フェネック「私の、追いつけない相手」 (55)
けものフレンズより、フェネックとアライさんのssです。
※フェネックの過去、野生開放について付近をかなり捏造してあります。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1491293955
「フェネック!あそこにいるフレンズ達に、帽子泥棒がどこにいるか、聞いてみるのだ!!」
「そうだねー……… じゃあ、私はここで待ってるねー」
「フェネックは一緒に行かないのだ?」
「いやー………ちょっと疲れちゃってね。この木陰で休んでるよ」
「分かったのだ!」
そう言うと、アライグマは即座に走り、そこに居たフレンズの方へと、情報収集に向かった。
「元気だなぁ………」
木陰で休むフェネックは、アライグマの様子を見ながら、物思いに耽っていた。
――――――――――
『……… ここなら、大丈夫そうかな』
『あっ!こんなところに、フレンズがいたのだ!』
『ふえっ!!?』
『こんにちはーなのだ!』
『あ、あなた、誰………?』
『アライさんは、アライさんなのだ!
きみはどうして、ぶるぶる震えているのだ?』
『………』
がぶっ
『痛たたたあぁぁっ!!?ど、どうして噛むのだーっ!!!』
『………』
『あっ、逃げないで欲しいのだ!
追いかけっこ? だとしたら、望むところなのだ!』
『………はぁっ………はぁっ………』
『ま、待つのだ!』
『に、逃げ切れない………!』
『追いついたのだーっ!!』
『ひぃっ!!?』
『捕まえたのだ!』
『や、やめて………』
『えっ!?』
『………』
『ど、どうしたのだ?なんで君は、泣いているのだ?』
『だ、だって………あなたが、私を………』
『!?
アライさん、何か酷い事をしてしまったのだ!?』
『え………?………いじめられるのかと………』
『そんな事、するわけないのだ!!
アライさんは、新しく見つけたフレンズさんと、お友達になりたいだけなのだー!』
『お、友達………』
『きみは、なんていうフレンズなのだ?』
『わ、私………フェネック』
『フェネック! 覚えておくのだ。
アライさんの事は、アライさんと、呼んで欲しいのだ!』
『アライ………さん』
『そう!フェネック、お友達になるのだ!』
『………どうして?』
『どうして、って………?』
『私………さっき、あなたに噛みついて、そのまま逃げるなんて………酷い事、してしまったのに』
『ビックリしたのだ!いきなり、かけっこなんて。
………フェネックは、アライさんとお友達には、なりたくない、のだ?』
『ち、違う………!………でも、私………
すごく、臆病な性格で。警戒心だけ、無駄に強くって………
はじめて会うフレンズには、いつも噛みついちゃって………
それで……… お友達が、いなくって………』
『なーんだ!噛みついて来たのは、警戒していただけ、だったのだ!』
『………ぇ?』
『じゃあ、アライさんがフェネックの最初のお友達になってあげるのだ!』
『………本当、に………?』
『アライさんは決して嘘はつかないのだ!』
『どうして………私なんかと………』
『どうして?お友達になるのに、理由なんてないのだ!』
『………』
『それに、フェネックはとてもかわいいのだ!
ちゃんと話せば、フェネックの魅力に気付いてくれるフレンズも、きっといるのだ!!』
『なっ………!!!』
がぶっ
『痛たたたーっ!!!どうして噛むのだーっ!!!』
『あっ、ごめんなさい、私ったら、また………』
『………あははっ、でも許してやるのだ!アライさんは心が広いのだ!』
『アライ………さん』
『一緒に遊ぶのだ!フェネック!』
『………はい!』
――――――――――
『フェネックー………?どこにいるのだ?
うう、フェネックはかくれんぼが上手いのだ………』
『………やった!時間切れ!私の勝ちだね!』
『あっ!?そんなところに………!
