マルシル「……楽器かしら、これ」 (12)

ライオス達と訪れたその部屋には、所狭しと不思議な形の木や石や金属の道具が置かれていた。
チルチャックは警戒して近寄ろうとせず、ライオスとセンシは無遠慮にそれらをためつすがめつしている。
私は何となしに机の上に置かれた木製の、綺麗な形をした団扇のようなものを取り上げた。

チルチャック「楽器? こんな曲がりくねった形をしたものが?」

マルシル「私もよく分からないんだけど、何となくそんな感じするの」

センシ「ふむ。楽器か。確かに笛のように見えるものもある」

すぐそばで魔物の鳴き声のようなものが聞こえて飛びすさった。

チルチャック「……ライオスお前」

センシ「なるほど、笛だな」

ライオスが口に金属の蛇のようなものをくわえて子供のように顔をほころばせていた。

マルシル「脅かさないでよ!」

ライオス「いや、つい」

ついじゃないわよ。

ライオス「でもそうか。これが笛だとすると、この部屋にあるものは全部楽器なのか」

ライオスは手に持った笛を置いて、手近にあったアサガオの花に似た楽器を持ち上げた。

ライオス「意外に重い」

またもライオスがそれを口にくわえ、息を吸って吹き込んだ。
思わず耳を塞いでしまったけど、予想に反してアサガオから音は鳴らなかった。

ライオス「……これは壊れてるようだな」

チルチャック「……ちょっと貸してみろよ」

さっきまで楽器に手を触れようとしなかったチルチャックがライオスのそれに手を伸ばした。

チルチャック「む、結構重いな」

小さなチルチャックが持つと余計に大きく見える。

センシ「大丈夫か? 落としたりするんじゃないぞ」

センシが子供を心配する親のような素振りを見せた。

チルチャック「だからそんな歳じゃねえっての」

チルチャックがライオスと同じようにアサガオを構え、息を吹き込む。
すると先ほどライオスが鳴らした音によく似た、それでいて高く軽い音が鳴った。

ライオス「お」

チルチャック「ほら」

得意気にチルチャックがライオスにアサガオを返す。
ライオスがもう一度挑戦するも、やはり音は鳴らなかった。

ライオス「……難しい」

マルシル「わ、私にも貸して」

二人がやっているのを見ると私も挑戦してみたくなる。

ライオス「いや、もう少しだけ」

ライオスがアサガオを持って後ろを向く。

マルシル「いいじゃないのちょっとくらい」

ライオス「せめて音が出るまで」

マルシル「もう!」

ライオスは放っておいて別の楽器を試してみよう。
そう思ってさっき見たあの、綺麗な団扇みたいな楽器を探すと、それはいた。

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マルシル「飛んでる……」

部屋の中をそれは飛んでいた。
飛ぶというよりは浮いてるというか、ふわふわと空中を浮翌遊していた。

チルチャック「げ」

センシ「魔物か」

センシが斧を構える。
私も杖を構えて臨戦態勢を取るが、こんな狭い部屋ではみんなを巻き込んでしまう。

マルシル「ライオス!」

小回りの利く剣を持ったライオスに声をかけたその時、アサガオが魔物に突っ込んでいった。
魔物は衝撃で壁へと叩きつけられて地面へと落ち、金属でできたアサガオは派手な音を立てて床へと転がった。

