柚「コーヒーは、苦いけど」 (16)

モバマスSS、三作目です。
地の文、短いです。
完結済なのですぐ終わります。

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「ねえねえPサン!」
 喜多見柚がデスク越しに覗き込んでくる。
「ああ、柚か」
 俺はというと、書類仕事に追われていた。ひたすら書類と画面とにらめっこ。
「ごめん、ちょっとあとにしてくれないか。見ての通り、今ものすごく忙しいから」
「はーい……」
 少しむくれながらデスクの前を空ける柚。ああ、そんなダンボールに入った子犬みたいな目で見つめないで。待ってろよ、すぐ片付けるから。

「えいっ」
「ひゃっ!?」
 突然頬に触れた冷たさに驚いて振り向いた先には。
「えへへー♪」
 柚が缶を手に笑っていた。
「Pサン目がすごいことになってるよー?」
「あ、ああ……たしかにかなり目が疲れてるかもな……」
「飲み物くらいなら、いいよね?」
 たしかに何か飲むくらいで少し目を離したほうがいいかもな。
「そうだな……ありがとう」
 そう言った俺の手に置かれたのは、缶コーヒー。それも、ブラックのエスプレッソだ。わかってるじゃないか。

「にしてもPサンってほんとコーヒー好きだよねー」
「まあな。落ち着くし、すっきりする」
「アタシもカフェオレなら好きだけど、ブラックの、それもエスプレッソはさすがにちょっと苦いカナ……」
「まあそのあたりは好みの違いだよ。それに俺だってたまにはキャラメルマキアートとか飲みたくなるし」
 今はブラックの気分だけどな。苦味と香りが強いほうが、しゃきっとするにはもってこいだから。
「アハハッ、甘いの飲んでるPサンとか想像つかないよー」
 そんなに笑うなよ、まったく。俺だって糖分が欲しくなることくらいあるんだから。
「いや、お菓子とかも好きだからね、パフェとかケーキとかもよく食べるよ」

「ええっ!?」
 素っ頓狂なまでの大声だ。まあたしかにこのナリじゃそんなの想像つかないか、というのはわかるけどさあ。
「ええっ、Pサンがパフェとかケーキとか食べてるの全然イメージない!」
「あーもう、そこまで言うなら今度オススメの店連れていくぞ、俺だってちゃんとスイーツとかもわかるってこと証明してやるからなー?」
「え、ホント? やったー!」
 まったく。調子のいいやつめ。
「なんならこの書類片付けたら行こうか? ちょっと小腹も空いてきただろ」
「えっ、いいの!?」
 この仕事が片付く頃には猛烈に糖分を欲してるはずだしな。時間的にもちょうどおやつ時だ。
「ああ。だからこれ片付けるまでちょっと待っててくれ」
「はーい!」

 やっぱり柚にはちょっとはしゃぐような仕事を取ってきたくなるな。これを取ってきたのは間違いじゃなかった。あとでこの話もしようか。

 さあ、これでだいたい終わったな。細かいところはもう明日にしよう。さすがに疲れたわ。
「柚、お待たせ」
「終わった!?」
「ああ。出る準備はできてるか?」
「バッチリだよっ!」
「よし、じゃあ出るか」
 俺の家の近くだし、いっぺん車で帰ってから歩こう。

 ……ということで俺の車に乗ってもらったわけだが。
「おお、これがPサンの車……」
「普通の軽だけどな」
 社用車よりはやっぱりショボい。
「軽ってやっぱり軽いのカナ?」
「そうだな、まあ小さいしそりゃそうか。あまり気にしたことなかったわ」
「そうなんだ、動きやすそう!」
 でも柚が楽しそうだし、気にしなくていいか。
「よーし、れっつごー!」

