さくら十字路
の改題書き直し版
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あらすじ
さくら高校3年D組。高木すみれを中心とした、団結力が武器のクラスは、文化祭に参加することになった。一方、ただ一人クラスの輪から外れている相原孝行は、そもそも文化祭に参加することを知らない。彼らの思いはついに交わることはなく、10月13日の文化祭当日を迎える。
目次
序章 1番乗り場に、高校生の姿はない
第1章 3年D組の辞書に、団結の文字はない
第2章 3年D組の休暇に、友達の文字はない
第3章 3年D組の選挙に、協力の文字はない
第4章 3年D組の名簿に、相原の文字はない
終章 その遺書は、誰にも届かない
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序章 1番乗り場に、高校生の姿はない
【6月11日 月曜日 相原孝行(あいはらたかゆき)】
県立さくら高校は二学期制。ちょうど先週、前期中間試験が終わったところだ。普通は7月にもう一度期末試験があると思うのだが、さくら高校では9月まで試験はない。
栃川(とちかわ)駅西口バスターミナルは、1番から8番まで乗り場がある。3番と6番は降車専用なので、乗り場は実質6か所。
平日の午前8時30分なら、一番混むのは明らかに4番乗り場。栃60系統、さくら高校前経由|立花台(たちばなだい)行きが発車する。
昼間は大したことはないが、朝は高校生が大勢並んでいる。階段の下まで並んでいるので、何人くらいいるのかはわからないが。
先週までのぴりぴりした空気とは違って、試験明け特有の一つ抜けたような空気が漂っている……のだろうか。車道を挟んだ反対側の1番乗り場からでは、その空気はわからない。
あと、そろそろ文化祭の打ち合わせが始まる頃だ。浮かれ気分も漂っているのかな。
俺がいるのは、1番乗り場。
乗る路線は、栃81系統、辻坂(つじさか)駅北口行き。
降りるバス停は、栃川警察署下(とちかわけいさつしょした)。学校まで歩いて10分ほどの距離。
4番乗り場は、絶対に使わない。
【6月11日 月曜日 高木(たかぎ)すみれ】
愛岡(あいおか)から地下鉄に乗って、1つ目の栃川で降りる。階段を上って西口へ。駅ビルを抜けると、バスターミナルへ続く通路がある。
「あっ、香織」
「おはようすみれちゃん」
栃川駅西口バスターミナルの下の通路で、同級生の寺崎香織(てらさきかおり)と待ち合わせ。
今日は8時30分に着いた。間に合うかな?
「それにしても混んでるね」
「そう?もう慣れたけど」
「3年目だもんね」
他愛のない会話をして、時間をつぶす。
やがて、列が動き出した。階段の下からではよく見えないが、どうやらバスが到着したらしい。
「今日は何本目で乗れるかな?」
「3本目くらいじゃない?」
「えー。2本目で乗れないと遅刻しちゃうよー」
「そんなこと言っても乗れませんよー」
階段に差し掛かったあたりで、動きが止まる。
今日はもしかしたら、遅刻を覚悟した方がいいかもしれない。
栃川駅西口の4番乗り場。
他のバスターミナルは知らないけど、このあたりではかなり混んでるほうだと思う。少なくとも、栃川駅西口のターミナルの中では、4番乗り場が一番混んでる。
さくら高校の近くには、電車が全然通っていない。歩いて行こうとすれば、一番近い栃川駅からでも30分はかかる。
だから、さくら高校の生徒は、みんなバスに乗る。JRと地下鉄が通っている栃川駅からバスに乗れば、さくら高校前まで10分。バスを降りて、坂を2分くらい登れば、正門に着く。
よほどの体力バカでない限り、あとよほど家が近くない限り、必ずこのバスに乗る。
だから4番は、こんなに混んでるんだ。さくら高校生なら常識。
まさか、1番乗り場から変な方に行くバスに乗って、栃川警察署下で降りて、上り坂をわざわざ10分歩く、なんてバカはいないよね?
第1章 3年D組の辞書に、団結の文字はない
【6月18日 月曜日 高木すみれ】
栃川駅西口からさくら高校前までは、だいたい10分。バス停の数でいうと6つ。
3つ目の坂下町(さかしたちょう)のあたりで、香織が切り出した。
「そういえば、文化祭の準備そろそろだね」
「あー……そういえば」
「もしかしなくても忘れてた?」
「ごめん」
今思い出した。そういえば私、文化祭の代表生徒だった。
3年D組がクラスの役職を決めたのは、4月9日。
始業式後の|HR(ホームルーム)で、担任の内田(うちだ)先生が「今日中に決める」と宣言した。その後みんなで話し合ったり、投票したり、じゃんけんしたりして、筆頭委員以外はその日のうちに決まった。
そんな中で、「文化祭代表生徒」に決まったのが、この私だったりする。立候補じゃないけど、香織の推薦で候補になり、投票で決まった。正直不本意だけど、決まった以上はちゃんと仕事しないと。
……あれ?
結局、筆頭委員って、誰になったんだっけ。
筆頭委員会は、生徒総会に出す議案を事前に審議する委員会。選管もここから選ばれる。
各クラス1名だから、3年D組からも誰か選ばれてるはずなんだけど……。
【6月18日 月曜日 相原孝行】
さくら高校は、大学に似ているとよく言われる。
2学期制。90分授業。単位制。具体的にはこの3つである。さらに言えば、|SHR(ショートホームルーム)がないのも特徴のひとつ。
月曜日2限が、さくら高校唯一のHR。3年生は総合学習も進路別に行うので、3年D組の30人が一堂に会するのは、この時間帯だけだ。
ちなみに掃除もこのHRの後に行う。
他のクラスはあまり知らないが、3年D組のHRはこんな感じ。
まず、担任の内田先生から連絡。
次に、委員会などから連絡があれば行う。
以上。
あとは掃除の時間まで、仲のいい人と喋ったり、1人でだらだらしたりする。
俺はと言うと、特にすることもないので、自分の席で寝ている。
そういえば、そろそろ文化祭の打ち合わせが始まる頃だと思うんだけど、今日はその話はなかったな……。
【6月18日 月曜日 高木すみれ】
さくら高校は、単位制。だから朝のHRはない。
3年D組のメンバーが全員集合するのは、月曜2限の|LHR(ロングホームルーム)だけ。
まあ、他の授業とかメールとかで連絡すれば、正直集まらなくてもなんとかなるんだけど。
担任の内田先生から連絡。センター試験を受ける予定の人は、説明会があるので12時に第1会議室に集合。井上(いのうえ)さんと福井(ふくい)くんが欠席だったから、あとでメール入れとくね。
選挙管理委員は、12時に第2会議室に集合。確かD組に選管はいなかったはずだから、これは関係ない。
図書委員、菊池(きくち)さんから連絡。7月2日から6日まで、特別整理で休館。先週菊池さんに聞いたから、もう知ってた。
さて、これで連絡は終わり。あとは、文化祭の打ち合わせ。
企画の締め切りは7月20日、夏休み前最終日。その時点で企画の内容と人数、店名、さらには販売をする場合には値段まで決めておかなければならない。
そのためには、この時期から打ち合わせを始める必要がある。他の学校に比べたら早いみたいだけど、さくら高校はHRが少ないから仕方ない。
「香織、何やりたい?」
「うーん……食べ物系やってみたいなー」
「食べ物系?」
「パフェとか、ケーキとか、クレープとか」
「甘いのばっかりだね」
打ち合わせって言っても、D組ならこんな感じで大丈夫。
休み時間とか登下校とかは、大体2~3人のグループで行動する。文化祭はみんな楽しみにしてるはずだから、そのグループの中で、「文化祭何やりたい?」みたいな会話が自然に出てくる。そこである程度話し合ってもらって、後で聞けばOK。
さくら高校は単位制。でも、大学みたいに本格的な単位制ではない。
物理とかリーディングとか体育とか、同じクラスの人と一緒に受ける機会は、意外と多い。
間に2人くらい介せば、全員の希望を聞くことはかなり簡単だったりする。
とりあえず、席の近い千葉(ちば)くんと沼袋(ぬまぶくろ)くんに聞いてみた。2人とも食べ物系だった。
【6月18日 月曜日 相原孝行】
正午。
第2会議室に到着すると、すでに他の委員は全員集合していた。
筆頭委員会は、生徒総会に提出する議案を事前に審議する委員会である。委員は各クラス1名。3年D組からは、この相原孝行が選出されている。
4月16日に行われた第1回筆頭委員会。そこでは通常の議案の審議に加えて、選挙管理委員の選出も行われた。
立候補により選ばれた選挙管理委員は、1年C組の斉藤(さいとう)、2年E組の山下(やました)、同じく2年E組の新城(しんじょう)、それに3年D組の相原。この4人で、夏休み明けの公示から、10月の投開票までを取り仕切ることになる。
……と思っていたのだが、実際は違ったらしい。
全校生徒700人近くの投票用紙を4人で集計するのは大変なので、開票については各クラスの筆頭委員が手伝うことになっていると、顧問の橋本(はしもと)先生から説明があった。
また、投票についても各教室で行い、筆頭委員が会議室に持ってくるそうだ。
詳しい話は投開票日直前の委員会で説明すると伝えられて、今日は解散になった。どうやら今日は、顔合わせと日程の連絡だけだったようだ。
【7月1日 日曜日 高木すみれ】
今日は香織と、栃川で待ち合わせ。
「そういえば、文化祭どんな感じ?」
あれから二週間経った。
3年D組に限らず、単位制のさくら高校では仲のいい人でまとまって行動することが多い。
とはいっても、それ以外の人と全然話さないわけじゃないから、授業の時とかにそれとなく聞いてみた。すると、意外と話し合いが進んでいた。
そして、男子の福井くん達のグループ以外、全員食べ物系だった。
「へー……どうやって調べたの?」
「だから授業の時とかに聞いたって言ったじゃん」
「すみれちゃんコミュ障なのに聞けるわけないじゃん」
「コミュ障って言うな!……確かに香織以外知り合いいないけど」
「ほらコミュ障じゃん」
香織、そんな簡単にコミュ障って言っちゃダメだと思うよ。本当のコミュ障の人に失礼だと思う。
というか、その程度でコミュ障だったら、井上さんはどうなるんだろう?