マルシル「な、何てことするの!」

私まだ吹いてないのに。

ライオス「咄嗟に投げてしまった。ごめん」

ライオスがアサガオを拾い上げて点検するが、どうやら亀裂が入ってしまったらしく、もう使えそうもなかった。

チルチャック「そんな楽器なんてほっといてとっとと出ようぜ」

センシ「待て。まだこの部屋には魔物がいるはずだ」

チルチャック「だから出ようって言ってんだろ」

チルチャックがおぞましいとばかりに部屋を見渡す。
仮に一割が魔物だとすると、大体五、六匹はいることになる。

センシ「貴重な食料だぞ」

センシがライオスに撃ち落とされた魔物を拾ってくる。
よく見ると内臓やら血やらがはみ出ていて、それが楽器などではなく生き物なのだと嫌でも分かってしまう。

マルシル「……じゃあその一匹だけね」

ライオス「それはないだろうマルシル。自分一人だけ食べるつもりか」

マルシル「誰がそんな意地汚いこと言いますか!」

なんならライオス一人で食べたらいい。

センシ「待て待て。これから人数分わしがとってやろう」

センシが斧を構えて部屋を見渡すけど、その親切心はかなり有難迷惑だ。
微妙に痙攣している楽器を見て思う。

チルチャック「……そもそもこいつ食えるのかよ。見た目完全に木だぞ」

チルチャックが指差すそれは確かに木だった。
厚みが数センチほどの木を細長の団扇のようにくり抜いたような、見ようによっては打撃武器にも見える見た目だった。

センシ「わしの見立てではおそらく、魚だな」

マルシル「魚って」

どう見ても植物か、良くて虫とかに近い見た目なんだけど。
浮いてたし。

ライオス「魚かあ。確かにこの細いところとかしっぽに見えなくもない」

ライオスが魚?を持ち上げてしげしげと眺める。
ああいう持ち方をすると魚に見えなくもないのが腹立つ。

ライオス「しかしこれ、仮に楽器だとするとどうやって演奏するんだろうな。吹くところもないし、叩くにしては形が凝ってるし」

チルチャック「多分弦をはじくんだと思うけど。爪とか硬いヘラとかで」

チルチャックが魚?のヒレ?を爪ではじく。
チルチャックのいう弦をはじく楽器は私も見たことあるけど、これはちょっと違うような。

センシ「……あれじゃないのか?」

センシが斧で指し示す先を見ると、先ほどの楽器がまた宙を浮いていて、さらに横に別の何かが浮いていた。
すごく細い弓に似ているけど、あのまっすぐさを見ると用途は弓ではないのが分かる。
揃って浮いているところを見ると、あの二つで一つの楽器なのかもしれない。

ライオス「お」

弓の魚が団扇の魚に近づき、弦にあたるヒレの部分に体をこすりつけ始めた。
包丁を食材に当てるように押しては引いて押しては引いてを繰り返す。
するとそのうちに、馬のいななきによく似た美しい音色が響き始める。

マルシル「い、いい音……」

チルチャック「おお。ああやって音を出すのか」

ライオス「な、なんて面白い生態なんだ。あの音にはどんな意味が」

ライオスが立ち上がって魚に近づくと、途端に地面へと倒れ伏した。

マルシル「ら、ライオスー!」

チルチャック「うわー!」

センシ「ふん!」

センシが演奏をしている魚を斧で叩き落とした。
弓が折れて胴体が割れた魚が地面へと無残に転がった。
演奏を聞いたせいでライオスがああなったのだとしたらこれで治るはずだけど、もう死んでいるんだとしたら手遅れだった。

マルシル「い、生きてるの!? ライオス!?」

ライオスに近寄り体を揺さぶると、ライオスが力なく目を開けた。
良かった。何とか生きてる。

チルチャック「……お前馬鹿にも限度があるぞ」

ライオス「すまない。興奮してしまって」

ふらふらとライオスが体を起こすも、立ち上がることは出来ないようだった。

マルシル「大丈夫? 薬草飲む?」

鞄から気付け薬の元になる薬草を取り出す。
生のままだとキツいけどこの際しょうがない。

ライオス「いや、大丈夫。それよりも二人は平気か?」

ライオスが私達、特にチルチャックを見ながら言う。

チルチャック「……そういえば特になんともないな」

マルシル「私も平気だけど」

センシは大丈夫かと思ってふと見ると、センシが床に倒れていた。

マルシル「イヤー!」

チルチャック「何やってんだよ!」

ライオス「ま、待てチルチャック。近づくのは危険だ」

チルチャック「そんなこと言ったって」

ライオス「マルシル。頼めないか」

マルシル「な、なんで私?」

別にイヤとは言わないけど。

ライオス「センシはおそらく魔物の音で倒れた。耳がいいチルチャックよりはまだマルシルのほうが危険性が低い」

チルチャック「……頑張れマルシル」

マルシル「もー」

宙を漂う魔物の様子を伺いつつ、どうにかセンシの元へと近づく。
白目をむいているセンシを杖でつついて様子を見る。
完全に反応がない。
ライオスと同じなら多分気絶してるだけだと思うけど、センシを引きずって逃げられるほど腕力に自信がない。

