【ミリマス】湖上【あんゆり】 (20)
ミリマス、七尾百合子と望月杏奈のSSです。
百合SSにつき、苦手な方は回れ右を推奨いたします。
何か気づいた点などありましたら、指摘していただけると幸いです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1495153603
その詩を読んだ時、私の全身にまるで電流が走ったようでした。
その詩に描かれた情景はあまりに美しく、そして魅惑的で、私を瞬く間に妄想の世界へと飛ばしてしまいました。
登場人物の男女を自分たちに置き換えて、その美しい詩の世界を漕いでいく。
その船の上で向かい合い、微笑みながら語り合うのは……私にとっては、ただ一人しか思いつきませんでした。
はっ、と気づいた時にはかなりの時間が経っていたみたいで、お昼過ぎくらいに入ったはずの図書館は、夕暮れの閉館間近になっていました。
私は慌てて手元の詩集をカウンターに持って行って貸し出し手続きを済ませ、家路につきます。
家に着くまでの間も、家についてからも、気づけば私はただただ、さっきの妄想を実現するべく行動を起こしていました。
「杏奈ちゃん、明日って何か予定ある?」
図書館から詩集を借り、家でも事務所でもその詩集を繰り返し読み耽る日々が数日続いた頃、私は事務所で杏奈ちゃんにそう声をかける。
事務所とは言うが、正確には元会議室の休憩所。今この部屋には私と杏奈ちゃんしかいないし、プロデューサーさん達はドアの向こうだ。
「明日……ううん、ちょうどゲームもメンテの日だし……なにもない、よ?」
私の言葉の意図を図りかねているのか、少し首を傾げながらもそう答える杏奈ちゃん。
私の鼓動が早いのはそんな杏奈ちゃんを見たからなのか、単にこれから言おうとしてる言葉に緊張しているのか、自分ではわからなかった。
「じゃ、じゃあ一緒に行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
「いい、よ……どこで、待ち合わせ……する?」
「○○駅に、夕方の五時くらいとか、大丈夫?」
「いい、けど……夜のお出かけ……なの?」
「あ、うん。ちょっと見たいものがあって」
「……わかった。百合子さんと夜のお出かけ……楽しみ」
そう言ってふにゃりとほほ笑む杏奈ちゃんに、私の鼓動はさらに早くなってしまう。
たかだか遊びのお誘いにこんな一喜一憂して、受けてもらえて嬉しくなって、私は本当に杏奈ちゃんのことが好きなんだな、と改めて実感した。
次の日、私は自分が言った通り駅にいた。ただし、時間は夕方五時どころか、現在三時五十分。明らかに早すぎである。
もちろん、理由はある。不測の事態に備えて待ち合わせには早めに行くのが鉄則だとか、誘った手前万が一にも遅れるわけにはいかないとか。
でも結局のところ、楽しみすぎて居てもたってもいられなくなった、というのが本音だ。
家にいてもそわそわと部屋の中を歩き回ったり、今日行く予定の場所をひたすら確認したり、既に決めたはずの服にあっちのほうがよかったかな、と悩んだり……そのままでは出かける前に気疲れしてしまいそうだった。
しかしさすがに一時間以上外で待っているのもそれはそれで疲れてしまう。
どこか近くの喫茶店にでも入って時間をつぶそうか、と思って当たりを見回していると。
「百合子……さん?」
「え?」
なんて予想外な一言が、小さな声のはずなのにやけに鮮明に聞こえた。
声のほうを振り向けば、そこにはいつもより少しおめかしした杏奈ちゃんの姿。
「あ、杏奈ちゃん!? こんな早くどうしたの!?」
「百合子さん、も……人のこと、言えない…と、思う」
「うっ……」
至極正当な反論を受けて、二の句が告げない。
それ以上言い返せないまま杏奈ちゃんのほうを見れば、いつも来ているウサミミパーカではなく、白いワンピース姿が目に飛び込んでくる。
いつもと違った雰囲気の、でも杏奈ちゃんにすごく似合っているその服装に、つい目を奪われてしまう。
そこまで考えていたわけではないけれど、今日私はジーンズを履いてきたから、役柄的には私が男役で杏奈ちゃんが女役。もっと言えば、私が彼氏役で杏奈ちゃんが彼女役。
ああ、やっぱりまずは服装を褒めたほうがいいのかな、それとも、杏奈ちゃん自身を褒めた方が……。
「百合子さん……戻って、きて」
「はっ!」
服の裾を杏奈ちゃんにクイクイと引っ張られた感覚で、現実世界に帰還する。
