※初投稿。実験的作品。
※名前付きキャラ注意
西暦2188年
西陽経済特別市―
管理局員<<目標は栄街区久大路B-2区画を南東方向に逃走中。至急応援要請、送レ>>
管理局員<<S2-27、目標には即時『終了』命令が出ています。速やかに任務を遂行されたし。送レ>>
管理局員<<S2-27了解、猟犬ハウントドッグ-1、BM-3使用許可済み。送レ>>
管理局員<<猟犬-1、BM-3使用許可了解。目標発見次第、速やかに『終了』する。終リ>>
スラム街
少女「ハアッ…、ハアッ…!、…ハアッ、ハア…」
青年「大丈夫か?無理しないほうがいい。」
少女「ハァ…ハァ…、平気、このくらい…。捕まったら、『終了』されちゃうから…わたしも、あなたも…」
青年「君まで巻き込むことはなかった。僕だけなら逃げることができたのに。」
少女「それ…、本気で言ってる? あなただけを置いて逃げるなんて、今更できっこない。」
青年「どこへ逃げる?この街の危機管理レベルは5分前にレッドに引き上げられた。外部への入出場は完全に監視され、規制されている。」
少女「…」
少女「あなたの力ならできると思うわ。あのゲートを…あの壁を越えられるかもしれない。どうせ『終了』されるのなら…たとえ分の悪い賭けでも、少しでも可能性があるのなら、それに賭けたい。」
青年「やってみよう。できる限り君を助ける。こうなったのは僕のせいだから…」
青年「待って。誰か来る。管理局員でも公安局員でもないみたいだけど、見つかれば危険。」
少女「こっちへ!」
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男1「今日はやたらマッポの数が多いじゃねえか。なんだってまた。」
男2「どっかのバカが誰かを殺っちまったんだとさ。ソイツがこの区画に逃げ込んだんだってニュースでやってたぜ。おかげでこっちは商売あがったりだ。こう管理だの公安だのにうろうろされるんじゃ、客なんか寄り付きゃしねぇ。みんな家の奥に引っ込んじまうぜ。」
男3「今時何を理由に難癖つけてしょっ引かれるかわかったもんじゃねえしな。ここらでローラーかけるついで、売人だの違法業者だの、不法就労者だのの摘発も兼ねてるんだろ。」
男2「なんでも、殺しをやらかしたのは最新のAI載っけたアンドロイドだって話らしいぜ。」
男1「アンドロイドが殺人を?管理や公安、軍でもないかぎり、アンドロイドは人を殺さないって話じゃなかったか?」
男3「民用では国内で3例目だそうだ。たちの悪いウイルスとかかもしれねえな。機械も自分でモノ考えてヒトに殺意を抱くような時代か。ヤダねェ」
男1「お前は真っ先に恨まれそうだな。解体屋。」
男2「縁起でもねぇ、ただのAI抜いた廃品回収屋だぜ。逆恨みもいいとこだ。勘弁してくれよ…」
青年「行ったみたいだ。」
少女「…。」
青年「…。行こう、追手が近づいてきている。」
青年「ここから江街区のほうを抜けて、浙北路を西に700m。その先に華流鋼業の工業用排水口がある。その950m先には旧海門区の工場跡に繋がっている。ここは開発途中で廃棄された区画で、「壁」のすぐ近くだ。そこまでいけば、追手を撒ける。」
少女「空気の悪そうなところね。この街はどこも汚いけど。しかも工業廃水路の中を抜けるなんて、カドミウムのプールの中を泳ぐようなものだわ。」
青年「管理局と公安局の追手を抜くにはそこへ出るしかない。」
少女「うへぇ…」
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公安局員<<発見!目標発見!>>
青年「しまった!」
少女「予想よりも早い!?」
<<管理条項第233条により、即時終了命令が下されている。送レ>>
<<「ゲート」へ近づけるな、送レ>>
青年(後方50m…。追いつかれる!)
少女「ヤン、逃げて!あなただけでも逃げてッ!」
青年「それはできない!」
少女「でもッ、このままじゃ!」
<<目標が「ゲート」に接近中>>
<<まずい!捕えろ!>>
<<撃て!撃て!>>
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「マイ…マイ…」
誰…?パパ…?