フェネック!穴を掘って隠れるのはずるいのだ!』
『だって、アライさんがどこに隠れてもいいって言うから~』
『ぬ~、次は、鬼ごっこで勝負するのだ!』
『えー、それじゃあ絶対アライさんが勝つよ。私より走るの速いもん』
『今はフェネックが勝ったのだ!だったら次は、私にも勝たせるのだ~!!』
『そんな、理不尽だよ!』
『行くのだ!スタートー!!』
『ちょっと待ってよ、アライさんー!』
――――――――――
―――――――
「………ふふ。
昔からアライさんは本当、色んなフレンズと仲良くなれるんだよねぇ」
―――あの頃から変わっていなかった。
アライさんは、いつでも真っ直ぐで、自分の思うように行動できて、そして………強い。
私は、そんなアライさんを友達に持てたのが嬉しくて、なんとかアライさんに近づこうとした。
アライさんと出会えたのは、生きているうちに二度目の奇跡だった。
初対面のフレンズには、噛みつかないようにしたし、
臆病な性格を直す為、アライさんと狩りごっこをしたりもした。
得意分野のかけっこで負けた時にどんな顔をするのか見たくて、こっそり毎日走り込んだりした。
それでも、色んなフレンズとすぐコミュニケーションを取れるアライさんには敵わないし、
狩りごっこでも一度も勝てた事はない。
かけっこも、どんなに練習しても結局最後はアライさんが勝つ。
変わった事といえば、
臆病な性格が、アライさんといるうちに大分改善されたことと、
アライさんが突っ走る方向を判断するために、方角を覚えた事くらい。
それ以外では、私は穴掘りくらいしかアライさんに勝てる所がなかった。
突っ走って迷子になった時なんかは、私が居ないと不安になるようだけど、
本当のところ、私はアライさんには追いつけない。
身体能力も戦闘能力も、本気を出せばアライさんの方が圧倒的に勝っている。
いつも後ろから追いかけて。 追いついたと思ったら、またすぐにどこかに行ってしまう。
だから………アライさんに追いかけられる、まだ見ぬ帽子泥棒が、妬ましかったりもする。
でも、この冒険を、少し楽しんでいる自分がいるのも事実だった。
――――――――――
『………ここは、どこなのだぁ………?
うぅ、迷ってしまったのだ………フェネックもいないし………』
『こーんな所にいたのかぁ、アライさん』
『!!!
フェネック~~~!!!会いたかったのだ!!!』
『アライさーん、会いたかったなら、その明後日に走り出す癖をどうにかした方がいいと思うよー』
『うっ、つい、走りたくなってしまうのだ………!』
『毎回見つける私の身にもなって欲しいな~』
『フェネックはすごいのだ!
私が道に迷い始めたくらいのとこで、颯爽と登場してくれるのだ!』
『まー、何度もこう暴走されると、慣れるというかねー』
『あっ!?
向こうに、見た事のないフレンズがいるのだ!
行くのだ!フェネック!!』
『あーあ、また私を置いてって………
………しょうがないなぁ、アライさんは』
………と、昔を思い出して色々考えているうちに、アライさんが戻って来た。
「………まだ休み切ってないんだけどなぁ」
あの顔は、新たな情報を得た顔だ。
私は立ち上がり、走り出すアライさんを追いかける準備をした。
「フェネック!フェネック!!聞いて来たのだ!!!」
「ふーん、どうだったー?」
「帽子泥棒はあっちへ行ったとの情報が入ったのだ!確実に、近づいているのだ!!」
「そっかなー」
「行くのだ、フェネック!!帽子泥棒を捕まえるのだー!」
「待ってよー。あーあー、また一人で先走って」
一人で走り出すアライさん。
アライさんより足が遅いのに、それを追いかけなければいけない私。
アライさんを追いかけるのは楽しいし、そうでなければ私はここまでついて来ていない。
けれど、アライさんを追いかける時に、
ほんの少しだけ、自分の中にある『昔』が思い出されて、
少しだけ、不安になる事があるのも事実だった。
でも、何度も追いかけっこをする事で、段々慣れてきて、その日………
私は油断していた。
――――――――――
―――懐かしい光景がそこにあった。
目の前には、広がる砂漠。
後ろには、私の掘った巣穴。
………ああ、ここは私の故郷だった。
なんで今、私は、故郷に………?
