スイレン「デスノート?」 (327)

デスノートとポケモンのクロスSSです
スイレンが主人公です
物語の展開上、暴行描写があります
デスノートのルールにも独自設定が少し入っています

荒涼とした砂の世界がある。
その世界に暮らすのは、死神。
人間の生命を糧として、永遠の時を生きる異形の種族である。
その日、その死神はただひとり思索にふけっていた。

「毎日同じことの繰り返し…つまんねー」

異形の中の異形。
邪悪を目に見えるかたちで描き出したかのような魔の存在。
死神リュークである。

「この世は…腐ってる…」

そう呟いたのは、海のように輝く水色の髪を持つ少女であった。
一人で席に座っており、ずっと下を向いている。
漁師風の涼しげな服装をしているので綺麗な白い肌がよく見えるのだが、肌の全てが白いというわけではない。
至る所に、打撲痕や切り傷が痛々しく浮かんでいる。

アローラ地方。
観光地として有名で、他の地方からの観光客が絶えない場所。
4つの島から成っていて、それぞれの島には守り神がいるとされている。
ここは守り神カプ・コケコの棲むメレメレ島にあるポケモンスクール。
才気に溢れたトレーナーたちが通う名門である。

カキ「スイレン、何をブツブツ言ってるんだ?」

マオ「やめなさいよ気持ち悪い!」ゲシッ

スイレン「うぐっ…!」


スイレンと呼ばれたその少女は、話しかけられると共に強く蹴られた。


マーマネ「みんなー!スイレン虐待DVD13巻できたよー!」

マオ「やったあ!さすがマーマネ!」

カキ「これを見ると全てのストレスが無くなるんだ」

島巡りを達成し、守り神に認められたカキ。
植物の扱いに長けている草タイプの専門家マオ。
著名な科学者たちに引けを取らない才能を持つ発明家マーマネ。
エーテル財団代表の娘であり、末は学者と言われるほどの知識を持つリーリエ。
いずれも輝かしい将来を約束された若き才能たちである。
そして

サトシ「アローラ!今日もよろしくなスイレン!」ドゴォ

スイレン「うぐぇ!?」

登校早々スイレンの腹を蹴り上げたのは、最近スクールに入学したサトシ。
オレンジリーグ名誉トレーナー、シンオウリーグスズラン大会ベスト4、カロスリーグ準優勝など、素晴らしい経歴を持つ実力者である。
トレーナーとしての実力はもちろん、トップアスリート並みの身体能力を持っており恐ろしく強い。
そのサトシの蹴りを受けたスイレンは、たまらず嘔吐した。

ククイ「アローラ!っておい!何をやってるんだ!」

ククイはアローラ地方で有名な「技の研究者」であり、同時に手練れのトレーナーでもある。
生徒たちには隠しているが、「ロイヤルマスク」というリングネームでロイヤルバトルの普及に尽力している。

スイレン「せ、せんせ…」ゴホッ

ククイ「床を汚しやがって!何考えてんだゲロが!」ドガッドガッ

スイレン「ごめんなさい!ごめんなさい!」

ククイ「校長がいないからってはしゃいでんのか!?お前の釣竿売って床代弁償しろや!」


これが、優秀なトレーナーたちが集まるアローラポケモンスクールの日常である。

放課後。
虚ろな目と、力のない足取りで家に向かうスイレンの心は、深い悲しみと怒りで満ちていた。
今日もまた殴られた。
以前まで口癖として使っていた「ウソです」が癪に障るからという理由で。
その口癖をやめても、いじめは無くならなかった。
そして、大事なものまで奪われた。
どうしてここまでされなければならないのだろうか。
しかしそうした感情など、夜には明日への不安と恐怖でかき消されてしまうのだ。

スイレン (ああ…)

スイレン (いっそ世界がひっくり返るくらいのことが起きてくれないかなあ…)

無力なスイレンにできることは、非日常の到来を望むことだけ。

スイレン「ただいま…」

ホウ・スイ「「お姉ちゃんおかえりー!」」

スイレン母「遅い!早くご飯作ってよ!」

スイレンの家族は妹二人と母親で、4人暮らしである。
父親は不倫の末に家を出て行ってしまった。
それからというもの、母親は人が変わってしまい、家事も子育ても放棄するようになった。

ホウ「お姉ちゃんその傷…また…」

スイ「大丈夫!?痛くないの…?」

スイレン「あっ…ああうん…これは…」

スイレン母「うっさいわねホウ!スイ!余計なこと言わなくていいの!」

いくら母親に怒鳴られようと、スイレンは気にしない。
母親の殴打などサトシたちの蹴りに比べれば痛くないし、何より家には妹たちがいる。
この家こそが、スイレンの心が休まる唯一の場所なのだ。

その夜、アローラの空に一つの穴が開いた。
ワームホールを思わせる形状。
神々しい光。
その穴を自分の目で見た者は、世界の終わりを思ったことだろう。
それはあながち間違いではない。
なぜなら、その穴は一冊のノートを落とすために開けられたからだ。
死神の力が宿る死のノート。
デスノートを。

また憂鬱な朝が来た。
リビングではいつも早起きな妹たちが、興味津々にテレビのニュースを見ている。
昨夜、ワームホールのようなものが観測されたと報道されている。
しかしスイレンは、謎の現象になど興味は無い。
スイレンはテキパキと朝食を作り、鈍い動作で授業の用意をして、玄関の扉を開けた。

スイレン「いってきます…」

この時のスイレンには知る由もない。
求め続けた非日常が、すぐ目の前に迫っていることなど。

スイレンはなんとなく寄り道をした。
通学路にあるビーチ。
かけがえのない思い出の場所だ。
スイレンはここでパートナーのアシマリと出会ったのだ。
アシマリはスカル団に暴行されていた。
そんなアシマリの姿を自分と重ねてしまい、すぐにアシマリを助けた。
だが、スイレンは少し後悔をしている。
もしかするとあの時アシマリを助けなければ、今もアシマリは。

いけない。
また意味のないことを考えてしまった。
スイレンは頭を横に何度か振り、必死に考えるのをやめた。
いや、やめざるを得なかった。
何かとつてもなく魅力的なものが、見えた気がしたのだ。

スイレンは立ち上がり、それをよく見るため歩き出した。
黒いノート。
拾い上げ、真ん中あたりのページを見てみたが、何の変哲もないノートだ。
だが、そのノートからは言葉では言い表せない魔力のようなものが滲み出ていた。
よく見ると、表紙に文字が書いてあることに気が付いた。

スイレン「デスノート?」

表紙をめくる。
白いインクのようなもので、何行にもわたって何かが書かれていた。

・このノートに名前を書かれた人間は死ぬ。
・書く人物の顔が頭に入っていないと効果はない。ゆえに同姓同名の人物に一遍に効果は得られない。
・名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くと、その通りになる。
・死因を書かなければ全てが心臓麻痺となる。
・死因を書くと更に6分40秒、詳しい死の状況を記載する時間が与えられる。
・このノートは人間界の地に着いた時点から人間界の物となる。
・所有者はノートの元の持ち主である死神の姿や声を認知する事ができる。
・このノートを使った人間は天国にも地獄にも行けない。
・死因に心臓麻痺と書いた後、40秒以内に死亡時刻を書けば、心臓麻痺であっても死の時間を操れ、その時刻は名前を書いてからの40秒以内でも可能である。
・デスノートに触った人間には、そのノートの所有者でなくとも、元持ち主の死神の姿や声が認知できる。
・デスノートの所有者となった人間は、自分の残された寿命の半分と交換に、人間の顔を見るとその人間の名前と寿命の見える死神の眼球をもらう事ができる。
・書き入れる死の状況は、その人間が物理的に可能な事、その人間がやってもおかしくない範囲の行動でなければ実現しない。
・死神の目の取引をした者は、所有権を失うと、ノートの記憶と共に目の能力を失う。その際、半分になった余命は元には戻らない。
・所有権は自分のまま、人にデスノートを貸す事は可能である。又貸しも構わない。
・デスノートを借りた者の方に死神は憑いてこない。死神はあくまでも所有者に憑く。また、借りた者には死神の目の取引はできない。
・デスノートを貸している時に所有者が死んだ場合、所有権は、その時、手にしている者に移る。
・死神は特定の人間に好意を持ち、その人間の寿命を延ばす為にデスノートを使い、人間を殺すと死ぬ。
・人間界でデスノートを持った人間同士でも、相手のデスノートに触らなければ、相手に憑いている死神の姿や声は認知できない。
・デスノートの所有権を失った人間は自分がデスノートを使用した事等の記憶が一切なくなる。
しかし、ノートを持ってから失うまでの全ての記憶を喪失するのではなく、自分のしてきた行動はデスノートの所有者であった事が絡まない形で残る。
・二冊以上のデスノートの所有権を得た人間は、一冊の所有権を失うとその失ったノートに憑いていた死神の姿は認知できなくなり死神も離れるが、一冊でも所有している限り、関わった全てのデスノートの記憶は消えない。
・所有権をなくしたノートの所有権を得れば、そのノートに関する記憶が戻る。万が一、他にも関わったノートがあれば、関わった全てのノートに関する記憶が戻る。
・また、所有権を得なくとも、ノートに触れていれば、触れている間のみ記憶は戻る。

デスノートのルールであった。
一行目からして荒唐無稽な話である。
到底信じられるものではないが、矛盾点がどこにも見つからない。

スイレン「誰かのイタズラ…?でも…これ…」

そのノートを拾わずにはいられなかった。
スイレンは、カバンにデスノートを入れ、学校に向かった。

スイレンが登校してはじめにすることは、机の確認である。
花瓶が置かれているなど日常茶飯事。
女優の顔がスイレンの顔に差し替えられたAVが流れているパソコンが置かれていたこともあった。
机が燃えていたこともあった。
10万ボルトやアイアンテールで机が破壊されていたこともあった。
そして今日は、裸のスイレンが机に座っていた。

正確にはスイレンを基に作られた人形である。
しかしスイレンと瓜二つで、遠目にはスイレン本人にしか見えないほど精巧に作られていた。

スイレン「え…これ…」

リーリエ「おはようございますスイレンさん!」

スイレン「リーリエ…あの…この人形…」

リーリエ「それエーテル財団が作ったラブドールなんですよ!今度それを各地に設置しようと思うんです!」

リーリエ「観光客の方々にアローラサプライズ!です!」

スイレン「う…あ…」

スイレンはたまらず逃げ出した。
あんなものが量産され、さらにアローラ中に置かれるというのだ。
その未来を想像するだけで死にたくなる。
スイレンは、トイレで何度も嘔吐した。

スイレン (嫌だ…リーリエは本気…)

スイレン (止めるにはどうすれば…)

このノートに名前を書かれた人間は死ぬ。

スイレン (…!)

とつてもなく非科学的な、あのノートの説明文。
ありえるはずがない。
しかし、スイレンの精神はそんなものに頼らざるを得ないほど追い詰められていた。

スイレン (名前…名前…!)

リーリエ
デスノートの最初のページをめくり、一心不乱でその名を書き込む。

スイレン (あ…)

ほんの1秒程度で、リーリエの名前を書き終わった。
しかしスイレンの胸には、とても複雑な感情が芽生えていた。
何か、大きな間違いを犯してしまったかのような。

名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くと、その通りになる。
つまりこれは、死因を書かなかければ40秒で心臓麻痺になり、死亡するということである。
そして、40秒後。
耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。

スイレンは慌ててトイレを出た。
教室に戻ると、マオが涙で歪んだ顔で「リーリエ」と何度も叫んでいた。
床には、目を見開き、口から涎を垂らし、苦痛に満ちた表情で動かなくなったリーリエが転がっていた。
サトシたちも何が起きたのかわからないという様子だった。

スイレン (…)

スイレンの心にあるのは、デスノートは本物だったという確信でも、人を殺してしまったという罪悪感でもない。

スイレン (ねえ、マオ。何を泣いてるの?私が死んでもそんな風に泣いてくれるの?)

スイレン (ねえ、みんな。いつも私を殴ってるくせに。人の痛みなんか理解できないくせに)

スイレン (仲間が死ぬとそんなに動揺するの?)

スイレン「…死ねよ」

もう、ノートを使った時の気持ちなど忘れてしまった。
殺さねば。
使命感だけが、スイレンの心を突き動かした。
そうして、死神の力を携えた復讐者は
静かに、静かに産声をあげた。

オーキド「えー…本日の授業は中止とするので…えー…帰宅をしてください…」

リーリエの死亡から数十分。
教室待機を命じられたスイレンたちに、オーキド校長が帰宅を許可した。
スクールに巨額の投資をしているエーテル財団の娘が死亡したという報告に校長も困惑しているのか、どうも歯切れが悪い。

マオ「リーリエ…うっ…うっ…」グスン

カキ「心臓麻痺とは…一体どうして…」

救急隊や財団の関係者が来たが、結局リーリエは帰らぬ人となった。
マオたちも喪心のあまり、いつものようにスイレンを殴ることもできない。
誰もが項垂れて帰宅していく。
ただ一人、スイレンを除いて。

喜びが、憎しみがこみ上げてくる。
ずっと待ち望んだ非日常がやって来た。
やっと明確な殺意が芽生えた。
死神が落とした、死のノート。
それで何をすべきかはわかっている。

スイレン (!あれは…)

校舎を出たスイレンの目に入ったのは、美しい女性であった。
金髪、細い体、整った顔立ち。
リーリエによく似たその女性は、エーテル財団代表ルザミーネである。

ルザミーネ「死んだ…リーリエが…死んだ…」

ルザミーネ「あなたを失った私の人生に何の意味があるというの…?」

その虚ろな目には、深い絶望が見て取れた。

スイレン (あなただって同罪でしょ?)

