【モバマスSS】モバ夫「特別養護老人ホームに勤める事になった……」 (29)

アイドルが老いてます。
オリキャラ注意。

以上が苦手な方は閲覧注意でお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1493175240


モバ夫(2086年の冬、俺は正に人生のどん底に居た)


モバ夫(十代の頃、親と激しい喧嘩別れをして大学を中退。 その後はパチンコ屋のホールで働いたり、雀荘のメンバーをしたり、
    控えめに言ってクズとしか言いようのない人生を送って来た――)

モバ夫(生活も大いに荒れていた…。稼ぐ端からギャンブルに突っ込み、酒は飲む、煙草は吸う、風俗にも行く、
    そんな生活を毎日、憂さを晴らす様に続けていたのだった――)

モバ夫(当然ながら健康にも良い訳がない。あっという間に体調を崩し大病を患い、寝込んでいる間に仕事を失った)

モバ夫(若さゆえか、どうにか体調は持ち直したものの、あっという間に借金は膨らみ、家賃は滞納し、
    住処すら追われる寸前だった)

モバ夫(そんなどん底の最中、どうにかして生活を立て直す為に更なる借金をしようと顔なじみのサラ金に向かった俺だったが、
    当然の様に追加融資を断られた)

モバ夫(当然だろう、返せるあても担保も無く、仕事も無く、更に既に滞納までしているのだから――)


モバ夫(思わず絶望に沈み、頭を抱える俺―― そんな俺に、サラ金の店員が一つの案を持ち掛けて来たのだった)


モバ夫(返す気があるなら、住み込みのバイトを紹介してやる―― 身体で返す気はあるか??と――)

モバ夫(一瞬、身体でも売らされるのかと身構えていると、金貸しは、勘違いするな、そういう仕事も有るには有るが、
    そんな仕事じゃあないさ、と、薄く笑った)


モバ夫(そして、お前には全く価値が無いが、お前の生まれには金を貸す価値がある――とだけ、短く答えた)





モバ夫(俺の生まれ――??  その物言いを不思議に思った俺が詳しく話を聞くと、
    既に金貸しは最初に俺が借金を申し込んだ時に、俺の家庭環境、家族関係をキッチリ調査していたらしい)

モバ夫(それは理解できる。何の不思議でもない。
    闇金と言うからには一旦貸した金は法外な利息と共に死んでも取り立てるモノだろう。
    
    たとえ本人からは無理でもその家族から―― )

モバ夫(そして、その調査の過程で俺とこの闇金の間に僅かな繋がりが有った事が判明したそうだ)



モバ夫(なんでも、俺の祖父はこの金貸しの遥か上位グループ346グループの芸能部門、
    346プロでアイドルのプロデューサーとして働いていたらしい)

モバ夫(そして、その祖父の容姿が俺とそっくりなのだと、金貸しは言った)

モバ夫(それが何か関係有るのか―― 俺が重ねてそう尋ねると、金貸しは高そうな葉巻に火を付けながら、
    まあ慌てるなよ、と言いながら説明を始めた)




モバ夫(その昔、346グループが海外に進出する際、芸能部門に所属するアイドル達は、
    広告塔としてグループの運営に多大な貢献を果たしてくれたらしい)

モバ夫(現在でもその影響力は多大に残り、グループを取り仕切るゴッドマザーと呼ばれる千川会長は、そこの出身との噂が有る)

モバ夫(そして、千川会長はその恩を返す意味で、今では年老いたアイドル達を引き取り、
    ある老人ホームに集めて暮らさせているらしい、贅を凝らした待遇で手厚く見守りながら――)


モバ夫(そこで働け、婆さん達の世話をしながら、な。 ――サラ金の店員はそう言ってのけた)


モバ夫(ボケた婆さんたちの相手をしてプロデューサーの振りでもしてやれば、命だけはとらないでおいてやる――
    と、ニヤニヤと笑いながら――)

モバ夫(返せるあての無い俺から取り立てられるのは命だけ――)

モバ夫(そう宣言された様で、すっかり怯えきってしまった俺は、
    黙って差し出された契約書に震える手でサインをしてしまうのだった――)




モバ夫(そんな訳で俺は借金を返す為に、美城グループ直営の特別養護老人ホームで働くことになった)