井上さんというのは、3年D組の女子。いつも端のほうで寝てる。正直に言って、井上さんが他の人と喋ってるのを見たことがない。
しかし香織は違ったようで、
「前田(まえだ)さんがいるじゃん」
「前田さん?」
「あの子前田さんと仲いいみたいだよ」
「本当?」
「うん。あとC組の柏木(かしわぎ)さんも」
そっか。井上さんでも仲いい人いるんだ。
いつも端のほうで寝てるから、友達いないんだと思ってた。
そういえば、D組にはもう1人、孤立してそうな人がいる。
「相原くんは?」
「さあ。他のクラスにいるんじゃない?」
……そうだよね。だってD組だもん。
団結力が武器の3年D組。孤立してる生徒なんか、いるわけないもんね。
【7月2日 月曜日 相原孝行】
2限目はいつものようにHR。
まず担任から連絡。センター試験の申し込みを20日に受け付ける。受け付けは1日だけなので、受験する人は忘れないように。
保健委員は12時半に第1会議室に集合。
委員会からの連絡は今日はなし。
いつもならここで終わりなのだが、今日は違った。
文化祭代表生徒の高木が、何やら動き出した。
「えっと、文化祭で何やるかのアンケートを取りたいと思います」
そう言うと高木は、何やらメモ用紙のようなものを配り始めた。
相原孝行、出席番号は万年1番。座席はもちろん左端先頭。用紙を1枚取って、後ろの井上に渡す。
視線を前に戻すと、高木が黒板に何か書いていた。
1 フランクフルト
2 たこ焼き
3 クレープ
4 焼きそば
「えっと、福井くんのグループ以外全員食べ物系なので、食べ物系で行きたいと思います。この中からやりたいもの1つ選んでください」
3年D組の辞書に、団結の文字はない。
ホームルームは担任の連絡と委員会からの連絡で終わり。あとは各自適当に喋ったり寝たり。勉強する人もいる。
そんなD組で、文化祭の話し合いをするのは今日が初めて。
そのはずなのに、既に選択肢が4つに絞られている。これはどういうことだろう。
俺の記憶では、みんなでメールアドレスや電話番号やLINEのアカウントを交換した覚えはない。
また、時間割がバラバラなので、HR以外で生徒が集まる時間も場所もない。
高木が勝手に決めたという説も考えたが、それもすぐに否定できた。
さっき高木は、「福井くんのグループ以外全員食べ物系」と言った。福井のグループが誰なのかは分からないが、「全員」ということは、3年D組の全生徒に、聞き込みか何かで希望を聞いたということだ。
聞き込みをした、3年D組の全生徒。
少なくとも俺は、希望を聞かれた覚えはない。
【7月4日 水曜日 高木すみれ】
栃川駅西口の階段の下。8時40分頃になって、やっと香織が走ってきた。
「おまたせー」
「遅いよ」
20分では絶対間に合わない。今日は2人仲良く遅刻かな。
バスに乗れたのは8時55分頃。ちなみに3本目だった。
「あ、そうそう」
最初のバス停、栃川小学校入口(とちかわしょうがっこういりぐち)に着くか着かないかのタイミングで、香織が何か切り出した。
「文化祭、どうなったんだっけ?」
文化祭の企画締切は7月20日、ちなみに夏休み前最終日。その時点で企画の内容と人数、店名、さらには販売をする場合には値段まで決めておかなければならない。
この間のHRで、企画アンケートを取った。その結果はその場で集計できなかったから、家に持ち帰って集計することにした。
来週のHRで発表する予定だったんだけど、
「26票でフランクフルトに決まった」
香織ぐらいだったら、言っちゃってもいいかな、なんて。
「26票?全部で30人だから……」
「えっとね、遠藤(えんどう)くんと新倉(にいくら)くんと横田(よこた)さん以外は全員フランクフルトだった」
「へー。まあ何となく分かってたけどさ」
「あ、やっぱり?」
「すみれちゃんはコミュ障だから分かんなかったのかな?」
「コミュ障言うな!」
さくら高校は単位制だから、HRは圧倒的に少ない。でも、他の授業でD組の生徒と一緒になることは、意外に多い。
とは言っても、もともと仲のいい人と一緒になる確率は少ないから、同じクラスの人くらいだったら割と喋ったりする。そういう時に文化祭の話題も出たりするので、単位制でも、クラスの全体像はかなり分かる。
というか、アンケートを取る前の時点で、「フランクフルトやりたい」が多数派だった。正直、アンケート取らなくてもよかったかもしれない。
バスはさくら高校前に到着した。定期券を運転手に見せて、バスを降りる。
「あれ?」
香織が突然、不思議そうな顔をしてこっちを見てきた。
「どうしたの?」
「いや、多分勘違いだと思うんだけど……」
「とりあえず言ってみて」
「D組って、30人だよね?」
「うん」
「フランクフルトって書いたのは何人?」
「26人」
「それ以外は?」
「遠藤くんと新倉くんが焼きそばで、横田さんがクレープ」
「てことは3人」
「うん。……あれ?」
D組の生徒は全部で30人。そのうちフランクフルトを選んだのが26人、それ以外が3人。
あと1人はどこへ消えたんだろう?