マルシル「……えい」

センシの口に薬草を押し込む。
口に入れただけでも猛烈な香りと味がする薬草だから目は覚めるはず。
任務を達成したのでライオス達の元へと戻った。

ライオス「……あれを?」

チルチャック「生で食わせるとか鬼だな」

マルシル「しょうがないでしょ」

口から薬草を生やしたセンシは、しばらくして口から薬草を吐き出して起き上がった。
涙目になっていた。

センシ「げ、げほっ。げっほっ」

激しく咳き込んでいる。
無事蘇生できたようで何よりだった。
センシがこちらをじとっと見てきたので目をそらした。

ライオス「どうやら近づくのは得策じゃないみたいだな。俺がやったように、あの魔物には楽器を投げつけよう」

マルシル「えー」

チルチャック「俺には荷が重いぞ」

ライオス「センシと俺の二人でやる。二人は離れててくれ」

立ち上がったセンシがこちらへとやって来て、手近な金属製の楽器を持ち上げた。
ライオスも続いて別の楽器を手に取る。
楽器を投げつけるだなんてとても野蛮だ。

ライオス「それ!」

センシ「むん!」

ライオスとセンシがそれぞれ宙に浮いた魔物へと楽器を投げつける。
演奏を中断された魚達はあえなく壁へと叩きつけられた。
いい音色だったのに可哀想。

センシ「とりあえず人数分取れたがどうする」

センシが魔物を回収してこちらに見せてくる。
口?から内臓を飛び出させている魔物は見ていて気色悪かった。

マルシル「十分だから早く出ましょう」

チルチャック「うえっ」

しかしそこでライオスが手を挙げた。

ライオス「ちょっと待ってくれないか。できればあの魚達の演奏をもう少し見ていたい」

マルシル「ダメ」

チルチャック「ダメに決まってるだろ」

センシ「早く捌かないと鮮度が落ちる」

ライオスはしょげた。
私達は揃って部屋を出た。

~メロディ・ゴースト(バイオリンフィッシュ)の煮付け~
1.うろこ取り
 しっぽのほうから頭に向けて包丁で撫でるようにうろこを取る。
 ヒレ付近(ペグや駒)はうろこが残りやすいので注意。
 うろこ取りが終わったら包丁と魚を洗う。
2.頭落とし
 エラぶた(あご当て)にそって包丁を入れて背骨と切り離す。
 この時内臓を傷つけないようにすると綺麗に作業ができる。
3.内臓取り
 腹(弦)にそって包丁を入れ肛門(ネック)までゆっくり浅く切れ込みを入れる。
 手で腹を開いて中の内臓を取り出す。
 この時に浮袋を傷つけてしまうと中からヘリウムガスが出るので注意。
 なお泳ぐ際に排出される高濃度のヘリウムガスとは違い、
 魚自身の呼吸用に酸素が混合されているため酸欠の恐れはないが、吸い込むと声が高くなる。
 バイオリンフィッシュは孵化が著しく早いため、オス(弓)と交尾(演奏)をしている際にとらえた場合、
 腹の中に卵から出た稚魚(音符形)を見ることができる。
4.洗う
 内臓を取り出したのち、大量の水で腹の中を洗う。
 胴の内側に張り付いた血合いはブラシ等を使うと綺麗に取れる。
5.煮る
 底の浅い鍋に水と酒を入れ、お好みでオスや稚魚、魚卵を入れてひと煮立ちさせる。
 この際ジンジャーがあると風味が良くなる。酒は多めに。
 十字の切れ込みを入れた魚を鍋に入れ、落し蓋をする。
 味を見ながら砂糖や醤油で味付けをする。
 落し蓋が常に震える程度の火加減を維持しながら十分ほど煮る。
6.完成

エネルギー ☆☆☆☆☆
炭水化物  ☆☆☆
蛋白質   ☆☆☆☆☆
脂質    ☆☆
鉄分    ☆
カルシウム ☆
ビタミン  ☆

バイオリンフィッシュ(メス)―4尾
オス、稚魚、魚卵―――――――お好み
ジンジャー――――――――――お好み
水――――――――――――――100ml
酒――――――――――――――200ml
砂糖―――――――――――――15g
醤油―――――――――――――30ml

少しずれてる……
これでおしまいです

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