【ミリマスSS】志保「ある捨て猫の話」 (41)
仕事を終えて事務所で弟の帰りの時間になるのを待つ。もう外は真っ暗で、ピューピューと冷たい風が吹いている音がする。あぁ、外はすごく寒そう。できれば外には出たくない。
そんなことを考えながら時計を気にしていると、その思考を遮るようにドアが勢いよく開いて元気な歌声が事務所に響き渡る。
可奈「ただいまー♩いまいま帰りましたー♩」
どうやら可奈が仕事から帰ってきたみたい。私が「おかえりなさい」と挨拶するよりも早く、可奈は私を見つけて嬉しそうに擦り寄ってきた。
可奈「あっ!志保ちゃん!ただいまー!!」
志保「おかえりなさい」
「えへへー」と目元の緩みきった可奈。鼻先と頰は真っ赤になっていた。どうやら、外は相当に寒かったみたい。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1484751450
志保「可奈。顔が真っ赤になってる。あったかいココアでも淹れるから少し待ってて」
給湯室に向かおうと可奈に背を向けると、急に首筋に冷たい感覚が襲ってきて、思わず声を上げてしまう。
志保「ひゃん!!なに!?」
驚いて後ろを振り返ると、両手の掌をこっちに向けて満面に笑顔を咲かせている可奈の顔があった。
可奈「えへへー。私の手、冷たかった?」
万が一にも悪気など混じっていない笑顔を見ると、イタズラされた怒りなんて湧いてこない。けど、それはそれで可奈の思うツボのような気がしたので、すこし意地悪返しをすることにする。
志保「...えぇ、すごく冷たかったです、矢吹さん。今日も1日お疲れだったのでしょう?早く帰ってゆっくりされてはいかがですか?」
いつもの3倍の距離感で冷たく返答すると、可奈はあわわと慌てて言葉を返してきた。
可奈「うわーん。ごめんね志保ちゃん。ちょっとイタズラしただけだよー。『矢吹さん』なんて呼ばないでー」
思ったよりダメージがあったみたい。反応が面白いからもう少しからかってみることにする。
志保「ごめんだなんて、とんでもないです。矢吹さんに謝られることなんて、何もされてないですよ」
冷たい言葉に機械的な笑顔をニコッとトッピングして振る舞うと、さらに慌てた可奈は私の手を握ってブンブン振り回してきた。
可奈「うわーん。志保ちゃんごめんなさいー。いつもの志保ちゃんに戻ってよー」
可奈は痛いくらいに勢いよく私の手を振り回す。もうこのくらいで限界らしいので勘弁してあげる。私の腕も痛いし。
志保「...冗談よ。痛いから離してくれない、可奈?」
さっきの言葉から距離を1/3に縮めると、可奈は満面の笑顔に戻って、さらに手をブンブン振ってきた。
可奈「もー!志保ちゃんのいじわるー!あっ、でも私もイタズラしたからおあいこかな?えへへー、おあいこ!」
志保「おあいこなのかどうかはわからないけど、お願いだから手を離してくれる?誰かに見られると...」
そこまで言いかけて、ハッと背後に気配を感じて振り返る。すると、ニヤニヤと生暖かい笑顔でこっちを見ている美奈子さんと奈緒さんと目があった。
奈緒「あー、こっちは気にせんでええから続けて続けて」
美奈子「うん!仲良しはいいことだからね!続けて続けて」
しっしっと私の視線を追い払うように片手を振る2人。まるで、仲違いしていた姉妹が仲直りした様を微笑ましく見守る親のよう。
奈緒「いやーでもなー。あの2人がこんな仲良しさんになるとは思わんかったなぁ」
美奈子「志保ちゃん案外クーデレだからね。冷たい言葉もきっと愛だったんだよ」
奈緒「なるほどな。まぁ、仲良きことは美しいなぁ」
美奈子「うんうん。仲良きことは美しいね」
生暖かい2人の目がはずかしいので、腕にグッと力を入れて可奈の腕を止める。ギュッと握られている手をフルフルと動かして『離して』と合図をする。
私の意図を読み取った可奈は、少し名残惜しそうに握っていた手を離す。ちょっと、さっきまであんなにテンション高かったのに、なんですぐにそんなしょんぼりした顔ができるのよ?
生暖かい目としょんぼりした目を背中にチクチク感じながら、改めて給湯室に向かいココアを淹れる。2人増えたから4人分だ。
さっきのやり取りを奈緒さんと美奈子さんにいじられながら、4人で一緒にココアを飲む。ポカポカ身体が暖かくなるのを感じるけれど、それはココアのせいか2人にいじられる恥ずかしさのせいかよくわからない。
いじられてるはずなのに、可奈はずっと嬉しそうにニコニコ笑っていた。まったく、なんでそんなに嬉しそうな顔をするのよ?
