タプリス「ちいさなちいさな、恋の音」 (18)
最初は、自分でも気づかないほどちいさな音でした。
からだの奥のほうから、とくん、とくんと響く、ちいさな恋の鼓動の音。
最初はだいきらいだったはずのあの人。素敵だった先輩を駄天使にさせた、いつも騒がしい人。
…でも本当は誰よりも優しい人。
私の心は、だんだんその人に惹かれていきました。
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その人はいつも私の挑戦を、嫌な顔せず受けてくれました。
どんなくだらない勝負も、真剣に引き受けてくれました。
勝った時は全力で喜ぶだけじゃなく、私の表情を伺ってくれました。
負けた時は悔しがるだけじゃなく、私の頑張りを褒めてくれました。
私は天使の先輩を助けるために勝負をしているのに、その人の表情を見るだけで、私の中で何かが変わっていく気がしました。
恋の音は、どんどん大きくなっていきます。
ある日、私が不注意で怪我をしてしまった時がありました。
その人は赤い髪を揺らして一番に駆け寄って来てくれました。
大した怪我でもないのにすごく心配をして、保健室におんぶをして運んで行ってくれました。
その人の背中に身体を預けていると、優しさと暖かさが伝わってきます。
その背中から、微かにその人の鼓動が感じられる気がしました。
もしかしたら、少しずつ速度を上げていた私の恋の音も、気づかれていたかもしれません。
保健室で心配そうな顔をして見つめられた時、私の恋の音が大きく響いたのを感じました。
あの時は照れてしまってその場から逃げ出しちゃってごめんなさい。
あのまま見つめられ続けると、恥ずかしくて自分がおかしくなってしまうような気がしたんです。
恋の音は、更に大きく不規則になっていきます。
雨の日に、傘を忘れた私に傘を貸してくれました。
私に傘を持たせて、自分だけ雨の中を走って行ってしまったのには、ばかだなあと思うと同時に、ちょっとさみしい気持ちになりました。
……だって相合傘くらいしてくれても、いいじゃないですか?
今考えると、それはその人なりの照れ隠しだったのかもしれません。
私が風邪で寝込んだ時は、みんなと看病に来てくれましたね。
先輩たちの優しさは全部優しかったんですが、一番元気になれたのは、その人の屈託のない笑顔でした。
恋の音は、もう隠せそうにないほど高鳴っています。
寝ても覚めても、いつの間にかその人のことを考えてしまう時間が増えました。
先輩たちといる時でも、気がつくとその人の姿を見つめていました。
鮮やかな赤い髪とコウモリの髪飾り、そしてコロコロ変わる可愛らしい表情を眺めていました。
視線に気づいたその人は、こちらを向いて優しく笑ってくれました。
悪魔のくせに、私のライバルのくせに。
とても暖かい、太陽みたいな笑顔。
…その時、私はやっと気付きました。
私、あなたに恋しちゃってるみたいです。
決意を固めて手紙を出しました。
「放課後、教室で勝負です」と。
短くて名前も書いてない手紙だけど、きっと分かってくれるはずです。
放課後。
いつも通りに教室にやってきてくれたあなたに、私はいつも通りなら、あの言葉を放つはずでした。
「勝負です!」
……言えません。
だって今日は、違う言葉を伝えに来たんですから。
恋の音は、もう自分では抑えきれないほど大きく響いて、全身でその鼓動を実感していました。
受け入れてくれるかなんてわからない。
私なんて眼中にもないかもしれない。
だけど勇気を出して、一言…。
「好きです」
するとあなたは、少し驚いた表情を見せました。
でもすぐに、納得したかのように微笑むと、私の手を取って、応えてくれました。
「私もよ」
その言葉に、どれだけ安心してどれだけ救われたかなんて言い表せません。
その言葉を待ち望んでいたかのように、私はあなたに抱きついてしまいました。
あなたは困った顔もせずに、抱き返してくれました。
これ以上ないほど速度を上げていた私の恋の音は。
あなたの恋の音と、ぴったりと重なり合いました。
そのことに気づくと私たちはお互いに顔を見合わせ、笑い合いました。
あなたは高らかな大きな声で、私はかき消されそうな小さな声で。教室は、二人の喜びの声で満たされました。
こんな私を受け入れてくれて、とっても嬉しかったです。
私は、そんなあなたをこれからもーーー
「なーに書いてるのよ?日記?」
「あっ!ちょっと、取らないでください、読まないでください!」
「なになに…?ちいさなちいさな恋の音?あんたポエムでも書いてるの?」
「あ、あう…」
「…ああ、こんなこともあったわね。そっか、あの告白から一ヶ月なのね」
「恥ずかしいです…笑わないでください…」
「別に笑わないわよ。私のことをこんなに想ってくれるなんて、大悪魔翌様のしもべとしては上出来ね」
「し、しもべじゃないです!私は…!!」
「ふふっ、冗談よ。あんたは大切な、私の可愛い、ちいさな恋人だもの」
そう言うと、先輩は私のちいさな手を取って、胸元に近づけました。
とくん、とくんと先輩の鼓動が伝わってきます。
…そうか。先輩も、私のことを…
先輩は、あの日のように私を抱きしめてくれました。
先輩に包まれたまま、優しく頭を撫でられます。
私は思わず甘えるような声を出してしまいました。
それを聞いた先輩は、更に強く私の体を引き寄せました。
二人の体と、二つの恋の音が。
想いを伝えたあの日のように、重なり合いました。
完
ありがとうございました。サタプもいいよね。
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