【モバマス時代劇】ヘレン「エヴァーポップ ネヴァーダイ」 (38)

ギャグ回。

第1作 【モバマス時代劇】本田未央「憎悪剣 辻車」
第2作 【モバマス時代劇】木村夏樹「美城剣法帖」_
第3作【モバマス時代劇】一ノ瀬志希「及川藩御家騒動」 
第4作【モバマス時代劇】桐生つかさ「杉のれん」
第5作【モバマス時代劇】ヘレン「エヴァーポップ ネヴァーダイ」

読み切り 
【デレマス時代劇】速水奏「狂愛剣 鬼蛭」
【デレマス時代劇】市原仁奈「友情剣 下弦の月」
【デレマス時代劇】池袋晶葉「活人剣 我者髑髏」 


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天下が太平になる一寸手前。

蘭国の船が、豊後のあたりで沈没した。

現地の住民は懸命な救助活動を行い、24名が救助された。

その内の何人かは幕臣として起用され、

外交や造船、航海図の作成に励んだ。

蘭国はこの厚遇に感謝し、幕府と交易を築いた。

この関係が始まって、100年ほど経った頃。

蘭国は幕領地に、ある贈り物をすることにした。

それは当時としては最大級、

蘭国の基準では45.5カラットの金剛石であった。

青く妖しい輝きを放ち、見る者全てを魅了するという。

しかし、この金剛石を狙う者がいた。

大盗賊、小関麗奈。

狙った獲物は逃さない。そして絶対に捕まらない。

武術学問あまねく優れ、活躍の様は妖幻のごとし。

戦国時代末期から現れ、いまのいまに至るまで、

伝説を作り続けている神出鬼没の大盗賊。

幕府や富商を嫌う町人や百姓達は、彼女に熱狂した。

また小関がやるのか。やってくれるのか。

無論これを幕領地側が看過することはなく、

出島から発つ船の警護のために、

凄腕の剣客が遣わされることになった。

示現流剣術、本田未央。

一刀流剣術、高垣楓。

両者は共に流浪の剣士であったが、

太平の世にあって剣に血を吸わせること幾度。

心身鬼没のある剣士を除いて、龍虎と並び称されていた。

肥後長崎。

示現流の道場にて。

「えいやぁっ!!」

本田未央は、高垣楓の木刀を粉砕した。

楓の脱力の剣では、未央の攻撃を捌くことができなかったのである。

あくまで、木剣の戦いでは。

楓は折れた武器を捨て、徒手での戦いを挑んだ。

凄まじく唸る木剣を、ゆらりゆらりと躱す。

まるで酔っているかのような動き。

未央の剣は一向に当たらぬ。

焦りが生じたのか、振りが少し大雑把になっていく。

その隙を見計らって、楓が未央の袖を、がッと引いた。

見事な一本背負い。

そこで勝負が決まるかと思われた。

「がァァアアアアッ!!」

だが、未央は背中で叩きつけられるのではなく、

両脚で踏ん張り、倒立の状態になった。

そして、そこから全身のばねを使い、逆に楓を投げ飛ばす。

体術もなにもない。純粋な膂力によるごり押し。

芒のように細い楓の身体は、道場の壁まで吹き飛んでいった。

「一本……場外」

審判役の門下生が、呆然と声を漏らした。

「すみませんでした…」

未央は詫びた。ついむきになってしまった。

警護をともに担う相手を、本気で投げ飛ばすとは。

「すまないでは済まない…なーんて。ふふっ」

楓の方は、特に気にしていなかった。

うまく受け身をとったようだ。

「さすが、依田さんの弟子ですね」

「はは…」

なんだか痛烈な皮肉を言われているようで、未央は苦笑した。

「2人とも、世界レベルの戦いだったわ!」

手を叩いて賞賛するのは、ヘレンという女。

姓はない。

彼女は蘭国からの外交官である。