################
その日の帰り道、いつものように弟と手を繋いで帰る。
弟「ふぁっ...ふぁっ...ふぁっくしゅん!!」
志保「あぁ...鼻水が勢いよく...ティッシュで鼻かみなさい」
弟「はーい。あれっ?ティッシュないや」
志保「もぅ!毎日家出る前に確認しなさいって言ってるでしょ!仕方ない、はいお姉ちゃんがチーンしてあげるから」
弟「いいよ!自分でできるもん!」
志保「ダメ!ティッシュ忘れた罰よ!はい、チーン」
弟「チーン」
志保「はいよくできました。寒くない?風邪ひかないでね」
弟「うーん、少し寒いかも」
志保「じゃあ、お姉ちゃんのマフラー貸してあげる。まだ寒かったら言ってね」
弟「うん!あっだがいがらだいじょうぶ」
志保「あーもう、また鼻水が出てるじゃない!マフラー汚さないでね」
弟「あーい」
そんないつもの帰り道。足元からニャーニャーと鳴き声が聞こえた。2人で立ち止まって下を見ると、段ボールに1匹子猫が捨てられていた。
弟「にゃんこだ!」
志保「うん。にゃんこだね」
クリクリッとした目、真っ黒な毛並みは手入れされておらずゴワゴワッとしている。
弟「こんなに寒いのに...かわいそう...」
ボソッと呟いた弟の言葉が、グサッと心に突き刺さる。本当に、本当にかわいそう。きっとまだ産まれて間もない子なのに、こんなところに1人で捨てられてるなんて。
仕方がないのは理解できる。猫の子供を産む数と育てるのにかかるお金やスペースを考えるとそれは理解できる。
でも納得はできない。こんなに可愛い子猫を冬の路上に捨てる心なんて、絶対に納得したくない。
志保「...にゃー」
子猫の顔を撫でると、「にゃー」と小さく鳴いて顔をすり寄せてきた。子猫の体温は暖かくて、それがなんだか無性に安心した。
志保「お姉ちゃん、ちょっと遠回りして買い物したいんだけど、ご飯遅くても我慢できる?」
すっと立ち上がって、隣の弟に問いかける。弟は私が何がしたいか理解したようで、ニコニコっと笑顔で答える。
弟「うん!僕も一緒に行くよ!」
############
スマホで一番近くのペットショップを探して子猫用の餌と毛布とブラシを買い、コンビニで新聞紙を買う。
弟「お姉ちゃん、僕が荷物持つよ!」
志保「いいの?ちょっと重いかもしれないわよ」
弟「平気だよ!僕、男の子だもん!」
あら頼もしい。弟の気遣いに少し嬉しくなりながら、荷物を託す。弟は右手で荷物を持って、左手は私と手を繋ぐ。
いつかは手を繋いでくれなくなって、私のことを呼び捨てしたりするのかも?なんて、まだまだ遠い先のことを考えてしまう。彼女なんて連れて来たら...どうしよう?
そうして買い物を終えて、子猫のいる場所に戻ってきた。私はひょいっと子猫の入れられている段ボールを抱えて、2人と1匹で家路につく。
家に着くと真っ先に新しい段ボールに新聞紙を敷き詰めて、子猫をそこに入れる。お皿に暖かいミルクを注いで、毛布をかける。
弟「やった!にゃんこさんのお家の出来上がり!」
志保「うん、できました」
ブラッシングもしてあげたいけど、さっきから私も弟もお腹の音が鳴り止まない。一旦ご飯にして、一緒にお風呂に入った後にブラッシングをしてあげよう。
新しい家に引っ越した子猫を撫でながら、そっと話しかける。
志保「狭い我が家ですが、とりあえずくつろいで行ってね、にゃんこさん」
「ニャー」とタイミングよくにゃんこさんが鳴く。なんだか私の言葉を理解しているみたいで、自然と笑みがこぼれる。
さて、問題はここから。うちはマンション、もちろんペットは禁止。この前ぺットのトラブルでマンションを追い出された人の話をお母さんから聞いたから、きっと容赦はしてくれない。
弟とパスタを食べながら作戦会議。とりあえず飼ってくれる人を見つけられるまで、うちでなんとか預かれないかお母さんに相談するための上手い言葉を探す。
パスタを食べ終わると長かった帰り道のせいか、弟はウトウトしていた。弟の部屋まで運んで、寝かせてあげたところで玄関のチャイムが鳴った。
ゴクリと息を飲む。ライブとは違う、嫌な緊張感が襲う。数秒後、リビングの扉が開いた。
母「ただいま。遅くなってごめんなさいね」
志保「お帰りなさい。ご飯用意してるから、着替えてきたら?」
母「えぇ。それじゃ、着替えてくるわね。今日は晩御飯ありがとう」
志保「ううん。気にしないで」
バタンとお母さんがリビングを後にする。今のところ、にゃんこさんの話をするヒマはなかった。うん、別に怖くて切り出せなかったわけじゃない。タイミングがなかっただけ。