危ない危ない、あのままだと人前でしてはいけない顔になるまでもぐっていくところだった。
「ご、ごめん! 私また飛んじゃってた」
「慣れてる、から……大丈夫」
慣れてると言わせてしまうのはとても複雑で。
迷惑をかけてしまっているな、と思う反面、慣れてしまうほどの時間を一緒に過ごしているということが、すごく嬉しい。
人生、というと大げさだけど、杏奈ちゃんの時間の中に、ちゃんと私がいるんだ、と実感できる気がして。
「今日は…どこに行く、の?」
「あ、えっと、ここからバスで一時間ちょっとのところにあるぷっぷか湖なんだけど」
「湖……」
何か考え込むような素振りを見せる杏奈ちゃん。
もしかして、嫌だったのだろうか。元々インドア派の杏奈ちゃんを湖に誘うのは正直、一つの賭けではあったのだけれど……いざそれで不興を買うかもしれない、という場になると、とても怖い。
「あ、大丈夫…だよ。意外、だった……だけ」
もしかして顔に出ていたのだろうか、杏奈ちゃんがそういって私の方をみて笑う。
その笑顔はいつもどおりの笑顔で、その言葉が嘘じゃないってことはすぐに分かった。
「ならよかった! じゃ、じゃあちょっと早いけど、バス乗っちゃおうか」
それでもその笑顔を見ていると顔が赤くなりそうで、私はごまかすように杏奈ちゃんを連れてバス停へと向かう
いつも通りの笑顔のはずなのにこんなにドキドキするのは、私がこれを、デートだと意識しているせいなのだろうか。
結果として、早くでて良かったのかも知れない、と湖に着いたときにまず思った。
途中の道で事故があったみたいで、バスが遅れたのだ。しかも山道に入っていたから迂回路もなく立ち往生。
杏奈ちゃんとおしゃべりしていたから時間がかかるのは苦じゃなかったけど、これがもし予定通りの出発だったらと思うと、幸運だったと思う。
「わあ……!」
湖を目にしてすぐ、杏奈ちゃんが声を上げた。
無理もない、私だってさっきから目を奪われていて言葉が出ないのだから。
湖に着いたときにはすでに夕暮れ。山に沈んでいく夕日は時間と共に赤味を帯びて、山も湖面も同じく染め上げていく。
穏やかな湖面がキラキラと夕日を反射して、それはまるで大きな鏡を使った芸術品のようで。
私と杏奈ちゃんはしばらくの間、赤い世界の中でその景色を堪能していた。
「すごかった……ね」
「うん、すごく綺麗だった!」
夕日がだんだんと山の向こうへと沈んでいった頃、私と杏奈ちゃんは我に帰った。
私が妄想の世界へ飛んでしまうことは日常茶飯事だけど、杏奈ちゃんと一緒に我を忘れて時間を過ごす、なんて貴重な体験ができたのは素直に嬉しい。
しかし、今日はこの景色が目当てでこの湖へ来たのではない。
むしろこんな綺麗な景色が見られるなんて知らなかった。
「杏奈ちゃん、ボートに乗ろう!」
そう、今日の目的は、ボートなのである。
いきなりボートに乗るなんて言い出して、不思議がられるかな、と思ったけど、杏奈ちゃんはむしろノリノリだった。
さっきの風景を見てテンションが上がっているのかもしれない。もちろん、ONモードとは比較するまでもないけれど。
貸しボートを借りて、湖へと漕ぎ出す。
うまく漕げるか不安だったけど、なんとかスムーズに漕げているみたいだ。
湖の岸を離れ頃には、少しばかり早く顔を出した月が、空にぽっかりと浮かんでいた。
そよそよと心地よい風が吹いて、ひたひたと波の音がかすかに聞こえる。
「今日はいきなりこんなとこまで連れ出して、ごめんね」
「ううん……すごく、綺麗だったし…楽しかった、よ」
漕ぐのを止めてそう話しかけると、杏奈ちゃんはそう言って本当に楽しそうに笑った。
ゲームをしているとき以外で、OFFモードの杏奈ちゃんにこんな顔をさせたことに、嬉しさと誇らしさと、少しの優越感を覚える。
それは、杏奈ちゃんをこんなに楽しませられるのは私なんだ、という、誰に向けるでもない微かな独占欲。
ボートのオールから滴った水滴の音が、一瞬の会話の途切れ間をつないでくれる。
それはなぜか、とても近しいもののように聞こえた。
「杏奈ちゃん?」
気づくといつの間にか、杏奈ちゃんがスマホを取り出して何か操作をしている。
なにかゲームのことでも調べているのだろうか、と考えて、今のこの時間に集中して欲しかったな、とも思ってしまう。
そこまで杏奈ちゃんのことを束縛する権利などないというのに、この湖上の暗闇が、そんな気持ちを掻き立てるのだろうか。