スイレン (リーリエのしてたこと、知らなかったはずはない)

スイレン (最低の娘を産み、そしてその娘の行為を見逃した)

スイレン (止められる立場の人が止めようともしないなんて)

帰宅するスイレンの足取りは軽い。
一刻も早く家に帰りたいところだが、その前にスイレンはあのビーチに寄った。

スイレン「アシマリ、見てる?」

スイレン「やっと殺せるんだよ、あいつらを」

スイレン「バルーンを完成させるっていうアシマリの夢を壊したあいつらを」

スイレン「やっと」

「気に入ってるようだな」

スイレン「っ!?」

背後から声をかけられ、スイレンは慌てて振り向いた。
そこにいたのは、黒い翼を持った怪物。
比類なき絶望と悪意を湛えた、人間の命を喰らう種族。
死神であった。

リューク「そのノートの落とし主、死神のリュークだ」

スイレン「は…はは…」

リューク (恐怖で気が狂ったか?)

スイレン「早かったね…リューク」

リューク「あ?」

スイレン「デスノートのルールは全部読んだよ」

スイレン「死神は…私の名前も寿命も見えてるんだよね?」

リューク「ククッ…逆にこっちが驚かされた!」

リューク「俺を恐れないのか?スイレン。イカレてるわけでもないだろうに」

スイレン「いいタイミングで来てくれたと思うよ」

スイレン「聞きたいことがあったの」

リューク「なんだ?」

スイレン「このデスノートの説明文」

スイレン「ここにはポケモンという言葉が全く出てこないよね」

スイレン「ポケモンはデスノートで殺せないってことなの?」

リューク「そんなことはない。ポケモンだって条件を満たせば殺せる」

リューク「ただ、そのことをわざわざノートの説明に書く必要が無いってだけだ」

スイレン「?」

リューク「俺たち死神はな、スイレン」

リューク「人間の寿命を貰って生きている」

リューク「死神が80歳まで生きるはずの人間を30歳の時にデスノートで殺したとすると、50年分の寿命がその死神のものになるわけだ」

リューク「だがな、ポケモンをデスノートで殺しても寿命は増えない」

リューク「だからポケモンを殺す死神なんかいないってわけだ」

リューク「そのデスノートはどっかの死神の落し物でな、俺が死神大王のジジイを騙して貰って来たんだ」

リューク「几帳面な死神だったんだろう。ノートの使い方を丁寧に書いてあるしな」

スイレン「ああ…だからポケモンについての記述が無いんだね」

リューク「さて、ならポケモンを殺すためにはどうすればいいか」

リューク「簡単なことだ。そのポケモンのニックネームを書けばいい」

リューク「セパルトラってニックネームのヒトカゲがいたとしたら、ノートに『セパルトラ 事故死』とでも書くんだ」

リューク「そうすりゃセパルトラは哀れ、トラックに轢かれでもするだろうぜ」

スイレン「なるほど」

リューク「で?殺したいポケモンでもいるのか?」

リューク「名前が知りたいなら死神の目の契約をしたらどうだ?」

スイレン「ううん…あれにニックネームはついてないの」

リューク「そりゃ残念だな。そのポケモンのトレーナーがつけなきゃニックネームとは認められないからな」

スイレン「大丈夫だよ」

スイレン「殺せる」

「昨夜、アローラ地方全土で観測された5つのワームホールですが…」

「数年前にモーン博士という人物がこれと同様のものを発見しており、モーン博士が命名したウルトラホールという名称を…」

「なお博士は失踪しており、ウルトラホールは異世界に通じる扉であると博士は…」

「ウルトラホールからは謎のノートのようなものが落下してきたという目撃証言が…」

ポータウン。
その奥にある屋敷の一室で、ニュースが流れたテレビの前に座り、何かを考えている男がいた。
男の名はグズマ。
スカル団のボスである。

グズマ (どうなってんだ…)

グズマ (明らかにこのノートのせい…だが意味わかんねえ…)

グズマ (デスノート…異世界から落ちてきたノートだと…?)

部下が屋敷の前で拾って来たノート。
「オレのラクガキ帳にしてもいいスカ?」と言うので許可したのだが、早速ノートに自分の名前を書いた部下が突然死んだ。
表紙は黒かったから名前が書けなかったので、1ページ目に名前を書いていた。

グズマ (名前を書くと死ぬ…死のノートだってのか…?)

そして、男の前にも死神が現れる。

夜のエーテルパラダイスは、ライトアップされており非常に美しい。
その一角には代表であるルザミーネの家がある。

ルザミーネ「私は…ただあなたと生きたかっただけなのに…」

ルザミーネ「あの人も…どうして私を孤独にしていくの…?」

ルザミーネ「私の幸福を取り戻したい…そうでなければ、私は」

人間の体と心は、それぞれ別に死ぬものだ。
そしてルザミーネの心は、もう死にかかっている。

「…母様」

そんな母の姿を見かね、声をかけた少年。
ルザミーネの息子でありリーリエの兄、グラジオである。

ルザミーネ「ねえ、グラジオ。あなたはどこにも行かないわよね…?」

グラジオ「…はい」

この夜、エーテルパラダイスに一匹の白い死神が舞い降りた。

そしてここにも

「リーリエが死んだ…いや…殺された…」

「すまん…君を守る力は…無かったんだ…」

「そうだ…悪いのは…あの腐った精神を持ったクズども」

「しかし、そんなことをすれば…すぐにも捕まる」

「ならば世界中の悪を、片っ端から殺していけば」

「そうだ、それしかない」

「そうしなければ生き残れない」

「だから頼む、許してくれ…」

デスノートを持つ、死神に憑かれた人間が一人。

リューク「学校が終わったら妹や母親の世話に家事…それに勉強か」

リューク「大変だなお前も」

スイレン「これからはもっと忙しくなるよ」

リューク「ククッ…違いない」

全ての仕事を終えたスイレンは、自室にこもり、一枚の紙に何かを書いている。
デスノートのルールを何度も見直しながら、決して失敗しないように。
クラスメイトの殺害計画を練っているのだ。

スイレン (贖わせるつもりなんかない)

スイレン (そんなことをしても私の心の傷は癒えない)

スイレン (この地獄から這い上がる方法は、たったひとつ)

スイレン (だから私は…)

スイレン (ただ殺す)

スイレン (無意味に、虫を殺すように)

スイレン (あいつらの命を踏みにじってやる)

リュークは嘘をついた。
スイレンのデスノートは落し物などではない。
説明文を書いたのは落とし主の死神ではない。
なぜ嘘をついたのか。
そのほうが面白いからだ。

リューク (ククッ…楽しませてもらうぜ、スイレン)

人間界に落とされた6冊のデスノート。
人々の運命は、死神によって狂わされていく。

ここ数日、世界各地で起こっている、犯罪者たちが心臓麻痺で死亡する事件。
その犯人はキラと呼ばれており、主に若年層に絶大な人気を誇っている。
そのキラを逮捕するため、国際警察はキラ対策本部を設置し捜査を始めた。
捜査の指揮を執るのは、ハンサムという男。
今はポケモントレーナーではないが、各地方で様々な事件を解決してきた実績のある、有能な捜査官である。

ハンサム「皆、今から話すことを全て理解でき、信じられる者は恐らく皆無だろう」

ハンサム「しかし真実だ。どうか聞いてほしい」

捜査官1「ハンサムさんの話を疑う者などここにはいませんよ」

捜査官2「そうです。もったいぶらず話してください」

ハンサム「うむ…今回の心臓麻痺による大量変死事件…キラ事件だが」

ハンサム「死神が落としたノートが関係している」

捜査官1「は?」

捜査官2「し、死神…?」

ハンサム「落ち着け。ふざけているわけではない」

ハンサム「先日、アローラ地方でウルトラホールが観測されただろう」

捜査官3「は、はあ…メレメレ島上空に2つ、アーカラ島上空に1つ、ウラウラ島上空に1つ、エーテルパラダイス上空に1つ…計5つですね」

ハンサム「この映像を見てほしい」

モニターに映し出されたのは、例のウルトラホールの映像だった。

ハンサム「ここだ。拡大するぞ」

捜査官4「!あれは…」

ハンサム「見えるか?一冊のノートがウルトラホールから落ちてきている」

捜査官1「ノートが黒い上に背景が夜空だからわかりにくいが…たしかに見える…」

ハンサム「ノートの一冊は、アーカラ島のコニコシティ近辺に落ちた」

ハンサム「そのすぐ近く。9番道路の交番に勤務する警官がノートを偶然拾ったのだが…」

ハンサム「彼の話ではその時、ありえないものが見えたのだという」

捜査官5「ありえないもの?」

ハンサム「死神だ」

ハンサム「私はその日、仕事でアローラにいた」

ハンサム「マリエシティで元ロケット団幹部と思しき人物が目撃されたので、調査に行っていたのだ」

ハンサム「そうしたら現地の警察署から連絡が来てな…見に行ったら酷いものだった」

ハンサム「署員や署を訪れていた人のほとんどが発狂していて、彼らのポケモンがボールから出され…まさに地獄絵図だった」

捜査員2「それは…いったいなぜ?」

ハンサム「例の交番勤務の彼が署にノートを持って行ったのだ」

ハンサム「死神がつきまとっている状況だからな…仲間の元に逃げれば安全と思ったのだろう」

ハンサム「結果、死神を署に連れ帰ってしまった。そして何よりまずかったのは」

ハンサム「ノートに触ると死神が見えるようになる、ということだ」

捜査員1「…そのノートは今どこに…?」

ハンサム「ここにある」

ハンサムは重厚なアタッシュケースから例のノートを取り出した。
表紙にはスイレンのものと同じように、「デスノート」と書かれている。
先ほどの話を聞いていた捜査員たちの間にどよめきが走る。

ハンサム「デスノート。死神がこの世界に落としたものだ」

ハンサム「ノートの説明は丁寧に書かれていたので、後で捜査資料として配布する」

ハンサム「簡単に言えばこれは、『名前を書かれた人間が死ぬノート』だ」

ハンサム「私は既にノートに触ったからな、私には死神の姿が見えている」

ハンサム「というより、色々あって私に憑いている」

ハンサム「死神を恐れない者はデスノートに触ってくれ。無論、強制はしない」

捜査員たち「…」

ハンサムは捜査のために死神に憑依された。
彼がこれだけの覚悟を見せているというのに、自分たちが何もしないわけにはいかない。
そんな思いに突き動かされ、捜査員たちはノートに触った。
その瞬間、ハンサムの後ろにこの世のものとは思えぬ恐ろしい怪物が現れた。

牛の骸骨のような顔を持つ死神。
グックである。

グック「ヒヒッ…グックだ。よろしくな」

驚いた捜査員たちは咄嗟にポケモンを繰り出し、攻撃を命じるものの、ポケモンたちにグックの姿は見えていない。
そもそも死神にポケモンの攻撃など効かないのだが。

ハンサム「ノートの所有権を持つ者には死神が憑くらしい」

ハンサム「キラもデスノートを持っていると考えるのが自然だろう」

ハンサム「ならば、キラにも死神が憑いているはずだ」

捜査官4「つまりキラと思しき人物に接触し、死神が憑いているかどうか確かめると…?」

ハンサム「幸いグックは捜査に協力してくれるらしい。これはチャンスだと考えるべきだ」

グック「…ケケッ」

捜査官1「しかし…キラに繋がる手がかりが」

ハンサム「先日、メレメレ島のポケモンスクールでエーテル財団の令嬢が心臓麻痺で死亡した」

ハンサム「そんな少女をキラが殺すとは考えにくいが…デスノートが関係している可能性が高い」

捜査官1「!」

ハンサム「後でエーテルパラダイスにも行くつもりだが、まずはそこからだ。当たってみる価値はあるだろう?」

死神グックの協力を得た国際警察キラ対策本部は、この日アローラに移動。
8番道路のモーテルを事実上の捜査本部とした。

スイレン「デスノートは他人の死を巻き込む殺し方ができない」

スイレン「ここが不便なところだよねリューク」

リューク「死神は人間がいなきゃ生きられないからな」

リューク「極端な話だが…死神やノートを持った人間が、3000年前の王様みたいにとんでもない兵器を持ってる奴を殺したとする」

リューク「そうしたら兵器が起動して人間も死神も滅びるかもしれないだろ」

スイレン「死神が絶滅しないための安全策かあ」

リューク「そういうこと」

リューク「さて、いよいよ明日決行か」

スイレン「誰をどう殺すか…計画は完璧だよ」

スイレン「リーリエを殺した日から今日までに、また何度も殴られた」

スイレン「おかげで殺意は十分」

スイレン「うん、完璧にやれるよ」

スイレン「あいつらにはアシマリより残酷な死を与えないと」

スイレン「まずは…あいつから」

深夜0時、サトシは誰かの足音で目を覚ました。
イワンコかピカチュウが歩いているのかと思ったが、どうやら違うようだ。
足音の正体は、同居しているククイだった。

サトシ「ククイ博士!どこか行くんですか?」

ククイ「ああ、ちょっとね」

サトシは訝しんだが、研究者らしくフィールドワークに行くのだろうと納得した。
このあたりには夜にしか出現しないポケモンもいる。
夜のポケモンの生態を調査するのかと思い、サトシは再び眠りについた。

ククイが向かったのはテンカラットヒルだ。
ククイの家からはそう遠くない。
海に面しており、最奥では木々が生い茂っている自然の大洞窟である。

スイレン「こんばんは。先生」

ククイ「スイレン…?」

そのテンカラットヒルに、スイレンはいた。
いつものビーチサンダルではなく、運動靴を履いている。
手にはスーパーで貰えるようなレジ袋を提げており、モンスターボールがいくつか入っている。

スイレン「…覚えてますか?私のいじめがなんで始まったか」

スイレン「私の口癖に苛立った先生が私を殴ったからですよ」

スイレン「本気じゃなかったんでしょうけどね。鍛えてる先生の力ですからね」

スイレン「小柄な私には大ダメージでした」

スイレン「そこからですよ」

スイレン「自分も自分もと、みんなが私を殴るようになったのは」

その口調は静かだが、スイレンの目には確かな怒りの光が灯っていた。

ククイ「それは…」

ククイ「それは違う!元はと言えばスイレン!お前がムカつくからだ!問題のある生徒をぶん殴って何が悪い!

