ぼくの何気ない一日の話を聞いてよ (33)

彼女が死んだのは、なんでも数千年前に流行ったらしい病気のひとつのせいであるらしい。

数千年の時を経た情報なんて上手く読み取れるはずもなくて、ディスプレイ越しの翻訳も完璧とは言いがたく、断片的な情報を読みといただけだから、合っているのかはわからないけれど、まぁ概ねは合っているだろう。

コンピューターの性能が劣ってる訳じゃない。僕の方が劣ってるだけの話なんだ。

まぁ、それが世界の致命傷になってしまったわけだけど。

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何もかもが手遅れになってしまうと、それはそれで世界が広がったように感じるもので、僕は宇宙に放り出されたような感覚だった。

とりあえず開けた場所で深呼吸でもしようかと外に出ると、隣にすんでいるサトウさんがいつも通りのよくわからない言葉で挨拶をして通りすぎていった。

変な音を奏でているけれど、もうこうなったら彼のような人がこの世界の生命線になるのかもしれないな。

そう思いながら、深く深く息を吐いて、深く深く息を吸う。

問題なし。気持ちの良い空気だ。

この星の必要最低限の生命維持装置というものは、今日も依然として、動き続いているらしい。

やらなきゃいけないことは全て意味を成さなくなったから、僕はひとまずコンピューターでいつか見たオーロラというものでも見に行こうと思った。

コンピューターで詳しいことを調べるのは気が引けたから、とりあえず断片的に頭の中に散らばる情報をかき集めてみる。

北に行けば見れるんだっけ?
北、北か。
さて、方位磁針なんてもの、この街にまだ残っていたかな。

もう長らくこの箱庭からは出ていないから、そんなもの必要なかったんだよなぁ。

えぇと、それに食料……あっ。それに灯りも必要か。こうなると、エネルギーというのはなんともめんどくさいものだなぁ。

あぁ、それに、それに、それに。

必要そうなものをかき集めて、僕は家を出た。

少しばかり歩いていると今度は向かいに住んでいるマイケルさんが右腕を落としながら、挨拶をしてくれた。

「あぁ、ほら、また落ちてますよ」なんて言いながら、彼に右腕を渡す。
彼はやっぱり訳のわからない言葉……言葉なのだろうか?何かをつぶやきながら、僕からそれを受け取った。

そもそも、こんなことにならなくたっていつかは終わってしまうのかもしれないな、こんな世界は。

そんなことを思いながら、僕は作り物の空を眺める。

今日も良い天気だ。

箱庭から出た空の天気は、思ったよりずっと綺麗ものだった。

ディスプレイ越しのおとぎ話、都市伝説は楽園か地獄かの両極端で、さぁてどちらになるものかと少し身構えていたりもしたんだけど、この様子だととりあえず進むことはできそうだと、胸を撫で下ろした。

でも、作り物の空とそう違わないのがどこか寂しく感じてしまったかな。

踏みしめてる土も、そこに生えてる花も箱庭の中と何も変わりはしなかった。

……いや、花は少し目新しい形をしているような気がしないでもない。

箱庭の中には花を愛でる人なんて……いるか。
そういえば、彼女もそうだった。
彼女は好き好んでよく花に水やりをしていたっけ。
僕は必要ないなんて言ってたんだけど。

そういえば、この世界には花言葉というものがあるらしい。
あの箱庭の中の作り物の作り物の花達も何かの花言葉を持っているのだろうか。

あぁ、でも、きっと。
この目の前に咲いている花には何らかの花言葉があるのだろう。

もしかしたら、そんな花言葉も時間に踏み潰されてしまっているのかもしれないけど。

僕はとりあえず、なんとか見繕った方位磁針で北を目指す。

少しばかり歩くと、箱庭の中とよく似た街のようなものが広がっていた。

違っているのは、植物たちが建物を覆っている点だろうか。

街ならば、某かの有益な情報のある紙媒体があるかもしれない。もっとも、僕に読めるとは思わないけど。

淡い期待……いや、好奇心を胸に抱きながら僕は街に脚を踏み入れた。

箱庭が正常に動いていたから、当然といえば、当然だったのかもしれない。

街には、住人が少しばかりいて、そこらを歩き回っていた。

そこらを歩いている人に話しかけてみたけど、やっぱり言葉なんて伝わらなくて、仕方なく適当に散策することにした。

紙媒体の情報たちは、街に転がっていたけれど、どうにもほとんどが長い年月の中で土に還ったらしく、まともに読めるものはごくわずかだった。

僕はそれらをひとつも読めやしなかった。
どれだけあっても、どれも読めないのかもしれないけど。
まぁでも、異世界感をありありと感じられたのでそれはそれでいいのかもしれない。

