マルコ「僕の道しるべ」 (9)
ピー、チチチ…
日の当たる窓辺で、透かし模様を編むの。
針を穿ち、白い絹糸をかがり、みるみるうちに現れるつる草と葉――。
<フワッ
「あらっ」
白い糸で編んだ葉の模様が、風に乗ってふわりと浮かびだす。
……これは、羽だったの?
<フワリ、パサパサパサ…
あ、たくさん集まって、重なって……大きな翼になった。
思い出したわ、昔のこと。
……そう。ずっと昔に、私はこの翼を見たことがあるの。
ずっと、ずっと昔に……。
……
………
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昔、私は黒髪にそばかすの少年で。白い漆喰づくりの灯台で
たくさんのランタンを磨いて番をする、灯台守だったの。
「……」
ザザー……ン
いつから、どうしてそこにいるのかは分からない。
崖の上で、たった1人――。
(本日も、レンズには異常なし。階段も、どこも崩れていない)カンカンカン…
らせん階段に沿った壁には、いくつものランタンがきれいに並べられていた。
誰が、どうやって作っているのかは知らないけれど。
ガチャッ
「……あ、人だ」
ランタンはみんな、行先の分からなくて彷徨う誰かのための『道しるべ』だったの。
だから時々……崖の向こうの荒野から、ランタンを求める人がやってきた。
サシャ 「あのですね、これは私の焼いたライ麦のパンです!お土産にあげます」
「わあ……美味しそうだね」
サシャ 「でも、私のパンは塩と酵母の加減にコツがあるんですよ。焼くとき困らないように、レシピもあげますね」
「ありがとう」
サシャ 「ところで、私のランタンはどこですか?」
「ああ、こっちだよ」
ギィッ…
カツーン、カツーン…
「Sasha.Blouse……これだね」ガチャッ
サシャ 「わあ、ありがとうございます!これでやっと辿り着けます!」バイバーイ
ランタンを受けとった人は、灯台のある崖の下から小舟に乗って海へ出て行く。
そして二度と還ってくることはない。
ザリッ…
ミケ 「悪いが、ランタンを貰えないか。後ろにいる彼らの分も」
「はい、もう用意してありますよ」
ミケ 「ありがとう。さあ、行くぞ…おい、誰かナナバを支えてやってくれ」
ナナバ 「うう…」ヒョコヒョコ
ゲルガー「ほら、俺につかまれ。そう……上手いな」
(あの人……足が片方ない)
ランタンはこの場所で増えすぎることも、減りすぎることもない。
サクッ
(サシャという人のレシピ通りにしたら、本当に美味しいパンが焼けた)モグモグ
(食べるだけじゃなくて、作るのも上手だったんだなあ)
(……あれ、どうして僕はそんなことを知っているんだろう?)
ここへ来る人はみんな、ランタンを持って海に出れば
ちゃんと行くべきところへ『辿りつける』ということを知っていたの。
モブリット「ありがとう。これは、ほんのお礼に」ギィッ
「花の種、ですか」
モブリット「あげるはずの人はもう……会えないから。大事に、してくれ」ニコッ
「……」
モブリット「じゃあ、元気で」ギーコ、ギーコ
オールを漕いで行く背中には、たいてい白と青の翼があった。
たまにつると薔薇だったり、角の生えた馬だったりしたけれど。
私はいつも、崖の上からそれを見送っていたの。
シャァァ…
(あ、モブリットさんのくれた花の種、芽が出てきた)
(どんな色の花が咲くんだろう。楽しみだなあ)
エルヴィン「どんよりした灰色の空、荒涼とした大地。私好みの風景だな」
エルヴィン「ああ、この右腕が気になるのかい?これは名誉の負傷というものさ。私は兵士だったからね」
エルヴィン「たくさんの者を後に残してきたが、きっと皆、私の辿った道を
踏みしめることすらできないだろう……さて、少年。そんな私に新たな道しるべをくれないか?」
「あ、はい。こちらへ……わあっ!?」ヒョイッ
エルヴィン「ははは、この方が早いだろう?」スタスタ
それからしばらく、荒野の向こうから誰も来ない日が続いて。
そして、ふっつりと人が来なくなった。
ザァァァ…
(……今日も、来ないな)
(お昼を食べよう)カチャカチャ
(あ、もうパンがなかった。仕方ない、新しく焼こう)
バタバタ…
風が強く吹き荒れて、シャツが大きく羽ばたく。そんな日が幾日重なっても。
(……今日も、誰も来ない)
待てど暮らせど――。
「……」ピィィィーーッ