ククイ「説教で大人しくなるガキばかりだと思うな!殴らなきゃわからないガキだっているんだ!お前がそうなんだ!自分の落ち度を俺のせいにするな!お前なんか殺されるくらい殴られるのが丁度いいんだよ!」

スイレン「…はあ、わかりました」

スイレン「それが先生の本音ですね」

ククイの言葉を聞いたスイレンは、持っていた袋からモンスターボールを取り出し、ククイに向かって投げる。
ボールから出てきたのはワンリキーやゴーリキーたちだった。

スイレン「私だってトレーナーです。かくとうタイプは専門じゃありませんが…この子たちの扱いもうまくできますよ」

スイレン「さあみんな」

スイレン「やっちゃっていいよ。殺さない程度にね」

ワンリキーたちが、スイレンの指示を受けてククイに襲い掛かった。

ククイ「ぐっ!?が…やめ…!」ドガッバキッ

ククイ「あ…ぎ…げがっ…」ドゴォ

ワンリキーたちに何発殴られようと、ククイは抵抗できない。

ククイ「ズイ…だつげ…」

スイレン「先生は」

スイレン「一度でも、殴られてる私を助けてくれたことがありましたか?」

ククイ「が…」

技の研究者であるククイは、ポケモンの技をその身に受けることもしばしばある。
しかし、全身が筋肉であるワンリキー系統の攻撃は、人間が受けるにはあまりにも強力すぎた。
何分か経つ頃には、ククイは満身創痍となっていた。

スイレン「ふう…こんなものかな」

スイレン「ありがとうみんな。ボールに戻っていいよ」

ククイ「う…あ…」

スイレン「…」ドスッ

最後にスイレンはククイの顔を蹴った。
胸の奥のどす黒い思念が、少しだけ浄化された気がした。

スイレン「うん先生、足は比較的ダメージが少ないですね。まだ歩けそうです」

スイレン「あ、そうそう。これは私が捨てておきますよ」

ククイのモンスターボールを奪うスイレン。
奪ったボールは、ワンリキーたちのボールが入ったレジ袋に放り込んだ。

スイレン「それじゃあ私は帰りますね」

スイレン「さようなら先生」

スイレン「最後の授業、ありがとうございました」

テンカラットヒルを去るスイレンが、その手に持つデスノート。
そこにはこのような文章が書かれていた。

ククイ 自殺
〇年×月△日午前0時00分。
手持ちのポケモンを持ってテンカラットヒルに向かい、そこで待っていた少女と会話し、自分の本心を曝け出す。
その場で少女に何をされようと、全く抵抗をせずに耐える。
少女がテンカラットヒルを去った後、人に迷惑がかからぬ様、自分が考えられる最大限の遺体の発見されない自殺の方法を考え、6時間以内に実行し死亡。

リューク「ククッ、お疲れスイレン。まずは一人だな」

ククイへの復讐を見ていたリュークが現れ、スイレンに声をかけた。

スイレン「まだ夜のうちにやることが残ってるよ」

リューク「あん?デスノートにあいつの名前を書いたし、もう帰って寝るだけだろ?」

スイレン「言ったでしょ?完璧にやるって」

スイレン「さてと」

スイレンはライドギアを使い、ライドポケモンのリザードンを呼び出した。
このライドギア、元はポケモンレンジャーが使っていた「ポケモンを呼び出すサイン」を研究し、誰でも使えるように改良したものだ。
様々な種類のポケモンを呼び出すことができる非常に便利な道具である。

スイレン「リザードン、ヴェラ火山公園までお願い」

ヴェラ火山公園。
アーカラ島に位置する火山である。
火山から噴出する蒸気を見に訪れる観光客も多い。

スイレン「リザードン。もう少し上かな」

スイレン「ああ、そのあたり。ちょっと止まってね」

リューク「ん?おい、何をするんだ?」

リュークの質問には、言葉ではなく行動で回答した。
スイレンはククイのポケモンやワンリキーたちのボールが入った袋と、履いていた運動靴を火口に落とした。
モンスターボールはマグマに浸かることを想定して作られたものではない。
火口底に落ちれば、中のポケモンも死ぬだろう。

スイレン「ふう、これで今日はおしまい」

スイレン「あいつのポケモンに何かされたわけじゃないけどね。ゴミ教師が育てたポケモンなんてろくでもないもん」

スイレン「生かしておいてもしょうがないよ」

スイレン「あ、ワンリキーたちは殺すこともなかったかな…まあいいや」

リューク (…こいつ、始めっからこんなだったとは思えないが)

リューク (復讐ってのはこうも人を見失わせるものなのか…?)

リューク「…ククッ」

リューク (やっぱり人間って)

リューク (面白!)

早朝、パソコンに映し出された犯罪者たちの名前を、必死にデスノートに書き込む者がいた。
恐ろしいほどに洗練されたストロークである。

「…死神の目」

「これさえあれば、偽名であろうと名前がわからなかろうと確実に裁ける」

「そして、デスノート所有者を見つけることさえも…」

「そうか…やはり、君だったのか」

「…奴らは、キラに恐れをなすような人間だろうか?」

「もし奴らが変わらないとしたら…また、君の目的が復讐なのだとしたら」

「この裁きに何の意味があるというんだ…?」

暗い部屋で一人、意味のない独り言を繰り返す。
死神の目を持ったその人物を、世間はキラと呼んでいる。

ククイを殺したスイレンは上機嫌だ。
これから教室に向かうのだが、今日は机にどんなイタズラをされていても気にしないだろう。

マーマネ「あ、スイレン!アローラ!」

マーマネ「今日は趣向を変えて、アナログな方法に変えてみたんだ!アローラサプラーイズ!」

スイレン「…これは」

スイレンの机には、「大量殺人犯キラの正体」という文章と共にスイレンの顔と名前が掲載されたビラが置かれていた。
スイレンは心の中で、「どんなイタズラをされていても気にしない」という考えを取り消した。
このビラは今のスイレンにとって最悪の嫌がらせであった。

リューク「ククッ このデブなかなか惜しいじゃねえか」

マーマネ「このビラをコピーしてどっかにバラ撒こうかな!ハウオリシティとか…警察署も面白いかもねー!」

カキ「リーリエは心臓麻痺で死んだからな。意外と信憑性があるかもしれないぞ」

サトシ「供養としてリーリエの死も利用してやらないとな!」

マオ「そうよ。じゃないとリーリエが可哀想」

スイレン (私がキラと同じ力を持ってることなんて、こいつらは知る由もない)

スイレン (だけどマーマネにこんなビラをバラ撒かれたら、今後の計画に支障が出るかもしれない)

スイレン (まあ、殺せばいいだけか)

マオ「にしても今日ククイ先生遅いねー」

マーマネ「キラに殺されてたりして」

サトシ「夜にフィールドワークに行ったみたいだけど…どこまで行ったんだろうな」

リューク「無の世界に行ったぞ」ククッ

スイレン (…)

教室でのいじめと時間を前後して、校長室には珍しい客が訪れていた。
国際警察捜査官、ハンサムである。

オーキド「こ、国際警察の方…?このような所に何か御用で?」

ハンサム「ははは。そう怖がらないでください。誰かを捕まえに来たわけではないのです」

ハンサム「実は警察のイメージアップを兼ねて、アローラの子どもたちに我々の活動を理解してもらおうという動きがありましてな」

ハンサム「今日は私が御校で授業をすることになっていたのですよ」

オーキド「はあ…しかし随分と急ですね」

ハンサム「いやあ申し訳ない。部下が連絡を取っていたはずなんですが、どうも手違いがあったようで」

ハンサム「ご迷惑でしたら日を改めて…」

オーキド「あ、いえ…実は教員が一人、朝から連絡がつかない状況でして」

オーキド「そういうことでしたら是非ともお願いしたいと思います」

ハンサム「それは有難い。ご協力に感謝しますぞ」

無論、ハンサムの話は真っ赤な嘘である。
ハンサムはこの学校にデスノート所有者がいるかどうか、探りに来たのだ。

グック「ケケッ お前嘘つくの上手いじゃねえか。警察より詐欺師のほうが向いてるんじゃねえの?」

ハンサム (本当にガラの悪い死神だこいつは…)

オーキド「では教室までご案内しましょう」

オーキド (まずいな…また教室でいじめが起きていなければいいが…)

オーキドの予感は的中した。

サトシ「オラァ!」ドゴォ

カキ「ふん!」ズガァ

マオ「えい!」ビシィ

スイレン「げ…あ…」

教室に入ったハンサムの目に入ったのは、クラスメイト三人に蹴られている少女の姿だった。
明らかないじめである。

ハンサム「こ、これは…」

オーキド (バカどもが!こんな時に…)

オーキド「何をしている!やめんか!国際警察の方が見えているんだぞ!」

サトシ「ん?国際警察?あっ、ハンサムさんじゃないですか!」

ハンサム「サ、サトシくん…!?」

サトシ「いやあお久しぶりです!今バトルロイヤルごっこしてたんですよ!一緒にどうですか?」

ハンサム (サトシくん…残虐性を秘めた子だとは思っていたが…)

サトシはギンガ団やプラズマ団の捜査で協力してくれた少年だった。
悪の組織を壊滅させようとする姿勢は正義感によるものであると、ハンサムは最初思っていたが、ある時気づいた。
この少年は自分にとって不愉快なものを排除しようとしているだけだ。
悪の組織だろうと善良な少女だろうと、邪魔と見るや等しく排除する。
それがサトシという少年の本質だった。

ハンサム「ん?この紙は…」

ハンサムが拾ったのは、マーマネが作ったビラだった。

マーマネ「ああ、この前クラスメイトのリーリエが心臓麻痺で死んじゃってね」

マーマネ「んで、スイレンが殺したってことにしようと思って」

マーマネ「だってスイレンならリーリエを殺してもおかしくないからね!」

ハンサム (なんだこのクラスは…)

ハンサム (ここはビシッと教育を…)

ハンサム (…いや、今は事を荒立てるのはまずい)

ハンサム (早く授業をやってここから去り、グックに結果を聞かねば)

ハンサム (すまない…少女よ)

ハンサム「今日は休みの先生に代わり、私が授業をすることになっている」

ハンサム「よろしく頼むよ」

授業終了後、校長室に戻ったハンサムとオーキドが会話している。

オーキド「いやあ、素晴らしい授業でしたよハンサムさん」

オーキド「あなたが我が校に来てくれればとさえ思いました!」

ハンサム「…やむなしとはいえ、あのクラスのいじめを見過ごした私が言うことではありませんがな」

ハンサム「あなたはもっと、自分の生徒と向き合ったほうがいい」

オーキド「…」

ハンサム「本日はありがとうございました」

ハンサム「失礼します」

硬直するオーキドを尻目に、ハンサムはスクールを去った。

ハンサム「それで、あの中に所有者はいたのかグック」

グック「ククッ…ああ、お前と会った奴の中に死神が憑いてる人間がいたぜ」

ハンサム「!誰だ!?」

グック「悪いがそれは言えないな。死神には色々と掟がある」

グック「俺と交友のある奴で、リュークって言う死神なんだが」

グック「とある奴に憑いてたぜ」

ハンサム「ふむう…所有者は一人だけだったか?」

グック「ああ」

グック (ケケッ…悪いなハンサム。ダチを売るわけにはいかねえんだわ)

グック (この情報だけで我慢してくれよ)

ハンサム (今日俺が会ったのは…あの校長と生徒たちの計6名)

ハンサム (あの中に…所有者がいる)

ハンサム (そうだ…俺はずっと探していたんだ)

ハンサム (子どもの頃、決して悪を許さない正義の警察官に憧れていた)

ハンサム (だがやっと手に入れた今の生き方は、求めたものとは何か違っていた)

ハンサム (俺に残ったのは、師も友も好敵手もいない…孤独だけだった)

ハンサム (そして、この事件に出会った)

ハンサム (所有者たちよ。デスノートよ)

ハンサム (俺は待ちわびていたんだ。お前たちのような相手を)

ハンサム (この命を犠牲にしてでも捕まえたい悪を)

