二宮飛鳥「ボクはアスカ、二宮飛鳥。バラガン陛下の忠実なる従属官(フラシオン)だ」 (208)




虚(ホロウ)とは、堕ちた人間の魂を指す



虚は亡くした中心(こころ)を埋めるため、その魂の『渇き』を消し去るために人間の魂を喰らう



しかし、その魂の『渇き』が極端に強い虚は、人間ではなく同族である虚の魂を求めるようになる



同族を喰らい魂が溶け合うことにより、莫大な霊力を持つ下級大虚(ギリアン)が生まれる



その中でも特に超越した能力や自我を持つ下級大虚においては、更に他の下級大虚を喰らい中級大虚(アジューカス)へと進化する



中級大虚(アジューカス)は更に幾千幾万の虚を喰らい、最上大虚(ヴァストローデ)への進化を求めるとされている



こうした進化の理を辿ってか辿らずか、彼女は虚圏(ウェコムンド)にて“発生”した




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・シリアスなし
・破面勢は優しさ5割増。でも甘くはない
・二宮飛鳥はBLEACH既読者。安全が確保された状況なら基本的にノリがいい。非力

※1~4はヴァストローデ、5~8と10がアジューカス、9がギリアン
※各十刃の加入時期はおおよそ2、8、9、10→旧3、5、7→3→6→4→1の順。1は原作よりも少し早く加入



「随分小せえなこの女。虚、いや人間か?」


「不正解。この女、仮面が割れた痕がある。数字持ちではなさそうだが破面(アランカル)と見ていいだろう」


「妙だな、虚夜宮(ラス・ノーチェス)からこのコロニーまではだいぶ距離がある。こんなトコに俺たち以外の破面がいるはずがねえ」


「ん~…… だったらこのコが自力で破面化した、って線はないかしら?」


「崩玉の力なしでの破面化、か。先例は少ないが確か第1十刃も己の力で完全な破面化を遂げたと聞いたことがある。有り得ないことはない」


「身体の大きさからして、このコの階級は中級大虚か最上大虚かしら。最上大虚だったらもうけモノなんだけど」


「どっちにしろ死んでるなら意味ねえだろ。別の場所探そうぜ」


「はー、あんたの目は節穴なの? この子まだ息があるわよ。とりあえず虚夜宮に連れて帰りましょ」



「連れて帰るって…… 藍染のトコにか?」


「バカね~! ホントもうあんたどこまで鳥頭なのよ。ぜんっぜん美しくないわ」


「誰が鳥頭だコラ!」


「陛下とアタシたちの目的を忘れたの? せっかく見つけた戦力をみすみす藍染に引き渡すアホがどこにいるのよ」


「正解(エサクタ)。クールホーンの言う通りだ。この破面はバラガン陛下の従属官として我々の軍勢に引き入れる」


「ちっ…… 死に損ないが戦力になればいいけどな」


「とりあえず虚夜宮に戻ったらこのコの治療ね、このコを陛下に推薦するのはその後にしましょう」




―虚夜宮・第2十刃の宮―


飛鳥「う……」


クールホーン「あら、目が覚めたみたいね」


飛鳥「ここは……?」


クールホーン「虚夜宮よ。外でぶっ倒れて死にかけてたあんたをここまで連れてきたの」


飛鳥「…………」


アビラマ「おいどうした、呆けた顔しやがって」


飛鳥「ああ、済まない。少し状況が飲み込めなくてね。とりあえず、ボクを助けてくれたことにお礼を言わせてもらうよ」


クールホーン(アタシの見立てどおり知能に関しては問題なさそうね。とりあえず下級大虚じゃなさそうで安心したわ)


飛鳥「そうだ、キミたちの名前を訊いてもいいかい?」


クールホーン「構わないわ。アタシの名前はシャルロッテ・クールホーン。後ろの頭悪そうなアホがアビラマよ」


アビラマ「ぶん殴るぞ」



飛鳥(なんだこれは、一体何がどうなってるんだ。わけがわからない)


飛鳥(いや、正確には全く状況が飲み込めてないわけじゃない。ある程度理解(わか)ってはいる)


飛鳥(ここはどう考えても普段ボクが愛読しているあの漫画の中のセカイと見て間違いない。恐らくは眠っているボクが見ている夢)


飛鳥(彼らが存命ということは時系列としては破面篇辺りだろうか)


飛鳥(全く奇怪なものだよ。夢の中とはいえ、どうやらボクはとんでもないセカイに入りこんでしまったみたいだ)


飛鳥(さながら秩序なきセカイに堕とされた異邦人ってとこかな。くくっ、傑作だ)


飛鳥(世間一般的には夢を夢と認識した時点で眠りから覚めるのが大半だと聞くけど、ボクの見ているこの夢はその世間一般とはズレているらしい)


飛鳥(まあ、“ズレている”というなら、ある意味ボクらしいとも言うべきか……)



クールホーン「それで、あんたの名前は何ていうのかしら」


飛鳥「ん、ああ、ボクはアスカ。二宮飛鳥。キミたちはボクの事を知らないだろうけど、ボクはキミたちのことを知っている」


アビラマ「?」


飛鳥「フッ、今のはボクの名乗り口上みたいなものさ、気にしないでくれ。なにせ痛いヤツなものでね」


クールホーン「それじゃアスカ。早速で悪いけどあんたには今からバラガン陛下とお会いしてもらうわ」


飛鳥「本当に早速だね。とはいえ、ボクがこの宮に招き入れられたと聞いた時から薄々は感づいていたよ」


飛鳥「キミたちに利がないのに素性が一切知れないヤツを虚夜宮に引き入れるのはリスキーだ」


飛鳥「真意はどうあれ、キミたちは少なくともボクに多少なりの利用価値があると評してくれたということだろう」


飛鳥「あくまでも推測にすぎないが、今からの謁見はボクがバラガンの下に就くに値するかどうかを見定めるオーディション、といったところかな」


アビラマ「チビのくせに生意気な野郎だ。あと陛下を呼び捨てにすんのはご法度だ」


クールホーン「ま、そこまで分かってるなら問題ないわね。くれぐれも陛下のご気分を害されることの無いように」





アビラマ「陛下はこの扉を開けた先の玉座の間に御出でだ。ぜってえ無礼なマネするんじゃねえぞ」


飛鳥「肝に銘じておくよ」


クールホーン「アタシたちの案内はここまで。外からだけどあんたが陛下の御眼鏡にかなうことを祈ってるわ。せいぜい叩き殺されないようにね」


飛鳥「物騒なことを言うのはやめてくれないか」


飛鳥(…………)


飛鳥(平静を装ってはいるけど、正直いまにも膝から崩れ落ちそうなくらい震えている)


飛鳥(まだ扉の外だというのに、まるで心臓を鷲掴みにされているかのような重圧を感じる。これが十刃の放つ“霊圧”というものなんだろう)


飛鳥(夢の中とはいえ、恐怖を感じないわけじゃない。でもその恐怖と同じかそれ以上に、自分が昂揚しているのを感じる)


飛鳥(はたしてボクが押し開くトビラの先にあるのは、新しいセカイか、地獄への片道切符か、あるいは全く別の何かか)


飛鳥(第2十刃の破面としての物語。せっかくだから、せめてこの夢が覚めるまでは異端で心躍るこの新しいセカイを堪能してみるとしようか――)
















 
BLEACH×Side Flying Bird in Palace of fantasia

















―第2十刃の宮―


アビラマ「なに!? それじゃお前は虚閃(セロ)も虚弾(バラ)も撃てねえし響転(ソニード)も出来ないわ鋼皮(イエロ)もないわ挙句に帰刃(レスレクシオン)もできねえってのか!?」


飛鳥「ああ、大体キミの言ったとおりだ。ボクには破面が持ちうる能力の殆どが備わっていないということになるね」


アビラマ「そんなバカな話があるか! もう一回虚閃撃ってみろ!」


飛鳥「虚閃っ!」シーン


アビラマ「虚弾は!?」


飛鳥「虚弾っ!」シーン


アビラマ「響転は!?」


飛鳥「響転!」ハンプクヨコトビ


アビラマ「掛け声だけは一丁前だなっ! くそっ!」


※虚閃(セロ):虚や破面が戦闘手段として放つ閃光。個体によっては特殊な虚閃を放つ破面も存在する

※虚弾(バラ):虚閃より威力は劣るが速度が20倍になった霊圧の弾丸

※響転(ソニード):破面の持つ高速移動術。よく相手の背後に回りこむアレ。類似したものに死神の瞬歩、滅却師の飛廉脚、完現術者の完現光がある

※鋼皮(イエロ):鉄のように硬い破面の外皮。硬度には個体差がある



アビラマ「だが腐っても破面には違いねえ。さすがに多少の鋼皮くらいは備わってるだろう!」


クールホーン「ちくっ」ツン


飛鳥「いたっ! いきなり脇腹をつつくのはやめてくれないか」サスサス


アビラマ「ぐっ! そもそもお前斬魄刀はどこにあるんだ! 破面化した時に力を分割したはずだろ!」


飛鳥「斬魄刀は元から持っていないよ」


アビラマ「」


ニルゲ「斬魄刀も持ってねえのにどうして陛下の審査を通過できたんだろうな…?」


ジオ「そりゃ普通は陛下の前で帯刀なんてしないしな。さすがの陛下といえどそこにお気づきになられるのは難しかったんだろう」



アビラマ「どうなってんだ! ホントにコイツは破面なのか!? これじゃあヤミーんトコの犬のほうがマシだぞ!」


フィンドール「だが霊圧は間違いなく破面だ。曲がりなりにも陛下の御眼鏡に適った以上、この小娘には何かがあると見るべきだ」


クールホーン「ま、新入りの育成もアタシたちの役目よ。カリカリせずに気長に行きましょうよ」


ジオ「だけど斬魄刀がないってのは困りものだな。鋼皮がないんじゃオレみたいに近接格闘主体で極めるわけにもいかないだろ?」


クールホーン「斬魄刀はそれっぽいのをザエルアポロにでも作ってもらいましょ。後でアタシのコスメと一緒に頼んでおくわ」


飛鳥「……」


アビラマ「どうしたよ」


飛鳥「いや、何だか申し訳なくてね…。ボクの能力の欠如に関しては決してキミたちを騙すとかそういう意図があったわけじゃないんだ」


クールホーン「そんなコトくらい言わなくても分かってるわよ。その代わりあんたにはこれからガッツリ修行を積んでもらうから覚悟しなさいよ」




―虚夜宮・玉座の間―


藍染「久しぶりだねバラガン。招集に応じてくれて嬉しいよ」


バラガン「……」


東仙「バラガン、藍染様がお前を呼び出したのは他でもない。昨夜無許可で虚夜宮に外部から虚を引き入れ、その虚を私兵として自らの従属官に加えた件についてだ」


東仙「藍染様がお前たちに命じたのは『最上大虚を探し出せ』ただそれだけだった筈だ。お前の私兵を肥やすためではない」


バラガン「東仙、何を思い違っておるのか知らぬが、儂はただボスの命令を忠実に実行しただけのこと」


バラガン「階級が高いと思わしき大虚を捕え、儂の目でその資質を見極めた。結果、捕えた虚はボスの目的にそぐわぬ中級大虚に過ぎなかったという訳だ」


東仙「ならば何故その報告を怠った! そもそも藍染様の許可を得ずして従属官を補填することは規律違反だと貴様も知っている筈だ!」



バラガン「フン、だからこうして態々ボスの呼び出しに応じたのだ」


東仙「なに?」


バラガン「そもそも儂はあの虚を配下に加えてなどおらん」


バラガン「あの虚の処遇を如何なるものにするかボスの指令を仰ぐため元よりここに赴くつもりじゃった。今回はそれが招集と偶然重なっただけ」


バラガン「加えてもう一つ、儂は今ここで十刃による従属官の選任権を行使させてもらう」


バラガン「この権利によって例の虚はこれより儂の配下とする。いくらボスとて自ら律した規約を反故にするとは言わせんぞ」


東仙「バラガン! 貴様そのような勝手な言い分が通るとでも思っているのか! そもそも数字持ちでもない虚を従属官になど……」


藍染「よすんだ要、確かに十刃が従属官を選任できる権利を定めたのは私だ。彼の言うことにも理がある。選定を許可しよう」


バラガン「在り難き御言葉」


藍染「そうだバラガン、一つ訊いていいかな」


藍染「君が見定めたその“破面”は“我々の目的”を達成するための優秀な戦力に成り得そうかい?」


バラガン「……」


藍染「これからも私の忠実な配下として、第2十刃として、君の働きに期待しているよ、バラガン」




―第2十刃の宮・修行場―


アビラマ「まさかたった数時間の修行でここまで力が伸びるとはな」


飛鳥「どうかな、少しは見直してくれたかい」


アビラマ「大したモンだぜ、陛下の従属官たる俺をここまで追い込むなんてそうそう出来ることじゃねえ」


飛鳥「ちなみに言っておくと、ボクはまだ本気を出していないよ」


アビラマ「なに!? まさかまだ力を残してるってのか!?」


飛鳥「その通りだよ。ボクの全力、もとい刀剣解放を見てくれるかい――」


飛鳥「記(しる)せ。『存在証明』――」


―――――
――――
――



―第2十刃の宮・修行場(現実)―


飛鳥「」ピクピク


クールホーン「このバカ! 最初なんだから手加減しろって言ったでしょーが!! なに開始3秒で昏倒させてんのよ!!」


アビラマ「思いっきり手加減しただろうが! この棒っきれで軽くアタマはたいただけだぞ!?」


クールホーン「このコには鋼皮がないから軽い打撃でも致命傷になんのよ! そもそも剣術の基礎も出来てない相手の頭をいきなり狙いに行くってどうなのよ!!」


アビラマ「うるせー! だったら最初からお前がやりゃあよかっただろうがこのくちびるオバケ!!」


クールホーン「あーっ! 言ったわね! 言っちゃいけないこと言ったわね! もう容赦しないわよ!!」




飛鳥「う、ううん……」


ジオ「あ、起きたか」


飛鳥「頭がクラクラする…… んんっ、あれ? 帰刃は? 存在証明は?」


ニルゲ「は? 何言ってんだ…?」



飛鳥「なるほど、つまりボクはレッスン開始早々に頭をぶん殴られて気絶していたと」


ジオ「そういうことだな、でも誰でも最初はこんなモンだろうよ」


クールホーン「初めての修行だってのに全く手加減できないこの鳥頭が悪いんだから気にしちゃだめよ」ボロッ


アビラマ「その、なんだ、悪かったな。あと鳥頭じゃねえ」ボロッ


飛鳥「これについてはボクの力量不足が招いたことだ。謝らなければいけないのはこっちのほうだよ」


飛鳥「課題が多すぎてまずは何から手を付けるべきか見定めないとね。ボクなりに思うところもある。少し風に当たってくるよ」


フィンドール(気落ちしているな。当然といえば当然か)


クールホーン(伸びしろは全然ありそうだし今後に期待ね)



飛鳥(ふう……)


飛鳥(やっぱり何かがおかしい。夢の中で気絶したり、夢の中なのに痛みがあったり)


飛鳥(まさか、これが夢じゃないなんてことは)


飛鳥(いや、そんな筈がない。イレギュラーな状況に陥った時ほど焦らないことが大切だ。まずはボク自身の記憶の糸を辿っていこう)


飛鳥(ボクが眠りに落ちる前、昨日はいつ睡眠をとったんだっけか)


飛鳥(そう、昨日ボクは仕事を終えた――に会いにいくために、女子寮を出て、それから……)


飛鳥(それから……)


飛鳥(あれ…… 思い出せないな……)


飛鳥(ボクは寮を出て…… それからどうしたんだっけ……)