―――そんな事を考えていたら、真後ろから強烈な殺意を感じた。
振り返る。ブチハイエナだ。
私は瞬時に死の恐怖を感じ、走り出した。
今とは違う、低い目線。今よりは速かった移動速度。
ああ、これは、私が動物だった頃の記憶。
ブチハイエナは、ハンターとしても優秀な動物だった。
私が勝てる訳がなかった。逃げるしかなかった。
しかも、その時の私は疲れていて、全力で走れなかった。
必死で逃げようとするも、あっさりと、私は敵に追いつかれる。
ハイエナは笑い声のような鳴き声を上げながら、その腕で私を捕らえる。
抵抗を試みるけれど、全く歯が立たない。
そのまま私は、ハイエナの開けた大口に―――
――――――――――
「―――っっっ!!!!!!」
―――目を覚ましたとき、私は自分が掘った穴の中に居た。
「……… ………夢………」
全身が熱い。『あの時』と似た感覚。
「………はぁっ」
………食べられそうになったまさにその時、全身が変化し、私は『フレンズ』になった。
生きているうち、最初の奇跡だった。サンドスターが偶然その時、私にぶつかったのだ。
私がフレンズに変化すると、いつの間にかハイエナは居なくなった。
辛うじて一命を取り留めた私は、これからどうするか悩んで砂漠を渡り歩き、砂漠外の地方にも行ったりしてみた。
途中で他のフレンズに出会ったが、捕食される事の恐怖が強烈に残っていた私は、
警戒心が強く臆病で、噛みついたり、威嚇の真似をしてみたりして、初めて会うフレンズ達を怖がらせた。
私からフレンズは離れて行った。それでもいいと思っていた。
一人、ひっそりと暮らせれば、それで………
そんな時に、アライさんと出会ったのだった。
「久しぶりに見たなー。この夢」
思えば私も随分臆病だった。
いや、実は今も臆病なのかもしれない。
だって、こんな夢を見てしまって、どうしようもなく『恐怖』を感じている。
………アライさんと居る時は、『恐怖』を一切考えずに済むのだけど。
「アライさーん、早く見つかってねー。ちょっとだけ不安になっちゃうからー」
私は穴の外に出て、耳を整え、再びアライさんを探しに向かった。
………近くにいるのなら、いつもはこの辺で、アライさんの気配を感じ当てるのだけど。
その日、私は全くアライさんの気配を見つけられなくて、いつもより焦っていた。
――――――――――
―――私の不安を覆すかのように、アライさんは道中で一人、泣きながらうずくまっていた。
「ううぅぅっ………ここは、どこなのだぁ………
帽子泥棒が逃げたのは、どっちなのだぁ~!フェネック~~~!!!」
………いつもよりも、気配を感じるのに時間がかかったから、もしかしたら何かあったのかと、不安にもなったけれど。
その姿を見て、やっぱりアライさんだ、と、私は心から安堵し、近づいた。
もちろん、いつものように、全く恐怖を忘れた状態で。
「………はいよー」
「!!! フェネック!?フェネック~~~!!!」
「はぁ、全くもう、まーた先走っちゃうんだから、アライさんはー。」
「きっと来てくれるって信じてたのだ!やっぱり来てくれたのだー!!」
「いつもいつも行ける訳じゃないかもよー?」
「そんな事ないのだ!
フェネックはなら絶対、私の事を見つけてくれるのだ!」
「あはは………まぁ、アライさんを一人にさせておくのは、不安だからねー。」
「………よし!これで、また帽子泥棒を追いに行けるのだ!
泥棒は、どっちに行ったのだ?」
「んー……… ………」
「フェネック?」
「覚えてるけど、私が正解を話しちゃうと
アライさん、また私を置いていっちゃうかもしれないからねー」
「………!」
「どーしよっかなー」
「ご、ごめんなのだ!
フェネックの事、見捨てるつもりはなくて………」
「………」
私が少し意地悪な事を言うだけで、アライさんはすぐに謝り出した。
その真っ直ぐさを見て、やっぱり、ああ、私はこの友達の事を信頼しているのだな、と思い出せた。
「じょーだん、じょーだん。さ、行こうか、アライさーん」
「!!!
びっくりしたのだ~………私、フェネックに嫌われたのかもって………」
「そんな事ないよー。
これくらいで嫌いになってたら、アライさんにここまで着いて来てないよー」
「フェネック………!ありがとうなのだ!!!
私、これからはフェネックの事、前より気を付けるようにするのだ!!」
「ふふふ」
私のことを抱きしめるアライさんの頭を撫でながら、
私は帽子泥棒の行ったらしい方角の方を向いた。
………少し、疲れた。
叶う事なら、ここでちょっと休んでからまた歩き出したい所なのだけど………
「それじゃあ、二人で一緒に行こうなのだ!」
「………もう、しょうがないなぁ、アライさんは」
元気になったアライさんは、結局止まらないみたいだ。
まぁ………どこにいるか分からないアライさんを見つけに奔走するよりは、一緒に歩いた方が大分、気が楽だ。
私は、またアライさんと一緒に歩き始めた。
私は油断していた。
―――二人が歩き続けて、しばらく過ぎた後の話。
「うーん、大分、歩いたのだ。まだ帽子泥棒は来ないのだ~?」
「図書館が近いねー。そこに行って聞いたりしてみるー?」
「! そうなのだっ!図書館に行ってみるのだ!!」
「そうだねー。図書館に………」
「ッ!!?」
フェネックと話していたアライグマが、突然振り返った。
どうしたのー、と聞きながら、フェネックが後ろを振り返ると………
そこにはセルリアンが居た。
「セルリアン………!!!フェネック、逃げるのだっ!!」
「………あ、あー、うん、逃げないとねー」
フェネックはアライグマに手を引かれつつ、セルリアンから逃げ出した。
「フェネック!