マーマネ「やっと学校終わったよー国際警察の授業つまんなかったねー」

マオ「やっぱりククイ先生が一番!今日なんで休んだのかなあ」

サトシ「よーし帰るか!じゃあなスイレン!」ゴスッ

マーマネ「ボクも例のビラをコピーしないと!じゃあね!」ゴスット

カキ「スイレン、お前は何があっても休むなよ」ゲガッ

スイレン「ぐ…」

放課後。
サトシたちは当然のようにスイレンを殴ってから帰っていった。

死神との帰り道。
スイレンは思案にふけっていた。

スイレン (あの国際警察…ハンサムって言ったっけ)

スイレン (アローラの子どもたちのために授業をしにきたなんて嘘に決まってる)

スイレン (リーリエの死をキラ事件と関連付けて、この学校を探りにきたと考えるべきだよね)

スイレン (キラと間違われて逮捕されても困るし殺しておかないといけない…けど)

スイレン「ねえリューク。国際警察ってコードネームで互いを呼び合うんだよね?」

リューク「クククッ…ああ、そうだな」

スイレン (…なるほど、やっぱりハンサムっていうのは偽名か)

スイレン (国際警察となると、障害になる可能性が高い)

スイレン (あいつらさえ殺せれば目的は達成されるんだし…もし捕まれば計画は水の泡。私の人生も終わる)

スイレン (なら…太く短く…)

スイレン「リューク。死神の目であいつの顔を見れば、本当の名前がわかるんだよね?」

その日の夜、スイレンのデスノートには「事故死」という死因でハンサムの本名が書き込まれた。
ギンガ団事件のネットニュースに掲載されていたハンサムの顔写真。
スイレンの目には、彼の顔の上に名前のみが大きく見えていた。

帰宅したサトシは、珍しくポストを見た。
普段は確認などしないのだが、今日は無意識にポストを覗いたのは運命のいたずらだろうか。

サトシ「ん?なんだこれ…」

そうしてサトシが見つけたのは

サトシ「デスノート?」

死神のノートであった。

サトシ (これは…ノートの説明か)

デスノートに名前を書かれた人間は死ぬ。
名前を書かれる人物の顔が頭に入っていないと効果は得られない。
ゆえに、同姓同名の別人は死なない。
デスノートに書く名前は、本名でなければ効果は得られない。
名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くと、そのとおりになる。
死因を書かなければ、全てが心臓麻痺となる。
死因を書くとさらに6分40秒、詳しい死の状況を記載する時間が与えられる。
デスノートの所有権を持つ人間は、死神に自分の余命の残りの半分を渡すことによって、「死神の目」を手に入れることができる。
死神の目は、人間の名前と寿命を見ることができる。
人間と同様にポケモンを殺すことも可能だが、そのポケモンのトレーナーが名付けたニックネームまたは死神の目で見た名前を書き込まなければならない。

サトシ (ふうん…)

家に入ったがククイは帰宅していないようだったので、サトシはデスノートの説明文を読んでいた。

サトシ (ん?何か挟まってるな)

サトシ (手紙?)

ノートに挟まっていた手紙には、このような文章が書かれていた。

驚かせてすまない。
このノートはデスノートと言って、死神が落としたものだ。
簡単なルールは書いておいたが、詳しいことはゼルオギーという死神に聞いてくれ。
私が君にこのノートを渡したのは、君の命を守るためだ。
君のクラスの生徒が一人、心臓麻痺で死んだだろう。
あれは誰かがデスノートを使って殺したのだ。
このままでは確実に君も殺される。
だから、やられる前にやるんだ。
デスノートの持ち主を見つけ出し、殺すこと。
それが死なずに済む唯一の方法だ。

サトシ「…なるほどな」

「君は殺されるだろう」などと言われれば、この年の子どもなら、いやそうでなくとも動揺するだろう。
しかしサトシの心は普段通りだ。
普段通り、好奇心と破壊衝動が渦巻いていた。

「面白いな。なんでお前そんなに落ち着いてるんだ?」

サトシ「…死神か」

死神ゼルオギー。
左手にフック、頭に羽飾りをつけたオスの死神である。
人間界に興味があるようだ。

ゼルオギー「その手紙に書かれてたゼルオギーってのは俺のことだ。よろしくな」

サトシ「…ふん」

ゼルオギー「さて…ノートの前の持ち主に頼まれて、お前のところにノートを持ってきたわけだが」

ゼルオギー「お前殺されるかもしれないんだぜ?動揺しねえのかよ」

サトシ「俺があいつに殺される?リーリエみたいに?冗談だろ」

ゼルオギー「あ?お前デスノートの所有者の目星がついてんのか?」

サトシ「当たり前だ」

サトシ「リーリエが死んだとき、俺含めクラスの奴らはみんな動揺してた」

サトシ「マオは死というものを目の当たりにしたせいか泣いてたし…俺たち男子も人が死ぬところは初めて見たから固まってた」

サトシ「あいつもほんの少しだけ驚いて、アズマオウみたいな目になってたけどな。その後すぐに違う目になった」

サトシ「何度か見たことがあるから、ああいう目に宿る感情は知ってる。殺意だ」

サトシ「他の奴が泣いたり驚いたりしてる中、あいつだけは殺意を滾らせてた」

サトシ「スイレンだけは」

ゼルオギー「スイレン…あの青い髪の女か」

ゼルオギー「だったらデスノートにあいつの名前を書けよ」

サトシ「はあ?そんなつまんねえことするわけねえだろ」

サトシ「いいか。スイレンの狙いは復讐だ」

サトシ「自分をいじめた人間を全員殺すのが最終的な目的なんだろう」

サトシ「ククイ博士も既に殺されたと考えるべきだ」

サトシ「さて、あいつにとって一番屈辱的な死に方はなんだと思う?」

ゼルオギー「…復讐を達成できずに死ぬことか」

サトシ「そうだ。だから俺はまだスイレンを殺さない」

サトシ「俺としてもな。快適なアローラライフを邪魔しやがったスイレンは本当にムカつくんだ」

サトシ「復讐は失敗したと理解させ、俺への恨みを募らせながら、惨めに這いつくばらせて」

サトシ「殺してやる」

ゼルオギー「これは面白いな。応援してるぜサトシ」

サトシ (ゼルオギー…この死神も信用できないな)

サトシ (スイレンの特徴を知ってるってことは、誰にノートを渡すか見定めてたってことだ)

サトシ (学校の誰かにノートを渡せと、前の持ち主に指示されてたんだろう)

サトシ (わざわざポストに入れた理由は、手渡しではわからない俺の反応を見るためか?)

サトシ (君の命を守るためにノートを渡したと手紙に書いてあったが…あれも嘘だろうな)

サトシ (リーリエの敵討ちを代わりにやってもらおう、ってのが本心か)

サトシ (前の持ち主が誰なのかは大体見当がつく。そのうち殺してやりたいが…何より重要なのは)

サトシ (この死神がいつ裏切るかわからないってことだ)

サトシ (…死神を殺す方法もあるはず。それを知る方法は?)

自分の歩みを邪魔する者は誰であろうと殺す。
それが死神であろうと。
サトシは例外を作らない。

リューク「今日はあいつを殺すんだな」

リューク「なんだ?一緒にこいつも殺すのか?」

デスノートを広げ、また誰かの死を操るスイレン。
死の状況は既に考えているので、ペンの動きは途中では決して止まらない。

スイレン「よしできた」

スイレン「アシマリに最悪の死に方をさせたあいつには、同じ死に方をさせないとね」

リューク「…にしてもこれは…いや…その…汚ねえな…」

スイレン「これくらい汚い死に方が合ってるってことだよ」

ノートには1人の名前と2つの死の状況が書かれていた。
名前が指定されていないほうの死の状況は、スイレンのアシマリとほぼ同じものだった。

深夜3時。
アシマリとの思い出の場所であるあのビーチに、スイレンはいた。
手袋をはめ、肩からショルダーバッグをたすき掛けにしている。

スイレン「ふう。そろそろ来るかな」

リューク「にしてもスイレン。こんな開けたビーチ…誰か来たらどうすんだよ」

スイレン「え?殺せばいいじゃん」

スイレン「この辺にはここがよく見える建物や監視カメラって無いし、途中で誰か来たら事故死させれば問題ないよ」

リューク「ククッ…お前、死神より死神らしいぜ」

スイレン「嬉しくないよそんなの。あっ、来た来た」

スイレン「マーマネ。トゲデマル」

マーマネ「…スイレン」

スイレン「ねえマーマネ。私のアシマリを殺した時のこと覚えてる?」

スイレン「他のみんなも色々してたけど、トドメを刺したのはマーマネとトゲデマルだよ」

スイレン「アシマリの死に様は酷かったなあ…トゲデマルにフンをつけられて、マーマネに死体をネットに晒されて」

スイレン「その画像のタイトルは…アマシリだったよね」

スイレン「フンを漏らしてるように見えるからって付けたタイトル」

スイレン「ネット上で割と反響があったっけ」

スイレン「で、そのことについてどう思ってる?ちょっとは反省してる?」

マーマネ「…反省?するわけないじゃん!あの生臭いゴミで遊んで!それをネットにうpして!それの何が悪いのさ!トゲデマルだって何も悪くない!むしろゴミを片付けて偉かったじゃないか!あんな生ゴミを持ってきたスイレンこそ反省するべきだよ!」

スイレン「ああうん。反省なんかするはずもないよね」

スイレン「もういいや。じゃあこれあげる」

その言葉と共にスイレンがバッグから取り出したのは、切れ味のよさそうなナイフだった。

マーマネ「あ…」

マーマネ「…そうだトゲデマル。ニックネームをつけてあげようね」

マーマネ「君の新しい名前は、アマシリだよ」

トゲデマル「デマッ!?」

スイレンは見た。
死神の目で見たトゲデマルの名前が、アマシリに変わるところを。

スイレン「アマシリ…っと」

すかさずスイレンはその名をデスノートに書き込む。
死因や死の状況は既に書いてあるので、書き込むのは名前だけでよかった。

スイレン「アマシリ、寝転がって」

トゲデマル「マー!」ゴロン

スイレンに命令された通り、トゲデマルがうつ伏せに寝ころんだ。

マーマネ「…」

何かに操られたようにズボンを下ろすマーマネ。
ククイと同じように、全く抵抗もできずにいる。

マーマネ「あ…」ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!

トゲデマル「デマァァァァァ!!!」

とつてもない勢いで脱糞したマーマネ。
出したものは全てトゲデマルにかかってしまった。

リューク「汚ね…」

スイレン「ここからだよ」

その体勢のまま、マーマネはナイフを両手で握りしめた。
それから刃先を自分に向け、ガタガタと震える手で腹に突き立てようとする。
その様はまるで、ノートの力に必死で抵抗しようとしているようだった。

マーマネ「が…」

だがそれも一瞬のことだった。
刃が見えなくなるほどナイフを腹に深く突き刺したマーマネは、鮮血を撒き散らしながら倒れた。

スイレン「…ああ、苦痛にまみれた顔で死んでるね。よかったよかった」

見るとトゲデマルも死んでいた。
スイレンはバッグからもう一本のナイフを取り出し、トゲデマルの頭に突き刺した。

デスノートに書き込まれた、マーマネとトゲデマルの死の状況はこれである。

マーマネ 自殺
〇年×月□日
午前3時にカーラエ湾のビーチを訪れ、そこで待っていた少女と会話し、自分の本心を曝け出す。
少女にナイフを渡されると、連れていたトゲデマルに「アマシリ」というニックネームをつける。
そして、そのトゲデマルに向かって脱糞し、そのままの体勢で少女から受け取ったナイフを腹に突き刺し、同日午前3時10分死亡。

アマシリ 心臓麻痺
〇年×月□日
少女の命令を聞き、その場にうつ伏せで寝転がる。
そのままトレーナーに脱糞され、糞をその身につけたまま同日3時10分死亡。

スイレン「…午前3時10分。デスノートに狂い無し」

スイレン「さ、帰ろうリューク」

リューク「しかしお前のアシマリ、あんな死に方したのかよ」

スイレン「死因はトゲデマルの電撃だよ。頭にトゲを刺された状態で電撃を受けて死んだの」

スイレン「まあその後、ネットに晒される以外にも色々されてね…死体は残らなかったよ」

リューク「…ちなみに死の時間に指定した3時10分ってのは?」

スイレン「アシマリが死んだ時間。本当は午後だけど」

リューク「ああ…」

二人は歩きながら不穏な会話を続けていく。

リューク「次は誰を殺すんだ?」

スイレン「うーん…迷ってるけど次は…あっ」

通行人「おはようございます!」

スイレン「おはようございます」

リューク「あいつスマホ持ちながら散歩か?流行りのゲームでもしてんのか」

スイレン「…ああ、そうだ」

マーマネとトゲデマルの死体の画像は、匿名の人物によって掲示板に晒され、祭りとなった。
その投稿者は、画像のアップロード後すぐに事故で死んだという。

翌日。

カキ「スイレン。アローラ」ボゴッ

スイレン「ぐうっ…」

今日もスイレンはクラスメイトに殴られる。
だが構わない。
もうすぐこの地獄から解放されるのだから。
完璧な復讐を達成することによって。

サトシ「アローラ!」

マオ「あ、サトシ!」

カキ「ん?服に血がついてるぞ?」

サトシ「ああ、途中でスカル団を殴ったから…その返り血だよ」

マオ「あいつらに絡まれたの?大丈夫だった?」

サトシ「もちろんだぜ!」

スイレンは信じられないものを見た。
デスノート所有者は、死神の目でも寿命が見えない。
そしてサトシの寿命は、スイレンの目に映らなかった。

スイレン「な…」

サトシ「おっ、スイレン!今日もムカつくな!」ドゴォ

スイレン「ふ…げえっ…」

スイレン (サトシがデスノートを…!?)