モバ夫(顔も知らない(瓜二つだそうだが)祖父の所為で介護なんて職に付かされたのを恨むべきなのか、
    それとも命が繋がった事を感謝すべきなのか……複雑な感情が俺の心の中で入り混じっている……)

モバ夫(それにしても遅いな……入り口で待っていれば案内の担当者が迎えに来るはずなんだが……)

???「遅くなりましたーっ、すみませーん!!」

モバ夫(そう言いながら施設内から駆けて来たのは少女と言っても良いくらいの童顔ポニーテールの女性。
    見た所どうみても学生だが、施設の制服らしきものを着ている所を見ると、この少女が案内の担当者なのだろう)

モバ夫「あの…はじめまして…。今日から此処で働く様に言われているモバ夫ですが……その……」

???「ええ、ええ、聞いてますよ。今日からよろしくお願いしますねっ。私は此処の施設で事務員をしてます、安部菜美です。
    みんなからはウサミンって呼ばれてますから、モバ夫さんも気軽にそう呼んでくださいね!キャハッ!!」(三週くらい回って斬新なポーズで決め)

モバ夫「は、はぁ……よろしくお願いします……」


菜美(ヤバい……滑ったかな…??)「え、えーと、それじゃあ案内しますねっ!?
   モバ夫さんはこの老人ホームがどんな場所かは聞いています??」

モバ夫「はい、えーと…美城グループが今ほど巨大では無かった頃、世界進出の足掛かりになった芸能部門で活躍された
    アイドルの方を慰労の意味を込めて優先的に引き取っているとか……??」

菜美「ええ、どなたも大活躍されたアイドルさん達なんですよっ?? 活躍された時代から60年以上は経っているので、
   モバ夫さん世代にはピンと来ないかもしれませんが……」

モバ夫「そ、そうなんですか……?」

菜美「ええ、その多くのアイドル達のプロデュースを一手に引き受けていたのが、伝説のアイドルマスターと呼ばれたモバ夫さんの
   お爺さんなんですよ??ご存知有りませんでした??」

モバ夫「いえ……父は祖父の話を一切しませんでしたし、アイドル関係もそう言うのを避けている節が……、
    ですので全然知りませんでした……」

菜美「そうなんですか……。 アイドルさん達の中にはモバ夫さんのお爺さんをそれはそれは強烈に愛していた人も居たそうなので、
   諦めきれずにご家庭に何かご厄介を掛けていた方も居たのかも知れませんね……」

菜美「ご結婚されてからしばらくして当時の職場……、346プロの前から完全に姿を消したのもそれが理由かもしれませんね…。
   千川会長も当時、あらゆる手を尽くして行方を捜したそうですが…。 もしそうでしたら、グループの一員として深くお詫びいたします…」(ペコリ)

モバ夫「いえ…、今となっては分からない事ですし、それに俺が生まれる前の話ですし気にしてませんから……」

菜美「そうですか…??そう言って頂けると助かります……」



菜美「さて、ココがアイドルだった皆さんが生活している棟です」

菜美「生活環境は勿論、医療から食事、娯楽まで最高の設備と一流のスタッフが詰めている
   当グループ自慢の特別養護老人ホームです」

菜美「国内では此処程設備の整った類似施設は皆無と断言しましょう!!」(ふんす)

モバ夫(そう言った菜美さんが小柄な身長に見合わない程の立派な胸を張りながら手を一杯に広げて施設の広場を示した)

モバ夫(成程、至る所によく整備された樹木や草花が配置され、一角にはカフェテラス迄ある。
    そこで出されているカップは見るからに高級そうで、おそらくその中身もそれに見劣りがしないくらいに値が張る物なのだろう)

モバ夫(棟の部屋も窓は間隔が広く取られ、見るからに一部屋ごとの間取りは広そうだ。
    目が覚める程に真っ白いカーテンが開け放たれた部屋は、どれも白を基調とした清潔な壁に高級そうな調度品が並べられていて、
    つい先日までボロアパートの四畳半で寝泊まりしていた自分には、それらの価値がどれ程のモノなのか全く見当も付かなかった…)