「数え間違えたんじゃないの?すみれちゃんコミュ障だから」
「コミュ障って言うな!……あとでもう一回数えてみるけど」
その日家に帰って、もう一回数え直してみた。
「フランクフルト」と書かれた用紙が26枚。
「焼きそば」と書かれたものが2枚。
「クレープ」が1枚。
確かにそれだけだった。数え間違いではない。
ただ、カレンダーに、私の字で「8/9 8時 栃川駅」と書かれたものが1枚貼ってあった。
思い出した。確かあの後、香織と電話をして、夏休みの旅行の予定を決めたんだった。
そして近くにメモ用紙があったので、そこにメモをしてしまった。
もしかしたらあれは、白紙のアンケート用紙だったのかもしれない。
【7月20日 金曜日 相原孝行】
さくら高校の夏休みは、他の学校より少し短いらしい。
といっても、他の学校に知り合いなどいないので(それどころか同じ学校にもいない)、実際のところどのくらい短いのかは分からない。
とりあえず、さくら高校の夏休みは、7月21日から8月26日までとなっている。
今日は7月20日。つまり夏休み前最終日。
栃川駅西口4番乗り場には、試験明けと同じ解放感が漂っている。……たぶん。
車道を1本挟んだ1番乗り場からでは、あいにくその様子は分からない。
いつものように1番乗り場から辻坂駅行きに乗り、4つ目の栃川警察署下で降りる。
上り坂を10分歩いて、さくら高校前交差点を左折。さらに2分ほど坂を上って、正門をくぐる。突き当たりが昇降口。
HRの少ないさくら高校では、建前上、連絡事項は昇降口前の掲示板で伝えられることになっている。
実際には、ほとんどの連絡は月曜2限のHRで伝えられる。掲示物もそこで全員に見せた後、廊下側の壁に掲示される。
そんなわけで、昇降口前の掲示板なんていうものは、ほとんど見ることはない。
もちろん俺もそうだった。
もし連絡事項がHRで伝えられず、昇降口前だけに掲示されるようなことがあれば、気付くことはまずないだろう。
何が言いたいかというと、
文化祭の企画締切が本日7月20日であることを、たった今知ったのである。
3年D組では、7月2日のHRでアンケートを取った。
選択肢はフランクフルト、たこ焼き、クレープ、焼きそば。この中で実際にやりたいものを1つ選んで投票するというものだった。
ちなみに俺は、知らないところで勝手に選択肢が絞られたことに対する抗議の意味も込めて、白紙で提出したのだが、
このアンケートの結果を、俺はまだ知らない。
こんな状況で、企画締切日を迎えてしまった。
3年D組、果たして無事に文化祭当日を迎えられるのだろうか。
文化祭への参加は義務ではない。締め切りに間に合わなければ、不参加と言うのも有り得るだろう。
【7月20日 金曜日 高木すみれ】
「終わったー!」
「すみれちゃん、気が早いよ」
夏休み前最終日。そして、文化祭の企画締切日。
私たち3年D組は、無事に企画書類を提出することができた。
企画団体名「3年D組」
人数「30人」
内容「フランクフルト調理・販売」
店名等「サンデー・フランク」
価格「80円」
代表生徒「3-D-16 高木すみれ」
顧問「3-D 内田一郎(うちだいちろう)先生」
これが、私たち3年D組が提出した企画書の内容。
今年は調理が少ないって、係の先生が言ってた。
調理団体は数が多いと抽選になるんだけど、今年は大丈夫だろうって。
あ、そういえば。
「ソフト部は何かやらないの?」
香織はソフトボール部、略してソフト部に加入している。さすがリア充は違う。
「今年はやらないんだって。っていうか私引退したんだけど?」
「そうだっけ?」
「夏の大会で負けたから。コミュ障には分かんなかっただろうけど」
「コミュ障って言うな!」
そんなこんなで、いつものやり取りをしながら、栃川駅行きに乗り込む。
文化祭の準備も一段落して、夏休みが始まる。
第2章 3年D組の休暇に、友達の文字はない
【8月9日 金曜日 高木すみれ】
栃川駅3番線。と言ってもバス乗り場じゃなくて、電車の方の3番線。
東海道線常浜(とこはま)方面のホームで、香織と待ち合わせ。
「お待たせー」
集合時刻を10分過ぎて、香織が階段を駆け下りてきた。
「遅いよ、香織。何やってたの?」
「バスが遅れちゃって」
バスの遅れは遅刻理由として認めませんって、散々先生に注意されてるはずなんだけどなあ……。
まあいいや。電車には間に合ったから。
栃川→常浜→東中川(ひがしなかがわ)と乗り換えて、新常浜(しんとこはま)駅に到着。新幹線の待ち時間は20分。
あ、そうだ。今から私たちがどこに行こうとしてるのか、言ってなかったね。
香織がいるソフト部の後輩で、津川結衣(つがわゆい)さんって子がいるんだけど、その子のお兄さんが、常浜(とこはま)高校で野球部に入ってるんだって。
この間の県大会で常浜高校が優勝して、全国大会に出ることになった。その初戦が、今日の13時から。私と香織は、その試合の応援に行く。野球はよく分かんないけど、相手はそこそこ強いらしい。頑張って応援しなきゃ。
「おはようございますっ、香織先輩」
階段を降りたところで待っていると、後ろから誰かが走ってきた。
えっと……何て言ったらいいんだろう。とにかくリア充って感じのファッションだった。カチューシャとかピアスとか。
「あなたがすみれ先輩ですかっ?はじめまして、津川結衣ですっ。よろしくお願いしますっ」
それになんでいちいち「っ」を付けるんだろう、って突っ込んでいいよね?
まさか私がコミュ障だから知らないだけで、世の高校生はみんな「っ」を付けてるってことはないよね?
「ごめんすみれちゃん。こんな人連れてきちゃって」
「こんな人って何ですかっ!」
こんな感じで、私と香織、それになんだか騒がしい結衣さんの3人で、常浜高校応援旅行は始まった。
【8月9日 金曜日 相原孝行】
高校3年生にとって、夏休みほど忙しい時間はない。
そして、夏休みほど暇な時間はない。
「次の英文の空欄にあてはまる最も適切な語句を、語群から選べ。」
「日本の選挙制度に関する次の説明について、正しければ○、誤りがあれば×を答えよ。」
「傍線部1の理由を説明したものとして最も適切なものを、次の中から選べ。」
俺は夏休みの時間のほとんどを、過去問演習に充てていた。
そしてそれが、唯一の暇つぶしだった。
俺が住んでいるのは、栃川から電車で30分の位置にある、常浜(とこはま)市|風和(かざわ)区|奈良浜(ならはま)。野球好きの間では、「常浜高校の近く」といえば通じる位置である。
そういえば、7月の末に常浜高校の前を通りかかった時、「祝 全国大会出場 野球部」という垂れ幕がかかっていた。やはり常浜強し、県立さくらは足元にも及ばない、などと熱烈なファンは言うのだろうか。
全国大会はすでに始まっている。新聞には、今日の対戦カードが書かれていた。それによると、常浜は今日が初戦、相手は関西の学校だった。
もちろんそんなものには興味はない。常浜が勝とうと負けようと、それは一部の野球ファンと常浜高校関係者だけに関係のあることだ。さくら高校の生徒である俺には、まったく関係がない。それよりも1月のセンター試験、2月の一般入試をどう戦うかのほうが肝心である。
……色々と詭弁を並べてきたが、実のところ、「みんなで力を合わせて戦う」という概念が、どうにも理解できないのである。
小学生のころから常に1人だった俺には、1人で戦うほうがよほど慣れている。
【8月9日 金曜日 高木すみれ】
甲子園球場に入ると、中はものすごい熱気だった。常浜高校は強豪校だし、相手もそこそこ強い。しかも地元の高校。ついでに言うと、この前の第2試合も近くの高校だった。
ちょうど入れ替わりの時間帯だったから、席自体は結構空いてた。一塁側内野席の上から3段目に、3席空いているところを見つけ、急いで座り込む。