スイレン (ためらわず私を蹴ったことから、私もノートを持ってることは気づいてないみたいだけど)

スイレン (…いや、大丈夫。早めに殺せばいいだけ)

スイレン (サトシの性格上、私をノートで殺すことはしないはず)

スイレン (サトシにとって私はサンドバッグなんだから…手放すようなマネはしない。わかってる)

リューク「ククッ…所有者が集まる学校だなここは。マジで偶然だが面白いじゃねえか」

スイレン (だけどもし、サトシの死神がリュークのことをバラしたら?」

スイレン (その場合でもサトシが私を殺さない確証なんて…どこにも…)

カキ「今日もククイ先生は来てないらしいぞ。オーキド校長も休みだ」

マオ「校長先生はよく休むけど、ククイ先生が2日も休むなんて珍しいね」

サトシ「ククイ博士、死んでたり…いや殺されてたりしてな」

スイレン「!」

スイレン (私が先生を殺したことも気づいてる…?まさかもう死神が…!?)

カキ「マーマネはどうした?」

サトシ「さあなあ…おい、知らねえのかスイレン」ゲシッ

スイレン「うっ…知らな…」

スイレン (マーマネのことも…?ああ、サトシの言動が意味深に見えてくる…!)

サトシ「そろそろ8時半だな。今日の授業は誰がやるんだ?」

マオ「ヒオウギトレーナーズスクールみたいに凄い先生がたくさんいるわけじゃないからね」

カキ「ククイ先生も校長もいないというのは寂し…あ…」

教室の時計が8時30分を指した。

カキ「マーマネはどうした?」

サトシ「さあなあ…おい、知らねえのかスイレン」ゲシッ

スイレン「うっ…知らな…」

スイレン (マーマネのことも…?ああ、サトシの言動が意味深に見えてくる…!)

サトシ「そろそろ8時半だな。今日の授業は誰がやるんだ?」

マオ「ヒオウギトレーナーズスクールみたいに凄い先生がたくさんいるわけじゃないからね」

カキ「ククイ先生も校長もいないというのは寂し…あ…」

教室の時計が8時30分を指した。

カキ「バクガメス。出て来い」

バクガメス「ガメー!」

マオ「カ、カキ?何を…」

バクガメスをボールから出したカキが、炎のゼンリョクポーズでZワザを繰り出す。

カキ「ダイナミックフルフレイム!」

スイレン「!?」

放ったZワザの炎は教室中に燃え広がった。
そしてカキは、真っ黒い油煙をあげる毒々しい炎の中に飛び込んでいった。

炎に包まれて狂ったように両手を振り回す影。
派手な音を立てて転倒する机。
サトシは、かつて目の当たりにしたレシラムの炎を思い出していた。
もし自分があの劫火を受けていたら、今のカキのようになっていたのだろうかと思うと、たまらなく興奮した。

マオ「いやあ!カキ!カキ!」

スイレン (こ…これは…まさか…)

スイレンは咄嗟に振り向いた。
そこには、恍惚の表情で炎を見つめるサトシがいた。

サトシ (火の色は、愉しかった)

サトシ (なんてな)

カキは知らない。
スイレンに屈辱を与える。
自分はそのためだけに焼き殺されたことなど。

カキ 焼身自殺
〇年×月〇〇日午前8時30分
登校し、教室で手持ちのバクガメスをボールから出し、Zワザ「ダイナミックフルフレイム」を使う。
教室に広がった炎の中に飛び込み焼身自殺。

結果、カキは死亡。
バクガメスはどこかへ連れていかれ、スイレンたちは警察の事情聴取を受けた。
学校は半焼となったため暫く休校となった。

リューク「やられたなスイレン」

リューク「学校が燃えても構わないとは…サトシとかいう奴も相当イカレてるらしい」

スイレン (…サトシ)

スイレン (サトシ、サトシ、サトシ)

スイレン「サトシ!!!サトシィ!!!!!」

リューク「お…おい…落ち着けよ…」

スイレン「落ち着いていられないよ!あいつがカキを殺した理由がわかる!?」

スイレン「私の復讐を妨害するために!そのためだけに!」

スイレン「あああああああ!憎い!よくも私の!完璧な復讐を!」

リューク (やべえ…)

スイレン「…殺す。殺してやる!今すぐに!」

溢れだす激情に身を任せ、スイレンはデスノートにサトシの名前を書き込んだ。

スイレン「死因…この上なく残酷なもの…ああなんで!こんな時に思いつかないの!」

ホウ「…お姉ちゃん?」

スイ「…何やってるの?」

スイレン「!」

スイレン「あ、ああ…ホウ。スイ。なんでもないよ」

ホウ「でも…殺すとかなんとか…」

スイレン「…」

スイレン母「うるさいわよさっきから!なんなのよ!」

スイレン母「殺すってのは私のセリフよ!あんたこそ死になさいよ!」

スイレンの中で何かが壊れた気がした。
はたして自分の人生に、足手まといにしかならない家族など必要なのだろうか。
母も、妹も、障害以外の何物でもない。

スイレン (…ああ、これもいらないや)

スイレン (捨てちゃおう)

かつては、ここが一番だった。
この家が、スイレンの心が休まる唯一の場所だった。

スイレン母「スイレン。買い物行ってくるから留守番してなさいよ」

ホウ・スイ「「バイバイお姉ちゃん!」」

しかし今のスイレンの心はもう。

スイレン「うん。行ってらっしゃい」

殺しの螺旋の中でしか休まらないし、生きられない。

スイレン「バイバイ」

スイレンのデスノートには、3人の名前、そして「事故死」の死因と共にこの文章が書かれていた。

〇年×月〇〇日午後7時30分。
買い物に行くため外出し、店に向かう途中で事故に遭い死亡。

すみません
トイレに行きますので、少々お待ちください
あ、それとこのSSでの戦いは頭脳戦ではなく肉弾戦が殆どです

スイレンが家族を捨てた6時間前。
エーテルパラダイスには珍しい客が訪れていた。

ザオボー「国際警察キラ捜査本部…ですか」

エーテル財団支部長ザオボー。
このアローラでの活動を指揮する、出世欲の塊のような男である。

ビッケ「このような所に何の御用で?」

そう言ったのは、副支部長のビッケ。
非常に面倒見が良く、職員たちから慕われている。

捜査員1「先日、このエーテルパラダイスの上空にもウルトラホールが現れましたよね」

ザオボー「はあ…私はブログを執筆していましたので見てませんが」

ビッケ「私見ました!綺麗でしたよね!」

捜査員2「実はですね。そのウルトラホールから…いや、信じられないのですが、このようなものが落ちてきたのです」

捜査員がザオボーたちに見せたのは、デスノートの写真だった。

捜査員2「お二方はご存じありませんか?」」

ザオボー「黒いノート?知りませんが、なんですこれは?」

ビッケ「私も知りませんね。これがキラと関係あるんですか?」

捜査員3「これは名前を書かれた人間が死ぬノートです。キラはこのノートを使って殺人をしていると思われます」

ザオボー「はあ?冗談は…」

捜査員3「冗談ではありません」

捜査員4「あの、ところでルザミーネ代表は?」

ザオボー「ああ…代表はリーリエ様の一件があってから…」

ビッケ「グラジオおぼっちゃまも、母様を頼むと私たちに言い残して出ていかれましたしね」

捜査員1「…そうですか…」

ザオボー「グラジオ様は代表代理ですのにねえ…やはり大人の私の方が代表代理にふさわしいはず」

ザオボー「まあノートのことは職員たちにも聞いてみますので。そろそろいいですかね」

捜査員1「あっ、よろしくお願いします。何かわかりましたら…」

ザオボー「ええ、連絡しますよ」

捜査員たちと話しながら、ザオボーは考えていた。

ザオボー (心の強さは、目に宿るものだ)

ザオボー (ルザミーネ代表もグラジオ様もリーリエ様も、力強い目をしておられた)

ザオボー (しかし…この男はなんだ?まるで死を受け入れたかのような…)

ザオボー (…この男が私の敵になったとして)

ザオボー (私に、この男を阻むことなどできるだろうか…?)

ザオボー (臆することを知らず、決意に満ちた)

ハンサム「では我々はこれで。ご協力感謝します」

ザオボー (こんな目をした人間を…)

ハンサム「あの二人も所有者ではなかったな…」

捜査員1「そうですか…となるとルザミーネかグラジオが怪しいですかね」

捜査員2「職員たちや、あの日ここを訪れた者全員も容疑者だが…数が多すぎる…」

グック「ケケッ…大体よお、目の契約をするなら早くしろってんだ」

ハンサム「いや…うむ…少し勘違いをしていてな…」

ハンサム「契約すると、残り少ない私の刑事人生が半分になるのかと…」

グック「死神の目の値段は残りの寿命の半分だっつーの。俺が説明するまでわかんなかったのかよ」

捜査員1「うるさいぞ死神。間違いは誰にでもある。そうハンサムさんを責めるな」

グック「ケケッ…」

ハンサム「あーとにかくだ。これから例のポケモンスクールにもう一度行くぞ」

ハンサム「生徒が二人死亡、教員も一人行方不明。どう考えても異常だ」

ハンサム「この目なら誰が所有者なのか確実にわかる。この死神は掟がどうとかでハッキリと教えてくれんからな」

グック「ケケッ…まあ死んだリーリエって奴とマーマネって奴は所有者じゃなかったってくらいは言えるぜ」

捜査員3「あの…ハンサムさん。そのポケモンスクールですが…火災事故があったようで…」

ハンサム「何!?」

捜査員4「あっ、ネットニュースに出てますね…カキという少年が死亡したと…」

ハンサム (カキというと…あの肌の黒い半裸の少年か)

ハンサム「ちょっと貸せ」

ハンサム (む?教室でバクガメスを繰り出し、炎技を使った?)

ハンサム (その炎でトレーナーであるカキが死亡…他の者は全員無事)

ハンサム (…これは)

捜査員5「もしかしてこの火事…」

ハンサム「もしかしてではない」

ハンサム「間違いなく、デスノートによるものだ」

捜査員3「では彼らが事情聴取を受けている署に行って…」

ハンサム「いや、生徒たちは…あれでもまだ子どもだ」

ハンサム「クラスメイトが三人も立て続けに亡くなったショックを受けているかもしれん」

ハンサム「生徒たちは明日以降のほうがいい。今日は私が怪しいと睨んだ、ある男の家に行くだけにしよう」

捜査員5「誰です?」

ハンサム「あの道徳教育に関心が無さそうな…オーキド校長だ」

男は、帰宅してからずっとパソコンの前に座っていた。
その手元にあるのは、デスノート。

「削除。削除。削除。削除。削除。削除。削除。削除。削除。削除」

犯罪者を殺す時には「削除」と言うのが男の癖だ。
悪を次々と削除すれば、平和な世界が訪れるなどと信じているわけではない。
男の名はナリヤ・オーキド。
キラと呼ばれる殺人者である。

裁きを下す者が存在する。
そのことを世間に知らしめ、人々の意識を変え、小さないじめも無くす。
そしてスイレンを助け、自分の命を守る。
それがオーキドの目的であった。

ロトム「ロトトトトトト!ロトー!」

オーキド「なんだミニロト。遊んでほしいのか?」

オーキド「すまないな。ククイ君がいれば君の好きな図鑑に入れてやって…ロトム図鑑なんてものも作れただろうに」

オーキド「大丈夫、きっとまたククイ君に会えるさ。近いうちに…な」

オーキドがミニロトと名付けたロトムは、ククイが遺したものだ。
ククイの家から逃げ出し、オーキドの元にやって来た。

オーキド「…裁きか。もうやる意味もないな…」

男は手を止め、デスノートの上にペンを置いた。

オーキド「もう手遅れだ」

オーキド「残るはマオとサトシのみ。あの子は間違いなく彼らを殺すだろう」

オーキド「そしてその次には…私を」

オーキド「だが…その前にできることはある」

オーキド「せめてもの贖罪だ。あの国際警察は私が止めよう」

オーキド「国際警察ハンサム。お前に言われた通り、私は生徒と向き合って死ぬことにする」

オーキド「…ミニロト。本当にすまないな」

ロトム「ロ?」

ナリヤ・オーキト

ミニロl 自殺
〇年×月 日 時 分

オーキドのデスノートの1ページには、あと一画もしくは二画を残した状態でオーキドとミニロトの名が書かれ
さらにミニロトの死因には、日付を抜いた死亡予定があらかじめ用意されていた。
それは、完全にオーキドに利用される形での死であった。

ポータウンは街全体がスカル団のアジトとなっている。
その奥、「いかがわしき屋敷」と呼ばれる建物の一室に、グズマはいた。

グズマ「俺たちスカル団はな。島巡りを達成できなかったせいで社会から弾き出された連中の集まりなんだよ」

グズマ「島巡りはアローラのクソみてえな風習だ。成功して島キングだのキャプテンだのになれるのは一握りの才能ある奴だけ」

グズマ「脱落すれば根性のないクズ野郎と見なされ、後ろ指をさされる」

グズマ「そして挫折感と社会からの疎外感から、トレーナーとして…いや人間としての自信を喪失しちまうわけよ」

グズマ「死神。てめえがもし俺みたいな人間だったら、アローラがいかに腐ってるかよくわかるだろうぜ」

グズマに憑く死神の名はキンダラ=ギベロスタイン。
破壊を好み、思考を嫌う凶暴な死神である。

ギベロスタイン「まず俺なら島巡りなんかしねえよ。最初っから暴れればいいだろ」

グズマ「俺はアローラの連中に知らしめたい。虐げられた人間の怒りをな」

ギベロスタイン「どうやってだ?」

グズマ「決まってんだろ…皆殺しだ!」

グズマ「アローラのクソ野郎どもごと、島巡りなんて古い風習をブッ壊してやるんだ!」

グズマ「そのための力ならここにある」

グズマ「俺を認めなかったクソ親父も!俺を見下しやがったククイのカスも!俺にバカみてえな説教しやがったハラのジジイも!俺を裏切りやがったクチナシのクズも!ムカつく奴みんな!さっき殺してやったよ!」

