巫女「……」

受験生「うっ……」

受験生（どうする……逃げるべきか……？　いや、けど……足が動かない……なんでだろう……）

巫女「よいしょ」

受験生（狛犬から降りたぞ……なにを……するつもりだ……）

巫女「……」ﾃﾃﾃｯ

受験生（近づいてくる……！！）

巫女「……」

受験生「あ、あの……？」

巫女「あの、私、あの、アルバイトで……その……ここで……はたらいてまして……」

受験生「あ、はい」

巫女「きょうは、神主様もおられなくて、わたしひとりだけでして……」

受験生「は、はぁ」

巫女「だから、その……つい、魔が差してしまったというか……その、えと、むかしからまたがってみたいなと、えと、あこがれが、ありまして……若気の至り的なことであってですね……えへへ……」

受験生（俺に言い訳されても困るんだけどなぁ）

巫女「あの、あの、あの」

受験生「は、はい」

巫女「きょ、今日は何用で……こ、こられたのでしょうか……」

受験生「合格祈願をしにきたのですけど」

巫女「お、おぉ！！　ここ、この神社の得意分野です！　あの、あそこでお参りをしていってください！！」

受験生「ええ、はい」

巫女「あの、お賽銭は私が出しますので！！」

受験生「いや、自分で出しますよ」

巫女「いえ！！　私が！！　私が出します！！」

受験生「自分で出さないと受からない気がしますし」

巫女「そう仰らずに！！」

受験生「結構ですってば」

巫女「あ、あ、それなら！　おみくじ！　おみくじもどうですか！？　あの、大吉が出るまで無料でひいていってください！！」

受験生「おみくじの意味がなくなってますよ」

巫女「そ、そうだぁ！　絵馬！　絵馬はどうですか！？　貴方の合格を祈願して100枚ほど書かせてください！！　それでいいですか！？」

受験生「それでいいって、よくないでしょう。絵馬だって一枚で十分ですから」

巫女「これいじょうなにがいいんですか！！　わたしにできることなんてそれぐらいしかないんですけど！！」

受験生「はい？」

巫女「おねがいしますぅ……だまっていてくださいぃ……おみくじ年中フリーパスでいいですからぁ……」

受験生「あぁ……。さっきのことですか」

巫女「神主様にバレたら、クビになる……ぜったいになるぅ……」

受験生「あの。まず俺を買収しようとせずに、謝ったほうが良いと思いますけど。バイトっていっても神に仕える人でしょう？」

巫女「謝るって……」

受験生「あの狛犬に」

巫女「そうですね……」

巫女「ごめんね、ポチ。あなたのこと侮辱しているわけじゃないの。ホントだよ」

受験生（根は良い人なのかもしれない）

巫女「これで、今見た光景を墓までもって行ってくれますか？」

受験生「まぁ……はい……」

巫女「……」

受験生（さて、お参りしていかなきゃ）

巫女「あの！！」

受験生「なんですか？」

巫女「私もご一緒します」

受験生「は？」

巫女「一緒に、合格を祈願します！！」

受験生「そこまでしなくても」

巫女「させて！！」

受験生「えぇ……」

巫女「おねがいぃ……」

受験生「あの、黙ってますよ。誰にも言いませんから」

巫女「ち、ちがいます！！　そういうことじゃありません！！」

巫女「ここは学業成就に縁深き神社。神様に近しい存在である私が一緒に願えば、貴方は合格したも同然です。だから、一緒に祈願します！！」

受験生「……罰が当たりそうなんで、結構です」

巫女「ぐっ……！！　反論できない……！！　こんな……こんなはずじゃあ……」

受験生「気持ちだけで十分です」

巫女「わかりました！！　では、こうしましょう！！」

受験生（普通にお参りさせてくれないかな）

巫女「私個人の願いということにします。一緒に祈願しなくても、貴方の次に願い事をすればいいだけの話ですよね？　ね？」

受験生「同意を求められても」

巫女「私が勝手に祈願したことです！！　貴方につべこべ言われる筋合いはありません！！」

巫女「だから、祈願させてくださいぃ……おねがいしますぅ……後生ですからぁ……」

受験生「ああ、はい。なら、俺のあとで好きなだけ祈願してください」

巫女「おぉぉ……！　私、がんばります！！」

受験生「はぁ……」

受験生「さてと」

受験生（五円を……）

巫女「すとーっぷ！！」

受験生「な、なんですか？」

巫女「手は洗いました？　手を洗ったほうがいいって前に聞いたことがあります！　はい！」

受験生「洗ってないですね」

巫女「それはいけません！！　叶う願いも叶わなくなっちゃいますよ！！」