母「あら、今日はパスタなのね。お母さん、一杯だけワインを頂こうかしら」
そう言って、ワインボトルを棚から取り出そうとするお母さんを私は制する。
志保「お母さん。私が注ぐから座って待ってて」
母「そう。悪いわね」
グラスの半分までワインを注ぎ、お母さんが嬉しそうに口をつけるのを眺める。良かった、今日は上機嫌そう。
母「志保、お仕事はどう?今はどんなことをしてるの?」
パスタをフォークでクルクル巻きながら、お母さんは私に尋ねる。私はお母さんの向かいの席で、食後のお茶を飲みながら答える。
志保「今は次にリリース予定のCDのレコーディング中」
母「そう。次はどんな曲なの?」
志保「そうね、かっこいい曲になる予定n「ニャー」
テーブルの席の後ろから、にゃんこさんが私の話を遮る。待って...まだ心の準備が...。
母「ニャー?」
キョトンと目を丸くする母。まだ事態を把握できていないようなので、なんとか誤魔化さなければいけない。
志保「かっこいい曲になる予定なのにプロデューサーさんは『ニャーニャーいう曲の方がいい』なんて言ってるの」
母「......。またあのプロデューサーさん、志保に変なお仕事をさせる気なのかしらねぇ...。まぁ、小学生メイドよりはましだけど...」
よかった。なんとかプロデューサーさんの株を下げることでこの場を切り抜けられそう。ごめんなさいプロデューサーさん。でも、ここまであっさり納得されるあなたの普段の仕事にも少し問題はあると思います。
母「志保、もう一杯ワインを貰える?」
少し赤ら顔でお母さんが尋ねる。仕方がないので、さっきと同じ分だけワインを注ぐ。
志保「今日はここまでね。飲みすぎちゃうと明日の仕事g「ニャー」
またにゃんこさんがなんとも言えないタイミングで鳴く。お母さんはジトーっとした目で、何かを探るように私を見る。
志保「...コホン。明日の仕事がにゃんともにゃらにゃくにゃるから、これが最後ね」
さらっと冷静に猫語で誤魔化す。たくさん変な役で芝居をしてきた経験はあるから上手くいったはず。
お母さんは1つため息をついて、言葉を返す。
母「それにゃらしかたにゃいわね。この一杯でやめておくわ」
よかった。今度も上手くいったと、ほっと安堵する。
母「にゃーんて、そんにゃ小芝居に誤魔化されにゃいわ...志保、後ろのものを見せなさい」
ビクッと背筋が自然と伸びる。あぁ...まぁ、そうよね。普通は騙されるわけなんてないわよね...。仕方がないのでそーっとにゃんこさんを段ボールごと机に置く。お母さんはジトーっとした目でにゃんこさんを見つめる。
母「...事情を説明してくれる?」
志保「...帰り道に捨てられているのを見つけて、それで拾ってきた」
事実をありのままに答えたのだけど、お母さんは納得いかないというように眉をひそめていた。ひとつゆっくりと溜息をついて、口を開いた。
母「それは大体予想できるわ。教えて欲しいのは、なぜ志保が猫を連れ帰ってきたのか、その動機よ」
母「うちがペット飼えないことなんて分かってるでしょ?なのになんでこんなことをしたのかってこと。なんだか、志保らしくない」
お母さんにそう言われて、初めて自分でも気がついた。確かに、今までの私ならこんなことはしなかったはず。
捨てられた子猫を見てかわいそうと同情し、捨てた飼い主に怒りを感じることはあっても、小さな子供みたいに飼えないと分かってる家に子猫を連れ帰ったりはしなかったと思う。
子猫の世話をずっと見きれない以上、結局捨てに行かなければならないことはわかりきっている。それはとても辛い。私にとっても、子猫にとっても。
じゃあなぜ私はこんなことをした?少し間をとって考える。頭の中でにゃんこさんと会ったところまで戻って、思い出す。
モヤモヤした霧の中を必死にかき分けて進むような感覚。手には何の感触もせず、視界は一向に晴れる気配がない。それでも懸命にかき分けて探す。自分の心を。
ふとカチッと何かが繋がる音がしたような気がした。かき分けられるはずのない霧がすーっと晴れていき、見たことのある風景が目の前に広がる。
合宿所。広い畳の部屋。聞き覚えのある話し声。スマホの画面。
ブツ切りの映画予告のように風景はいきなり変わる。でも、これもまた見たことのある風景。
レッスンルーム。木目の床。見覚えのある人たちが輪になって座っている。激しい不安と怒りの感情。
準備中のライブ会場。ガランとした客席。想像をはるかに超えた広すぎるステージ。後悔と暖かい感情。