モバ夫「何と言うか…、凄いですね…。流石は美城グループ……」


菜美「ええ、圧倒されますよね…。菜美も最初はそうでした……」

菜美「でも、これだけしてもまだ失礼に当たりそうな方がお金持ちの方が何人も入居していらっしゃいますので……」


???「プロデューサーさんっ!!」


モバ夫(そう説明する菜美さんの言葉を遮る様に、廊下の先に車椅子で座っていたお婆さんが俺にそう声を掛けて来た)

???「プロデューサーさんですよね!?良かった…やっと迎えに来てくれたんですね!!」

モバ夫(そう言いながらお婆さんは、車椅子を必死に漕いで俺の方に向かって来る)

モバ夫「えっと…申し訳ありません、祖父の関係者の方ですか??自分は…」

???「良かったぁ…凛ちゃんも未央ちゃんも何か様子が変だし、ちょっと不安だったんです!
    やっとプロデューサーさんが来てくれて、漸く落ち着きました!!」

モバ夫(自分は違う、と言い掛けた所で、お婆さんはその言葉が聞こえないかのように興奮気味に捲し立てて来る)

モバ夫(困惑して菜美さんの方に振り替えると、菜美さんは小声で俺に耳打ちして来た)

菜美「モバ夫さんのお爺さんがプロデュースしていたアイドルの一人の…卯月お婆ちゃんです…。
   耳が遠くてほとんど聞こえないので、うんうんって頷いてあげて下さい……」

モバ夫(そう耳打ちされた俺は、卯月お婆さんの言葉に耳を傾けながら、相槌を打ち始めた。
    そのほとんどは取り留めの無い世間話だったが、再会を喜ぶそのしわくちゃの顔は少女の様に頬が赤らんでいた)

モバ夫(十分ほど一方的に話を聞いていると、向こうからやって来た一人の職員が、卯月お婆ちゃんの傍に中腰になり、

職員「卯月さん、そろそろ今日のリハビリに行きましょうか??動かさないと、脚、固まっちゃいますからね??」

と、話しかけた)

卯月「え、何ですか?? もうちょっとプロデューサーさんとお話したいんですけど……」

職員「りーはーびーりー、リハビリ。 解る??」

モバ夫(ゆっくりと話しかける職員に卯月お婆ちゃんは、


卯月「あ、解りました!レッスンですね!?」


と、ポンと手をたたき、俺に向けて微笑みながら、

卯月「それじゃあプロデューサーさん、島村卯月、レッスン頑張って来ます!! また後でお話しましょうね!!」

と、ニッコリ笑って職員に車椅子を押されて廊下の奥へと移動して行った)

モバ夫(半ば呆然とそれを見送ると、菜美さんが、

菜美「卯月お婆ちゃんがリハビリに嫌がらないで行くなんて珍しいんですよー? 
   流石プロデューサーさんのお孫さんですねぇ…」

と、微笑んだ)

モバ夫(どう答えたら良いか照れくさそうに頬を掻いていると、菜美さんは真顔で)

菜美「やっぱりモバ夫さんにこの施設に来て貰えて良かったです……、彼女たちには精神的に支えとなる人物が必要ですから…」

と、俺に言った。そして、)

菜美「願わくば、それが貴方である事を祈ってますねっ、モバ夫さん!!」

と、満面の笑顔で言葉を締めたのだった)






モバ夫(そうして、俺を祖父と思い込むアイドル、卯月お婆ちゃんとの出会いの後、施設の説明をされながら菜美さんに案内されていた)

モバ夫(その途中、廊下の中程にある一室から、大声が聞こえて来たのだった)


???「前のライブと全然違うじゃんッ!!!」


モバ夫「わっ、何だなんだ。いきなり大声が……??」


職員「未央お婆ちゃん……じゃなかった、未央、落ち着け、落ち着いて話を聞けっ!!」


菜美「あー、未央おばあちゃんの発作が始まりましたねぇ……」


モバ夫「発作??」

菜美「ええ……普段は明るくてみんなのまとめ役になってくれている未央お婆ちゃんなんですけど、三日に一度ほど、
アイドル活動していた時一番辛かった経験…、最初のステージで自分の実力勘違いしてお客があまり入らなかった事に逆ギレして、
プロデューサーさんに、