しかし、どこからどう見ても蘭人ではない。

大陸中央、騎馬民族の踊り子という表現の方が

正確のように思われた。

年齢は24。日本語に堪能であるが、どこで学んだかは知れない。

彼女の在任歴は、書類上では数世紀を超えていた。

それどころか大陸史を読み解くと、同名の人物が複数、

別々の王国、帝国で確認されている。

いずれもが外交的な成功や、戦略的な成功をおさめた英雄とされている。

「私もお手合わせ願えるかしら!」

要は謎めいた女であるのだが、本人の性格が陽気闊達であるので、

周りが怪しむことはなかった。

「えーと…木剣でいいですか。
 
 好みの形に削り出しますけど…」

相手は蘭国の使い。未央はややたじろいだ。

向こうからの挑戦とはいえ、楓と同じようにはいかぬ。

適当に手を抜くつもりだった。

だが、相手の方がそれを拒んだ。

「真剣でやりましょうか!」

ヘレンは腰に下げた革鞘を、ばしんと叩いた。

勘弁してくれ。

未央はげんなりを通り越して、恐怖すら覚えた。


「私が、参ったと言うまで、戦うのをやめない!!」

 なにかの芝居のような台詞を、ヘレンが吐いた。

 未央の降参をいきなり潰してきた。

 こうなれば、剣を弾くなり壊すなりで、一瞬で決めなければ。

 未央は一礼。ヘレンは両手を広げ、腰を後ろへ突き出す。

 ともに剣士の慣である。

 ヘレンは抜いた。

 長さは脇差と同様。ただ刀身が扁平で、分厚く頑丈である。

「カットラス! 世界の海を股にかける、私にふさわしい剣!!」

 未央は焦った。あの刀身では、こちらの刀が割れる。

 斬ると言うより、狭い範囲を叩き潰す形状。

 西洋甲冑と共に発展した剣は、太刀では受けられぬ。

 まして弾くことも。

すでに戦術面で、未央は大きな制限をかけられた。

未央から参ったと言えればどれだけ楽だったか。

未央は抜き、蜻蛉に構えた。

ヘレンは左足を前に出し、剣を顔の右側においた。

そして、切っ先を相手の方へ向ける。

それはさながら、猛りを秘める闘牛のようであった。

初手は突きか。ヘレンの構えから、未央は予想した。

なればそれを躱して、峰で額を軽く打つ。

じわり、じわりと未央は歩みを進めた。

ヘレンの指がぴくっと動いたのを見計らって、未央は左半に回ろうとした。

しかし予想に反して、刃は水平に襲いかかってきた。

オクスからのツヴェルヒハウ。独逸流剣術の基本骨子であった。

未央は、慌てて腰を下げ、それを避ける。

ヘレンの胴ががら空きだ。峰打ちで一本を狙いにいった。

しかし、未央の攻撃は、後方への宙返りでかわされた。

さながら、曲芸師のような動きであった。

「初見で躱すとは、やはり世界レベル!!」

「…どうも」

やりにくい。未央はさらに焦った。

右の視界が赤く染まっている。

先ほどの水平斬りで、額が擦り剥けていた。

相手はどこまで本気かはわからないが、手を抜いたら命を落とす。

未央は芳乃との稽古、その最中の緊張感を思い出した。

『辻車』を使えたなら、どれだけよいか!

未央は右手に巻かれた編み紐を、無意識にいじった。

焦っているとき、不安な時の癖であった。

だが、それが隙である。

ヘレンは畳を蹴り上げて、突きを放ってきた。

ほぼ構えがなかった。

「うぉおおっ!!」

受けれない。だが、相手の扁平な刃が吉となった。

未央は素手で、刀身を殴りつけた。

ヘレンが体勢を崩す。

さしもの彼女にも、予想外であったらしい。

前のめりになったヘレンの背から、首筋を峰で打った。

「これ以上は、命の取り合いになるわね!