なるほど、理解した。どうして自分がこんなことをしたか。頭の中に浮かんだ答えを自分で確かめるように、ゆっくりと言葉にする。
志保「独りぼっちは寂しいって、思ったから」
志保「寒くて痛くて辛くて、そんな気持ちをにゃんこさんに感じて欲しくなかったから」
あれ?声が震える。視界にモヤがかかって前が見えない。頰に冷たい感触が伝う。
それを自覚した瞬間、顔が柔らかいものに包まれる。息ができない。でも心地よい匂いがする。安心するあたたかさを感じる。
頭の後ろを掌で優しく撫でられる。きっとお母さんが、私を抱きしめてくれたのだろう。いつしか頰を伝う感触はあたたかいものへと変わっていた。
################
スマホの画面と向き合いながら、頭を回転させる。
お母さんはにゃんこさんを預かることを許してくれた。ただし期限は二週間。それまでに飼い主を見つけないといけない。
だけどその前に決めておかないといけないことがある。日中、お母さんは仕事、私と弟は学校にいる。つまり、にゃんこさんが1人になってしまう。
にゃんこさんを家に1人にしておくのは心配。だから飼い主を探す前に、日中一時的ににゃんこさんを避難させられる場所を探さないといけない。
その場所には思いあたるところがあった。ただ、それをどうやって頼もう?どうお願いすればいいのだろう?
とりあえずそれとなく話を切り出すため、『少し相談があるのですが、今お時間よろしいでしょうか?』とメッセージを送る。
もう夜も遅い時間になってしまっているのにもかかわらず、すぐにメッセージは既読になり、通話がかかってきてスマホがブルブルと震える。
通話をフリックすると心配そうなプロデューサーさんの声が聞こえた。
ミリP「志保!?どうした!?相談ってなんだ?」
この速さで反応が返ってくるということは、きっとまだパソコンの前で仕事をしていたのだと思う。なんだか申し訳ない気持ちになって、つい謝ってしまう。
志保「夜遅くにすみません。お話いいですか?」
ミリP「おう!なんでも言ってくれ!で、何があった?」
私はにゃんこさんと会ったこと、二週間で飼い主を見つけないといけないこと、日中事務所でにゃんこさんを預かって欲しいことを告げた。
プロデューサーさんは全て聴き終えると、安堵の声色で言った。
ミリP「なんだそんなことか。全然大丈夫だ。日中だけでいいなら預かるよ」
ミリP「心配するな。犬やワニやハムスターやカエルなんかを預かることもあるからな、猫をあずキャットくなんて何でもないよ」
こっちは結構頭を悩ませて相談したのに、返ってきたのはお気楽なダジャレだった。それにしても765プロの動物慣れは少し異常だと思う。多分響さんと環のせいだけど。
でも、心から安心した。プロデューサーさんにお礼とお返しに少しの小言を言うことにする。
志保「ありがとうございます。それではよろしくお願いします。あの、仕事頑張るのはいいですけど、頑張りすぎないでくださいね」
ミリP「おぉ、志保からそんな言葉が聴けるなんて嬉しいよ。おじちゃん、もっと頑張っちゃうから」
返ってきたのは気持ち悪いほどのハイテンションの言葉だった。なんだか少し照れくさくなって、顔が熱くなるのを誤魔化すように早口で言葉を返して電話を切る。
志保「ちゃんと話聞いてました?頑張らないでいいですからほどほどにして休んでくださいおやすみなさい」
############
そしてにゃんこさんの飼い主探しが始まった。まずは事務所の人たちに聞いてみたのだけど、みんな家の事情などがあり飼うことはできないそうだ。
響さんが飼ってくれるのかと期待してたけれど、どうやら難しいそう。
響「ごめんよー。ウチに迎えてあげたいんだけど、これ以上家族を増やすと大家さんに家を追い出されちゃうんだ。代わりに引き取ってくれる人探すから、任せといて欲しいぞ!」
志保「いえ、気にしないでください。飼い主探し、よろしくお願いします」
響「うん!あとねあとね、自分なんだか嬉しいぞ!志保が動物のこと、こんなに気にかけてくれるなんて」
響さんはそう言うと太陽みたいに明るく笑った。眩しすぎてなんだか気恥ずかしくなっきて、つい捻くれた言葉を返してしまう。
志保「べっ、別にそんなのじゃないです!ただ、なんだか見ていられなかっただけです!」
響さんは変わらぬ笑顔で言葉を返す。
響「自分、優しさはぐるぐるまわるって思うんだ。765プロはそういうところだからさ」