セルリアンがいるなら、いつものように教えて欲しかったのだ~。
まだ怒ってるのだ?」
「う、ううん………ごめん、気づかなかった………」
―――フェネックは耳が良い。
自らの周囲ならば、どこに何があるかはある程度把握できる。
それはアライさんのいる場所を察知するのに使うほか、セルリアンのような危険を避けるためにも使っていた。
セルリアンは危険な生物だが、気配が明らかに他のフレンズと違うため、存在を感じ取るのはかなり容易な生物だ。
だからフェネックは、アライグマと一緒に居る時は、いつもセルリアンのいない道を選んで進むようにしていた為、
今まで殆ど戦いは起こらなかった。
………そのセルリアンに、至近距離まで来られて、気づかなかった?
フェネックは嫌な予感がした。
「!!!」
更なる衝撃が二人を襲う。
逃げた先にも、セルリアンが居た。
どうやら二人は、セルリアンが群れているエリアに、迷い込んでしまったらしい。
「………!
こ、こんなにセルリアンが………!!!
ど~して気づかなかったのだ~~~!!!」
「……… ………ごめん………」
フェネックは頭を抱えた。
―――最悪だ。
せっかく、二人で一緒に行動していたというのに、アライさんと危地に入ってしまうなんて―――!
「や、やって来るのだ~!
………うぅ、怖いけど、野生開放するのだっ!!!」
そう言うと、アライグマの眼がそれまでとは異なる色に光った。
かと思うと、アライグマは勢い良くジャンプして、一番近くに来ていたセルリアンの頭にある石を、思いっきり叩いた。
「!!!」
ぱっかーん、とセルリアンは飛散する。一撃だった。
………こういう時、フェネックは強くて頼れるアライグマに見惚れたりする。
いつもはフェネックがセルリアンを避けて進むから、滅多に見ないのだけど………
「フェネック!危ないのだっ!!」
「!!!」
いつの間にかフェネックの真後ろにセルリアンが居た。
アライグマはフェネックを飛び越え、そのセルリアンも同様に石を叩いて撃破する。
「………あ、ありがとー」
「ふっふーん!アライさんは強いから、とーぜんなのだ!」
「………」
何も考えずに放ったと思われるアライグマの言葉が、今のフェネックには刺さった。
―――今も、セルリアンとの距離を測れていなかった。
耳が、うまく機能していない?
………いつもと違う感覚に、フェネックは、久しく忘れていた『恐怖』を覚えた。
こんなところで、震えていては、いけないはずなのに。
そう思っても、全身の震えが止まらない。
「………でも、こんなにいると、全部倒すのは………
うー、どうしようなのだ。
フェネック、何か良い案はないのだ~?」
「………」
―――そうだ。
アライさんも強いとはいえ、恐怖を感じているのは、私と同じ。
私が考えなくては。アライさんは考えるのが苦手だから。
耳が使えなくても、考える事くらいはできる。
こういう時こそ、私がアライさんを助ける時なんだ。
そう思い、フェネックは考えを巡らせた。
「………あっちかなー。
あっちの方が、セルリアンのまとまりが少ないように見えるよー。
全てを撃破するのは難しそうだからー、アライさんがあっちの方面にー、
セルリアンを倒しながらー、突破口を開いていくのが、いいんじゃないかなー」
「! 名案なのだ!!
やっぱり、フェネックは頼りになるのだ!」
「まぁねー、考えるのは私の役目だしー」
「よーっし………!私が、セルリアンを倒しながら、向こうに移動するのだ!