空に向けて指笛を鳴らしてみても。
「返事がない……」
(まただ。習ってなんかいないのに、どうして吹き方なんか知っているんだろう)
チャプン…
(どこかに流れ着いてくれるといいな)
小さなボトルに手紙を入れて流してみたりしたけれど。
それでもやっぱり、荒野の向こうから人は来なかった。
「……!、モブリットさんの花が」グチャァ…
「……」
「根も腐ってしまっている……だめだ」
ザリッ…
(……足音)スッ
「……あっ」
ジャン 「よお。久しぶりだな」
何十日かぶりにやってきた男の人はずっと年上で、頑強な見た目をしている。
しわの刻まれた瞼の奥の瞳には、とても優しそうな光があった。
「うん……久しぶりだよ。人が来たのは」
ジャン 「俺が言ったのは違う意味なんだがな。まあいい」
ジャン 「まだ間に合うか。俺のランタンは」
カンカンカン…
案内する間、彼は緑色のマントから小箱を取り出して、中にある白い欠片を撫でていた。
ジャン 「ああ、あった。あった。あのランタンだ」
その人が指さしたのは、最後に1つだけ残っていた、ひときわ高い所にあるランタンだった。
ジャン 「これで大丈夫だ。やっとあるべき所へ行ける。…よかった」
「……」
ジャン 「さて、面倒ついでに悪いんだが……ちょっと、湯を貸してくれねえか。
顔を洗いてえんだ」
「もちろん、いいよ。こっちに来て」ガチャッ
ジャン 「ありがとう。……やっぱりお前は優しいな」
ジューッ、トントントン
「……」チラッ
キッチンで食事の支度をするあいだ、彼は石鹸を泡立てて、無精ひげを剃っていた。
きれいになった顔は、いくつも若返って見える。刈り上げた栗毛に、見覚えがある気がした。
「はい。そんなに大したものはないけれど」コトッ
ジャン 「いや…お前が作ったものなら、なんでも旨いだろ」
これはサシャの味だな、と。パンをかじった彼は笑った。
楽しい食事が終わると、見送りに出た私からランタンを受けとる。
ジャン 「ありがとう」
一瞬、その手が触れ合って、温かいものが指先を伝わる。
ジャン 「ありがとう、マルコ」
マルコ。
知っている。その名前。
手を振った彼のボートが、水平線に消えて行く。
――マルコ。
僕の、名前――?
昔、私はその名前を指笛の音に乗せて、ここではないどこかの世界に住む
あなたの耳へ届けたの。
「――マルコ」
たとえいつかの世界で私がその名を失っても、寄せては返す波のように、
何度でも思い出して、あなたに会うことができるから。
「マルシア!」
マルシア 「……」ハッ
「マルシア、こっちの部屋にいるのか?」
ガチャッ
エレン 「よお!ただいま」ニコニコ
マルシア 「お帰りなさい、エレ……んっ」
チュッ
マルシア 「誰もいなくて、気がつかなくてごめんなさい」
エレン 「日本に出張した功をねぎらうってことで、早く上がれたんだよ。
あー、腹がペコペコだ」
マルシア 「待っててね。糸の始末をしたらすぐに行くから」
エレン 「焦んなって。ゆうべの残りのコールドビーフでも探してつまむからよ。
……日本に行ってる間の分、取り返さねえとな」ニヤァ
マルシア 「……恥を知って」///
エレン 「んだよ、二千年経っても優等生だなお前」ハハハ
パタン…
マルシア 「……」
編みかけのレースを撫でて、考える。
マルシア (私が、エレンを愛おしいと思ったのは)
マルシア (彼が、エレンに似ているから――?それともエレンに似た彼のことを、懐かしく思うの?)
その答えは、ただ一つの『道しるべ』を見つけたら、たぐり寄せることができるの。
荒野の羽の中に埋もれた、私のランタンのありかを、見つけたら。
ガチャッ
マルシア 「お待たせ。シチューはもう出来てるの。…今日はちょっと、自信がないけど」カチャカチャ
エレン 「お前が作ったモンなら、なんでも旨いと思うぜ」
あの日、遠い世界へ向けて放った指笛の音が、あなたの元へ届くころ。
魂の記憶の中に途切れたあなたの名前も、思い出せるかもしれない――。
【終】
※元ネタ的なもの→鳩山郁子『エルネストの鳩舎』
※主人公が転生して女になるけど、夫は名前を届けたかった人じゃなかった
みたいだよっていうオチも元ネタから
※単行本売るので記念にパロってみた
お目汚しごめん
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