響さんはきっと、私のグネグネに曲がった言葉をまっすぐに直して受け取ったのだと思う。765プロの人たちのこういうとこは、ほんの少しのちょっぴりだけ苦手だったりする。こういう距離感やあたたかさは、私はまだ慣れていないから。
数日経ってもなかなか飼い主は見つからなかった。その一方で、にゃんこさんはもう765プロのうちでトップアイドルになってしまっていた。みんなで一斉ににゃんこさんを可愛がっている。
仕事を終えて事務所に帰ると、やっぱり今日もにゃんこさんの周りは賑やかだった。
茜「キミは可愛すぎるから特別に茜ちゃんがナデナデしてあげるよ。あ、可愛すぎるって言っても茜ちゃんの次だからね。でも恥じることはないよ。なんていったって茜ちゃんの可愛さは銀河一だからね」
麗花「うんうんかわいいね〜。黒いとこが昆布みたいで可愛い〜」
茜「麗花ちゃん...。さすがに昆布はないかな〜。茜ちゃん、昆布に可愛さ勝負挑んでるおバカさんみたいじゃん」
麗花「え〜昆布可愛いよ。あんなにパリパリなのにお湯に入れるとツルツルになっておまけに美味しい!一石二鳥だね!あっ、一石二鳥といえばこの前焼き鳥屋さんにいってね...」
あぁ、いつも通りの流れで茜さんが通称キタガミホールに飲まれそうになってる。こうなると放っておいた方が身のためなのだけど、それではにゃんこさんに近づけないので仕方なく声をかける。
志保「お疲れ様です」
茜「あっ!しほりんお疲れいいところに帰ってきてくれた助けてよ!」
麗花「お疲れ様、志保ちゃん!志保ちゃんも聞いてよ!この前焼き鳥屋さんの大将さんに『ねぎま』の『ま』って何かって聞いたらね、『まごころ』の『ま』って...」
あぁ、目の前が真っ暗になりそうなくらいよくわからない話。どうしてこの人は歌うとあんなに素敵なのに、普段はこんなにポヤポヤしてるのだろう?
志保「麗花さん、それからかわれてますよ。『ねぎま』の『ま』は『マグロ』の『ま』です」
私の言葉に素直に不思議そうな顔をして麗花さんは質問をする。
麗花「え?でもねぎまにマグロ入ってないよ?」
これに素直に答えると、連想的に質問が次々に出てきてWikipediaをたらい回しにされるハメになりそうだと頭の片隅でアラームが鳴る。たしか、前にそんなことが2度くらいあった。
そんなアラームに従って、通称キタガミホールに吸い込まれないためにとっておきの言葉を返す。
志保「詳しくは、ネットで検索してください!」
麗花さんはまたまた素直に感心した風に言葉を返す。
麗花「確かにそうだね。そっちの方が詳しいかもね」
早速スマホを取り出して、検索を始める麗花さん。実は私はこの類の人たちが不思議だったりする。ネットで調べればすぐにわかることを、どうしてわざわざ人に聞くんだろう?いい機会なので聞いてみることにする。
志保「どうして最初からネットで検索しないんですか?そっちの方が、手っ取り早く知りたいことを知れますよ」
麗花さんはスマホから目を離し、まっすぐ私を見て笑顔で答えた。
麗花「だって、目の前に志保ちゃんがいるから!」
当たり前のことを言ってるに過ぎないのに、なぜだろう?その言葉に乗って、すーっと風が吹き抜ける気がした。
そんな私たちのやりとりをみて、にゃんこさんを抱えた茜さんがブーイングをする。
茜「ちょっとちょっと!しほりんも麗花ちゃんも茜ちゃんと猫ちゃんを忘れてないかな!?この可愛いコンビをほっとくなんて、銀河一うつけものだよ!」
そう言ってにゃんこさんの右前足をクイックイッとこちらに向けて、ネコパンチの仕草をとらせる。前足の付け根辺りを左手で抱えるかたちになっていて、後ろ足はだらーっと宙に浮いていた。
そんなにゃんこさんの姿を見て、麗花さんは笑いながら言う。
麗花「茜ちゃん、猫ちゃんじゃなくて猫くんだよ。だって、ついてるもん」
え?今なんて?凍りつく私と茜さんを見て、麗花さんは言葉を続ける。
麗花「あっ!『ついてる』ってちょっとエッチだったかな?ねぇねぇ?ちょっとエッチだった?」
ちょちょっとなにをいっているのこのひとはべつにこねこのアレがあぁでもふつうはえっちなんかじゃないのになにかことばにされるとそんなかんじがしてだめあたまもかおもあつくてなにもかんがえられれれれれれれ
################
そんな形で唐突に性別が判明したにゃんこさん。気を取り直して3人でにゃんこさんを囲んでいると、また他のアイドルがやってきた。
星梨花「お疲れ様です!あれ?志保さん、目と顔が真っ赤ですけど、どこか体調が悪いんですか?大丈夫ですか?」
