※独自設定あり、キャラ崩れ注意
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ビル風が吹く。被っていた帽子が飛んでいきそうだな、と思って押さえるけれど、短めのスカートも危険なのではと思ってしぶしぶ帽子を脱いでスカートを押さえるほうに専念することにした。
悪戯なビル風め。ビルなんて無くなってしまえばいいんだ、なんて。
都会の街並みに毒づく。沢山の人と高層ビルが並ぶ世界。子供の頃はこんな光景はどこか遠い別世界のように思っていた。大きくなり、色々な場所を巡るようになって世界は身近になったけれど。
どこか遠い世界──知らない、未知の世界。そんなものを知りたくて、私は旅をするようになったのかもしれない。
なんて。大袈裟か。
ただ旅行が好きなだけだよね。知らないものを見たい、行ったことのない場所へ行きたい。そんな気持ちは確かにあるし、旅行好きになった理由だけど。
旅、というともっと、こう、一文なしの風来坊、当てどなく家もなく、帰る場所を持たず歩き続ける流浪の人だ。
そんなイメージ。おや可愛くない。
まるっとざっくり、印象を言ってみるならば、旅行は娯楽で、旅は道だ。
似ているようで、ちょっと違う。
ビル風が吹き止んで、脱いでいた帽子を被る。街を歩く人々は忙しそうに、周りなんて見えていないな、と思った。
それからふと、ぼんやりと考えてみた。
明日は。明後日は。一ヶ月後は。来年は。
私はどこにいてるんだろう。知らない世界を探して、こんなところまで来てしまった。今まで知らなかった世界。知ることなんてできないと思っていた世界。
テレビの向こう、キラキラ輝く夢のような、お伽噺のような存在。
──アイドル。
憧れていたわけでもなくて、だからどこか遠い世界でしかないと思っていた場所に、何故だか辿り着いていた。
まだまだ帽子を脱いで顔を街中で出しても気付かれることのない、道の途中にいる発展途上中のアイドルで、辿り着いていたなんて言い方は少し正しくないけれど。
私はアイドルの世界に旅行している。
知らないものを見られる。
新しい何かに触れられる。
未知の経験だらけ。
そんな楽しい世界の、旅行中。
けれど、この旅行はどこまで続けられるんだろう?
旅行って、いつかは終わるもの。
帰らないといけないもん。
私は私があるべき場所に帰らないといけない。実家とか。たぶんどこか。
夢のような場所に来ているから、楽しい。アイドルは凄く楽しい。
どんどん人気になりたい。キラキラしたい。輝く場所へ登りたい。
観光地を巡るように、色々したいって思う。
でも、これは旅行だ。アイドルという世界へ、旅行に来ているだけ。
だから──だから、私は、どこにいてるんだろう、って思った。今はここにいても、明日には帰っているかもしれない。帰らないといけないかもしれない。
私にとって、アイドルは目指していたものじゃない──道じゃない。
ここはただ楽しい場所で。
「あはっ」
なんて。難しく考えてみた。
正確には、難しく考える振りをしてみた。いぇい。騙されたな? 誰を騙したんだろう。自分だったりして。
こんな風に難しく考える振りをするというのも、たまには楽しい。中学生の頃のように、自分や世界に思いを馳せて無駄に壮大に、無駄に現実的に、無駄に抽象的に、悦に浸るのも娯楽だよね。
本音を言おう。アイドルは楽しい。新しいものをいっぱい見られるから。キラキラとワクワクがいっぱいあるから。凄く楽しい。今はまだ、それだけでいい。
この先どうなるか、なんてことを考えるのは後でもいい。
いつかは考えないといけないときが来るのだろうけれど──まあ、それはそのときに考えればいい。
計画性なんて投げ捨てちゃえ。
旅行は、当てもなく思いついたときに思いついたように、その場その場で動くのもまた醍醐味というものなのだから。
──それに。娯楽でしかない、いつかは家に帰るだけの旅行。
そうじゃなくなると思う。
……この旅行は、いつか旅に変わる。
ただ楽しいだけじゃなくて、色々あって、壁にぶつかったり、嫌になったり、投げ出したくなるようなことがある。
それでも、諦めたくない。前を向きたい。進みたい。登りたい。いつか辿り着きたい場所へと行く。そんな道になる。
……なんて、そんな気がしてる。
だって、簡単には辞められない──あんなに楽しいこと、辞められないよね。
「おい、あれって──」
おっと、気付かれてしまったかな。
帽子を深く被り直して、顔を俯ける。
自意識過剰な有名人気取りの気持ちになるですよ、なんちゃって。
けれどそんな行動は少し遅かったらしくて。
「──並木芽衣子じゃないか ?」
私の名前が、街中に響いた。
「え、あれって。マジか?」
「うわマジじゃん。マジパネー。クッソサイカワじゃん」
「帽子が似合うアイドルナンバーワンのめーこちゃんだとぅ!? さ、サイン貰わなきゃかっこ使命感かっことじ」
「ペンも色紙も持ってないぞ」
「プライベートに干渉するのはよくないぞ」
「たまげたなあ……」
どっと押し寄せる人たち。どうやら気付かれてしまう程度には、そしてこうやって人が沢山やってきてくれる程度には私も有名人になっていたらしい。
知らない世界だった──遠い世界だった人たちのように。
私自身もなっていたらしい。
知らない世界を知りたい、未知の経験をしたい。もっともっと色々見たいと旅行好きになった私が、今は多くの人が知らない世界の住人になっていた。
これはつまり、私自身が旅行だと言っても過言ではない。
……いや、過言だね!
などという冗談はともかくとして冗談のように人が押し寄せてきて、うわ都会凄いってなる。こんなに潜んでいたのかってなる。
さっきまで忙しなく忙しそうに周りを見ないで歩いていた人たちだとは思えないほどに、ひとつのものに注目しているのだから、アイドルは凄いなぁ。
偶像、というだけはある。
なんて、的外れなことを考えていたらぐっと手を引かれた。私の前を歩いていた人。
ほうほう積極的だね、なんて冗談めかして言ってみたらバカと怒られた。担当アイドルに向かってバカとは何事だ。
……うん。まあ。
少なくともこの手に引かれているうちは──プロデュースされているうちは。
「この旅行は、終わらないかな」
なんて。何を意味不明なこと言っているんだと言いたそうなプロデューサーの手を見ながら、言ってみた。
おわり
当たり障りもなく山場もなく、落ちもなければ特に意味のない。
中学生の頃は授業中によく意味のないことを無駄に複雑に考えて悦に浸っていたよなということを思い出しました。
なお今も変わらない模様。
めーこはいいぞ
(しまった、スレタイにデレマスSSつけるの忘れてた……一度ミスっての立て直しなのにまたやらかしてしまったぞ)
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