受験生「そ、そうなんですか」

巫女「ほら、手を洗いましょう！　こっちです！」ｸﾞｲｯ

受験生「ちょっと」

受験生（強引だなぁ）

巫女「ここでぇす。ここがお手洗い場ですよぉ」

受験生「はぁ」

受験生（手水舎とは言わないんだ）

巫女「やっぱり、神様に願い事をするときは手を洗わないといけない気がします」

巫女「さ、手を出してください」

受験生「あ、はい」

巫女「えーい」ﾊﾟｼｬ

受験生「つめた！？　あの、確か、作法があったような気がするんですけど」

巫女「そうなんですか？　いや、神主様に聞いたことがある気がします……なんだっけ……そういえば水を飲んでいたような……うーん……？」

受験生（左手から洗うとかだった気がするな）

巫女「あー！！　思い出したぁ！！」

受験生「どっちの手からですか？」

巫女「鳥居をくぐるときに一礼をしなきゃいけないんですけど」

受験生「え？」

巫女「しましたか？」

受験生「いえ……」

巫女「それはいけません！！　まずは、入口からやり直しましょう！！」

受験生「そこからですか」

巫女「当然です。神様は貴方の行いの一つ一つを見ていますよ。無礼なことをしては願いも叶えてくれませんから」

受験生「説得力ありますね」

巫女「えへへ。一応、巫女なんです」

受験生（この人、ダメだ。いつかとんでもない罰が当たる気がする）

巫女「さ、鳥居まで行きましょう」

受験生「わかりました」

巫女「では、一礼」

受験生「……」ﾍﾟｺｯ

巫女「はいっ。これで神様へのご挨拶が済みました。では、手洗い場へ行きましょう」

受験生「え、ええ」

受験生（ここまで尽くしてくれるのはいいけど、狛犬に跨ってたことを別に喋る気はないんだけどなぁ）

巫女「ふんふふーん」

ブチッ

巫女「きゃぁ！？」

受験生「だ、大丈夫ですか！？」

巫女「あー、びっくりしたぁ。草履の紐が切れちゃいました」

受験生「な……」

巫女「あー、これはもう履けませんね。履き替えてきますので、ちょっと待っていてください」

受験生「は、はぁ」

巫女「いたっ！　足袋だけじゃ砂利が足に食い込んじゃう！」

受験生（不吉だ……）

巫女「お待たせしましたー」ﾃﾃﾃｯ

受験生「あまり走らない方が」

ブチッ

巫女「きゃぁ！？」ｽﾞｻｧｧ

受験生「えぇぇ！？」

巫女「いたた……。うそぉ……また草履の紐が切れちゃった……」

受験生（神様が怒ってる……？）

巫女「まぁ、かなり前からある予備のやつだし、紐が悪くなってたのかも」

受験生（この人、割とポジティブだな）

巫女「もう一度履き替えてきますね」

受験生「あの、草履はやめたほうがいいんじゃないですか」

巫女「でも、巫女装束というものがありますので」

受験生「とりあえず今は安全なスニーカーとかにしておいたほうがいいと思いますけど」

巫女「えー、罰とか当たらないですかね？」

受験生（気にしてももう遅いと思います）

巫女「とりあえず履き替えてきました」

受験生「それなら安心ですね」

巫女「神主様に見つかったら、きっと怒られちゃいますけどね。そのときは、弁護してくださいね」

受験生「神主さんが戻ってくるまで居ないといけないんですか」

巫女「もうすぐ帰ってくると思いますので」

受験生（勉強しなきゃいけないんだけどなぁ）

巫女「それまでの間、お参りして時間を潰しましょう」

受験生（また罰が当たりそうな発言だけど、大丈夫なんだろうか）

巫女「ではでは、手洗い場に行きましょう」

受験生「もう洗ったからいいんじゃないですか」

巫女「ダメです。神様にお願いするための正しい順序なのですから」

受験生「もうメチャクチャになってると思うんですが」

巫女「いえいえ。まだ間に合います」

受験生「手遅れじゃないかな……」

巫女「ほら、手を出してください。水、かけますよー」

受験生「自分で洗ったほうがご利益がありそうですけど」

巫女「手を綺麗にするのが目的ですから、これでもいいと思います。そーれっ」ﾊﾟｼｬｧ

受験生（どうか、僕にだけは罰が当たりませんように）

巫女「さぁ、綺麗になったところでお賽銭箱の前まで一気に行きましょう」

受験生「はい」

巫女「これ、どうぞ。お納めください。ご縁が10倍ありますようにという願いをこめて、50円です」

受験生「だからいいですって」

巫女「気持ち、ほんの気持ちなので！」

受験生「自分のじゃないと意味ないですから」

巫女「そうですかぁ……？」

受験生「貴方が神様の立場なら、他人のお金を供えてくる人間のことをどう思いますか？」