困り眉でじーっと私を見つめる星梨花。まっすぐ私を心配してくれるのはありがたいけど、大丈夫問題ないから。
静香「お疲れ様です。あら、これが志保の連れて来た子猫ね。あぁ、すっごく可愛い」
そう言ってふにゃふにゃの笑顔になる静香。普段はツンケンしてる静香も、にゃんこさんには勝てないみたい。少し面白いのでからかってみることにする。
志保「そんなに子猫を見つめて、うどんのトッピングにでもして食べるつもり?かわいそうだからやめてくれる?」
静香はいつものとおり怒るかと思えば、フフンと鼻で笑って言葉を返してきた。
静香「そんなことするわけないでしょ。捻くれ者の志保が可愛がって可愛がって仕方ない子猫を食べるなんてとんでもない」
ぐっ...さらにうえの言葉でからかい返された。反撃できずにいると、星梨花が静香をたしなめるように言う。
星梨花「静香さん!志保さんは捻くれてないですよ。この前だって、事務所のテレビでかわいそうな動物の番組を見て泣いt(フゴフゴ
ちょっと!星梨花何を言い出してるの!慌てて星梨花の口を塞いで言葉を遮る。星梨花はビックリしながらもフゴフゴと続きを喋ろうとしている。
静香「大丈夫よ星梨花、冗談だから。さて、この子猫がいなくなってしまう前に存分に可愛がりましょう」
そう言って子猫にじゃれつく静香の顔は、見たことのない優しさと安らぎに満ちていた。星梨花が何か言いたそうにアイコンタクトをしてきて、手を離すと耳打ちをしてきた。
星梨花「なんだか子猫と遊んでる静香さん、すっごく可愛いですね」
えぇ、不本意ながら私もそう思う。ずっとそういう顔をしていればいいのにとも思ったけど、またからかってると思われそうなので言葉にはしないでおこう。
################
そうして時間は過ぎた。みんな飼い主探しを手伝ってくれているけど、いい知らせはまだ貰えていない。
タイムリミットが明日に迫ったある日の夕方。にゃんこさんはそんなことも知らずに、いつものように差し出した手に顔を擦り寄せてくれている。その体温を感じながら何かいい打開策はないかと考えていると、後ろから声をかけられた。
千早「志保、お疲れ様」
志保「お疲れ様です」
千早「隣、座ってもいい?」
ソファーの端の方に身体を移し、どうぞという仕草をとる。千早さんは空いたスペースに腰かけた。手元には楽譜、今度の新曲だろうかと目を向けていると、少し恥ずかしそうな声色で千早さんが尋ねてきた。
千早「あの...その子猫、抱かせてもらってもいい?」
予期せぬお願いに、少しだけ驚く。なんとなく千早さんは動物が苦手なイメージだったから。
志保「はい、どうぞ」
にゃんこさんを差し出すと、千早さんはまるで高級な骨董品を扱うようにぷるぷる震えながら慎重に受け取った。
千早「実は、猫をあまり抱いたことがなくて...これであってる?」
腕はガチガチに力が入っていて、とてもぎこちなかった。お世辞にも『あってる』と言えなかったので、お手本を見せて抱き方を教えてあげた。
千早さんは真剣な目で私のお手本をみてうなづく。そこまでしてにゃんこさんをだっこしたいって、なかなかの情熱だ。
千早「ふぅ、少し慣れたみたい」
そう言って柔らかくニコッと笑う千早さん。あまりにも満足そうなので、さっきからの疑問を聞いてみる。
志保「千早さん、猫好きなんですか?」
千早さんは少しだけ考えて、困り顔で笑って答えた。
千早「好きかと言われれば難しいわね。嫌いではないのだけど」
千早「あまり動物と触れ合ったりしたことはなかったから、いい機会だと思ったの」
きちんとした答えは返ってきていないのだけど、なんだか千早さんっぽいなってすごくしっくりきた。納得していると、独り言のように千早さんがボソッと呟いた。
千早「あなた、飼い主が見つかるといいわね。独りぼっちは、寂しいから」
その言葉はにゃんこさんに向けられているようで、向けられていないようだった。
それから、千早さんは静かに腕の中のにゃんこさんを見つめていた。時計の分針が1/4周したあたりで、千早さんが不意に口を開いた。
千早「子猫って温かくて、柔らかくて、抱いてるとすごく落ち着くのね」
すーっと千早さんの右手がにゃんこさんの背中を撫でる。にゃんこさんは気持ち良さそうに目を細める。
志保「なんだか、にゃんこさんも気持ち良さそうです」
千早「...にゃんこさん?」
驚いて目を丸くする千早さん。しまった!家族の前以外ではにゃんこさんの呼び方を変えていたのに、つい油断してしまった!
