――2017年或いはそれより以前より、〝彼ら〟は我々と共にあった――
超越した存在「Timeless(タイムレス)」
人が生んだ悪意が膨れ上がった時
超自然災害が罪なき人々を襲う時
人知れず涙を流す者がいる時
ある時は人知を超えた特殊な力で
ある時は類稀なる知力や技術を以て
世界に危機が訪れる時、その中心に〝彼ら〟は居た
〝彼ら〟は正義でもあり悪でもある
その存在を恐れる者もいるだろう
しかし――
恐れるばかりで良いのだろうか
彼らが正義を愚直なまでに信じる時、力を持たぬ我々は彼らに対し何をすれば良いのだろうか
「Timeless Heroes」
これは正義の為に立ち上がった英雄達の物語である
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1499009679
【説明】
・このスレは同一の世界で様々なヒーローが活躍することを目的にしたスレです
・読者の反応や、アイデアを通して世界が広がっていきます。協力お願いします
・安価とコンマは使ったり使わなかったり
・安価やアイデアの内容を100%反映するわけではありません
・喧嘩しちゃやーよ
【基本設定】
【Timeless(タイムレス)】超能力を始めとした能力を持つ者、類稀な知力や技術を持つ者、人の知るところではない場所から来た者の総称。
常人との線引きは、「その存在一人で世界を根本的に変えうる力を持つ者」であるか否か。
先天的にタイムレスである者と、後天的にタイムレスになった者がいる。
・これ以外決まってません。ここから話の流れで増えていきます
【スレの流れ】
主人公を決める(一人~チームの場合複数人)
↓
話数構成を考える(全1話・3話・6話・12話から)
↓
完結・一区切り
↓
前シリーズを正史として組み込んだ上で次の主人公を決める(今までのシリーズのseason2でも良し)
↓
…
・ということで、最初のヒーローを目覚めさせましょう
・皆さんのアイデアや意見を見て、それを元に妄想を膨らませます
【聞きたいこと】
・どんなヒーローが主人公だといいですか?
・どんな敵がいると嬉しい?
・どんな設定があると面白い?
・具体例を出すのは難しいと思うので、何となくでもOKです
・質問でもOK
・ではここから30分ほど受け付けます
・安価でヒーローや敵を応募するのではだめなのか?
・設定も「↓1~5まで案を出して~」形式というはどうだろう
・舞台の国は外国でも架空の国でもOK?
最初の主人公男ですか、出来るなら女騎士とかの戦う女の子系個人的には好きなんですけど無理ですか
みんな詰め込みたい要素をギチギチに詰めると思うから
設定が纏まりのない感じになるかも?
それを捌き切れるのであればいいかもしれないが。
単純に>>1がテンプレートを出してキャラを安価で募集する一般的な形式じゃないってことでいいのかな?
どれだけ人が集まるかは分かんないけど良くも悪くも自由度が高くなりそう
個人的な意見になるけど正義の味方サイドとか悪の組織サイドとか明確に線引きしたり、単なる勧善懲悪モノにはしたくないなぁ
>>7
>>10
>>11
・安価テンプレ用意してキャラ募集するのは考えています。ですが、最初の段階でそれを扱いきれるか分からないので今回はできるだけそれをしない方向で
・設定の形式はそれで募集したいと思います。でも>>2にある通り全部反映できるとは限らないし、安価の内容の通りにするとも限りません
・全然OKです。基本的に主な舞台は現代の地球を考えています
>>9
・ムリってことはないけど最初は男かなー。女主人公についてはよく考えておきます
・主な質問についてはこれくらいかな? なんとなく思いついてきました
・では、これから設定の形式をさらに募ります
↓1~4【キャラや設定についてアイデアください】
・ありがとうございます。大体話が見えてきました
・じゃあ話数構成を考えましょう。終着点が見える方が良いので
・コンマで決めちゃおう。短縮もあるのであくまで予定で
【直下コンマ下一桁】
0:全12話(メチャ大変)
987:全6話
654:全3話
321:全1話
Next…
First Timeless Hero:Ultimate fate of the universe
#1 Pirot 開かれる門
理論上の可能性だった平行世界の痕跡が観測されてから1年。その存在を確かなものとする為、アメリカでは秘密裏に観測施設を設立。研究を行っていた。
成果を急ぐ政府の圧力に苦しむ研究所は、並行世界に存在する新たなエネルギー資源を得る為、無謀にも確立されていない危険な方法で新たな研究を始める。
研究のプロジェクトリーダーに選ばれた優れた知性を持つタイムレス「カラム = チャーチル」は、同じ研究所に機密保持部に勤める友人「コンドー=アズマ」に、自らに課せられた重責と不安について相談しに来ていた。
・このような感じで進めていきたいと思います
・現在#~3までの展開は大まかに思いついています(全6話予定)
・意見、アイデアについてはまだまだ募集中です
・今日はこのへんで
・はじめていきたいと思います
#1 Pilot
――僕らは友だちだ
そりゃたまにケンカする時だってあったさ
でも、次の日には一緒にいつもの店でタコスを食べに行っていただろ?
最初は二人目も合わせずに店に入って、帰りには笑いながら出ていく
いつものことさ
僕らは友達
それはいつどんな時だって変わらない事実
だからさ
大丈夫だよ
初めて会った日
君が僕に話しかけてくれた言葉、覚えているかい――?
…
「待て」
深夜の空港、目深に帽子を被り足早にカウンターへと急ぐ男がいた。
〝彼〟はその男の肩を強く掴んだ。
目深帽の男は小さく悲鳴を上げ、振り向いた。
「誰かと間違えているのでは?」
とぼけてみせるが、その声は震えていた。
目深帽の男は〝彼〟の正体をもちろん知っていた。声をかけられた理由も。
「オーラフ = ラングリッジだな。先々月退職した――」
〝彼〟はネームプレートを見せ〝形式上の〟本人確認を取った。〝彼〟は続けた。
「オーラフ、君には、ある疑いがかかっている。研究所の情報流出についてだ」
「機密を漏らすことは禁じられている。入る時に聞いていただろう。規約違反だ」
「これから自分がどこへ行くか、分かっているな?」
オーラフは必死に弁明をした。
自分の娘が今、病に侵されていること。多額の手術費用が必要であること。
しかし、その言葉は〝彼〟には届かない。
「そこらの研究員の倍は出ているはずだ。今の給料で足りなかったなら、上に何故交渉しなかった」
〝彼〟はその一言で一蹴し、オーラフに手錠をかけ、空港前で待つタクシーまで連行した。
オーラフが犯した罪は死を以て償うこととなっていた。
これから彼は、空港ロビーで忘れ物をしたことに気付き、タクシーで家へと戻る途中事故に会うことが決まっていた。
〝彼〟は泣き叫ぶオーラフの首に注射をし、眠らせた。せめてもの配慮だった。
「これも世界の均衡を保つためだ。勝手な行動は許されない」
〝彼〟は眠るオーラフをタクシーのシートに座らせ、ドアを強く閉めた。
〝彼〟の名は「コンドー=アズマ」。
とある研究所の機密保持部の部長である。彼らの仕事は研究所の情報流出を未然に防ぐこと。
防ぐと言ってもその方法は荒く、残酷なもので「暗殺」という手段でほぼ行われていた。
アズマ自身、何故オーラフがあのような危険な橋を渡るのか知っていた。
また、オーラフが持ち出そうとしていた情報に、どれ程の価値があるのかも。
あの情報を然る場所に与えれば、数十年働いただけでは得られないであろう報酬を与えられるであろう。あるいは口封じのために消されるかである。
情報流出を避けるために、流出元を暗殺するなんてまるでスパイ小説の中での出来事だと〝彼〟は考えていた。
だが、その情報が流出したことで世界にどのような影響が及ぶかについても〝彼〟は知っていた。
そうだとしても――
彼の中には葛藤があった。
U.S. Armyとしての実績を持ち、16年前のテロ教団指導者の殺害を目的とした作戦への参加経験がある〝彼〟でも、自国の人間を防衛のためとはいえ殺めるのは――苦しい。
それを親友にも打ち明けることすらできず、毎夜今まで職務を執行してきた者の亡霊達に囲まれ、首元にアンプルを当てられる夢を見ていた。
それでも部を抜けられないのは、彼自身の責任感の強さと彼もまたオーラフの立場に立つかもしれないという恐怖感を持っていた為であった。
アズマが研究所の情報を外部に流すことは恐らくない。
しかし、いくつかの戦場を生きてきた彼は知っていた。死はいつでも誰かの背後に立っている。
情報流出の疑いありとの密告を受け、研究所職員を処罰したことがあった。
機密保持部は一般の司法組織ではない為、捜査は独自で行われている。
部に元CIAの調査官がいたとしても――だ。
その処罰の内容に〝死〟しかない以上、死んでからそれが冤罪だと知った時。密告が何らかの私怨を含んだ虚偽だった時。
そのようなケースは今までに報告されていないが、アズマは常に不安に駆られていた。
*
今、世間を賑わす一つの言葉――「並行世界の尾」。
1年前、理論上の可能性だった平行世界の痕跡が、並外れた視点と知性を持つ若き科学者でありタイムレスの「カラム = チャーチル」博士によって観測された。
「並行世界の尾」とは、並行世界の存在の可能性について指す言葉である。
今、我々が住むこの宇宙に似た物質・構造で作られた世界が幾重にも重なり存在する。
その証明が、数十年の内にできるという。
さらに、その並行世界の存在を実証するために今月、世界初の観測実験が行われる。
その発見が我々人類の生活を飛躍的に便利にするものではないかもしれない。
だが、昨今世界を不安に陥れている自然災害や経済問題。それを一時忘れさせているのだから、科学は偉大だ。
アズマの所属する研究所は、それについての調査を行っていた。
表向きにはだが。
*
――研究所
「おはようございます、博士」
「おはよう、カラム。調子はどうだい」
研究所は観測実験を1週間に控え、静かに沸き立っていた。
朝、カラムが出所すると大学の同期バッブと研究員ケインが声をかけて来た。
昨日の夜、空港近くでタクシーで事故が起き、元研究所職員が死亡したことを彼らは知ってはいたが、この件に関しては誰も話そうとはしなかった。
「やあケイン、バッブ。ああ、僕は――」
「いやいや、お前に聞いているんじゃあない。お前の奥さんに聞いているんだ。お腹に赤ちゃんがいるんだろ?」
「やあひどいなぁ。僕のこと心配してくれたっていいだろ。実験が近づいているんだから」
カラムには出産を控える妻がいた。
「お前なら訳ないだろ。なんせアメリカが誇る類稀なる知性を持った〝タイムレス〟なんだからな。さすがだぜ」
「バッブ、褒めても何も出ないよ」
「ランチは?」
「しょうがない。今日は出すよ。この間の研究発表の評価も良かったみたいだし、お祝いだ」
「ハハ、さっすが太っ腹だぜ博士ーっ」
「――ああ、リンは元気だよ。周期も安定している。今日は病院へ行っているんだ。経過を聞くのが楽しみだよ」
そこにカラムの研究室秘書ラヴィニアが足早にやってきた。
「――博士」
「ああ、ラヴィニア。どうかした?」
「それが――」
ラヴィニアはバッブとケインに見聞きされないようカラムに続けた。
カラムは彼らと〝部署〟が違う。彼らにとってカラムは量子科学・量子力学の研究を行う研究者である。
が、実際のところ彼には、他にも研究所内で〝ある役割〟を担っていた。
「DOEとDoDから、博士とお話ししたいと――」
カラムは眉間に皺を寄せた。
彼にとって憂鬱な1日が始まる。
・かなり進みが悪いですが今日はここまで
・chapter1ってことで
・意見、アイデアについてはまだまだ募集中です!
・ではこのへんで
・はじめていきたいと思います
カラムが会議室に行くと、二人の中年男性が座っていた。アメリカ政府の役人であった。
彼らはカラムに自己紹介をする。
「多忙のところ申し訳ない……直接会うのは初めてでしたな。私はDOE情報部のジョーン=マカロク」
「私は、NROのコンラッド=バジョットだ。よろしく」
「ええ、どうも……」
「で、いきなりだが本題に入りたい。今、研究の段階は、どれ程進んでいる?」
彼らはいつも同じことをカラムに聞いてきた。
今日に関して今までと違うことと言えば、使者を通さず直接カラム自身に会うことで圧をかけにきたことくらいであった。
カラムは彼らと同じようにいつもと同じように答えた。
「そちらにお送りした資料に書いてある通りです」
「そうではないのです。カラム博士。分かっているでしょう」
ジョーンは眉間の皺を強く押さえ、言った。
カラムは何も言わなかった。
沈黙が暫し続き、コンラッドが口を開いた。
「では、単刀直入に聞きたい」
「我が国は……いや、地球……全宇宙は――」
「本当に助かる見込みがないのか?」
*
今、世間を賑わす一つの言葉――「並行世界の尾」。
カラム = チャーチル博士は、波動関数の分析を行っていた際、粒子の波形の中から偶然発見された所謂副次的なものであった。
簡単に言ってしまえば、一枚の紙を数百枚重ねれば立体が生まれるのと同じように、我々今暮らすこの次元も我々と〝ほぼ〟同じ大きさの世界が複数重なりあうことで成り立っていることの発見である。
理論上、この考えは元より存在していた。
しかし、カラムが発見したのは、その並行世界を繋ぐ一つのベクトル(軸)であった。
この軸こそが並行世界を繋ぐものである。
我々の暮らすこの次元は、まるで古代の象徴ウロボロスのように並行世界同士が隣り合う世界の〝尾〟を噛むことで一つの円形の次元を作り上げている
その並行世界を噛み合わせる粒子波形の流れをカラムは「並行世界の尾」と呼んだ。
しかし、ここからが問題であった。
現段階で観測できる「並行世界の尾」は、隣り合った世界についてのみ。
自分の世界が?みついている相手の尾か、噛みつかれている自分の尾といったところか。
その波形の強さ、歪みの根源、エネルギーの発散について更に調べていく内、カラムはエントロピーとの関連性を疑った。
カラムはまず、自分の世界が?みついている相手の尾の熱的量を計算し、次に自分の世界の尾も同じようにした。
そして、それを比べると――
我々の住む世界(以下基本世界とする)の「並行世界の尾」は大変不安定な状況にあることが分かった。
特に基本世界の中で発生した熱量の発散の停滞が顕著であった。
ここで彼が考えたのが〝宇宙の熱的死〟である。
「並行世界の尾」が基本世界のエントロピーと同じ或いは近い値を持つ熱量だとすると、この世界の値は隣り合う世界の持つ熱量と比べ、明らかに異常なものであり、実際こうしている今でも発散されずに残ったエネルギーが増大している。
また、近年観測される超自然災害、NROが発表した天体の異常事象との繋がり。
ここから導き出された答えは――近い未来における基本世界の崩壊であった。
当時カブリ理論物理学研究所に勤めていた彼はこの論文を米政府に提出した。
ここから全てが始まったのである。
並行世界の存在証明と、近い未来における基本世界の崩壊の可能性。
カラムは、既に幼少期から政府公認のタイムレスであった。
政府の呼んだ国内の物理的学術に優れたタイムレスでない学者らにそれが正しい情報なのか計算させたところ、3年後やはりそれは正しいことが証明された。
可視化された世界の終わり。そんな彼からの報告を受けた米政府は――恐怖に慄いた。
世界で初めて観測されたこの情報を世界を混乱に陥れぬよう、世界の警察としてはどうしても他国に漏らす訳にはいかなかった。
すぐさま情報統制を敷いた。
カラムが出した証明は、並行世界の存在証明のみとなり、基本世界の崩壊については徹底して隠匿され、本国さらには政府内のみの情報とした。
それが、いずれ他国或いは政府に属さないタイムレスらによって証明されたとしても、である。
ともかく、何としてでも数年以内に解決策・延命策を見つけ出す必要があった。
この統制は時間稼ぎの意味もあった。
カラムによって提示された残された基本世界の余命は――
「長くとも200年以内。早ければ1秒後」
政府は新たに研究所を立ち上げ、その一つの室長にカラムを推薦した。
カラムの役職は表向き並行世界の存在を確かなものとする研究を行っているとしている。
カラムの所属する研究室以外の職員も皆そうだと考えていた。
彼の所属する研究施設は他の物とは規模が違う。
政府が秘密裏に用意した資金源によって設立した特殊な観測施設であった。
政府の要請を受けて参加したカラムが、基本世界の延命手段を探る為に必要とした施設内容は破格の物であった。
だが、政府も世界の存亡を背負う以上、資金を出すことに対して惜しむことは無かった。
とは言え、明日へと知れぬ宇宙滅亡、政府も悠長に待ってはいられなかった。
解決策を見つける為の期限が設けられていた。
それが今月――さらに言えば来週に迫る世界初の観測実験である。
*
・今日はここまで 思いのほか進まなくてごめんなさい
・chapter1.5くらいですね
・意見、アイデアについてはまだまだ募集中です!