左から、結衣さん、私、香織の順。……やばい。挟まれてしまった。
「すみれ先輩っ、すみれ先輩っ」
座った瞬間から、結衣さんはこんな感じだった。
「すみれ先輩は好きな選手とかいるんですかっ?」
「うーん……よくわかんない」
「私は断然、常浜の津川ですねっ」
「それ結衣さんのお兄さんだよね?」
「そうですけど何かっ?」
ずーっとこの調子。それは試合が始まっても変わることはなく、
「すみれ先輩っ、今のファールフライ凄かったですよっ」
「すみれ先輩っ、見逃し三振ですよっ!あれは打てないですねっ」
「すみれ先輩っ、センターオーバーで二塁打ですよっ!」
少しは静かになるかと思ってたけど、むしろうるさくなった気がする。
5回裏が終わってグラウンド整備のときに、
「あ、ちょっと焼きそば買ってきていいですかっ?」
と言って結衣さんが席を立ったときは、ほっと胸をなで下ろした。
「はあー……」
思わずため息をつきたくなる私の気持ち、分からない人はいないと思う。
「なんであんな人連れてきたの?」
「聞きたい?」
「別に聞きたいってほどじゃないけど」
「じゃあ言わない」
「お待たせしましたーっ!」
結衣さんが戻ってきた。安息の時間、終了。
「すみれ先輩っ、津川がバッターボックスに入りましたよっ!」
「すみれ先輩っ、二塁ランナーの上野(うえの)がリード取りましたよっ。あれは盗塁ですねっ」
「すみれ先輩っ、センターフライですよっ!あの山口(やまぐち)をセンターフライですよっ!」
後半に入っても結衣さんはこの調子。というかさっきより「っ」が増えてる気がするんだけど。
試合結果は、3-0で常浜の勝ち。
……正直に言うと、結衣さんがうるさくて集中できなかった。まあ結衣さんは試合を見て興奮してただけだから、非はないんだけど。
で、帰りの新幹線でも結衣さんは結衣さんだった。
「すみれ先輩っ、2回の津川のダイビングキャッチ見ましたっ?」
「すみれ先輩っ、8回の3ランは凄かったですよねっ」
「すみれ先輩っ、6回の中野のショートゴロは残念でしたねっ」
結衣さん、よく覚えてるね。私は結衣さんがうるさくて集中できなかったのに。
「まもなく、新常浜、新常浜。常浜線と、常浜市営地下鉄線はお乗り換えです」
このアナウンスが入ったところで、ようやく結衣さんが静かになった。
……かと思いきや。
「今日はありがとうございましたっ!」
今日一番の音量で挨拶された。多分車両の端まで聞こえたと思う。
新常浜駅のホームで、結衣さんとはお別れ。
「今日はありがとうございましたっ!」
さっき記録した今日一番の音量を、すぐに更新された。しかも今度は丁寧なお辞儀付き。
地下鉄で安藤橋(あんどうばし)に帰る結衣さんを見送って、私と香織は在来線ホームへ。そのまま常浜線東中川行きに乗り、常浜で東海道線に乗り換える予定。
常浜線の車内で、さっき香織に聞きそびれたことを聞いてみた。
「なんであんな人呼んだの?」
「結衣を呼んだんじゃないよ、私が誘われたんだよ」
なるほどね。結衣さんのお兄さんの応援なのに、結衣さんが来ないわけないか。ちょっと質問の仕方がおかしかったみたい。
質問を変えてみよう。
「じゃあ、なんで私を誘ったの?」
「だってすみれちゃん、夏休み暇でしょ?」
なんか、びっくりするほど単純な理由だった。
暇だからって理由だけで、私をあんな人に会わせたんだ。
「まあ、それだけじゃないんだけど」
え?他にも何か理由があるの?
「D組じゃ無理でも、結衣だったらすみれちゃんのコミュ障を直せるんじゃないかって思ったの」
「だからコミュ障って言うな!」
理由としては適当だけど……まあ確かに、初めての人と話す練習にはなったかな。
【8月26日 日曜日 高木すみれ】
「すみれちゃん、今日空いてる?」
「空いてるけど……」
夏休み最終日。明日から2学期……じゃなかった、夏休み明けの授業が始まるという日に、香織からいきなり電話がかかってきた。
まあ、私はたまたま予定がなかったからいいけど、普通は当日の朝になって「今日空いてる?」は8割方断られるからね。予定がない私が言うのもなんだけど。
待ち合わせ場所は栃川駅東口。地下鉄を降りて改札を出たら、いつもと反対側の階段を上る。
その階段の上に、見知った顔を見つけた。
「あ、すみれちゃんおはよー」
「おはようございますっ、すみれ先輩っ」
……えっと、左側に立ってるのが香織。寺崎香織。私の同級生。さっき電話をかけてきた張本人。当日の朝になってから電話するのはどうかと思う。
それで、
「お久しぶりですっ、津川結衣ですっ。覚えてますかっ?」
右側に立っているこの人は、知らない人だった。
まあ本当は覚えてるんだけど。ここまで記憶から消したいと思った人は過去にいない。
「今日、すみれ先輩誕生日ですよねっ」
「よく調べたね、私の誕生日なんて。香織以外に教えてないのに」
「私が教えたんだから知ってて当然でしょ」
やっぱり香織が一枚噛んでたか……。
夏休み最終日だから1日休もうと思ってたのに、結衣さんに付き合わされる私の身にもなってよ。
東口の喫茶店に入る。私と香織はアイスコーヒー、結衣さんは……
「あ、私は大丈夫ですっ」
と言ってオレンジジュースを注文した。何が大丈夫なのか分からないけど。
「すみれ先輩っ、すみれ先輩っ」
ところで喫茶店って、注文した飲み物を飲みながらお喋りするところじゃなかったっけ?
まだ何も届いてないのに、結衣さんこの調子なんだけど。
「すみれ先輩にプレゼントですっ」
……聞き間違いじゃなければ、今プレゼントって言った?
「今日すみれ先輩誕生日じゃないですかっ。だから、プレゼントですっ」
そう言うと結衣さんは、小さい箱を取り出した。大きさは……そうだね、野球のボールくらいかな?
「えっと……開けてもいい?」
「どうぞっ」
開けてみた。
中身は携帯ストラップだった。黒い紐の先端に、何か変な人形みたいのがくっついてる。
「……これ何?」
「栃川のご当地キャラ、とっちーくんですっ」
知らない。3年間栃川に通ってるけど、とっちーくんなんか聞いたことない。ってそうじゃなくて。
「結衣さんが……私にプレゼント?」
「すみれ先輩にプレゼントって言ったじゃないですかっ」
「私も半分出したんだけどな……」
あ、香織と結衣さん、2人からのプレゼントか。それなら納得。……できなかった。
「香織」
「ん?」
これは、はっきり確認しておいたほうがいいと思う。
「なんで香織は、友達でもない私にプレゼントをあげようと思ったの?」
「すみれちゃん、それは違うよ」
「え?」
その返答は、多分東大生でも予想できなかったと思う。
「友達だから、プレゼントをあげようと思ったんだよ」
香織と結衣さんが、おもむろに自分の携帯を取り出した。
「これ、私とお揃いなんだ」
「私も付けてますっ」
2人の携帯には、黒い紐が付いていた。その先にはとっちーくん。
「このストラップは、私とすみれちゃんと結衣の、友達の証だから」
「友達の……証?」
「そうですっ。私たち3人は、友達ですよねっ?」
友達の証か……。
思えば私は今まで、友達がいなかった。というか、いないと思い込んできた。
誕生日は夏休み中だから、誰もお祝いしてくれないし。
でも、友達はいたんだ。寺崎香織という友達が。こんな私でも、ちゃんとお祝いしてくれた。
さらに、出会って3週間の津川結衣さんも、友達だと言ってくれた。
団結力が武器の3年D組……は今回は関係ないけれど。
自分が気づいていないだけで、意外に友達っているのかな。
「ありがとう、香織、結衣さん」
帰りの地下鉄の車内で、さっきのストラップを握りしめてみる。
友達の証か……。絶対なくさないようにしよう。
第3章 3年D組の選挙に、協力の文字はない
【8月27日 月曜日 相原孝行】
さくら高校の夏休みは、奈良浜(ならはま)中学と比べると少し短い。まだ8月だが、今日から登校再開。