 参ったわ!」

ヘレンが手合わせを終わらせた。

仕事の前にいやな汗をかいてしまった。

未央が肩の力を抜いて、後ろへ下がった。

「それだけの強さがあれば、ダイヤモンドも安心だわ!」

ヘレンは笑い声をあげながら、道場を去った。

大事に至らなくてよかった。未央は、額の血を拭い、

緩んだ帯を締め直そうとした。

だが、帯の結び目がざっくりと裂け、袴が下に落ちた。

「いやん」

未央はそんな声を上げた。ただし、その声は震えていた。

翌日、幕府の紋が入った船が、予定よりも一刻半はやく到着した。

「善は急げ。素晴らしい!!」

ヘレンは、ずかずかと船に乗り込んだ。

それに未央も続いた。

そして一刻後。楓も船に乗った。


「長い旅路ゆえ…ごゆるりと」

4尺9寸ほどの、でこちんの広い女が、船室を案内した。

まことに幕府の船にふさわしい、立派な作りであった。

ヘレンに配慮したのか、寝台は西洋風に設えられていた。

「…ぉおお」

綿と羽毛でできた、ふわふわの感触に、未央は感嘆の声を漏らした。


一方、楓に自室はなく、茣蓙を渡された。

夕餉の時間になった。

でこちんの広い女が食事を運んできた。

料理はヘレンの希望通り、脂の乗った合鴨を醤油と砂糖で

甘塩っぱく煮込んだものが出た。

飯がよく進む、美味い肉であった。

無論酒も振舞われ、未央はほろ酔いで、さらに鴨をつまんだ。


楓には、茹でたさつまいもが1つ渡された。酒はなかった。

それをひとかじりして、楓は久しぶりに泣いた。

食後未央がくつろいでいると、ヘレンが部屋にやってきた。

世界レベルの遊びを教えてくれると言う。

これが割に楽しく、最後はお互いに金を賭けた。

出した札は未央の方が強かった。

ヘレンから、羅馬なる国の金貨をもらった。

いかさまを使ったことを告げると、

「初心者なのに世界レベル!」、と褒めてくれた。

でこちんの広い女が消灯にきたので、ヘレンと別れた。


一方楓は、薄暗い船底で、鼠にさつまいもの欠片を与えていた。

「ちゅー、ちゅう。あなたにむちゅー…ふふっ」

幕領地の使いから、「静かにしろ」と叱られた。

翌日、未央とヘレンは異変に気づいた。

船員達の顔がみな同じ顔だった。

でこちんが広く、そして背は4尺9寸。

「ようやく気づいたわね! このマヌケども!!」


楓は幕府の船に乗って、未央とヘレンの乗る船を追いかけていた。

しかし、船の質が同等。天候も同じでは、追いつける道理がなかった。

楓にとっては散々な航海である。

ヘレンをみすみす、小関麗奈が準備した船に乗せてしまった。

その責任を問われ、幕府の使いの者から冷たい仕打ちを受けている。

それにしても。

楓は不可解だった。

小関麗奈の準備はあまりにも周到であった。

幕府のものとそっくりな船を作り上げ、おそらくは海図も入手している。

出島に来る前に、かなりの通行料を各藩に支払ったにちがいない。

それこそ、金剛石1つでは賄いきれないほどの。

まるで、盗むために盗んでいる。そのような印象を受けた。

その頃、幕領地ではにわかに不穏な空気が漂っていた。

幕臣らによる奉行ぐるみの横領があり、民の不満が募っていたのだ。

それだけではない。

聞くところによると、お取り潰しになった美城の地に、

新たに、豪奢な城郭を築くという。

そしてその利権は、桐生屋と財前屋が吸い尽くしている。

自分達から搾り取った金で、上の者ばかりが肥えていく。

到底許せぬ。

しかし乱など起こそうものなら、幕軍によって鎮圧される。

関係者は打首獄門。その現実が、爆発しそうになる民を抑えていた。

未央は、小関麗奈を斬った。

「や、ら、れ、た〜」

わざとらしい動きをして、彼女が海に落ちる。

しかし、またべつの小関がやってきた。

この小関は馬庭流の剣術を使い、少々手強かった。

ヘレンが無言で他の小関を斬り、海に落とす。

すでに金剛石は小関達に奪われている。

だが、どの小関が持っているのか分からない。

「全員死ぬまで続けるか!!」

未央は激昂した。しかし、小関達はせせら笑った。

「「「このレイナサマが死ぬわけないじゃない!!」」」

小関の言動は芝居がかっていた。

まるで、読本に出て来る盗賊のようであった。

「「「愚民共がアタシを必要とする限り、アタシ達は永遠に存在するの!!」」」

 楓は、自分達に高速で近づいて来る2艘の船を確認した。