「『ポッカリ月が出ましたら、舟を浮かべて出掛けましょう』」
「!!?」
不意に杏奈ちゃんが発した言葉。というよりも、朗読といったほうがいいだろうか。
それは聞き間違えるはずもない、ここ数日読みふけっていた詩の、一節。
「合って、た……?」
「な……なんで…?」
どこか得意げな表情でこちらを見る杏奈ちゃんに、私はろくな言葉を返すことができない。
当たり前だ。私しか知らないはずの詩、私しか知らないはずの、自己満足の計画。それが、見透かされていたなんて。
「百合子さんが…読んでた、から……調べてみた、の」
確かにここ数日私はその詩集ばかりを読んでいたけれど。
それだけでその詩集について調べてくれるほどに、私のことを見ていたんだ、という嬉しさがこみ上げてくる。
しかし、この詩を読んだということは、私が何を望んで今日杏奈ちゃんを連れ出したのか、というのもばれてしまう。
「え、っと……き、綺麗な詩だよね! 追体験も堪能したし、そろそろもど」
「『月は聞き耳立てるでしょう、すこしは降りても来るでしょう』」
私の誤魔化しの言葉をさえぎって、さっきの部分より少し後の部分を、杏奈ちゃんが読み上げる。
それは私にとって核心の部分。杏奈ちゃんには、知られたくなかった部分。
私がそれを望んでいると知ったら、嫌われてしまいそうで、怖かった部分。
「百合子、さん」
「っ」
朗読ではなく杏奈ちゃんの声で呼びかけられて、身がすくむ。
拒絶の言葉を、想起してしまうから。
「月……頭の上、だよ?」
「えっ?」
そう言われて顔を上げて、初めて、杏奈ちゃんが微笑んでいるのが見えた。
スマホの画面光に照らされて、赤くなっている顔と、白いワンピースが見える。
そこでふと思い出す。
今日は私が彼氏役で、杏奈ちゃんが彼女役、と妄想してしまったことを。
であるならば、ここは私が勇気を出さないといけないところなのだろう。
いつも王子様を夢見る私だけれど、今だけは私が、杏奈ちゃんの王子様にならなきゃいけないんだ。
杏奈ちゃんの肩にそっと手を添えると、微笑んだまま杏奈ちゃんが目を閉じる。
ドキドキとうるさい心臓を叱り付けて、少しずつ顔を近づけていく。唇が、近づいていく。
杏奈ちゃんがさっき読んだ続きを思い浮かべながら、私はその距離を、ゼロにした。
『われら接唇(くちづけ)する時に 月は頭上にあるでしょう。』
以上になります。
前作(【ミリマス】月夜の浜辺【奈緒】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1494829410/))
と同じく詩をモチーフにさせていただきました。
今回は中原中也作『湖上』。
短い作品でありますが、お読みいただきありがとうございました。
いい雰囲気の作品良く知ってますな、こういうかんじ好き
乙です
七尾百合子(15)Vi
http://i.imgur.com/MeJaqUS.jpg
http://i.imgur.com/MaIDoUK.jpg
望月杏奈(14)Vo
http://i.imgur.com/m6Y8Lf2.jpg
http://i.imgur.com/bEyC9bz.jpg
まず最初に一言、文を馬鹿丁寧に書くと字数がかさむので忌憚ない物言いになること平にご容赦を。
ついでに感想やら批評とか、自分も偉そうに言えないので至らないよと予防線。
それでね、いきなりな話だけどこのラストの一文を自分なら一番最初に持って来る。
・『われら接唇(くちづけ)する時に 月は頭上にあるでしょう。』
タイトルと冒頭、「その詩を~」の部分でモチーフがあるんだなぁってのはほんわり感じるんだけど、
初っ端にデーンと一文あれば、知ってる人は「ああ、アレだ」とニヤリとするし、
知らない人は「あ、ホントにある詩なんだな」って確信できるから。
きっとオチとして使うために(ようはネタバレを防ぐために)最後に置いたのかなーと思ったけど、
後述するある理由から、やっぱり自分なら初めに持って来るなーって個人的意見。
・以下、感想と気になったトコ。
・「○○駅に、夕方の五時くらいとか、大丈夫?」
この「○○駅」に、何らかの創作駅名が欲しいなーなんて思った。
後の部分で「ぷっぷか湖」が出たから余計に。ナカハラ駅とか、チューヤ駅とか。必ず漢字を振る必要も無いトコだし。
駅名から今日の最終目的を再確認して、百合子の緊張が跳ね上がるとか、そういう小ネタも入れ……いらない?