・ではこのへんで
・はじめて行きましょう
*
「――それも資料にある通りです」
カラムは答えた。
今回の観測実験とは表向きの発表。
実際、この実験にはもう一つの側面があった。
――基本世界の崩壊を防ぐ為の方法についての具体的な解決策。研究成果発表。
それ故、実験はカラムが発表した基本世界崩壊の事実を知る政府高官のみ観覧が許されていた。
実験内容はこうである。
真空にした部屋に、水素やヘリウムを想とした気体、所謂星雲ガスを再現したものを注入。
模擬宇宙空間を作り上げる。
そこにカラムが発見した基本世界と隣接する平行世界とを隔てる壁を開くことができるであろう理論上の波形を流し入れる。
ここまでは、〝観測実験〟。隣り合う並行世界の宇宙を観ることが可能である。
次に――
基本世界と隣接する並行世界とを〝繋ぐ〟粒子を照射。
そう、〝繋ぐ〟ことが重要なのである。
これを行うことによって宇宙空間のエネルギー法則に従い、エントロピーが低下傾向にある基本世界に、隣り合う並行世界のエントロピーを流しいれることができるという考えである。
これが基本世界の崩壊を防ぐ為の具体的な解決策であった。
「しかし――」
カラムは続けた。
「この実験は無謀です。これは資料にもありますが、シミュレーションの結果、並行世界を繋ぐ粒子照射後の疑似宇宙空間が安定しないことが分かっています」
「何が起こるか分からないということです」
「実験の責任は負いかねる、ということですかな?」
ジョーンがそう尋ねた。
「いえ、そういう意味では」とカラムが言いかけるが、ジョーンは彼の真意を汲むこと無く話を続けた。
「実験中に起こった事故について、責任は問わない。例え我々の上官が死んでも、です」
「君はアメリカが誇るタイムレスだ。国の頭脳――いや、世界の頭脳を〝そんなこと〟で潰す訳にはいかない」
「結果さえ出してくれれば、我々政府は君を全力でバックアップすると約束しましょう」
(――そうじゃない!)
カラムは苛立っていた。
研究所を巻き込む事故。政府高官の死。それに対する責任。
カラムが危惧する問題はそれだけではなかった。
ジョーンとコンラッドは、成果を急ぐばかりに大事なことを見落としていた。
並行世界は未知の領域。
生命が存在しないであろう並行世界の宇宙空間でさえ基本世界と同じ性質とは言え、内容が違った場合、そこに発生する宇宙線が周囲にもたらす影響は未知数である。
カラムの言う通り何が起こるか分からないのだ。
実験そのものが無謀。
それは実験が成功した際でも同じだとカラムは考えていた。
並行世界からエントロピーを基本世界へ流れ込ませるという事は、即ち並行世界の寿命を奪うこと。
今回観測、接続する隣接した並行世界に人間のような生命体が存在する時――
その生命を奪ってしまうことになるのではないか。
基本世界を延命する為に、並行世界を殺す。
それが自然の摂理を大きく逸脱した行為であることは、学者であるカラムが一番に理解していた。
基本世界崩壊を食い止める手段を発見したその日から、そんなジレンマが彼を苦しめていた。
〝並行世界の尾〟の存在と、基本世界の崩壊の可能性を発見してから3年。
世間に〝並行世界の尾〟のみ発表をしてから、1年。
崩壊を止める方法を発見してから、同じく1年。
政府から目に見える成果を〝期限付き〟で求められて、4年。
(――短すぎる)
カラムの想定では実験が安定を得るには、短くとも15年。
政府が提示した期間は、余りに短すぎるものだった。
「で、軍からの報酬についてだが――」
「実験時の安全配備は――」
そんな不安をよそに、話は平行線を辿っていた。
実験予定日は変わらず、来週に行われる。これは決定事項であった。
何とか――
何とか実験を遅らせることはできないのか――
彼の頭脳を以てしても、実験を遅らせる手立ては思いつかない。
いや、思い付いたとしても実行できない理由があった。
「ふう――」
ジョーンは一息つき、テーブルの上のカップに指をかけ、カラムにこう聞いた。
「それでだが、カラム博士。奥さんは元気ですかな?」
「確か――あと数か月でお子さんも生まれるそうで」
「ご家族も実験の成功を楽しみに待っているでしょう」
政府が認めたタイムレス――彼らは、その貴重な能力を十分に活かすことができ、且つ差別されることなく暮らせるよう手厚く保護される。
が、彼らに対して行われる〝保護〟とは、事実〝監視〟に近く、プライベートは無いに等しかった。
それでもカラムは大学在籍時に出会った〝リン=デュゲイ〟と結婚した。
幼少期より政府の育成施設預けられ育ってきた彼が、初めて愛し、作り上げた〝家族〟であった。
今、彼の立場が危うくなった時、一番の被害を被るのは彼女。
カラムは、それを失うことが怖かった。
それが彼の実験期間について口を出せない理由である。
彼女は所謂、人質。高い知能指数を持つ彼でも、国に飼われる身である以上、不自由を拭い去る方法は思いつけど実行できなかった。
見えない銃口をこめかみに突き付けられているような気分であった。
・今日はここまで
・chapter1.8くらいですね
・意見、アイデアについてはまだまだ募集中です!
・ではこのへんで
・はじめて行きましょう
続いてコンラッドも話し始めた。
「そうだカラム博士。アズマは元気かね?」
「ええ。アズマはいつも通りですよ。無口で、いつも眉間に皺を寄せていて」
「だから気に入っているんだ。奴は無駄なことを喋らないし、考えない。常に任務に忠実な男だ」
「そう……ですか」
カラムは、機密保持部のアズマと、大学時代から旧知の間柄であった。
しかし、親友の話をするカラムの表情は明かに曇っていた。
その理由は、無謀な実験の日が避けようなく近づいていることだけではない。
カラムは、コンラッドの言葉が、ただ同じ研究所に居る自分の友人のことを聞いただけとは思えなかったのである。
「なあ、カラム博士。昨日の空港側で起きた事故の件、知っているかね?」
「ええ、まあ」
「あれの被害者は〝偶然にも〟この研究室の元職員だったそうだ。それも――」
「知っています。オーラフは……優秀な研究員でした。よく家族の話をしていた。優しい……人でしたよ」
「そうか」
コンラッドは付け加えた。
「もし――もしものことだが、君がこの研究所を離れると言うのなら、事故には気を付けると良い」
「それは君だけに関して言っているのではない。君の妻や子供にも言えることだ」
「コンラッド上級顧問、それは脅しですか……?」
カラムは聞いた。その声はひどく震えていた。
〝守るべきもの〟ができる前まで、彼はこのようなことをするのに勇気などいらなかった。
だが、それが彼を弱くした。
コンラッドは何か変わった様子も無く答える。
「何のことだねカラム博士。私は交通事故に気を付けろ、と言っただけだが。交通規則を尊守することは市民の特権だと思わないのかな?」
「――実験結果、楽しみにしているよ」
不安は尽きぬまま、その時は訪れようとしていた。
*
*
夜、カラムとアズマは〝いつもの店〟で待ち合わせていた。
「カラム、リンを家に置いていていいのか?」
「やあ、アズマ。ああ、リンには今夜のことはもう連絡している。それに、ここにはそんなに長くはいないよ」
「その方が良い。つまむものは先に頼んでおいた。何か飲むか?」
「じゃあ、ミルクを――」
・ごめんなさいちょっと中断
一旦乙。
簡単にまとめると「基本世界のエネルギーが低下してるから平行世界のエネルギーを吸収して保つ必要があるけどめっちゃ危険」ってことでええの?
・お久しぶりですごめんなさい。始めます
>>61
そうです! 回りくどく説明してます
*
学生時代のカラムは非常に孤独だった。
彼は生まれた時から既にタイムレスだった。
インド系アメリカ人の家に生まれた彼が1歳の誕生日を迎えるころには、6歳に求められる程度の言語機能を取得しており、それを気味悪く思った親が自主的に政府の機関に通報、さらに育成施設へと預けた。
多額の契約金と共にであった。
カラムはそれを「自分は金と引き換えに売られた」と認識している。
その出来事を育成施設職員の話を盗み聞いてしまった日から彼は人間不信に陥っていた。
政府から常に監視される恐怖感も相まって、その思いは日に日に強まっていった。
友人などできるはずもなかった。
育成施設内の同世代のタイムレスは数人いたが、その会話の輪には入らず、いつも少し遠くの場所からジッとそれを見つめていた。
15歳の時、彼は大学に在籍し研究員として働くこととなった。
次世代の育成を目指した彼は、教授職に就くことを希望したがそれは出来ぬ相談であった。
非タイムレスの教授らがそれを許さなかったのである。
タイムレスへの偏見・嫉妬は今も根深い。年上の同僚、年上の部下達の彼に対する態度も厳しいものであった。
それが彼の心をさらに頑なにしていった。
そんなある日。
その日の学食は特に混んでいた。
カラムは、いつも座る席が空いていなかった為、違う場所で昼食を取っていた時のことである。
「隣、いいか」
そう声をかけてきた者がいた。
これがアズマであった。
その次に彼がカラムに言った言葉が
「キャンパスツアーは今日だったか? 友だちとはぐれたのか?」
であった。
最初カラムは、それを侮辱と受け取った。
自分の存在は、ある程度知られていると思っていたし、周りの同僚からそうやってからかわれたことがあったからである。
後から聞くと、アズマはそんなことはないと笑って答えた。
あどけなさが残る少年が、一人で居たから純粋にそう言っただけ。実際、アズマが通っていた学部とカラムが働く研究室は全く違う場所に位置し、アズマは彼を知らなかっただけである。
そもそも、大学の研究室にはタイムレスが在籍しているケースが多い。カラムもその一人にすぎなかった。
カラムはぽつりとこう答えた。
「友だちなんていないさ。いつも一人」
皮肉の一つでも言い返してやろうかと思っていたが、そんな余裕も当時の彼にはなかったのである。
そんな彼にアズマはこう言った。
「なら、またここに来た時、この場所に座ると良い。俺がいる」
何気なく言った一言であろうが、カラムはその言葉に強く心を揺さぶられた。
「いいの?」
恐る恐る彼は聞くと、アズマは笑いながら返した。
「一人で食う飯は、マズい」
一度だけ、信じてみよう。カラムはそう思った。
こんな経験は初めてだったのだ。
カラムは次の日、学食へ行くと昨日と同じ場所にアズマが座っていた。
待っていてくれたのである。
カラムは昨日とは今までの孤独をぶつけるように、不器用ながらもアズマに話しかけることにした。
名前を教え合う時、アズマはさすがにその名に気付き驚いていたが、アズマはタイムレスに別段畏怖も偏見も抱いていなかった為、彼らはすぐに友人となった。
アズマは学生、カラムは研究員。5つ離れた友人関係だった。
この出会いが後のカラムに良い影響をもたらすこととなる。
カラムは社交的な性格へと変わっていった。
人とも積極的に会話するようになっていったし、年上の同僚の心無い一言にも反論するようになった。
また、アズマと友人であった学生〝リン=デュゲイ〟と知り合い、その内良い関係へと発展していった。
この二人がいなければ今頃自分はどうなっていただろうか、カラムはたまにそう想像する。
カラムはアズマに日々感謝していた。
彼はカラムにとって唯一無二の親友であった。
*
*
アズマは酒を煽った。
カラムが彼のこのような姿を見るのは初めてであった。
しかしカラムは、アズマが軍から離れた後、変わってしまったようには感じていた。
アズマの姿は、まるで自分の姿のようであった。
今の彼が、カラムと同じ研究所に配属され、機密保持部の部長職に就いてから黒いうわさが絶えない。
元研究所職員らの事故死、急な旅行を告げ音信不通になる者、それらに彼が関わっているのではないかという噂であった。
噂がうわさを呼び、今はまるで事実かのように周囲で語られている。アズマの友人であるカラムはそれが不愉快で仕方が無かった。
二人は友人。そんなことあるはずがないとカラムは断言していた。
以前、同僚のケインとバッブがその話をした時、彼は耐えかねて二人を叱責したことがあった。
それ以来、彼の周囲のその話をすることはタブーとなった。
しかし元々この研究所は国家機密の研究を行っているが、今までにそのようなことは起こってこなかった事実であった。
それについて、カラムは思うことがあった。
アズマが配属されたのは、カラムの元に役人が研究結果の発表の催促をしてくるようになってからである。
アズマは、この研究所に就職した経緯を「入隊時培ったノウハウを戦場ではなく、今度は国の未来を担う現場で活かしたい」と語っていた。
これが建前であることは明白。
だが、その本当の理由を彼はカラムに語ることは無かった。
ここで先程NROのコンラッド上級顧問が言った『アズマは元気かね?』と続けて『事故には気を付けると良い』という言葉を思い出す。
この時、カラムの中で自分の中でタブー視されていた〝ある〟考えが浮かんでいた。
アズマは自分を監視するために、この研究所へ配属されていたのではないか という考えである。
黒い考えが頭の中を巡った。
疑惑は他にもあった。
コンラッド=バジョット上級顧問はアズマの軍在籍時の恩師である。
そんな彼が〝そう〟言ったというのには、何か意味があるのではないか。
自分の深読みだろうか。答えは出せないまま。真相は聞けないまま、時間ばかりが過ぎ、他愛もない会話が続いた。
アズマは大分酔っていた。
これ程になるまで酒を飲み、乱れる彼の姿を見てカラムは店員に会計を告げた。
日頃の疲れからか子供のように眠ってしまう彼に肩を貸し、店を出た。
カラムは自分の車でアズマを彼の家まで送っていくことにした。
「アズ、大丈夫かい」
「ああ」
「部の仕事は僕より忙しそうだね」
「ああ」
「出来ればかわってやりたいよ。僕も観測実験の座標計算に飽きてきたからね」
「……俺は計算は苦手だ」
「覚えてしまえば簡単さ。プログラムを組むより楽だよ」
「そうか……」
「カラム――」
「どうした? アズマ」
「……今日は誘ってくれて……ありがとう」
「良いんだよ。暫くこうして会うことも少なくなったろう? だからさ――」
「俺達は……友だち、だよな」
「何さ、急に。当たり前だろ?」
「だよな……分かっていた……どうやら少し、飲み過ぎたようだな……眠い」
「あれだけ飲めばああなるさ。大丈夫、家まで送っていくよ」
「玄関までで……良い」
「はいはい」
「アズマ――」
「……どうした」
「初めて会った日、君が僕に話しかけてくれた言葉、覚えているかい?」
「……」
「……寝ちゃったか」
カラムは後部座席に彼を寝せ、家まで送った。〝事故〟は起きなかった。
彼は自分の抱く黒い思いはバカバカしいものだと考え直し帰宅した。
*
*
「おかえりなさい、カラム」
「リン、ごめんよ。思ったより遅くなってしまった」
「気にしなくていいわ。アズとでしょ?」
「ああ。彼、かなり酔ってて……身長が高いから運ぶのが大変だったよ」
「そうね。彼、あなたより――」
「気にしてるんだ、やめてくれよ。はは」
「気にするのは、そのお腹の方ね」
「それもだよ、リン」
「あ……見てカラム。今、蹴ったわ」
「元気な子だ……人体の構造と機能は知っていたが……自分の子供となると……不思議なものだ」
「ええ……そうね……」
「僕、研究成果発表、頑張るよ」
「ええ……不安なの?」
「ああ、少しね」
「らしくないわ。あなたなら大丈夫よ。絶対に、大丈夫」
「ああ……そうだといいんだけど」
*
*
観測実験当日。研究所は大いににぎわっていた。
多数のマスコミ関係者に囲まれながら、カラムと、共に研究に携わる所員らは研究室へと入っていった。
その後ろには、米科学界を代表する研究者、兼ねてよりこの研究に興味を示していたハーマリー上院議員、をはじめとした政府高官ら、DOE情報部ジョーン、NROコンラッドの軍部高官、それを警護するアズマら機密保持部であった。
ここから先は、関係者以外立ち入り禁止。
それは、議員らのSPである。機密保持の点において、この場の警備はアズマらに任されることとなっていた。
彼らは6時間に及ぶ実験の結果報告を鍵の掛けられたドアの前で待つのみ。
これ以上の介入は許されない。
その期待に押される歩くカラムの表情は固かった。不安によるものだった。
・中断もうすぐ一話も終わりです
・はじめていきたいと思います
実験は二室にわたって行われる。
100メートル四方で囲われ模擬宇宙空間で構成された本実験室。
真空のこの部屋には人間が入り込むことができない。その為、特殊ガラスで隔てられた装置制御室兼観測室がある。
実験に参加する全員は観測室で見守ることとなる。
実験は滞りなく開始された。
「真空状態安定しています」
「星雲ガス注入完了。気圧安定」
研究員らは次々カラムに報告した。
カラムは静かに頷き、参加者らに告げた。
「特殊ガラスの向こうに広がるのは宇宙です。宇宙とは未知の空間。そこに更に僕達が開くことになるのは更に未知の空間『並行世界』です」
「タイムレスの存在が発表されてから半世紀。それでも未だ宇宙空間には謎が多い」
「未知の空間の先に更に未知の空間を広げることの危険さを皆さんはまだ知らない」
「これから起こることは、僕にも分からない。初めに言っておきますがこの実験は非常に危険なもので――」
「はじめたまえ、カラム博士。我々はもう十分待った」
「世界で初の試み、緊張をしているのは分かるがもういいだろう。皆君に期待しているんだ」
遮ったのコンラッドであった。
カラムはコンラッドを一度睨むように見つめた。
何かを訴えるかのようであった。
カラムは観測室の最後尾にいるアズマを見つめた。
アズマは静かに頷いた。