 戎克。竜骨が無く、全体が多数の梁で組み上げられた回船。

 船体は細く波を切り、三本の帆で風に乗る。清国の海賊船だった。

「死にたくなければ、ダイヤ寄越すデスヨー」

 髪を団子に固めた女が、仲間と共に乗り込んできた。

「あなた…お名前は?」

 楓が刀を抜き、彼女に名前を尋ねた。

「ふぇいふぇいダヨー…命が惜しかったら…」

 楓は、自身に近づいてきた者を斬った。

 その相手はぐにゃりと、酔っ払ったように倒れた。

「そうそうにいっそう置いてそうに帰ったほうがよさそうですよ…ふふっ」

未央とヘレンは、とうとう全員の小関を斬り殺してしまった。

ダイヤを持っている者はいなかった。

「ヘレンさん…」

「まさか、海に落ちた者が持っていたのかしら」

 不可解であった。

 小関達が本当にダイヤを盗み出すつもりなら、

 必ず未央とヘレンから逃げる小関が現れる。

 しかし小関達は、全て果敢に挑んできた。

 2人が気づかぬうちに海に飛び込んだ者がいても、

ここは波の早い沖合。
  
生きて陸に戻れる確率は零に等しい。

小関の目的も手段も、なにもかもが不可解である。

楓は未央とヘレンに合流した。

しかし、金剛石は見つからずじまいだった。

責任を問われる。最悪の場合は死罪である。

とはいえ逃げようにも、航海の知識を持っているのは幕領地の使い。

彼女達に脅しは効かぬ。

「どうしようか」

未央は、所在なさげに尋ねた。

しかしヘレンは、瓦版を読むことに夢中だった。

「小関…彼女はいつから、現れるようになったの?」

「さあ…噂では戦国時代末期からいることになっていますけど…」

大盗賊小関麗奈が活躍しはじめたのは、太平の世の一歩手前。

当時は、戦乱で家を失った者のために、

富商から金を盗む義賊だったという。

「それじゃあ、小関は代替わりで現れている。

 そういうことになるのかしら…」

ヘレンは真剣な顔で頷いた。

「まあ、今じゃ義賊っていうよりも娯楽って感じだけどね」

 未央が付け足した。

「偉そうにしてる幕府や富商の鼻を明かす…おっと」

 幕府の使いに睨まれて、未央が口を塞いだ。

「ある意味では、英雄」

 私と同じ。そうヘレンがこぼした。

幕領地についた未央と楓は、民衆が狂喜していることに驚いた。

凄腕の剣豪を退けて、金剛石を盗み出した。

幕府の面目は丸潰れだと。

先日までの不満はどこへら。

瓦版の号外などが刷られ、町中にばら撒かれている。

「やっば…」

未央は震え上がった。

しかし、幕臣達の反応は穏当なものだった。

「剣が役に立たない世になったものだ」

そう言って、報酬の没収に留めた。

未央と楓では首をかしげた。

しかし、それで許してくれるというのだから、文句はない。

小関麗奈の大群のことは気になったが、話せば正気を疑われる。

ヘレンは話をつけてくると言って、城に向かった。

一方その頃。

楊菲菲とその仲間達は、一艘の戎克で肩を寄せ合い、帰途についていた。

1人の女によって、仲間の半分以上が歩けない身体にされた。

無論その者達は重りになるので、海に打ち捨てられた。

骨折り損のくたびれもうけ。

菲菲達は肩を落とした。

船を進めていると、海上で妙な死体を見つけた。

全員が同じ顔で、同じ背丈。

海妖の類だろうか。

不気味がって、一同がそれらを迂回しようとすると、

死体の1つに、きらりと輝く石を持つ者があった。

それはまさしく、あの金剛石であった。

「幸运! 幸运!」

一同はその死体を引き上げて、金剛石を回収した。

だが、水上死体を船に上げたのがいけなかったのか。

その後、予想だにしなかった大時化が彼女らを襲い、

楊菲菲達は海の藻屑となった。

幕領地の城中。

その地下にて、ヘレンは大量の小関麗奈と遭遇した。

しかし船の時とは異なり、みな大人しかった。

「民衆というのは、単純なものですな」

幕臣の1人が言った。横領で騒ぎになった女だった。

「わかりやすい娯楽さえあれば、たとえ肥溜めの中でも生きていける」

小関麗奈は、民衆が不満を持ったときに現れる英雄だった。

「また頼むぞ、小関」

「「「「はい」」」」

大量の小関麗奈達は頷いた。

彼女達は大衆が望む限り、何度でも現れる。

永久に、現れ続ける。

おしまい

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