【ミリマス】期限付き、田中琴葉 (20)

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 使用期限、消費期限、有効期限に開催期限。

 この世に期限は数あれど、締め切りがやって来るその日までを、どう過ごすかは人の意思次第。

 時は夏休みの朝である。ついでに言えばオフでもある。

 それでも大事な話があるからと、琴葉は劇場へ呼び出されていた。

「招待券……ですか?」

「そう! 隣町にある、でっかいプールのなんだけど」

「これ、期限が今日までですね」

「だからさ、頼むっ!」

 まるで神や仏を拝むように、頭を下げるはプロデューサー。

 その隣にはプールバッグを手に持つ大神環が、同じように両手を合わせて立っていた。

 渡されたばかりのチケットを見つめ、微妙にたじろぐ田中琴葉。

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「俺の代わりに、環を連れて行ってやってくれないか? ……どうしても、今やってる仕事が抜けられなくて」

「お願いことは! おやぶんの代わりにたまきをプールに連れてって!」

 要求は非常に明快であり、つまりは保護者をやってくれと。

 何かを言いたげに琴葉が唸る。潤んだ瞳で環が迫る。
 プロデューサーが顔を上げ、熱のこもった視線を向ける。

「急で勝手なのは分かってる。けどこんな話を頼めるのが、俺には琴葉しかいないんだ」

「たまきもちゃんといい子にするよ? ことはの言うことちゃんと聞くから!」

「だから頼む! ホントこの通り!」

「お願いします、ことはー!」

「ま、まぁ……別にいいですよ。取り急ぐ予定もないですし……」

 慈悲深い菩薩琴葉の返答に、男と環が大いに喜ぶ。

 かくして琴葉は環を連れて、隣町まで足を延ばすことになったのだ。

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 優待券と招待券。違いをバッサリ言ってしまえば、金が掛かるか掛からぬか。
 そしてまた、タダより怖いモノも無く……。

「水着、オッケー。道順、確認。チケットもちゃんとここにある」

 いつも準備は入念に。石橋も叩いて壊して作り直すぐらいは平気でしそうな琴葉である。

 本来ならばこの時点で、憂いも無くプールへ向かうハズだったが。

「……チケットが、"三枚"ちゃんとここにある」

 そう、そうなのだ。

 プロデューサーが「頼んだぞ」と、琴葉に渡した招待券は全部で三枚あったのだ。

 自分で一枚、環で一枚、そして誰の物でもない一枚……解せぬ。

「ことはー、まだ行かないの?」

「ごめんね環ちゃん。もう少し、もう少しで準備が終わるから」


 とうに話はまとまったのに、いまだ劇場で足止め状態。

 腐る環をなだめつつ、琴葉は必死に考える。

(このままプールへ行くのは簡単。けど、チケットが一枚余ってる。
 プロデューサーを誘えたら話は早いけど、そもそもあの人が行けないから私にお鉢が回ったワケで)

「こーとーはー」

(期限は全部今日までだし、使い切らないと勿体なくて気持ち悪い。やっぱりここは誰か誘って……でも誰を? 
 恵美もエレナも仕事だし、そもそも一人を選ぶなんて。なんだかちょっと、おこがましいような気もするし)

「ことはー?」

(ああ、でも、早く決めないと今日が終わっちゃう。大体どうして三枚も? 
 プロデューサーと環ちゃんだけなら、チケットなんて二枚で十分……ハッ!)


 すっかり待ちくたびれてしまった環の横で、琴葉はとある仮説に辿り着いた。


(まさか、まさかプロデューサー。最初から私も誘うつもりだったとか!?)

「おや~?」

「あっ」

(それはまぁ、プールに行くなんて話を聞かされてはいなかったけど。でも、そうよね。
 考えて無かったとしたら、呼び出しのタイミングが良すぎるし)

「お二人とも、何をしてるんですか~? 今日はお休みだったと思いますが~」

「たまきたちね、プール行くのっ!」

(その証拠に、プロデューサーは私しかいないって言ってくれて……あ、う。……どうしよう! 
 意識したらなんだか急に恥ずかしく……って、あれ?)