まぁね、チューヤ駅でチューを連想とか……千早の笑いレベルですよ。聞き流して。
つぎー。
・「百合子さん、も……人のこと、言えない…と、思う」
あー、ここで杏奈も百合子同様「あーでもないこーでもないと、おめかししたんだろうなぁ」なんて妄想が俄然引き立てられて。
しかも二人とも普段は洒落っ気無さそう(杏奈に至っては服の嗜好が子供っぽそう)でしょ?
百合子が(見かけだけは)落ち着いた服を着る傾向にあるから、
そんな彼女と並んでも子供っぽくないように(なにせ杏奈は期待してるワケだから、キスを!)
精一杯大人びたお洒落を考えた末のワンピース……えっ、違う? なら、単なるこちらの勘違いです。
後、ジーンズ百合子も新鮮。本筋とは(キスね)関係なくなるけど、
ここの服装に関する百合子のシミュレーションは尺取っても良いなって個人的には思いました。
自分の持ってる服をどれにしようか迷う→杏奈と出会った際のシミュレーション。当然やって来る杏奈の服も同時に想像。
妄想内の杏奈にときめきつつ、(可愛らしい服しか妄想内杏奈が着て来ないので)だったら自分は彼氏役だ、勝負ジーンズだ! ……的な。
次いで実際に対面した際にシミュレーションした通りの服装。私たち、深層心理で繋がってる!? 云々。
つぎー。
バスのトラブルは夕陽を見るための時間調節だと思ったけど、
この待ち時間で二人の仲をより細かく描写しても良いよねーって。
二人の親密度の提示というか、ペットボトルのお茶を回し飲み(つまり間接的なキス)ができるぐらいには仲が良いとか。
百合子はニブチンで気づいてないけど、既に杏奈は満更じゃないとか。
そうすると船の上でのグイグイ来る杏奈により説得力が出るというか……段階的な? この辺は個人の好みかなー。
さらには湖の貸しボート。パッと調べると午後四時から五時ぐらいで終わるトコのが一般的なようなので。
つまりは夕陽が沈む頃には貸し出しが終わっている可能性もあるわけで。
だったら暗くなってからコッソリボート小屋に忍び込み、二人で協力して無断でボートを拝借するなんてドキドキ体験もできるワケで。
好き好き同士で背徳感の共有……良くない? あ、教育上余りよろしくない? なら仕方ないな……。胸の中にソッと戻しときます。
改行しすぎって怒られちゃった……。つぎー。
・それは、杏奈ちゃんをこんなに楽しませられるのは私なんだ、という、誰に向けるでもない微かな独占欲。
ほらまた百合子はお調子に乗る! カワイイ奴め。全体的にちょいちょいワガママな恋心があって良い。
・気づくといつの間にか、杏奈ちゃんがスマホを取り出して何か操作をしている。
ここから続く独白もね、「分かるわ」って感じ。見て欲しいんだよなー、雰囲気作ろうとしてる自分をさー。
で、それが杞憂だったと分かってからの――。
・私はその距離を、ゼロにした。
……もうね、この一文が出て来るのくっそ羨ましい。大好き!
自分なら前述したラストの一文を最初に持って行くって思った最大の理由がコレですよ。
「ゼロにした」……この音! 五文字に込められた破壊力とそっから浮かぶ百合子の勢いと情景がさ……もう、なに、最高。
例えこの後勢い余って歯をぶつけて唇切るなんてお約束を裏ではかましていたとしても、
イチャイチャの最大瞬間風速はこの時に出たと言っていい。心が持ってかれた。飛んだ。
それでね、「あー……えかった」なんて心地よい読後感に包まれながら冒頭まで画面戻してさ、
『われら~』の一文が目に入ったら……この詩の言わんとすることを再度確認して、自分ならもう一回最初から読むね。
それほど長い話でもないしもう一回、読むね!
……とはいえコレは完璧にこちらの好みですから。余り真に受けなくても良いですから。
・全体としては「ああ~、いじらしいなぁ」「このもどかしい感じがええんよな~」なんて思いながら読んでました。
描写も丁寧でスラスラ読めて、上にも書いたけど百合子の恋心もちゃんとあって。
・ついでに元ネタの「湖上」も読んで、舟を漕いでる辺りの描写ににんまり。……昵懇しいと近しいとかね。
でもその後に続くバッドエンドの雰囲気はポイで。この二人なら末永く爆発してくれることでしょう。
・さて、長々と長文失礼。作品は非常ににやけながら読ませて頂きました。ではー。
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