『もう私、アイドル辞める!!』

って言って八つ当たりして、家に引きこもっちゃった事がフラッシュバックするらしくて…」

モバ夫「うわぁ……」

菜美「まぁ、ある程度お芝居して流れ通りに乗ってあげれば、すぐ落ち着くんで……
   モバ夫さんもお仕事中に発作が起きたら乗ってあげて下さいね?? はい、マニュアル」

モバ夫「何々…『全然違うじゃん!』『すっごいライブやるからって……友達に言ったのに…
    早く来ないといい場所取れないからって……私……馬鹿みたいじゃん!!』
    そこで、『いいや、今日の結果は当然のものだ』か…」ブツブツ


菜美「何時もならこの辺で隣の部屋の凛お婆ちゃんが『信じてたのにっ!!』って絡んでくるんですが…
   今日はどうしたんでしょうかね??」

職員2「あ、凛お婆ちゃんなら、ミニカ―間違えて食べて病院に運ばれました」

菜美「またですか?? 今年に入って三回目ですねぇ……何か対策取らないといけませんかねぇ……」


モバ夫「ミニカーって……」





菜美「それじゃあ、移動しながら他の特に注意な入居者について説明していきますねー??」

モバ夫「はぁ……(まだ居るのかよ…)」

菜美「あっ、あそこの中庭の芝生の上で腹筋している小さいおばあちゃんが茜おばあちゃんです。
   元気で明るい方ですけど、漏れなく徘徊癖が有るのでなるべく目を離さない様にして下さい」

モバ夫「はぁ、徘徊……」

菜美「特に施設の外には出さない様に要注意で。
   昔の習慣からか外で走りたがるんですけど、一度外に出られたらまず追いつけませんから…」

モバ夫「追いつけない?? そんな大げさな…。 90近い認知症のお婆ちゃんでしょう??
    俺ならすぐ捕まえられますよ、こう見えても高校ではサッカー部だったんで脚には自信あるんで!」(グッ)

菜美「(溜息)…未だにフルマラソン完走余裕で、しかも三時間切るんですよ……、追いつけます??」


モバ夫「………は??」


菜美「しかも、若い頃はラグビー観戦が趣味だった所為か、男性職員が追いついて捕まえても…」


茜『おっ!!タックルですか!? よーし、負けませんよーっ!?』ダッ


菜美「って、屈強な男性職員二人を引き摺ったまま走って行っちゃった事がありまして……止められます??」


モバ夫「無理です……」


菜美「まぁ『お茶でも飲みましょう、茜ちゃん』って言えば大抵素直に落ち着いてくれますから、
   目を離さない様にだけ気を付けてくれれば…」


モバ夫「はい……」



菜美「あっ、あそこのカフェテリアで談笑してるグループの中にも要注意な方が一人居ますね」

モバ夫「えっ、どなたですか??」

菜美「あの真ん中に座ってるゴージャスな感じの……、そうそう、その人、奏お婆ちゃんです」

菜美「普段の生活は全く問題ないんですけど……、ある特定の一部分だけが脳に異常があるらしくて…。
   男性を見ると、その……、昔想いを寄せていたプロデューサー……モバ夫さんのお爺さんですね、に見えてしまうらしく……」


菜美「その……キス…を迫ってくるんです……」


モバ夫「えっ……キスって……あのお婆ちゃんが……??    えーっ……」

菜美「モバ夫さんなんてそっくりですから、まず間違いなく勘違いされて迫られると思います…。
   あの…、その際ですがなるべく嫌がらないであげて下さい…。
   認知症患者に一番良くないのは、行動を否定したり、言動を反ぱくする事ですから…。何より奏お婆ちゃんの乙女心が傷付きますし……」

菜美「問題が有る事は解ってますが、奏お婆ちゃんの中では貴方は昔の思いを寄せていた人なんです…。
   優しく抱きしめ返してあげるくらいの器量を見せて下さると助かるんですが……」

モバ夫「ええー……そんなぁ…。そう言われても……。
    なんか他に対処方法は無いんですか…??   お婆ちゃんとキスなんて……」

菜美「んー…。しょうがないですね……。 では、コレをどうぞ」(小脇に抱えたファイルから一枚の写真を取り出す)」

モバ夫「…コレは……??」

菜美「奏お婆ちゃんがアイドルをやっていた時のブロマイドです…。どうですか? 美人でしょう??」

モバ夫「ええ、むちゃくちゃ美人ですね。ちょっと見た事ないレベルです。……コレを如何しろと??」

菜美「奏おばあちゃんに迫られたら、この写真を思い出して、『昔はアレだけ美人だったんだー!』って妄想して我慢して下さい!!」


モバ夫「根本的な解決になってねぇーーーッ!!」(ガビーン!!)