「なんと、プールでありますか~。羨ましいですな~」

「なら、みやも一緒にくる? チケットが一枚余ってるって」

「……美也?」

「おお~! 私のことも、誘ってくださるんですか~?」

「うん! 二人より三人の方が、きっともーっと楽しいぞっ♪」

 まるで示し合わせたかのようなベストタイミングで、
 二人の前に現れたのはレッスン終わりだという宮尾美也。

 笑顔の環が琴葉に向かい、「いいでしょー?」と元気に訊いて来る。

「うん……うん! 美也さえ良かったら、私たちと一緒に来てくれない?」

「それはまた、願ったり叶ったりです。うふふ~」

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 さて、チケット問題はカタがついた。
 駅へと向かう道半ば、琴葉が急ぐ環を嗜める。

「環ちゃん。急ぎたいのは分かるけど、一人で先に行っちゃダメだからね」

「はぐれたりしては大変なので~。しっかり手を繋いで行きましょう?」

「じゃあみやが右手で、ことはが左!」

「わ、私も手を繋ぐの?」

 戸惑う琴葉に、環が左手を差し出した。
 ギュッと手と手を繋げれば、たちまち仲良し三人組に。

「これで迷子にならないね。よーっし、たまき探検隊しゅっぱーつ!」

「目的地は、プールですよ~♪」

「ふっ、二人ともちょっと待って! ……早い!」

 夏の眩しい日差しの下、通りを足早に駆けて行く少女たち。

 電車を降りてもまた手を繋ぎ、三人がプールにつく頃には
 いい感じで汗を吸った服が肌に張り付くようになっていた。


「……今なら、ぬるま湯でも最高に気持ちよく感じると思う」

 火照った顔を手で扇ぎ、琴葉が誰ともなしに言った。

 しかし、この後に彼女たちを待つのは解放感溢れる水辺であり、
 冷たく涼やかなプールなのだ。

 施設の建物をキラキラとした瞳で見上げ、
 環が「行こう行こうっ!」と二人のことを急き立てる。

 入園を済ませ、一行は揃って更衣室へ。

 水着に着替えて外へ出れば、そこは待ちに待っていた水の園。

「流れるプール、流れるプール!」

「大きなスライダーもありますね~」

「二人とも、泳ぐ前には準備体操。それから、はぐれた時の為に集合場所も決めなくちゃ」

 真面目な琴葉の指導の下、思い思いに体をほぐす。

 ちなみに完璧な余談だが、三人の中で最も水に飛び込みたくなっていたのは誰あろう琴葉自身だった。

 逸る気持ちを鋼の自制心によって抑えつけ、最後の深呼吸を終えた彼女が言う。

「じゃ、泳ごう!」

 プールの楽しみ方、それは泳ぐ人の数だけある。

 流れに逆らわずただ浮いているだけでも楽しいし、
 波に揺られて過ごすのも悪くない。

 スライダーのスリルは快感を呼び、
 少しバテたらプールサイドでのんびりするのも至福の時だ。


「……はぁ。こんなに泳いだのって久しぶり」

 休憩用のパラソルの下。ビーチテーブルに頬杖をつき、琴葉は満足そうに呟いた。

 その向かいにはニコニコ笑顔の美也が座り、近くで遊ぶ環の様子を眺めている。

 普段の喧騒を忘れられる心穏やかなひと時に、琴葉は(予定外のことだったとはいえ)
 この場所に来るきっかけを与えてくれたプロデューサーに心の中で感謝した。

「今度は劇場の皆さんとも、一緒に遊びに来たいですね~」

 美也の言葉に、琴葉が「そうね」と素直に頷く。

 こんなに楽しい経験を、みんなと共有できたらなんと素晴らしいことだろう! 

