花咲か紳士 (18)
紳士「私は紳士。百合が大好きな紳士だ」
紳士「私は指パッチンを鳴らすことで、2人の人間を恋に落とす事が出来る」
紳士「どれ、今日はこのコーヒー喫茶で、美しい百合の花を咲かせてみせようじゃないか」
カランコロン…
マスター「いらっしゃいませ」
紳士「ブレンドコーヒーを1つ」
マスター「かしこまりました」
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紳士「ふむ……」
紳士(落ち着いた色合いの店内に、小洒落たテーブルと椅子が並んでいる。なるほど、いかにもコーヒー喫茶らしいな)
紳士(そして、その雰囲気をぶち壊すように大音量のダブステップが流れている)
紳士(……うるさい。何だこれは。この店の選曲センスは一体どうなっているんだ)
マスター「お待たせしました」
紳士「ああ、ありがとう」ズズッ
紳士(まあいい。今日のお目当ては窓際に座っているあの2人だ)
女子A「ね、ここのコーヒー美味しいでしょ? 私の最近のお気に入りなんだ」
女子B「う、うん。 ……ちょっとうるさいけどね」
紳士(明るい笑顔のポニーテールの女の子と、アホ毛が特徴的なメガネの女の子。見たところ、高校の同級生と言った所だろうか)
紳士(コーヒーを飲みながらお喋りする様子は何とも微笑ましいが、2人の百合の花はまだつぼみレベル)
紳士(よし、ここは私の指パッチンの力で、それを満開にしてあげよう)
パチンッ
女子A「それでさー……あれ?」
女子B「どうしたの?」
女子A「いや、何て言うか……カナって前からそんなに可愛かったっけ?」
女子B「ふぇ!?」
女子A「髪型とか目元とか、すごく私の好みなんだけど」
女子B「き、急に何言い出してるの!?」
女子A「もしかしてカナ、彼氏でも出来た?」
女子B「いやいやいや! そんな、彼氏なんて……」
女子A「そんなこと言って、実は居るんじゃないのー?」
女子B「居ないよ!」
女子A「ふーん……そっか」
女子B「……えっ。もしかして、居て欲しかったの?」
女子A「ううん。そうじゃなくて、私が男子ならカナみたいな子、絶対ほっとかないのになーって」
女子B「へ!?」
女子A「まったく世の男子共も、見る目が無いですなー」
女子B「え、えっと、それって……」
女子A「ん?」
女子B「まちちゃんは私と付き合いたいってこと?」
女子A「そうだよ?」
女子B「……っ!」ドキッ
女子A「ま、私が男子だったらって話だけどね! 流石に女の子同士で付き合うのは無理でしょ」ケラケラ
女子B「……いいよ」
女子A「え?」
女子B「まちちゃんなら、別に、付き合っても」
女子A「え……」
女子B「……」カァァ
女子A「……い、いやいやいや。どうしたのよ急に」
女子B「……」
女子A「今日のカナ、なんかちょっと変じゃない?」
女子B「へ、変なのはまちちゃんの方でしょ!?」バンッ
女子A「うぇっ!?」ビクッ
女子B「か、可愛いとか、付き合いたいとか、変なことばっかり言って……!」
女子A「い、いや、それは、言葉のあやというか……」
女子B「じゃあ!」
女子A「」ビクッ
女子B「……私と付き合うのは、嫌?」
女子A「え?」
女子B「どうなの?」ズイッ
女子A「や、ちょっ、顔近っ……」
女子B「……」ジーッ
女子A「い、嫌じゃないけどさ! けど、女の子同士でしょ? そんなの……」
女子B「関係ない」
女子A「えっ」
女子B「女の子がどうとか、関係ない。だって私、まちちゃんの事が好きだもん」
女子A「はああ!?」カァァ
女子B「だから、私はまちちゃんと付き合いたいの」
女子A「……う、嘘でしょ? カナ……」
女子B「嘘じゃない」ギュッ
女子A「っ!」
女子B「私が今まで、まちちゃんに嘘付いたことあった?」
女子A「……ない、けどさ。でもこれは……」
女子B「まちちゃん」ギュッ
女子A「っ……な、何?」
女子B「私のこと、好き?」
女子A「えっ……」
女子B「……」ジッ
女子A「えっと、その……」
女子B「……」ジーッ
女子A「……うん」
女子B「そっか。 じゃあ問題ないよね」ニコッ
女子A「うっ……」
女子B「……」ニコニコ
女子A「……」
女子B「……」ニコニコ
女子A「……あーもー! 分かったわよ!」
女子B「!」
女子A「付き合えばいいんでしょ付き合えば!」
女子B「わーい!」ギュッ!
