたな」
不機嫌そうにわざとらしく頭を抱えてみせたのは、346プロアイドル事業部統括重役の1人、美城と名乗る妙齢の女性だった。
「申し訳ありませんでした、専務」
「私も混乱しているよ、これは何の冗談だ?我が社のアイドルにテロリスト志望がいたとはな」
池袋研究所爆発事件から5日後。
346プロダクションビル7階、美城専務のオフィスで第6芸能課プロデューサーは必死に頭を下げていた。
「二度とこの様な事態は引き起こさぬよう、細心の注意を…」
「こんな珍事が何度も起こってたまるか。…もういい、結果的に被害もあの一部屋の内装が吹き飛んだだけ、ビルの根幹部分にも影響は無いことは入念な検査の結果として出ている」
「…御迷惑をお掛けしました」
「自分のところのアイドルの手綱くらいはしっかりと握っておけ。…下がってよろしい」
「失礼します」
プロデューサーが部屋から出ると、2人のアイドルが待ち構えていた。
「おう、出迎えかボンバーマン」
「ウーマンだ」
「そういう問題じゃないでしょ」
池袋晶葉と、大石泉。
泉はもちろんだが、晶葉までもが珍しくばつの悪そうな顔をしていた。
「その…P、今回のことは…」
言いづらそうにまごつく晶葉に対して
「取り敢えず、話は事務所で。な?」
プロデューサーはそれだけ言って、2人の横をすり抜けて第6芸能課事務所へと歩き出した。
それを追って2人も歩き出す。
移動中、2人にとっては嫌な沈黙が続いた。
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「…と、言うわけでドアが吹き飛んで部屋の中身が消し飛んだだけだから安心しろ」
「安心って…」
第6芸能課事務所で、2人は件の事故の損害についてプロデューサーから伝えられた。
「とはいってもまぁ、損害は損害だ。責任は取ってもらうことになる」
「……まぁ、当然だろうな」
いつもより低い声で池袋晶葉は言う。
傍若無人ではあるが、無責任な人間でないことは大石泉は理解していた。きっと晶葉は責任を背負い切るだろうし、もちろん泉自身もその覚悟は出来ていた。
しかし。
「池袋晶葉、2ヶ月間の減給だ。以上。」
彼女たちのプロデューサーは、いつもの軽い調子でそう言った。
「減給…だけか?しかもたったの2ヶ月!?」
「ああ、それだけだ。それと、以前の部屋の詳しい検査と内装の修繕が終わるまでは中庭のプレハブをお前の好きに使っていいらしい、作業はそこでやってくれ」
「…あ、ああ…」
晶葉は拍子抜けしたような、複雑な表情で伝えられた罰を受け入れた。
「…その、私は?」
「ん?いや、泉は特には何も無いぞ」
「…え…?」
「…?」
「な、何で!?顛末は伝えたよね?爆破したのは私なんだよ!?なのに…」
「故意じゃなかったんだろ、だったら自爆機構なんて作ってた晶葉が責任取るのが筋だってさ」
「でも…!」
不服そうな泉を見て、プロデューサーはソファから立ち上がり備え付けのポッドでインスタントのココアを淹れ始めた。
「…晶葉、ちょっと部屋の外で待っててくれ」
「…む…あ、ああ…」
プロデューサーにそう言われ、晶葉は素直に事務所から出て行った。
座っている泉にココアを渡し、プロデューサー自身もテーブルを挟んで対面のソファに腰掛ける。
「…何で晶葉を?」
「まぁ、わざわざ聞かせる話でも無いからな」
「だからって追い出すなんて
「泉、お前天才嫌いだろ」
遮るように放たれたその一言で、大石泉は言葉に詰まった。
目が泳ぎ、動揺が隠せないその姿は、明確な返事こそしないまま肯定を示していた。
「…その割には、晶葉を庇うんだな」
「…だ、だってそれは…!」
「それは?」
「…それ、は……」
確かに泉は天才が嫌いだ。今回の事件は泉がスイッチを押したとはいえ、そんなものを用意した晶葉が悪いという会社側の考え側も筋は通っている。
では何故自分は晶葉を庇ったのか。
泉は考える。
同じ事務所の仲間だから。同じユニットだから。晶葉を怒鳴ったことを負い目に思っているから。
ありきたりな理由はいくつか思いついたが、どれもしっくりとはこなかった。
「……………」
「泉」
黙り込む泉に、プロデューサーは先ほどより幾分か優しく声を掛ける。
「晶葉と上手くいってないと思ってるみたいだが、それは何でだと思う?」
「……それは、私が晶葉のことを…」
嫌い、だから?