 とはいえ、その為にはスケジュールの調整を始めとした、
 多くの困難を乗り越える必要があるのだが。


 そんなことを琴葉が考えていると、美也が「あっ」と小さく声を上げた。

 その声に誘われるように琴葉が視線を移してみると、
 自分たちのいるパラソルから少し離れた場所に見覚えのある少女の姿。

 そしてまた、少女の方も琴葉の姿を確認すると、
 まるで飼い主を見つけた犬のように勢いで二人の下へと駆けて来たのだ。


「えぇーっ!? なんでなんで? どうして二人がいるんですかー!」

 嬉しいという名の感情を、隠すことすらしない笑顔。
 一瞬呆気にとられた琴葉だが、すぐに気がつき彼女に叫ぶ。

「危ないっ! プールサイドを走ったりしたらダメじゃない!!」

 怒られた少女が「ひゃっ!?」と驚きの声を上げ、その場でピタリと立ち止まった。
 それから、今度はゆっくり歩いて二人のところへやって来ると。

「ご、ごめんなさい。つい、嬉しくなっちゃって……」

 謝る少女の両手には、宝石のように輝くアイスクリームが1、2、3。

 一つは食べかけ、残り二つは手つかずであるソレを見て、美也が「むーん」と小首を傾げて言う。

「未来ちゃん、一人だけじゃないんですか~?」

「えへへ、それがねー」

 少女、春日未来がなにやら意味ありげな笑顔で勿体ぶる。

 が、答えは未来のすぐ後ろに。

「未来ちゃん、置いてかないで~……あら?」

 どたぷーんと、音が聞こえてきそうなボディだった。

 未来と同じく、両手にアイスを一つずつ持った豊川風花の出現に
「ふ、風花さんまでいるんですか?」と、琴葉も動揺の色を隠せない。


「琴葉ちゃんに、美也ちゃん? 奇遇ね、こんなところで会うなんて」

「ふうかー、みらいー! おーいっ!」

「あっ、環も居る! おーい!」

 互いを呼び合う環と未来の二人を横目に、琴葉が風花に問いかける。

「私たち、プロデューサーからここの招待券を頂いて」

「招待券?」

「はい、期限が今日までの……。それと、環ちゃんの保護者役も兼ねてこのプールに」

 琴葉の説明に、風花が「なるほど」と小さく頷いた。


「だったら、私たちも似たようなものかな。この前のCD……ほら、新しく出る」

「『THE IDOLM@STER MILLION LIVE! M@STER SPARKLE 01』のことですね~」

「そうなの。八月二十三日発売で」

「価格はお手頃二千円」

「私たち待望の、新ソロ曲が五曲も入っていて~」

「それで、お値段なんと二千円」

「秋に開催されるフリーライブ、『THE IDOLM@STER MILLION LIVE!
 EXTRA LIVE MEG@TON VOICE!』の応募用シリアルチラシもついてくるの」

「なんと~! それは大変お得ですね~」

「なのに、お値段はたったの二千円です。……以上、新CDシリーズの宣伝でした」


 こうして未来たち五人のCD組と合流を果たした琴葉たちは、その後も存分に水遊びを楽しんだ。

 具体的にはボートに乗ったり溺れかけたり、途中で風花の水着がズレて
『あふ~ん』なんてアクシデントも発生したが、おおむね全員が楽しんで、そろそろ帰ろうかと話し始めた頃である。

『琴葉? アタシアタシ、今ちょうど仕事が終わってさー。ヒマならいつものトコ集合!』

 それはアフターワークのパーリータイム。

 呼び出されたならばいつものファミレスに即集合の女子会で。

 琴葉が事情を話すや否や、

「ファミレス? パフェ! 私パフェ食べたいっ!」
「たまきもいっぱい遊んだから、お腹ペコペコー!」と自身の空腹を訴える者。

「うふふ~。遊んだ後の食事ですか~」「こういうのも、外遊びの醍醐味の一つよね」と一定の理解を示す者。

「こ、このまま大勢で行くんですか?」「お店の迷惑になるのでは?」と不安と難色を見せる者。

「人数は、大丈夫だと思うよ。合わせて十人ぐらいだし」

「面子がスッゴク不安だけど……。桃子もいるから、安心していーよ琴葉さん」

「ふふっ、頼りにしてるよ? 桃子ちゃん」

 自分がシッカリしておかないとと、プールでのはしゃっぎっぷりから打って変わった表情を見せる者などなど。

 そして何より忘れてならないのは、その全てのしわ寄せを喰らった者のことである。

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「あのさ、琴葉」

「……うん」

「物事にはなんだって、限度ってのがあるんだよ?」

「うん、そう……私も、分かってたつもりだったんだけど」

 親友琴葉の突飛な行動。まさかの人数で押しかけられて、
 空いてるテーブルが無いと店を追い出されてしまった所恵美たち。

 急遽移動した別のレストランで、恵美は今、
 申し訳なさそうに項垂れたままの親友に苦言を呈す真っ最中。

「プールっ!? プール行ってたの? いいなー、私も思い切り泳ぎたいー!!」

「そうですよ~。今度は海美ちゃんたちお二人も、一緒に行けたらいいですね~」

 その隣では恵美とペアで仕事だった海美が、恵美特製オリジナルジュースを片手に
 美也から今日の出来事を聞いては大げさに羨ましがっており。

「紬さ~ん。あんみつの生クリーム、一口分けてくれませんか~?」

「お断りします。未来さんには、自分の分がちゃんとあるじゃありませんか」

「がーんっ!!」

「そ、そんな顔しても……あげませんよ!」

「うぅ~……ももこのホットケーキも美味しそう……」

「あ、あげないからね! 違うの頼んだ環が悪いよ」

 さらに隣では二人のおねだり光線を浴び、心揺らぐ少女たちの姿もあり。


「昼間にいくら泳いだって、コレを食べたら意味ないなって」

「百合子ちゃん……それは分かってても言わないお約束だよ」

 そして最後には、ウェストを取るか料理を取るかで悩む非常に乙女らしい会話をする二人が。

 ……かくして夏の夜は更けて行き、姦しい時間も過ぎ去って。
 一人、また一人と家路につくと、店内に最後まで残っていたのは琴葉と恵美の二人だけ。

「まっ、アレだね。琴葉が楽しかったんなら、アタシもとやかく言わないけどさー」

 ほんのわずかに残っていたジュースを空にして、
 恵美がいつものように屈託ない笑顔を琴葉に向ける。

「優等生は、ハメを外しやすいから。夏だからこそ、気を引き締めなくちゃーダメなワケ」

「ハイハイ、分かってるって言ってるのに」

「にゃはは♪ 言わせてよー。いつもと逆で、滅多に無い機会なんだからさー」

 それでも、琴葉の顔は笑顔であった。

 恵美の絡み酒ならぬ絡みドリンクを受けながら、
 彼女は時間を確認するために携帯を見る。


「あっ」

 その画面には、メールが一件。差出人はプロデューサー。

「恵美、ちょっとゴメン」

「おっと浮気ー?」

「もう! そんなんじゃないってば」

 からかう恵美をあしらって、開いたメールを確認する。内容は琴葉に向けた労いの文面。

 彼女の方も環がプールを堪能したこと、思わぬ偶然の出会いから、予定以上にみんなが休日を楽しんだこと。

 それらを簡潔な文章でまとめて綴り、送信ボタンを押そうとした直前で……
 携帯を操作する指を止め、琴葉が少し考え込む。

「……ねぇ恵美」

「ん、なーに?」

「夏って、何か嬉しいことが起きそうな……そんな季節だと思わない?」

 恵美がキョトンとした顔になる。

「なに? アバンチュールとかの話?」

「そういうことじゃないけど……。サプライズ的な?」

「まっ、よく分かんないけど楽しい季節ではあるんじゃない? ほら、『待ちに待ってた』とかつくし」

「やっぱり? そうよね!」

「冬にもつくけどっ♪」

「……台無しよ」

 苦笑しながら、琴葉は改めて編集したメールを送信した。

 プールで撮ったみんなの写真。その中から選んだ数枚を添付したとっておきの一通が、
 仕事に疲れたプロデューサーに爽やかな憩いをもたらすようにと願いを込めて。

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「へっくし! ……夏でも夜は冷えるねー」

「恵美の場合、恰好の問題もあるんじゃないかな?」

 そんな風に、他愛のない話を交わしながら歩く夜の道。
 駅が近づく。二人が分かれる時が来る。

「じゃねー、琴葉。また明日」

「うん、また――」

 いつものように別れの挨拶を交わそうとして、ふと、琴葉は上げかけた片手の動きを止めた。

 色々とあった今日という日は、ある意味特別な一日で。

 けれども、それは長い人生から見れば、ある夏の日の一日以上の意味は無い。

 楽しかった、そして思い出に残ったのは事実だが、
 それ以上の付加価値を見出すことができるような、そんな一日では決してないと言う事実。

 現に今、彼女はこの"特別だった日"を普段通りに終わらせようとしていたのである。

 いつものように分かれる駅前、決まって口にする言葉は……。


「……どったの、琴葉?」

 気づけば、恵美が不安そうな表情で自分のことを見つめていた。

 上げかけていた手を降ろし、琴葉が「ううん、なんでもない」と首を振る。

 大切なのは、重要なのは、人生と言う期限が切れるその日までに、
 この他愛のない日々――日常を――どれだけ積み重ねていけるかではないだろうか?

『よかったら、このままカラオケに行ってみたりとか……ダメかな?』

 そう言って無理に、今日と言う日を特別な日にして終わらすこともできただろう。

 だが、琴葉はそれを選ばない。その気になればいつでも言えるワガママより、
 いつも口にしているからこそ、大切な約束もあるんじゃないか……?

 軽く手を振り、家路につく親友の背中を見送って……。琴葉もまた、歩き出す。

 今日は柄にもなくはしゃぎ遊んだので、ぐっすりと眠れることだろう。

 そして目が覚めた彼女が向かうのは、仲間が待っている劇場なのだ。

 明日も、明後日も、そのまた明日も。
 期限が切れるその時まで、続けていければ良いなと思う。

 ……だからこそ彼女はいつも通り約束し、今日と言う一日を終えることにした。
 それが一体、どんな約束だったかと言うと――。


「また明日、劇場で会おうね!」


 実に他愛のない約束である、守るのも容易い約束である。
 けれども、日々叶えるだけの価値がある。

 日焼けした肌を夜風にさらし、道行く琴葉は上機嫌。

 見上げた夜空に鼻歌を添え、それは彼女が家に帰るまで、決して途切れなかったそうだ。

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以上、おしまい。劇場で五人揃った灼熱少女を見れる日が今から楽しみでしかたないです。

では、お読みいただきありがとうございました。

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