グズマ「本当はカプ・コケコって守り神もブッ殺してやりたいけどな」

グズマ「次は街に出て、この目で見えた名前を片っ端からノートに書いてみんなブッ殺してやる!」

その死神との会話を、部屋の外から密かに聞いていた者がいた。
スカル団幹部、プルメリである。
無論プルメリにギベロスタインの声は聞こえていないため、グズマの独り言であると思っているのだが。

プルメリ「ちょっとグズマ!何言ってんの!?」

ギベロスタイン「お?」

グズマ「…プルメリか」

プルメリ「街の人を殺すとか…本気じゃないよね!?」

グズマ「…なあプルメリ。もし直接手を下さず人を殺す力を手に入れたとして、お前ならどうする?」

プルメリ「え…そんなの貰っても嬉しくないし…使わないよ」

グズマ「そうか…」

グズマ「残念だぜ」

プルメリの回答と同時に、グズマのデスノートが広げられた。

プルメリは回答を誤った。
偽りであっても正しい回答をすれば、自身の余命が40秒になることなど無かっただろう。

グズマ「なあ、何が悪い!?虐げられた人間が復讐して何が悪い!」

グズマ「復讐のために人を殺して何が悪い!」

グズマ「その結果!世界を変えて何が悪いんだ!」

プルメリの名を書き終わったグズマはペンを投げ捨て激昂した。
そして言い訳をするように、自身の正当性を主張した。

プルメリ「…復讐は何も生まないなんて言う気はないけど…」

プルメリ「人を殺したって記憶は一生忘れられないよ…」

プルメリ「ましてグズマみたいな根の優しい人間なら…ずっと苦しみ続けることになるよ…」

グズマ「…」

グズマ「…その言葉、もっと早くに聞けてれば何か変わったかもな」

プルメリ「え…」

その会話で、プルメリの最後の40秒は終わった。

プルメリ「がっ…!?」

プルメリ「グ…ズマ…」

プルメリ「あ…」

黒いノートを手に持ち、寂しそうな表情で自分を見つめるグズマ。
それが、プルメリが目にした最後の光景だった。

ギベロスタイン「死んだか」

グズマ「…行くぞ」

虐げられた者にとって虐げることは容易く、反射に過ぎない。
デスノートを手にしたグズマは、もう止まらない。

夕方にウラウラ島を発ったグズマは、メレメレ島のハウオリシティにいた。
ここはウラウラ島のマリエシティとは異なり、観光客ではなくアローラの人間が多い。
ショッピングエリアの人ごみの中、デスノートとペンを手に持ちグズマは立っていた。

グズマ「さあて…行くぜ」

グズマは歩き出し、死神の目で見えた名前を次々とデスノートに書いていく。

悲鳴が響いた。
街中を歩いていた中年女性たち数人が、そろって胸をかきむしったかと思うと、糸の切れた人形のように崩れ落ちたからである。
通行人たちは、世界中で発生している謎の突然死が目の前で起こったことに気づくと、パニックを起こした。

ギベロスタイン「いいねえ、こういう祭りは大好きだ!手伝うぜグズマ」

キンダラ=ギベロスタインも同じように通行人を殺し始め、死の連鎖は速度を増した。

グズマ「死神の目、最ッ高だなあ!」

老人、少女、母親、会社員、配達員、タクシードライバー。
誰彼かまわず、たった今まで普通に生きていた人間が突然倒れて起き上がらなくなる。

グズマ「島巡りなんてクソ喰らえだ!こいつらと一緒にブッ壊してやる!」

誰かの死を目撃した人が、悲鳴をあげて逃げまどう。
死の恐怖に襲われた車の運転手が精神錯乱となり、人の波に突っ込んで数人の人影を空中に放り投げる。

グズマ「ブッ壊してもブッ壊しても手を緩めねえぞ!」

人を避けようとした車が別の車に衝突し、ハウオリシティは炎に包まれた。
実際に人が死んでいるという事実さえなければ、あまりに現実離れしたその光景は喜劇のようだった。

グズマ「破壊という言葉が人の形をしているのがこの俺様グズマだぜえ!」

何人かの賢い人間は、笑いながら人の死を眺めるグズマこそが騒動の犯人と考え、ポケモンを繰り出しグズマを攻撃しようとした。
しかしポケモンを繰り出すまでの時間でグズマはノートに「即死」と書き、その横にポケモンの名前を書き込む。
そしてトレーナー本人も殺されてしまう。

グズマ「もう100人以上死んでるぜ!まだまだ死ぬ!」

ギベロスタイン「ん?おい、上から何か来るぞ」

グズマ「あ?」

死神の目を持つと、視力は3.5となる。
グズマはその驚異的な視力で上空に浮遊するものを見た。

カプ・コケコ「…」

グズマ「!」

メレメレ島の守り神、カプ・コケコ。
グズマの心の弱さを見抜き、Zリングを持つことを許さなかった張本人である。
多くの人間の死を嗅ぎつけ、ハウオリシティにやってきたのだ。

カプ・コケコのスピードは守り神4体の中でも抜きんでている。
グズマに向かって、上空からカプ・コケコは襲い掛かって来た。

グズマ「くっ…!」

咄嗟にグズマはカプ・コケコの名をデスノートに書く。

カプ・コケコ「…!」

グズマ「が」

グズマが名前を書き終わったと同時に、カプ・コケコは守り神の力でグズマの頭部を破壊した。
その後、デスノートを跡形もなく消滅させた。
それで終わりだった。
史上最悪の通り魔は、瞬く間に葬られた。

カプ・コケコ「…」

そしてデスノートに名前を書かれたカプ・コケコも死神の力には抗えず、突然身を強張らせ、ごろりと横になった。
こうして、ハウオリシティの惨劇は幕を閉じた。

教師、とりわけ校長ともなれば、学校内は自らの庭も同然。
生徒や教員全員の個人情報すら自分の手中にある。
だからこそ、その職に就く者には適正と自負が求められるのだが
この男に校長の地位が相応しいかどうかは甚だ疑問である。

オーキド「もちろん、デスノートの所有権を放棄する、ということも考えたさ」

デリダブリー「すればいいじゃねえか」

この死神、デリダブリーは骸骨のような顔に鎌を持った典型的な死神だ。
グック同様、リュークと交友がある。

オーキド「私の手は血に染まりすぎた。今更この罪から逃れようなどとは…あまりにも身勝手だろう」

デリダブリー「くだらねえ言い訳にしか聞こえねえけどな」

オーキド「そうかもしれないな。だが…」

オーキドが発しようとした言葉は、インターホンによって遮られた。

オーキド「…この家に来客とは、珍しいじゃないか」

オーキド「ミニロト。デリダブリー。ついてきてくれ」

立ち上がったオーキドは、胸ポケットにスマホを入れて玄関へと向かった。
ズボンに切り札を入れることも忘れてはいない。

ハウオリシティの惨劇の開始と時を同じくして訪れた来客の正体は、オーキドが想像した通りだった。

ハンサム「夜分遅くに申し訳ありませんな。オーキド校長」

ハンサム「デスノートと、あなたの身柄を預からせていただきたい」

オーキド「…これはこれは」

ハンサムの顔を見たオーキドには、一片の動揺も無い。
これも想定内なのだから。

オーキド「死神の目、ですかな?」

ハンサム「ええ。あの後契約したのですよ。おかげで校長、あなたがデスノートを持っていることがわかりました」

オーキド「さて、これは参りましたな。デスノートは部屋に置いてきましたし、あなたを殺すことはできないようだ」

捜査員2「…オーキド」

捜査員2「エーテル財団の令嬢、リーリエを殺したのはお前か?」

捜査員1「同級生のマーマネ、カキ、そして行方不明のククイ。あなたが殺したのですか?」

オーキド「…私は、その中の誰も殺してはいない」

オーキド「私は、キラだ」

オーキド「世界は悪意に満ちている」

オーキド「他人を陥れ、弱者から搾取し、鬱憤を晴らすためだけに他者をいたぶる」

オーキド「学校という場所で、そんな場面を嫌というほど見せつけられてきた」

オーキド「学校とは子どもを守ってくれる聖域などではなく、弱肉強食の法則が支配する生存競争の場だ」

オーキド「それはこの世界も同じ事だ」

オーキド「デスノートを手にしたとき思った!この力で世界を変えてやろうと!」

オーキド「弱い人間が攻撃され、心を壊すことなど無い!そんな世界を作ってやろうと!」

オーキド「弱者を救済することなど、この私にしかできないと思ったのだ!」

オーキド「最初はうまくいっているように思えた」

オーキド「犯罪者は命惜しさに大きく減ったし、世界の紛争も大半が停止となった」

オーキド「しかしある時気づいた。キラは戦争こそ止められても、小さないじめまでは止められないのだと」

オーキド「虐げられた人間の心を癒すことも、できはしないのだと」

ハンサム「何を…」

オーキド「だが!私がキラにならなければ、もっと酷いことになっていたはずだ!私利私欲のために使う人間のせいで経済は混乱し…街での大量虐殺なんてことも起きていたかもしれない!」

オーキド「私が使っていなければ、もっと大勢の人間が不幸に…」

ハンサムはオーキドの襟元を掴んで、顔の近くに引き寄せた。

ハンサム「言い訳するな。そんな安い正義や平和が通るなら、人は何世紀も前に争いをやめられていたはずだ」

オーキド「…わかっている。わかっていたはずだったんだ…」

ハンサムはオーキドを突き飛ばした。
オーキドは力なくうなだれた。

ハンサム「ナリヤ・オーキド。お前を逮捕する」

オーキド「…フン」

その時、しおれていたオーキドの空気は、再びピンと張り詰めた。

オーキド「フフ…こんな私であっても、まだ誰かを守ることはできるだろう」

オーキド「ありがとうハンサム。こんな死に方、お前の忠告がなければできなかっただろう」

オーキド「さよならだ」

オーキドは立ち上がり、ズボンのポケットからデスノートの1ページとペンを取り出した。

ハンサム「!まずい…!」

捜査員1「フーディン!すりかえ!」

捜査員1がフーディンを繰り出し、ノートの1ページを奪おうとしたが間に合わない。
オーキドは流れるような動作で自分とミニロトの名前の最後の一角と、ミニロトの死亡時刻を書き込んだ。
既に他の箇所は書いてあったため、書き込むのはそれだけでよかった。

ロトム「ロー!」

突然、ロトムがオーキドの胸ポケットのスマホに入った。
それを見たハンサムが瞬時にスマホに手を延ばしたが、スマホは一度放電したかと思うと黒い画面を映すのみで、もう起動しなくなっていた。

ハンサム「…やられたな」

捜査員2「…」

この日、世紀の大量殺人者キラは、世界から姿を消した。

ナリヤ・オーキド

ミニロト 自殺
〇年×月〇〇日午後7時13分
主人の胸ポケットに入っているスマホに入り、放電して全てのデータを破壊すると同時に死亡。

オーキドはポケモンの生態について膨大な知識を持っていた。
その知識には当然、ロトムの生態と死亡の原因についても含まれていた。
ロトムは入り込んだスマホのデータが完全に消えてしまうと、自分も死んでしまうのだ。

ハンサム「迂闊だった…スマホを胸にさしていた時点で警戒し、奪っておくべきだった」

ハンサム「相手が所有者ということで慎重になりすぎていたか…」

捜査員1「しかし…なぜスマホのデータを破壊したのでしょう?」

ハンサム「何か見られたくないデータがあったか…それとも」

ハンサム「さきほどの会話を撮影していて、既にどこかに送信したか」

ハンサム (後者の可能性が高いが…ならば誰に送信した?)