フェネックはその後に続くのだーっ!!」
そう言うと、アライグマは勢いよく前進した。
フェネックはいつもの追いかけっこの要領で、アライグマの方へ―――
「頼むよー、アライさー………
っっ!!?」
突然、フェネックは地面にある石に躓いて転んだ。
「………ってて、珍しく、私がやってしまったねえ………
私としたことがー……… ………」
フェネックは立ち上がり、野生開放しながらセルリアンを次々と撃破するアライグマの方へと、走り出す。
しかし、足がうまく動かない。
走り方が思い出せない。
全身が熱くなってくる。
「あ………れ………?なんで、かなー? んん、私………」
フェネックは、堪らず地面に膝を突く。
懸命に、立ち上がりはするけれど、うまく身体が動かないのだ。
いつものように、アライグマを追いかけないと。
追いかけて、追いかけて、追いつかないと―――――
「………あー、ちょっと、本当にやってしまったかもねー」
フェネックの視界が揺らぐ。
その日の彼女は、身体の調子がおかしい事に気づくのが、遅すぎた。
アライさんの事ばかり考えていたからかもしれない。
「………」
元々フェネックは卓越した運動能力を持たない。
ここに来る前から、アライグマを追いかけ続けて。
走っていたフェネックの身体には、限界が来ていた。
その事に気付き、彼女の顔がどんどんと青ざめていく。
―――無意識に木陰で休む事を選んだときから、気づくべきだった。
結局、また帽子泥棒を追いかけたアライさんを、回復しきっていない体調で追いかけて。
休んだのといえば、途中、穴を掘ってそこで寝ていた時程度………
そして、その睡眠も、すぐに嫌な夢で覚め、アライさんを見つけにまた私は起きて走って………
「………ちょっと………これはまずかったねー………
アライさんの事、もう咎められないや………」
―――いつもなら確実に気づく距離でも、アライさんの気配を感じ取れなかった。
セルリアンの気配も、感じられなかった。
疲れきって、全身が上手く働いていなかった。
よりによって、セルリアンの住処で、疲弊が限界に達するなんて。
―――思えば、さっきのもかなりの悪手だった。
アライさんは、私の作戦を信頼して、野生開放しながら前進し続けている。
『突破口を作る』なんて役割を任せられたら、アライさんの事だからいつも以上に張り切って前進するに決まっている。
只でさえ私は、アライさんに追いつける足の速さを持っていないし、
アライさんの方も、戦いながら私の事を考えられる程のフレンズではないのは、私が一番よく知っている。
………でもそれは、私の事を、きっと信頼しているからだ。
それなのに私は、信頼を裏切るような事を―――
「………ダメでしょ、私、
こういう時こそ、アライさんに、追いつかなく、っちゃ………」
しかし、足がもつれる。
フェネックは、フレンズになってからここまで疲弊した状態になった事が無かった。
動物の頃とは違うタイプの疲弊に、彼女自身がついていけていなかった。
「………!!!」
フェネックがもたもたしているその時、
真後ろから、強烈なセルリアンの気配を感じた。
疲弊しきった彼女にも、はっきりと感じられるほどの、気配。
「………っ、いやー………
………これはちょっと、やってしまったどころじゃ………」
彼女が振り返るとそこには、自分の体格の何倍もの大きさを持つセルリアンが、一つの眼でフェネックを捉えていた。
「………はは。 最期まで、私、追いつけないのか、な………」
―――過去の光景がフラッシュバックする。
私は今、『捕食』されようとしている。
私は瞬時に死の恐怖を感じたが、走り出せなかった。
昔とは違う目線。昔より遅くなった移動速度。
ああ、私は、『フレンズ』なのだと―――嫌でも、そう実感する。
思えば、あの時の私も疲れていて、全力で走れなかった。
必死で逃げようとするも、あっさりと、私は敵に追いつかれる。
セルリアンは、よく分からない鳴き声のようなものを上げる。
その腕のような何かで、私を捕らえようとする。
その瞬間、私はハイエナの開けた大口を思い出して―――
死を覚悟し、目を背けた先には、アライさんが戦っている姿があった。
私よりずっと遠くで。
私以上に奔走して、体力を使い続けているだろうに、アライさんの動きは全然鈍らなかった。
その姿を私は、そんな事考えている場合じゃないのに、とても格好良く、思った。
アライさんは、いつでも真っ直ぐで、自分の思うように行動できて、そして………強い。
―――私は、そんなアライさんを友達に持てたのが嬉しくて、なんとかアライさんに近づこうとした。