菜美「大丈夫ですよ、舌まで入れて来るハードな奴は報告されてませんからっ!!ガッツで!!」(グッ!!)


モバ夫「ガッツ沸く訳ねぇだろ!!勘弁してくれよ!!」


菜美(……モバ夫さんお爺さんにそっくりですから、ハードな奴が来ないかどうかは分からないんですけどね……、
   これはナイショにしておいた方がいいですよね……)


モバ夫「はぁ…どうしたらいいんだ……」




菜美「えっと、ココはトレーニングルームですね、主に雨の時の朝の体操とかで使います、後はヨガとか……」

モバ夫「はぁ……それはいいんですが……、あの方は何を……トレーニングルームのど真ん中に正座して座り込んでいるんですが…
    剣道着だし……」

菜美「ああ、珠美おばあちゃんですね、アイドル活動と共に剣道を嗜まれていて、つい先日まで七〇年、剣道一筋だった方です」

菜美「その腕前は精妙の域にまで達し、女性としては最高位の範士八段まで到達されたんですよっ」

モバ夫「へぇ……良く分からないんですけど、凄そうですね…」

菜美「……瞑想中みたいですし……今の内に離れておきましょうか……、実はこの施設でも一番問題がある方なので……」


モバ夫「えっ……一番……ッ??あの小っちゃいお婆ちゃんが!?」

モバ夫(菜美さんの余りに意外な言葉に俺が思わず小さい叫び声を挙げると、その言葉に気付いたのか、剣道着のお婆ちゃんが
    正座をしたまま鋭く俺達に視線を走らせてきた)


珠美「……むっ、この気配は……、(振り向き様に驚愕の表情を浮かべて)えっ…、ま、まさか、プロデューサー殿ッ…??」


菜美(あっ、ヤバッ)

モバ夫「えっ、イヤ、あの……」

珠美「いや……プロデューサー殿がこんなにお若い訳が…。 一体貴方は……??」

菜美「えと…珠美さん、この方はですね…」(ウサミン(二代目)説明中……)




         ※※  ※※  ※※


珠美「いやー、お孫さんでしたか…、これは失礼しました」(深々と礼)

モバ夫「いえ、そんな……」

珠美「それにしてもお爺様によく似ておられる……。プロデューサー殿がそのままそこに戻られたかと……」

モバ夫「自分は祖父の顔を見た事が無いんですが…、そんなに似てますか??」

珠美「ええ、それはもう。一瞬、私もこの施設の皆の様に認知症になったのかと焦りましたぞ、ハッハッハ」

モバ夫「あはは…」

モバ夫(闊達に笑う珠美お婆さんを見て、俺は何だか拍子抜けした思いに駆られていた)

モバ夫(何だ、全然話が通じるじゃないか。他の人と違ってボケてないし…、気難しくも無いし……、
    何で菜美さんは少し離れてビクビクしてんだ……??)

珠美「いやー…それにしても懐かしい…。珠美がアイドルとして過ごしたあの若き日の輝かしい日々……
   隣には何時もプロデューサーさんが……、プロデューサー…プロ…プロ…」

モバ夫「…?? 珠美さん、どうされました??」

菜美「あっ、やべっ」

珠美「ぷ、ぷろぉおおお」(急に白目を剥き、涎を垂らし、傍らに置いてあった竹刀をゆらりと手に取る)


モバ夫「た、珠美さん…??」


珠美「ぷろぉおおおおおおおッツ!!!」(頭上に振り上げた竹刀を凄まじい剣速で振り下ろす!)