ハンサム (誰に…)

フーディン「フー!」

デリダブリー「ん?そう興奮すんなよ。俺は殺せねえぞ」

捜査員1「…ハンサムさん。この死神が落としたノートの回収を」

ハンサム「うむ。オーキドは部屋に置いてあると言っていたな」

オーキドの部屋には確かにデスノートが置いてあった。
前の方のページは、犯罪者の名前で埋め尽くされていた。

ハンサム「これは…いったい何百人殺したんだ」

グック「何千人って勢いだなこりゃ…ケケッ」

デリダブリー「あいつ毎日毎日、必死に犯罪者の名前書いてたぜ。起きてる間ずっと書いてた日もあった」

グック「つーかよデリダブリー。これじゃあオーキドとかいう奴が殺害数ナンバーワンだな」

デリダブリー「おっ、マジじゃん。俺すげえな」

ハンサム (この死神の名はデリダブリーか…)

ハンサム (グックの話では、あの学校にはもう1匹、リュークという死神がいたらしい)

ハンサム (リュークが憑いている所有者…次はそいつを探し出すべきか)

近年の科学の進歩は目覚ましい。
スマホで撮影した動画を自動で転送することなども可能になった。
オーキドが撮影した動画の転送先は―

スイレン「ハウオリシティで大量死…?」

リューク「どれどれ。うわっ、ひでえな」

スイレン「守り神カプ・コケコが攻撃した、犯人らしき男は既に死亡?カプ・コケコと相討ち…」

スイレン「黒いノートを手に持って意味不明なことを叫んでいた…」

スイレン「リューク!これ…」

リューク「おう。デスノートだな」

スイレン「…デスノートの所有者って何人いるの?」

リューク「6人だ。こいつが死んだし、あのサトシとかいうのも死んだから…お前含め後4人だな」

スイレン「…デスノートが存在している限り、いつ殺されてもおかしくない」

スイレン「早く残りの3人を殺さないとね」

リューク (ククッ…家族の名前をノートに書いておいて…あいつらもうすぐ死ぬってのに自分の心配かよ)

リューク (こいつ本当に面白!…だ)

スイレンはその時、口で発した言葉とは別のことを考えていた。

スイレン (デスノートの所有者が6人?なんでそんなこと知ってるの?)

スイレン (他にノートを落とした死神がいるって知ってる…?ってことは)

スイレン (別の死神がノートを落としたよりも後、もしくは同時にリュークもノートを落とした)

スイレン (つまり、どこかの死神のデスノートを勝手に人間界に持ち込んだっていうのも嘘)

スイレン (私には内緒にして、死神同士で何か企んでる…そういうことかな)

スイレン (…気に入らないなあ)

スイレンの疑念などリュークは知らない。
それよりもリュークは、別のことに興味を示した。

リューク「ん?メールだぞ」

リューク「お前メル友なんかいたのか…」

スイレン「いるわけないでしょ。どうせ迷惑メールだよ」

リューク「なんかすまん」

スイレン「…これって」

ポケモンスクールは「校舎内携帯電話使用禁止」を校則としているが、違反者が跡を絶たない。
スイレンも一度、電源を切り忘れていたせいでメールの着信音が鳴ってしまったことがあり、その際ククイに腹を蹴られスマホを没収された。
オーキドは、没収された生徒のスマホからメールアドレスなどのデータを抜き出すことを日常的に行っていた。
生徒の暴力行為を見過ごしている分、せめて情報面だけでも完璧に管理しようと考えていたのだろう。

リューク「差出人は…nariyaokido?」

スイレン「オーキド校長から…だね」

スイレン (メルアドなんか教えてないけど…どこから漏れた?)

リューク「おい、動画が添付されてるぞ」

メールに添付されていた動画の内容は、驚くべきものだった。
あの国際警察がオーキドの家に来て、オーキドが自分はキラであると自白していた。
会話の流れから、この後オーキドは死亡したのだろう。

スイレン「こいつ!例の国際警察…!?たしかに殺したはずなのに…」

リューク「現実的に考えうるのは、既に自分の名前をデスノートに書いたとかだな」

リューク「例えば明日死ぬってノートに書けば、もうそれより前には絶対に死ななくなる」

スイレン (ってことはこの国際警察も所有者…?)

スイレン (学校でこいつが所有者だったって気づいてたはず…!わざと言わなかったねリューク…!)

スイレン 「…仕方ない」

スイレン「リューク。ノートに書かれた死因を取り消す方法…あるはずだよね」

その日も、ハンサムたち捜査員はモーテルで一夜を過ごした。
ここ数日の命懸けの捜査に、タフな捜査員たちにも疲弊の色が見えている。

ハンサム「諸君、おはよう」

ハンサム「今日は生徒たちの事情聴取を行う」

捜査員2「オーキドのデスノートにリーリエたちの名前は無かった。つまり彼女らを殺したのは生徒の誰かという可能性が高い」

ハンサム「そうだ。さて、誰から始めるか…だが」

ハンサム「私としてはスイレンという少女が気になるのだ」

捜査員1「ハンサムさんが話してた、いじめを受けている少女ですか?」

捜査員5「なるほど。その復讐でクラスメイトを殺したと」

ハンサム「できればそんなことは考えたくないのだが…捜査に私情を挟むわけにはいかないからな」

ハンサム「普通ならいくつも質問をしなければならないし、そのせいで子供たちが傷つくかもしれない」

ハンサム「だが死神の目があればそんなことはしなくて済む」

ハンサム「そういう意味では感謝してるぞ死神」

グック「ケケッ」

捜査員1「ああそうだ、ハンサムさん。そのグックという死神が憑いているデスノートを見せていただけませんか?」

捜査員1「少し気になることが…」

ハンサム「ん?ああ…これだが」

捜査員1「ありがとうございます。フーディン、出てきてくれ」

ハンサム (…まさか!)

咄嗟にハンサムが捜査員からデスノートを奪い、腕に抱える。

しかしフーディンは「すりかえ」を使い、ハンサムからデスノートを奪い返した。
そして次の瞬間、フーディンの姿は消えていた。

ハンサム「テレポートか!どこに…」

捜査員3「おい!どういうつもりだ!」

捜査員1「ぐっ…あ…」ドクン

捜査員1「…」

捜査員5「ひっ!?」

ハンサム「…心臓麻痺」

捜査員2「デスノートか…」

ハンサム「クソッ!やられた!」

メレメレ島、茂みの洞窟。
島巡りの試練に使われる洞窟だが、試練が行われている時以外は人気が無い天然の洞窟である。

スイレン「あっ、フーディン。ごくろうさま」

フーディン「フー…」

洞窟で待機していたスイレンは、フーディンからハンサムのデスノートを受け取った。
それから、フーディンはまたテレポートしてどこかに消えた。

リューク「で、あのフーディンは…」

スイレン「うん。ヴェラ火山にダイブするよ」

リューク「…お前、火山をゴミ箱みたいに使うなよ…」

スイレンのデスノートに書かれたのは、捜査員1とフーディンの名前。
捜査員1は心臓麻痺で、フーディンは自殺で殺されていた。

〇年×月■日 午前7時30分
上司からデスノートを借り、フーディンを繰り出す。
その後、心臓麻痺により死亡。

〇年×月■日 午前7時30分
トレーナーが上司から借りたデスノートを持って、メレメレ島の茂みの洞窟にテレポートする。
そこで待っていた少女にデスノートを渡した後、またテレポートを使ってアーカラ島のヴェラ火山公園に行き、火口に飛び込んで自殺。

帰宅したスイレンは、早速ハンサムを殺す準備に取り掛かった。

スイレン「えーっと、あの国際警察はなんて書いたのかな」

リューク「おっ、このページじゃないか?」

スイレン「そうだね。どれどれ…」

心臓麻痺
〇年×月▼日 午前3時30分
刑事人生の中で最も興奮した事件の記憶の中で死亡。

ハンサムの本名と共に書かれていたのは、ハンサムが自身の死をノートに書いた日から23日後の指定での心臓麻痺であった。

リューク「へえ、いかにも刑事って感じだな」

スイレン「…くだらない」

スイレンはその文章に二重線を引き、新しい内容を書いた。

スイレン「こうして二重線を引けば訂正できるんだよね?」

リューク「ククッ…ああ、新しく書いたほうの死因が実現するぜ」

スイレン「この国際警察を始末するのは明日でいいや。まずはマオを殺すのが先決だよ」

スイレン「サトシをただの心臓麻痺で殺したのは後悔してるんだ…ホウとスイに邪魔されたとはいえ」

スイレン「カキはサトシの手で殺されたし、残る標的はマオだけ」

スイレン「だからマオはこの上なく残酷な方法で殺す」

スイレン「いまわしい過去と決別して、明るい人生を歩むために!」

スイレン「…今日は明るいうちに材料を揃えるよ。リュークもついてきて」

リューク「ククッ…」

リューク (やっぱりお前…復讐のせいで自分を見失ってるな)

リューク (お前が聡明なままだったなら、こんな杜撰なことはしなかったろうに)

リューク (まあ…うまくいくことを祈ってるぜ。スイレン)

ハンサム「…やってくれたな」

アーカラ島8番道路モーテル。
ハンサムたちが捜査本部として利用しているその場所では、デスノートの力による惨劇が起こっていた。

捜査員3「…」

捜査員4「…」

捜査員たちが心臓麻痺で死亡したのである。

ハンサム (捜査員2と捜査員5も外出したきり戻ってこない…)

ハンサム (電話もメールも駄目…殺されたと考えるべきか)

ハンサム「クソッ…!」

ハンサム (なんとしても所有者は捕まえる…!)

ハンサム (所有者を逮捕すれば、死んでいった彼らも報われよう)

ハンサム (…負けはしない。負けられるものか)

ハンサム (我々こそが正義だと証明する、その時までは)

その日、マオはカーテンを閉め切った薄暗い自室にこもっていた。
洗脳されたような虚ろな目で、ぶつぶつと何かを繰り返し呟きながら。

マオ「死神…」

マオ「死神のノート…」

マオ「あいつがみんなを殺した…」

マオ「リーリエも…マーマネも…カキも…ククイ先生も…あいつが殺した…」

マオ「時が来たら殺す…」

マオ「スイレンを…殺す…」

マオを拷問するための材料を揃えたスイレンは、疲れた表情で帰宅した。
海が好きなスイレンにとって、何時間も森を歩くことは苦痛だった。

スイレン「ただいまー」

リューク「…ククッ ただいま」

スイレン「…ふう、疲れた」

スイレン「マオの死をデスノートに書いて…少しだけ寝ようかな」

リューク「…ククッ そうだな」

リューク「早く書いて休んだ方がいいぜ」

スイレン「そうするよ…殺すのは夜になるし、こんな体調じゃまずいからね…」

スイレンは欠伸をしながらノートを広げた。

そうして、マオの死の予定は完成した。

マオ 心臓麻痺
〇年×月●日 午前0時00分
テンカラットヒルに向かい、そこで待っていた少女と会話し、自分の本心を曝け出す。
その場で少女に何をされようと、全く抵抗せずに耐える。
少女に「死ね」と言われると同時に、これまでの人生で最も忘れたい記憶を思い起こしながら心臓麻痺を起こし、苦痛に塗れて死亡。

リューク「ククッ テンカラットヒルに午前0時ね」

スイレン「特別な理由も無いしテンカラットヒルでいいかなって。あそこ人がいなくて安全だし」

リューク「ククククッ…そうだなスイレン」

スイレン「じゃあ寝るからね。おやすみリューク」

リューク「おう。おやすみ…クククッ」

一人になった捜査本部で、ハンサムは国際警察長官に報告している。
報告に使用しているのは、インターナショナルアームズNo12インターナショナルスマートサテライトフォンである。

ハンサム「ええ…そういうことです」

ハンサム「無論、捜査を打ち切るつもりはありません」

ハンサム「私は一人でも戦い抜きます」

ハンサム「所有者と思われる者を殺せばいい?」

ハンサム「それはただの殺人です。刑事のすることではない」

ハンサム「…デスノートのことを信じていただいただけでも感謝しています」

ハンサム「ああ、これは私の希望ですが…私が死んだ場合、新たな人員を補充して捜査を続行して頂きたくはありません」

ハンサム「命を賭けた争いなど…もう充分です」

ハンサム「私が勝つにせよ、所有者が勝つにせよ、勝てば官軍…それでいいではありませんか」

ハンサム「まあそれが正しいかは知りませんがな。とにかく私は刑事として生き、死ぬつもりです」

ハンサム「…失礼します。長官」

デリダブリー「これが最後の報告になりますって、言わなくて良かったのか?」

ハンサム「何を馬鹿な。まだ残る所有者を全員捕まえたとの報告をしなければならないだろう」

グック「ケケッ…ハウオリシティのあいつは死んだけど、あと4人いるのは確実だ」

グック「残された時間で全員捕まえられるのかよ?」

ハンサム「…どうだろうな。残る刑事は私しかいないからな…だがそれでも」

ハンサム「私はやるべきことをやる。それだけだ」

グック「ケケッ…」

ハンサム「たとえ所有者が100人いようとも…む?」

グック「モーテルの電話だな。早く出ろよ」

ハンサム「あー、こちら国際警察キラ対策捜査本部だが」

ハンサム「お、おお…君か。たしかに私がハンサムだ」

ハンサム「いや…部下はもういなくてな…何?」

ハンサム「…それは本当か!?ああ、テンカラットヒルに0時だな」

ハンサム「そうだ。君は行かない方がいい。私が行くから安心しろ」

ハンサム「うむ。通報に感謝する」

デリダブリー「なんだって?」

ハンサム「件のスイレンが、何か弱味を握って同級生のマオを呼び出したらしい」

ハンサム「0時にテンカラットヒルに来いと言われたとのことだ」

ハンサム「彼もマオに相談されて知ったのだが、危険なので自分では行きにくい。そこで私に通報したらしい」

ハンサム「他の同級生…マーマネの死亡推定時刻も深夜だったろう?もしかしたらデスノートが関係しているかもしれん」

ハンサム「マオも行かせないようにすべきかは微妙なところだが…」

グック「で、誰がそんな通報したんだ?」

ハンサム「お前たちも知っているだろう。あのポケモンスクールに通っている…」

ハンサム「サトシくんだ」

グック「ケケッ…罠かもしれねえぜ?」

ハンサム「サトシくんが所有者で、私を殺そうとしている…そういうことか?」

ハンサム「その可能性も考えた。だが問題は無いだろう」

ハンサム「どのみち、あのクラスの誰かがテンカラットヒルに来ることに変わりはない」

ハンサム「所有者は間違いなく、あのクラスにいるのだ」

ハンサム「ならば私は刑事として、体を張って逮捕に向かう」

デリダブリー「面白いじゃねえか。頑張れよ」

こうして、二匹の死神を従えた男は、刑事としての最後の戦いに挑む。

ビッケ「久々の出張は疲れましたねえ」

ビッケは、用事でエーテルパラダイスから抜け出し、ある男を迎えに行っていた。
たった今エーテルパラダイスに帰って来たばかりである。

ビッケ「デスノートも死神も、あなたには関係のない話…もう関わらなくていいんです」

ビッケ「エーテル財団のため、ルザミーネ様たちのためです」

ビッケ「あなたにはこのエーテルパラダイスにいていただきますよ」

ビッケ「死ぬまでね」

仮眠を終え、風呂に入り、夕食を済ませたスイレンはマオを殺す準備に取り掛かる。
森で手に入れたものをバッグに入れ、デスノートも忘れずに持って行く。
その全てがごく自然な動作である。