クールホーン「どう、アスカちゃん。少しは気分転換になったかしら」


飛鳥「ああ、心配はいらないよ。ほんの少しセカイの真理について思いふけっていただけさ」


クールホーン「相変わらず面白いこと言うコね」


クールホーン「ま、一人で悩んでも何も始まらないわ。くよくよした気持ちは汗と一緒に流しちゃいましょ」


クールホーン「ってことでひとっ風呂浴びに行くわよ」


飛鳥「えっ」


クールホーン「女同士ハダカの付き合いってヤツよ。男連中はいないから安心していいわ」


飛鳥「な、何を言ってるんだ! キミも男だろう!」


クールホーン「どっからどう見ても可憐な女のコよアタシは。さ、行くわよ」ガシッ


飛鳥「ちょっと待った! 離すんだクールホーン! だっ、誰か助けてくれーっ!!」ジタバタ




―虚夜宮・浴場―


飛鳥「ううっ…… 結局身ぐるみ剥がされてしまった……」


クールホーン「あら、タオルでカラダ隠してないでしっかり洗わなきゃダメよ。汚れはオトメの天敵なんだから」ゴシゴシ


飛鳥「キミはもう少し隠そうとする努力をしてくれないか! 特に前を!!」


クールホーン「善処するわ」ザバー


飛鳥「でも、まさか虚夜宮にも大衆浴場に似た施設があるなんて思わなかったよ」ザバー


クールホーン「そうね、虚夜宮に尸魂界(ソウル・ソサエティ)や現世の生活様式が取り入れられたのは最近のハナシだから新参のあんたが知らなくても無理ないわ」


ミラ・ローズ「おい、藍染じゃなくて藍染“様”、だろ? クールホーン」


クールホーン「んん? アンタたちもいたのね」


アパッチ「つーか何でテメーが女湯にいんだよ。ついてるモンついてんだから男湯行けよ」


クールホーン「フッ、心は乙女なのよ。ツいてようがツいてなかろうが関係ないわ」クルッ


アパッチ「こっち向くなっつーの!」



スンスン「あら、貴女は? 見ない顔ですわね」


飛鳥「お初にお目にかかるね。ボクはアスカ。二宮飛鳥。キミたちはボクの事を知らないだろうけど、ボクはキミたちのコトを知っている」


飛鳥「ボクはまだ虚夜宮に来て日が浅くてね。若輩者ではあるけど、よろしく頼むよ」


スンスン「こちらこそよろしくお願いしますわ」


アパッチ「なかなか凝った自己紹介だな」


ミラ・ローズ「新入りなのに私たちのことを知ってるのか」


飛鳥「3獣神(トレス・ベスティア)。高潔と名高い第3十刃ティア・ハリベルの従属官とお見受けしているよ」


アパッチ「高潔だってよ! やっぱ傍から見りゃアタシたちもそう見えるってことだな」


ミラ・ローズ「高潔ってのはてめえじゃなくてハリベル様を指して言ったんだろ。そもそもメスゴリラに高潔なんて言葉は似合わねえ」


アパッチ「あァ!? どういう意味だコラァ!」



スンスン「そこのオカマと行動を共にしているということは、貴女もバラガンの従属官と見てよろしいですの?」


飛鳥「ああ、その認識で構わないよ」


クールホーン「さらっとアタシをオカマ呼ばわりするのはやめてもらえるかしら」


アパッチ「しっかしこんなちっこいのがバラガンの従属官かよ」


ミラ・ローズ「こんな言い方するのもアレだが、あんまり強そうには見えねえな」


クールホーン「あら、そのコを甘く見ちゃダメよ。こう見えても階級は最上大虚。あんたたちくらいなら指一本で殲滅できちゃうのよ」


アパッチ「なっ! ヴァストローデだと!?」


ミラ・ローズ「どういうことだ…? ヴァストローデならすぐにでも十刃に招集されてもおかしくないハズ…」


スンスン「十刃級の実力を持ちながら従属官に甘んじるなんてハナシ聞いたことありませんわ… いったいどのような理由があって…」


飛鳥「クールホーン。デタラメを吹聴するのはよしてくれないか」


クールホーン「こういうのはデカいこと言ったモン勝ちなのよ。牽制よ牽制」


クールホーン「さ、十分温まったし、そろそろ出るわよ」ザバッ




―虚夜宮・回廊―


飛鳥「しかし、この飾り気のない白装束にはなかなか慣れないね。気に入ってはいるんだけど、デザイン的にもうワンポイントほしいところかな」


クールホーン「あら、衣装の仕立て直しなら東仙要にでも頼んでみたらどうかしら。たぶん喜んで引き受けてくれるわよ」


飛鳥「東仙統括官か。そうだね、機会があったら一度彼を訪ねてみることにするよ」


クールホーン「ん? あいつは…」


ザエルアポロ「おや、そこにいるのはクールホーンと例の新入りかな」


クールホーン「ザエルアポロじゃない。こんなトコで何してんのよ」


ザエルアポロ「君に頼まれていた例の斬魄刀が完成したんだ。新しい被検体の観察を兼ねて君たちの宮まで足を運ぶ予定だったんだが、手間が省けたよ」


クールホーン「意外と早く完成したのね。出来栄えはどうなのかしら。このコにも使いこなせそう?」


ザエルアポロ「御しきることができるか否かは本人次第だ。ただこの斬魄刀は稀に見る怪作でね。所有者の色に染まってその性質が黒にも白にも変化する特異性がある」


ザエルアポロ「安定性という観点から覗えば完璧には程遠いが、ある意味では所有者自身の手で完璧を造りあげることができる稀有な代物といえる」


ザエルアポロ「例えるなら、死神の『浅打』に近いものと言えるだろう」


ザエルアポロ「さあ、受け取ってくれたまえ」



クールホーン「アタシから頼んでおいてアレだけど、こうすんなり渡されると何か裏があるんじゃないかと勘ぐっちゃうわね」


飛鳥「実は監視のための録霊蟲が仕込んである、なんてオチだったりしてね」


ザエルアポロ「……」


ザエルアポロ「何のことやら」


クールホーン「ちょっといま変な間があったわよ! つーか録霊蟲ってなによ! アンタまさかアタシのコスメにもその変なモン混ぜ込んでるんじゃないしょうね!」


ザエルアポロ「耳元で喚かないでくれ。君の馬鹿が移る」


ザエルアポロ「それに幾ら僕といえど君の破壊力の高い顔面を進んで観察するほど悪趣味じゃあない。研究機材にも悪影響だ」


クールホーン「破壊力の高い顔面ってなによ失礼ね! 高いのは破壊力じゃなくて女・子・力!! 見なさいよこの圧倒的ビューティフルフェイスを!!」ズイッ


ザエルアポロ「やめろ! 僕にその顔を近づけるんじゃない! 衣装が汚れる!!」



クールホーン「ったく、ホントにクソ陰湿なヤローねあんたは」


ザエルアポロ「君にだけは言われたくないんだが」


飛鳥「……」スッ


飛鳥(これがボクの斬魄刀か。刀身の色は白、形状はごく一般的な西洋剣ってところかな)


飛鳥(それに思っていたより軽い。これならボクの腕力でも十分扱えそうだ)


ザエルアポロ「気に入って貰えたかい?」


飛鳥「とても気に入ったよ、ボクの身には余るくらいだ。ありがとうザエルアポロ」


ザエルアポロ「感謝の意があるならばどうかな、見返りとして明日にでも君の身体を一度解剖させてもらいたいんだが。君の破面としての出自はなかなか特殊で少しソソられるものがある。ああ、解剖にあたっての苦痛は一瞬だから安心してくれ。麻酔などなくても脳髄を切り分けてしまえば痛みなどすぐに感じなくなる。どうかな、君にその気があるのなら是非僕の研究材料として――」ブツブツ


クールホーン「まーたコイツのクソ長い話が始まったわね。聞くだけ時間の無駄だからさっさと宮に戻るわよアスカちゃん」


飛鳥「あ、ああ……」




―第5十刃の宮―


テスラ「ノイトラ様。例の噂、お聞きになりましたか」


ノイトラ「噂だァ?」


テスラ「はい、女の最上大虚が従属官として新しく登用されたという話です」


ノイトラ「馬鹿か、最上大虚なら従属官すっ飛ばしてとっとと十刃に抜擢される筈だろうが。そうなってねェってことはただの与太話だ。いちいち取沙汰すんじゃねェ」


テスラ「それが、どうもバラガンが藍染様に無理を押し通したらしく…… 最上大虚でありながら従属官としてバラガンの下に就いたと専らの噂になっているのです」


ノイトラ「くだらねェ。そんなことを一々報告しに来たのかよてめえは、下がれ」


テスラ「はっ、申し訳ありませんでした。ノイトラ様」


ノイトラ「……」


ノイトラ(最上大虚があのジジイの下に就いた、か。あながち有り得ねえ話だと切り捨てられるモンでもねェ)


ノイトラ(この話が本当だってんなら、そいつは十刃の座を蹴って自ら従属官の地位に留まったってことになる)


ノイトラ(気に入らねェな、どういうつもりだ? メスの分際でふざけた真似しやがって……)




―第2十刃の宮―


クールホーン「ぶえっくしょおおおおおおおおおおおおん!!!!!!」クシャミ


アビラマ「きったねえなオイ! 食事中だぞ!!」


クールホーン「あらごめんなさい。何だか寒気がしちゃってね」


飛鳥「へっくし!」クシャミ


アビラマ「んだよ、お前もかよ」


飛鳥「すまない、ボクもなんだか一瞬寒気を感じてね」


フィンドール「全く、陛下がこの場においでだったら二人とも食事の席からつまみ出されているところだ」


ジオ「そういえば陛下が食事の席をお外しになるなんて珍しいな。ポウ、お前は今日一日この宮内にいただろ? 何か知らないのか」


ポウ「ン…… たしか市丸ギンとチェスを指しにいく、と仰っていたようナ……」


ジオ「じゃあそれが長引いてるってことか」



クールホーン「さーて、食事も終えたし今日はもう休みましょうか。アスカちゃんの個室はあっちよ」


飛鳥「陛下の帰りを待たなくていいのかい?」


クールホーン「陛下のお戻りは結構遅くなりそうだし、その辺りはアタシたちに任せてもらっていいわ。アスカちゃんは明日改めて陛下に挨拶しましょう」


飛鳥「わかった、それじゃお言葉に甘えて先に休ませてもらうよ」


飛鳥「……」


飛鳥「そうだ、クールホーンさん、アビラマさん、それに他の皆さんも、聞いてくれるかい」


アビラマ「オイオイ、いきなり改まってどうしたんだ気味がワリぃな」


クールホーン「アタシたちは陛下の従属官として対等な立場なのよ? 敬称なんかいらないわ」



飛鳥「今日過ごしたこの一日はとても楽しかった。ボクが視た新しいセカイの景色は、いつもボクが見ているソレとは全く異なるものだった」


飛鳥「こうしてキミたちと出会い過ごした時間は、一生ボクのキオクに残り続けるだろう」


飛鳥「このセカイが幻想だとしても、その在るべき一つのセカイのカケラとしてね」


飛鳥「ほんの短い間だったけど、キミたちと出会えてよかった」


飛鳥「今日は本当にありがとう。それじゃ、さようなら。お休みなさい」ペコリ




アビラマ「何だったんださっきのは」


クールホーン「やっぱ面白いわねあのコは。陛下がお選びになっただけのことはあるわ」


ジオ「おい、そろそろ陛下がお戻りになるはずだ。出迎えの仕度を始めたほうがいいんじゃないか」


フィンドール「正解。早急に準備を整えるとしよう」




―第2十刃の宮・寝室―


飛鳥(長いようで短い一日だった)


飛鳥(ここでボクが眠りについたら、恐らく次に目を覚ますのはここではなく元のセカイ。御伽話(ファンタジー)の定番だね)


飛鳥(従属官のみんなへの挨拶は済ませたけど、もっと色々見てみたいことや知ってみたいことがあっただけに、少し残念な気分だ)


飛鳥(明日からは普段通りの元のセカイに……)


飛鳥(……)


飛鳥(あれ、“元のセカイ”って、何だっけ……)


飛鳥(ボクは二宮飛鳥。ボクは、ボクは…… バラガン陛下の忠実なる従属官だ)


飛鳥(変だな、何か大切なことを忘れているような……)


飛鳥(思い違い、かな――)


――――――
――――
――




――――!



なんだろうこのノイズは



―死―――! ――ゃ―!!



誰か、ボクを呼んでいるのかい



―嫌――――! ――飛―――!!!



すまない、よく聴こえないんだ



――飛――ちゃん――!!



煩(うるさ)いな、早くこのノイズを消してくれないか



―――飛鳥ちゃん!!!


ここまで



※鬼道:死神が用いる霊術の一つ。詠唱や術名を唱えることで発動する。攻撃用の鬼道である破道、防御や伝達用の鬼道である縛道、また回復用の鬼道である回道が存在する

※探査神経(ペスキス):対象の霊圧や霊力を探ってその所在や強さを測る破面固有の能力、探査回路とも呼ばれる。個体によって探査の範囲や精度は異なる



―第2十刃の宮・寝室―


飛鳥「……!」パチッ


飛鳥(なんだろう… 夢から覚めたはずなのに、妙な感覚だ……)


飛鳥(ここは… そうか、どうやら御伽話(ファンタジー)の終幕はまだ先の話になりそうだね)


飛鳥(夢から覚めた夢、か。フフッ、まるで胡蝶のなんとやらだ。今日もボクはこのセカイで一日を過ごすらしい)


飛鳥(さて、早く身支度を済ませてしまうとしようか)


クールホーン「おはようアスカちゃん」


飛鳥「ひゃっ!?」ビクッ


クールホーン「あら、そんなに驚かなくてもいいじゃないの」


飛鳥「ちょ、ちょっと待った! どうしてキミがボクの寝室にいるんだ! というかいつからそこで立っていたんだ!」


クールホーン「アスカちゃんが目を覚ましてドヤ顔で何か思いふけった後に身支度を始めようとしていた辺り、かしら」


飛鳥「っ~~! ほとんど最初からじゃないかっ!」



―第2十刃の宮―


アビラマ「おお、ようやく起きたか。おせえぞアスカ」


飛鳥「すまない、どうやら遅れてしまったみたいだね」


フィンドール「陛下の従属官としての自覚がまだまだ薄いようだな。クールホーンに見に行かせて正解だった」フラフラ


飛鳥「大丈夫かい? なんだか調子が悪そうだけど」


フィンドール「不正解。何の問題もない」フラフラ


ジオ「こいつ夜中の間ずっと霊圧張り巡らせて陛下のお戻りを待ってたんだよ。結局お戻りにはなられなかったけどな」


アビラマ「そういやニルゲのヤツはまだ帰ってこねえのか。市丸ギンのトコに向かってからもう大分時間が経つぜ」


ニルゲ「悪い、今戻った」


アビラマ「おせえぞ、陛下の動向について何か分かったのか?」


ニルゲ「ああ、詳しいことは教えて貰えなかったが、どうも陛下は藍染の命令で現世へとお向かいになられたらしい」



アビラマ「現世だと?」


クールホーン「おかしいわね。現世での任務なんて大したモノじゃないのが殆どなのに、どうして十刃である陛下が選ばれたのかしら」


アビラマ「確かに妙だな。十刃を使うにしても現世での任務ならグリムジョー辺りを向かわせりゃいいのによ」


フィンドール「陛下の動向を憂慮するのはお前たちの自由だが、解を導きだせない問答に我々が思考を巡らせてもどうにもならないだろう」


フィンドール「我らが王である陛下だ。例えどのような命令であれど任務で遅れを取られるなど到底考えられまい。ましてや今回は現世での任務。我々ごときが陛下を憂慮するなど実に烏滸がましいことだ」


フィンドール「ならば陛下の従属官たる我々が成すべきことは陛下がお戻りになるまでの間この宮を護り抜くこと、違うか」


ジオ「確かにお前の言う通りかもな。新入りの前だからってカッコつけすぎな気もするけど」


フィンドール「む、不正解。俺は別に格好つけてなどいない、ただ陛下の従属官として……」フラッ


アビラマ「フラフラじゃねえか。そんなアーロニーロみてえなツラで陛下の前に出るつもりかよ、少し休んだらどうだ」


フィンドール「そうだな、ならば少し休息をもらうとしよう…」



ジオ「だけど陛下が任務でこの場に居られないとなると、特にすることがないな」


アビラマ「だったら俺とチェスでも指さねえか? いつまでも弱ぇままだと陛下を呆れさせちまう」


ジオ「いいな。俺でよければ相手するよ」


ニルゲ「俺はどうするかな… ポウのヤツは寝てるし… 今日は自室で休ませてもらうか…」


クールホーン「アタシはどうしようかしら、別にチェスって気分でもないのよねえ」


クールホーン「あ、そういえばアスカちゃん衣装の仕立て直しをしたいって言ってたわよね。よかったら一緒に東仙要のトコにでも行ってみる?」


飛鳥「いいのかい? 別に無理してボクに付き合ってくれなくても構わないよ」


クールホーン「アスカちゃんに虚夜宮を一人で歩かせるのはまだちょっと不安なのよね。アタシがエスコートしてあげるわ」


飛鳥「フッ、それじゃよろしくお願いしようかな」




―虚夜宮・調理室―


東仙「何故だ。現世にまで趣き、必要なものは全て揃えたはずだ!」


東仙「しかし何かが足りない。まだ何か不足しているのか」


東仙「この“正義のレシピ”の完成に必要な何かを見落としているとでもいうのか!」


クールホーン「随分荒れてるわね。おジャマしちゃマズかったかしら」


東仙「む、クールホーンか。それにそっちの娘は…… 先日バラガンが言っていた例の破面か」


飛鳥「ボクはアスカ、二宮飛鳥。どうぞよろしく東仙さん」


東仙「態々ここを訪ねてきたところを見るに、私に何か用があるのだろうが、あいにく今は手が離せそうにない。またの機会にしてもらえないか」


クールホーン「どうせまた料理のメニュー開発で頭悩ませてたんでしょ。考えが凝り固まってる時に同じことで悩んでても埒が明かないんじゃない?」


東仙(確かに、思い詰めるばかりでは正義のレシピの完成へは到底至りそうもない… クールホーンの言うことにも一理あるか…)


東仙「そうだな。レシピの開発はお前たちの用とやらを済ませてからでも遅くはないか」



東仙「では用件を聞こう」


クールホーン「今日はアスカちゃんの装束の仕立て直しをしてもらおうと……」


飛鳥「ボクが貴方の下を訪ねたのは他でもないよ、ボクに鬼道を教えてほしいんだ」ワクワク


クールホーン「あら?」


飛鳥「すまないクールホーン、空を舞う鳥というのは気まぐれなものでね、少し心変わりしてしまった。ボクの我儘を許してほしい」


クールホーン「それは全然構わないんだけど、そもそも破面に鬼道って扱えるのかしら」


東仙「鬼道か。破面が鬼道を習得したという先例は未だ報告も確認もされていないが…」


東仙(いや、記憶と経験を辿って死神の始解を扱うことを可としたアーロニーロのような例もある。そもそも破面は仮面を外し死神に類する力を手にした存在。虚の枠を超越した破面に鬼道を扱えないなどという道理はないか…)ブツブツ


東仙「恐らく修練を積めば鬼道を習得することも不可能ではないだろうが、座学すらまともに受けていない者が一朝一夕で扱えるようになるものでもない」



飛鳥「それなら心配いらないよ。破道、縛道ともに詠唱に関しては全て記憶済みだからね」


飛鳥「ボクの詩(うた)を聴いてくれるかい――」


飛鳥「『滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧きあがり 否定し 痺れ 瞬き 眠りを妨げる』」


東仙(これは、九十番台の鬼道詠唱…!? 何故破面が……)


飛鳥「『爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち己の無力を知れ』」


東仙「待て! こんなところで完全詠唱による九十番台の鬼道を放てば……!」


飛鳥「破道の九十『黒棺(くろひつぎ)』!」


東仙「……」


クールホーン「……」


飛鳥「……」


東仙「確かに、熱意だけは伝わった。まずは一番台の鬼道を学ぶところから始めよう」



飛鳥「破道の一、『衝(しょう)』!」シーン


東仙「駄目だ、霊圧が乱れている。霊力を一点に圧し固めるよう意識するんだ」


飛鳥「縛道の一、『塞(さい)』!」シーン


東仙(やはり一番台の鬼道といえど詠唱破棄は難易度が高いか。本人は何故か低級鬼道の完全詠唱を嫌っているようだが……)


飛鳥「破道の九十九!『五龍転滅(ごりゅうてんめつ)』!!」シーン


東仙「何をしている! 九十番台の鬼道を、それも破道の九十九番を詠唱破棄など千年早い!」




飛鳥「はぁっ…… はぁっ……」


東仙「やはりこの短時間では教えられることがあまりにも少ないな。よければこれを持っていくといい」


飛鳥「これは…?」


東仙「私がかつて真央霊術院で教鞭を執っていた頃の教本だ。鬼道の扱い方について記されている。少しは君の役に立つだろう」


飛鳥「いいのかい? ありがとう東仙さん」




―虚夜宮・回廊―


クールホーン「意外だったわ、まさかアスカちゃんが死神の扱う鬼道なんかに興味を持ってたなんてね」


飛鳥「おかしなヤツだと思うかい?」


クールホーン「フッ、あんたが変わったヤツだなんてことは最初から承知のうえよ。いまさら何をしようが別に驚きはしないわ」


飛鳥「ははっ、ボクを理解してくれてうれしいよ」


クールホーン「ま、アタシとしては鬼道よりも先に虚閃や響転を身に付けてほしいトコだけど」


飛鳥「うっ… そこを突かれるとなかなか言い返し辛いものがあるね」


クールホーン「……!」ピクッ


飛鳥「どうしたんだいクールホーン。急に足を止めて」


クールホーン(何かしらこの禍々しい霊圧。どう考えても凡百の破面が放つ霊圧じゃないわね)


クールホーン(どんどん近づいてくるわ。狙いはまさか、アタシたち?)



ノイトラ「よォ」


クールホーン(ノイトラ・ジルガ。今の霊圧は間違いなくコイツね、こんな威嚇するような真似して何のつもりかしら)


クールホーン「アンタに話しかけられるような覚えはないんだけど、アタシに何か用でもあるのかしら」


ノイトラ「てめえに用はねェよ。用があるのはてめえの後ろに付いて回ってるその女破面だ」


クールホーン(マズいことになったわね)


クールホーン(どうもコイツの狙いはアスカちゃん一人。理由を訊いてもまともな返答が返ってくるはずもないでしょうし)


クールホーン(相手は陛下より格下とはいえ第5十刃。アタシ一人だけならともかく、アスカちゃんを抱えながら逃げ切れるような相手じゃないわ)


クールホーン(…………)


クールホーン「アスカちゃん、もしもノイトラが少しでも敵意を見せたらすぐに逃げなさい。死にたくなかったらね」ボソッ


飛鳥「どういうことだい…!?」ヒソヒソ


クールホーン「アスカちゃんも感じるでしょコイツの霊圧。まず間違いなくあんたに何か仕掛けてくるつもりよ」ヒソヒソ


クールホーン(アタシとしたことが迂闊だったわね。探査神経(ペスキス)を張り巡らせておけばコイツと別の回廊を選ぶこともできたってのに)



ノイトラ「新しくバラガンの下に就いた女破面ってのはてめえだろ。名前は何てんだ」


飛鳥「ボクはアスカ、二宮飛鳥――」



ギィン!!!!



飛鳥「え?」


ノイトラ「ちっ、なに庇ってんだよ。斬り損ねただろうが」


クールホーン「やっぱり仕掛けてきたわね、アンタ霊圧がダダ漏れだからバレバレなのよ」



飛鳥(今、何が起こったんだ、なにも見えなかった。ノイトラがボクを斬ろうとして、それをクールホーンが受け止めた……?)


飛鳥(……)ツー


飛鳥(頬から血……! やっぱりボクは斬られて… いやまさか、殺されるところだったのか……?)


飛鳥(うっ…… 痛っ……)ズキッ


飛鳥(おかしいな… 夢の中なのに、こうも鮮明に痛覚が感じ取れるなんて…… 今のは頬で済んだからよかったけど、こんなの、まともに斬られたら本当に死んじゃうんじゃ……)


クールホーン「アスカちゃん!!」


飛鳥「!!」ビクッ


クールホーン「なにボサっと突っ立ってんのよ! 早く逃げなさい!!」


飛鳥「だ、だけどクールホーン、キミを置いて……」


クールホーン「いいから逃げろっつってんのよ!! アタシの心配するヒマがあんなら自分の命の心配しなさい!! 行け!!!」


飛鳥「っ!」ダッ



クールホーン(アタシが少しでも時間を稼ぐ。できるだけ遠くに逃げなさいよ、アスカちゃん)


ノイトラ「雑魚に用はねェ。さっさと失せろ」


クールホーン「アタシがここを退いたらアンタはあのコを追うつもりでしょ。何が目的なのか知らないけど、アンタの好きにはさせないわ」


クールホーン「それに、陛下の従属官であるアタシが敵前逃亡なんてしたら陛下の顔に泥を塗ることになるじゃない」


ノイトラ「馬鹿が。てめえみてえなゴミが俺に勝てると思ってんのか」


クールホーン「そんなのやってみなきゃ分からないわ。乙女の意地を見せてあげるわよ」


クールホーン「煌(きらめ)け――」スッ


クールホーン「『宮廷薔薇園ノ女王(レイナ・デ・ロサス)』!!!!」



飛鳥(クールホーン!)


飛鳥(ボクはどうすれば。そうだ、早く宮に戻って他の皆に助けを……!)


ガッ!!


飛鳥「!?」ムググ


テスラ「申し訳ありません。貴女を捕えよとのノイトラ様のご命令です」


飛鳥(テスラ・リンドクルツ…… ノイトラ・ジルガの従属官……!)


テスラ「抵抗しないでください。ノイトラ様は最上大虚である貴女をご所望しております」


テスラ「お願いします。どうかノイトラ様が参られるまでこのまま動かないでください」




ノイトラ「ハッ、本当に捕まってやがるじゃねェか」


飛鳥「……」


ノイトラ「どういうつもりだ。最上大虚のてめえなら例え捕まろうがテスラ程度すぐに殺せる筈だ。そもそも俺から逃げる必要もねェ」


飛鳥(どうするべきか。彼の性質上ボクがここで『ボクは最上大虚ではない』と言ったとしても、それを鵜呑みにすることはないだろう)


飛鳥(それどころか、ボクが本当に最上大虚ではないことを確かめるために襲い掛かってくる可能性もある)


飛鳥(かといって、『ボクは最上大虚だ』と言ったとしても、それで彼が臆して退くとは到底思えない)


飛鳥(それこそ、彼は彼にとって邪魔でしかない最上大虚のボクを斬るために動くだろう)


飛鳥(この状況だと、どちらの返答を選ぶにしろリスクが高すぎる)


飛鳥(それにクールホーンはどうなったんだろう。ノイトラがボクを追ってここまで来たということは、つまり)


飛鳥(……)


飛鳥(何とかこの場から脱出して、早くクールホーンを助けにいかないと)



飛鳥「キミに一つ、訊きたいことがある」


ノイトラ「あァ?」


飛鳥「ボクと一緒にいた破面、クールホーンが今どんな状況にあるのか教えてほしい」


ノイトラ「てめえの知ったことかよ」


飛鳥「じゃあもう一つ。キミはどうしてボクを追ってくるんだ。ボクはキミとは初対面の筈だけど…」


ノイトラ「決まってんだろうが、俺は十刃最強だ」


ノイトラ「わかるか、俺が最強であり続けるためには俺以外の最強が存在しちゃあいけねえ」


ノイトラ「イラつくんだよ、てめえみてえなメスを見てるとよ。どいつもこいつも俺より強ェと思ってやがる」



飛鳥「それならもう一つ、どうしてボクが――」



ガシッ!!



飛鳥「うぐっ!?」


ノイトラ「くどいんだよ最上大虚。どんな意図かしらねえが時間稼ぎでもしてるつもりか?」ギリギリ


ノイトラ「はっきり言ってやる、俺は最上大虚のてめえを殺しに来た。てめえに戦う気がねェならそれでもいい、さっさと死ね」ギリギリ


飛鳥「はっ…… ぐ……!」ジタバタ


ノイトラ「ふざけんな。どうして抵抗しねえ、その腰の斬魄刀は飾りかよ。このまま首の骨へし折られてェのか」ギギッ


飛鳥「かっ…… は……!」ジタバタ


「そこまでだ、手を離せノイトラ」



ノイトラ「……」パッ


ドサッ


飛鳥「げほっ…! ごほっ…ごほっ…! ううっ……」


ノイトラ「ハリベルか、どうして俺を止めた。俺がこいつをどうしようがてめえには関係ねェことだろうが」


ハリベル「藍染様の部下として、私が破面同士による無益な争いを黙って見過ごすと思っているのか」


ノイトラ「相変わらず綺麗事をほざきやがる。ようやくあいつが消えたと思えば次の第3十刃はてめえだ」


ノイトラ「気に入らねえんだよ、てめえもあいつも。メスがオスの上に立ちやがって。いつまでも俺がてめえの下で甘んじてると思ってんじゃねえぞ」


ハリベル「……」


テスラ「ノイトラ様、ここはあまり事を荒げるべきではないかと……」


ノイトラ「ちっ、興醒めだ。命拾いしたなァ、最上大虚」




ハリベル「立てるか。手を貸そう」


飛鳥「ボクのことより、さっきクールホーンがノイトラに斬られて……」


ハリベル「分かっている。先程回廊に倒れているのを見つけ救護室へ搬送した、奴のことは心配しなくていい」




―虚夜宮・救護室―


クールホーン「アスカちゃん! だいじょうぶ!?」


飛鳥「大丈夫だよ。キミの方こそボクを庇ってケガをしたんじゃないのかい」


クールホーン「こんなものただの掠り傷よ、すぐに治るわ」


飛鳥「優しいんだねキミは。実は、と言っては何だけど恥を忍んでキミに一つ頼みたいことがあるんだ」


クールホーン「ん? なにかしら」


飛鳥「恥ずかしながら、さっきのいざこざでボクの頭と身体が少し悲鳴をあげていてね。本能的な恐怖を感じてしまった、と言うべきなのかな」


飛鳥「今回の顛末に関しては、ボクがヒトの構造をしている以上避けえなかった運命(さだめ)だったのかもしれない」


飛鳥「いざ空前絶後の絶望的な状況に陥れば、戦場を駆けた勇猛な戦士や偉大なる名君、はたまた文明を築き上げてきた賢者たちでさえも、その自制を保つことは困難なのかもしれないね」


飛鳥「だからね、つまりその、ええと……」


飛鳥「着替えを一着、用意してもらえないかな」




―第2十刃の宮―


アビラマ「で、あの部屋の隅で布切れ被って震えてるのは何だ」


飛鳥「」プルプル


ジオ「アスカだよ。クールホーンの話だと、どうもノイトラと小競り合いを起こして殺されかけたらしい」


ニルゲ「まァ… 実際には一方的に因縁吹っ掛けられたみたいだけどな」


アビラマ「マジかよ、ノイトラのやつ調子にのりがやって。こいつが陛下の従属官だってこと知っててやったのか?」


ジオ「さあな」


アビラマ「そうだ、クールホーンはどうした。あいつもやられたのか」


ジオ「ああ、さっきまでは普通にしてたんだが、アスカの傍から離れたらいきなり白目剥いてぶっ倒れてさ。やっぱ新入りの前ってことでやせ我慢してたんだろうな」


ジオ「結果的にハリベルにも借りを作ることになったし、陛下がお戻りになられてこの惨状を見たら何と仰られるか……」



飛鳥(ヒトというのは無力なものだね。圧倒的な力の前にはどうすることもできない)


飛鳥(いや、今のボクは破面だったか。ははっ、まだ震えが止まらないよ)


飛鳥(頬の痛みも消えない。偶像(アイドル)の顔に傷がついたなんていったら、事務所からは大目玉を喰らうだろうね)


飛鳥(これが夢でよかったよ、これはあくまで夢の中の出来事なんだ)


飛鳥(……)


飛鳥(理解ってるさ)


飛鳥(理解ってるんだ。この状況下で、未(いま)だ目に映るセカイに対して反証を唱え続けるほどボクは楽観主義者(オプティミスト)じゃあない)


飛鳥(ボクにはもう、これが夢の中のセカイだと思い込むしかないんだ)


飛鳥(目が覚めれば今度こそ、元のセカイに戻ることができる)


飛鳥(そうだよね。――。)


ここまで



―第2十刃の宮・修行場―


飛鳥「だああああああああああっ!!」ブンッ


アビラマ「ふん」ポイッ


飛鳥「ぶへっ」


アビラマ「やみくもに突っ込んでくるだけじゃ敵に斬ってくれって言ってるようなモンだぞ!もっと相手の動きを見極めて戦え!」


飛鳥「手厳しい指導だね。でも、これくらいじゃないとボクは到底強くはなれない。そうだよね」


アビラマ「いい心掛けじゃねえか。わかってるなら上等だ、もう一回かかってこい!」


飛鳥「言われなくともッ!」




ニルゲ「すげえやる気だなアスカのやつ… 昨日とは別人みてえだ」


ジオ「ノイトラに叩きのめされてアイツの中で何かが変わったんだろ。正直、立ち直るのはもう少し先になると思ってたけどな」


フィンドール「だが、この程度の力量ではまだまだ陛下の従属官として戦闘の場に立つには程遠い」


ジオ「今はまだまだ半人前だけど、これからアスカはもっと強くなる。何となくだけどそんな気がするよ」



飛鳥(ヒトというのは立ちはだかる壁を乗り越えて成長する生き物だ。死の恐怖に打ち勝つこともその例外じゃない)


飛鳥(不老不死や死者蘇生。ヒトは死という概念を取り払い超越するために未だ果ての無い幻想を追い続けている)


飛鳥(だがそんなものはナンセンスだ。ヒトというのは限られた時を歩む流浪人にすぎない。決してセカイの理に抗うことなんてできやしないちっぽけな存在なのさ)


飛鳥(そう、戦うのは怖い。死ぬのは怖い。結局ボクは戦いに対する恐怖を、死に対する恐怖を克服することはできなかった)


飛鳥(あの時クールホーンがボクを護ってくれなかったら、それこそボクの命はなかった。思い出すだけでも身体が震えてくるよ)


飛鳥(でも、このまま臆して立ち止まっているわけにはいかないんだ)


飛鳥(ボクの本能に刻まれたこの恐怖を取り払うことができないなら、それを上回る強い心でボクを蝕む恐れを封じ込めるしかない)



飛鳥(これはボクなりにこのセカイについて考えた結果の行動ということになる)


飛鳥(こういう御伽話(ファンタジー)モノはおおよそその世界での死が引き金(トリガー)となって物語の全容が明かされるというのも定番の一つだ)


飛鳥(ただ、その引き金を引いた結果、運命の天秤がどちらに傾くのかは誰にもわからない)


飛鳥(何の確証もないが、どうもボク自身の心が、このセカイの声が、その引き金を引いてはならないと警鐘を鳴らしている気がするんだ)


飛鳥(死をもって物語の終幕を迎えることができそうにないならば、この御伽話のセカイでやるべきことは一つ)


飛鳥(それは“このセカイがボクに望むボク自身の役割を果たすこと”だ)


飛鳥(恐らくその存在証明を完遂したその時にこそ、このセカイでの物語は幕を閉じる)


飛鳥(そのためには、ボクはこのセカイで死ぬわけにはいかない。死を回避するためには強くなる必要がある)


飛鳥(強くなって強くなって全てをやり遂げた後にようやく、この夢から覚めるんだ)


飛鳥(今のボクには、死の恐怖に怯えている時間なんてない)



飛鳥「」チーン


アビラマ「今日はここまでだな、昨日の今日でアホみたいに修行の量を増やしたんだ。もう動けねえだろ」


飛鳥(ははっ、疲弊しすぎて意識が飛びそうだ。こんなに辛いレッスンは初めてだよ。吐きそう)


飛鳥(だけどこれが限界じゃない。まだ立ち上がる力もあるし、叫ぶこともできる)


飛鳥「フフッ、次の特訓メニューを教えてくれないか」フラッ


アビラマ「何だ、まだ続けるつもりか?」


飛鳥「もちろんだよ。まだまだこのくらいのレッスンで倒れるわけにはいかないんでね」


アビラマ「そうかよ、じゃあこっからは今までみたいに甘……」


飛鳥「うっぷ」


アビラマ「ん?」


飛鳥「先に謝っておくよアビラマ。どうやらレッスンを続けたいというボクの想いにボクの身体が追いつかないみたいだ おえっ」


飛鳥「もう限界だ、全てを吐きだすことを赦(ゆる)してほしい」




―虚夜宮・玉座の間―


藍染「突然招集を掛けて済まなかったね。ウルキオラ、ヤミー」


藍染「君達への指令は一つだ。早急に現世へと赴きバラガンを連れ戻してもらいたい」


ウルキオラ「はい」


ヤミー「待ってくれよ藍染さん。バラガンを連れ戻すってどういうことだ、あいつ何かやらかしやがったのか」


ウルキオラ「藍染様の前だ。言葉を慎めヤミー」


藍染「構わないよ。私が言葉足らずだったようだ」


藍染「バラガンは先日、私の待機命令に背き独断で現世へと向かった。そして未だ虚夜宮への帰還を果たしていない」


藍染「そして向こうから黒腔(ガルガンタ)を開く様子もなく、緊急連絡や経過報告も届いていないんだ」


ウルキオラ「まさか――」


藍染「いや、離反ではないよ。彼は聡明な破面だ。大虚時代の部下やかつての居城を捨て私に反旗を翻すということはないだろう」



藍染「彼にも彼なりの思惑があるのだろうが、先日の出来事から日も浅い」


藍染「第2十刃とはいえ、彼にばかり特例を赦していればいずれは虚夜宮全体の士気にも影響が及ぶだろう」


藍染「私としても、後に控える戦いを前にして統率に乱れが出るのは避けたくてね」


藍染「理解してもらえたかな。君達への任務は『手段の如何を問わずバラガンを虚夜宮へと送還すること』だ」


ヤミー「とにかくさっさとバラガンをとっ捕まえて帰ってこればいいんだろ? 任せてくれよ藍染さん」


ウルキオラ「……」


藍染「では早速実行に移ってくれ。ウルキオラ、ヤミー」


ウルキオラ「了解しました」


藍染「ああそうだ。この任務における人員の選定権はウルキオラ、君に預けることにしよう」


藍染「もし戦力の不足を感じるのなら、他の十刃を連れていっても構わないよ」




―第6十刃の宮―


グリムジョー「ちっ、それで俺を数合わせに連れてくってことか」


ヤミー「あァン? 何だ文句あんのかグリムジョー」


グリムジョー「あるに決まってんだろうが。バラガン連れ戻すだけの微温ィ任務に何でわざわざ俺が行かなきゃならねえ」


ウルキオラ「“連れ戻すだけの任務”か、随分と甘い見通しだな」


グリムジョー「なに?」


ウルキオラ「相手がバラガンとはいえ、ただの送還任務に十刃が複数体も選定されるはずがないだろう」


ウルキオラ「さらに藍染様はこの任務の補充要員を十刃のみに限定していた。ならば今回の任務は少なくとも何かしらの戦闘を想定したものと見るべきだ」


グリムジョー「戦闘だァ? まさか俺とてめえらで徒党組んでバラガンと戦(や)りあえってんじゃねえだろうな」


ヤミー「さっきからごちゃごちゃうるせえな、ビビってんのか?」


グリムジョー「あァ!?」


ウルキオラ「不要な挑発はよせ、ヤミー」



グリムジョー「ハッ、まあいい。藍染の命令なら仕方ねえ。バラガンだろうが誰だろうが俺がぶっ潰してやるよ」


ウルキオラ「逸っているところ悪いが、俺たちが奴と戦闘を行うことは無い」


グリムジョー「……オイ、さっきから戦うだの戦わねえだの何が言いてえんだ」


ウルキオラ「この任務の真に用心すべき箇所は別にあるということだ」


ウルキオラ「藍染様が本当にバラガンとの戦闘を想定しているならば、そもそもこの任務に俺と今のヤミーが選ばれることなどない」


ウルキオラ「第2十刃の強制送還を果たそうとすれば、序列がより1番に近い数字を持つ十刃の力が必要になるからだ」


ウルキオラ「奴を捜索し送還するという点から見れば、俺たちの役割はただの使者に過ぎん」


ウルキオラ「そして使者である俺たちと敵対することは即ち藍染様への叛逆とみなされる。それはバラガンにとっても本意ではないだろう」


ウルキオラ「だが、先にも言った通り例え対象が第2十刃であろうと捜索及び送還程度の任務に十刃を複数体向かわせるはずもない」


ウルキオラ「ならば今回の任務はバラガンではない“別の警戒すべき対象”がいると見るべきだ」


グリムジョー「てめえにしちゃえらく喋るじゃねえかよ」


ヤミー「おい、いつまで待たせんだ。早いトコ現世に向かおうぜ」




―虚夜宮・浴場(男湯)―


飛鳥(どうしてボクが男湯に……)ムスッ


アビラマ「なに膨れっ面してんだよ、仕方ねえだろ今日はクールホーンがいねえんだからよ。そもそもいきなりゲロぶちまけたお前が悪い」


飛鳥「お風呂くらいボク一人で充分だよ」


アビラマ「馬鹿野郎、お前一人にして昨日みたいなことになってみろ。これ以上無様な醜態晒したらいよいよお前も俺達も陛下に合わせる顔がなくなっちまうぞ」


飛鳥「確かにそうかもしれないね。でもそれ以前にキミたち破面には恥じらいというものが不足している気がしてならないよ」


アビラマ「何言ってんだお前も破面だろうが。なに気にすることはねえ、この時間帯なら誰もここには来やしねえよ」


エドラド「オウ? なんだ、見ねえ顔がいるじゃねえか」


飛鳥「……」


アビラマ「……」


飛鳥「この時間帯なら誰もここに来ないんじゃなかったのかい?」


アビラマ「すまねえ」



エドラド「聞いてるぜ、お前が昨日ノイトラとやりあったっていう…… オウ、どうしてお前はさっきから目を閉じてるんだ」


飛鳥「フッ、ボクにも目に写すセカイを取捨選択する権利があるはずだろう?」


エドラド「?」


アビラマ「まあこの通り変わったヤツなんだよ、勘弁してやってくれ」


シャウロン「成程、出会いがしらにノイトラに斬りかかるほどの豪胆と聞いた。その立ち振る舞いも型破りという訳か」


飛鳥「どうも間違った情報が伝わってる気がするのはボクの勘違いかな」


アビラマ「お前がノイトラにビビって逃げた挙句に手も足も出ずにやられたなんて言えねえだろ。ちょっとばかし話を盛って広めといたぜ」


飛鳥「クールホーンもそうだけど、その見栄っ張りなところは君たち特有のものなのか破面全員に共通するものなのかが気になるよ」



ディ・ロイ「お前アスカとか言ったっけか? せっかく優秀な従属官が入っても頭のバラガンがあんなことになっちゃ宝の持ち腐れってヤツだな」


アビラマ「なに? オイ、どういう意味だ。てめえ今なんつった」


ディ・ロイ「バラガンのやつ、藍染様を裏切ったんだろ? さっきグリムジョーと他の十刃のやつらが……」


シャウロン「よせディ・ロイ。不用意に内部情報を口にするな」


アビラマ「てめえら、陛下の動向について何か知ってやがるな」


アビラマ「どうにもおかしいとは思ってたんだ。たかが現世の任務で陛下のご帰還がここまで遅れるなんてことはありえねえ」


アビラマ「アスカ」


飛鳥「なんだい」


アビラマ「俺の斬魄刀を持ってこい。こいつら全員叩きのめして口を割らせてやる」



エドラド「オウ、落ち着けよアビラマ。ここまで来ちまったらもう隠し通すつもりもねえ」


イールフォルト「ちっ、どこぞのカスが余計なことを口走ったおかげで面倒事が増えちまった」


シャウロン「とはいえ、私たちも詳細に事を理解しているわけではない」


シャウロン「バラガンが現世に無断侵攻を開始した、現世へ逃亡した、藍染様の下から離反した… このように情報が錯綜していて何が真実であるのか未だ解明できていない」


シャウロン「ただ、先程グリムジョー、ウルキオラ、ヤミーの十刃三体で構成された部隊が現世に滞在するバラガンの下へ向かったというのは事実だ」


シャウロン「三体もの十刃を動員した任務、やはり考えられるものとしては藍染様に対し裏切りの意思を示したバラガンの討伐。これが最も可能性が高い」


アビラマ(どうなってやがる。陛下は藍染の命令で現世での任務へとお向かいになられたハズだ。それがどうして無断侵攻だの離反だのワケ分からねえことになってんだ)


アビラマ(確かに陛下が藍染を討つ機会を狙ってるってのは事実だ。だが今はその時じゃねえ)


アビラマ(まさか藍染の野郎、俺たちの反逆の意思を見抜いて陛下を陥れやがったのか?)


アビラマ(長期滞在任務とか適当ぶっこいて現世に向かわせた後に帰還命令を出さずに反逆者として処理する。単純なやり方だがありえねえ話じゃねえ)


アビラマ(そうだ、そうに違いねえ。藍染の野郎、どこまで陛下を侮辱する気だ…!)


アビラマ「こうしちゃいられねえ、俺たちも宮に戻って現世に向かう態勢を整える! 行くぞアスカ!」グイッ


飛鳥「ぐえっ」




―虚夜宮・回廊―


アビラマ「くそッ、くそッ! ふざけやがってッ!」


飛鳥「待ってくれアビラマ、少し冷静に……」


アビラマ「冷静だよ俺は! ったくとんでもねえことになりやがった、まさか藍染の野郎がこんなに早く行動に移しやがるとはな」


飛鳥「アビラマ、ボクの話を聞いてくれ」


アビラマ「そんな時間はねえ。いくら陛下とはいえ十刃を三体同時に相手取るなんてことになれば万が一ってこともあり得る」


アビラマ「もしも陛下がやられたなんてことになったらもう取り返しがつかねえ、死人に口なしってヤツだ。陛下も俺たちもお前も反逆者として処刑されて終わりだ」


アビラマ「陛下さえ虚夜宮に戻れば裏切りじゃねえってことが証明できる。藍染も文句は言えねえハズだ」


アビラマ「俺たちはバラガン陛下の忠実なる従属官だ。一刻も早く現世に向かって陛下のご帰還を援護しなきゃならねえ」


飛鳥「やっぱり今のキミは冷静さを欠いているよ。その選択は悪手だ、新入りのボクにだって理解る」


アビラマ「なに?」


飛鳥「このままボクたちが現世に向かえば陛下は本当に藍染惣右介を裏切った逆賊として処刑されることになるだろうね」



飛鳥「“バラガン陛下は藍染惣右介のでっち上げた虚構の任務によって現世に幽閉された”」


飛鳥「“現世から帰還することができない今の状況は陛下を反逆者に仕立て上げるのには好都合だ”」


飛鳥「“なぜなら現世から帰還しない行為それそのものが傍から見れば虚夜宮に対し反逆の意思を示したという既成事実となるからだ”」


飛鳥「キミはこんなふうに考えている、とボクは踏んだんだけど違うかい」


アビラマ「まあ、全部正しいってワケでもねえが間違ってはいねえ」


飛鳥「ボクもシャウロンの話を聞いた時は一瞬そう思ったよ。でも藍染惣右介が考案したにしてはこの謀略はあまりにも稚拙すぎる」


飛鳥「ボクの知る藍染惣右介ならば、ボクたち破面に見破ることができる程度の策を実行に移すはずがない。いつぞやの死神魂魄消失事件のような綿密な計画を立てるはずさ」


飛鳥「それに陛下が虚夜宮に戻らないといってもわずか数日のこと。その短期間で裏切りと決めつけて即座に討伐部隊を編成するのはいささか早計だとは思わないかい」


アビラマ「……」


飛鳥「他にも、この時期に十刃同士を衝突させて貴重な戦力を減らすようなことはしないと思うよ」


飛鳥「言い方は悪いけど、ボクが彼なら策に陥れる相手に明確な裏切りの意思を示させるために適当な破面を送り込んで衝突させる。それなら同胞を斬った裏切り者として懲罰を正当化できるからね」



アビラマ「小難しいがお前の言いたい事は大体わかった。だがどうして俺たちが現世に向かうと藍染を裏切ったってことになるんだ」


飛鳥「その場の状況がそのまま裏切りを証明することになってしまうからさ」


飛鳥「ボクたちが現世に向かえば“現世にバラガンとその部下が集結する”ことになる」


飛鳥「虚夜宮の側から見れば“バラガンが部下を引き連れ現世に離脱、藍染惣右介に対し離反の意思を示した”。真意は違えどそう捉えられてもおかしくない」


飛鳥「藍染惣右介と少なからず因縁のある陛下なら特にそうだ」


アビラマ「……」


飛鳥「理解してくれとはいわない。ただこれも一つの意見として受け止めてほしい」


アビラマ「確かにお前の言う事にも一理ある。だが俺も大虚の時代から陛下に仕えてきた一人だ、正直今すぐにでも陛下のもとに向かいてえ」


アビラマ「改めて訊くがお前はどう思う。俺たちはこのまま虚夜宮に留まるべきか、それとも現世に向かうべきか、陛下の従属官であるお前の意見を聞かせてくれ」



飛鳥「ボクの考えは変わらないよ。宮で陛下の帰りを待つのが得策だと思う」


アビラマ「そうか」


アビラマ「覚えてるか? 少し前にクールホーンがお前と俺たちは陛下の従属官として対等な立場だって言ったよな」


飛鳥「ああ」


アビラマ「仕えた期間は違っても、お前と俺たちは志を共にするバラガン陛下の従属官だと、俺もそう思いてえ」


アビラマ「だがな、俺はどうしてもお前の言ったことが陛下の従属官としての立場から出た言葉だとは思えねえんだ。お前はどこか、陛下から離れた場所で物を言ってるように聞こえちまう」


アビラマ「お前が新入りだからとかそういうのじゃねえ。何だ、上手く言えねえんだが、お前は……」


飛鳥「いや、キミの言いたい事はよくわかる。そしてきっとキミの言いたい事は正しい」


飛鳥「ごめんよアビラマ。やっぱり最初に本当のことを話しておくべきだった」



飛鳥「最初に会った時、ボクはキミたちのことを知っていると言ったよね」


飛鳥「あれは名乗り口上でもなんでもないんだ。ボクは“本当にキミたちのことを知っている”」


飛鳥「アビラマ・レッダー。解号は「頂を削れ」。帰刃名は『空戦鷲(アギラ)』」


アビラマ「!!」


飛鳥「可笑しいだろう。キミにしか分からないはずのことをボクが知っているんだ」


飛鳥「これだけじゃない。バラガン陛下のこと、キミたちのこと、他の十刃や従属官のこと、死神のことも滅却師のことも、後の大戦のことも、全て知ってる」


飛鳥「それとボクは破面じゃなくて人間なんだ。何の因果か在るべき別のセカイからこのセカイに飛ばされたらしくてね」


飛鳥「でも、破面ではないとはいえボクにはこのセカイで成すべきことがある。成すべきことを成して元あるセカイに戻るんだ」


飛鳥「ボクの心は此処にある。在るべきセカイに戻るその時まで、陛下の従属官として全ての力を尽くすことをここに約束するよ。この言葉に偽りはない」



アビラマ「……」


飛鳥「ごめんなさい、やっぱりこの事はもっと早くキミたちに伝えておくべきだった」


アビラマ「くっくっく。やっぱ面白いヤツだぜお前は」


アビラマ「俺が悪かった。こんな突拍子もないハッタリかましてまで陛下のために俺を説得しようと思ったんだろう」


アビラマ「お前がマジなツラで俺の帰刃名を言い当てて自分が人間だの何だの言い出したときはついお前の言うことを信じちまいそうになったが、お前は一度陛下にお会いになってる」


アビラマ「その時に俺たちのことを陛下に訊いたとすりゃ俺のことについて知っててもおかしくねえ」


アビラマ「よく考えりゃお前の言ってることはごもっともだ。こんな時にわざわざ十刃同士かちあわせる必要なんてねえ」


アビラマ「俺たちが現世に向かったところで陛下の立場が悪化するってのもお前の言う通りだろう」


アビラマ「ちっとは不安が残るが、今回はお前の意見に従うぜ。お前は確かに俺たちと同じ志を持つ陛下の従属官だった」


飛鳥「待ってくれ、ボクは本当に……」


アビラマ「なにボーっとしてんだ、さっさと宮に戻るぞ。俺たちに今できるのは陛下のお戻りを待つことだけだ」


飛鳥「……」


飛鳥(ボクのことは、いずれその時が来たらみんなに伝えよう)


飛鳥(彼らの行く末も、虚夜宮の未来も、今は話すべきではないのかもしれないね)




―第2十刃の宮―


クールホーン「んもおおおおおおおおおおお!!! このあたしがノイトラごときにやられたなんて納得いかないのよおおおおおおおおお!!!!」ギリギリ


アビラマ「いでででで! 俺に八つ当たりすんじゃねえ!!」


ジオ「クールホーンもすっかり快復したな」


クールホーン「フフフ、休みすぎたくらいよ。もう霊圧があり余っちゃって仕方ないわ」ギリギリ


アビラマ「だから痛えんだよ! 放せっつーの!!」


飛鳥「紅茶を淹れてみたんだけど、みんな飲むかい?」


ジオ「ん、紅茶か。貰おうかな」


クールホーン「いい香りじゃない。ちょっと前にこっちの鳥頭が淹れた紅茶とは雲泥の差ね。思い出しただけでも吐き気がしてくるわ」


アビラマ「あの時は少し失敗しちまったんだよ。つーかそんなに酷くなかっただろ」


ニルゲ「さすがに灰色の紅茶が出てきた時は何事かと思ったけどな…」


ジオ「パッと見は完全に雑巾のしぼり汁だったもんな。味の方もまあ、アレだったし」



アビラマ「はっ、紅茶の上手い不味いなんてのはこの際どうでもいい」


アビラマ「そんなことより分かってんだろうなお前ら。陛下の現世任務の件に関してはアスカの意見に従ってもらうぜ」


ジオ「分かってるって。何回目だよその話」


ニルゲ「でもよ、もしも陛下に何かあったら……」


ポカッ


ニルゲ「いてっ」


ジオ「何もないさ、俺たちが付き従ってるのは誰だと思ってる。神である王に“何か”なんてのはないんだよ。万が一にもな」


アビラマ「ン゛ン゛ッ」


ジオ「ん、どうした?」


アビラマ「いや、何でもねえよ」




―現世・空座(からくら)町―


グリムジョー「よォ、見つけたぜバラガン」


バラガン「随分と使いを寄越すのが遅かったのオ。貴様一人で来たのか」


グリムジョー「だったらどうするよ」


バラガン「……」


グリムジョー「……」


バラガン「フン、差し当たっての用は終えた。これより虚夜宮へと帰還する、黒腔を開け」


グリムジョー「あァ? こっちはわざわざてめえを連れ戻しに来てやったってのにどうして俺が……」


ドガッ!!


グリムジョー「ぐっ!?」


バラガン「この儂に口が過ぎるぞグリムジョー。黒腔を開けと言ったのが聞こえんかったか」


グリムジョー「てめえ!!」



ウルキオラ「やめろグリムジョー」


グリムジョー「!」


ヤミー「一人で突っ走って行きやがったと思いきやこれだ。あんまり余計なことしたら藍染さんに叱られるぜ?」


ウルキオラ「バラガン、虚夜宮へ帰還する前に一つ訊きたい」


バラガン「何じゃ」


ウルキオラ「俺たちが現世に到着するまでの数日、ここで“誰と会っていた”」


バラガン「何の話だ」


ヤミー「お前いったい何を企んでやがんだ。まさか本当に藍染さんに逆らおうってんじゃねえだろうな」


バラガン「ほざけ、儂の行動の全てはボスの為。貴様らにとやかく言われる筋合いはないわ」



ウルキオラ「何にせよこれで大方の指令は終えた、これより虚夜宮へと帰還する」


ヤミー「くぁぁ… ったくつまんねえ任務だったぜ」


グリムジョー「結局“警戒すべき対象”なんてのはどこにもいなかったじゃねえか。てめえの目論見もアテにならねえな、ウルキオラ」


ウルキオラ「ああ、どうやら“到着が遅かった”らしい」


バラガン「……」


バラガン(奴の命令に背いてでも現世に来たのは正解だった)


バラガン(あの小娘の言ったこともまんざら虚言という訳ではないらしい)


バラガン(奴は使える。必ずや藍染惣右介を追い詰めるための儂の牙となるじゃろう)


バラガン(儂がこの手で貴様を殺すまで、精々偽りの王の座にて虚圏の神を気取っているがいい。藍染惣右介)


ここまで
プロローグおわり



数日後 第2十刃の宮


アビラマ「急げアスカ! 食事の準備だ!」


飛鳥「はい!」ダッ


クールホーン「アスカちゃん! そっちのグラスとボトル取ってちょうだい!」


飛鳥「はい!」ダッ


飛鳥(結局あれから、彼らの心配をよそに陛下は無事現世から帰還した)


飛鳥(あんなに慌ただしかったこの宮も、今では別の意味で賑やかだ)


フィンドール「これが新しい“正義のレシピ”か。この完成度ならばきっと陛下もお気に召されることだろう」


ジオ「フィンドール、お前も手持ち無沙汰なら手伝ってくれよ」


フィンドール「俺はこの宮での調理及び給仕関係における最高責任者だ。全体の作業が滞りなく行われているか常に監視しておく必要がある」


ニルゲ「サボりの言い訳に聞こえるぜ…」



フィンドール「――虚圏の海で育った半虚風トルティーヤ。アロマゾン&ヘルマンティスを添えた反膜色のパエリア。以上が本日のメニューとなります」


バラガン「フム」


クールホーン「長ったらしい料理名ばかりね。それに虚圏に海なんて無いでしょうに」


フィンドール「うるさいぞクールホーン!」


飛鳥「バラガン陛下、お飲み物をお注ぎします」


アビラマ「くくく…」


ジオ「何ニヤついてるんだよ、不気味だぞ」


アビラマ「いやなに、アスカも陛下の従属官として大分サマになったんじゃねえかと思ってよ」


ジオ「そうかもな。あとは戦闘能力さえ身に付けてくれれば言う事ないんだけど」


ニルゲ「うん、美味い美味い」モグモグ


アビラマ「あっ! お前なに勝手に俺の分のメシ喰ってんだ!」



バラガン「ところで飛鳥。鍛錬のほうは順調か」


飛鳥「はい、まだまだ未熟者ではありますが皆の指導のもと全力で修行に励んでおります」


バラガン「そうか、じゃが無理はするなよ。お前を失うことは我が宮にとって大きな損失となる。己の身を案じて励め」


飛鳥「ありがたき御言葉」


アビラマ「なあ、アスカが来てから日に日に陛下が穏やかになっていくように感じるのは俺だけか」


ジオ「俺もそう思う。最近はめっきり怒らなくなったしな」


クールホーン「あれじゃまるで孫ができて丸くなったお爺ちゃんね」


バラガン「何か言ったかクールホーン」ギロッ


クールホーン「い、いえ、何も…」



フィンドール「陛下、差し支えなければ本日のお食事に関して評価を頂きたく存じます」


バラガン「何とか及第点と言ったところじゃな、レシピの考案者である東仙要にもそう伝えておけ」


フィンドール「はっ!」


バラガン「そうじゃ、貴様等に支給しておかねばならん物がある。入って来い、ポウ」


ポウ「お持ちしました」ドサドサッ


クールホーン「これは…?」


バラガン「破面用義骸(ぎがい)。死神の仮の肉体である義骸を破面用に作り替えたものだ」


バラガン「これにより霊体ではなく実体を持ってして現世での活動が可能となる」


バラガン「貴様等にも休暇が必要じゃろう。現世に赴く際はこの義骸を使うといい」


アビラマ「休暇ァ!?」


バラガン「何じゃアビラマ、不服でもあるのか」


アビラマ「あっ、いえその、申し訳ありません、驚いた拍子につい声が… 不服など微塵も御座いません」


バラガン「まあよい、この義骸は全員分用意してある。各自支給品を紛失せぬよう自室にて保管しておくがいい」


※義骸(ぎがい)…自らの姿を模した着ぐるみの様な人形。この中に入ることで人間と同じように実体での活動が可能になる




―第2十刃の宮・大広間―


アビラマ「オイ! 休暇ってなんだよ! 休暇ァ! 休暇だぞ! 陛下の口から休暇などという御言葉が…」


ジオ「うるさいな、落ち着けよ」


クールホーン「ぶっちゃけあたしも驚いたわよ。陛下がこんな大々的に休みを取れ、なんて言ったこと今までなかったじゃない」


フィンドール「不正解、お前たちは少し勘違いをしているな」


フィンドール「陛下はあくまでも“俺たちに休暇が必要”と仰られただけだ」


フィンドール「休暇がいつから始まるか、その日時が指示された訳ではない。陛下の寛大なる御言葉にそう浮かれていては……」


ポウ「明日より二日間自由に休暇を取れ。陛下はそう仰っていた」


アビラマ「二日もだァ!? しかも明日からだと!?」


ジオ「ああもう! 耳元で叫ぶなっての!」



アビラマ「だが複雑だぜ、俺たちはバラガン陛下の忠実なる従属官。陛下の為に尽くす事こそが俺たちの使命、その俺たちが陛下の側から離れて休むってのは…」


フィンドール「ポウの言葉が正しいのなら休暇を取れというその御言葉が陛下の命令ということになる。従わない訳にはいかないだろう」


ジオ「陛下にご確認を取ってきた。確かに明日から二日間休暇を取れということらしい」


クールホーン「決まりね、それじゃあたしはこの休みを有意義に使わせてもらうわ。現世で化粧品漁りでもしようかしら」


アビラマ「現世か、そういや破面化してからは一回も行ってねえな」


ニルゲ「霊体で現世に行っても魂魄を喰うくらいしかやることなかったしな…」


ジオ「アスカはどうするんだ、お前も現世に行くのか」


飛鳥「ボクはそうだね、このセカイの現世に興味が無いワケじゃないけど今はどうにも気が乗らなくてね」


飛鳥「休暇を使って何をするか、少し自分の部屋で考えてみることにするよ」




休暇1日目 虚夜宮・回廊


飛鳥「理解ったかい、このように現世というのは数多あるヒトの想いが複雑に交錯するセカイなのさ」


リリネット「うーん、全然わかんないけど、なんか面白そうなトコじゃん現世って。あたしもいつかスタークに連れてってもらおっかなー」


飛鳥(休暇の過ごし方も特に思いつかず、ただ虚夜宮の中をフラつくだけになってしまった)


飛鳥(でも、まさか成り行きで第1十刃の従属官であるリリネットとの仲を深めることになるとは思いもしなかったけどね)


飛鳥「しかし、いいのかい? ボクはバラガン陛下から休暇を貰っているから自由に動けるけど、キミはそういうワケにもいかないだろう」


リリネット「なに言ってんの、今日と明日は十刃以外みんなお休みでしょ」


飛鳥「ん、そうなのかい」


リリネット「ちょっと前にあった会議でそう決まったんだってさ。スタークが言ってた」


リリネット「たまには従属官にも休みを取らせろー、ってバラガンが藍染サマに頼んだらしいよ」



飛鳥「成程、この休暇は陛下の進言によるものだったんだね。てっきり藍染惣右介の施策だと思っていたよ」


ロリ「ちょっと待ちなさい、今聞き捨てならない言葉が聞こえたわよ!」


リリネット「あ、ロリだ」


飛鳥「破面No.33ロリ・アイヴァーン、だね」


ロリ「今あんた藍染様のこと呼び捨てにしたでしょ」


ロリ「藍染様の右腕であるアタシの前でそんなコト言ってタダで済むと思ってるんじゃないでしょうね」


リリネット「どうせスタークもヒマだろうし、今から現世に連れてってもらおっと。アスカも一緒に行くよね?」


飛鳥「ボクかい? そうだね… まあ、いいか。特にやることもないしご一緒させてもらおうかな」


ロリ「シカトしてんじゃないわよ!!」



リリネット「うっさいなー、あたしたち忙しいからまた今度にしてよ」


ロリ「逃げようったってそうはいかないわよ」


メノリ「待ちなよロリ。別にそっちのコも悪意があって呼び捨てにしたワケじゃないだろうし、突っかかることでもないでしょ」


飛鳥「いや、こっちも軽率だった。虚夜宮現当主である藍染惣右介に対しては尊崇の証明として敬称を遣うべきだったのかもしれないね」


飛鳥「ただ、別に彼を蔑むとか嫌忌しているとかそういった意図はないんだ。誤解させてしまったなら謝るよ」


ロリ「ぐぬぬ…」


リリネット「アスカとメノリもこう言ってるしもう行くよ」


ロリ「どうしてアンタが仕切ってんのよ! 第1十刃の従属官だからって調子に乗らないでよね」


ロリ「大体第1十刃なんて毎日寝転がってるだけで会議でも碌にハナシ聞いてないくせに……」


リリネット「ふんっ!」ゲシッ


ロリ「痛ったぁ! 何すんのよこのガキ!」


リリネット「スタークの悪口言うなっ!」




―第1十刃の宮―


リリネット「スターーーク!! 起きろーーーっ!!!」


スターク「zzz…」


リリネット「ふんっ!」ゲシッ


スターク「zzz…」


リリネット「もう! 起きてったら!」グイグイ


スターク「zzz…」


飛鳥「どうやら、ボクたちの力量では彼を眠りから覚ますのは難しいみたいだね」


リリネット「ぐぐ… こうなったら最後の手段! キ○タマ蹴とばしてやる!」ドガッ!


スターク「ぐおあっ!!?」



スターク「痛っててて… 何なんだ全く…」


リリネット「おっす、スターク!」


スターク「リリネットか、起こす時はもう少し優しく頼むって言ったばかりだろ…」


リリネット「何やっても起きないスタークが悪い」


スターク「それで、俺を叩き起こしてなんか用でもあるのか」


リリネット「そうだった、スターク寝てばっかで暇だろ。やることないならあたしたちを現世に連れてってよ」


スターク「嫌だよメンドくせぇ。つーかあたし“たち”って何だよ」


飛鳥「お初にお目にかかるね。ボクはアスカ、二宮飛鳥。キミはボクの事を知らないだろうけど、ボクはキミのことを知っている」


リリネット「この子アスカって言うんだ、あたしの友達だよ」



スターク「アスカ… あー、バラガンとこの従属官か」


リリネット「なあいいだろースターク、どうせ暇なんだから連れてってよー」


リリネット「スタークもこの前藍染サマから義骸?っての貰ったじゃん。一緒に遊びに行こうよ」


スターク「そりゃ無理だ、これでも一応任務中なんだよ。藍染サマにも自宮で待機してろって命じられてる」


リリネット「ええ、そんなぁ…」


リリネット「スタークが無理ならどうやって現世に行けばいいんだろ。あたしの黒腔は不安定だから使うと危ないし…」


飛鳥「ボクも色々とワケがあって黒腔は使えないんだ。どうしたものか…」


スターク「……」


スターク「分かった分かった、メンドくせぇけど俺が黒腔を開く。開くだけなら待機命令を破ったことにはならねえだろ」


リリネット「やった! ありがとスターク!」




―現世・空座町―


リリネット「とうちゃーく!」


飛鳥「ふう、黒腔の中を歩くのは初めてだから少し緊張したよ」


リリネット「あれ? アスカって現世に来たことあるんじゃないの。黒腔を歩いたことがないって…」


飛鳥「確かに来たことはあるよ。むしろ暮らしていたと言った方が正しいかもしれない」


飛鳥「“このセカイとは別の現世”にだけど、ね」


リリネット「?」


飛鳥「ま、破面としてのボクの出自は少々特殊なのさ。だけど心配はいらないよ、今日はボクと共に現世でのひと時を楽しもう」


飛鳥「既にプランは構築してある」


飛鳥「これからボクとキミが向かうのは欲望と喧騒が渦巻く無秩序なセカイ。その魔力に取り憑かれないようくれぐれも用心することだ」




―空座町・ゲームセンター―


リリネット「何ここ! うるさっ!」


飛鳥「ここは世間一般的にゲームセンターと呼ばれる場所さ。この場に流れる旋律は立ち入る者の強欲を呼び起こす狂想曲… 恐ろしいところだよ」


飛鳥「かつてはこのボクでさえ、俗楽の粋を集めたこの舞台で多くのモノを失った」


飛鳥「だけど、失落と同時に得るモノもある」


飛鳥「この酔狂で無秩序なセカイ、純粋無垢なキミにもきっと気に入って貰えることだろう」


リリネット「ごめん! 何言ってるか全然聞こえない!」


飛鳥「……」


飛鳥「まあいいさ。キミもここは初めてだろう、最初はボクが手取り足取り案内するよ」


飛鳥「まずはそうだね、クレーンゲームなんてのはいかがかな」



リリネット「ぐうう… なにこれ! 全然取れないじゃん!」スカッ


リリネット「もう一回!」チャリン


飛鳥「どうやらキミも堕ちてしまったようだね。ヒトの欲望を支配する、この罪深きマキナリアに」


リリネット「よっし、掴んだ!」ウィーン


リリネット「あっ」ポロッ


リリネット「……」


リリネット「もうっ! あとちょっとだったのに!」ドンッ


飛鳥「おっと、コレを叩くのは止した方がいい。物言わぬ鉄塊となってしまえばそれこそ何も対価を吐きだしてはくれなくなる」


リリネット「でも向こうのヒトも同じことやってるよ」


飛鳥「えっ」



アパッチ「おい! この何とかキャッチャーっての! ホントにこれ中のモン取れるようになってんだろうな!」ガンガン


スンスン「自分の思い通りにならなければ暴れ出す、みっともないったらありはしませんわ」


アパッチ「あァ!? 何か言ったかスンスン!」


ミラ・ローズ「どけ、脳筋のお前じゃコイツを手に入れるのは無理だ。私がやる」


ミラ・ローズ「よく見てろ、こういうのはアタマを使ってだな」ウィーン


ミラ・ローズ「ほらな、後は持ちあげるだけ…」


ミラ・ローズ「あっ」ポロッ


アパッチ「へー、なるほどなるほど」


アパッチ「で? 今のはどこでどうアタマを使ったってんだよ、ミラ・ローズ」


ミラ・ローズ「クソっ! つうか何なんだこのブサイクな面したタヌキ人形は! いちいちヒトの神経を逆撫でしやがる!」ドンッ!



リリネット「ほら」


飛鳥「アレは悪い例だ、見なかったことにしよう」




―空座町・時計台―


飛鳥「さて、どうだったかな。現世でのひと時は楽しんでもらえたかい? とは言っても殆どゲームセンターに入り浸るだけになってしまったけど」


リリネット「楽しかったよ、あの緑の変なぬいぐるみも取れたし」


リリネット「今度はスタークとも一緒に来れたらいいな」


飛鳥「二頭の白狼は綻ぶことの無い絆の糸で結ばれている。その繋がり、少し羨ましく感じるよ」


リリネット「?」


飛鳥「おっと、何でもない。独り言さ」


飛鳥「少し喉が渇いた。飲み物を買ってくるけど、キミも何か飲むかい?」


リリネット「あたしはいいや、虚夜宮に戻ってからにする」


飛鳥「わかった、それじゃ少しだけ待っててくれるかな」



飛鳥(さて、どれにしようか。久しぶりにブラックコーヒーなんてのもいいかもね)ピッ


飛鳥(リリネットの分も一応… 紅茶にしておこう)ピッ


飛鳥(……)


飛鳥(今日は此処に来てよかった。ここは在るべきセカイの現世ではないけれど、それでもボクが居た日常を思い出せる)


飛鳥(最初は現世を訪れることに対してどうにも気乗りがしなかった。心の奥底で、何か妙な胸騒ぎがしたんだ)


飛鳥(だけど、それも杞憂に終わったらしい。案外ヒトの感覚なんてのはアテにならないのかもしれないね)


飛鳥「っ……」ゴクッ


飛鳥「フフッ、破面になってもこの苦みには慣れないか。まだ少し、黒に溶ける甘味の白砂に頼ることになりそうだ」


「……!!?」


飛鳥「ん?」


「そんな……」


「嘘、でしょ… 本当に会えた…! 本当に… 言ったとおりに……!」









「飛鳥ちゃん……!!」







ここまで



「飛鳥ぢゃん!!」ダキッ


飛鳥「うわっ!」


「よかっだ、また会えてッ…! うぇぇ… ぐすっ… ひっく……!」


飛鳥「ちょっと待った、キミはいったい…」


「ごべんなざいあずがぢゃん… ごめんなざい……!」


飛鳥「……」


飛鳥「泣かないでくれ。キミが涙を流す姿を、ボクは見たくない」


「うえっ… ううっ……」


飛鳥「……」ナデナデ



飛鳥「落ち着いたかい?」


「う゛ん……」ズビッ


飛鳥「最初は人違いか何かだと思ったけど、どうやらキミはボクのことを知っているらしい」


飛鳥「その証拠に、キミはさっき確かにボクの名を呼んだね。“飛鳥”と」


飛鳥「ボクはキミのことを何も知らないのに、どうしてキミがボクのことを知っているのか…」


飛鳥「興味は尽きないが、別段キミのプライヴァシーに踏み込むつもりもない」


飛鳥「ただ一つ、キミの名前を、教えてくれないか」


飛鳥「何故だか、これだけは訊いておかなければいけない気がしてね」


「わ、私は…… 私の名前は……」


蘭子「神崎っ、蘭子…!」


飛鳥「……」


飛鳥「――、――?」


――――
――





――――!



いつだったか、聴いた憶えがある



――――!!!



この煩わしいノイズを、ボクは知っている



気に――こ―――ない――



これは、ヒトの声か



ボク――――心―――ま―に―――



囀(さえず)り響くのは、祈りか、願いか、叫びか、それとも



泣―――くれ―――な――



…………



―――さようなら、蘭子




蘭子「飛鳥ちゃん…?」


飛鳥「ああ… すまない、少し眩暈がしてね」


飛鳥「神崎蘭子、と言ったかな」


飛鳥「華やかで、力強く、それでいて凛々しい。それにどこか… 懐かしい響きがするよ」


蘭子「……」


蘭子「そう、だよね… こういうこともあるかもって、言ってたッ…」


飛鳥「ん…?」ポタ…


飛鳥「おや、どうやら雨が降ってきたみたいだ。空はこんなにも綺麗な夕焼けを映しているというのに、不思議なこともあるものだね」


飛鳥「キミも、濡れないうちにこの場を離れたほうがいい」


蘭子「嫌だ…」



蘭子「嫌だよ、行かないで…」


蘭子「私まだ、飛鳥ちゃんと何も話せてない… 言いたいこと、言えてない…!」


飛鳥「言わなくていいんだ。キミのその想いは、ボクに向けられるべきじゃない」


蘭子「?」


飛鳥「どうしてキミがボクのことを知っているか、理解ったよ」


飛鳥「キミはきっと、“このセカイのボク”を応援してくれている一人。ボクのファンなのだろう」


飛鳥「驚いたよ、まさか御伽話のセカイの現世にも偶像… 二宮飛鳥の軌跡が存在しているなんてね」


飛鳥「だけど、ここにいるボクはキミの知っている二宮飛鳥とは違うんだ」


飛鳥「キミのその想いは“このセカイに在る偶像・二宮飛鳥”に向けられるべきだと思う」



蘭子「違うよ、飛鳥ちゃん」


蘭子「間違えるはずがないよ。あなたは紛れもない、魂を交わした私のともだち…」


飛鳥「雨も、強くなってきた」


飛鳥「悪いけど、ヒトを待たせていてね。ボクはこの辺りで御暇(おいとま)させてもらうよ」


蘭子「っ……」


蘭子「我が盟友(とも)、飛鳥!!」


蘭子「贖罪の咎、巣食う煉獄の炎は未だ双翼を蝕み続ける! 魔王の穿つ楔は最期の私心よ!」


蘭子「禁忌を解き放ち、共に深淵に沈むも一興! 交わる魂と言霊は流るる雫を浄化せん!」


蘭子「日天子堕ちし黄昏の刻! ノルンの宿る聖告の塔にて我が片翼を待つ!」


飛鳥「……」


飛鳥「ごめんよ。キミが何を言っているのか、ボクには理解できないみたいだ」




―空座町・街路―


アパッチ「くそがッ! ちょっとばかし騒いだだけだってのにどうして私らが追い出されなきゃならねーんだ!」


ミラ・ローズ「テメェがいきなり暴れ出すからだろ。見たトコあのクレーンゲームとかいうのはあの店の商売道具だ、それを蹴り壊したお前が悪い」


アパッチ「はァ!? てめえも散々あの機械ぶん殴っといてなに上から物言ってんだ!」


スンスン「お止めなさいな二人とも。無駄な諍いは控えるようハリベル様からも忠告されたでしょうに」


アパッチ「くっ……」


ドンッ


アパッチ「おっと。オイ、てめえどこ見て歩いて……」


飛鳥「……」


アパッチ「ってこの前の新入りじゃねーか。お前も現世に来てたのかよ」



アパッチ「ちょうどいいや、アタシらそこの店から追い出されちまってよ。代わりに緑のブサイク人形取ってきてほし… むぐっ」


ミラ・ローズ「ちょっと黙ってろ。コイツ、どうも様子がおかしくねえか」


飛鳥「ん……」


飛鳥「ああ、キミたちか…」


飛鳥「すまないが、今は少し気分が悪くてね… 用があるならまたの機会にしてもらえるかい…」


飛鳥「それじゃ……」




アパッチ「何なんだよアイツ、ひっでえツラしてやがったけど…」


アパッチ「あっ、もしかしてアイツもアタシらみたく暴れて店からつまみ出されてたりしてな」


アパッチ「それでもあんなに気落ちすることはねえだろうによ。そうは思わねえかお前ら」


ミラ・ローズ「アホ」


アパッチ「は?」


スンスン「アホですわね」


アパッチ「は?」




―空座町・時計台―


リリネット「アスカ、おっそいなあ… いつになったら戻ってくるんだろ」


飛鳥「……」


リリネット「あっ! 来た! ドコほっつき歩いてたんだよ!」


飛鳥「ん… 飲み物を売っている場所を中々見つけられなくてね、少し待たせてしまったかな」


リリネット「少しどころじゃないってば! あれからどんだけ時間が経ったと思って… あれ、アンタなんか元気なくない?」


飛鳥「元気がない、か」


飛鳥「フフッ、平易で簡便な言い回しだが、今のボクを表わすにはその至極飾り気のない言葉が最も適しているのかもしれないね」


飛鳥「この言い表しようのない心の疼きは、さっきの俄雨(にわかあめ)に打たれたから、かな」


飛鳥「いつもはボクの全てを洗い流してくれるハズの冷たい雨が、今日は己の身を焼き焦がすかのように、熱かった」


リリネット「雨……?」


飛鳥「キミを長らく待たせてしまったことについては、いずれこの身をもって償わせてもらうよ」


飛鳥「もう、日も暮れる」


飛鳥「帰ろうか。ボクたちの虚圏へ」




休暇2日目 第2十刃の宮


飛鳥「神崎蘭子、か」


飛鳥「あの少女はボクのことを知っていた。それも、偶像・二宮飛鳥ではない、恐らく“ボク自身”のことを」


飛鳥「ボクは、あの少女にとって一体どんな存在だったのだろうか」


飛鳥「涙を流し抱擁を交わすほどにまで、一体なにが彼女をそこまで駆り立てたのだろうか」


飛鳥「いつも気付くのが遅いんだ。あの時もっと彼女の話に耳を傾けるべきだった」


飛鳥「去り際に叫んでいた不可思議な言語の数々も、ボクには到底理解できそうもない」


飛鳥「これで彼女への手掛かりは完全に潰えてしまったというワケだ。後悔先に立たず、ってヤツだね」


飛鳥「フフッ、この通り今のボクは少々ナーバスでセンチメンタルなのさ。不意に、こういう俗な感情に浸りたくなる時がある」


飛鳥「キミにも理解るだろう? アビラマ」


アビラマ「さっぱりわからん」



アビラマ「で、その独り言を聞かせるためにわざわざ俺を呼び止めたのかよ」


飛鳥「そう睨まないでくれ。今の話は単なる序曲のようなものさ、これから始まる物語のね」


飛鳥「結論から言わせてもらうと、折り入ってキミに頼みたいことがある」


アビラマ「まさかそのカンザキとかいう人間を探してくれ、って言うんじゃねえだろうな」


飛鳥「む、その通りだけど… よく理解ったね」


アビラマ「お前の遠回しな物言いにもだいぶ慣れてきたからな」


飛鳥「フッ、それで、引き受けてくれるかい? ああ、もちろんキミだけじゃなくてボクも含めた二人体制で彼女を探すことになるけど」


アビラマ「そうだな、明日の宮内清掃係を俺と代わってくれるなら考えてやってもいいぜ」


飛鳥「交換条件というワケだね。承知したよ」




―現世・空座町―


アビラマ「現世に来たはいいが、居所も分からねえ人間をどうやって探しゃいいんだか」


飛鳥「手掛かりがない以上、町全体をしらみつぶしに当たってみるしかないだろうね」


アビラマ「デタラメに町中探し回ってちゃどれだけ時間があっても足りねえだろう。義骸に入った状態じゃ身体能力も人間にケが生えた程度だしよ」


ゾマリ「何やらお困りのようですね」ヌッ


アビラマ「うおっ!」


飛鳥「第7十刃のゾマリ・ルルー、だね。休暇を貰ったのは従属官だけだと聞いたけど、どうしてキミが現世に?」


ゾマリ「貴方たち従属官が現世で不要な騒ぎを起こさぬよう、藍染様より監視の任務を仰せつかったのです」


ゾマリ「昨日はハリベルの従属官三名が市街地で乱闘騒ぎを起こし、この町の警ら隊までもが出動する始末… 全く嘆かわしいものです」


アビラマ「あそこの三馬鹿は口も汚ねえ上にすぐ手が出やがるからな」


ゾマリ「貴方も他者のことをとやかく言える立場ではない筈ですよ。アビラマ・レッダー」


アビラマ「うっ」



飛鳥「何かあったのかい?」


アビラマ「いや大したことじゃねえんだが、昨日この辺で木刀持ったツルッパゲと言い争いになってよ」


アビラマ「肩がぶつかっただの何だの喧しくて一歩も引きやしねえから軽く小突いてやったんだよ」


ゾマリ「おや、証言はもう少し正確に頼みたいものです。殴打の応酬を小突くとは言いませんよ」


アビラマ「ちっ、どこから見てたんだよ…」


アビラマ「まあ何だ、そいつがまた人間にしてはなかなか戦いのセンスがよくてよ。死神や破面と戦ってるみたいでついムキになっちまってな」


ゾマリ「人間相手に我を忘れるなど言語道断です。感情の自制も出来ないようでは破面としての格もその程度が知れるものです」


アビラマ「ぐうっ…」



アビラマ「だ、大体何なんだお前のそのカッコはよ。変な帽子にダボついた装束、ジャラジャラと無駄な装飾もぶら下げやがって。とても任務中とは思えねえぜ」


飛鳥「ものすごく強引に話を逸らしたね」


アビラマ「うるせえ」


飛鳥「でも、言われてみれば破面がいつも身に付ける白装束とは大きくかけ離れているね。現世で言うヒップホップ系の衣装、と表現すればいいのかな」


ゾマリ「現世の文化に慣れない貴方たちが私の身なりに違和感を覚えるのも当然と言えば当然」


ゾマリ「何故私がこのように奇怪な格好をしているのか、その解を示す前にこちらから一つ質問をさせてもらいましょう」


アビラマ(変な格好だって自覚はあるのか…)


ゾマリ「休暇と同時に貴方たちへ支給された現世の通貨、いったい誰がどうやって調達したのか疑問に感じたことはありませんか」


ゾマリ「そう、貴方たちが現世にて使用する遊興費を調達しているのは他でもないこの私。いや、正確には“調達していた”と言うべきでしょうか」



ゾマリ「今より少し前、私は藍染様より三つの任務を与えられました」


ゾマリ「一つ、『一斉休暇の通告時期までに現世の通貨を一定量収集すること』」


ゾマリ「二つ、『二日間の休暇中に従属官が不要な騒ぎを起こさぬよう監視を怠らないこと』」


ゾマリ「三つ、『万が一従属官が問題を起こした際には速やかにそれを制圧すること』」


ゾマリ「二つ目と三つ目の任務は現在も遂行中ですが、真に厄介だったのは一つ目の任務です」


ゾマリ「いくら私が十刃といえど、この慣れぬ指令には四苦八苦しました。最初は日夜路地裏でビートとラップを刻み日銭を稼ぐ日々」


ゾマリ「人間如きに施しを媚びるなどという辛酸を舐めるにも等しい屈辱を味わわされましたよ」


ゾマリ「しかしそれも済んだこと、今ではその界隈で私の名を知らぬ者はいません」


ゾマリ「もはや私の一声で数万数十万の民衆が一堂に会するのです。資金の調達程度ならば半刻もあれば御釣りがきます」


飛鳥「……」


アビラマ「……」


ゾマリ「ほう、その疑念とも困惑ともとれる視線。私の言葉を信用、もしくは理解していない眼ですね。全く驕りが過ぎる」



ゾマリ「唄い、躍り、それそのものを力に変え民衆へと愛を振りまく。そういった存在がこの現世には複数存在している」


ゾマリ「それは貴女もよくご存じの筈です、二宮飛鳥」


飛鳥「……!」


ゾマリ「そう、今や私は現世における“偶像(アイドル)”の一人。人間に愛と力を与える使者といったところでしょうか。破面には似つかわしくないものですがね」


飛鳥「待ってくれ。いったいキミは何を言っているんだ」


ゾマリ「それは私の境遇についての問いですか。それとも貴女自身の境遇についての問いですか」


ゾマリ「どちらにせよ、どうやら貴女は私の想像以上に自らの置かれた立場というものを理解しておられない」


ゾマリ「貴女は知っている筈ですよ。自らのことも、偶像・神崎蘭子のことも」


飛鳥「!?」


ゾマリ「因果とは、かくも奇妙なものです。悲劇に見舞われ現世を去った偶像、その魂は今、生前と姿を共にし――」




―現世・空座町―


アビラマ「アスカ!!」


飛鳥「はっ!」ピクッ


アビラマ「ようやく反応しやがった。突っ立ったまま微動だにしねえから何事かと思ったぜ」


アビラマ「カンザキとやらを探しに行くんだろ。お前がそんな調子でどうすんだよ」


飛鳥「すまない、ボクから物を頼んでおいてこの体たらく、返す言葉もないよ」


アビラマ「しかしゾマリのヤツも気味が悪ぃな。十刃が従属官に見返りナシで手を貸すなんて何か裏がありそうだぜ」


ゾマリ「私の愛を疑っているのですか?」ヌッ


アビラマ「うおあっ!? まだいたのかよお前!」


ゾマリ「博愛の精神とは実に美しいものです。私も探索への協力という形で貴方たちに無償の愛を与えましょう」


飛鳥「無償の愛、イデア論の一欠片だね。いずれは理解したい概念の一つだけど、ボクにはそれを受け入れるだけの知識と経験が足りていない」


飛鳥「何にせよ、ボクの身勝手に付き合ってくれることにお礼を言いたい。ありがとう、ゾマリ」




数時間後 空座町


飛鳥「はぁっ… はぁっ…」


飛鳥(駄目だ、見つからない。こんなもの砂漠に紛れた塩粒を探すようなものだ)


飛鳥(手掛かりが、何か手掛かりがほしい)


飛鳥(もう、ボクが縋りつけるものは彼女が最後に発した言葉だけ)


飛鳥(理解するんだ、彼女の言葉の意図を。あの時、ボクに何を伝えようとしたのかを)


飛鳥(……)


飛鳥(もしかしたら、ボクは前提の部分から思い違いをしているのかもしれない)


飛鳥(彼女の発した言葉が、ただ比喩的な言い回しを極限にまで昇華させたものだったとしたら)


飛鳥(自らの内に抱くセカイと想いを、現存する言葉に乗せてボクに伝えようとしていたのなら)


飛鳥(それはさながら、面倒で、直情的で、身勝手な… フフッ、これじゃまるでボクがよく知る何処かの誰かに瓜二つじゃないか)


飛鳥(そしてボクの仮定が正しいなら)


飛鳥(きっと、彼女はそこにいる)




―空座町・時計台―


飛鳥「……」


飛鳥「『夕暮れ時、時計台の下であなたを待っています』」


飛鳥「さっきまでは名のある探偵にでもなった気分だったけど、現実はそう上手くはいかないか」


飛鳥「自分に酔って彼女の言葉を理解した気になっていたボクの姿は実に滑稽だったよ」


飛鳥「そうは思わないかい。ゾマリ、アビラマ」


ゾマリ「それを驕りと言うのです」


飛鳥「ハハッ、言い得て妙だ。心に響くよ」


ゾマリ「まあ、十刃である私の力を持ってしても対象の人間を探し出すことは出来なかったのですから、従属官である貴方が恥じることはありませんよ」


アビラマ「これだけ探して見つからねえってことは、ソイツもうこの町には居ねえんじゃねえのか」


飛鳥「そうかもしれないね」


ゾマリ「さて、まだ探索を続けますか? 帰還の時間までは少々猶予がありますが」


飛鳥「やめておくよ。これ以上探してもきっと何も成果は得られない。そんな気がするんだ」


飛鳥「戻るよ、虚圏に」




―虚夜宮・第2十刃の宮―


飛鳥「ふう」


アビラマ「辛気くせえツラしてんじゃねえよ、たかが人間一人またそのうち探しに行けばいいじゃねえか」


飛鳥「ああ、そうだね、都合よく道筋を示してくれる物語なんて在りはしないってことを思い知らされたよ」


飛鳥「キミとゾマリにも、随分と無駄な時間を過ごさせてしまった。謝っても謝り足りない――」



『んもぉ~っ! 待ちなさいったら!』


『いやーっ!』


『逃げちゃダメよォ~! 次はこの服着てみてちょうだい!』



アビラマ「何だ今の声、クールホーンか?」


飛鳥「大広間のほうから聞こえたね」



アビラマ「おい! なに騒いでんだクールホーン!」



クールホーン「逃げないでって言ってるじゃないのォ~!!」


蘭子「混沌の魔物よ! 幾たび我が衣(ころも)を取り替えれば静まるのだ!」


クールホーン「蘭子ちゃんカワイイんだも~ん! コッチの服も着てみない?」


蘭子「いや~!」



アビラマ「なんだこりゃ」


飛鳥「それはこっちのセリフだよ、まさかボクの探し人がこんなところにいるなんてね」


クールホーン「あら、やっと帰ってきたのねアスカちゃん。待ってたわよ」


蘭子「飛鳥ちゃん!?」


飛鳥「まったく、今なら困惑の絶頂に置かれた人間の心情がよく理解るよ。案外、思考が纏まらなくなるものだ」


飛鳥「コミュニケーションの一歩として、とりあえずボクはキミにこう声をかけるべきなんだろう」


飛鳥「こんにちは、神崎さん」


ここまで 
※飛鳥の仮面はエクステ部分がそのまま三つ編み状の骨の装飾に変化しています



―第2十刃の宮―


フィンドール「――テレスホルカンとベキュネスを添えたヴィシソワーズ。虚圏の清酒で煮込んだ大虚仕立てのミートローフ。以上が本日のメニューとなります」


バラガン「フム」


蘭子「これが王族の晩餐…!」


クールホーン「どう? 蘭子ちゃん。気に入ってもらえたかしら」


蘭子「うむ、我が身に余る豪華絢爛よ」


飛鳥「まさかクールホーンがボクたちより先に神崎さんを見つけ出しているなんてね、驚いたよ」


アビラマ「そういや、何でお前はそのカンザキとやらを虚夜宮に連れてきたんだ。俺たちがソイツを探してるってことは知らなかったハズだろ」


クールホーン「それなんだけど、実は昨日見ちゃったのよね。アスカちゃんと蘭子ちゃんが一緒に話してるトコ」


飛鳥「アレを見られていたのか」


クールホーン「あのままじゃお互いすれ違ったままだと思ってね。放っとけばアスカちゃんの士気にも関わりそうだし」


クールホーン「だから良かれと思って二人をこうやって引き合わせたのよ。お節介だったかしら」


飛鳥「確かに大きなお節介だ。でも、ありがとう」



蘭子「ところで混沌の魔物よ、かの者たちの真名は如何に?」


クールホーン「ああ、そういやこいつらの名前を教えてなかったわね」


クールホーン「アタシたちの向かいに座ってる三つ編みがジオ。その隣のデカいのがニルゲ。もう一つ隣のさらにデカいのがポウよ」


ジオ「なんだよ、テキトーな紹介だな」


ニルゲ「まァ、俺たちの名前を教えるだけみたいだしな… こんなもんでいいんじゃないか…?」


ポウ「……」モグモグ


クールホーン「いま調理室に戻っていった細いのがフィンドール」


クールホーン「あとアスカちゃんの隣に座ってるのがさっきちょっと話したアビラマね。クソやかましいヤツだからあまり近づかないことをオススメするわ」


アビラマ「オイ」


クールホーン「そしてッ!!!」


蘭子「!?」


クールホーン「あちらで悠然と座して居られるのが我らの君主であり、神であり、王である、“大帝”バラガン・ルイゼンバーン陛下よ!!!」



バラガン「儂とその小娘とは既に一度顔を合わせたじゃろう。二度も儂の名を伝える必要はないわ」


クールホーン「も、申し訳ありません…」


蘭子「老練なる王よ!」


蘭子「我を導き、我を罰し、そして私をこの白城へといざないし其方に、今一度、魂の礼拝を…」


バラガン「人間如きの礼などいらん。そもそも貴様をここへ連れてきたのはクールホーンだ」



ジオ「なあ、人間ってのはどいつもあんな妙な言葉を遣うのか?」ヒソヒソ


ニルゲ「いや、俺に聞かれてもなぁ…」ヒソヒソ


ポウ「虚圏の辺境ですら、ああまで訛りが酷い者は見たことがない」


フィンドール「だが、真に恐るるのはあの人間の言葉をさも当たり前のようにご理解なさっている陛下の見識の深さだろう」


ジオ「あれ、お前いつの間に戻ってきたんだ」



飛鳥「そういえば神崎さん、クールホーンと随分打ち解けてるみたいだね」


蘭子「虚ろなる世界より現れし混沌の魔物は我が言霊を読み解きしものの一人、私と飛鳥を繋ぐ者よ」


蘭子「それと、その… 飛鳥ちゃん… 我が真名すら灼熱の業火に焼き尽くされた、か?」


飛鳥「?」


クールホーン「『下の名前で呼んでほしいなあ』って言ってるわ」


飛鳥「む、もしやキミも神崎さんの言葉が理解るのかい?」


クールホーン「ある程度はね。アスカちゃんの喋り方に慣れたせいか蘭子ちゃんの言葉も案外すんなり理解できるのよね」


アビラマ「ホントかよ。俺には何言ってるのかサッパリわかんねえけどな」


飛鳥「ボクと神崎さんの遣う言葉には、クールホーンにだけ感じ取れる独自の共通点があるのかもしれないね」


飛鳥「ああそうだ、呼称のハナシをしてたんだっけか。蘭子さん… いや、さん付けよりも呼び捨てのほうがしっくりくるかな」


飛鳥「キミも、ボクのことは自由に呼んでくれて構わないよ」


飛鳥「そういうワケで。改めてよろしく、蘭子」




―虚夜宮・玉座の間―


ゾマリ「藍染様。任務完了のご報告に上がりました」


藍染「ご苦労だったねゾマリ。十刃である君には似つかわしくない不慣れな仕事を任せてすまなかった」


ゾマリ「滅相もございません。私のような者には勿体なき御言葉です」


ゾマリ「ところで、宜しかったのですか。二宮飛鳥と神崎蘭子の接触を許してしまっても」


藍染「構わないよ。互いを知った彼女たちがどう動くのか、気になってね」


藍染「そうだ、確か第一次報告では君は自ら現世の“偶像”を体現したと言っていたね」


藍染「キミが感じた“偶像”とはどんなものだったか、よければ私に聞かせてくれないかな」


ゾマリ「はい。“偶像(アイドル)”とは群衆にとっての輝きであり象徴。その力は人心すら容易に支配し、その身を興らせ、また破滅にも導く。そんな存在でしょうか」


藍染「象徴と支配、か。それはある意味で神の領域にすら迫る力だろう」


藍染「矮小な一存在である筈の人間が、また別の人間の心を支配する」


藍染「面白い話だ」




―虚夜宮・回廊―


飛鳥「“正義のレシピ”の改善報告書の提出か。これは本来フィンドールが行うハズのモノだったんだけどね」


飛鳥(たぶん、陛下が敢えてボクと蘭子が二人きりになれる場を作ってくれたんだろう)


蘭子「飛鳥よ、我らは何処へと降り立つのだ?」


飛鳥「ええと… ボクたちはこれから東仙ってヒトに会いに行くんだ。この報告書を届けにね」


飛鳥「そうだ、一つ訊いておきたいんだけど、キミはいつまでこの虚夜宮に滞在できるんだい」


蘭子「クックック、裁きの鎖とて我が翼を繋ぎ止めることはできぬ! 友の力となるならば、この命尽きるまで如何様にも従おう!」


飛鳥「……」


蘭子「あっ… しかし、大神たちの嘆きが… 未だ断罪の儀を結んでおらぬ故…」


飛鳥「フム、どうやらそれほど長居はできそうにないみたいだね」


飛鳥(もう少し彼女のことを理解してから込み入った話をするつもりだったけど、そうも言ってられないかな)



蘭子「大きなお城… この白城は全てが彼(か)の王のものであるのか?」


飛鳥「彼の王… ああ、違うよ。今の虚夜宮の主はバラガン陛下ではなく藍染惣右介ってヒトだ」


蘭子「むう、それでは一つの城に二人の王が… かくも奇矯な…」


飛鳥「元々は陛下がこの虚圏を支配していたんだけど、その座を藍染惣右介によって奪われてしまったんだ」


飛鳥「まあ、この虚夜宮には色々としがらみってモノがあるのさ。それは一朝一夕でどうにかなるものじゃない」


蘭子「眷属たちの諍いか。その双剣を収め、共に歩むことはできぬのか」


飛鳥「んん… そうだね。キミが居たプロダクションを思い出してみるといい。誰もがみんな仲良しこよしってワケじゃなかっただろう」


飛鳥「それはこの虚夜宮も例外じゃない。それぞれが相容れないなんてことは往々にしてあるものさ」



アーロニーロ「そういうことだ」「キミノヨウナ新参者ヲ快ク思ッテナイ奴モイルンダヨ」


蘭子「ぴぃ!?」ビクッ


飛鳥「キミは、第9十刃のアーロニーロ・アルルエリだね」


アーロニーロ「聞かせてもらったぞお前の噂」「ノイトラニ奇襲ヲ仕掛ケテ一方的ニ叩キノメシタンダッテナ」


飛鳥「ハナシが飛躍しすぎてないかい。ボクにそんな力は無いよ」


アーロニーロ「謙遜するなよ最上大虚」「霊圧ヲ抑エテイルノハ僕ラニ実力ヲ悟ラセナイ為カナ」


飛鳥「これは変に弁解しないほうが穏便に済む気がするね」


蘭子「あ、飛鳥よ、この者はいったい?」


飛鳥「彼はアーロニーロ。この虚夜宮において秀でて絶大な戦闘能力を誇る破面の一人で、第9の数字を持つ十刃だ」


蘭子「エスパーダ… 彼の王が語りし十の賢人の一人か!」



アーロニーロ「妙な喋りの女だな」「コイツカラハ破面ノ霊圧ヲ感ジナイケド、何者ダ?」


飛鳥「彼女は神崎蘭子。バラガン陛下の客人で、人間だよ」


アーロニーロ「客だと? あのバラガンが人間を招いたのか」「ニワカニハ信ジ難イハナシダネ」


飛鳥「嘘をついたところでボクたちに利点はないよ。キミには認識同期もあるし、虚言はボクらの立場を悪くするだけさ」


アーロニーロ「別にお前たちのことを藍染様や他のヤツらに逐一報告するつもりはないがな」「警戒心ガ強イノハ悪イコトジャ無イケドネ」


飛鳥「でも、わざわざキミたちからボクに話しかけてきたってことは、何かそれなりの理由があるんだろう」


アーロニーロ「……十刃ってのは破面の頭領だ」「ソレハ、キミモ判ッテイルヨナ」


アーロニーロ「最上大虚のお前が十刃に昇格すれば追い落とされるのは必然的にNo.9のオレだろ」「キミガ十刃ノ器デナケレバ、コノ場デ喰イ殺シテヤロウト思ッテタンダ」


アーロニーロ「だが、お前は第9十刃であるオレを前にしても顔色一つ変えやしなかった」「恐ラク、ソノ実力ハ噂通リナノダロウ」


アーロニーロ「オレもわざわざ負け戦に臨むような真似をする気はねえ」「キミニ手ヲ出シテ、バラガンヲ敵ニ回スノモ嫌ダシナ」


飛鳥「随分とボクを評価してくれてるんだね」


飛鳥「でも心配はいらないよ。ボクの主はバラガン陛下ただ一人、彼の許(もと)から離れる気はないし、そもそもボクは十刃の地位に足る存在じゃない」



アーロニーロ「いけ好かねえ奴だな」「謙遜モ、度ガ過ギルト相手ノ神経ヲ逆撫デスルコトニナルヨ」


アーロニーロ「まァ、せいぜい気を付けろよ。虚夜宮ってのは案外敵が多いもんだ」「寝首ヲ掻カカレナイヨウ、用心シテ歩クコトダネ」


飛鳥「ああ。忠告ありがとう、アーロニーロ」


アーロニーロ「じゃあな最上大虚」「キミガ僕ノ脅威ニナラナイコトヲ祈ッテルヨ」



飛鳥「さて、待たせて悪かったね蘭子。先を急ごうか」


蘭子「」フラフラ


飛鳥「ん?」


蘭子「ハロウィンのオバケに… 食べられちゃう…」クラッ


飛鳥「おっと」ガシッ


蘭子「」


飛鳥「気絶してるね。もしかしたらアーロニーロの霊圧にあてられたのかも」


飛鳥「無理に起こすのも気が引けるし、東仙さんのところまでボクが背負っていくか」




―虚夜宮・調理室―


東仙「やはりバラガンの批評は参考になる。第2の宮の報告書、確かに受け取った」


飛鳥「第2の宮の報告書、ということは、他の宮にも同じようなものを?」


東仙「そうだ。とはいえまともな報告書が届くのは第3の宮と第7の宮くらいだが…」


飛鳥「ハリベルとゾマリだね。その二人はボクのイメージ的にも勤勉でマメな印象があるよ。でもその言い方だと他の宮では問題が生じている、のかな」


東仙「ああ、どうにも私に対して協力的ではない者が多くてな」


東仙「スタークからは5回に1回報告書が届けば良い方。届いたとしても殴り書きで『うまかった』とだけ、恐らくリリネットが書いているのだろう」


東仙「ウルキオラは毎回白紙、ノイトラからはボロ屑のようになった紙切れが届くだけ」


東仙「グリムジョーも従属官が報告書を記入しているのか当たり外れが大きい。ザエルアポロに関しては何故か自らが行ったであろう実験結果が事細かに記してある」


東仙「アーロニーロとヤミーは量を増やせと催促してくるばかり。ヤミーに至っては従属官のクッカプーロが届けに来るため涎で報告書が読めたものではない」


東仙「私は一刻も早くこの“正義のレシピ”を完璧なものに仕上げなければならないというのに…」


飛鳥「苦労しているんだね。ボクには何もできないけれど、心中お察しするよ」


飛鳥「あっ、そうだ、貴方に懐いているワンダーワイスならレシピ完成にも快く協力してくれるんじゃないかな」


東仙「あの子は私が与えるものならば何でも『おいしい』と言ってしまうからな。純粋ゆえか、粗探しをするようなことには不向きなんだ」


飛鳥「なるほど」



蘭子「ううん…」


東仙「破道の五十四、『廃炎(はいえん)』」



ボウッ!!



蘭子「ぴゃあ!? な、何事かっ! それに、あなたは誰!?」


東仙「すまない、起こしてしまったか。私は東仙要、この虚夜宮で破面の統括官を務めている。今は飛鳥と共に鬼道の鍛錬をしているところだ」


飛鳥「理解ってはいたけど、隊長格ともなると五十番台の詠唱破棄すら楽にこなしてしまうんだね」


飛鳥「破道の一、『衝』!」シーン


東仙(霊圧の操作に関しては既に御しつつあるが、鬼道の発現までには至らない。やはり死神と破面では霊絡の組成が異なることが原因だろうか…)


飛鳥「鬼道の習得がここまで難しいものだなんて思ってもみなかったよ。手をのばしてもその一端にすら届く気がしないなんてね」


蘭子「はどう? きどう? それに未だ残滓燻る業火はいったい…」


東仙「飛鳥、少し休むとしよう。君の同行者も慣れぬ事態に困惑しているようだからな」


東仙「その間に、彼女への状況説明も済ませてしまおうか」



東仙「――鬼道とはその番数ごとに定められた言霊を詠唱し、術名を叫ぶことにより発動する霊術の一つだ」


蘭子「うむ!」


東仙「鬼道は主に「破道」「縛道」に大別され、それぞれに一番から九十番台まで番数と詠唱が定められている。術者にもよるが基本的には番数が高ければ高いほど強力な鬼道となる」


蘭子「うむ!!」


東仙「例えば、私が先程使っていたものは破道の五十四番『廃炎』といい、大まかに割り振れば中級鬼道に該当する」


蘭子「うむ!!!」


東仙「これだけ興味を持ってもらえると、私もつい解説に熱が入ってしまうな。君に教えた時と同じだ、飛鳥」


飛鳥「ボクらのような年頃だと、どうしてもこういう類のものに心惹かれてしまうのさ。14歳の性(さが)ってヤツかな」


蘭子「言霊より出ずる禁じられし魔術! その力、我が身に堕ろすことは可能か?」


東仙「破面である飛鳥と違い君は人間だ。残念だが鬼道の習得は不可能と言っていいだろう」


蘭子「うう… 無念よ」


飛鳥「ん? そういえば東仙さんも蘭子の言葉を理解しているみたいだけど…」


東仙「純粋なものはそれ同士引かれ合うものだ。言語の違いなど取るに足らないことだよ」


東仙「しかし、この短期間で君に続いてまたも鬼道に関心を持つものが現れるとは、風変わりなこともあるものだな」



飛鳥「『南の心臓、北の瞳、西の指先、東の踵、風持ちて集い、雨払いて散れ』」


飛鳥「縛道の五十八、『掴趾追雀(かくしついじゃく)』!」シーン


飛鳥「くそっ、ダメか」


東仙「逸る気持ちは分かるが、一番台の鬼道すら発現していない君に五十番台の鬼道はまだ早い。先日も同じことを言っただろう」


蘭子「飛鳥よ! 我が言霊の力、しかとその瞳に焼き付けるがよい!」


蘭子「『君臨者よ! 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ! 真理と節制! 罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ!』」


蘭子「破道の三十三!『蒼火墜(そうかつい)』っ!!」ドヤッ



ドガアアアアアン!!!!!!



蘭子「!?」


飛鳥「!?」


蘭子「これはまさか、我の中の秘めたる力が…!?」


東仙「今の爆発音、外からか」




ワンダーワイス「アウ~~ッ!!」


ロリ「どけって言ってんでしょうが! 今度こそホントに吹っ飛ばすわよ!?」


東仙「お前たち、そこで何を騒いでいる」


ロリ「くっ、東仙… あんたもいたのね」


東仙「理由なき私闘は虚圏の規律に反するものだ。統括官として見過ごすわけにはいかない」


ワンダーワイス「アウッ!」


東仙「ワンダーワイス、お前もだぞ」


ワンダーワイス「アウ~ッ……」


飛鳥「何事だい? 随分大きな音が聞こえたが」


ロリ「何事だい、じゃないわよあんた! あんたのせいでこっちは大変なことになってんのよ!」



蘭子「我が魔導の師、そして飛鳥よ、先の雷鳴は何事か?」ヒョコッ


ロリ「あんたが神崎蘭子ね、ちょうどいいじゃない。二人まとめてあたしがぶっ潰してやるわ!!」


ロリ「『毒せ! 百刺毒娼(エスコロペンドラ)―――』」


東仙「縛道の六十一、『六杖光牢(りくじょうこうろう)』」


ロリ「うぐっ!」ギギッ


東仙「戦意のない相手に向けて刀剣解放とは、一体どういうつもりだ」


ロリ「邪魔すんじゃないわよ東仙! こうなったらあんたも一緒に……!」


東仙「これでは対話にならんな、しばらく眠ってもらうとしよう」スッ


ロリ「う……」フラッ


飛鳥「おっと」ガシッ


蘭子「い、今の魔導はいったい…?」


東仙「鬼道の一種で『白伏(はくふく)』という。主に錯乱した同胞の制圧や不意をついて敵の意識を奪う際に使うものだ」



東仙「少々手荒だったが、一先ずは落着だ」


ロリ「」


飛鳥「彼女の敵意はボクに向けられて… いや、正確にはボクと蘭子の二人に対して向けられたものか」


東仙「敵意、ではないな。今の霊圧の荒れ様をみるに、ロリはお前たちを殺すつもりだったのだろう」


蘭子「こっ、殺……!?」


飛鳥「フム、敵意ではなく殺意、か。まずは彼女がボクたちに対してその感情を抱くに至った理由を推察するべきかな」


蘭子(飛鳥ちゃん、なんでこんなに冷静なんだろう… たった今この女の子に、こ、殺されそうになったっていうのに……)チラッ


ロリ「」ピクッ


蘭子(ぴいっ!?)ビクッ!


飛鳥「しかしどうしたものかな、ここでロリを起こしてもこの場にボクたちがいる以上、またさっきのようなことになってしまう可能性が高い」


東仙「そうだな、とりあえずはロリが目覚め次第私から事情を聞いておく。事の詳細が判明したらお前かバラガンに通達しよう」


飛鳥「む、いつも手間をかけさせて申し訳ないね。ありがとう東仙さん」


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