女子A「ちょっ、危ないって……!」ガタッ
女子B「えへへー」スリスリ
女子A「……まったく、いつからこんな強引になったんだか」
女子B「ねーねー、付き合った記念にちゅーしよ?」
女子A「調子に乗るな」ペシッ
女子B「いたっ!」
女子A「ほら、さっさとコーヒー飲んで行くよ」
女子B「え、どこに?」
女子A「私の家。ここじゃうるさいし、ゆっくり出来ないでしょ」
女子B「……!」
女子A「それとも他の場所が良かった?」
女子B「ううん、そんなことない! 早く行こう!」
女子A「はいはい」
紳士「……」ズズッ
紳士「……ふふふ、素晴らしいな。今日もまた、大輪の百合の花を咲かせてしまったようだ」
紳士「2人の可憐な少女が紡ぎだす、色鮮やかな百合の花……この後彼女達がどうなっていくのか、想像するだけで心が潤うようだよ」
紳士「まったく、愛し、愛し合う女性ほど尊いものはない……そうは思わないか? マスター」
マスター「そうですね」
紳士「……」ズズッ
紳士「ところでマスター」
マスター「はい」
紳士「私は百合が好きなのだが、実は男もイケるクチでね」
マスター「はい?」
紳士「正直な所、貴方みたいな男性は私の好みなんだ。だから……」
パチンッ
マスター「!?」ドキッ
紳士「私と、恋に落ちてはくれないか?」
マスター「お、お客様……?」
そう言って私は、戸惑うマスターの手の上に、そっと自分の手を重ねた。
紳士「……」
マスター「……」
どちらともなく、視線を交わし合う2人。期待と不安の入り混じった空気が、にわかに周囲を満たしていった。
触れ合う手から、マスターの体温を感じる。見つめ合う視線から息づかいを、心の高ぶりを感じる。けれどそれだけでは物足りなくて、私は立ち上がり、カウンター越しに身を乗り出して、少しでも彼の元へ近付こうとした。
少しずつ狭まっていく2人の距離。マスターは後ろに下がって逃げることも出来るはずだが、そのような素振りは一切見せない。それが何故かは、言うまでもないだろう。
それから私が彼の顎に手を置き、此方へ引き寄せようとした所でやっと、彼は私に抵抗してきた。
マスター「い、いけません。お客様……このようなことをされては」
紳士「そんな事を言って、本当は胸が高鳴って仕方がないのだろう?」
マスター「……」
紳士「分かるぞ。私も同じだからな……」
しかしその抵抗も長くは続かない。私が力を強めると少しずつ、少しずつ、マスターの顔が近付いてくる。
彼の潤んだ瞳が、上気した頬が、私の感情を高ぶらせる。興奮し、早まる鼓動の音をダブステップの重低音が掻き消してくれる。
そんな空間に心地よさを覚えながら、私はついに、彼の顔まであと数センチという所にまで近付く事が出来た。
マスター「……」
紳士「……」
互いの息が、触れ合う距離。
もはや言葉は要らない。マスターは観念したようにその瞳を閉じ、此方に全てを委ねてきた。
私も同じように瞳を閉じ、残り数センチの距離を名残惜しむように埋めていく。
紳士「マスター……」
マスター「……」
あとどれくらいで辿り着くのだろうか?あるいは、もう既に辿り着いたのだろうか?そんな事を考えながら、暗闇の中で彼を手繰り寄せていく。
やがてついに、2人の口が重なり、念願の逢瀬が果たされた。
マスター「んっ……」
紳士「……」
吐息が混ざり合い、心が溶け合い、私とあなたの境界線が曖昧になる。
まるで消えてしまいそうな儚さの中で、確かにあなたがここに居る事を確かめるように、何度も何度もその行為を繰り返す。
1分でも、1秒でもいい。少しでも長い間、この幸せに浸っていたい。そんな思いが、2人の結び付きをより強固な物にしていった。
紳士「……はぁっ」
マスター「……」
暫くして、2人の口が離れる。そうしてまた、互いに見つめ合う形に戻る。
先程の余韻を感じながら、私はそっと、自分の唇に触れてみた。
彼とした初めての口付けは、少し苦い、コーヒーの味がした。
-HAPPY END-
お目汚し失礼しました。
HTML化依頼出してきます。
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