80年後のシンデレラガールズ (14)

「ここまででいいよ」

「お母さん一人で大丈夫?」

中年女性は、自分の母親に訊いた。

「平気だよ」

老婆は微笑みながら返した。

墓地の駐車場に停められた車から
一人の老婆が降りた。
おかっぱ頭の髪型は若い頃から変わらないが、
髪の毛は総白髪になっている。
白いワンピースは、年老いた今でも似合う。
右手には白百合の花束を持っており、
皺だらけの手と艶やかな花弁が対照的に思えた。
左手にはウイスキーの瓶を持っている。

老婆は、足を引きずりながら石畳の上を歩いた。
8月の暑気……湿り気を含んだ暑気に覆われている。
草木は青々と茂り、セミの鳴き声が聞こえ、
自然は活気に満ち溢れている。
墓石の群れは静まりかえっており、周囲の自然と対比をなしていた。
時が止まってしまっているかの様に、沈黙する墓石たち……

やがて、老婆はひとつの墓石の前で立ち止まった。
よく磨かれて艶やかな灰色の花崗岩の直方体。
そんな墓石には「多田家」と家名が彫られている。


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「みりあちゃんが、先日そちらに逝きました。
眠る様に安らかな最期だったそうです。
……シンデレラガールズは私・みく一人になりました
今年で95歳になります。
体のあちこちが弱ってしまったけど、まだ生きています」

老婆こと・みくは、墓前で挨拶を済ませると、
ウイスキーの瓶の蓋を開けて中身を墓石にかけた。
そして、ウイスキーの空き瓶を地面に置き、
白百合の花束を墓前に捧げた。
みくは、合掌して墓石を拝んだ。

「リーナちゃんはウイスキーが好きだったよね。
『ロックならウイスキーだ!』って言って飲んでいたけど……
お酒弱いくせに飲み過ぎるから、
介抱する私たちは大変だったんだよ。
そんな事もずっと昔の出来事だね……」

みくは、空を仰いだ。
燦然と輝く日輪が、巨大な入道雲を照らしている。

「アイドルを辞めた後、二人は別々の道に進んだね。
私は演劇の道に進み、リーナちゃんは歌手の道に進んだ。
夏樹ちゃんと一緒にグループを組んでいたね。
夏樹ちゃんが、バイク事故で逝った時は、
リーナちゃんかなり乱れていたよね。
毎日毎日……泥酔して周囲の物を壊して……
『なつきちが死んだなんで嘘だ!』
『なつきち! 独りにしないで!』
……って繰り返しながら泣いていた。
あの時、私はこう言ったよね。
『みくがついてるよ! リーナちゃんは独りじゃない!』
リーナちゃん。私の胸元に飛び込んで泣きじゃくった。
あれから……もう50年経つんだ」


いくら墓石に話し掛けても返事はない。
遺骨となったリーナは墓石の下で沈黙している。
それでも、みくは、語り続けた

「私が、独り暮らしを始めて、ネコを飼い始めた時……
リーナちゃんは、ネコ用の玩具をたくさん買って来てくれたね。
あの子は、リーナちゃんによく懐いていたよ。
私が、共演した俳優と結婚した時も、
リーナちゃんは結婚式に来てくれた。
ブーケトスをした時、ブーケを受け取ったね。
……でも、リーナちゃんは男運が悪かったよ。
何人もの遊び人に騙されて、失恋の度、ヤケ酒に付き合った。
結局、晩婚だったけど、リーナちゃんは良い人を見つけたよね。
相手もロックな人かと思ったら、御堅い役人でびっくりした。
真逆な性格の旦那さんだったけど、最期まで一緒にいたね。
私が子供を身籠った時は、ロックを流してくれたよね。
『ロックは胎教にいいんだから!』って……
私の娘とリーナちゃんの娘さんは、仲が良かったね。
アイドルを辞めた後も、私とリーナちゃんは、一緒に仕事したよね。
私の主演映画の主題歌を歌ってくれた時は、本当に嬉しかった。
今では良い思い出だよ……。
リーナちゃんの娘さんは、作詞家になったよね。
息子さんは商社マンになった。
先日、娘さん一家と食事をしました。
お子さんと一緒に元気でやっているそうです。
音楽に対して情熱的な所は、リーナちゃんとそっくりでした」

みくは、再び合掌して墓石を拝んだ。
さっきまで鳴いていたセミたちが鳴くのをやめた。
辺りは静寂に包まれた。
みくは、墓石をじっと眺めた。
そして、思い出話を続けた。

「リーナちゃんと初めて組んだ時は、
こいつとは合わないなって思ったよ。
だけど、実際には良いコンビだったよね。
最初の仕事は、ミントキャンディーの販促だったっけ。
リーナちゃん。ミントが嫌いって言っていたから、
あれは我慢してやっていたんでしょ。
カレイの煮付けを作ってくれた時、
みくはお魚が苦手だって突っぱねたけど、
本当はとても嬉しかったんだよ。
目玉焼きにはソースか醤油かって喧嘩をした時、
みくは文化の違いを感じたよ。
あれもいい思い出だね、
私たちのユニットがアスタリスクに決まって、
初めて一緒に舞台に立った日……
あの日も今日みたいに暑い日だったね。
あの日の事は、今でも昨日の事の様に思い出すよ」

墓石は沈黙している。
それでも、みくは、語り続ける。

「リーナちゃんが逝ってから、もう10年になる。
月日が経つのは早いよね。
こうしてお墓参りをするのも、
今回で最後だと思うの。
そろそろ……みくもそっちへ行くね。
自分の死期が近い事は分かるんだ。
リーナちゃん。向こうで待っていてね」

そう言ってから、みくは墓石から離れた。
墓石を背にした時、微風が吹いた……

「みくちゃん! 待っているからね!」

みくは、振り返って墓石を見たが、
そこには誰もいなかった。
しかし、みくは、確かに声を聴いた……
懐かしいリーナの声を!
間違いなく聴いたのだ。

「うん、分かった」

みくは呟いた。
そして、石畳の上を歩き、車へと戻って行く。
墓地は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。

              ―完―

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