菜美「モバ夫さんっ!!あぶなーいっ!!(二代目)ウサミーンタックルッ!!」(竹刀が振り下ろされる寸前、脇から菜美が横からタックル)

モバ夫「あいててて…一体何を……。 うわっ、頭焦げ臭ッ!!??げっ、前髪が無いッツ!!!」


珠美「ぷろぉおおおお」


菜美「ふう……危なかったですね……、珠美さんは普段は正気でとても礼儀正しい模範住人なんですが、
残念な事にまだらボケしてまして……」


珠美「ぷろぉおおおおおっ」


菜美「一旦曖昧になると間合いに入るもの全てを切り倒す魔人モードにチェンジしてしまうので、速やかに人員を隔離して、
   その一帯を正気に戻るまで完全に封鎖しないといけなくなるんですよ……」


モバ夫「何だそりゃ……」


菜美「これも介護の現場の逆虐待ってやつですかねぇ…困ったものです……」

モバ夫「絶対違うと思う…」

菜美「取り合えずああなったら半日は手が付けられませんので近寄らない様に要注意で。
   あ、後、中庭の池には絶対に近づけさせないで下さい。数千万する錦鯉が泳いでるんですけど、食べちゃいますから。生で」

モバ夫「すうせっ……」

菜美「別に金額の方は会長に言えば如何とでもなるんですけどねー…、生だと寄生虫が怖いですからー」


モバ夫(一体どうなってんだ…この施設は……)



【数時間後】



モバ夫「ふう……何だ…この施設…無茶苦茶じゃねぇか……」ズーン

菜美「あはは…、お疲れ様です…」

モバ夫「お疲れ様じゃないですよ……何なんですか、ココは…。
棺桶に片足突っ込んだみたいな顔色のお婆ちゃんがひたすら怪談話してくるし、その間何か変なラップ音してるし!」

菜美「小梅おばあちゃん、健康診断では何処も悪い所見当たらない健康体なんですけどねぇ…、あ、ラップ音は何時もの事です」

モバ夫「ボケてひたすらパン食べてるお婆ちゃんを職員さんに頼まれたから一緒に止めようとしたら、腕に食いつかれるし、
    断っても断ってもドーナッツ進めて来る地方の妖怪みたいなお婆ちゃんに付きまとわれるし、
    何か行く先行く先でトラップしかけて来る意地悪ばあさんみたいな人いるし!!もう勘弁して下さいよっ!!」


菜美「まぁまぁ……、じゃあせめて次は静かな所で休憩しましょうか?」

モバ夫「お願いしますよ……」



モバ夫(そういうと菜美さんは俺をある一室へと案内してくれた)

モバ夫(其処は中位の広さの部屋で部屋に所狭しと並べられた本棚に、高そうなハードカバーの本や雑誌等が並べられた、
    図書館とも言える場所だった)

菜美「一応、読書室…と言う事になっています。防音なので静かに過ごしたい人とかが主に来る場所ですね。
   …大抵は…、ああ居た居た。文香ちゃん、お邪魔しますねー??」

モバ夫(菜美さんが手を振った先には、日当りのいい片隅にロッキングチェアーに深々と座り、品の良いストールを膝に掛けながら、
    一人の老婆が読書をしていた)

モバ夫(老婆は視線を一瞬だけチラリとこちらに向けると、興味なさげに再び視線を本へと戻すのだった。それを見て菜美さんは、)

菜美「文香お婆ちゃんは少し精神を病んでまして…、こうやって此処で本を読んでいる以外はほとんど反応を見せてくれないんですよね…
   実際は本を読んでいるのか、本を読んでいる行動をしているのか、すら私達には分からないんですけど……」

モバ夫(寂しそうに文香お婆ちゃんを見詰める菜美さん。すると文香お婆ちゃんは再度俺達の方をじっと見つめると、
    やにわに立ち上がり、近くにあった本棚に置いてあった赤い大きめの本を手に取り、俺の方に歩み寄り、手渡してきた)

モバ夫(そして、手渡し終わると、全ては何事もなかったかのように感情の籠らない瞳で再び椅子へと腰かけ、読みかけの本に
    再度目を落とし始めたのだった…)

モバ夫(何やら意味が分からず、手渡された赤い本と呆然と立つ菜美さんの顔を交互に見比べていると、菜美さんが、)