巫女「もらったお金なら他人ではなく、その人間に収入になっていると思います」

受験生「あぁ、そうか。いや、ここでもらったらダメでしょう。神様の目の前ですよ」

巫女「貴方が出そうとした5円だって、お母さんかお父さんからもらったお小遣いじゃないんですか？」ﾄﾞﾔｯ

受験生「……バイトで稼いだ金です」

巫女「……」

受験生「親には多額の学費を払ってもらっていますし、自分の小遣いは自分で稼ぐって決めたんです。高校一年のときに」

巫女「……すみません」

受験生「あ、こちらこそ……」

巫女「すごいですね……バイトしながら勉強もしているんですか……」

受験生「べ、別に。他にも俺みたいな奴はいますから」

巫女「立派ですねぇ。私なんて、バイトしてたら全然学校行けなくなっちゃって、中退しちゃったんですよね。えへへ」

受験生（笑いごとじゃないのでは）

巫女「やっぱり、高校ぐらいはちゃんと卒業しておかないとヤバいですか？」

受験生「ま、まぁ……たぶん……」

巫女「ですよねぇ……。はぁ……将来、どうなるんだろう……私……」

受験生「高卒認定試験を受ければいいんじゃないですか」

巫女「なんですかそれ？」

受験生「高等学校を卒業した人と同等以上の学力があるかどうかを認定するための試験ですよ。それをもらえたら高卒と同じ扱いになるんです」

巫女「マジで！？　私も中卒じゃなくなるの！？」

受験生「ええ。大学受験も受けられるようになりますよ」

巫女「すっごい！　それなら就職の幅が広がるじゃないですかぁ」

受験生「ここは学業成就のご利益がある神社なんですし、丁度いいんじゃないですか」

巫女「確かに……。よし！　私もお願いしてみます！」

受験生「がんばってください」

巫女「まずは鳥居のところから一礼しないと」ﾃﾃﾃｯ

受験生「……」

受験生（悪い人ではないんだな。さ、今度こそお参りしなきゃ）

受験生「……」ﾁｬﾘﾝ

受験生「……」ｶﾗﾝｶﾗﾝ

受験生「……」ﾊﾟﾝｯﾊﾟﾝｯ

受験生（どうか、志望校に合格できますように。お願いします）

受験生「よしっ」

巫女「手を洗わないと！　む……。あのー！！　ちょっと柄杓で水をかけてくれませんかー！？」

受験生（両手を一度に洗わなくても……）

受験生「はい」ﾊﾟｼｬｧ

巫女「つめたっ！」

受験生「これでいいですか」

巫女「はいっ。では、私も祈願してきます！」

受験生「どうぞ」

巫女「ここは50円を……」ﾁｬﾘﾝ

巫女「おりゃー！！」ｶﾞﾗﾝｶﾞﾗﾝｶﾞﾗﾝ!!!!

受験生（帰ろうか。神様に頼るだけで合格できるほど、甘くないんだし）

ゴンッ！！！

受験生「なんだ？」

巫女「おぉぉぉ……！」ﾌﾟﾙﾌﾟﾙ

受験生「大丈夫ですか！？」

巫女「すず……おっきいすずが……いきなりあたまに……おちてきたぁ……いたいぃ……」

受験生（やっぱり、神様が怒ってるんじゃあ……）

巫女「強く紐振りすぎたかなぁ……？」

受験生（紐が千切れてるな。劣化で千切れたと考えるべきか、それとも……）

巫女「まぁ、鈴はならせたし、いいですよね？　ね？」

受験生「同意を求められても」

巫女「お願いしましょう」ﾊﾟﾝｯﾊﾟﾝｯ

巫女「……」

巫女「もう50円」ﾁｬﾘﾝ

受験生「二回もお願いするんですか」

巫女「ダメなんですか？」

受験生「いや、普通一回じゃないんですか」

巫女「50円なんですから、もう1プレイぐらいいいはずです」

受験生（ゲームセンターの感覚で神頼みしてるのかな）

受験生「でも、鈴がないですよ」

巫女「あ……。んー……。あ、別に鈴が鳴ればいいわけですから、こう持って……」ﾋｮｲ

巫女「おりゃー！！」ｶﾞﾗﾝｶﾞﾗﾝｶﾞﾗﾝ!!!!

受験生（手で振るんだ）

巫女「どうか、高卒程度の学力があると認められますように……」

受験生（なんだか、この人の将来が心配になってくる）

巫女「バッチリです！」

受験生「それはよかったです。では、これで」

巫女「……」ｷﾞｭｯ

受験生「え……」

巫女「おみくじは？」

受験生「いえ、別に……」

巫女「無料で何回でも引いて、いいですよ？」

受験生「もう初詣でひいたので」

巫女「二詣で引いてもいいんじゃないですか！？」

受験生「三社参りとかは聞いたことありますけど、二詣とは言わないと思います」

巫女「三詣でも四詣でも大吉がでれば嬉しいじゃないですか！！　ひいていってください！　おねがいしますからぁ！」

受験生「神主様ってそんなに怖いんですか」

巫女「……うんっ」