そのあとも、少しばかり街を散策し続けた。

なんだか何もかもがどこかで見たような気はするんだけど、やっぱり新鮮で。少し舞い上がってしまったのかもしれない。

その中でもとびきり衝撃的だったのは、偶然か必然か街の中でもとびきり一番大きな建物だった。

その建物の中に入ると、まず大小様々なベッドが並んでいるのが目に入ってきた。

異様な光景にぎょっとしたんだけど、ベッドの上を覗き込んで僕はますます息を飲んだんだ。

ベッドの上には、無数もの人骨が横たわっていた。

奥の方に行くと、見慣れた機械が動いていて、あぁそういうことかと思いながら、僕は何気なくスイッチに手をかけた。

これは、僕にとってはひとつの延命治療になるのかもしれないな。

彼女はそれを望まなかったし、僕もそれを望みやしないけど。

そもそも、僕は世界の裏切り者なんだから。

もしかすると、世界の被害者なのかもしれないけど。

さらに散策を続けていくと、聞き慣れない音が響いてきたので、そちらに向かってみると、なんとも大きな箱が走っているのが見えた。

そう、それは確か、電車というものだ。

少しばかり観察していると、なるほどどうやら定期的にそれはどこかとここの間の行ったり来たりを繰り返しているらしい。

偶然にも、それが走っていく方向はほぼ北方向だったので、僕は十数分ほど待ってやってきた電車に乗り込んだ。

初めて聞く音を響かせながら、今まで感じることのなかった窓の外の加速度に胸が高鳴る。

そこで、僕は少しばかりの空腹を感じたのでバッグの中からキャンディをひとつ取り出して、口に含む。

さて、この箱は、僕をどこまで運んでくれるだろうか。

電車が二十回ほど停止と発進を繰り返したところで随分と長く動かなくなってしまったので、僕はそこで降りることにした。

ずっと待っていたのか、僕が降りると少ししてその電車はまた逆方向へと走り出した。

しかし、ずっと窓の外を眺めているけれど、どこも似たような町並みだ。

この世界は、どこもかしこもが時間に押し潰されながら、それでも延々と自己修復を繰り返しつつ、生き長らえている。

まるで、この世界そのものがゾンビみたいだ。

今まで見ていた世界も、植物人間めいていて、どっちがいいかなんて僕は考える気にもならないけど、考えた人は、植物人間を選んだんだろうね。

だから、世界はこうなんだ。

何にせよ、どんな世界もその場しのぎの延命治療の連続には変わりないのかもしれない。

どうにも自分の居場所を持て余した僕は、彼女の隣のブランコに腰かけて彼女の歌を聴き続けることにした。

彼女は僕のことなんて気にしているそぶりもなくただエレキギターと声を響かせ続けた。

どれほどの時間が経ったのか。そんなことはわかりはしなかった。

僕にとって、僕らにとって時間の持つ意味ってそんなに大したものじゃなかったからさ。
気にすることなんてそんなになかったんだ。

突然、ギターの音も彼女の声も止まって。

次の音を三拍ほど待って、何もこないことに気がついて目を開いたときに彼女の声が投げられた。

「暇なの?」

どうにも、彼女は少しばかり辛辣な人らしい。

それでも、僕にとっては彼女のその声は救いに他ならなかった。

僕にとって意味を持った音を、言葉を紡ぐ人とやっと出会えたのだから。

「あぁ、暇なんだ」

僕はそれだけ言うと、彼女は「そう」とだけ言って、またギターを構えた。

「僕の言葉がわかるの?」

「私はそういう風にできているからね」

何も不思議がることなく、彼女はそう言う。

「じゃあおひとつ聞きたいんだけど、いいかな」

「私は万物を聴かせるためにここにいるの。なんでもいいよ」

「オーロラって知ってるかい?」

「オーロラ?」

彼女はきょとんとして僕の言葉を反芻する。

「オーロラがどうかしたのかい?」

「いえ。なんでもないよ。ただ、そんなとりとめもない質問、何年……何百
、何千年ぶりかなって、そう思っただけ」

「大袈裟だね」

「そうでもないよ」

あぁ、そうでもないね。知ってるさ。

「オーロラなら、……なんだったかな。なんとかナイフだとか。そんなところにでも行けばいいんじゃないかな」

彼女はそう言ったあと「まぁ、北に行けば嫌でも見れるんじゃない?」と付け加えた。

彼女がそう付け加えたのは、地名なんて意味があってないようなものだからだろう。

大地そのものにすら意味があるのか、ないのか。
この世界はなにもかもが不明瞭なまま。なにもかもがわからないまま回り続けているのだから。