だったらどうすればいいのだろう、妥協して表面上は仲良く取り繕うか、互いに分かり合うまで徹底的にぶつかり合うか。
答えが得られず、泉は頭を抱えた。
「……天才って何だと思う?」
「…………分かんない」
「晶葉は天才だと思うか?」
「……それは、うん」
「…どうしてそう思う?」
「…………」
禅問答のようだ、と泉は思った。
このやり取りの先に何があるのか、プロデューサーは何を伝えたいのかがさっぱり分からず、泉は思わずソファから立ち上がった。
「今日はレッスンもない、帰ってゆっくり休むといい」
「……うん、ごめんね、P」
「こっちこそ意地の悪い言い方ばっかりして悪かったな」
適当に帰り支度を整え、泉は自分自身に振り回されるように第6芸能課事務所を出た。
「………む」
「……………」
扉のすぐ外で壁にもたれかかっていた晶葉と目があったが、泉は何も言わず目を逸らしてしまった。
「…………?」
「晶葉、待たせて悪かったな」
泉の珍しく不安定な様子に首をかしげる晶葉を、部屋の中からプロデューサーが声をかける。
「別に構わないが…まだ何かあるのか?」
「ああ…泉についてなんだが」
ビルの廊下を歩きながら、大石泉は考える。
さっきの問答の真意を。
天才、才能、晶葉、好意。
しかしいくら考えてもやはり納得できる答えは出ない。
考えることに意識を向け過ぎていた泉は、曲がり角で対面からの人影に反応出来なかった。
ぶつかり、尻餅を付く。
「あっ、す、すみません!大丈夫で…す、か…」
咄嗟に謝罪の言葉を口にしながら、目の前にいるであろう相手をここで初めて認識し、泉は言葉に詰まる。
廊下の曲がり角でぶつかり、転けた泉に手を差し伸べている彼女は。
「や~ごめんね?そっちこそ大丈夫?」
一ノ瀬志希。
アメリカからの帰国子女であり、このプロダクションの『特例』の1人。
自身の研究室を与えられた、正真正銘の天才だった。
「にゃはは♪」
緋色の髪を揺らし、目を細めていたずらっぽく彼女は笑った。
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「いや~ありがとね~、わざわざ運ぶの手伝ってもらって」
「いえ、そんな…」
廊下でぶつかった時に志希が持っていた大量の書類を運ぶのを手伝うと進言した泉は、志希の研究室がある地下2階に来ていた。
「…………」
「まさかまたすぐにこんな所に来るとは、って感じ?」
「えっ…あ、えっと…何で…?」
「そりゃ知ってるよ。ちょっとした騒ぎになってたし、何より爆発音は志希ちゃんも聞いてたからね~」
何故私が地下を嫌がっていることを知っているのか、と聞いたつもりだったが、欲しい答えは帰って来なかった。
「…あの、志希さん。少しだけ、お話を聞いていただけませんか」
「にゃはは…もちろん♪」
掴み所のない笑顔は、全てを見透かされているようだ、と泉は感じた。
「ふむふむ…なるほど、晶葉ちゃんと上手くいかない、ねぇ…」
「もう時間がないんです、あと1週間と少しでドリフェスが始まっちゃう…それまでに、何とかしなきゃ…」
「…何とか、ね」
泉を迎え入れた研究室の端で、コーヒーをすすりながら志希は目を細める。
「…あの、今の話に何かおかしな点がありましたか?」
「うーん…言っていいものか…。でもその前に、そっちのプロデューサーはなんて?」
「こっちのプロデューサー…ですか?」
思い出すのは、先ほどの問答。
プロデューサーからの質問に、泉には何一つ答えられなかった。
そのことを素直に話せば、きっと目の前の天才はまた簡単に答えを導き出してしまうのだろう。だが、素直に聞く気にはなれなかった。
代わりに、泉は前から聞きたかったことを訊ねた。
「志希さん…天才って呼ばれるのって、どんな気分、ですか?」
きっとこんな質問、本人は飽きるほどされてきたのだろう。
辟易させてしまうかもしれないが、それでも泉は聞きたかった。
その答えで、自分は何を知りたいのかを、知りたかった。