菜美「おどろいた…。文香おばあちゃんが自発的に行動するなんて、この施設に入って初めてじゃないですかね…??
   びっくりしたぁ……」

菜美「その本、一体何なんですかね……? 中身見てみましょうか…、アルバム??」


モバ夫(菜美さんと一緒に開いた赤い本は、写真が何枚も飾られたアルバムだった)

モバ夫(其処には何故か俺が撮られた記憶の無い写真の中で、何処か見覚えのある顔の少女達と笑顔で映っていた)

モバ夫(思うにこの写真の中の俺が祖父で、少女たちはこの施設のお婆さん達なのだろう)

モバ夫(仕事中の真剣な表情―― オフの時の心を許した緩やかな表情―― 
    どれも誰も今までの人生で見た事も無いくらい魅力的な顔をしていた)


モバ夫(アイドル達は当然ながら―― 祖父の顔さえも――)


モバ夫(しかし、よく見てみると祖父と俺は本当に瓜二つと言える。 
    こうしてみても自分でさえこんな写真を何処で取ったかと錯覚するほどだ)

モバ夫(しかし、決定的に違う所が一つだけある。 この充実している顔、生き生きとした表情――)

モバ夫(俺は今までの人生の中で、こんな表情をして来た事があっただろうか??)

モバ夫(そう思うと俺は、この写真の中の人物に強烈な嫉妬を覚えたのだった――)


モバ夫(そして俺は――)





菜美「大変です!!モバ夫さんっ!!また楓お婆ちゃん達が隠れて酒盛りをっ!!」

モバ夫「またかっ!あのアル中どもめぇ……。 一体どこから持ち込みやがった……?」

菜美「すいません…、去年の志乃お婆ちゃん100歳記念の時のお祝いの品をまだ隠し持っていたらしくて……」

モバ夫「くっそー……、認知症かなり進行してる筈なのに、酒の事になると悪知恵が働きやがる……」



モバ夫(あれからしばらくの時が経った。結果として、俺は結局まだこの老人ホームで働いている)

モバ夫(超個性的な住人たちがどったんばったん大騒ぎなこのホーム、仕事は無数にあるし、手間も際限なく掛かる)

モバ夫(ただでさえ介護の現場は辛い事が一杯ある。下の世話や休憩が殆ど無い事、残業なんて当たり前、
    認知症故の心無い暴言や暴力も日常茶飯事だ)


モバ夫(何遍止めようと思った事か……、現に今だってそう思う事もある)


モバ夫(そう思う度に俺はあの日、図書館で見たアルバムを思い出す事にしている)

モバ夫(楽しそうなアイドル達と祖父の浮かべている満面の笑顔―― それを見ると、本当に素敵な空間だったのだろう、と思える)

モバ夫(そして、今、また心が少女に戻ったアイドル達を笑顔に―― 
    あの時のアルバムに近づける事が出来るのは、あの人の孫に生まれた俺の使命なのかもしれない、そう思ったからだ)


モバ夫(まぁ、もちろん、報酬が抜群に良いってのもあるんだけどさ……)


モバ夫「くっそー、高垣め……今日と言う今日は強めに説教してやる……」

菜美「……そんな事言ってモバ夫さん、何だかんだ言って楓お婆ちゃんには甘いですよねぇ、本気で怒らないと言うか……」

モバ夫「不覚にも前に聞いたレクリェーション会での歌声に感動しちゃいましてね…、若干ファンになっちゃいましてどうも……。
    でも!今日は本当にビシッと言いますから!!」


菜美「はぁ……ホントにお願いしますよ……」


菜美(ホント、女性の好みは血筋なんですかねぇ……昔っから変わらないんだから…)ボソッ

モバ夫「ん?? 菜美さん、何か言いました??」

菜美「いえいえ、なんでも!! さっ、行きましょ!?」


モバ夫(そう言いながらアル中達の宴の現場に駆けて行く菜美さんの後を俺は慌てて追った)

モバ夫(これからも余生を送るアイドル達が安らかに暮らせるように、このちょっと頼りない所の有る同僚と共に、
    彼女たちを、アイドルたちを見守っていきたい)

モバ夫(俺はこの施設の職員で、そして――)


モバ夫(彼女たちの多分、最後のプロデューサーなのだから――)


【完】

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