カラムは一度目を伏せた後、視線を上げ、実験室の方を見た。
そして言った。
「これから実験を始めます」
予め準備されていた照射装置のメーターがゆっくりと動き出す。
基本世界と、それに隣接する並行世界の隔たりを粒子を照射し徐々に徐々に広げていくのである。
開かれた空間を安定させるのには、相応の時間が必要。
この様子を見学者は静かに見守った。
目に見える変化が現れたのは実験開始から2時間半後のことであった。
疑似宇宙空間に小さな光が見えた。
その光は時間に従って光量を増しながら一本の縦筋を描くかの如く広がっていった。
その後、観測は停滞を見せた。
実験終了予定の6時間を大幅に超え、8時間が経過しようとしていた。
カラムは見学者らに、空間の安定が予想より難航していることと、疑似宇宙空間に見える光からは膨大なエネルギーが発生していることが告げられた。
エネルギーとは基本世界を維持させるにものであろう。
それを知るコンラッドらは静かに拍手をした。
カラムの実験は政府の意志の下、最早彼自身の意志で止められるものではなくなっていた。
空間が安定したのはそれから1時間後。
光の縦線から溢れる光は強い光を発生させていた。
それは門の内側から明かりが漏れ出しているようにも見えた。
そのまばゆい光に見学者がわく傍ら、カラムはこの光の解析を行っていた。
光には高い宇宙線量を持っていた。
実験室と観測室を隔てる特殊ガラスや壁には、それを妨げる加工が施してあったがそれでも危険であった。
――解析不能な反応があった。
想定はしていたが、やはり並行世界には基本世界とは構造が全く異なっているらしい。
宇宙線であっても違う原子核が存在しており、それが僅かに漂っている。
それがこの世界にどのような影響をもたらすのかまったく分からない。
空間が安定した途端、急激に上がる光量は不安の的中を感じさせた。
カラムは何度も実験の中止を呼び掛けようと思った。
その度、家族の顔が浮かんだ。
愛する妻の顔、まだ見ぬ我が子の顔。これが彼の口に枷を付けていた。
その時、観測室にけたたましいビープ音が鳴り響いた。
実験室が異常を検知したのである。
以上の原因は室内の大気圧の増加。
光の内側から強い圧力がかけられているのを感知したのである。
光は門が開かれるように広がっていった。目視で言えばゆっくりと広がっているように見えるが、この光が広がる工程は本来これより4時間以上かけて行われるものであった。
退避を告げる赤いランプが観測室染める中、コンラッドは大声を上げた。
「はははッ! そうだ! すばらしい! 開かれるぞ、並行世界の門が!」
「実験は中止します! 危険すぎる!」
カラムは叫んだ。
正しい判断であった。事故が予想される以上、見学者に危害が及んではいけない。
早急に粒子照射を取りやめ、宇宙空間を元に戻す必要がある。そう結論付けたのである。
「いやダメだ! 例え何が起こるか分からなくても、だ! 成果が出なければ君の立場でさえ――」
コンラッドも叫んだ。しかし、カラムはこの程度の脅しはもう通用しなかった。
「ダメだ! 照射を中止する! ラヴィニア! 装置の線量を既定の速度に低下させるんだ!」
瞬間、コンラッドが25口径の銃を抜いた。
観測室内の女性らが悲鳴を上げた。
「続行しろ。これは国の……世界の存亡に関わることだぞ」
コンラッドは言った。ジョーンもこれはマズいと制止したが、銃口を向けられると手を上げ何も言わずその場に伏せてしまった。
コンラッドは続けた。
「これは国のためだ」
「……事故? 気にするな。例えこの場で誰が死のうと、すぐに後任が続けてくれるだろう。アメリカに何人タイムレスが居ると思うんだ?」
「だから、続けろ。中止では上に伝えることができない」
「私が求めるのは『大きな成功』か『大きな失敗』だ。こんな中途半端な形で終わらせることはできない」
コンラッドは更に言った。
「君の心労は十分に理解している。実験と家族の身の安全に挟まれていて――」
「しかしそれでも君はここまでやってきた。何故だ?」
「妻のリンか? いや、違うな。君の意志で彼女を研究から遠ざけていた」
「なら他に誰が孤独な君を支えてくれた――?」
カラムはハッとした表情で、〝彼〟を見た。
「アズマ=コンドー。そう、彼が君を支えていた」
「彼は君を監視する為に、私がこの研究所に送り込んだんだよ」
「苦しむ君を元気付け、君が話した言葉を逐一報告させていた。優秀なトレーナーだろう。なあアズマ?」
「逃げ出すことは許されない。もし万が一、君が逃げ出した時は家族だけでなく君自身をアズマが〝事故に合わせていた〟」
「アズマ、やっぱり君――」
疑惑が現実に変わった瞬間であった。
アズマは苦し気に目を逸らした。
コンラッドはカラムに語り掛けるように言った。
「カラム=チャーチル博士。天才はやはり孤独でなければいけない。その為に私は君たちの〝友情とやら〟を利用させてもらっていたんだよ」
「もういいだろう。博士、実験を続行するんだ」
「ふざけるな!!」
カラムは力の限り叫んだ。
「撃つなら撃て!」
手を大きく広げるカラムを見て、コンラッドはため息を吐いた。
「そうか。ガッカリだ。こんな報告をしなければいけないのにも、君にも」
コンラッドは銃を構えた。
*
銃声の後、その場に倒れこんだのはコンラッドだった。
撃ったのはアズマだった。
「アズマ、何を――」
足を撃たれ、苦しむコンラッドはアズマを睨んだ。
アズマはそれに答えず、コンラッドの持つ銃を奪い、カラムに言った。
「これくらいで許されるとは思っていない。だが、時間が無いんだろ」
「カラム、実験を中止するんだ!」
カラムは合点が言った。
最近の彼の様子のおかしさは、自分を監視する任務に苦しんでいたのであろうと。口数が少ないゆえに、自らが抱える問題を伝えられない彼らしい行動であった。
コンラッドが言った〝利用させてもらった〟を聞くに、友情は確かに存在していた。
都合が良すぎる考えであることは自覚していたが、今のカラムはその思いを信じるしか自分を保てなかった。
「ああ!」
カラムは震えるラヴィニアに代わって照射装置のスイッチに手を掛けた。
*
部屋が強い光と衝撃に包まれた。
遅かったのだ。
*
*
カラムは目を覚ました。衝撃で後方吹き飛ばされ、気を失っていたらしい。
ふと隣に目をやるとラヴィニアの細い指が見えた。彼は彼女を起こすべく、視線を上げた。
彼女は死んでいた。
衝撃で打ち所が悪く死んだのではない。
彼女の頭部は今まさに〝何か〟に捕食されているところであった。
カラムは実験室の方向を見た。
「門が……開いている」
彼は呟いた。
実験室の中で輝いていたあの光は、今や巨大化しており、完全に並行世界との接続を完了させていた。
〝何か〟は虫のような姿をしていた。ラヴィニアの頭を喰らうそれは、喰らうことに集中しておりカラムには興味を示していない。
カラムは辺りを見回した。虫のような〝何か〟が数匹。見学者らはそれらに襲われていた。或いは既に捕食され肉塊になっている者もいた。
ハーマリー上院議員、ジョーンがそうであった。
(――アズマは!)
カラムは親友を思い出し、その姿を探した。
(いた!)
彼は今〝何か〟に向かって銃を撃っていた。効果は感じられない。
「アズマ!」
カラムは叫んだ。アズマはすぐさまそれに気づき答える。
「カラム、この場を離れるぞ!」
「でも装置が!」
「〝コイツら〟の対処方法が分からない事には話にならない! 動きが遅いが食いつかれたら、死ぬぞ!」
「他の見学者も起こさなきゃ!」
「ダメだ! 時間がない! 起こしている間にも増えるだけだ! 襲われる確率が高くなるぞ!」
「増える!?」
そういえば、自分が目を覚ました時より観測室内の〝何か〟の数が増えている。
恐らく出所は、実験室の門の光から特殊ガラスをどういう原理か透過し来ているようである。
人間を襲う姿を見た以上、この場に留まるのは自殺行為に等しい。
「……研究室の外の人たちを避難させなくちゃ……」
苦しい決断であったが、カラムはアズマに従い研究室から一旦離れることにした。
1メートルほどの虫は逃げる彼らを追うが足の遅さ故、追いつくことはできなかった。
*
#1 Pilot
to be continued…
Next…
First Timeless Hero:Ultimate fate of the universe
#2 Insect 異界の蟲
避難を呼びかけながら研究所内を逃げる二人。状況を窺うが〝何か〟は増えていくばかり。
被害を最小限にするよう努めるが、遂に研究室から〝何か〟は外に出てしまい、所内の人間に無差別に襲い掛かる。
その中で、アズマは〝何か〟への対抗手段の確立。カラムは装置の停止を行うため新たな行動に出る。
【#1解説】
・このコーナーでは話の中で説明しきれなかったことを今後のネタバレをしない程度に解説します
☆あれ? 予告と内容違くね?:書いてるうちに変わってきました。あくまで予定なので変わる可能性も大いにあります。本来は#1で全て終わらせることを#1~3を使って終わらせようとしています。
☆U.S. Army:泣く子も黙るアメリカ軍。
☆DOE:ジョーンは、アメリカ合衆国エネルギー省。国家の存亡と、並行世界を基本世界とつなげることで得られるエネルギーについて聞きに来ていたという側面もあります。
☆DoD(NRO):アメリカ国防総省。通称ペンタゴン。NROはアメリカ国家偵察局、米諜報機関です。空軍直轄の組織で、アズマの「16年前の~作戦」にかかってきます。空挺降下作戦に参加していたのです。コンラッドとの繋がりはここですね。
☆カブリ理論物理学研究所:カリフォルニア大学サンタバーバラ校が擁する、世界で最も権威ある理論物理学研究所の一つです。
☆学食:アメリカの学食は肉がいっぱいあります。
☆上院議員:大統領に助言したり立法したり弾劾したりする偉い人です。ハーマリー上院議員は、国の科学に関する立法を勧める為、研究所を訪れるなどして精力的な外部視察活動を行っていました。
【refer to…#1】
・このコーナーでは皆さんのこんなアイデア・意見を参考に書いたことをお知らせするコーナーです。皆の意見がこんな感じで反映されているとお話しします。
☆人類が、別世界から生命エネルギーを奪うことで世界の存続を計る:モロですね。基本世界から並行世界の寿命をいただいていこうと研究が進められていました。
☆別の世界を繋ぐワープゲートの入り口:本文内の『門』に当たります。
☆主人公は世界の均衡を保つ為に組織された特殊部隊の隊長:大分変ってしまいましたが、アズマはそこから着想を得ました。
☆身長は高めで容姿の整った優男。線は細いが鍛えあげられた肉体をしている:まだ描写されていませんがアズマはそんなつもりです。伊勢谷友介とかオダギリジョーを想定しています。そこから更にその逆を行く見た目のカラムを思いつきました。
☆決して私情を挟まない冷徹な人間だが、心の何処かに葛藤がある:これもアズマのキャラを考える時役に立ちました。彼にも葛藤があったようですね。
・中断
・意見、アイデアについてはまだまだ募集中です!
・ではこのへんで
・ゆっくりはじめていきたいと思います
#2 Insect
観測室出た二人は、真っ先にマスコミ待機部屋へ向かった。
彼らを見た、多くのマスコミ陣は彼らに群がった。
事情を知らない報道陣、は次々と質問を投げかけた。
「実験はどうなったのですか」
「成功? それとも失敗?」
「他の研究員の話も聞きたいのですが」
「ハーマリー上院議員はまだ観測室の方に居るのですか?」
カラムは憔悴仕切っていた。実験はやはり失敗。そうなることは気づいていたものの、あの警報が鳴るまで止める決心は付かなかった。
更にその先にあったのはまさに〝地獄〟であった。
並行世界から現れた。巨大な甲蟲のような〝なにか〟。それが、人間を喰らい始めたのである。
更に彼らは、恐らく正しい判断とはいえ見学者を置き去りにし、観測室を離れてしまったのである。次いで言うなら並行世界と基本世界を繋げる為の粒子照射装置は止めることができておらず、現在も動き続けている。
彼は強い自責の念に駆られており、とても答える気にはなれなかった。
そんなことはお構いなしに記者らは質問を増やす。
「隣に居るのは機密保持部のコンドー=アズマさんですね。貴方は現在〝近代のアサシン〟として黒い噂が囁かれていますが、その噂は本当なのでしょうか?」
「カラム博士、コンドー氏とは大学在籍時代の友人と聞きましたが」
「実験の結果は?」
「並行世界など存在しないと他科学者の批判を受けていると聞きますが――」
辟易するカラムに代わってアズマは答えた
「端的に言えば、実験は失敗だ。現在実験室内で事故が発生している。現在上院議員含め見学者全員は機密保持の観点において観測室内で待機中。我々から話せることは以上だ」
マスコミ陣は事故発生という単語に大いに沸き、質問を更に増やしたが
「現在原因究明中。更なる事故が予想される。一般関係者はご退出を願う」
とアズマが言うと、彼らは少し文句を言いながら研究所を去って行った。彼らも命までは惜しかったらしい。
「アズ……すまない」
カラムはアズマに礼を言った。その声は酷く震えていた。
「混乱は優先して防がなくてはならない。この事態を最初から説明するには時間がかかりすぎる」
アズマは事もなげに答えた。〝こういうこと〟には慣れていたのである。
二人はマスコミ陣全員が出ていくのを確認すると、自体を伝える為、研究所所長の元へ向かおうとした。
すると一人の男が応接室出入り口から飛び出し、実験室へと一目散に走り出した。
先程帰ったと思われた報道陣の一人であった。彼は文字通りの「命知らず」であった。
アズマが止める暇なく彼は研究室へと侵入してしまった。
その後、悲鳴が聞こえた。悲鳴は数秒続いた後ピタリと止まった。
「愚かな奴だ」
アズマは呟いた。
「しかし、あの部屋を封鎖できなかったのはマズかった。だがこちらもあの場所に留まり続けることは良いこととは思えない」
「奴らは直に、観測室の扉を食い破り所内で暴れ出すに違いない。その前に――」
「ああ、全員をこの研究所から避難させる。所長にこの事態を説明しに行かなくちゃ」
「そうだな、カラム」
*
*
研究所の所長ジャスタス=アクロイドはカラムらの報告に震えあがった。
その理由を説明するには、何故彼が今この地位に就いているかということから話さなくてはならない。
彼の昇進は常にカラムと共にあった。
カブリ理論物理学研究所在籍時発見した世界の終焉を予見する論文の提出を政府に提出するよう進言したのも、今回の並行世界という理論上の存在を研究するにあたって多額の研究支援金を出したのも彼である。
更には彼自身の研究成果発表の小さな成功と、カラムからの推薦が重なってここまで上り詰めたのである。
正直な所、彼はカラムに依存していた。彼自身才能は科学者として優れたものを持っていることは間違いない。
しかし、知能に優れたタイムレスが現れてからというもの、賞賛の目は彼らに向けられることが多くなり、その居場所はひどく狭苦しいものとなってしまった。
彼の信頼はカラムへの信頼。彼の成功はカラムの成功。カラムの後ろ盾がどうしても必要であった。
そんな彼が信用するカラムの実験失敗報告は、ジャスタス自身の次の昇進はないということを意味していた。
失敗という言葉を聞いてからというもの、彼の耳にすべての音が届かなくなっていた。
「平行世界を繋ぐ門が未だ開き続けている」ことも、「平行世界の住人と見られる生物が現れた」ことも、「その生物が見学者らを食らう」ことも、「今すぐ避難命令を出さないと被害が大きくなる」ことも、
彼には聞こえていなかった。
だが、傍目から見て彼はとても冷静な様子に見えた。平静を装っていたのである。
ジャスタスは日常的に周囲の科学者達からの非難に晒されていた。何故なら彼の持つ地位的なものは全てカラムからのおこぼれに過ぎないからである。
それを彼は重々承知していた。だが、家族を守るためにも自身を守るためにもこれは捨てられない唯一のものなのであった。
そんな中、彼に芽生えた才能があった。
「都合の悪いことは聞こえない」才能。
実際、パニックに陥っていた彼は一言
「そうか、分かった」
とだけ二人に言い、所長室を小走りに出、車に乗り、研究所から帰るマスコミ陣と共に消えてしまった。
二人は、二人だけでこの状況を納めなくてはいけなくなってしまった。
カラムは頭を抱え、アズマは眉間をつまんだ。
*
*
避難誘導は最初、思うようにうまくいかなかった。
放送を行っても、直接話しに行っても、所員の動きは緩慢だった。
それもそのはず、並行世界から人食い生物が現れたので逃げろなどということを誰が信じるであろうか。パニックにさえ陥る者が現れなかった。
カラムが予測するに、蟲が何らかの方法で観測室から出るまでおよそ40分。
避難誘導するにも呼び掛けるにも時間が足りない。二人はまず事情を信じ、避難誘導を手伝ってくれる者を探した。
二人が手分けして10分程協力者を探すと数人が名乗りを上げた。
カラムとは別部署にいる友人ケインとバッブ。
彼らは、「事情は見ない事には信じられないがカラムが、この実験を前にして嘘を吐くことはないだろう」と言った。
バッブは「ランチは大盛で頼むぜ」と付け加えた。
そして、上院議員らのSS。
「機密保持部が付いていながらなぜこのようなことに」とアズマを責めたが、「責任追及は後にする。とにかく誘導が先だ」とカラムの指示に従った。
彼らが手伝ってくれるようになってから、避難誘導は円滑に進むようになった。
避難者らにはとにかく早くこの研究所から退避させるため、「事故が起きた。二次被害を防ぐ為、一旦退避」と伝えるようにした。