まぁ、それは。
いつだって変わりはしないのかもしれないけれど。

「じゃあ、ここから北に行くにはどうしたらいいのかな」

僕の質問に彼女は頭を抱えた。

「あぁ、えぇと……うーん……」

そして、少し経ってから、思い出したように言う。

「そう、確か、役所にワープホール発生装置が……あったような……なかった……ような……」

ワープホール装置。
それがあれば、確かに話は早い。
探しに行ってみても、いいかもしれない。
しかし、みじん切りにされやしないだろうな。

公園から役所とやらはそこまで離れておらず、数分ほど歩くとすぐに着いた。

「到着だね」

「暇なの?」

僕は、彼女にはじめに投げられた言葉をそのまま返す。
……彼女がいないと、数分では済まなかったのかもしれないけれど。

「でも、助かったよ。君はこの町に詳しいのかい?」

「私の庭だね」

「そいつはいいな」

軽口を叩きながら、彼女の後に着いていく。
すいすいと進む彼女に連れられていくと、そこにあったのは文庫本サイズの小さな機械がいくつか置かれた部屋だった。

その中からひとつ、機械を持ち上げて僕は彼女に問う。

「これがワープホール装置なの?」

「もちろん」

彼女がそういうなら、そういうのだろう。

オーロラも近そうだ。胸が高鳴るな。

ワープホール。

長距離移動、高速移動を可能とする装置。

物理的物質を一時的に情報的物質に分解。
電子情報空間を通過させ、情報媒体でアクセスできる電波圏であればどこへでもほぼ光速での移動を可能とする。

ただし、ワープホール装置に内蔵されているのはほぼ一回分の入口、出口の二点のワープホール発生ぶんのエネルギーにのみ留められており、すべて使いきりとなっている。
これは内蔵エネルギーで複数回の起動を可能とした場合、移動途中でのエネルギー切れによる物質の情報空間への幽閉などが懸念されるための仕様。

また、移動物質の運動エネルギーも情報空間内の移動の際のエネルギーに変換されるため、大型のワープホールを展開する場合や超長距離の移動を前提とする場合、ワープホール投入の際、加速装置の使用などで機械内のエネルギーだけでなく移動物質の運動エネルギーも確保するとよい。

さらには……

…………

………

「……もういい。なんとなくわかったよ」

僕は彼女が読み上げるワープホール装置の説明書を止めながら僕はいろいろと思考を巡らせる。

目指す場所は、できるだけ、北へ。
かなりの長距離移動だろう。
となると。移動物質の運動エネルギーが必要になる。
つまり、重くなるか、速くなるか。
今この装置で僕単体、普通にワープホールに突入するよりも、すごい着込んでワープホールに突入したり、突入する際に全力疾走で突っ込んだ方がいい、ということか。

……いやいやいや。ま
そんなの誤差にすぎない。つまり、加速装置を見つけてやる必要が

>>20
途中送信しちゃいました。
やり直します。

「……もういい。なんとなくわかったよ」

僕は彼女が読み上げるワープホール装置の説明書を止めながら僕はいろいろと思考を巡らせる。

目指す場所は、できるだけ、北へ。
かなりの長距離移動だろう。
となると。移動物質の運動エネルギーが必要になる。
つまり、重くなるか、速くなるか。
今この装置で僕単体、普通にワープホールに突入するよりも、すごい着込んでワープホールに突入したり、突入する際に全力疾走で突っ込んだ方がいい、ということか。

……いやいやいや。
そんなの誤差にすぎない。
人体でできることなんてたかが知れている。
つまり、加速装置を見つけてやる必要がある。
加速装置。
重く、速く。

重く……速く……?

あぁ。

考えるまでもなかった。

あるじゃないか、うってつけのやつが。

「ふんふんふーん……♪」

鼻歌を奏でながら様々なパネルを操作する彼女の肩を叩きながら、問う。

「どうだ?できそうか?」

「もちろん」

「死ぬ覚悟は?」

「いらないでしょ?」

「もちろん……ごめん、多分」

もちろん、と答えたかったが僕にはできなかった。
どうやら僕は彼女ほど肝が座ってはいないらしい。

「そんじゃま、時間もないことだし、いくよ?」

ぎしり。
いつもの音をたてながら、ゆっくりと動き出す。
ゆっくり、ゆっくりと、加速する。
外の景色もめくるめくまでに、加速する。

もう、車窓が何を写し出しているかなんてわかりゃしない。

走る、走る。

加速する。

加速して、加速して!