なんとか誤魔化そうと言葉を考えていると、千早さんがうつむいて顔を真っ赤にして笑いをこらえていた。
千早「...猫に『にゃんこさん』...可愛く言っているけど...そのまま...じゃない...」
どうやら、私の心配とは違うポイントでツボに入ったみたい。少し安心したけれど、よくわからない千早さんのツボに少し困惑もする。
志保「千早さん笑いすぎですよ...もぅ...」
千早さんはまだツボに入ってるようで、ごめんなさいと手でジェスチャーだけを返してきた。
################
もう一度学校の知り合いなどに手当たり次第あたってみたけど、やっぱりにゃんこさんの飼い主はみつからなかった。
今日が最後の日、もうやれることは尽くした。最後の最後に良い知らせが届くことを祈って、にゃんこさんを撫でる。ごめんなさいにゃんこさん、ごめんなさい...。
恵美「う”ぅ”...ごめんよぉ...ごめんよぉ...」
琴葉「もぅ!恵美泣きすぎ!まだ時間はあるんだから!志保ちゃん、もういっかい家で預かれないかお母さんに聞いてみるから」
志保「いえ、大丈夫です...仕方のないことなんです」
私のワガママにこれ以上みんなを巻き込むわけにはいかない。琴葉さんの申し出はありがたかったけれど、それを受け入れるわけにはいかなかった。
私が悪いんだ。できもしないのに、守ることもできないのに、一人でから回って。
志保「迷惑をかけてしまってすみませんでした。後のことは、なんとかします」
そう告げると、恵美さんが怒ったように言う。
恵美「迷惑なんて...言わないでよ...志保のっ...なやびばっ...びんばぼばやび...」
涙でぐしゃぐしゃで何を言ってるかわからない、その姿をみかねて琴葉さんがフォローをする。
琴葉「迷惑なんかじゃないよ。みんな志保ちゃんのために何かしたいって思ってる、だから頼って欲しいな」
そう言ってニコリと笑う琴葉さん。言葉だけじゃなくて心からそう思っていることが伝わる。あぁ、本当にここの人たちはどこまでもお節介だ。
志保「ありがとう...ございます...」
頼ることは弱さじゃない。もう私はそれを知っている。今はこのあたたかさとむずがゆさに、身体を預けることにしよう。
琴葉さんと恵美さんと打開策を考えていると、事務所の扉が開いていつもの挨拶が聞こえた。
ミリP「お疲れ様でーす」
ことしほ「お疲れ様です」
恵美「おづがれっ...ざま...」
ミリP「おいおい、一人泣いてる子がいるけどどうした?冷蔵庫のプリンでも食べられたか?」
あまりにも場違いなプロデューサーの冗談、ジトーっとした目で琴葉さんが苦言を入れる。
琴葉「違います!子猫のこと、どうしようってみんなで考えてて...」
プロデューサーさんはそれを聞いて、ニターっと笑って言葉を返す。
ミリP「あぁ、それね。安心しろ、飼い主見つかってるよ」
へ?待ちに待っていた言葉なのに、いざそれを聞くとすぐには理解ができなかった。ぼけっとしていると、プロデューサーさんが言葉を続けた。
ミリP「いやー、週末に実家に顔を出したんだけど、ウチの母親が『子育てが終わったはいいけどそれはそれで寂しい。お前はいつ結婚するんだ?アイドル事務所にいるんだから一人くらい女の子を誑かして嫁に連れてこい』なんて言っててさ」
ミリP「んで『そんなことできるか!寂しいんだったら猫でも飼え!』って言ったらオッケーだって言うもんだからさ、ちょうどいいその猫はうちの実家で飼うことにしようかって」
理解が追いつかない私たちを無視して、一方的にペラペラと話すプロデューサーさん。って、あれ?何かがおかしい気がする。
混乱する頭の中、その疑問をプロデューサーさんに投げかけてみる。
志保「あの?週末ってことは、既にもう飼い主は見つかってたということですか...?」
ミリP「うん見つキャッテた」
何の気なしにくだらないダジャレを返すプロデューサーさん。あまりにも呑気な結末に何だか脱力してしまう。
恵美「見つかってたなら先に言ってよ!!私なんて昨日からずっと心配してて目がパンパンに腫れちゃったじゃん!」