馬鹿正直に事情を教えるより、ある程度ぼかして伝えた方が良いらしい。
そこから暫く誘導を行っていると、カラムが突然呻き出した。
アズマが「どうした?」と尋ねるのに答えることなく、彼は近くの会議室に入ってしまった。
アズマがそれを追いかけると、部屋の端で小さくなり子供のように震えるカラムの姿があった。
カラムは呟いた。
「僕のせいだ。全部、僕の」
「僕がこんなもの見つけなければ」
「どうすればいいんだ」
「カラム、そんなことしている場合じゃ――」
アズマがカラムの肩に手をかけると、強く振り払われた。
カラムは彼を睨む。
「分かってる! 分かっているんだ! でも! でも……身体が、身体が震えるんだ。どうしようも……ないんだ」
「もう人が死んでいるんだぞ! 僕の実験のせいで……」
「何がタイムレスだ! そんなものを持たなかったらこんなことは起こらなかった! もう、嫌だ! 僕だって! 僕だって! 普通に――」
「辛い気持ちは……分かる。だが――」
アズマの言葉は、カラムに火に油を注ぐだけだった。
「君に分かる訳ないだろ! 人が死んでいるのに――」
ここでカラムは口を噤んだ。
アズマの目は言葉では到底言い表せないくらい悲しい目をしていた。
カラムは気付く。
そうだ、彼もまた――。
カラムは目から溢れかけた涙を拭い、言った。
「ごめん、アズマ。僕はもう大丈夫。でも……少し……10秒だけ待ってくれ」
*
・休憩
*
二人は誘導を他に任せ、次なる行動へ出た。
「カラム、次はどうする」
「ロッカールームへ向かう。実験の工程から言えば、あの〝門〟を閉じるには照射装置を段階的に止める必要がある」
「だが、あの〝なにか〟が蔓延る部屋でそれを行うのは不可能だ」
「強制停止を行う」
「強制停止? できるのか、そんなことが」
「できる。ただ――」
「ただ?」
「いや、何でもない。強制停止さえすればあの〝門〟は閉じ、消え去る。そうすれば〝奴ら〟ももう増えることはないだろう」
「残った奴らはどうする。奴らは人間を襲うんだぞ」
「それは……考えていなかった。門を閉じることばかり考えていて」
「カラム、お前は考え過ぎだ。〝なにか〟への対抗手段については俺に任せろ。相手は生物である以上、タイムレスじゃない俺でも何かしらは考えつくはずだ」
「アズ……ありがとう」
「当たり前だ」
二人は拳をぶつけ合った。
*
*
ロッカールームにもちろん誰もいなかった。
カラムは自分のロッカーを開けるとUSBメモリを取り出した。
「これはなんだ」
アズマは聞いた。
「これを観測室にあるメインコンピュータに差し込み、データを入れるんだ」
「それだけでいいのか」
「ああ、それだけ。データを読み込むと全ての装置が強制停止する。もちろん照射装置もだ」
「用意がいいな」
「ああ……元々実験は失敗すると思っていた。万が一の為にこれを用意していたんだ。まさか、ここまで被害が及ぶとは思っていなかったし、事故発生時であっても手動で装置を止めることを想定していたからね。持ってきていなかったんだ。それがまさか……」
「いや、今そんなことは気にしていられない。とにかく、これが僕の〝最終兵器〟さ」
カラムは、この話をしている間終始俯きがちだった。
更に言えば、さっきからカラムの様子がおかしい。
重責によりパニックを起こし、会議室に引きこもったのは仕方がないとして、「ロッカールームへ向かう」と言った時の何か決意したような表情をアズマは見逃さなかった。
何かを諦めるような悲しい表情、そして決意をした勇気の意志が込められた瞳。友人としてその意味を知る必要があった。
アズマは意を決して、彼に聞いた。
「カラム。お前……俺に何か隠していないか」
「いや、何も」
「……言ってくれ」
「何言ってるんだアズ。君には何も隠し事なんかしないよ」
「そうか……」
「そうだ、カラム。お前、そのUSBを入れに行く時、俺も着いて行くだろ? その時――」
カラムは目を逸らした。
「……おい、カラム。お前――」
「あの危険な観測室へ独りで装置を止めに行くつもりなのか!」
カラムは観念して話し出した。
観測実験の終了及び基本世界と並行世界とを繋ぐ門を閉じる為には、ある段階を踏まなければいかない。
まず照射装置の照射線量を徐々に減らし、並行世界とのつながりを断つ。
次に、疑似星雲ガスを半減させて行き疑似宇宙空間状態を解除。
更に、大気圧を戻し、真空状態も解除。
最後に除染。
この工程を行わなくてはならない。
つまりは、カラムの持つUSBとはその工程を全て行わない上で全ての装置を切ってしまうということであった。
それがどういう状況をもたらすのであろうか。
照射装置の緊急停止により門は突然閉じられる。
門から溢れていた強いエネルギー反応は行き場を失い、装置によって安定を保っていた疑似宇宙空間と反応を起こす。
その時、大気圧の安定しない実験室内の空間体積が膨張と強い光、つまり放射線を発生させるのである。
簡単に言えば、致死量の宇宙線を生身で浴びる、ということ。
USBを使った強制停止を使えば、カラムの死は免れないのである。
・休憩
・再開していきます
「助かる道はないのか?」
アズマは聞いたが、カラムは首を振るばかりであった。
「……なら俺も着いて行く」
「ダメだ。これは僕にしかできないことだ」
「どうしてもか?」
「ああ。これは僕の責任の取り方だ」
「責任の取り方」。この言葉にアズマは違和感を抱いた。
責任とは何を指して呼んでいるのだろうか。
実験を終わらせる責任――それは0911を呼べば政府公認のヒーローが対応してくれる可能性もあるが、到着まで〝何か〟の侵攻までは間に合わない。
人を死なせてしまった責任――それは危険性を知る彼に実験を強要したコンラッドらに向けられるべきであろうとアズマは考える。
実際、この強制停止は、並行世界研究を深く知るカラム自身にしかできないことである。
しかし――しかし、だ。彼が言う責任とは、本当に彼が死を以て行える程大きいものなのであろうか。そうだとすれば、これ程残酷な運命はない。
アズマもU.S. Armyの一兵士として戦っていた時も、機密保持部として情報漏洩を行う者に制裁を加えることにも責任を感じ、行っていた。
だが、友人としてカラムの感じている責任はそれとはまた違う。
タイムレスとしての責任だ。
先程彼は自信がタイムレスとして生まれたことへの怨嗟を口にしていた。それ程、彼の責任は重く常に彼の背中にのしかかっていたものなのである。
それは、アズマがカラムに初めて出会った時から、いやそれより前から抱いていたものなのであろう。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」
ある本に、そんな言葉があった。
だが、その責任は大いなる力を背負う者だけが払うものなのか。
アズマは答えを出す。断じて否。
「カラム、観測室にはまだあの蟲がいる。お前はその中で作業を行えるのか」
「いや、それは――」
「カラム、リンは元気か」
「ああ、今日も――いや、今そんな話関係ないだろう!」
「……お前が停止作業を行う間、俺はあの蟲を引き付ける」
「アズマ!」
「俺も着いて行く。いいな」
「……後悔、しないのかい」
「なあ、カラム。お前と初めて会った時、なんて言ったか覚えているか?」
「『友だちなんていないさ。いつも一人』」
「今は俺がいる」
「行くぞ」
大いなる責任は、時に共に、その責任を分けて背負うこともできる。
これがアズマのカラムの友人としての〝責任〟の取り方であった。
その時、カラムのPHSが鳴った。
電話はバッブからだった。電話口からは興奮したような声が聞こえた。
『オイ、カラム早く来てくれ! お前が行っていた虫みたいな〝なにか〟ってこいつのことだろ!』
二人は顔を見合わせ、バッブが言った場所へと急いだ。
*
確かにバッブと共に蟲は居た。
バッブは片手にパイプのような細長い金属の棒を持っており、その先には緑色の粘ついた液が付いていた。
バッブは誇らしげにカラムに語った。
「こいつが壁を這っているのを見つけたからよ。壁を思い切り蹴って落としてやったんだ」
「そしたら仰向けに落っこちて来てわちゃわちゃ動いてるんだよ。気持ち悪いだろ? だからこいつでブッ刺してやったんだ」
アズマは仰向けに転がる蟲の表面を見た。
夥しい牙が並んだ口、芋虫のような疣足。
パイプが一突き刺さっている場所を見るに、成程この部位は甲虫のような背面より柔らかい素材で出来ていることが分かった。
蟲はピクリとも動かない。死んでいるようにも見えた。
バッブは言う。
「あいつら背中は銃も通さないが、ひっくり返しちまえばこっちのもんだ。殺せるぜ。これ」
「SSにも教えたら、観測室の方に行ったぜ」
「観測室!」
カラムは焦った。SSは〝早まった〟のである。
一体を偶然見つけて倒したバッブのような状況ならまだしも、観測室にいた十数匹によって見学者たちはほぼ全滅にまで追い込まれていたのである。
それはあまりにも無謀な考えなのではないであろうか。
不安はまたもや的中した。
「ゲ……」
死んだと思われていた足下の虫が嗚咽音を出したかと思ったその時――
「ゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ」
と泣き出したのである。
その声と共にあらゆる場所から、その声がこだまのように聞こえてきた。
「今まで俺達でやっつけて来た方からだ!」
バッブは青ざめた。
加えて避難が済んでいないという第4研究棟の方から悲鳴が聞こえて来た。
「バッブ! 君も早くこの研究所から避難するんだ! アズ、行こう!」
「ああ!」
二人は観測室の方に向かって走り出した。
二人が観測室前に着くときには既に遅かった。
蟲達は鉄のドアを、壁を通気口を食い破り四方八方に散ってしまっているようであった。
散った先は、恐らくさっきの鳴き声が聞こえた方向であろう。倒された蟲は、最後の力の振り絞り仲間を呼ぶ、そういう寸法だろう。
目の前にはSSの死体に群がる蟲の姿があった。やはりこちらには興味を向けられていない。
「カラム、どうする?」
アズマは銃を蟲達に向けながら言った。
蟲が観測室を出、暴れ出す予測はしていたが、そのカラムの計算より十分程早く全てが進んでいた。そして想定よりさらに数が多い。
「観測室へ急ごう。早く増援を止めなくちゃ!」
二人は迷わず奥へと進んでいった。
*
観測室の見学者は肉片も残さず食われてしまったらしい。
部屋に入ってすぐ彼らを出迎えたのは床をべたべたと濡らす一面の血の池と、蟲達の視線だった。
「カラムは装置へ急げ! 蟲は俺に任せろ!」
アズマは彼の足に群がる蟲を蹴って落とし、仰向けになったところにすかさず銃弾を撃ち込んだ。
カラムも観測室に入る前、SSの死体から拝借した銃を使って虫を次々撃っていった。
彼は射撃に関しては全くの素人。アズマから撃ち方を教わる暇なく、こちらへ来た為、どうしても当てるのは難しかった。
こうして戦う内、分かったこともあった。
蟲達は何かの法則に従って、二人を襲っているようであった。
アズマに襲い来る蟲の個体数と、カラムを襲う蟲の個体数。多いのはアズマの方であった。
しかし、推理している余裕は無かった。
〝門〟が開かれている以上、蟲の数は一向に増え続ける。考えるより対処する方が先である。
「カラム! 大丈夫か!」
「装置に辿り着いた! 君は!?」
「足を少し噛まれた! 相手がゾンビじゃなくて良かった!」
「蟲になっちゃうかもね!」
「冗談はよしてくれ!」
カラムはいよいよ装置へ近づき、そのメインコンピューターにメモリを繋ぐことに成功した。
アズマは自分の身を顧みず、作業するカラムに群がる蟲を撃ち殺していった。
アズマの足は多くの虫に噛みつかれたことにより、赤く爛れ、立っているのが不思議なほどであった。
「まだかカラム!」
「もう少しだよ! それまでどうにか持ってくれ!」
「ああ、大丈夫だ!」
アズマは気合だけで引き金を引き続けた
そして、彼のマガジンが尽きる頃
「インストールができたぞ! 後は起動させるだけだ!」
カラムが叫んだ。緊急停止させるまでの段取りが整ったのである。
「100、99、98、97――」
メインコンピューターがカウントを開始する。
これが0になった時、二人は強い放射線を浴び、死ぬ。だが、被害は何とか最小限に済む。
蟲達が何かを察したかのように何処かへ逃げ去って行った。今更、二人はそれらを追おうとは思わなかった。
幾ら奴らとて強い宇宙線を浴びれば一溜りもないであろう。
二人は黙して〝その時〟を待った。
脳裏には今まで記憶が現れては消えて行った。全ては懐かしい思い出であった。
その時であった――
アズマの背後に人影を感じた。
振り返るとそこに居たのは――今までより更に巨大な蟲であった。
先程の蟲と同族であることには違いない。ただし今までと違うのは大きさだけではなかった。特筆すべき点としてはその姿。
アズマらの目の前に居た巨大な蟲は、ちょうどクワガタムシを擬人化したような姿をしていたのである。
アズマが子供頃読んだ漫画に出てくる虫型の宇宙人にも似ていた、非現実的な二本足で歩く生物であった。
身の丈2.5mの蟲は二人を交互に見た。
すると、黒く硬そうな大顎を縦に開き、二人に向かってこう言った。
「Na Sachin Baba」
どの国の言語かも分からない。人間の発音では難しいものであった。
相手が言葉を返せると知ったアズマは、空の銃を構え人型に尋ねた。
「何者だ」
人型は答えた。
「Na Sachin Baba」
「それが名前か」
人型はそれに足を大きく踏んで答えた。
「Na Sachin Baba!」
これは詰り会話は噛み合っていないことを意味していた。
人型は片手に持つクワガタの角のような形状の武器を引き摺りながら、アズマへ近づいた。
瞬間、ガンと何かを弾いた音がした。
アズマがその音の出所を見ると、そこには人型に向けて銃を放ったカラムがいた。
カラムは震える手から銃を落とした後、言った。
「僕の親友だ。僕の親友に……近寄るなッ!」
力の差は歴然であった。
その相手に手を出すのは愚かな行為に他ならない。なのに何故。
アズマが「やめろ!」と叫ぼうとしたその時――
「ぐっ」
カラムの小さな悲鳴が上がった。
彼の胸には人型の持つ剣が深々と突き刺さっていた。
剣は素早く引き抜かれ、そこから血しぶきが上がった。
「カラム!」
アズマは痛む足を引いて、倒れ伏した彼の元へ近寄った。
それを見た人型は
「Lyarigareni」
とだけ言い、二人を追撃することは無かった。
カラムは痛みを感じることすら出来なくなっていたのか、自分の返り血に染まる天井をぼうっと眺めていた。
「カラム! カラム!」
アズマの必死の叫びも彼には届いていないようだった。
「起きてくれカラム! 死ぬな!」
意識を失わないようアズマは彼の頬を何度か軽く叩くと、カラムはその存在に気付きこちらを向いた。
「ああ――君か――アズマ――」
「そうだ! 俺だ!」
「ああ――君とは――長い夢を見てたみたいだ――友達ができた夢……」
「夢じゃない! 友達なら居るだろ! 俺だ! ダメだぞカラム! おい! 死ぬな!」
カウントが0になれば二人とも死ぬ。そう知っていながらも目の前の致命傷を負った親友に、そう声をかけるしかないアズマであった。
「ああ――ああ――そうだ――」
――僕らは友だちだ
――そりゃたまにケンカする時だってあったさ
でも、次の日には一緒にいつもの店でタコスを食べに行っていただろ?
最初は二人目も合わせずに店に入って、帰りには笑いながら出ていく
いつものことさ
「カラム、死ぬな!」
「――あのUSBには――僕の研究のすべてと――具体的な危険性――それと――安全性が確立された際の使用方法が入っている――」
僕らは友達
それはいつどんな時だって変わらない事実
「――何となくだけど――君は――まだ――こっちには来ないと――思うんだ」
「何を言ってるんだカラム!」
「――リンには――代わりに――謝っておいてくれ――あと――『愛してる』と――」
「おいカラム! そんなこと言うな!」
「だからさ――大丈夫だよ――初めて会った日」
「君が僕に話しかけてくれた言葉、覚えているかい――?」
*
「隣、いいか」
「あ、ああ。はい、どうぞ――」
「キャンパスツアーは今日だったか? 友だちとはぐれたのか?」
「は? ボクのことしらないワケ? ……友だちなんていないさ。いつも一人」
「なら、またここに来た時、この場所に座ると良い。俺がいる」
「え? ……いいの? ほんと?」
「はは、気にすることない。一人で食う飯は、マズい」
*
カラムはアズマの腕の中で長い眠りに着いた。
*
・休憩。もうひと頑張りします
・再開します
*
カウントは20を切っていた。
「Lyarigareni Lee!」
と叫び、手を広げる人型。
アズマはそれにわき目も振らず、装置の方へと走って行った。
彼はメインコンピューターに刺してあったUSBメモリを抜くと、それを強く抱きかかえ、その場に蹲った。
人型はアズマが自信を無視したことに腹を立て、こちらへ走ってきた。
その瞬間――
「3、2、1、停止」
強い光が、破裂音が、衝撃が、放射線が、観測室と実験室を焼いた。
並行世界へと繋がる門はここに急速に閉じられ、疑似宇宙空間膨張と共に崩壊を告げた。
実験室と観測室を隔てる強化ガラスも膨張により砕け、無重力の中に浮いた。
強い熱と放射線に晒されたアズマの身体は、内側及び外側から焼き尽くされ、蹲った姿勢のまま徐々に黒く焼け焦げた灰の塊へと変化していった。
そして、再構成が始まった。
・中断します。これで1/3くらい
・意見、アイデアについてはまだまだ募集中です! 皆からの感想励みになります! ありがとうございます!
・ではこのへんで
・続けて行こうと思います
一度灰になったアズマの身体は残されたメモリを中心に今一度、人の形に戻り始める。
理由は分からない。現にこの現象が及んだのはアズマだけである。その足下に横たわっていたカラムの身体は跡形もなく消え去っていたのだから。
しかし、アズマが再構成されたその姿は、今までの彼の物とは似ても似つかないものであった。
*
以前人型の蟲は身体に傷は付けど、そこに立ち続けていた。
どうやら彼らは、放射線に耐性があるらしい。それもそのはず、疑似宇宙空間に繋がれた門から彼らは〝生身〟でここまで来ていたのである。
人型は初めて見る異世界の生物〝人間〟の脆さにため息を吐いた。
そして考える。どうしてこの程度の力しかない彼らが、自分の知識を凌駕する機材で、平行世界から自分たちを呼び出すに至ったのだろうと。
人型の〝彼〟には、先ほどまで人を襲っていた〝なにか〟にはない知能があった。
故に考える。
(〝門〟が塞がれたことで、帰る場所は無くなった。同朋もない。さて、どうするか)
*
アズマは目を覚ました。身体が妙に重く、そして熱い。
内側から込み上げてくる熱い血が皮膚の下を拘束で巡っているような感覚を受けた。
目を開けて、ふと自分の手を見ると、皮膚が固く黒く変わっていた。
(熱を受けて焦げたのか?)
最初はそう思ったが、すぐにそうでないことが分かった。
黒く固くなったのは手だけではない。全身に及んでいるのだ。
それは皮膚というより甲虫のような皮膚骨格に近い形をしていた。
何故か彼は、自分がまだ生きていること、自分の姿が変わってしまったことに思いのほか混乱はしていなかった。
それより気になるのは、その皮膚骨格の下に感じる熱い血、というか液体の流れであった。
マグマのように熱い液体は無限に自分の中を巡り、何かを待っている様子であった。しかし彼は、その液体〝達〟が何を待っているのかは分からなかった。
「Ha Nuanua!」
「Lee!」
その時、聞き覚えある声が聞こえて来た。人型のものであった。
今の彼には、人型の意志が分かる。
「来い」「かかって来い」という意志である。彼はそれに従う。
彼の内に巡る体液〝達〟が語り掛けるのに従うように、人型を倒すべく走り出した。
人型は、そこに立つ変態したアズマを一瞬、自分と同族と見間違えた。
が、彼から溢れる悪意と並々ならぬ敵意がそうではないとすぐに感じさせ、すぐに剣を構え、応戦の姿勢を取った。
アズマは人型が振り下ろす剣を素早く避け、その利き腕を持ち、関節を突いた。
人型は初めて喰らうその技術的な攻撃に純粋に感動した。自分の身の丈より小さな者が、小さな力だけで自分の剣を簡単に奪ってしまったからである。
U.S. Army仕込みの格闘術は、相手の無力化に長けた組み技重視の格闘術。
戦士然とした人型の大ぶりな太刀筋を見極めるのは容易なことであった。
アズマはそのまま、カラムにされたのと同じように、奪った剣を人型の胸に突き立てた。
しかし刺さらない。
人型の頑丈な外皮は刺突を一切受けつかない。
何より剣が大きく、重すぎた。これを扱うことができるのは、あの人型と同じくらいの蟲でなくては難しいらしい。
人型は続いて、アズマに打撃を与えた。
アズマは剣を立てて、防御するが、衝撃は彼の身体を剣ごと貫いた。
一撃が重い。
アズマは燃え盛る観測室の壁に叩きつけられた。
頭を強く打ち、目が回る。だが、思っていたより痛みはない。
自分が〝この姿〟になったことにより、皮膚骨格がある程度のダメージを吸収したのであろう。
ならば次はどう出るか。どうやってあの人型を殺すか。
考える隙を与える暇なく、人型はアズマの元へ近づき、烈しく殴打した。
アズマは磔にされる形で壁にめり込んでいく。
殴られ続けたからか、さすがの彼の黒い皮膚骨格にもヒビが入り始めた。
アズマは既に自分の身体は何らかの理由でタイムレスへと〝覚醒〟を遂げたことを悟っていた。
黒い皮膚骨格、鋭い爪、強い力。異形の姿が何よりもの証拠であった。
タイムレスは、後発的に覚醒することもあるが、自分もその一例だとアズマは冷静に理解できた。
それは何故か。
殴られる中でアズマは考えた。
そこで彼の耳元に声が聞こえて来た。
『怒れ――』
『もっと深く怒れ――』
頭に響く声にアズマは気づいた。
何故、これ程にも自分が落ち着いているのか。
何故、この状況に自分は適応しているのか。
理由は簡単だった。
今、自分は怒りに支配されている。
親友を殺された怒り。何もできなかった自分への怒り。人型への怒り。
これが逆に自分自身を冷静にしていたのである。
(怒り? この俺が?)
兵士だった頃のアズマは、相応のメンタルトレーニングにより強靭な精神を手に入れていたはずであった。
責任と感情は必ずしも一致しない。
親友がたとえ目の前で殺されたとしても、だ。
怒りや悲しみなどの一感情で武器を振るえば、作戦に支障が出る。
感情の無駄な動きは行動を阻害する物に他ならないとして、彼は今までも入隊後もそして今もそう思ってきた。
それは違う――体の内を巡る液体〝達〟は答えた。
そう。
これは血液ではない。
これは今までアズマが押さえて来た〝怒り〟。それが流体エネルギーとなって彼の身体の中を巡り声をかけていたのだ。
(でも――どうやって?)
彼は怒りの発散の仕方を知らなかった。
怒りは原初の感情だ、と〝怒り〟は答えた。
怒りとは防衛本能から生まれた感情。恐怖から身を守るための感情。攻撃意志を伝える感情。
発散するのも簡単で良い。〝怒り〟達はそう伝えた。
(簡単に――)
込み上げるものが怒りだとすれば、と考えたアズマは殴られながら、その手を人型の顔面に黒い右手かざし
(簡単に――)
〝怒り〟を〝放つ〟イメージをした。
アズマの黒い外皮が弾け飛んだ。不思議と痛みはない。
外皮の下から現れたのは赤く輝く腕であった。
それが現れた途端、そこから強い力が〝放たれた〟。
それを当てられた人型は軽々と吹き飛んだ。
「これが……怒りか!!」
アズマは壁から抜け出て叫んだ。
「来い人型! 人の肉より、カラムの痛みと俺の怒りの方が美味いぞ!!」
「Uaaaaaaaaaaaaa!」
人型がこちらへ向かってくるところをアズマは次に左手をかざして〝怒り〟を放った。
左手の外皮が崩れ、強い熱衝撃が飛ぶ。
が、当たったのは研究室奥の壁だった。壁は爆発音と共に崩れ落ちた。
アズマは、人型の接近を許してしまった。彼は人型に首を掴まれ、放り投げられる。
胸を強く打ち、息ができない。そこに人型はマウントポジションを取る。
人型はアズマの髪を掴み、何度も地面へ叩きつけた。
脳が揺れ、先ほどのめまいなど比にならない程のダメージを感じた。
反撃のつもりでもう一度、右手をかざしたが、次は何も出なかった。
(あの外皮から一度解き放ったエネルギーは出ないのか)
アズマは推理した。次の一手を放つなら外皮の残る胸か脚からしかない。
この距離なら、当たる。
胸の外皮からエネルギーを解き放った。
〝怒り〟は人型の胸の外皮を抉りながら、空中へと吹き飛ばした。
空中で無防備になった身体目掛けてアズマは剥き出しの腕で、人型の胸に何度もパンチを繰り出した。
人型は度重なる攻撃を受けて地面へと叩き落ちた。
ふら付き立ち上がった人型は、雄叫びを上げ、もう一度アズマへ向かって行く。
一方アズマはと言うと、怒りが頂点に達していた。
初めて触れる本気の怒りは彼を支配し、今や感情に任せて戦うだけの機械と化しつつあった。
一閃。
人型の胸には、彼がアズマにより一度奪われた剣が深々と突き刺さっていた。
アズマが人型の胸を狙って攻撃し続けていたことで、装甲は時間が経つにつれ脆弱なものとなっており、彼はトドメにそこを目掛けて剣を放ったのであった。
「Mullez……!」
人型は笑ったように顔を歪めると、ドサリとその場に倒れこんだ。
*
カラムの研究室から上がった炎はやがて勢いを増し、全てを焼き尽くさんとしていた。
その中に〝彼〟の姿があった。
獣のように吠える彼は、研究所に残る蟲の駆除を行っていた。
それが彼自身の意志で行っていることなのか、怒りに身を任せそれをぶつけているにすぎないのかは誰にもわからない。
ただ、絶対に開かれぬ右手の拳の中には、一つのUSBメモリが握りしめられていた。
*
*
それと時を同じくして、焼ける研究所の中から現れた一人の男性が救急隊に保護された。
彼は顔面左半分に渡る酷いやけどと、足に銃で撃たれた跡があった。
彼は保護された当時、気が触れたように笑い続け、救急隊や警察の質問に答えることができなかった。
彼の名前は――
コンラッド=バジョット
カラム=チャーチル博士の実験の見学に来ていたNROの上級顧問だった。
*
#2 Insect
to be continued…
Next…
First Timeless Hero:Ultimate fate of the universe
#3 Chaser 苦悩
異形の姿へと変わったアズマを待っていたものとは、警察からの取り調べと政府直轄超人保護局の監視であった。
一時の自由を許された彼は、カラムの妻――リンの元へ向かおうとする。しかし、その行く手を阻んだのは且つての恩人コンラッド=バジョットだった。
コンラッドはアズマの持つ〝カラムの形見〟を渡してほしいと告げるが――
【#1解説】
・このコーナーでは話の中で説明しきれなかったことを今後のネタバレをしない程度に解説します
☆また予告と微妙に違くね?:許してください。#1で収めたかった話を#2まで延長してやっと収束しました
☆これからどうなるの?:実はここから先、何となくしかきまっていません。これから安価の力に頼ろうと思います
☆ジャスタス=アクロイド:気に入ってます
☆二人は拳をぶつけ合った:ウェイ系がよくやってるアレです。米本国では「フィストタッチ」「フィストバンプ」と呼びます。
☆0911:米本国の通報は911ですが、この世界では0911に電話することで状況によって政府公認のタイムレス通称「ヒーロー」を呼んでくれることがあります。ヒーローに会いたいばかりにいたずら電話が後を絶ちません。
☆ヒーロー:政府に公認され且つ人命救助・犯罪者逮捕の為にその力を使うことを許された職員をそう呼びます。カラムは政府公認タイムレスですが、研究職に就いているので関係ありません。タイムレスにだって職業選択の自由がありますん。
☆人型の蟲:彼らが喋る言語はGoogle翻訳で再生可能です。イメージに近い音を組み合わせて作りました。文法もあります。
☆後天的なタイムレス覚醒:タイムレスとしては、生まれつきの次に多い発生理由です。理由は不明です。
【refer to…#2】
・このコーナーでは皆さんのこんなアイデア・意見を参考に書いたことをお知らせするコーナーです。皆の意見がこんな感じで反映されているとお話しします。
☆別の世界を繋ぐワープゲートの入り口:本文内での『門』にあたります。現在は塞がれて蟲も増えることはないでしょう。
・中断……その前に、これを見ている方に相談したいことが
・次回、話の中にアズマの友人or知り合いを登場させたいのですが、まだどんなキャラにしようか思いついていません
・皆さんのアイデアや意見を見て、それを元に妄想を膨らませます
【聞きたいこと】
・どんな友人or知り合いがいてほしいですか?
・コンドー=アズマというキャラについての質問はありますか?
・具体例を出してもOK
・関係ない質問でもOK
・ではここから30分ほど受け付けます
・一旦中断
・意見、アイデアについてはまだまだ募集中です! 皆からの感想励みになります! ありがとうございます!
・友人・知人のアイデアは引き続きお願いします! それ以外のことでもOKです!
・再開します
・質問はない感じかな?
・何となく思いついてきました
・では、これを踏まえて設定を更に募ります。
・知人・友人でなくても、他の設定でも敵でもOK
・#4では具体的な敵キャラの募集を考えています。
↓1~3【キャラや設定についてアイデアください】
かつてカラムの行った実験とは全く違ったアプローチで偶然、異世界の存在に遭遇した人物がいる(事実上は抹消されている)
・ありがとうございます。どんなキャラを出すか見えてきました
・>>145は確かにおいしい設定だなあ。これ違う話で出すかも。次の主人公はキマッてます
・では#3をお待ちください
・意見、要望、アイデアについてはまだまだ募集中です! 感想励みになります! ありがとうございます!
・ではこのへんで
・再開します
・今回は次回の内容についての助言です
・次回、アズマと戦うキャラ(アズマにとっての敵)が出てきます。独りはどんなキャラにするか決めました。ですが、もう一人についてが決まっていません。
・皆さんのアイデアや意見を見て、それを元に妄想を膨らませます
・最悪キャラ安価を前倒して行おうとも考えています。
【どんなキャラかというと】
・ヴィラン寄り
・人間(タイムレスであっても無くてもかまわない)
・あるキャラの手下或いはそのキャラに雇われている
【聞きたいこと】
・どんな敵が出てくると面白いですか?
・具体例を出してもOK
・関係ない質問でもOK
・ではここから30分ほど受け付けます
例えば、こちらの人間以上に平行世界の知識や科学力があり、平行世界をコントロールしようとするとか?
敵のイブはヘルメットと課で顔を隠していて、ベタだけど平行世界のアズマとカラムとかいうオチとかはあり?
あと敵組織の具体的な事とか決まっている?
敵は「見た目は人間だけど、顔と体から人食いの化け物になる。敵の組織に雇われている男。口が悪い」とかどうだろう?
>>152
実はオチというか着地点は決まっていて、その内容はネタバレを避ける範囲で答えるとなると壮大なものにはならないとしています。
あくまで壮大なのはカラムの発見とそれがもたらした影響と遺した物なので。
なので、壮大な設定を(今のところ)持つ敵キャラが現れるとややこしいことになるかなーと思うので、それは避けます。
実はこの物語、既に決まっていることが多く、今回カラムがアクセスした並行世界についてや、人型の正体などはここで話されるかはともかく決まっているのです。
そうしないと話が破たんしそうなのでそうならないように、やっています。
今回の敵組織の目的は#3の本タイトルを読むと何となく見えてくるかと思います。
また、予告を見るとどのキャラの手下かも分かるかと思います。
見てるけどどんな質問すればいいのかわからぬ。
どんなのが敵がいいっすかね?
>>155
一応上にも書いてあるけど、もう一度整理して説明します
【こんなキャラなんです】
・#3でアズマに立ちはだかる敵
【こんなキャラを想定して書きたいです】
・ヴィラン寄り(ようするに悪玉ってこと)
・人間(タイムレスであっても無くてもかまわない)
・あるキャラの手下或いはそのキャラに雇われている
【聞きたいこと】
・上を踏まえた上でどんな敵が出てくると面白いですか?
【ヒント】
・#3の予告を見ると、このキャラの目的、誰の手下か分かると思います。
・そういうキャラを考えているのですがまだ輪郭が出来ていない状態なので、手伝ってもらいたいのです
・時間が過ぎましたが30分延長して質問や意見を聞いてみましょう
・質問はない感じかな?
・ではこれから皆さんの意見・アイデアを参考に色々考えてみます
・皆さんの意見・アイデア・提案を全部反映できるとは限らないし、安価の内容の通りにするとも限りません
・では、>>156を踏まえたアイデアを募集します
↓1~3【#3に出てくる敵の設定のアイデアをください】
・ありがとうございます!
・皆さんのアイデアを元に良いキャラが思いつきそうです。
・では一旦中断
・意見、要望、アイデアについてはまだまだ募集中です! 感想励みになります! ありがとうございます!
・ではこのへんで
・ゆっくりはじめて行きたいと思います
#3 Chaser
炎の中でアズマはふと我に返った。目の前は火の海。足下に転がるのは蟲の死骸。
ここまで来て、彼はようやく自分がどのような状況に置かれているのか思い出した。
これだけの炎の中に居て、彼はその熱さを全く感じずにいた。
また、その感覚は鋭敏になっており、ジッと目を凝らせば周囲2m程であれば目視圏に無くても、生命反応を感知できるようになっていた。これがタイムレスになったということかと彼は身をもって知った。
現在、周囲に生命反応は無い。アズマは炎の中から――研究所から出ることにした。
そんな彼を出迎えてくれたのは、アズマが以前所属していたU.S. Armyの兵士達だった。彼らはアズマに銃を向けていた。
弁解は不可能だ。数年前まで銃を向ける側に立っていたアズマは理解していた。それに今の自分の姿。この状況で口を開こうものなら、確実に撃たれる。
「そこの未登録タイムレス! 大人しくしろ!」
「手を上げて、頭の後ろに組め!」
彼は黙ってそれに従った。
そうすると、すぐに周りに兵士と警察官が走り寄って来て、彼を拘束した。
警察官はトレーラーから拘束台を持ってきた。アズマはこの拘束台を知っていた。
あの拘束台はタイムレス用のものである。台とベルトには超能力系能力を持つタイムレスの能力を抑制する金属が含まれている。
彼がそれに繋がれると、何と彼の身体に異変が起きた。皮膚がミシミシと音を立てているのである。
黒く硬い皮膚は音を立てながら、本来の肌の色と柔らかさを取り戻した。だが、身体にはヒビが入ったような傷が残った。
変身が終わると彼の身体は一回り小さくなったので、警察官はもう一つ小さいサイズの拘束台を用意しなおした。
彼は一切抵抗しなかった。
警察も聞いていた情報より大人しい人物で驚いたらしい。身体検査の結果、一旦アズマの身柄は拘束から解かれた。
*
「私がこの件を担当するエズメ=ピール警部だ」
そう彼は名乗った。中年の男性であった。
彼は今回の研究所火災を事件と事故の両面から捜査していると語った。
アズマは、そこで研究所の被害状況を初めて知らされた。
死者は研究所の所員に関しては全体の2割。遺体が確認されていないのが実験の見学者らと一人の記者。
彼らの死因は全て火災に巻き込まれたことによるものではなく、何かの生物に食い殺されたことによるものだという。
また、犠牲者を攻撃した生物は既に何者かによって全て焼死させられており、外部に飛び立つなどしたものは一体もいないと告げた。
アズマは心底安心した。
聴取の後、警部は改まってアズマに聞いた。
「君は、この研究所を故意に焼こうとしたのか?」
「そんな事実は一切ない」「自分も訳も分からないまま、タイムレスになってしまって混乱している」と答えた。
「そうか……いや、良かった」
と、逆に安堵した様子を見せたのは警部の方だった。
警部は言った。
「タイムレスへの突然の覚醒はよくあることだ。君も〝あの〟ような仕事をしていたのだから分かっているとは思うが――タイムレス覚醒直後の行為は殆ど罪に問われないケースが多い」
「君が起こしたのは火災だが、それが原因で犠牲者を出した訳ではないから――原則〝事故〟として処理されるだろう」
「しかし、その無罪即日判決は、『故意ではない』という意志を確認しないことには始まらない。君にはまずそう言ってもらいたかったのだよ」
「これから君は精神科によるいくつかのテストを受けてもらう。それから弁護士からの再度タイムレスに対する説明。超人保護局のタイムレス登録説明がある。長時間かかるが、諦めてくれ」
彼は鞄からドーナツを出して「ずっと食べていなかっただろう」とアズマに渡した。
アズマは「随分と優しいのですね。研究所を無差別に焼いたタイムレスですよ」と言うと、彼は肩をすくめてこう言った。
「娘がね、君みたいに〝覚醒〟したんだよ。その時、同級生にケガをさせてしまってね。ファラリスの方の学校に転校させたばかりなんだ」
ファラリスとは英国にある世界有数のタイムレス人権に特化した自治区である。
「大体、覚醒する人間は……ああ、これは私の推測なんだがね。覚醒する人間は、皆心の中に何かを抱えている。そんな気がするんだ。それが一気に……バーンと爆発して覚醒する」
「私の娘は学校でいじめられていてね。気付いてあげられなかったんだよ。それに彼女は今や親元を離れて遠くで勉強をしている」
「君は大人だが……何か抱えているんだろうと勝手に心配してしまってね。いや、独り言だ。忘れてくれ」
エズメ警部は言い終わると恥ずかし気に部屋から去っていった。
*
精神科の意志から出されたいくつかのテストを受け終わると、次に弁護士がやってきた。
弁護士は先程エズメ警部がした話と同じことを言い、アズマは罪に問われないと伝えた。
しかしアズマは、知っていたとは言え、自分が全くの御咎め無しだということに疑問を持ったため、では責任の在り処はどこにあるのかと弁護士に聞いた。
その答えは彼にとって絶望に等しいものであった。
「今回の実験による事故。火災の諸原因は法律上、カラム=チャーチル博士の重過失になると考えられます。また犠牲者の遺族からも訴訟の話が――」
「なんだって!?」
「博士は以前より、今回の並行世界観測実験の失敗を予見していたそうです。失敗を分かっていながら、実験を続行したことでこのような事態を招いたのです」
「貴方が先ほど証言したことから考えても――貴方が強い並行世界の宇宙線を浴びてタイムレスへと変異したのにも関係あります」
「俺がこうなったのはどうでもいい。もうカラムはいない!」
「重過失の場合、その責任を問われるのは――」
「リンか!!」
「ええ、まあ。遺族が『夫を止められなかった家族の責任ではないか』という方もいまして」
「それはカラムがリンを危険な実験の利権関係に関わらせたくなかったからであって……カラムの辛さをお前らは分かっていない!」
親友の苦しみをよそに事が動き出し、それはカラムが関わらせまいとしてきたリンにまで及ぼうとしていた。
それにアズマは更なる理不尽を感じていた。
アズマは怒りを抑えきれず、その皮膚が再び黒く硬くなっていくのを感じた。
慌てた弁護士はすぐに警報を鳴らした。
アズマの拘留期間は伸びることとなった。
*
・中断
・意見、要望、アイデアについてはまだまだ募集中です!
・ではこのへんで
・ゆっくり続けていきます
*
アズマは精神的な落ち着きを取り戻すと、また人の姿に戻ることができた。
最後にやってきたのは、政府直轄超人保護局の局員ミシェル=ボルダックと名乗る女性であった。
超人保護局というのは、様々な形で世界に影響を及ぼし続けるタイムレスを保護の名目で、その影響を小さなもの或いは国家の繁栄に使う為監視を行う組織であった。
名前を変えながら、タイムレスという存在の裏で活躍してきたこの組織は、未だに〝彼ら〟からの反発を受けることが多い。
しかし、アズマのミシェルに対する印象は悪いものではなかった。
何より彼女はアズマの姿にいちいち驚かない。彼女は穏やかな口調で彼に話した。
「ようこそ、タイムレスの世界へ」
「私はタイムレスに中途覚醒した人へタイムレスとしての新たな生き方を教えに来たの」
「ああ、そんなに緊張しなくても良いわ。私も中途覚醒したタイムレスでね。パイロキネシスが使えるの」
アズマを安心させるべく彼女は手の上で火球を作り上げ、ゆらゆらと揺らして見せた。
すると火球に火災報知器が反応して、スプリンクラーが二人を濡らした。
「やだ! 私っていっつもこうなの」
ミシェルは肩を竦めた。
アズマは久しぶりに少し笑った。
ミシェルはアズマのこれからについて話した。
「貴方はこれからこの国でタイムレスとして生きる中で、選ばなければいけないことがあるわ」
「それは『政府にタイムレスとして登録する』か『しないか』」
「未だタイムレスへの差別が多い時代、政府にタイムレスとして登録すれば貴方の人権は守られるわ。でも、その分自由は少なくなるのは事実よ。だから『登録しない』という選択肢があるの」
アズマはカラムのことを思い出した。
彼は政府に登録されたタイムレスであったが、彼は常に何者かに監視される不快感について語っていた。
だが、何より今のアズマにはそんなことを考える余裕はなかった。
心配なのは、訴訟について。リンが、カラムの意志が、今、無碍にされようとしているのである。
彼の意志は、現在も彼の左掌の中に握られている。
身体検査の時、検知器は彼の手に反応しなかった。以来、彼を警戒する警察官らはそれに言及していない。
容疑者でない以上、気を損ねて暴れられるのも面倒なのである。
アズマは、彼の意志を守らねばならないと思っていた。
どのように守るかはまだ思い付いてはいない。ただ、その衝動が彼をより感情的にしていた。今までにはない自分の意志による強い力が彼の胸の内で動いていたのである。
「タイムレスとしてこれから俺がどう生きていくか。今すぐに答えは出せない。俺にはすべきことがある」
アズマはミシェルにそう告げた。
彼女はそれでも良いと言った。タイムレスの
自身の中途覚醒を受け止めるのは簡単なことではなく、能力の扱いにもしばらく時間がかかるであろうという。
*
数日すると、アズマは警察署から解放された。
タイムレスとは言え、無実の人間を数日間拘留するのは難儀なことだとアズマは思った。
外に出たアズマはまず、自分は今からどこへ行べきかを考えた。
顔が浮かんだのはやはり――リンだった。彼女は今出産を控え、主人を失い、訴訟の話が出ており不安な日々を過ごしているであろう。
友人としてすぐに行ってやりたい気持ちではあったが、今のこの姿を見て、彼女はどのような反応をするだろうか。
だが、〝彼の意志〟を持つのは彼女が相応しい。変わり果てたこの姿に驚かれようと、不安に晒される彼女に、カラムと最期までいた自分が彼の意志について話す必要がある。
実験の情報を悪用する者に渡してはいけない。それを伝えることが親友として最後にできることである。伝えたい、アズマは強くそう願った。
彼はカラムとリンが暮らす家へと向かった。
しかし問題もあった。
気付かれていないと思っているのであろうが、アズマの歩く場所より数m程離れた建物の屋上に彼を隠れて監視し、尾行する者がいた。
アズマの察知能力で視るに、奴の正体は超人保護局の局員。
その視線はミシェルと話していた時から感じていた。目的は恐らく、本当に自分が無害なタイムレスか見定める為だと考えられる。
これについての対処は、簡単。
撒けば良いのである。機密保持部で隠密行動を行っていたアズマにとっては訳ないことであった。
アズマは静かなる密偵の目を欺くべく、路地へと入り込んだ。
(――早く。早く〝カラムの意志〟を安全な所へ!)
その時であった。
「どこへ行くつもりだ、アズマ」
聞き覚えのある、しかしもうそこには居ないはずの〝彼〟の声が聞こえた。
そこに居たのは、研究所で蟲に喰われたと思われていたコンラッド=バジョットが居た。
アズマは彼の生存を知らなかったのである。
顔右半分は大きく焼け爛れ、左足は引き摺っており杖が無いと歩けない状況。
コンラッドの姿は、アズマほどではないものの変わり果てていた。
「随分と驚いているようだな。死んでいた方が良かったか?」
コンラッドは笑いながらアズマに近付いてきた。
笑顔で引き攣った火傷顔が不気味に歪んだ。
「バーティ、任務ご苦労! 後は二人きりで話させてくれ!」
『了解』
コンラッドは持っていた無線で合図すると、今まで感じていた監視者の気配が消えた。
それを機にコンラッドは話し出す。
「大分変わったな、アズマ」
「貴方もです、コンラッド大佐」
「姿の話をしているんじゃない。内面の話をしているんだ。まさかお前に撃たれる日が来るとはな、あの時の私は完全に油断していた」
「年を取ったのでは」
「ははは、言うようになった。やはり変わったなアズマ。私が与えた任務に一切疑問を抱かぬよう育てたのは私だというに……要するにお前は任務より〝友情〟とやらを取った訳だ」
「ええ……そうです。俺は貴方に不信感を感じ、カラムを信じることにしました。今までの自分を恥じたい……彼の友情を裏切ってきたことに」
「ほお、では戻る気はないのか」
「……どこへ」
「私の下へ、だ」
「どの口が」
「この焼け爛れた口がそう言わせているのだ。お前は優秀だ。失うには惜しい。カラム博士が死に、最早友情を行使する相手はいないだろう。戻ってきたら良い。私を〝こう〟したことは水に流そう」
「友情を〝行使〟だと? カラムが死んでも、その友情は失われない。これは永遠だ」
「……そうか、残念だ。ならばここから立ち去りネバダ辺りで静かに暮らすと良い。その前に――」
「その手に握られているデータを私に渡してからな」
「何ッ!?」
「タイムレスが現れてから警察組織は臆病になった。ヴィランと呼ばれる悪人が現れ、それから市民を守るべくヒーローが生まれ、あの組織が市民を守るべき意志は以前より希薄になってしまったのだ」
「奴らはタイムレスの能力に怯え、今や治安維持、捜査の一部を超人保護局やヒーローに任せきりにしている。呆れたものだ」
「……で、お前のそのお粗末に隠した〝モノ〟にも言及しなかったわけだ」
「私が、お前がカラム博士が所持していたデータを持っていることを知ったのは僅か一日前になる」
「お前が起こしたあの火事で全ては炎の中に消えたと思っていたが――違ったようだな」
「ミシェル=ボルダックからも連絡が入った。お前の手はやはり不自然に握られている、とな」
「……もう一度言う、アズマ。そのUSBメモリを渡せ。そうすれば、全てがうまくいくようにしてやる」
「そんなうまい話があるものか。カラムがそうしたように、俺も命を捨ててでもこの〝意志〟を守る!」
「……リン=チャーチルへの全ての賠償・訴訟を取り下げると言ったら?」
「!」
「この国は金さえあれば飛ぶ鳥も落ちる。このメモリは金額にしてそれ程、いやそれ以上の価値があるということだ。加えて、お前に50年ほど不自由なく暮らせる金を渡すこともできる」
アズマは凍り付いた。
これは究極の選択であった。
リンを守る為、メモリを渡せば、カラムの意志を裏切ることとなる。
カラムの意志を守り、メモリを渡さなければ、リンへの訴訟・賠償は行使され、最悪コンラッドの手にかけられる可能性もある。
アズマはどちらも選択できなかった。
迷いという感情は、軍在籍時、怒りや憎しみと言った任務に支障を来す感情と共に捨て去ったもののはずであった。
それが今になって表れたということは、つまり――
彼に考える時間が必要であることを意味していた。
コンラッドがそんな暇を与えてくれるはずもないことは分かっていたが、アズマは〝怒り〟を解放し、全力で彼から逃げ出した。
それを見たコンラッドは無線を取り出し、こう告げた。
「0911よりコンラッド大佐。現在超人保護局より観察中であったアズマ=コンドーが件の火災事故の重要証拠を盗み、逃走。至急応援を頼む」
『了解。至急ヒーローを派遣します』
*
(どこだ――どこへ行けば――)
町にはヒーロー出動中市民待機令を告げるサイレンが鳴り響いていた。
異形が町を走っているだけでも目立つというのに、逃げ込む場所はどこにもなかった。
とにかく誰にも見つからない場所へ隠れる必要があった。
アズマ自体それを行うことは得意であったが、師であるコンラッドが指揮をあのまま行うのだとしたら抜け出す方法は容易に考えつくものではない。
彼は頭を絞って考えた。
(37番道路を出た先の裏路地! あそこの先にスラムがある。そこに紛れ込めば――)
*
アズマは警備が薄いであろう裏路地を走っていた。
スラムに隠れ、態勢を立て直そうとしたのである。
スラムは目論見通り、浮浪者が多い。
また、浮浪者は普通の人間だけではない。タイムレスとして世間に馴染めずここに滞在するものも多い。ヴィランの大半はここから生まれたとも言われる程である。
よって異形の物も日常的に存在する。アズマ一人が、そこを走っていても気にはならないであろう。
そうして紛れ込もうとした時である。
アズマは不意に男とぶつかった。
「す、すまん。今急いでいるんだ」
「あいや、こちらこそ済まない。〝拙者〟も急いでいる故――」
男は白い着物に青い袴、腰に刀、そして白い仮面。中央に赤く大きな目のようなものが描かれていた。
日本の〝サムライ〟に似た姿をしていた。
(ハロウィンにはまだ早いぞ)
アズマはその姿が気にはなったものの、何も言わず立ち去ろうとした。
しかし――
「待たれよ」
男は逃がしてくれなかった。
「な、なんだ……」
「今、急ぎの用が無くなったのでな。声をかけたのだ」
「拙者、今、人を探しておったのだ」
「その名は……アズマ=コンドー。蟲のような姿をしたタイムレスだと聞いている」
「……貴様だな?」
アズマは観念し――なかった。
「……ああ。そうだが?」
「開き直るか。それもまた良し」
「貴様に逮捕令が出されている。素直に投降せよ」
「さもなくば……斬る」
「言っただろ。俺には急ぎの用があるんだって」
「抵抗するか。それもまた良し。では――」
「斬る!」
男は刀を抜いた。
鞘から抜かれると怪しげな白い光を纏った刀身が現れる。
刀を構えると男は大きな声で名乗りを上げた。
「名乗ろう! 拙者はサムライヒーロー〝ジェモン〟! 日ノ本より来た〝イノー流剣術〟が一つ〝斬(ザン)〟の皆伝者である!」
「火災事故の証拠物品を盗んだ不届きものめ! いざ成ば――」
「長い!」
アズマは名乗りの途中で右腕を解放し殴りつけた。
ジェモンは刀を杖に立ち上がる。
「殴るとは失礼千万! 許せん! 斬る!」
アズマは後ろを向いて走り出した。
ヒーローと追いかけっこしている状況で目立つのは仕方がない。
どうやらこのヒーロー、頭が良い方では無いようなので、アズマは必死に凌いで逃げ道を探した。
だが、侮ってはならない。
このジェモンの太刀筋は非常に正確。それに破壊力も妙に高い。
首を狙った一太刀を屈んで避けると、その刃はスラムのレンガ造りの壁に軽く当たった。
鈍く大きく擦れる音がした。
壁は大きな音を立てて、簡単に切れてしまった。
(これは普通の刀じゃない……!?)
また、その衝撃波も鋭く、強い力がアズマの腕の外皮をこそぎ取ってしまう。
(この動き、人型の蟲より――繊細で強いッ!)
その後、間を置いて強い風が吹いた。スラムの住人の掘立小屋と共にアズマの身体も宙に浮きあがった。
(マズい、このままでは!)
ジェモンは、無防備になったところを追いかけるようにして飛び上がり刀を大きく振り上げた。
ジェモンの太刀は空を切った。
ジェモンがアズマの姿を探すと、その頭上一つ高くに彼の姿があった。
アズマは〝飛んで〟いたのである。
あの瞬間、何があったのか。
あの瞬間――
敵に斬られまいと自分の身体について深く考える内、〝怒り〟のエネルギー放出の時の状況に目を付けた。
怒りを放出する時、アズマの身体は大きく後方に下がる。
その方向を一か所に向けた時、どうなるか。
アズマはそれを〝足〟に集中させ〝高速〟で〝飛行〟したのである。
「悪いなサムライ。お前と戦っている暇は無いんだ」
そのままアズマは空高く舞い上がり、ジェモンの前から消えて行った。
*
ジェモンは仮面の中の無線から通信する。
「こちらマスター・ジェモン。RSフォース、ターゲットを逃がした。すまん!」
『こちらRSフォース。またですか……マスター・ジェモン』
「追跡任務は苦手だ。精進する」
*
・中断します。これで1/2くらいです
・意見、アイデアについてはまだまだ募集中です!
・ではこのへんで
・ゆっくり続けて行きます
*
スラム街から幾分か離れた空き家。
アズマは、空き家のカーテンが閉じられた窓に向かって突っ込んだ。
ガラスが割れた大きな音が聞こえる。彼は足の〝怒り〟を放出し終わって、そのまま無様に転がり入った。
そこには空き家に存在しない、してはいけないはずのものが広がっていた。
無数のPCモニター、キーボード、ピザ、太った黒人男性。
「おいおい、ハリウッド映画もビックリなエントリーだなアズマさんよォ」
黒人男性は、あまり驚きもせずアズマに皮肉を言った。
「良く気付いたな、俺だと」
「アンタテレビ見てないだろ。スゲェことになってるから見てみろ」
男はPCの傍らにある古いテレビの電源を付けた。
そこには未だ火の消えきらない研究所から黒い蟲のような姿の男が現れ拘束される姿が映し出されていた。
アズマにとっては見慣れない映像であったが、覚えのある後継でもあった。
これは自分が研究所から出てきた時の状況だ。
「並行世界研究の第一人者カラム博士の死と研究所火災。謎の黒蟲男の登場でワイドショーは持ち切りだ。それに今指名手配されてるんだろ?」
「黒蟲男?」
「アンタのことだよ。大分また姿が変わっちまったみたいだが、これ皮膚?」
「分からん。だが、〝怒り〟を発散すると、発散した箇所がこうなる」
「へぇ、カッコいいじゃん」
「で――本題は?」
「お前がまだ〝中立〟の立場にいるなら、相談したいことがある。〝情報屋〟のジョン」
「今の名前はアランだ、アラン=スミシー。おっと、ハンドルネームはA.S.A.Pのままな」
「中立? ははーん、アンタやっぱりめんどくさいことに巻き込まれてるんだな? いいぜ。相談に乗ってやるよ」
「で、相談って――?」
アズマはここで初めて左掌を開き、男――A.S.A.Pに見せた。
A.S.A.Pはそれを興味深そうに眺めた。
「USBか。これに何か入ってんの?」
「このデータを誰にも売らないと約束できるか?」
「……ああ、いいぜ? 断ったらアンタに始末されちまうかもしれないからな」
「良かった――なら、このデータを見てくれ。親友が遺したものだ」
「親友?」
A.S.A.Pはアメリカ全土を股にかける情報屋である。
彼とアズマの関係は長い。その関係は、アズマがカラムに出会う前からの腐れ縁であった。
A.S.A.PはUSBを自分のPCに差し込み、データを閲覧した。
彼はそれを見る内、その内容に震えた。
「お、おい。これって――」
「そう、これは親友――カラムが遺した並行世界観測実験のデータだ」
「それだけじゃない。実験の危険性を提示した文書、新たな可能性全てが書かれているらしい。俺も見るのは初めてだ。これほどとは――」
「こらァ……やべェもん持って来ちまったなぁ。で、このデータをどうしたい?」
「分からない」
「はァ?」
「カラムは生きている時……このデータが軍によって悪用されてほしくないと言っていた」
「だから……俺はその意志を受け継ぎたい。だが、どうすればいいか分からないんだ」
「やっぱり軍が関わってんのか! なら俺ができるのは助言ぐらいしかねーな。しょっ引かれんのも、アンタみたいなやつに殺されるのもごめんだ」
「しかし全くのノープランか。どうしようかねェ」
「最初はカラムの妻……の家に行ってこれを渡そうかとも思った。でも危険すぎる」
「いい心がけだ。そんなことしたらすぐその奥さん、殺されちまう」
A.S.A.Pは腕を組んで呻り始めた。するとすぐに「そうだ!」と膝を打った。
「アンタ、そのUSBを破壊しろよ! その能力でさ! 跡形もなくなれば悪用もされないぜ」
「ダメだ」
しかしアズマはその案には乗れなかった。新たな可能性の項目には、カラムはこの実験に反対はしていたが、未来的に安全な実験法の確立がされた時、この国の量子科学は飛躍的な進歩を遂げると書かれてあった。
誠実な彼を尊重した判断はそれではない。そう思えてならなかったのだ。
これが〝カラムの意志〟を受け継いでいく為に必要な答えだった。
A.S.A.Pも「なーんだ。答え、出てるじゃん」と首を振った。そして彼は答えた。
「アズマさんよォ、その情報、軍の誰かに奪われる前に誰かにリークしちまわないか?」
「リーク?」
「そうだ、一番信頼できる……そうだな、知り合いの記者に当てがある」
「信頼できるのか?」
「ああ、悪かない。どうだ?」
「会って話してみたい」
「そうか……なら、俺がアポを取ろう。それでこの情報を公開するかどうかはアンタが決めりゃあいい。俺が手伝えるのはここまでだ」
「アポが取れるまでどれくらい時間がかかる」
「24時間だ。それまでどこかで凌いでいてくれ。どうにかしてアンタに連絡する」
「……ありがとう」
「今までの悪事を見逃してもらってるお返しってことでいいぜ」
「特に違法エロサイト動画を閲覧してることをな」
・休憩
・ゆっくり続けます
*
かくしてアズマは情報屋A.S.A.Pの手を借りて、カラムが遺した情報を信頼できる人物にリークすることで未然に軍諸機関に悪用できないよう牽制する試みに出た。
まず、A.S.A.Pが勧める記者へのアポイントメントを取る為に24時間時間が欲しいと言った。
それまでの間、指名手配中のアズマはどうにかして自分の身を守り続けなければならない。
アズマはA.S.A.Pが教える逃走ルートを利用して、ヒーローから逃げ続けた。
ルートはスラム街、地下駐車場、ショッピングモール裏など、どう見てもヒーローがパトロール範囲に入れていないであろう場所であった。
次にアズマが訪れた場所は、下水道。鼻を突く汚臭と溜まった気がタイムレスとして鋭敏になった感覚を刺激した。
不快感に襲われながらも、ダニも見つからないであろうこの場所は疲れた体を癒すのには十分であった。
彼はため息をつきながら、湿った壁に背中を預けると、どこからともなく声が聞こえて来た。
「――1976年」
「――5月29日」
「電気技工士の父と母の元に生まれ――」
「――11歳の時、親の離婚により母方の叔母の家に預けれられる」
最初は何を言っているのか分からなかった。
「貧困層にありながら、勉学に秀でており優秀な成績で大学に入学、卒業」
「大学在籍時――唯一無二の親友に出会う」
しかし、ここまで来て、この声の主が〝誰〟のことを話しているか分かった。
「卒業後、給与と保証金を実家に仕送りする為、軍に入隊」
「コンラッド=バジョット隊に配属」
「コンラッド式メンタルトレーニング第一期生として志願。その後、大規模作戦に幾度も参加し優れた戦歴を上げるようになる」
アズマの額に冷たい汗が伝った。
――〝彼〟は〝アズマ〟のことを語っていたのである。それも彼自身しか分からないようなことを。
「驚いた?」
〝彼〟はいつの間にかアズマの間合いに張り込みへらへらと笑って見せた。
アズマはその速さに驚き、これ以上近寄られないよう距離を取った。
アズマについて語った男は、黒いパーカーにフードを深くかぶっており、顔がよく見えなかった。
だが、その声の感じから若いことは分かった。
「お前……ヒーローか?」
アズマが尋ねると、男は首を振り、こう言った。
「あんな甘い連中と一緒にしてもらったら困るよ。あいつらはターゲットを基本的に殺すことは許されない」
「気絶させるか、自分の攻撃に目を向かせてRSフォースに撃たせるか、だろ」
「俺〝達〟は違う」
「俺はコンラッド大佐の私設部隊に雇われた。〝ブラックドッグ〟って言えば分かるかい」
その名前に聞き覚えがあった。最近名の知れたタイムレスがヒーロー・ヴィラン関係なく殺害されている。
その事件現場に描かれる黒い犬のスプレーアート。
捜査関係者は彼を〝タイムレス狩りのブラックドッグ〟と呼んでいた。
ブラッグドッグは再び、アズマとの間合いを詰めながら言った。
「俺(ブラック・ドッグ)は不吉の証! 俺を見た奴は必ず死ぬ! アンタも死ね!」
彼は腰の大型ナイフを抜き、アズマの首にそれを押し当てて、思い切り引いた。
アズマはすぐさま自分の身体を黒い装甲に覆わせた。ナイフは彼の喉笛を切り裂くことが出来ず、外皮と擦れて赤い火花を散らした。
この数日でアズマは自分の能力を知ることができた。
まず、この外皮は精神が落ち着いているときであれば、自分の意志で自由に発現させることが出来ること。
次に、〝怒り〟を解放して砕け散った外皮は6時間程で回復すること。
全ての外皮が散った時に現れる、紅い姿は防御は弱いが運動性能が格段に上昇すること。
最後に、ジェモンに攻撃された時に分かったこと。〝怒り〟をコントロールして放出すれば空を飛べること。
二人の攻防が続いた。アズマは相手が殺しに来ていると分かっている以上、こちらも本気でやらねばと攻撃をしていた。
しかし、決め手に欠けていた。
ブラック・ドッグはすばしこく攻撃しにくい上、こちらの手の内が読まれているかのように攻撃をふさがれ反撃されるので対応しきれない。
それに、この場で〝怒り〟を放出できない理由があった。
「どうしたの、アズマさん! 俺を殺してみなよ!」
ブラック・ドッグは相も変わらずすばしこく、こちらを挑発しながら攻撃してきた。
アズマの余裕は失われつつあった。
それが彼の目論見とも言える。苛立ちは能力に暴走を与え、いつ何時〝怒り〟を解放してしまうか分からない。
アズマは自らの心に自制を呼びかけた。
「おいアンタ! 何でさっきから〝切り札〟出してこないワケ?」
ブラック・ドッグは挑発を止めない。
こちらの弱みにすでに気付いていたのである。
彼はわざとらしく大声で言った。
「ああ、そうか! ここは下水道! ガスが溜まりやすい上に何かに引火したらすぐに酸欠になっちまう!」
「ああ、そうか! 分かったぞ! アズマ=コンドー! お前はタイムレスなんかになっても呼吸器官は人間の時のまんま!」
「それにお前の身体は熱に満ちている!」
ブラック・ドッグはすぐさまパーカーのポケットから小型の機械を取り出し顔面に押し当てた。
すると機械は変形し、犬の顔に似たガスマスクになり、彼の顔面に装着された。
更に彼はポケットからスプレー缶を出した。
爆発物と誤認したアズマは一瞬、怯んだ。
その隙が仇となった。ブラック・ドッグはスプレーをアズマの身体に振りかける。
アズマの身体に激痛が走った。痛みのあまり、汚水の中に転び、のたうち回った。
「痛くて聞こえてないだろうがこれはただの液体窒素」
「だけど、お前の熱い身体と、遠くの人間を察知できるくらい鋭敏になった感覚であれば、その痛みは普通の人間にこれをかける何百倍も痛いはず!」
「どうだ! 痛いだろう? 痛くて痛くて殺してほしいくらいだろ!」
「でもまだ殺してやらなーい!」
ブラック・ドッグは液体窒素の入った缶を投げ捨て、次のスプレー缶を出す。
すると、その缶を周りに振りまいた。
痛みにもがき苦しみながらも、アズマはそれが何なのか凝視しようとした。
その時、視界がぐにゃりと歪んだ。そして、とてつもない吐き気が彼を襲った。
「神経毒さ! 呼吸器が人間と同じならこれも苦しいだろうと思ってさ! 用意したんだ!」
アズマはもがけばもがくほど空気が吸えず、苦しみ、身体に残る痛みと共に短時間で衰弱していった。
アズマは薄れ行く意識の中で色々なことを考えた。
(俺はこれから死ぬのだろうか)
(俺が死んだらカラムの意志は――リンは――)
(あいつ、俺のことを過去だけでなく能力と弱点まで……俺も知らなかった弱点が……)
(もっと力があれば……ここで死ぬわけには――)
(クソ……クソ……クソ……ッ! もっと……力を――!)
強い後悔が〝怒り〟に変わり、その中から不甲斐ない自分とブラック・ドッグに対する〝憎しみ〟が心に満ちた時、アズマの意識は深い海に落ちて行った。
*
「あれェ? もう死んじまったのか?」
アズマは小さく蹲り、呼吸をしていなかった。
「チェッ、つまんないの」
ブラック・ドッグはつまらなさそうにその身体を軽く蹴った。
その時、アズマの身体は内側から紅く輝いた。
「なんの光――」
下水道に強い光と激しい炎が走った。
*
約束の時間まで23:00、22:59、22:58、22:57…
*
#3 Chaser
to be continued…
Next…
First Timeless Hero:Ultimate fate of the universe
#4 Time of fate 運命の時まで…
〝怒り〟に次ぐ新たな能力〝憎しみ〟の解放を行ったアズマは小さな繭の中で仮死状態に陥っていた。
沈下した下水道に新たな刺客達が現れ、アズマを発見する。コンラッドの命に従い、彼らはアズマを〝とある場所〟へと連れ去る。
運命の時まで残り19時間――
【#1解説】
・このコーナーでは話の中で説明しきれなかったことを今後のネタバレをしない程度に解説します
☆今回短くね?:イベントが多いから許して
☆タイムレス用拘束台:便利アイテム。費用が馬鹿にならないので一警察署に2台くらいしか置いてない。アズマは事件の重要参考人としてこれが使われました。みんなビビってたんです
☆アズマって変身解除できるの?:精神が落ち着いている限りは可能です。怒ると医師関係なく変身します。
☆タイムレスの中途覚醒条件:これはあくまでエズメ警部の推測です
☆タイムレスの法的保護:登録法云々でもめた上、今の法律があります。
☆タイムレスの拘留期間:長い
☆ファラリス自治区:タイムレス人権に手厚い保護法を敷いた自治区。高い金を払って住むことができます。かなり平和な場所で、富裕層のタイムレスはここに移住してます。
☆超人保護局:自由の国なので、登録しない自由とそのメリットも教えてくれます
☆何があっても絶対壊れないUSB:アズマの能力は指向性を持たせることが出来るので、攻撃があたりにくいです。手の中が一番安全かも(適当)
☆ヒーロー:政府に登録したタイムレスが国の正義に従って、人命救助・ヴィラン退治を行う職業。国ごとにヒーローがおり、国の顔としてお国柄が見えてくる。なのでタレント活動もする。
☆ヴィラン:犯罪者
☆RSフォース:Riot suppression force(暴動鎮圧部隊)の略。ヒーローと連携しながらヴィランを捕えたりするサポートチーム。汚れ役。
【#1解説(人物編)】
・今回出て来た名前アリのキャラクターは後のシリーズに出ることを想定して作られたキャラクターです。ネタバレしないようにおさらいしていきましょう
☆エズメ=ピール警部:しがない中年警部。人柄が良いので周りから好かれている。借金をしてファラリス自治区に娘を引っ越させた。次作に関わらせたい。
☆ミシェリン=ルーロウ=ボルダック(ミシェル=ボルダック):超人保護局の案内役
☆サムライヒーロー・ジェモン(マスター・ジェモン):安価を頂いた時から考えていたキャラ。日本からアメリカに移籍したヒーロー。日本での人気は無かった。
☆A.S.A.P:情報屋。A.S.A.Pは、as soon as possible(可及的速やかに)の略。メールに書いたりするのに使う。
☆ブラック・ドッグ:タイムレス狩りのヴィラン。スプレーアートが趣味。
【refer to…#3】
・このコーナーでは皆さんのこんなアイデア・意見を参考に書いたことをお知らせするコーナーです。皆の意見がこんな感じで反映されているとお話しします。
☆侍をモチーフとした姿で、白い着物に蒼い袴を着用し、帯刀している:ジェモンのキャラクター作成の参考にしました
☆あとアズマがarmy入りした経緯とか知りたい:ブラック・ドッグが話す形でお話ししました。
☆カラムとは違ったおちゃらけた性格とか良さそう、陽気な黒人枠的な:A.S.A.Pのキャラクター作成の参考にしました。
☆コンラッドによって雇われた『タイムレス狩り』の殺し屋。
本人にしか知り得ない弱点を突いてくる。
本人はタイムレスではない。
見た目は人畜無害そうな好青年。
常にヘラヘラとした笑みを浮かべている:ブラック・ドッグのキャラクター作成の参考に大いになりました。ありがとうございました。
☆精神改造を受けて任務に疑問を持たないようにされている:コンラッド式メンタルトレーニングというワードを考えるきっかけになりました。
・では一旦中断
・質問、意見、要望、アイデアについてはまだまだ募集中です!