「マイ…起きて、マイ。」
違う、だってパパは…
青年ヤン「マイ!しっかりして。」
少女マイ「…ヤン。」
ヤン「マイ、目を覚ましたか」
マイ「うん。」
ヤン(身体機能に異常はないみたいだ。よかった。)
マイ「確か、私達『局員』に追われてて…旧南門区の『壁』で見つかって…それでその後…どうなったんだっけ」
ヤン「自分もそこまでは記憶しているけど、その後のメモリーが全くない。一時的に機能停止状態になっていたらしい。」
マイ「…?、ここは一体どこかしら…? 空が高いわ。周りに何の建物も見当たらない…」
ヤン「周りに生えているこの植物…イネ科の植物に見えるけど、僕のデータベースではわからない。ススキみたいだ」
マイ「イネカだかススキだか知らないけど、とにかく街の中にも外にもこんなだだ広い草原のある区域があるなんて聞いたことないわ。バーチャル空間かしら?」
ヤン「それはない。GPSデータがダウンロードできない。メインサーバへの接続もできない。電波が完全に届いてないみたいだ。」
マイ「そんな…!?電波遮断区画でもないかぎり、そんな場所はないはずよ。今時ヒマラヤ山脈のど真ん中だろうがサハラ砂漠のど真ん中だろうが、この地球上で電波が届かない場所はほとんど存在しないはずだけど。」
ヤン「でも事実だ。信じられないことだけど、地磁気座標データすらエラーを起こしている。僕らは今どこにいるかがわからない。現在地点を判断できる情報が全くインストールできない状態にある。」
マイ「地磁気座標までダウンロードできないなんて、馬鹿げているわ…。地球外にでも出ない限りそんなことはありえないはず。軌道エレベータや宇宙空港まで逃げてきた覚えはないんだけど。」
ヤン「仮説はいくつかある。」
マイ「?」
ヤン「一つは僕らが「気絶」している間、何者かが僕らを地球外まで運んできた説。そんなことをする理由は不明だし、ここまで大気組成や風景が地球に酷似した惑星は、僕のメモリーには存在しないけど。」
マイ「私だって聞いたことないわ。人類は月のテラフォーミングで精一杯だし、有人宇宙航行はどんなにがんばっても現段階では火星の近くまで行って帰ってくるのがせいぜいなのに。」
ヤン「あるいは、この世界は僕の疑似記憶から構成された、あるいは君の深層心理が見せている幻覚という説」
マイ「夢を見ているだけかもしれないってこと?さっきまで『局員』から命からがら逃げまわっていたのに、ここにきてのんきに寝ているだけですって?さっきよりはありえなくはないけど」
ヤン「あと…もう一つ。」
ヤン「この世界は多世界解釈に基づく別時間軸平行世界線上に位置する座標であるという説」
マイ「…突飛な説ね。」
ヤン「この説が僕の中では一番有力。」
マイ「現代科学技術の結晶であるあなたがそんなオカルトじみた説を主張するなんてね。」
ヤン「でも実際、ここまで空気中に不純物や有害物質が含まれていない区域は、シェルター施設内、スペースコロニー、月面テラフォーミング施設以外では存在しない。僕らが今までいた世界とは全くの別と考えるのが最も妥当。」
マイ「確かに…空気が澄み渡っている感じがするわ。こんなの初めて…マスクなしで呼吸しているのに、喉も肺も息苦しくならないわ。臭いも全くしない…?」
ヤン「臭いといえば…途中で廃棄区画を抜けてきたから、マイ。君の体、少しくさ…」
メキィ!
マイ「私の体がなんですって?」ギリギリギリギリ
ヤン「マイ、それ以上いけない。右肩関節部の損傷の危険がある。折れる。直ちに離してほしい。」ギリギリギリギリ
マイ「ヤン、あなたほど優秀な人工知能なら学習できるはずよ。女性にはデリカシーを持って接しなければならない。さもなくば、たとえ感情を介さないアンドロイドであっても破壊され、破棄され、『終了』されても文句は言えない。オーケー?」ギリギリギリギリ
ヤン「理解した。学習した。データをインプットした。関節部の想定耐圧限界値を超える。破壊されると機能しなくなる。マイ、やめてほしい。やめて」ギリギリギリ
マイ「ったく、もう…」
ヤン「(自己診断プログラム起動。右腕部、および右関節部の損傷を確認、機能正常。少し危なかった。)マイ、気分を害したなら謝る。すまない。」
マイ「もーいいわよ。もしかしたらここが『終了された後の世界』ってやつなのかもしれないしね」
ヤン(『終了』…『終了』か。マイも自分も、あの時点で、あの街において『終了』されるべき対象だった。)
ヤン(いや、もしかしたら自分たちはすでに…。しかし、そうだとすると、マイはともかく僕が『ここ』に存在する理由が不明だ。)
ヤン(形而上学的世界において僕が…「人工知能YN-2552XA」が自立思考をもって存在するこの事象…理解不能。)
ヤン(現状の状況から推察するに、AIに霊的概念が存在していた可能性を有意に棄却できない。)「…ねぇ」
ヤン(だとすると…)
マイ「ねぇってば!」
ヤン「!、どうした?」
マイ「何フリーズしてんのよ、想定外の状況なのはわかるけどさ。」
ヤン「…いや、何でもない」
マイ「それで、どうするの?」
ヤン「とにかく付近を探索してみよう。周囲には人影は見当たらないけど、ここでじっとしてても打開策は見つからなさそうだ。」
マイ「わかったわ。まずはあっちの方にいってみる?」
ヤン「そうしよう。」
マイ「それにしても――きれいな景色。」
ヤン「きれい?」
マイ「うん。まるで教科プログラムの中にでてくる歴史映像みたい。あれは日の出っていうのよね?太陽が東から昇るアレでしょ?生で見たのは初めてだわ」
ヤン「僕のデータベースの中には旧時代のアーカイブ映像記録も残ってる。それと照らし合わせると、確かにこれは日の出だ。」
マイ「空って本当にこんな青い色をしていたのね。知識では知っていたけど、知らなかったわ。 昔の人がやたら映像記録を残したがったのもわかる。こんな美しい風景だもの。残しておきたくもなる。けれど、この肌を冷やす風の感覚や、強烈な光のまぶしさ…あれは鳥類の鳴き声かしら?この音も…何もかも記録することはできなかったみたいね。 本当に美しいわ。」
ヤン「美しい…。これが美しいという感覚…?僕にはよくわからないけど、そうだな。この風景は、分類不明な心理衝動をもたらすものだと判断できる」
マイ「…」
ヤン「…うん、きれいだ。これはきれいなものだ。僕にはそう判断できるよ。」
マイ「ふふ。」
ーーーーーーー
マイ「ヤン、これを見て。識別できる?」
ヤン「『これより3ミール先、ベルケ村』と書いてあるな」
マイ「ベルケ村・・・聞いたことないわね。というより、西陽特区の近くに村なんて自治体は存在しないけど」
ヤン「僕のデータベースにもない。」
マイ「あなたのデータベース、この先あまりアテにならなさそうね。」
ヤン「そんなことは…ないはずだ。」
マイ「行きましょう。3ミールというのがどのくらいの長さかはわからないけど、こんな立札があるってことはそれほど遠くはないはずだわ。」
マイ「何か見えてきたわ。ベルケ村というのはあれかしら」
ヤン「800m先に人体反応。マイ、どうする?」
マイ「うーん、管理局の人間とかだと厄介ね…でも、流石に、このワケのわからない状況について少しでも手がかりが欲しいわ」
ヤン「じゃあ、近づいてみる?」
マイ「ヤン、熱光学迷彩とか使えない?」
ヤン「軍用ならともかく民用アンドロイドに何を求めてるんだ。そんな機能は搭載されてない。」
マイ「むー…こうなりゃ仕方ないか、一か八かで突撃よ。」
ヤン「危険では?」
マイ「その時はあなた盾にして逃げる」
ヤン「さっき僕だけを置いて逃げるなんて、今更できないと言っていた」
マイ「気のせいよ」
ヤン「メモリーに明確に記録されているが」
マイ「アーアーキコエナーイ、とにかくここでうだうだしてても仕方ないでしょ」
ヤン「……了解した。」
農夫「…おや?あんた達、見慣れない顔だね?」
マイ「あの…すみません、私たち道に迷ってしまって、ここがどこなのかわからないんです。」
農夫「旅人さんかい?あんた達どこから来たんだね?どうも変わった格好をしているが…」
マイ「えっと…(西陽から来たっていうとマズいかしら。ここが別の世界だっていう確証はまだないわけだし…)」
ヤン「ミスター、私達は西陽特別市旧南門街区から来た者だ。私はヤン、こっちはマイだ。」
マイ「え…ちょ、ヤン!?」
農夫「しーやん…なんだって?聞いたことない国だね。東の海の異人さんかい?」
ヤン「そんなところだ」
マイ「(ねえヤン、大丈夫なの?簡単に素性を明かして。)」
ヤン「(問題はないと判断した。)」
農夫「ふーん、そうかい。遠いところからはるばるご苦労だね。まあ見てのとおり何もない村だけど、ゆっくりしていきな。」
ヤン「そうさせてもらおう。どこかで食事と充電…いや、休憩ができる場所はないだろうか?」
農夫「この道をまっすぐ行くと、村の広場に出るんだがね。そっから左の道に入ってすぐのところに赤い看板建てた家があってね。そこが『シェンケ』さ。」
マイ「シェンケ?」
ヤン「そうか、感謝する。ありがとう。」
農夫「おう、俺もあそこの食堂は常連だから、後で会うかもしれんね。」
ヤン「その時は是非よろしく」
農夫「ハハハ。じゃあな、旅人さんと嬢ちゃん。」
マイ「あ…ありがとうございます。」
マイ「なんというか、気さくと言えば聞こえはいいけど、無警戒な人だったわね。素性の知れない人間をそんなに簡単に信頼してもいいものかしら。」
ヤン「さあ。それよりも気になったのは…」
マイ「ええ、あの人、西洋系ね。西陽では珍しいわけじゃないけど」
ヤン「それだけじゃない。彼からは電脳活性も電磁波も、金属反応も検出できなかった。つまり彼は電脳化はもちろん、通信端末の類を全く所持していない。
さらに、あの服装の生地は化学繊維を全く含んでいない。100%天然素材でできた服を着ていた。もちろん靴と帽子もだ。」
マイ「完全に20世紀以前の生活スタイルだったってこと?」
ヤン「その通り。」
マイ「信じられないわね…ますますここが異世界じみてきたわ。」
ヤン「ともかく、彼の言っていた『シェンケ』に行ってみるか」
マイ「あ、ねえねえ、その『シェンケ』ってのはなんなの?」
ヤン「ドイツ語で、食堂・居酒屋と宿泊施設が一体となっている業態の施設のことだ。中近世のヨーロッパでは各地の街や村にみられたらしい。」
マイ「ってことは、ここはドイツ?」
ヤン「現代のドイツをはじめとしたヨーロッパ各国は欧州連邦の管理体制化にあり、西陽のように限られた都市にしか人は居住していない。
しかも、ヨーロッパのほとんどは「先の大戦」による核兵器や生物兵器で土壌・大気ともに汚染されつくされているはずだ。」
マイ「間違っても天然素材バリバリのナチュラルミドルが生きていけるような環境ではないわけね…」
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マイ「あれが村の中心街のようね」
ヤン「本当に20世紀ドイツの地方都市のような外観の建物が多い…いや、建物の様式年代から言えば、それこそ17、8世紀の…」
マイ「考えるのは後、後!もう歩きすぎて疲れたわよあたし。『局員』から逃げてきてやっと休めそうな場所に来られたんだから、異世界だろうがなんだろうが、休むのが先!
人間は不便にできてるのよ。」
ヤン「…。」
マイ「あ、ゴメン。そういうつもりじゃ…。」
ヤン「大丈夫。マイが謝る必要はない。」
マイ「でも、さっきデリカシーがないって、ヤンのこと怒ったのに…あはは、デリカシーがないのはどっちだって話よね…。」
ヤン「マイ。」
マイ「…。」
ヤン「マイ、大丈夫だ。むしろ感謝している。マイは僕を友人のように、家族のように、『人間』のように接してくれている。僕もマイに対してなるべく『人間らしく』ふるまっているつもりだ。
ただ、それでもアンドロイドは人間とは違う。マイが望む振る舞いができているかどうか、むしろ僕のほうが不安に感じることがある。」
マイ「…不安?」
ヤン「…。(いや、不安?…ぼくは不安?『不安という感情』を抱いている?何故?)」
マイ「ヤン、違うわ。あなたはあえて人間らしい振る舞いをする必要なんてない。そりゃ、パッと見人間にしか見えないけど。あなたはあえてそんなことをする必要はない。そんなことしなくたって、私はあなたの友人であり、家族であり…。」