わざとらしく考えるようなフリをしてから、目の前の天才は軽く答えた。
「う~ん、別に?」
「…別に、って…」
「や、だって志希ちゃん生まれた時からずっとそう言われてきたから今更そんなこと言われても。泉ちゃんだって『キミ女の子だねぇ!』なんて言われても、ハイそうですね以外の感想湧かないでしょ?」
「…それは……まぁ…」
「そういうことなんだよね~、だから志希ちゃん的にはあんまり興味無いかな~って」
「……そう…ですか…」
大石泉は肩を落とした。
志希の答えに嘘偽りはないのだろう。しかしその回答はあまりにも淡白で、何の材料にもなり得なかった。
そんな泉を見て、志希は再び口を開いた。
「…でもね、1つだけ、いっつも不思議に思うことはあるんだ」
「…?」
「不思議に思う…?」
「うん、『何でこの人は、私をトクベツにしたがるんだろう』って」
「…トクベツに…したがる?」
「そうなの。皆ね、志希ちゃんのことを宇宙人を見るみたいな眼で見てくるんだよね~」
「……それは…」
泉は最初、皮肉を言われているのかと思った。志希の言っていることに、あまりにも心当たりがありすぎて。
しかし、いつもの不敵な笑顔の奥に、どこか寂しさを感じさせる声色で志希は続ける。
「私は、自分のことは特別だなんて思ってなかったんだ。なのに気付いたら私は周りの人たちによって『天才』にされちゃってた」
「志希さん…」
「寂しかったけど、すぐ慣れちゃった。ほら、志希ちゃん天才らしいから作りたいものは何でも作れちゃうしね~」
志希は誤魔化すように笑った。
誤魔化すように笑っていることが、泉にも理解出来てしまった。
「でもね、今は寂しくもないんだ」
志希はコーヒーをまた一口啜る。
「今は、っていうのは…」
「うん、アイドルになってから。何でだと思う?」
「……トクベツじゃ、無くなった?」
泉の答えは、志希の欲しかった正解だったようで、天才はさっきより少しだけ楽しそうに笑った。
「うん、私を不思議な眼で見る人がいたんだ。最初はそれが何か分からなかったんだけど、今思うとあれが『1人の女の子を見る眼』だったんだね」
「…それって、第1芸能課の…」
「うん、私の、プロデューサー」
手元を見ながらゆっくりと語る志希を見て、泉は少しだけ驚いた。
あの一ノ瀬志希が、いつもどこか深くで人を踏み入らせないような不敵な笑顔の彼女が、まるで年相応のただの女の子のように笑っていた。
「…それで、アイドルになったんですか?」
「うん、昔の志希ちゃんじゃ信じられなかったかも。まさかアイドルになって、フレちゃん達みたいなお友達も出来るなんて」
「フレちゃん…宮本フレデリカ、さん」
宮本フレデリカ。
志希と同じ第1芸能課のアイドルで、フランス人と日本人の間に生まれたハーフ。
プロダクション内でもかなりのおちゃらけ者で、その独特な雰囲気は自然と人を笑顔にさせる、とにかく明るい自由人だった。
「うん、そうだよ~…お、噂をすれば」
「?」
スンスンと鼻を鳴らしながら志希は何かを察する。泉は何も感じなかったが、その数秒後に勢いよく開かれた扉の向こうの人物から全てを察した。
「地底人の皆さんしるぶぷれ~♪レッスンの時間お知らせデリカだよ~!」
底抜けの笑顔で部屋に飛び込んできたのは、件の宮本フレデリカだった。
「フレちゃん今日もお迎えありがと~♪」
「志希ちゃん今日も研究おつデリカ~♪」
「「イェイ!」」
パン!と、志希とフレデリカはハイタッチを交わす。
「おや?今日はゲストがいたんだね!」
「ど、どうも…大石泉です」
「ああ~、爆弾魔の!」
間違いではないが、やはりその認識なのか、と泉は心の中で苦笑した。
「…その、フレデリカさんはいつも志希さんをお迎えに?」
「そうだよー?」
「…面倒だったり、しないんですか?」
「う~ん…いや?だって志希ちゃんに会いたいし!」
「フレちゃ~ん♪」
「志希ちゃ~ん♪」
ひし、と、今度は抱き合う2人。
泉は無邪気に笑い合う2人を見て、この場にいない自分のユニットの相方を思い浮かべていた。
自分も、こんな風に笑い合えるだろうか、と。