2学期制なので始業式はなく、HRが行われた。そして明日から早速通常授業。
さくら高校の昇降口には、掲示板がある。
連絡事項はHRで伝えられるので、普通はほとんど見ることがない。もちろん俺もそうだった。夏休み前までは。
「文化祭スケジュール」
この掲示を見落としたせいで、3年D組の文化祭に黄信号が灯っている。もしかしたら赤信号かもしれない。
今日のHRでも、特に連絡はなかった。
さて。
生徒会役員選挙の公示日が、8月27日、すなわち今日である。
HRを終えて、選挙管理委員は会議室に集合した。そこで顧問の橋本先生が作成したポスターを受け取り、各階にある掲示板に掲出する作業中である。
選挙のポスターを貼りながら、文化祭のことを考える。
団体の種類は、学級、部活動、授業、または有志団体。人数は5人以上で顧問が必要。ただし学級ないし部活動の場合は、所属する生徒全員で行うこととする。
企画内容は、調理、食品販売、一般販売、展示、演技・演奏等、その他。調理については8団体まで。超えた場合は抽選となる。
調理団体以外は、教室、体育館、屋外から希望する場所を選択する。調理団体については、正門脇の駐輪場にテントを張り、1階の調理室で調理したものをそこまで運ぶことになっているので、場所を選択する必要はない。
そして、企画団体名、人数、内容、店名等、価格、代表生徒、顧問。
これを書いた企画書を、7月20日までに提出しなければならない。
今日は8月27日。すでにタイムリミットは過ぎている。
【8月28日 火曜日 高木すみれ】
「すみれせんぱ―――――――いっ」
4限の授業が終わって、昇降口を出ようとしたとき、後ろから聞き覚えのある声がした。
振り返るまでもなく、津川結衣さん。
……なんでこの声、聞き覚えちゃったんだろう。
「すみれ先輩っ、私、これに出ますっ!」
そう言って結衣さんは、1枚の紙を見せてきた。
えっと、タイトルが「生徒会役員選挙 立候補届」。その下にはいろいろ項目があって、まず「氏名」のところに「津川結衣」と書いてある。その下の「役職」には「会長」。
……ちょっと目が疲れてるのかな?結衣さんが生徒会長なんて、あるわけないじゃん。
「すみれ先輩っ?どうしたんですかっ?」
「あ、ごめん、何の話だっけ」
「だから、私が生徒会長に立候補するんですよっ!」
……なんか、目だけじゃなくて、耳も疲れてるみたい。
「不服ですかっ?」
「不服っていうか、結衣さんが通るとは思えないんだけど……」
「私、こう見えて人脈けっこうあるんですよっ」
「ふーん、それで?」
「コネで当選してみますっ」
「コネか……」
結衣さんにそんなコネがあるとは思えないんだけど、私が知らないだけなのかな。
まあ、1年生だしソフト部だし、知らなくても当然か。
……と、そこで終われば良かったんだけど。
「それで、この『推薦人』のところ、すみれ先輩にお願いできますかっ?」
そう来たか。推薦人って、応援演説とかする人だよね?
さくら高校の生徒会選挙では、投票の前に「立会演説会」というのがある。そこで、候補者と推薦人が演説をすることになってるんだけど、
正直私はコミュ障だから、応援演説は無理だと思うな……。
「ごめん、私は無理。ソフト部の人に聞いてみたら?」
「そうですね……そうしてみますっ」
【9月10日 月曜日 高木すみれ】
「すみれ先輩っ!」
栃川駅西口。いつものように香織を待ってたら、なぜか結衣さんにかち合ってしまった。
「浮かない顔してどうしたんですかっ?」
浮かない顔してるのは結衣さんにかち合ったからだと思うんだけど……。まあいいや。香織を待とう。
「お待たせ、すみれちゃん」
3人……いや2人揃ったので、ちょうど到着していたバスに乗り込む。栃60系統、さくら高校前経由立花台行き。次は、栃川小学校入口。
「結衣、生徒会選挙に出るんだって?」
「はいっ、会長選に立候補しますっ」
あ……そういえばそんな話してたね。あれからどうなったんだろう。推薦人とか。
「それで……推薦人なんですがっ……」
顔を俯ける結衣さん。あれ?何か空気がおかしいよ?
「もしかして……推薦人……?」
「まだ見つかってないんですっ……」
「そうか……」
結衣さんは俯いたまま話を続けてくれた。
私に推薦人を断られた後、ソフト部の仲間やクラスのみんなに声をかけたらしいんだけど、どうせ津川には無理だろうとかなんとか言われて、全員に断られたらしい。
「香織は?」
「私は壇上で話すのあんまり得意じゃないし……」
それ言うなら私の方が苦手なんだけど……。
とか考えていたら、
「すみれ先輩っ、お願いしますっ!」
結衣さんが手を合わせて、全力のお願い。
「一生のお願いですっ!」
さすがにバスの中だから土下座はなかったけど、結構うるさいよ?
「受けてあげたら?」
香織、ごめん聞こえない。
「お願いしますっ!」
結衣さんも聞こえない。
「コミュ障でもいいのでお願いしますっ!」
「コミュ障って言うな!」
さすがにこれは無視できなかった。本当のコミュ障に失礼だよ。
「ご乗車ありがとうございました、さくら高校前です」
「ごめん、そろそろ着くからまた今度……」
そう言ってポケットから定期券を出そうとしたとき……
携帯電話が目に入った。
誕生日にもらった、とっちーくんストラップが付いている。
「友達の、証か……」
「へっ?」
決めた。
香織、結衣さん。私はもっと成長したい。
だから。
「推薦人、やらせてください」
「ありがとうございますっ!」
新幹線に乗ってたら隣の車両まで聞こえそうな声で、結衣さんが叫んでいた。
【9月10日 月曜日 高木すみれ】
月曜日2限はHR。さくら高校では知らない人はいない。……いや、不登校の人とかいたら、もしかしたら知らないかもしれないけど。
「高木さん、生徒会選挙出るんだって?」
教室に入るや否や、後ろの席の千葉くんから声を掛けられる。
「選挙に出るんじゃなくて、推薦人なんだけど……」
「だって、コミュ障の高木さんが推薦人だろ?選挙出るのと同じぐらい大変じゃねーか」
「コミュ障って言うな!」
何回でも言うよ。そんなこと言ったら、本当のコミュ障に失礼だよ。D組にはいないけど。
「高木さんが推薦人?」
「マジ?誰の?」
「1年の津川さんだって」
「津川ってソフト部の?」
「高木と津川って仲良かったのか……」
なんか、増えた。私が推薦人やるのって、そんなにおかしいのかな?
「すみれちゃん、信頼されてるんだよ」
えっと……喋れないのに、信頼されてる?
「すみれちゃんってさ、確かに喋れなくてコミュ障だけど、」
「コミュ障って言うな」
「でも、やるときはしっかりやってくれるよね」
やるときは、しっかりやる。
香織に言われて、思い出した。
中学の卒業文集に、「やるべきことをしっかりできるような大人になりたい」と書いたのを。
「この間、文化祭の試作会あったでしょ?」
試作会とは、すべての調理団体が参加し、材料や作り方、安全に調理できるかを確認する会である。
フランクフルトで出店する3年D組は、私と香織、それに井上さんの3人で参加した。
「すみれちゃんがいなかったら、私、作り方分からなかったよ」
「私も、高木さんがいなかったら、10本くらい焦がしてたと思う」
その試作会の時、リーダーシップを発揮したのは、私だった。作り方や盛り付け方を教えたり、エプロンを着けるのを手伝ったり、……他にも色々やった。
「すみれちゃんって、意外とそういう能力あるんだよね。リーダーシップっていうか」
リーダーシップか……。
今まで考えたこともなかったけど、こういうの、意外と好きかもしれないな……。
「文化祭も、よろしくね」
さくら高校文化祭、3年D組代表生徒。この役職を選んだのは、他ならぬ自分。
「よろしくお願いします!」
やるべきことは、しっかりやる。理想の大人に近づくための、第一歩。
気合い入れて、頑張ります!