ヤン「……?そう、そうか。嬉しいよ。マイ。(きっとこの『不安』は、マイが傷つけられる危険性に対する危惧だろう。マスターの身の安全は確保しなくてはならない)」
マイ「…っ。ごめんね。さあ、行くわよ!」
ヤン「だから謝る必要は…あ、マイ、走ると危ない。」
マイ「ヤンー!早く早く!(友人でも、家族でもあり…大切な、パートナーでもあるんだから…。)」
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シェンケの前
マイ「ここね。早速…」
ヤン「マイ、待って。」
マイ「?」
ヤン「僕らはこの世界の貨幣を持っていない。」
マイ「え、でも、カード…が使えるわけないわよね。そっかー…しまった。」
ヤン「元いた僕らの社会ではそもそも貨幣の概念が希薄。しかし恐らくこの世界ではそうはいかない。」
マイ「いちいち銀貨とか銅貨とか、紙幣をつかって取引しないといけないわけね。面倒だなあ…」
ヤン「さっきの男やこの村の建物などから文化レベルを推測すると、おそらくこの世界は少なくとも16~19世紀の西欧的な文化水準と推測される。」
マイ「実は異世界じゃなくてタイムスリップなんじゃないの?そっちの可能性が高くない?」
ヤン「地磁気座標データがエラーを起こしている以上、その判別をすることは不可能だ。ここが同じ時間軸上に存在する近世のヨーロッパなのか、それとも時間軸が全く別の文字通りの異世界なのか。紙に描かれた地図でもあればわかるかもしれないけど。」
マイ「ともかくお金がないと食料も寝床も手に入らない…どうしたものかしら」
???「あら、お金がないのですか?」
マイ「そうそう、どの世界でも先立つものは必要―――って、はわああ!?」
???「ええっ!? そ、そんな驚かれます?」
マイ「い、いや、急に背後から声をかけられたものだから、ビックリして…」
???「はあ、見慣れない格好のお客様だなと思いまして。旅のお方ですか?」
ヤン「はい。西陽特別市から来ましたヤンと申します。こちらはマイ。」
マイ「こ、こんにちは。」
???「あらこんにちは。私はこのシェンケの店長をしております、ヘレーデと申します。どうぞよろしく。」
ヤン「よろしく。」
ヘレーデ「それで、あなた達、お泊りの宿を探していて、お金がないのですって?」
ヤン「ええ、恥ずかしながら、道中で落してしまったようなのです」
マイ(よく言うわね…)
ヘレーデ「まあ…そうですの、災難でしたわね。でしたら、ウチでクエストを受けていかれては?」
ヤン・マイ「クエスト?」
ヘレーデ「最近、クエスト依頼の請負業を始めましたの。数は少ないけれど、依頼をこなせば当面の路銀くらいなら稼げるはずですわ。それに、ウチでクエストを受けられたお客様には、宿代を割引するようにしておりますの。」
アルバイト
マイ「短期賃金労働のようなものかしら?」
アルバイト
ヘレーデ「?ええ、確かに一種の 労 働 ですわね。といっても、お手伝いのようなクエストですから、それほど大金を稼げるわけでもないですけれど。」
ヘレーデ「どうされます?ちなみに、ウチでの宿泊料金は、食堂のお手伝いで約3日分というところかしら」
ヤン「具体的にはどれくらいになりますか」
マイ「ええとそうですわね…一部屋一泊で4銀貨だけど、割引で3銀貨。一日のお手伝いで1銀貨の計算になりますわ。」
ヤン「1銀貨というとどのくらいの価値がありますか」
ヘレーデ「え?なぜそんなことを?」
ヤン「私達の地元と、この村では物価が違うかもしれませんから」
ヘレーデ「そうなの?そうねえ、他だとどうかは知らないけれど、小麦が2キロ程度買えるかしら。1銀貨は100銅貨と同じ価値よ。」
ヤン「なるほど…(そもそもの天然小麦の値段が不明なので推定になるが…時代的に鑑みて1銀貨=800~1000クレジット程度というところか)」
マイ「ね、どうするの?そのクエスト?とかを受ければ、私達飢え死にしなくて済むってこと?」
ヤン「うん。ここで過ごすのなら、どちらにせよそれなりの貨幣は必要になってくるだろう。身の振り方を覚えておいて損はない。」
ヘレーデ「決まりですわね。」
ヤン「ただ、マイ。君は慣れない事の連続で疲労が蓄積している。システムはパターンレッドを示している。今日はもう活動を控え、休んだほうがいい。」