―――突っ走って迷子になった時なんかは、私が居ないと不安になるようだけど、
本当のところ、私はアライさんには追いつけない。
―――いつも後ろから追いかけて。 追いついたと思ったら、またすぐにどこかに行ってしまう。
「………追いつくんだ………」
―――昔とは違う。
もう、サンドスターは無い。
もう、私に奇跡は起こらない。
………だけど、フレンズがいる。
「追いつくんだ………追いつくんだ………っ!!!」
―――アライさんの背中を見て、私の中の何かが『解放』された。
「――――――――――!!!!!」
次の瞬間、フェネックの身体が、信じられない程の速度で動き、
セルリアンの回した腕のようなものを、当たる寸前で回避した。
「………っ!?」
フェネック自身にも、何が起こったのか分からなかった。
完全に無意識で、セルリアンの攻撃を、避けた。
「………これが、野生開放………!」
―――全身の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。
初めてのことに戸惑いつつも、どうやら最悪の展開は免れたようだ。
周囲を見渡す。アライさんの姿は既に見えなくなっていた。
「………アライさーん。今、追いつくよー………!」
逃げ切れるかもしれない。
フェネックはそんな望みを胸に抱き、大型セルリアンを背に走り出した。
「………っ、はぁ、はぁ………っ!!」
しかし、疲弊までは誤魔化せなかった。
野生開放というのは、一時的に身体能力をブーストさせるようなもので、そう長くは、続かないのかもしれない。
そう考えたフェネックは、じきにアライグマの方向へ行くのをやめて、立ち止まった。
「………追いつけないなら。気付いてもらうしかない。
アライさーん。信じてるよ………!」
フェネックはその場所に、穴を掘った。
野生開放の力か、驚くほどのスピードで穴を掘れる。
しかし、セルリアンは身体の形状を変え、その穴に侵入してきた。
「ひえー、まだ追いかけてくるのかー。
………これは、うまくいくか、分からないなー………やるしか、ないかー」
ただ、フェネックは穴を掘り続けた。体力が切れるまで。
「………っ!!!」
突然、フェネックの手が止まった。
慣れない野生開放を使ったのだ。
その効果も短く、恐らく、身体のブーストが切れてしまったのだろう。
セルリアンが近づいてくる。
その身体が、フェネックを飲み込もうとする。
「……… ………大丈夫。
私には、フレンズがいる………」
そう呟いた、直後。
フェネックの身体は、セルリアンに飲み込まれた。
――――――――――
『ご、ごめんなのだ!フェネックの事、見捨てるつもりはなくて………』
『!!!
びっくりしたのだ~………私、フェネックに嫌われたのかもって………』
『フェネック………!ありがとうなのだ!!!
私、これからはフェネックの事、前より気を付けるようにするのだ!!』
『フェネック………』
――――――――――
フェネック!
フェネック!フェネック―――――っっっ!!!!!!
「………」
「うぅ、フェネック、フェネックううぅ………!
目を、覚まして、欲しいのだ………
イヤなのだ………!フェネックとお別れなんて、嫌なのだあぁっ………!!!」
アライさんの声が聞こえる。酷く泣いているようだ。
「………」
「も、もう、フェネック、置いてかないから………
一人で先走ったりしないから、ずっと一緒にいるから………
だからっ………!お願いだから、目を覚まして欲しいのだあっ………!!!」
ひどく悲しんでいるように見える。一体、何をそんなに………
「………」
「うっ、ぐす………!
フェネックっ………!! うわああああぁぁぁ~~~ん!!!!!」
………ああ、私、助かったのか。
「はいよー」
「えっ………?」
突然私が身を起こすと、アライさんが一瞬にして硬直した。
………本当に、ころころ表情が変わるんだから。
「………やー、うまくいったみたいで、良かったよー。
ごめんねーアライさーん。心配かけちゃったみたいで」
「ふぇ、フェネック………?私の事、覚えているのだ?」
「忘れないよー。アライさんのために、方角まで覚えたんだからさー。私」
「ふぇ………!!!」
アライさんは、泣きながら思いっきり抱き着いてきた。
「フェネック~~~~~!!!よがっだっ、よがっだのだあぁぁ!!!」
「はははー、よかったーよかったー」
「~~~~~!!!!」
「よーしよーしー」
泣きながら、アライさんはもはや何と言っているのかわからない。
そんなアライさんの頭を優しく撫でつつ、もう少しだけ倒れてても、良かったかな?