さらに加速していく!

速く、速く!

もっと速く!

叫びたくなるくらいに加速する列車のなかで僕はぼんやりと考える。

あぁ、そういえば最初に探していたな。

北に行く電車ってやつをさ。


僕達二人を乗せた列車は、ひとつ先の駅に設置されたワープホールを貫いた。

『オーロラって知ってる?』

『なんだい、それ』

『とっても綺麗なんだって』

『へぇ』

『でも、それって世界の中のいわゆる歪みや乱れで……そんなものが綺麗だなんて、なんだかおもしろいと思わない?』

『よくわからないな』

『むぅ、つまらないなぁ』

『それでも、綺麗だっていうなら、見てみたいかな』

『……それは、そうだね』

いつかの夢から覚めて、目を開いたときに飛び込んできたものは、七色の星空だった。

「ね?上手くいったでしょう?」

隣に座る人……機械の少女は、僕にそう微笑みかけた。

「さまさまだね」

僕も負けじと笑い返す。

いつか、見せられたディスプレイ越しの七色の星空を実際に眺めながら、僕は思う。

なんて、綺麗なんだろう。

この星空だけじゃない。

どんな街も、どんな機械の人も、どんな空も、どんなものも、どんな世界も……。

ディスプレイ越しの世界よりずっと綺麗で。

ずっと、ずっと……。

ずっと、ずっと。

「僕は……"僕ら"はね。世界の歪みってやつなんだ」

「歪み?」

唐突に口を開いた僕の話に茶々を入れることなく機械の少女は、問い返す。



「」

まただ……。ごめんよ……。すぐ終わるからね……。

「僕は……"僕ら"はね。世界の歪みってやつなんだ」

「歪み?」

唐突に口を開いた僕の話に茶々を入れることなく機械の少女は、問い返す。

そういえば、いつか彼女が言っていたな。

僕の言葉がわかるように、彼女が作られているのだと。

万物を聴かせるために、ここにいるのだと。

きっと、彼女は万物を聴かせるためだけでなく、万物を聴くために作られているのかもしれない。

きっと、それだけでこの世界は五ミリくらい、救われてしまうから。

「僕らを置いて、人類は電子空間に逃げちゃっただろ」

「昔話だね」

「あぁ、昔話だね」

そう。
みんなが知っている昔話。
いいや、違う。
みんなが覚えている、昔話。

「でも、そんな電子空間だって機械……物理的な物質によって保たれてる。僕らはそんな人類の守り人だったんだよ。いざというとき、物理的に彼らの"世界"をケアするためにこの世界に取り残されたんだ」

「僕らも世界の歪みだったわけだけど、なんでだろうな、僕には歪んでいたあの世界が。数千年閉じ籠ったあのシェルターは、この世界のどこよりも綺麗に見えないんだ」

「ばかですね」

僕の等身大の泣き言を、彼女はばっさりと切り捨てる。

「この世界は、どこもかしこも歪んでいるんですよ」

機械の少女は、そう言ってからすぐに首を振る。

「いいえ。違います」


「この世界は、どこもかしこも既に終わっているんです」


その言葉を聞いたとき、僕はたまらなくなって、なんだか泣けてきたんだ。

[彼女]永らく切ったままだったスマートフ[断片的]電源を入れると、随分と震え続けていた。

きっと、全人[宇宙]抗議ってやつだろう。

震えるスマー[サトウさん]横に置いて、僕はしっかりと、七[変な音]空を目に焼きつけ、そっと[手遅れ]じる。

ざまぁ見ろ、人類。

[方位磁針]ゆっくりと、それでも確かに終わっていくんだ。

願わくば、[箱庭]だな。

僕や、彼女が、物語の中の人であらんことを。

全人類は0と1の無責任な存在なのだから。僕らだってそれくらい、許されるはずだ。

あ[花]、ほら、見なよ。やっぱり。

言の葉の雨が振る。

僕だって、[ベッド]て、0と1の上の人間で[裏切り者]んだ。

[電車]、君も、[メロディ]の人間でしかない。

最[オーロラ]ピーエンドだね。

これを読んでる君だって、ほらきっと。

>>31
言の葉の雨が降る。でした。


読んでくださった方、ありがとうございました。
機会があれば、またいつか、どこかで。

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