マイ「え…でも」
ヤン「僕は大丈夫。給電さえ…あれば…、あっ。」
マイ「?、…あっ。」
ヘレーデ「?どうかされましたか?」
ヤン「しまった…。」
マイ「電気ない…。」
マイ「(いや、落ち着け、落ち着くのよヤン。こんなこともあろうかと私はバッテリーパックを2個もってきている!)」
ヤン「(でもそれもずっとというわけにはいかない。僕のバッテリーは後4日しか持たない計算になる。)」
マイ「(節電モードなら?)」
ヤン「(持って一週間が限界。)」
マイ「(どどどどどうしよう…ヤンが…ヤンが…)」
ヤン「マイ、落ち着いて。もしかしたらこの世界にも電気を確保する手段があるかも知れない。」
マイ「でも、でも…」
ヤン「極端な話、針金でできたコイルと磁石さえあれば電気はどうにかなる。時間は相当かかるだろうけど。」
マイ「ないかもしれないじゃない!」
ヤン「マイだったらこの世界にあるものを使って簡易発電機くらいつくれる。僕は信じてる。」
マイ「んなもん作れるわけないでしょ!こちとら生まれて初めて電気のない文明初体験なんだからそんな簡単にサバイバルなんかできるわけ…」
ヘレーデ「あのう…。」
マイ「ハッ!ハイ!(し、しまったー!焦って大声で色々話しちゃったー!?こ、これは怪しまれる!?ヤンがアンドロイドだってばれちゃうー!?)」
ヤン「(アンドロイドとかロボットって概念自体なさそうだけどねこの世界)」
ヘレーデ「あの、いまいち話の要領が上手くつかめないのですが…でんりょく?というものが必要なのですね?」
マイ「ええと…それはー、そのー…あのー、なんていうか」
ヤン「電気をご存じですか」
ヘレーデ「確か、魔導師様のおっしゃっていた、雷の性質をもった力のことをそう呼ぶものだと。旅の人の受け売りで、詳しいことはわかりませんが…。」
ヤン「そういった力の扱いに詳しい方がいるのですか?」
ヘレーデ「教会の神父さまなら、多少お詳しいかもしれませんが、魔法の扱いに長けているという話は聞いたことがありませんわね…」
ヤン「(魔法??)そうですか、わかりました。クエストは今どのような依頼があるのですか?」
ヘレーデ「よろしいのですか?」
ヤン「いずれは必要になりますが、今すぐ用意しなければどうこうという話でもないので。それよりも、今日の日銭を稼ぐ方がより重要だと私は判断しました。」
ヘレーデ「ですが…そちらの方はなにやらしがみついて泣いてますけれども…」
マイ「ぐすっ…ヤン…よかった…電気あるんだね、ひっく…よかったあ…。」
ヤン「マイ、マイ。大丈夫だから、泣き止んで。クエストは僕が引き受けるから、マイは先に休ませてもらうんだ。」
マイ「…でも、私…」
ヤン「マイに倒れられると僕も困る。マスターの身の安全を確保するのが僕の役目でもあるんだから。役目を果たさせてくれ。」
ヘレーデ「そうですよ。ヤンさんの言うとおり、大分お疲れの御様子ですし…、慣れない長旅は、女の子には過酷ですから。」
マイ「わ、私は…」
ヤン「マイ?」
マイ「うっ…わ、わかったわ。正直、しんどいし、今日は休ませてもらうわ。だけど、ヤンに任せきりはイヤなの。明日からは私もちゃんとクエスト受けるから!ヤンの力になるからっ!」
ヤン「わかった。それでいいけど、無理はしないで。」
マイ「…ヤンもね。」
ヘレーデ「では中に。どうぞお入りください。」
ヤン(食料、宿泊、身の安全の確保、ついでに僕の活動の維持が保障され、張りつめていた緊張が解放されたことで、疲労が一気に表面化したか。無理もない。)
ヤン(人間…特に成人前の女性というのは肉体的にも精神的にも危ういものだ。いままで完全管理社会の中で生活し成長してきたマイならなおさらその傾向は強いはず。)
ヤン(その原因となった僕がそうした危惧をもつのは矛盾というものかもしれないけど…)
ヤン(…僕の役目はマスターを守ることだが…。たとえその行動が倫理規定に違反するものであっても?)
ヤン(わからない。博士はなぜ、僕にそんなプログラムを組み入れたんだ。)
ヤン(博士は当初、「完璧なAI」が完成したといった。人間に近い感情を持った完璧なAIだと…)
ヤン(倫理規定を破るのが完璧なAI? 完璧なAIはルールを破る?)
ヤン「…まさかね。」
ヤン(…人を[ピーーー]のが完璧なAIだなんて、そんなことはありえない)
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