なんて、私は意地悪な事を考えてしまう。
「ご、ごめんなさいなのだ………
私、フェネックの事を考えもせずに、また一人で突っ走って、
気付いたら、フェネックがっ、いなくて、私、急いで戻ったのだ………」
「あははー、今回に関しては、謝るのはこっちの方だよー。
アライさんが突っ走る性格なのすら忘れて、あんな作戦を考えちゃったんだからねー。
自分が疲れてる事にも気づかなかったし、本当にやってしまったよー。
………まぁ、戦ってるアライさんを見たおかげで、私も野生開放が出来たから、結果オーライってとこなのかなー」
「うぅっ………フェネックが、そんなに疲れている事にも気づかずに………
フェネックの記憶がなくなったら、どうしようかと思っていたのだ~~~!!!」
………記憶が、なくなる。
セルリアンに食べられたフレンズは、そうなる事も多いと聞いた。
だから、私は正直なところ、怖くて仕方が無かった。
でも、こうして記憶を無くさず、またアライさんと会えたのはきっと、生きているうちで三度目の奇跡だ。
「あはは、それに関しては私も賭けだったんだけどねー。
………ありがとー。 予想通り、うまくいったみたいで」
「うまく………いった、のだ?」
「そうだよー。
………野生開放したはいいけど、アライさんに追いつく前に、限界来るかもって思ったから。
咄嗟に穴を掘ったんだー。出来る限り、長い距離の穴を、全力でねー。」
「穴掘りはフェネックの得意技なのだ」
「そうそう。その穴の中で野生開放が切れたら、逃げ場がないからセルリアンには飲み込まれちゃうけど………
穴が掘ってあったら、アライさんでもそこに私がいるって事に気づくでしょー?
それで、アライさんがその穴に入って、セルリアンをぱっかーんして、私ごと取り戻す、と。
そうしてくれればいいなーって思ってたのさー」
「なるほど………!全部、考えてやってたのだ!やっぱり、フェネックはスゴイのだ!!」
「でも、かなりの賭けだったよー。
私を飲み込んだセルリアンが、穴から出てくる方が先だったらアウトだったからねー。
………でも、アライさんが約束通り、戻って私を探しに来てくれたから、間に合ったのさー。
アライさんのおかげだよー、ありがとー」
「~~~!!! フェネック―――!!!!!」
「あはは、ありがとねー」
「ふぇ、フェネックこそ、ありがとうなのだ………っ!
アライさんの事、信じてくれて、ありがとうなのだ~~~っっっ!!!」
「お友達だからねー」
………本当は、怖くて仕方がなかった。私は芯が臆病な性格だから。
でも、臆病だったからこそ………アライさんに追いつく前に、アライさんの事を信じて、より確実な手段をとれた。
セルリアンに飲み込まれる時、さほど恐怖を感じなかったのは………アライさんのおかげだった。
「やっぱり、アライさんには追いつけないよー」
「!!!
ご、ごめんなさい!なのだ!!
もう絶対、一人にしたりしないのだーっ………」
「ふふ、そういう事じゃないよー。
………それでいいんだよー。
アライさんは、好きで突っ走る。
私は、アライさんの背中を追いかける………それで」
「い、いいのだ?」
「うん。………まぁ、今は、ちょっと疲れてるけど」
「私が、フェネックをおんぶしていくのだ!
二人で一緒に、図書館まで行こうなのだ!!」
「そうだねー。よろしく頼むよー」
アライさんの背中に乗っかりながら見る風景は、いつもより少しだけ違った。
………アライさんのぬくもりが、伝わって来る。
いつもみたいに、アライさんの近くだと、恐怖を忘れられるんだけど………
それだけではない、なんだろう、この、安心感。
もしかしたら………『家族』に、近いのかもしれない。
私は親の記憶がない。
でも、アライさんの背中には、なんだか、すごく懐かしいあたたかさがあって、
私は………それに安心して、目を瞑った。
「フェネック?寝ちゃったのだ?全くもー、しょうがないのだ!フェネックは」
………聞こえてるよ。
――――――――――
「あれっ、あれ………!え、何か書いてあるのだ!?
よく分からないけど、こっちに進めば………
………あれっ、また入口なのだ!
出口はどっちなのだ~~~!フェネック―――!!!」
「………しょうがないなー、アライさんは」
「!? 起きてたのだ!!?」
「さっきからずっと起きてるよー。
ちなみに、この道を通らなくても図書館には行けるよー」
「えええーっ!!?