・ではこのへんで
・再開します。
・これから2話くらいは連戦に次ぐ連戦展開になるかもしれません。
・残り3話、折り返し地点
・ここまでで全てにおいて(設定・展開含め)質問はありますか?
・決めることがあるので質問なんかない場合は「はよ」と言ってください
・30分或いは「はよ」3つで次に進みます
・では、今のところ変な所はないっつーことで進めていきます
・次は件の敵キャラ(ヴィラン)募集についてです
・ヴィランはこの物語での悪役・敵役なだけで、その内、配属替えやヒーロー転向もあるかもしれません
・前回時点で、キャラ自体を募集することを予告していましたが、実際どちらがいいでしょう?
・負担はどちらも変わらないと思います
・なので、ここで以下二つの中からどちらか選んでいただきたいのです
1キャラ安価:>>1が用意したテンプレを使ってキャラを作る
2今までの作り方:安価から得たイメージからキャラクター作成の参考にする
3その他:ほかにいい案があるなら教えてください
↓先にいただいた3つの意見を優先して進めていきたいと思います
・ではいただいた意見を優先して、今まで通りの作り方で行きたいと思います
・これから皆さんのアイデア・意見を参考にヴィランを考えていきます
・募集するヴィランのイメージとしてはこんな感じです
【こんなキャラなんです】
・#4でアズマを捕え、立ちはだかる敵
【こんなキャラを想定して書きたいです】
・ヴィラン寄り(ようするに悪玉ってこと)
・人間(タイムレスであっても無くてもかまわない)
・コンラッドにアズマの持つデータを生死問わず奪うことを条件に雇われている或いは元から彼に仕えている
【聞きたいこと】
・上を踏まえた上でどんな敵が出てくると面白いですか?
・こんな感じで募ります。
・次回は複数体出てくる予定なので、できるだけたくさん集めたいと思います。少しずつやっていきます
↓1~3
内部分裂起こしそうな横暴な女キャラが見たい
>>210
次作で嫌というほど見せる予定です
・更に集めます。もうちょっとアイデアをお借りしたい
↓1~3
人種とかの設定は詳しくあるんでしょうか?
東南アジアや南米系もいたらいいな
日系はキャラ立てしやすそうだけれど、それ以外はシナリオ上の設定に結びつけるのは大変そうだけれど…
>>215
一応設定されているキャラはいます。
アズマは名から察せる通り日系。カラムは本文にもある通りインド系移民(インド系アメリカ人)。
A.S.A.Pは黒人。ジェモンは本名ですが、純日本人です。
描写の無いものに関しては、エズメ=ピール警部は、ヒスパニック系と妄想していたりします。それ以外だとコンラッドは特に白人というイメージで書いています。
確かにシナリオ設定に結び付けるのは難しいですね。勉強します。
・皆さんのアイデアのおかげで私設部隊の設定が出来上がりました! ありがとうございます
・一旦中断
・質問、意見、要望、アイデアについてはまだまだ募集中です! 感想励みになります! ありがとうございます!
・ではこのへんで
・ゆっくりとはじめていきます
#4 Time of fate
――あれから1時間後。
未だ煉瓦造りの壁が燻る古い下水道に、男女二人が足を踏み入れた。彼らには目的があった。
今から一時間ほど前、ターゲット――アズマ=コンド―を追わせたブラック・ドッグの生命反応が忽然と消えた。彼の生死を確かめる為、更にアズマの回収をする為に彼らは来たのである。
そう、彼らもブラック・ドッグと同じコンラッド=バジョット大佐の手下である。
「生きてると思うか? あの小僧」
屈強な男は女の方に尋ねた。黒髪をポニーテールに纏め上げた美女はのんきに答える。
「彼、しぶといもの。きっと生きてるわ」
彼らは暫く歩くと、倒れているブラック・ドッグを見つけた。男は小柄な彼をひょいと背負うと
「ほれ見ろ、死んでる」
と呆れたように言った。すると、後方で大きな咳き込みがあった後
「死んでなんかいねえ、勝手に殺すなオッサン。シグナルはターゲットに吹っ飛ばされた時壊れただけだ」
とブラック・ドッグが息を吹き返した。
「ほら、余計なこと言ったから生き返っちゃったわ」
「悪ィ冗談はやめろって!」
女は、ブラック・ドッグをからかい、その犬の顔に似たマスクの鼻をちょんとつついた。
「で、ターゲットは?」
男はブラック・ドッグに聞いた。彼は数m先を指さした。
そこには大きな黒い繭のようなものが落ちていた。男は気味悪そうにゲェっと餌付いた。
「これがアズマ=コンドーなのか?」
「ああ。気を失う前にコイツ体中から糸を出して、こうなりやがったところまでは覚えている」
「気味悪ぃ」
「全くだ。気色悪いんだよタイムレスなんて連中は」
ブラック・ドッグらは悪態を付いた。それに関して興味なさげに女は繭に近付き、無警戒に触った。
繭の奥からは微かに拍動する音が聞こえていた。
「見て! 生きてる!」
女は少女のように無邪気に二人に叫んだ。
「あの繭、どうした方が良いと思う、ブラック」
「殺さないのか?」
「命令が変わった。生きたまま持って来いとさ」
「聞いてないぞ糞ッ……」
大男は背中のブラック・ドッグに指示を仰いだ。
大男は彼のその戦闘力自体は低いと見ており侮ってはいるものの、その情報収集能力やタイムレスを多数殺してきた経験から導き出される観察眼については信用に値すると考えていた。
少なくとも学のない自分の勘よりは宛てになると。
ブラック・ドッグは答えた。
「前にも似たタイプの虫型タイムレスを殺したが、繭みたいなのを作るのは初めて見た」
「だが、大概繭ってもんは虫が変態前に行うものだ」
「アイツの性質から考えて……この繭から出たら奴はさらに強くなる。或いはあの中で回復しているのかもしれねえ」
「繭を破壊しろ。中のアイツをそこから引きずり出せ」
「どろどろに溶けてなんかねーよな」
「黙ってやれっ」
大男はナイフを取り出し、繭にそれを刺した。
繭からは黒い粘液がぶしゅりと吹き出し、三人の顔を汚した。
ある程度繭を切り裂いていくと、そこから裸のアズマが転がり出て来た。
「あらご立派!」
女は粘液に濡れたアズマをべたべたと触りながら喜んだ。
すると、何かに気付いたようにブラック・ドッグは大男に「脈を調べろ」と言った。
大男は首を横に振った。
繭と違い、脈を感じないのである。胸が動いている様子もない。
「死んでいるのか」
「分かんねー。タイムレスだからな。何でもありだ。戻るぞ。ドクターに解析してもらうんだ」
「分かった」
大男は言われたままアズマを更に背負おうとした。その時
「おっと、その前に!」
ブラック・ドッグは、左手を見るよう大男に指示した。
左手は強い意志の下、硬く握られていた。その中には恐らく彼らの雇い主が求めている重要なデータがあるのであろう。
大男はブラック・ドッグに話した。
「強く握っているだけに見えるが? ならこじ開けちまえば」
「見ろ。掌のそこだけ硬化している。恐らく覚醒した時からこの状態だったんだと思うぜ。守れるよう進化したんだろ。よっぽどあのUSBを守りたかったんだろうな」
「そんなに〝友情〟とやら大事だったのかねェ。冷血漢の元軍人アズマ=コンドーがここまで躍起になるたあ――」
「そりゃ子供の時から親戚の世話になってて、そこの家に迷惑かけないよう奨学金稼ぐためにガリ勉してたんだ
。アイツもカラム博士に会うまではそれなりに孤独な生活を送ってきたんだろうよ」
「さっすがA級プロファイラーだな、ブラック・ドッグ先生はよォ」
「うるせえ。帰るぞ」
3人はアズマを連れて、下水道を奥へ進む。これから向かうのは彼らの拠点。
――コンラッド=バジョット邸である。
*
*
ネイビーの家系であるバジョット家に生まれたコンラッドは、裕福な家庭で育った。
彼は父に代わって少将まで務めた祖父が勉強と愛国心とは何たるかを教わった。ただし、彼の祖父は暴力的な教え方を好んだ。
度重なる暴力と監禁により彼の心は歪んだものへと変わった。
彼の国を愛する心は、暴力的な防衛心、国の意志に反する者への激しい嫌悪感を中心に固められていったのである。
このことは軍の内部の人間は皆、知っていることであった。
彼は軍人としては優秀であった。
それ故に、誰も言及されない事柄であったのである。
彼は現在、NROの上級顧問として在籍している。
国家安全の為、新型偵察衛星による朝鮮民主主義人民共和国への警戒案を秘密裏に樹立させており、評価が上がっている一方、更にその裏で私設部隊を作り上げ、彼の信じる道に反したものに対して彼なりの〝正義〟を執行しているのである。
それがこうして郊外に聳え立つ屋敷、コンラッド邸に集まる5人の構成員である。
5人はコンラッドを囲んで会食をしていた。
「やあ、みんな。よく集まってくれた。嬉しいよ」
コンラッドは食事の手を止めて全員に言った。
全員は彼の言葉を無視して下品に食事を続けた。コンラッドは話を続ける。
「……君たちは我が国の為に集まってくれた。勇気ある英雄達だ。君たちの人数は分隊にも満たないが、その力は大隊に勝る」
「英雄(ヒーロー)? 俺達、世間的にはヴィラン側だけどな」
コンラッドと向かい合って、奥に座る包帯で全身を巻いたブラック・ドッグが口をはさんだ。コンラッドは話を続ける。
「英雄は高潔なる意志の下に戦わなくてはいけない。君たちはその条件に十分当てはまる正しい者たちだ」
「……我々は国の忠実なる犬でなくてはいけない。我々は正義を執行する忠犬となって働く必要がある」
「私は、それを遂行する為の私設部隊にそろそろ名前を付けようと思う。どうだね?」
「好きにしたまえ。私は寛大だ」
ブラック・ドッグの隣に座る熟年の男性は言った。
「"Dogs"……これが我が部隊の名前……」
「我々は……この国を守る……忠犬だ……」
「タイムレスが現れ、この国の正義は変わった。一人のタイムレスによって世界の勢力が覆る。それ程彼らの力は大きいということだ」
「その脅威にアメリカは……この国に住む我々は常に晒されている」
「恐怖の中で暮らすことは辛いものだ……かつて私も恐怖の中で暮らしていた」
「恐怖は打ち消さねばならない。打ち消すためには力が必要だ……君たちの力が……必要だ」
「"Dogs"……世界の不安は我々が取り除く……あのデータを以て……」
「返してもらうぞ……アズマ=コンドー……"あのデータ"はもうお前の親友のものという範疇を越えている。あれはアメリカの……世界のものだ!!」
「ブラック・ドッグ、お前の名前を参考にしてコードネームを付けた。犬(dog)の部隊だからな。それにちなんだ方が面白いと思った」
「好きにしろ。俺らは好きにやれりゃあ良い」
「では――」
コンラッドはブラックドッグの隣に座る熟年男性を手のひらで指した。
「Dr.マギネシア。貴方を今日からマッド・ドッグ(狂犬)と呼ぶ」
熟年の男――マッド・ドッグは嬉しそうに山高帽をぐいと上げてみせた。
「私の部下の中からスカウトした――ハウンド・ドッグ(猟犬)」
大男はそう呼ばれた。
「パピヨン」
女はそう呼ばれた。
彼女は不満げに頬を膨らます。
「ちょっとコンラッドぉ、私は前のコードのままなのォ?」
「パピヨンはパピヨンでも今はPhaleneだ。それに私はお前の本名を知らない」
「蝶から犬へ格下げね」
パピヨンはコンラッドから、その意味を聞き肩をすくめた。
「最後に――」
コンラッドは隣に座る黒人の青年を見た。
彼は図体は大きい割に、気が小さく会食が始まってからおどおどとしており、食事については一切手を付けていなかった。
「どうした、ペット・ドッグ(飼い犬)。食欲がないのか?」
ペット・ドッグと呼ばれた青年はそうコンラッドに聞かれたが、もじもじしており中々言葉が出てこなかった。
その態度に苛立ったハウンドは、テーブルを思い切り蹴った。テーブルの上のワイングラスが転がり落ち、割れる。
音に驚いたペットは小さな悲鳴を上げた。
「いや、その――」
ペットは弁明する。
「"メリー達"がまだ何も食べていないんだ。だから僕は……後で……良い」
それを聞くとコンラッドは「そうか」とだけ答え、使用人に"メリー達"に対し"餌"の用意をしろと命じた。
使用人が部屋を出ていくと、コンラッドはペットに「食べたまえ」と肩を叩く。
冷めてしまったテーブルの上の料理が下げられ、新たに料理が置かれた。
「あのガキに随分とお優しいなァ、コンラッド殿ォ」
皆、用意された飯を意地汚く喰らう中、ブラック・ドッグはペットの待遇の差を不満げに言った。
「口を慎め、ブラック」
「彼は優秀なタイムレスだ。今回の"更なる計画"に必要不可欠な人員なのだ」
「……けっ、こいつもタイムレスかよ! どいつもこいつもタイムレスタイムレス……」
ブラックは床に唾を吐き、大広間を後にした。彼はその行動が分かる通り、大のタイムレス嫌いであった。
それを皮切りに他の構成員も何かと理由を付けて広間を去って行った。
残ったのはコンラッドとマッド・ドッグだけとなった。
「ドクター、アズマの様子は?」
コンラッドが口を開いた。マッドは答える。
「坊やはまだ眠ったままだ、コンラッド。私もそろそろ研究室に戻るよ。"アレ"をはじめようと思っていたところだ」
「"再実験"成功の暁には坊やは私のものになるのだろう?」
「構わない。あのデータさえ無事であれば、奴はもう用済みだ」
「そうか、そうか。ははは」
マッドは杖を回し、上機嫌で大広間を出て行った。
彼が向かう先は、屋敷の中に在る自分の研究室であった。
Dogsの構成員は事情により、全員拠点持たず活動する者ばかりであった為、コンラッドが屋敷の部屋を一人ずつに明け渡したのである。
彼らはコンラッドの想定以上に実力が高かったが、それと同時に個性も強かった。
"首輪"が必要であった。
彼らはコンラッドの許可無しに、この屋敷を出ることはできない。
無断で外に出よう、勝手な行動を起こそうものなら、彼の正義に反したと見なされすぐさま粛清の準備が始まるであろう。
Dogs以外にも私設兵はいる。その意識をさせることで暴走の抑止力にしたのである。
マッドの笑い声は屋敷に響き渡った。
*
*
研究室の中央にはベッドが置かれていた。そこに裸で横たわるのは、コンドー=アズマ。
彼は仮死状態にあった。呼吸は無く、脈も機械を通さなければ確認できない程弱いものとなっていた。
ベッドの前に立つのはマッド・ドッグこと――マギア・マギネシア博士。
彼は眠るアズマの口元に酸素マスクを付けた。アズマの眠りは更に深い眠りの中に落ちていった。
マッドは眠るアズマの左掌を、それはまるで恋人の物のように撫でた。その手は固く閉ざされたままである。
マッドは呟く。
「ああ……私のかわいい坊や……ブラックから聞いたよ。お前は友人の為に、その身体を黒く染めて戦っていると」
「私はその魂を尊敬する。お前の精神性はまさに――タイムレス・ヒーロー(超越した英雄)と言えるだろう」
「しかし、そんなお前の身体にメスを入れるのは本当に心苦しいよ……でも仕方ないのだ」
「固く閉ざされた手を開かせるためには……"切断"するしかないんだ……許してくれ、坊や」
「君の身体は"苦痛"を与える度、強くなっていくそうだ。手術中に覚醒されては大変だから麻酔は強いものを使わせてもらうよ――」
「ははは、かわいい、私のかわいい坊や……目が覚めた時、守るべき"親友の意志"が己の手首ごと消えていたら……どんな顔をすることか」
「ははは、ははは、ものすごく――楽しみだ」
マッドは静かにメスを取った。
*
・中断
・最後に向けての大事な回。最長になるかもしれません
・ここが全体の1/5です
・意見、アイデアについてはまだまだ募集中です!
・ではこのへんで
保守
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