【9月10日 月曜日 相原孝行】
8月27日から9月27日までの1か月間は、生徒会選挙の立候補期間である。
6人の選挙管理委員は、交代で立候補の受付をすることになっている。
9月10日、12時32分。
1年F組、津川結衣が立候補届出用紙を提出した。役職は、会長。推薦人は、3年D組の高木すみれ。
高木すみれは、3年D組の文化祭代表生徒である。
どうやら、文化祭の仕事をサボって、生徒会選挙の推薦人をやるようだ。……いや、不参加なら関係ないか。
さらに言えば、あくまで立候補するのは1年の津川だから、3年D組には関係ない話だ。
ところで、今日のHRの中で、ちょっと変な話を聞いた。
「この間、文化祭の試作会あったでしょ?」
自分も忘れていたのだが、調理団体限定の試作会が、9月5日、先週の水曜日に行われたらしい。
「すみれちゃんがいなかったら、私、作り方分からなかったよ」
「私も、高木さんがいなかったら、10本くらい焦がしてたと思う」
その試作会に、3年D組が参加していた。
もしかすると、3年D組は、文化祭に参加する予定なのではないだろうか。
企画書は提出していないはずだか、知らないうちに提出していたのかもしれない。
少し考えて、その説は破棄した。
HRには毎回出席している。仮に参加するつもりであれば、HRで何か言うだろう。
文化祭は部活動での参加も認められている。D組の生徒が何部に所属しているか把握していないが……というか把握している方が珍しいが、おそらく部活動として参加したのだろう。
高木、寺崎、井上。あの3人は同じ部に所属しているということだ。
【9月27日 木曜日 相原孝行】
2学期制のさくら高校では、9月に前期の期末試験がある。
試験期間は9月14日金曜日から、21日金曜日まで。17日の敬老の日を除く5日間。それが終わると、試験返却特別時間割といって、短縮授業が3日間行われる。
さらにその後、9月27日に学年集会。28日から10月9日は、履修相談期間。1・2年生は翌年度の時間割を決めるための個人面談、3年生は進路相談を行う。
そしてこの期間、もう一つ忘れてはならないイベントがある。
生徒会役員選挙。9月27日告示、10月10日投開票。立候補は今日で締め切られ、2週間の選挙運動期間に入る。
さくら高校生徒会役員の定数は、会長1名、副会長1名、書記2名、会計2名の計6名。
立候補資格は生徒会員、すなわちさくら高校の生徒であること。ただし、任期途中に卒業する見込みのある者、すなわち3年生は立候補できない。
3年生が立候補できない以上、3年生の興味の対象になるはずもない。文化祭にも参加しない3年D組は、1月のセンター試験まで、特にこれといったイベントはない。
もっとも、2年生や1年生にとっても、あまり興味のないイベントであるのは紛れもない事実。さくら高校や奈良浜中学に限らず、全国の大多数の学校で、生徒会選挙は退屈以外の何物でもない。
会長選に立候補したのは、1年F組の津川結衣と、2年A組の麻生和哉(あそうかずや)の2名。別に有名な生徒というわけでもないし、どちらが会長になっても、大差ないだろう。
【10月3日 水曜日 高木すみれ】
栃川駅東口の喫茶店。夏休み最終日の8月26日に、香織と結衣さんから友達の証をもらった、あの喫茶店。
今日は結衣さんはいない。私と香織の2人だけ。
「文化祭のシフト決まったから、確認しといて」
香織にA4の紙を手渡す。3年D組30人の、文化祭当日のシフト表。
弓道部、茶道部、漫画研究部、図書委員会は、それぞれ出店する。放送部は交代で校内放送。こういう団体に所属している人は、そちらのシフトが優先。さらに野球部は1日目が公式戦と重なったので、2日目しか出られない。
生徒全員に聞き込みをして回った結果、考慮すべき点はこれだけだった。それ以外はいつでもOK。あとは、調理と販売、どちらをやりたいか聞いて、それぞれでシフトを組む。
聞き込みに意外と時間がかかったため、シフト表が完成したのは昨日。
本当は10日のHRで配ってもよかったんだけど、あんまり直前だと困るかなって。香織だけはなんとなく手渡ししたかったけど、他のみんなにはメールで送った。アドレス知らない人もいるけど、仲の良い人に転送してもらえば大丈夫。
「そういえば、買い出しとか準備の話はどうなったの?」
「女子バスケ部が2日とも来れないって言ってたから、代わりに買い出しお願いした」
瀬戸(せと)さん、蘇我(そが)さん、西村(にしむら)さん。中谷津(なかやつ)の業務スーパーで、フランクフルト用のソーセージを探して、300本買ってきてもらう。
どんなものが売っているかは、中谷津に住んでいる井上さんに確認してきてもらった。写真も送っておいたし、あの3人なら大丈夫だと思う。
「コミュ障なのに頑張ってるね」
「コミュ障って言うな!」
D組で一番のコミュ障は、多分井上さん。その井上さんでも、前田さんと楽しそうに喋っているのを、よく見かける。こういう文化祭のような行事でも、シフトの希望を言ったり、業務スーパーの下見を買って出たり。そういえば、中谷津の業務スーパーの近くに住んでいるっていうのは、井上さんが自分から言い出したんだっけ。
何が言いたいかっていうと、本当のコミュ障なんて呼べる人は、少なくとも3年D組にはいないってこと。
【10月10日 水曜日 相原孝行】
「会長、副会長、書記、会計のそれぞれについて、支持する候補者1名に丸を付けて下さい。丸以外の記号を書いたり、複数の候補者に丸を付けたりすると、無効になります」
立会演説会が終わって、教室に戻ってきた。
今日のHRは、生徒会選挙の投票。担当は各クラスに1人の筆頭委員。投票が終わったら、投票用紙を回収し、第1会議室に持っていき、開票作業に入る。
その後、選挙管理委員は会議室に残り、集計作業を行う。選管以外の筆頭委員は教室に戻る。選管は全校で4人なので、大変な作業だ。選管を買って出る人が少ない要因の一つである。
選管になった経緯が何であれ、事実として自分は選管である。地味で大変な作業だろうが、絶対にやらなければならない。
投票用紙を回収し、大きい封筒に入れる。自分のものも含め30枚あることを確認し、紐で封をする。それを第1会議室に持っていく。ここはB棟、会議室があるのはA棟。少し距離がある。しかし所詮A4用紙30枚、大した重さではない。
【10月10日 水曜日 高木すみれ】
投票が終わった。
事前に根回ししていたとはいえ、結衣さんが当選するかどうかは、正直微妙なところ。人事を尽くして天命を待つって感じかな。
それより今は、3日後に迫った文化祭の準備。
大体は終わってるけど、一つだけ残っていることがある。
「それじゃあ、クラッカー配ります」
9月27日の学年集会の後、駄目元でみんなに提案してみた。
「完売したら、みんなでクラッカーを鳴らすっていうのはどう?」
高校生にもなってクラッカーなんて……って言われるかと思ったけど、意外にも全員賛成だった。
栃川駅前のデパートでクラッカー40個(うち10個は予備)を購入。文化祭前に全員が集まるのは今日のHRだけだから、今しか配れない。
「クラッカー貰った人から解散していいよ」
これで、3年D組の文化祭準備は完了。あとは当日を待つのみ。
手元に残った予備のクラッカー11個(数間違えたかな?)を見ながら、そんなことを考えていた。
第4章 3年D組の名簿に、相原の文字はない
【10月13日 土曜日 8時35分 相原孝行】
栃川駅西口1番乗り場から、栃81系統、辻坂駅行き。4つ目の栃川警察署下で降り、交差点を右折して約10分。
登校経路はいつも通り。しかし、到着したさくら高校には、いつもと違う雰囲気が漂っていた。
さくら高校文化祭。
参加するクラスは全力で頑張る。参加しないクラスもあるが、それでも他のクラスの展示を回ったりして、それぞれの楽しみ方で楽しむのだろう。
団結力のない3年D組。当然だが、他のクラスを手伝ったりする生徒など、いるはずもない。
【10月13日 土曜日 8時40分 高木すみれ】
「おはようございます、すみれ先輩っ」
栃川駅西口4番乗り場。栃60系統、さくら高校前経由立花台行き。
文化祭当日でも増発とかはしないみたい。まあ大学じゃないし、当然かな。
まあそれはさておき、なんで結衣さんがいるの?
