高垣楓「駆け抜けるこの想い」 (18)
ー 都内のバー前 ー
「今日はありがとう。付き合ってもらって」
「こちらこそ、ありがとうございました。私もちょうど飲みたかったので」
ほんのり赤に染まった微笑み。それは本当に天使のようで、いま私はこの光景を独り占めしていて、
(もしよかったらーーー)
…言ってはならない言葉が、簡単に出てしまいそうになる。
「お礼に、というのも何だけど」
「…家まで車で送って行くよ」
ずるい人間だ。自分でも嫌になる。
「まあ!ありがとうございます、嬉しいです。では、カーで行くかー。ふふっ」
「ははっ。…お疲れ様。明日は久しぶりのオフなんだから、ゆっくり休んでね」
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青い街灯に照らされ、車に揺られて想う。
…このまま、どこまでも連れていってくれればいいのに。
「ここで結構です。目の前だと、誰かに見られてはいけませんし」
「わかった。迷惑をかけてごめんね。明日はゆっくり休んでね」
…本当に迷惑だ。ありえないことを期待してしまうのだから。
防犯のためとはいうが、青い輝きはいま明確に、私を陰鬱な気分にさせていた。
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「きみ、アイドルになってみないか」
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もっと飛べる。高く飛べば、喜んでもらえる。私をもっと見てもらえる。
あの日見た夢を、ずっと今まで追ってきた。
たくさんの記憶が、想いが、一気に流れ込んでくる。笑みが零れ、涙が零れる。
「アイドルが泣き顔を見せては、いけませんよね…」
濡れた顔を顔を拭おうとすると、いつの間にか袖も、身体中までもびしょびしょになっていたことに気づいた。
雨が、降っている。
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私はいつもそうだ。いくら飲みに誘っても、想いは伝えられないし、もとより伝えてはいけないのに。
ただどうしても、あの光景をもう一度観たくなる。観られないと重苦しい気分が続く。観れば満たされ、心が晴れる。
依存の穴を自分から掘り進めるようなものだというのは、当然わかっている。
アイドルがサシで男と飲むのは危険なこともわかっている。
そして、私がどれだけ彼女を好いていて、大事にしたいと想っているかも、わかっている。
彼女の身を第一に考えるなら、週刊誌にでもスッポ抜かれて破滅する危険を冒してまで、こんなことはしないだろう。
業績を第一に考えたとしても、トップアイドルの高垣楓と、こんな商品価値が下がるようなことはしないだろう。
私が第一に考えているのは自分だ。私は、他人にどれほどの迷惑をかけてでも、自分の欲求を通そうとする悪人だ。そのくせ、中途半端に他のことも気にかけてオロオロする愚図だ。
全部、わかっている。
分かっていても、湧き出る欲求に、どこまでも愚直に従ってしまう。
恋というのは、ここまで面倒なものだっただろうか。
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「へっくしゅっ」
完全に風邪だ。これをもってトップアイドルとは、あまりに迂闊すぎる。
「…今日は大事な日なのに」
そう、総選挙の結果が発表される大事な日。
もし頂点まで登り詰められたなら、
ガラスの靴を履いて、逆に王子様に求婚を…なんて。
「本田さん、藤原さん。今回は私が、頂を頂きます。ふふっ………ふぅ」
どうにも平常心ではいられない。熱のせいだろうか。
とりあえず、近くの医院で診てもらおう。
簡単に支度をすると、二つの意味を持ったマスクを付けて、外へと歩き出した。
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ー 事務所 ー
「お疲れ様です、プロデューサーさんっ」
つきあいの長い事務員さんが、優しい笑顔を見せてくれる。だが、今日はそれすらも私の心を刺しに来ていた。
「顔色が悪いですが、大丈夫ですか?近くの医院で診てもらいます?」
「すみません…二日酔いで…」
もちろん嘘なのだが。
「………」
「………」
「…心配したことで大きな損失が出ました。早く補填してください」
「承知いたしました。あなた様のお仕事をわたくしが代わりに片付けさせて頂きます」
「よろしい。よいしょっと」ドサッ
…この素直さを、ちょっとでも分けてくれはしないだろうか。
「宮城県の様子は私が監視しておきます。安心してくださいっ」
「はい。プロデューサー、頑張ります」
「ではまた。それと、今日の夜を楽しみに待ってくださいね!」
彼女はそう告げると、軽い足取りで部屋を出ていった。
…今日の夜。例の結果が出る時だ。
こういう仕事なものだから、既に色々と知ってしまっている。今更驚きもしないが、アイドルたちには何も伝えていない。といっても、中間発表の時とあまり変わっていないから、彼女らの間で大きな問題は起きないと思っている。
問題は私だ。
どういう気持ちで祝福すればいい?