早く教えて欲しかったのだー!!!」
――――――――――
―――図書館に着いて、帽子泥棒らしき人の話を聞いた後、私達は少しゆっくりしていくことにした。
「ソファと呼ばれるものらしいのです。ここで寝ると、疲れが取れるのです」
「疲れが取れるどころか、しばらくは起き上がれなくなってしまうのです。
恐ろしい道具ですが、疲れているなら、どうぞ」
私は図書館の博士と助手が出してくれたソファに寝転がった。
「ふうぅー、ごめんねーアライさーん。」
「いいのだ!フェネックの疲れが取れてから、また、追いかけに行くのだ!
アライさんは心が広いから許してやるのだ!!」
「アライさんはいいのー?」
「アライさんは強いから大丈夫なのだ!心配無用なのだ!!」
「………では、この方が寝ている間、あなたには料理をしてもらいましょうか」
「りょうり???」
「かばんさんの作っていったカレーも無くなったのです。料理を食わせるのです」
「え、ど、どうやって作ればいいんだ~!?フェネックー!!!」
「うるさいなー………休みたいんだけど………」
――――――――――
―――翌朝
「ありがとー、はかせー。おかげですっかり疲れが取れたよー」
「気にしなくて良いのです。疲れたフレンズを癒すのは、島の長として当然なのです」
「結局、料理が食べられなかったのは残念でしたが」
「だ、だって、ほん?ってのを見ても、何もわからなかったのだ!
………あれを見ただけで、りょうりなんてものを作れるかばんさんは、きっと聡明に違いないのだ!」
「そうだろうねー」
「では、気を付けて行くのです。」
「セルリアンのいない道を教えましょうか」
「私の耳で分かるから大丈夫だよー。ありがとー」
………図書館を離れ、私達は再び、帽子泥棒を目指して歩き出した。
「うーっ、今頃帽子泥棒はどこに行ったのだ………」
「いやー、私が休まなければねー、もう少し追い詰められたのかもだけどー」
「大丈夫なのだ!
………帽子泥棒はいつでも追い詰められるけど、フェネックが食べられてしまったら、もう戻って来れないのだ………」
「アライさん………」
「あっ!フレンズ発見!あそこのフレンズにも、聞いてくるのだ!!」
「あ、ちょっと……… ………ほんとーに、反省してるのかなー?」
「聞いたのだ! 帽子泥棒は向こうに向かったのだ!!」
「はいよー。」
「………」
「どうしたのー?アライさーん、いつもならここで突っ走るじゃない」
「で、でも、フェネックがいなくなったら………」
「………ぷっ!」
いつもと全然違う、不安げな表情で私を見るアライさんに、思わず吹き出してしまった。
「あははっ、アライさーん、私より臆病になってなーい?」
「そ、そんな事ないのだっ!アライさんは強いのだ!」
「だいじょーぶさー。
今度からは私もー、何かあったらアライさんに言うからー。
それに、今は体調万全だからー、それなりに走れるよー」
「ほ、ホントーなのだ?」
「本当さー。………それに………」
―――アライさんにはいつまでも追いつけない方が、私らしいのかな、なんて。思ってたりもするから、ね。
「それに、なんなのだ?」
「なんなのか知りたかったら、かけっこで勝負しない?」
「おっ?フェネックが私にかけっこを挑むなんて、珍しいのだ!」
「いやー、ちょっと、走ってみたくなってねー。明後日の方向に」
「アライさんの真似かーっ!? そう簡単にフェネックには追いつかせないのだ!」
「ふふん、果たしてどーかなー?」
「そういう事なら、受けて立つのだっ!行くのだ!フェネックー!!」
「はいよー。よーい、スタートー!」
――――――――――
「フェネック~~~!!!どこに行ったのだ~~~!?!?」
でも、迷子になって泣き出すアライさんを、茂みから眺めたりと、
なんだかんだ私も、追いつけないなりに楽しんでたりするのでした。
「まー、たまには、私も勝たせてもらわないとねー。
………帽子泥棒さんも、頑張って逃げるんだよー」
楽しいフレンズとの旅を、より長く続けるためにね。
おわり
・蛇足
アライグマについて調べていたところ、戦闘能力は高いと聞いて、
「戦闘ではアライさんに勝てない事を引け目に思っているフェネック」っていうのにメチャクチャ萌えたので書きました。
フェネックは一枚上手なキャラで描かれるタイプが圧倒的に多いけど
素直な気持ちでアライさんを尊敬もしているといいなぁ、と思ったのでした。
もっとみんなの脳内のジャパリパークが見たいなー!けもフレss増やそー!
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