「何言ってるんですか友達じゃないですかっ」
そうか……そうなのかな?
正直、私と結衣さんって、友達なのかどうか微妙なんだよね……。
「友達ですよっ。文化祭楽しみましょうねっ」
まあ友達ってことにしておこうかな……私友達少ないし。
そういえば、結衣さんのクラスって何やるの?
「1-Fはお化け屋敷ですっ」
お化け屋敷か。なんか面白そう。
「3-Dは何するんですかっ?」
3-Dはフランクフルト。駐輪場でやってるから、暇だったら来て。
「すみれ先輩のクラスのフランクフルトか……」
……どうしたの?
「いや、すみれ先輩ってコミュ力凄いですから、すみれ先輩のクラスの出し物も凄いんだろうなって……」
ちょっと待って。
私ってコミュ力凄いの?
「凄いじゃないですかっ。すみれ先輩のお陰で生徒会長に当選したんですよっ」
そんなことないと思うけど……。
言い忘れてたけど、この間の生徒会選挙、会長に当選したのは結衣さん。次点と2倍近くの票差だったらしい。
でも、それが応援演説やった私のお陰っていうのはちょっと違うような……。
まあ、とにかく。
今日の文化祭、お互い頑張ろう。
【10月13日 土曜日 9時02分 相原孝行】
昇降口前の掲示板。
以前は特に確認していなかったのだが、夏休み明けから毎日確認するようになった。企画書提出の締め切りを見逃してしまったので、同じミスをしないように気を付けている。
今日出ているのは、次の3枚。
「生徒会役員選挙当選者告示」……これは2日前に自分が貼ったものだ。
「屋外出展団体のみなさんへ」……屋外で活動する学級に対しての注意事項。3年D組はそもそも参加しないから関係ない。
「文化祭不参加生徒清掃分担表」……これが、今自分が確認すべき掲示である。
文化祭に参加しない生徒は、文化祭終了後に校内の清掃をすることになっている。初日の担当は1年B組と3年G組の出席番号15番まで、2日目は2年E組と3年G組の出席番号16番以降。
……3年D組は記載されていない。
建前上は、不参加生徒全員での清掃。しかし、実際にはサボる生徒も多い。
3年D組だけ特例で免除されるということは無いだろうが、あまりにサボる人が多いので書かないことにしたのだろうか。
【10月13日 土曜日 10時00分 高木すみれ】
さくら高校文化祭、スタート!
吹奏楽部のファンファーレと、結衣さんの初仕事、生徒会長挨拶が終わり、いよいよお客さんが入ってきた。
みんなの都合を聞いて決めたシフトは、1時間交代の6枠。1枠につき調理担当が2人、販売担当が3人で、2~3枠入ってもらう。1日目が公式戦と重なった野球部、別に出店する弓道部などは、それぞれの予定と被らないように調整した。
文化祭でフランクフルトをやった人が1人もいなかったので、指導役を入れることにした。販売は去年焼きそばを売った経験がある私、調理は試作会に参加していた井上さんが、付きっきりで指導する。井上さんは受けてくれるか不安だったけど、「どうせ暇だから」の一言でOKしてくれた。
ただ、開始早々トラブル発生。
相原くんが来ない。
開始直後の10時から11時、調理担当は菊池さんと相原くんの2人。
相原くんが来ないと、調理担当の手が回らない。絶対遅刻しないでってみんなに伝えてあったんだけど……。
野田(のだ)くんの言う通り、販売を2人、調理を3人にした方が良かったのかな?
【10月13日 土曜日 12時01分 高木すみれ】
12時を回った。文化祭に来るお客さんも、かなり増えてきたみたい。
駐輪場に設置されたこのテントには、ガス台はない。食品は1階の調理室で調理して、お皿に乗せてこの駐輪場まで運ぶことになっている。
私たちはフランクフルトだから、ソーセージを焼くだけ。一見簡単そうだけど、裏返すタイミングとか、意外と難しいんだって。
どうしようかって思ってたけど、井上さんの指導が結構上手で、うまくいっているらしい。井上さんありがとう。コミュ障だと思ってたけど、意外とそうでもないじゃん。
得意分野だとすっごい喋る人っているよね。ああいうのなのかな?
「すみれちゃんも意外とコミュ障じゃないよね」
香織が茶化してくる。別にコミュ障だと思ってなかったんだけど。
本当のコミュ障は、D組が文化祭に参加すること自体知らないと思う。で、実際D組は全員来てるから、D組にコミュ障はいないってこと。
「……相原くんは?」
ごめんなさい、全員じゃなかった。
結局あの後、相原くんは一度も姿を現すことなく、11時の交代を迎えた。それからは調理2人、販売3人の体制で分担し、溜まっていたお客さんもなんとかさばいて、事なきを得た。
相原くん、なんで来なかったんだろう?
【10月13日 土曜日 12時56分 相原孝行】
とりあえず、建物内は全部回ってみた。目ぼしいものは一つも無かった。
そもそも文化祭というのは、外部の人間を招いて行うものだ。校内の人間が見て回るようには作られていない。
それに、文化祭に来るような人は、大体友達連れだ。一人で回っても何も楽しくない。特に喫茶店系は、自分達で調理するのではなく、買ってきた飲み物を出すだけなので、なおさらだ。
3年D組には団結力も無ければ、友達という概念も無い。おそらく今日は、全員欠席だろう。
清掃名簿に名前が無かったのも、そのような事情を考慮したのかもしれない。
時刻は13時。そろそろ腹も減ってきた。
今日は弁当を持ってきていない。購買部も営業していない。
駐輪場に作られたフードコートで、適当に買って食べるとしよう。
【10月13日 土曜日 13時15分 高木すみれ】
3年D組のフランクフルトの隣は、2年A組の焼きそば。やっぱり定番ものは大盛況。昼食時というのもあって、かなりの大行列。20人待ちくらいかな?
……って思ってたら。
その焼きそばの列、6番目くらいに、相原くん発見。
調理室に来なかった相原くん、欠席じゃなかったんだ。てっきり風邪か何かだと思ってたけど、もしかしてただのサボり?
3年D組は、団結力くらいしか取り柄がない。
サボりは絶対駄目だよって、言ったはずなんだけどな……。
【10月13日 土曜日 13時17分 相原孝行】
企画団体名「3年D組」
店名等「サンデー・フランク」
内容「フランクフルト調理販売」
場所「駐輪場」
代表生徒「高木すみれ」
入口で貰ったパンフレットを、もう一度読み返してみる。すると確かに、3年D組の記載があった。
目の前にあるテント。段ボールで作られた看板には「サンデー・フランク(3-D)」の文字。
間違いない。
3年D組は、文化祭に参加している。
いくつか疑問は残る。
企画書締切に間に合わなかったのになぜ参加できたのか。試作会には誰が参加したのか。フランクフルトの焼き方を誰が知っていたのか、もしくはどうやって調べたのか。
最大の疑問は。
なぜ、自分だけ連絡が来なかったのか。
【10月13日 土曜日 14時00分 高木すみれ】
「すみれせんぱーいっ」
1年F組、津川結衣さん。
香織の紹介で知り合った、私の2人目の友達。
もう認めちゃおう。津川結衣さんは、私の友達です。
その結衣さんが、3年D組に遊びに来た。
確か1年F組はお化け屋敷だったはずだけど、そっちはいいの?