「泉ちゃん、それじゃ私レッスンに向かうね~」
「あっ、はい、コーヒーありがとうございました!」
「志希ちゃん、何のお話してたの?」
「にゃはは、フレちゃん相手と言えどもこればっかりは言えませんにゃ~♪」
「そ、そんな…フレちゃんとは遊びだったのね…よよよ…」
2人の寸劇めいたやりとりを見て、泉は自然と笑顔になった。
地下から昇るエレベーターに3人で一緒に乗り、泉は2人より先に1階でエレベーターから降りた。
「志希さん、フレデリカさん、レッスン頑張ってください」
「うん!フレちゃん今日も頑張ってくるよ~♪」
フレデリカと泉と話すことさえほとんど初めてだったが、研究室前からここに来るまでで既に少し打ち解けていた。
「泉ちゃん」
エレベーターの扉が閉まる間際、志希が泉に声をかける。
「はい」
「出来れば、晶葉ちゃんを『天才』にはしないで欲しいな。…せめて、泉ちゃんだけでも」
「……それって…」
答える前に、エレベーターは閉じ、動き出してしまった。
それでも泉はその場から動かずに俯いていた。
少しして、泉は顔を上げる。
もう聞こえるはずもないが、志希に向けて。そして自分に向けて、小さな声で呟いた。
「うん。そうね…私が、晶葉のパートナーだもんね!」
答えは得た。
エレベーターに背を向け歩き出す。足取りは軽かった。
2日後、レッスン開始15分前。
泉は346プロダクション敷地の端にちょこんと存在するプレハブ小屋に来ていた。
今までの空調の効いた地下から一転、うだるような暑さを真っ向から受け止めているこの建物は、泉には蜃気楼で歪んで見えた。
倉庫の様な鉄製の扉を少し強めにノックする。
どうせ返事は…
「どうぞー!」
…珍しいものだ、台風でも来るのだろうか、と泉は思った。
まさかあの晶葉から返事が来るとは思ってなかった。
まぁいい、部屋主の許可も出た。それなら遠慮なく、と泉が扉を開こうとすると、勝手に扉は開いた。
開けたのは、扉の向こう側のトーレニングウェアを着た池袋晶葉だった。
「やはり泉か!さぁ、レッスンに向かおうか!」
暑さで頭でもやられたのだろうか、それとも、自分の頭がおかしくなって幻でも見ているのだろうか。
泉は目の前の光景が信じられなかった。
「…頭大丈夫?」
「は?」
閑話休題。
「というか汗だくじゃない。自主レッスンでもしてたの?」
「いや、いつも通りの作業だが…なにぶん暑くてな」
確かに扉の向こうからは今もむせ返るような暑さが湧き出ている。
「空調は?」
「ない」
「扇風機は?」
「そんなものに割ける電力はない」
「…団扇は?」
「手が足りんな。そうだ、今度団扇を仰ぐマシンでも作るか」
「…それが扇風機でしょ」
「そういえばそうだな、ははは」
「何が面白いの…」
軽口を言い合いながら、2人でレッスン場へ向かう。
いつものやりとりと何ら変わりなかったが、今日は少しだけ泉の心は軽かった。
「それにしても晶葉が時間通りとは珍しいね、あの小屋、そんなに嫌だった?」
「…何、その、なんだ」
歯切れの悪い言い方で、晶葉は答える。
「まぁ…私も反省している、ということだ。すまなかったな」
モゴモゴとそう呟く晶葉を見て、泉は昨日の志希の言葉を思い出していた。
(あぁ、なるほど…。)
泉はこれまで、池袋晶葉は天才だと思っていた。
しかし、目の前にいたのは、本当はただの14歳の少女だったのだ。
「…こっちこそ、ごめんね」
「む、何がだ?」
「私ね、晶葉のこと好きじゃなかった」
「!」
晶葉は反省し、謝罪した。
なら、自分だけ隠すのはフェアじゃないと泉は思った。
「時間を守らないところとか、自分勝手なところとか、変なものばっかり作るところとか」
「…………」
「…そういう目立つところばっかり粗探しして、嫌いになろうとしてた」
「嫌いに…なろうとした?」
「うん、私ね、天才が嫌いなんだ。天才は、いつも凄いことをして、『普通』を壊しちゃうから」
「…それは、悪いことなのか?」