「よし、ついたぞ。ここだ」
「おー……ホントにPサンってこういうとこも来るんだ……」
「ちょっと早めに帰れた時なんかはだいたい来るぞ。ほとんどの店員さんに顔覚えられてる」
 実際、入ったときは『あ、どうもー』みたいな感じだからな。
「ってことは、『いつもの』って言ったら注文通るの!?」
「うーん、それはやったことないけど、まあいつもブラックで頼んでるから、コーヒーを頼んだら砂糖とミルクとスプーンをつけずに持ってきてくれる、とかならあるかな」
「えー、すごい!」

「で、だ。注文しよう。ここはケーキがうまいんだけど、どうする?」
 メニューとにらめっこ。ケーキもパフェも、色とりどり。
「うーん……どれもおいしそうで迷っちゃうナ……」
「とりあえず、俺のオススメはこれとこれ。上品な甘さが癖になるんだよ」
「じゃあこれにしよっ」

 柚はミルクティーとマーマレードのパウンドケーキ、俺はホットコーヒーと抹茶スフレを頼んだ。注文を聞きにきた店主と適当に言葉を交わしていると。
「ほおー……」
 柚が興味深そうにこっちを見ていた。まあ、そりゃそうか。行った喫茶店の人と仲良くなるなんてさすがに高校生くらいじゃそうあることじゃない。
「Pサン、完全にこの店に馴染んでる……」
「そりゃな。しょっちゅう来るし」

「で、だ。次の仕事についてなんだが」
 届いたメニューをいただきながら、ついさっき片付けた書類の話を切り出した。
「おおっ! 次は何カナ?」
「まずは、『アイドルスポーツ大会』への出演だ」
「え……ええっ!? 何するの?」
「柚、バドミントンやってただろ? 先方から、経験者も欲しい、という依頼で」
「ナルホド……ふふっ」
 驚いた顔から今度は含み笑い。表情が忙しいな。
「ああ。それに、その番宣のために柚がバドミントンをしてるところの写真を撮りたい、とのことだけど、それも大丈夫かな?」
「大丈夫! そこは任せといてっ」
「ははっ、頼もしいな。じゃあまずはそれよろしく。資料は明日また事務所で渡すね」
「はーい!」
 さて、決まってる仕事のことは話した。あとは……

「で、もうひとつ。こっちはまだ企画段階なんだけど」
「ん、なになに?」
「カフェの食べ歩きグルメレポート。メイドやったじゃん? あの時からまた飲食系の仕事やらせたくてな」
「え……マジデスカ」
 固まって乾いた声を出す柚。フリーズドライ柚だ。
「……どうした?」
「ア、アノ、イチゴパスタハデマセンヨネ……?」
 完全に顔がひきつっている。よほど口に合わなかったらしい。
「あっははははは、あれか!! あんなもんそうそう出てたまるかよ!」
「そっか、よかった……」
「まあ、なかなか特殊な味だったよなあれは……」
 あの時はこの世の終わりを見たような顔で出てきたから俺もびっくりしたぞ。

「なあそれはさておき、あの時の仕事見ててな、柚にカフェってなんか似合うなって思って企画を作ってるところなんだ。食べるものは普通のカフェで出されてる美味しいスイーツだから、そこは安心してくれ」
「それならオッケー! じゃあ早速このケーキのレポートしてみようカナ――」

 喜多見柚、十五歳。楽しいことが大好き、パーカーとぱっつん前髪から覗くいたずらっぽい笑顔がトレードマークの、今のりにのっているアイドルだ。

「ぱくっ……うん、美味しい! しつこくない柔らかな甘みに爽やかな香りが口の中でふわっと溶けるような……」
「おお、いい感じじゃないか。そんな感じで色々レポートしてくれれば――」

 そんな柚には、やっぱり楽しんで、ちょっとはしゃげて、たっぷり笑えるような、そんな仕事をもっと持っていきたいな。

以上です。お粗末様でした。

喜多見柚ちゃん、SSR実装おめでとう!!!!
というわけで記念SSでした。

ではでは。

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