どんな言葉をかければいい?
そうだ、いっそ勢いのまま告白でもーーー
…まずい。悪人を鎮めなければならない。
頂いた仕事は置いたままで、邪念を振り切りに部屋を出た。
「おやプロデューサー君。どこへ行くのかね」
部長に見つかってしまった。何か言い訳を考えなくては…
「…体調が優れないので、診療してもらおうかと」
「おお、そうか。気をつけたまえよ。体が資本なのは、プロデューサーもアイドルも同じだからね」
「はい。では、失礼します」
…切り抜けはしたか。しかしサボりがバレるとまずいから、医院の近くでもうろついていよう。
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帰りがけに気づいた。
「そういえば、昼ごはんがありませんね…」
迂闊だ。本当に迂闊だ。
風邪なのに大丈夫か知らないけれど、近くのコンビニで何か買って帰ろう…
それにしても、総選挙には苦い思い出がある。
中間発表1位からの転落。
4年連続上位。かつ、未だガラスの靴を履いた経験なし。
悲劇のヒロインを気取るつもりはないけれど、中々酷い結果ばかり続いている気がする。
今回こそは負けられない。1位にならなければならない。
そして、どうか私に、あと一歩踏み出す力を下さい。
そんなことを想いつつ入店する。
適当におにぎりと弁当でも買って、あと野菜も…
「ありがとうございましたー」
買い物を終え、モノだらけの小さな箱から抜け出してーーー
「………」
「………」
ーーー数秒ほど硬直してしまった。
事務所が近いから起こりうることではあったのだけれど…
何もかも迂闊すぎる。
「…ええと、コンビニで昼食摂ってるんだ」
「…い、いえ、今日は、ちょっと忙しくて…」
必死に咳を堪えながら、なんとか声を絞り出す。
「…そうか。今日だけならよかった。毎日続けちゃあ駄目だからな、今日も残業確定のこいつみたいに」
そういって彼は、自分の頭を指差す。
「はい。では」
冷たい反応だが、これ以上心配はかけられないから致し方ない。そそくさとその場を立ち去ろうとすると、
「あっ、ちょっと待って」
「なんです…」
言いかけたその瞬間。
全力をもって喉が決壊した。
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「連絡なかったんだけど…というか昨日、折りたたみ傘持ってたよね。水玉のやつ」
さし忘れたのはあなたを想っていたからです、なんて言えるはずもない。
「実はあれ、壊れていまして…」
「そうなんだ。なら仕方ない…いや仕方なくない」
「はい…すみません」
「とりあえず、今日は家でゆっくりしてて。連絡とかはこっちでするから」
「ご迷惑をおかけします…」
「気にしないで。そうそう、さっき言えなかったけど、総選挙頑張ってね。って、もう投票終わってるんだけど」
「はい…頑張ります…」
見せかけの笑顔すら作れないでいた。
色々とやらかしてしまった。
もうずっと寝ていようか…とも思ったけれど、今日だけは何があっても負けてはいけないのだ。
気を強く持って、若干千鳥足で帰路につく。
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ー 事務所 ー
ふと時計を見上げると、日付が変わろうとしていた。
仕事もそこそこに早く帰って、かける言葉を練ろうーーー
ーーーとすると、部屋のドアがいきなり開かれて。
「プロデューサーさ…ケホッ」
「…高垣、さん」
あいにく、言葉はまだ練り上がっていなかった。
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12時を過ぎようとしていた。
あの人がいるはずの場所へと駆け抜ける。
携帯がブルブル震えている。これは、みんなが祝福してくれている証。
心も体もプルプル震えている。これは喜びと、今から行うことへの緊張、それと風邪の症状の表れ。
人ごみの中をすり抜けて。
魔法が解ける前に。
会いたい、今。
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その顔はほんのり赤く染まっていて。
私が独り占めしたかった、天使のようなあの笑顔ーーーではなく、泣き顔で。
「プロデューサーさん、私、ずっとずうっと前から…」
作品を書いたのも投稿したのも初めてなので、不手際があったら申し訳ありません。
html化依頼を出してきます。
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