「うーん…今考えると、どうなんだろう。…でもね、志希さんに聞いて、『天才』ってなんだろうって思って」
「…私は天才じゃなかった、とでも?」
「そういうとバカにしてるみたいになっちゃうけど…というより、私は晶葉を『天才』って枠に勝手に入れて、晶葉本人を見ようとしてなかったんだ」
「…………」
「だから…ごめんなさい」
そう言って、泉は頭を下げた。
一晩考えて、泉が得た答えはこれだった。
天才と呼ばれるだけの才能の持ち主は、確かに存在する。
だけど、その人物は天才である前に、1人の人間なのだ。
「…驚いたな」
晶葉は目を丸くして言う。
「うん、隠してて、ごめん」
「いや、そのこと自体ではなくて」
「えっ…?」
晶葉は、自分が嫌われかけていたということなどさしたる問題ではないと言わんばかりに言葉を続けた。
「まさか、本当にプロデューサーの言っていた通りだったとは…」
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「全部、あらかじめ聞いてた!?」
泉には、にわかに信じられなかった。
『泉は晶葉を嫌いなつもりでいる』
『しかし、本人は気付いていないが晶葉自体が嫌いなわけではない』
『だから、ドリフェスまでに自分で気付いてくれると助かるが、そうでなかった場合はフォローするから安心していい』
晶葉は、減給を告げられた日、泉が事務所を出た後にプロデューサーからそう聞かされていた。
「な…なな…!」
「私も半信半疑だったが…いやはやまるで予言者だな」
泉自身も気付いていなかったことをプロデューサーはずっと前から知っていたのだ。
泉は悔しさやら恥ずかしさやらで顔が熱くなるのを感じていた。
「しかしそこまで分かってたなら教えてくれればよかったものをな」
「………いや、プロデューサーなりに考えて敢えてそうしてくれたんだと思う。…多分、自分で気付かないといけなかったことだから」
泉は上がった肩の力を抜きながら小さく溜息を吐いた。
「なるほど、確かに答えだけ教えられても納得出来るかどうかは別の話だからな」
「…晶葉にも分からなかったことってあるの?」
「…?当然だろう。私はまだ14歳だぞ」
普段から『私は天才科学者だ!』と豪語する晶葉のセリフとは思えなず、泉は目を丸くした。
「分からないといえば、今も1つ疑問があるぞ」
「え、何?」
「泉も天才なのに、天才が嫌いだったのか?」
「え?いや、私は違うでしょ」
「誰がそう決めたんだ?」
「誰…って…」
思い出すのは、志希の言葉。
「…私、天才なのかな?」
「ああ、というか私は今回そういう繋がりでユニット組むことになったのかと思ってたんだが」
「……あ、そういうことだったの!?」
「知らんよ、プロデューサーに聞いてみるといい」
うだる夏空の下、響く2人の声は明るかった。
それはそれとして、晶葉が時間前に来た事に今日のレッスンの担当だったルーキートレーナーが涙を流して喜んだお陰で、開始時間は結局いつもと同じになってしまった。
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1週間後、346プロダクションアイドル部門全体を挙げての一大プロジェクト、ドリームLIVEフェスが開催された。
346プロアイドル部門には、様々な経歴のアイドルが所属している。
元テレビアナウンサー、サイキッカー、カリスマギャル、財閥のお嬢様…。
その中でも、池袋晶葉を含む数名は特殊だった。
彼女たちは天才と呼ばれ、周囲の人から特別だと言われてきた。
それでも、ここでは1人の女の子、1人のアイドルだった。
「天才と組めるのは、やはり才ある者という事だな!」
「これ、褒められてるのかな、まぁそれじゃ、始めようか」
こうして、IZUMI feat.AKIHAの夏は始まった。
以上です。
間が空いたりスレが変わったりしてしまってすみません。
ありがとうございました。
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