「怖すぎて誰も来ないんで、閉めちゃいましたっ」
本格的にお化け屋敷を作りすぎた結果、怖すぎて誰も来なかったらしい。大丈夫か1年F組。
ちなみに結衣さんは生徒会長なんだけど、生徒会の仕事は最初と最後の挨拶だけなんだって。つまり今は完全に暇ってこと。
あまりに暇なので、3年D組に遊びに来たと……ならフランクフルト買ってくれればいいのに。
「すみません、1本もらいますっ」
80円とフランクフルト1本を交換。
「そっちはどんな感じですかっ?」
えっとね……順調に売れてるよ。もしかしたら今日で全部なくなるんじゃないかって感じ。
「……」
完全にこっちのミスです。ごめんなさい。
「でも売れてるだけいいじゃないですかっ」
そうだね。怖すぎて誰も来ないお化け屋敷よりはマシだね。
業務スーパーで買ったやつだから味はそれなりにおいしいし、焼き方も井上さんが指導してくれたからパーフェクト。
お客さんには、そこそこ好評らしい。
「ところで、本当に今日で売り切れたら、明日どうするんですかっ?」
あと1時間で全部売り切れるかは分かんないけど、うーん……どうしようかな……。
結衣さんのお化け屋敷でも見に行こうかな?
「だから閉めちゃったんですよっ」
あ、そうか、ごめん。
えっと……売り切れてから考えるね。
今はフランクフルトに集中したいし。
【10月13日 土曜日 14時50分 高木すみれ】
調理担当の井上さんが、最後の10本を持ってきた。
井上さんには今回、かなりお世話になった。
フランクフルトを作ったことはなかったらしいんだけど、試作会のときに作り方を覚えたんだって。今日も朝から調理室で、他の調理担当の指導に当たってもらった。
井上さん、文化祭が始まるまでは結構なコミュ障だと思ってたけど、実際こうして働いてるところを見ると、全然コミュ障じゃないじゃん。
団結力が武器の3年D組。本当のコミュ障は、このクラスにはいないんだ。
販売担当の香織が、10人のお客さんにフランクフルトを手渡して。
「サンデー・フランク、完売しました!」
10月13日14時52分。
さくら高校3年D組の文化祭は、1日目完売というとんでもない記録で幕を閉じた。
さて。
完売したらみんなで鳴らそうと思ってたクラッカー、どうしようかな?
ここは調理団体が集まる駐輪場。食品を扱うクラスばかりだから、クラッカーの紙吹雪が入ったら衛生的に悪いかな?
と思ってたら、井上さんが走ってきて、
「クラッカー、OKだって」
どうやら両隣のクラスと交渉して、食品関係だけ早く片付けてもらったらしい。仕事が早いね井上さん。コミュ力も結構高いじゃん。
とりあえず、クラッカーに関する諸問題は解決したので、
「それじゃあ、クラッカー準備して」
テントの裏に置いてあった鞄の中から、クラッカーを取り出す生徒たち。
全員がクラッカーを手に取ったのを確認してから、音頭を取る。
「サンデー・フランク、完売おめでとう!せーのっ」
3年D組の団結の証。
30発のクラッカーが、一斉に発射された。
今ここにいない相原くんも、どこかでクラッカーを鳴らしてくれたと信じて。
【10月13日 14時52分 相原孝行】
「サンデー・フランク、完売しました!」
その合図とともに、3年D組の生徒たちがテントの周りに集まってくる。
この文化祭、3年D組は全員で参加したようで、実は全員で参加していない。
出席番号1番、相原孝行。
最初の話し合いから当日に至るまで、文化祭には全く関わっていない。
3年D組の辞書に、団結の文字はない。そう考えていた時期もあった。
しかし、今日の文化祭。参加していたことも驚いたが、後半3時間の様子を観察していて、初めて分かったことがある。
3年D組は、団結力に溢れたクラスである。
相原孝行を除いて。
「それじゃあ、クラッカー準備して」
テントの裏に置いてあった鞄の中から、クラッカーを取り出す生徒たち。
配られたのはホームルームの前後か、授業時か、放課後か。少なくとも俺は、クラッカーを受け取った覚えはない。
「サンデー・フランク、完売おめでとう!せーのっ」
3年D組の団結の証。
29発のクラッカーが、一斉に発射された。
終章 その遺書は、誰にも届かない
【10月14日 日曜日 相原孝行】
たった今入ってきたニュースです。
本日午前9時頃、常浜市栃川区の市営地下鉄栃川駅で、走行中の列車が男性をはねる事故がありました。男性はおよそ1分後に救助されましたが、搬送先の病院で死亡が確認されました。
死亡したのは、同市風和区に住む高校3年生、相原孝行さん17歳。現場から発見された遺書とみられる紙には「3年D組の団結力 29/30」と書かれており、警察は自殺と見て捜査しています。相原さんが通う県立さくら高校では、昨日から文化祭が開催され、相原さんの所属する3年D組も参加しており、警察が関連を調べています。
【10月14日 日曜日 高木すみれ】
栃川駅西口バスターミナル、4番乗り場。
今日はいつもより少し遅い8時45分に駆け込んだ。
「遅いよすみれちゃん」
律儀に待ってくれた香織。9時集合だから遅刻しちゃうよ?
「すみれちゃんだって遅刻じゃん」
しょうがないじゃん。なんか栃川駅で人身事故あったみたいだし。
香織はJRだから関係ないけど、私は地下鉄だからもろに影響受けてるんですよ。愛岡だと他に路線ないし。
とか他愛のない会話をしてたら、バスが到着した。8時45分だけど、まだ大勢並んでる。今日は2本目で乗れるかな。
「すみれせんぱーいっ」
結衣さん到着。生徒会長なのに遅刻って……。
「人身事故だから仕方ないですよっ。安藤橋だと他の路線ないですし……。あっ、遅延証明書は貰ってきましたっ」
結衣さんも地下鉄なのか。まあ人身事故だし仕方ないよね。
「次は、栃川小学校入口、栃川小学校入口」
8時51分。
予想通り私たちは、2本目のバスに乗ることができた。
栃60系統、さくら高校前経由立花台行き。さくら高校生御用達のバスの車内には、文化祭2日目のお祭りモードが漂っている。
運転席のすぐ後ろに、井上さん発見。
他のクラスの子と何か話してるみたい。
「改めて言うけどさ、井上さん、結構コミュ力高いよね」
試作会にも付き合ってもらったし、昨日も調理担当に付きっきりで指導してもらったし。
後で聞いたけど、井上さんの指導は結構上手だったらしい。焦がした本数はなんと0本。
しかし、香織は少し悩んでから、こう言った。
「うーん……井上さんもコミュ力高いけど、販売担当だった私から言わせてもらうと、すみれちゃんも結構コミュ力高いよ?」
え?今何て言った?
私のことをコミュ障って言ってた香織が、コミュ力高いって?
「だってさ、みんなの意見聞いてまとめたり、シフト表作って配ったり、色々やってくれたじゃん。当日も色々教えてくれたし。クラッカーやろうって言い出したのもすみれちゃんだし」
そう言われれば、確かにそうだった。
中学時代の私だったら、こんな活発に動いたりできなかった気がする。
3年D組、文化祭代表生徒。
この役職が、私を一歩成長させてくれたんだ。
ありがとう、3年D組。
「次は、さくら高校前、さくら高校前でございます」
バスは本田(ほんだ)のバス停を通過。アナウンスを聞いて、降車ボタンを押す。
「すみれ先輩っ、今日どうしますかっ?」
3年D組の「サンデー・フランク」は、1日目のうちに完売した。
一方、結衣さんの「1-Fお化け屋敷」は、お客さんが全然来ないので出展取り止め。
最初から参加しないクラスは掃除当番とかあるらしいけど、途中でやめたクラスはそういうものもない。
つまり、この3人は、今日1日オフなんだ。
せっかくだし、結衣さんのお化け屋敷を見に行こ……閉めちゃったんだよね。ごめんなさい。
「でもまあ、3人暇なんだし、みんなで色々見て回らない?」
私の提案に、
「賛成ですっ」
「うん、いいんじゃない?」
結衣さんと香織が続く。
「ご乗車ありがとうございました、さくら高校前でございます」
バスを降りて、坂を少し登れば、そこはさくら高校正門前。
文化祭実行委員会が製作した入場門の下をくぐる。
最後の文化祭、精一杯楽しもう!
サンデー・ブルース 3年D組の団結力 完
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