突然泣き止んだ恵美さんが怒り出した。無理もない、事務所に来た時には既に目が腫れていて、にゃんこさんの顔を見るなり号泣し始めてたから。
ミリP「あぁ、悪い悪い。いやな、ウチの実家で飼うことになったら志保が頻繁に猫に会うことができなくなるから、最終手段にとっておこうと思ってさ」
ミリP「あまりにも志保が可愛がってたからな。近場で飼い主が見つかれば、そっちの方がいいかなって」
何気に責任を私に転嫁しようとするプロデューサーさん。3人でジトーっとした目で見つめると、少し罪悪感が芽生えたようで提案をして来た。
ミリP「まぁ、悪かったよ。いらない心配をさせたみたいだな。そうだ!お詫びと言っては何だけど、実家に猫連れて行くついでに晩飯ご馳走するよ。ウチの母親が」
そう言ってスマホを取り出し、実家に電話をし始めるプロデューサーさん。あまりの展開に、琴葉さんが何だかおかしな挙動をする。
琴葉「じじじじじじじじじじ実家!?そっ、そんな、心の準備がががが。今日、制服だし失礼じゃないでしょうか」
顔を両手で塞いでジタバタしている。指の間から見える頰は真っ赤だ。
恵美「私お肉食べたい!肉!」
恵美さんは恵美さんで、すっかり機嫌を直してプロデューサーさんにリクエストしている。
私は腕の中のにゃんこさんを撫でる。良かったね、家族が見つかったよ。お別れは寂しいけど、きっといい家族に恵まれたよ。
にゃんこさんは返事をするように「ニャー」っと鳴く。何だかいつもより嬉しそうな声に聞こえて、私も嬉しくなる。
にゃんこさん、元気でね。どうか幸せに。
E N D
終わりだよ~(○・▽・○)
北沢志保様お誕生日おめでとうございます。少し遅れてしまいましたが、誕生日内でスレ立てできたので許して下さいニャんでもしますから。
最後に投稿前にコメントをくれた友人に感謝
みんないい子だね
乙です
>>1
北沢志保(14) Vi
http://i.imgur.com/artGmvD.jpg
http://i.imgur.com/QCoWlsp.jpg
矢吹可奈(14) Vo
http://i.imgur.com/SvcVOGk.jpg
http://i.imgur.com/rBXug02.jpg
>>5
横山奈緒(17) Da
http://i.imgur.com/mvnrTYO.jpg
http://i.imgur.com/yYrw3OS.jpg
佐竹美奈子(18) Da
http://i.imgur.com/XDI4u1A.jpg
http://i.imgur.com/m4oAcWM.jpg
>>22
我那覇響(16) Da
http://i.imgur.com/GjY1PIk.jpg
http://i.imgur.com/q6QgLRb.jpg
>>23
北上麗花(20) Da
http://i.imgur.com/VtmQJ34.jpg
http://i.imgur.com/3hddlqv.jpg
野々原茜(16) Da
http://i.imgur.com/0vXvc7I.jpg
http://i.imgur.com/4OkyuRy.jpg
>>27
箱崎星梨花(13) Vo
http://i.imgur.com/TDLv0Xt.jpg
http://i.imgur.com/FCzrYPz.jpg
最上静香(14) Vo
http://i.imgur.com/BE1XQSj.jpg
http://i.imgur.com/G0J4G8h.jpg
>>28
如月千早(16) Vo
http://i.imgur.com/8rbdhxv.jpg
http://i.imgur.com/hpNgXoq.jpg
>>31
所恵美(16) Vi
http://i.imgur.com/a2Ghj4r.jpg
http://i.imgur.com/2VbDTbm.jpg
田中琴葉(18) Vo
http://i.imgur.com/BwZOzJW.jpg
http://i.imgur.com/ba9k1Tw.jpg
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません