二宮飛鳥「雨の日」 (10)
休日。学校もアイドル活動も何もない、自由な一日。
CDショップでお気に入りのアーティストの新譜を購入したボクは、満ち足りた気分のまま帰りの電車に乗り込んだ。
わざわざCD一枚のために街に出ずとも、今のご時世ネットでなんでも買うことができる――それはある面においては確かに真実だが、あいにくとボクにはこだわりがある。
発売を心待ちにしていた商品を、店内で直接手に取るあの感覚。シンプルながらも、えも言われぬ達成感がある。
些細なことかもしれないが、ボクの繊細なハートにとっては、それだけのことでも重要なファクターになりうるのだ。
だから、無事に新譜に触れることができたボクは……ありていに言えば、浮かれていたのかもしれない。
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電車が動き出した後で、傘をCDショップに忘れてきたことに気づいた。
朝、小雨がパラパラと落ちてきていたから、傘を差して出かけて。
途中でやんだので、そのまま傘をたたんで持ち歩き。
ショップの入り口の傘立てに入れて……そのまま置いてきてしまった。なんとも不注意だ。
とはいえ、すでに電車は何駅分か走ってしまっており、今から戻るのも手間と電車賃が余分にかかる。
どうせ安物の傘だったし、今は雨は降っていない。今度訪れた際に残っていれば、その時持ち帰ればいいだろう。もし残っていなければ、それもひとつの選択だ。
――このまま帰ってしまおう。
一刻も早くCDの中身を聴きたかったボクは、そのまま傘を見捨てることを選択した。
けれど。そういった甘い見通しが簡単に崩れ去るのは、このセカイによくあることで。
帰りの電車に乗り込んで数分。つり革に手をかけながら、なんとはなしに外の景色を眺めていると。
「降ってきたな……」
ぽつりと車両の窓に水滴がついたかと思うと、次々と雨粒が空から落ち始めた。
……まあ、この程度の雨なら問題ない。最寄りの駅から寮までは、走って遠くない距離にある。
……たまには、雨に打たれるのもいいじゃないか。
雨はすべてを洗い流してくれる。
様々な感情が張り付いた自分自身をまっさらにして、向き合う機会を与えてくれる。
そう考えれば、時にはこういった時間も必要だろう。
そう、思っていたのだけれど。
「……さすがに、降りすぎじゃないか?」
電車を降りて改札を出たボクを待ち受けていたのは、まるでバケツをひっくり返したかのような大雨。
夏の空は急に豪雨を降らすというが、これはあまりにあんまりではないだろうか。
この中に傘を差さずに飛び込めば、自分に必要なものまで洗い流されてしまうことは明白だ。
「はあ」
思わずため息をついてしまう。浮かぶのは、自身の行いへの後悔。
傘を置き忘れてこなければ。気付いた段階で引き返していれば。
そもそも、店に行かずにネットで予約しておけば――そこに思考がいきかけて、慌てて首を横に振る。
……よくないな。こういうのは。
バッグの中のCDに触れながら、もう一度ため息。
雨には肯定的だったボクだけど、今日ばかりは、少し――
「あれ、飛鳥ちゃん?」
「飛鳥?」
ちょうどうつむいていたから、すぐには声の主を見つけることができなかった。
反射的に顔を上げてあたりを見回すと。
「梨沙に、心さん」
「駅の改札から出てきたってことは……買い物にでも行ってたの?」
「こんなところで3人会うなんて偶然☆ はぁとと梨沙ちゃんも、さっきそこでばったり会ったの♪」
的場梨沙と佐藤心さん。同じ事務所のアイドルで、今は同じユニットの仲間、でもある。
「せっかくだし、一緒に帰ろ♪」
「あ、あぁ」
「ん? どしたの飛鳥ちゃん」
ボクの様子がおかしいことに気づいた心さんが、怪訝そうな顔つきでこちらを見る。
「……アンタもしかして、傘持ってないの?」
そして、こういうことには目ざとい梨沙にあっさり看破されてしまった。
「……店に置き忘れてきた」
「なにやってんのよ。不注意よ、不注意」
「うっかり屋さんめ☆」
正直に事情を白状すると、梨沙は呆れたような視線を、心さんはなぜかウインクを送ってきた。
「んじゃ、はぁとの傘に入れてあげる♪」
「え?」
「見よ、この大きさを☆ 女二人なら余裕☆」
心さんが見せびらかしてきたピンクの傘は、確かにかなり大きなサイズだった。
「大きいね」
「でしょ?」
「ハートさん、プロデューサーと相合傘でもする気だったの?」
「ぴゅっぴゅぴゅ~~」
梨沙の指摘に下手な口笛を吹かせる心さん。どうやら図星だったらしい。
「理由なんてどうでもいいだろ☆ さ、入った入った!」
「え、あ、ちょっと」
大きめといっても、傘は一人用だ。ボクが入ると、きっと心さんも濡れてしまうだろう。
「遠慮すんなって♪ 親切には甘えるべきだぞ?」
「ずぶ濡れになるよりはマシでしょ。いいから入りなさいよ」
「……うん」
ボクの仲間は強引だ。結局、押し切られて傘に入れてもらうことになった。
「飛鳥ちゃん。もっと寄らないと、肩濡れてるでしょ」
「雨はすべてを洗い流してくれるから、少しくらいはこうして濡れているほうが」
「ほら、もっとこっち来い♪」
「わわっ」
心さんに腕を引っ張られ、彼女と密着する形になる。
「ほら、濡れなくなった♪」
「ちょ、くっつきすぎ……」
「あははっ! 飛鳥、もみくちゃね!」
悠々一人で歩いている梨沙がケラケラと笑う。ボクを押さえつけている心さんも笑っている。
二人とも、この豪雨の中で楽しそうだった。
「……心さん、もういい、理解った。押さえつけなくてもボクは離れない」
「素直な子は好きだぞ☆」
ようやく彼女の腕から解放されたボクは、ふと梨沙のほうを眺める。
「……その長靴、新品かい」
「うん! パパに買ってもらったの! かわいいでしょ」
ニコニコと自慢げな梨沙。
ボクはというと、そんな梨沙の笑顔に釣られてか、そうでなくてか。
「そうか。よかったね」
いつの間にか頬が緩んでしまっていた。自分でも理解るくらいに。
「なによーニヤニヤして。まさか、アタシの長靴を汚す気?」
「そんなことはしないさ」
「ホントかしら。飛鳥ってたまに悪だくみするから――」
「梨沙ちゃん、そこ水たまり」
「えっ……きゃっ!?」
ばしゃん、と勢いよく大きな水たまりに足を突っ込む梨沙。
「大丈夫かい」
「ん……大丈夫! さっすがパパの選んでくれた長靴ね! アタシの足を完璧に守ってくれたわ!」
「ワオ♪ パパさん素敵☆」
他愛のない会話を交わしながら、帰り道を歩いていく。
雨脚はますます強くなってきていたけれど、ボクらの足取りはますます軽やかなものになっていて。
そんな中で、ボクの思うことといえば。
「やっぱり……雨も、悪くない」
おわりです。お付き合いいただきありがとうございます。
雨の日に女の子と相合傘したい
シリーズ前作:佐藤心「ネネちゃんさん☆」 栗原ネネ「な、なんですかその呼び方」
その他過去作
小松伊吹「キス魔奏」
橘ありす「凛さんって、顔文字とか使わなさそうですよね」
などもよろしくお願いします
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