スイレン「野外で人を殺す時、失敗する一番の要因ってなんだと思う?」

リューク「誰かに見られたり、邪魔されたりすることだろ」

スイレン「そうそう。野生ポケモンが襲って来るとかもありえるよね」

スイレン「だからその前に殺さないといけない。40秒もかけずにね」

スイレンがリュークに見せたのは、右端に「即死」と書かれたデスノートのページである。

リューク「ああ、前に作ってたなこれ」

リューク「でもこれまで使う機会無かったじゃねえか」

スイレン「念には念を、だよリューク」

リューク「にしても、その小瓶は重くないのか?」

リューク「他にも色々入ってるけど特に重そうだぞ」

リュークが指さしたのは、スイレンのバッグに入った何本もの小瓶である。
中には様々な木の実から調合した特殊な液体が入っている。

スイレン「これでも減らしたほうなんだよ。本当は50種類くらい試したかったんだけどね」

スイレン「マオにはタポルの実とロメの実とアマカジの毒を調合した溶解液で、アシマリの手足を溶かされたからね」

スイレン「同じように、自然のものを使って殺してあげたいんだよ」

リューク「ククッ…それは楽しみだ」

スイレン「…さてと、行こうか」

23時30分。
スイレンは時間より早く、デスノートに指定した場所であるテンカラットヒルに到着した。
ここから見る星空はとても美しいので、実はスイレンはこの場所を気に入っている。

スイレン「早すぎたかな。マオが来るのは30分以上後かあ」

リューク「ククッ…そうだな」

スイレン「しょうがない。星でも見ながら待ってようよ」

リューク「クククッ…ああ、そうしようぜ」

リュークと会話しながら洞窟を抜け、最奥の空洞に辿り着いた。
そこでスイレンは、ありえないものを見た。

マオ「…やあ、スイレン」

デスノートは書いた内容を完璧に再現する。
指定した時刻の30分も前にマオがここにいるなど、ありえるはずがない。

スイレン「な…」

リューク「クククッ…これは面白い」

マオは無表情のまま、スイレンに向かってゆっくりと歩み寄る。
その姿はさながら、操られた人形のようであった。

マオ「デスノート」

スイレン「!」

マオ「持ってるんだよね?スイレンもさ」

スイレン (そんな…)

マオ「スイレンに憑いてる死神…名前も知ってるよ。リュークっていうんだよね」

リューク「ククッ…」

マオ「リーリエたちを殺して、今度は私を殺すの?デスノートの力で?」

スイレン (何がなんだかわからない…)

サトシ「スイレンがテンカラットヒルに着いた時…あいつは間違いなく困惑するだろう」

満天の星空の下、ククイの家のベランダでサトシは死神に語り掛ける。

ゼルオギー「そりゃそうだろ。時間より早くマオがいるんだから」

ゼルオギー「しかもデスノートのことを喋り出すんだもんな」

サトシ「ああ…困惑を通り越して恐ろしさすら感じるかもしれない」

ゼルオギー「スイレンの家の近くにお前が隠れ、スイレンが帰ってきたら俺が家の中に忍び込む」

ゼルオギー「スイレンがデスノートを広げたら、スイレンより先にマオの名前を書く」

サトシ「まだスイレンがマオの名前を書いてないのは、あいつが外出してる時に確認したしな」

ゼルオギー「ったく…俺も人がいいよな。お前から伝えられたとおりに、マオの死の状況まで書いてやったんだからよ」

ゼルオギー「死神がここまでするのは掟破りな気もするが、そんな掟は無いから問題ないだろ」

ゼルオギー「最も、お前の寿命を延ばすことに繋がりそうな状況ならこんなことしねえぞ?」

ゼルオギー「そんなことしたら俺は死ぬんだからな」

サトシ「わかってるよ」

ゼルオギー「そうそう、リュークも俺がいることを黙っててくれて助かったぜ」

サトシ「そいつも人間に興味がある死神なんだったな。お前と同じように」

ゼルオギー「ジェラスとかレムとか、そういう死神は割と多いんだ」

サトシ「さて、今のところの問題はハンサムか」

サトシ「オーキドから送られてきた動画もそうだが、デスノートで殺せなかったのは驚いたぜ」

ゼルオギー「俺が他の捜査員と一緒に殺したはずだったんだがな…」

ゼルオギー「1人既に死んでたけど」

サトシ「今更だが…捜査員たちは俺の寿命を延ばすって話と関係無かったんだな」

ゼルオギー「まあな」

ゼルオギー (こいつの寿命はまだまだ先だ。逮捕されるってことは無いだろうしな)

サトシ「後でもう一度動画を見てみたら、本名も寿命もバッチリ見えてたんだろ?」

サトシ「あいつの性格上、俺みたいな方法でデスノートを無効化したとは思えない。となれば死の予約をしたとしか考えられないな」

サトシ「全く、くだらない小細工をしやがって。直接殺してやるしかなくなったじゃねえか」

ゼルオギー「だから罠に嵌めたわけか」

サトシ「ハンサムへの通報は嘘ばかりだったが…本当のことも言った。スイレンとマオがテンカラットヒルに行くということだ」

サトシ「ハンサムは多少の不信感こそ抱くだろうが、間違いなくスイレンたちのところに行く。長い付き合いだからな。それくらいわかる」

サトシ「ったく、本当ならマオとスイレンのドタバタを見物したかったんだけどな…」

ゼルオギー「お前もよくやるな。スイレンへの嫌がらせのためにマオを洗脳して、デスノートで操って」

サトシ「洗脳って言い方は酷いなゼルオギー。ノートについて説明しただけだろ」

サトシ「ただ俺は…好きなだけだよ。人の怒りや憎しみ、悲しみや恐怖。そして絶望の表情がな」

ゼルオギー「…ところでお前、スクールの奴らと話す時と俺と話す時で口調違くね?」

サトシ「明るくて単純、そして熱血。そういう性格の奴には心を開きやすいのが人間ってものなんだよ」

ゼルオギー「お、おう…」

サトシ「俺の一族はな。代々、肉体と頭脳を進化させてきた」

サトシ「中でも俺は最高傑作だ。親父ですら俺には敵わず、恐れをなして逃げ出した」

サトシ「人間を超えたといっても過言じゃない、この俺がだぞ?」

サトシ「あんな凡人連中を操れないわけがないだろ」

サトシ「スイレンだろうが国際警察だろうが…死神だろうが、全ては俺の掌の上だ」

ゼルオギー「…」

サトシ「あいつらがどんなに抵抗しても無駄だ。死は逃れられない」

サトシ「まずはハンサムからだ。行くぞ、ゼルオギー」

ゼルオギー「…ああ」

マオ「さてと、スイレン」

マオ「私にデスノートは効かないよ」

そこまで話したマオは立ち止まり、一枚の紙を取り出した。
デスノートの切れ端である。

スイレン「!…まさか」

そのまま、マオは切れ端にペンを走らせた。
当然、書くのはスイレンの名前である。

スイレン「マオ!」

飛びかかり、デスノートの使用を阻止するスイレン。
どうやらまだ書き終わってはいなかったようだ。

スイレン (死神の目で寿命が見えるってことはマオは所有者じゃない…)

スイレン (となれば操られているか、切れ端を入手して自分の意志でやってるかが重要になる)

スイレン (前者なら私は殺されないけど、もし後者だったら油断すれば殺される…)

スイレン (そして前者なら私はマオを殺せない…)

スイレン (どうする…?)

テンカラットヒルの最奥に通じる洞窟。
そこにハンサムは隠れていた。
使用したのはインターナショナルポリス・アームズNo2インビジブルクロースである。
マオのことしか考えていなかったスイレンはともかく、リュークには気づかれていたのだが。

ハンサム (約束の時間は0時と言っていたが…マオもスイレンも入って行ったようだ)

ハンサム (そしてスイレン…本当に所有者だったとは…!)

ハンサム (よし、もう少し近くから様子を窺い、隙を見て逮捕と行くべきだな…)

デリダブリー「おい、デスノートを出しやすいところに入れておいた方がいいんじゃねえのか?」

ハンサム「必要ない。背広に入れておけばいいだろう。どうせ使わないのだし、持ち歩くだけで十分だ」

ハンサム「持ち歩くのも危険だが…捜査本部に置いておくよりは安全だからな」

死神と会話しながらインビジブルクロースを畳み、最奥へと進もうとしたハンサム。
しかしそれは叶わなかった。

「ピカチュウ、エレキボール」

ハンサム「がぁっ!?」

背後から聞こえた命令とほぼ同時に繰り出された電撃。
そのポケモン。洗練された技。トレーナーの声と姿。
ハンサムは、その全てをよく知っていた。

ハンサム「お…前は…」

サトシ「こんばんは、ハンサムさん」

ハンサム「…お前も、所有者だったのか…」

サトシ「そうだ。カキも、あのフーディン使い以外の捜査員たちも俺が殺した」

サトシ「オーキドから送られてきた動画を見てな」

ハンサム「な…」

サトシ「カキを殺した日、クラスの連中と教員数人が警察の事情聴取を受けたが、その時俺はオーキドとすれ違ったんだ」

サトシ「思えばあの時、オーキドは俺が所有者だと知ったんだな」

ハンサム「…やはり、私への通報は罠だったのだな」

サトシ「疑ってたくせに何を今更。まあ来てくれたことに感謝するよ」

サトシ「もっともマオの邪魔をされたら困るからな。悪いがここで死んでもらうぜ」

サトシ「死の予約でデスノートを無効化したんだろうが…問題ない」

サトシ「デスノートを奪えばいいんだからな。背広に入れてあるんだろ?」

ハンサム「くっ…!」

ハンサムは膝に手を当てながら立ち上がり、鋭い眼光でサトシを睨みつけた。

ハンサム「…そうか。ならばここで…何としても逮捕せねばな…」

サトシ「…フン」

サトシ「やれ。ピカチュウ」

サトシの命令を受け、ピカチュウがハンサムに向かって走り出す。

ハンサム「インターナショナルポリス・アームズNo4プロテクトロック!」

ハンサムはピカチュウの前に張りぼての岩を投げつけ、抵抗する。

サトシ「アイアンテール」

ピカチュウ「チュピッ!」

しかし岩は全て、数秒で破壊されてしまった。

サトシ「!」

サトシは手首に違和感を覚えた。
見ると、いつの間にか左手にロープ付きの手錠がはめられていた。
インターナショナルポリス・アームズNo11アジャスタブルワッパである。

ハンサム「ははっ…どうだ…」

サトシ「ふうん。少しは頑張るんだな。お前への評価を改めてやるよ」

サトシは眉一つ動かさず、手錠に右手をかけた。
そしてそのまま、手錠を破壊してしまった。

ハンサム「…馬鹿な」

サトシ「でんこうせっか」

ハンサム「ぐぅっ…!」

ピカチュウの突撃を受けたハンサムは、たまらず嘔吐して倒れた。

サトシ「やっぱ反応はスイレンのほうが面白いな。中年だと若々しさが足りない」

ハンサム「…なんなんだお前は…なぜ…そこまで残酷になれる…」

ハンサム「なぜ簡単に人を傷つけられる…人を殺せるんだ…」

サトシ「…俺の一族は、遥か昔から強さだけを求めてきた」

サトシ「肉体と、頭脳の強さだ」

邪悪な笑みを浮かべながら、サトシは意気揚々と語り出した。

サトシ「俺の祖先は、戦争の度に武勲を立てていた英雄だった。その立場上、戦うための身体能力と敵を殺すための残虐性が強い息子に家を継がせた」

サトシ「その子孫たちは、ある時は強いトレーナーや武芸者の娘と、ある時は残虐な殺人鬼と契りを結んだ」

サトシ「品種改良と邪悪さの吸収、そして継承…その果てにどんな変化が起きたか」

サトシ「現生人類のそれを遥かに凌駕した性能の肉体。揺るぎない真っ黒な脳細胞」

サトシ「人間から飛び出て、人間を追い越した存在…それがこの俺だ」

サトシ「生物種としての勝負で、既にお前ら人間は俺に負けてるんだ」

サトシ「お前も、スイレンも、そして他の所有者たちも…デスノートを持っているという条件を揃えた程度で俺に勝てるわけがないだろ?」

ハンサム (…化け物め…!)

ハンサム「…インターナショナルポリス・アームズNo3バリアブルロープ!」

ハンサムが鉤縄をサトシの顔めがけて発射するが、サトシは首の動きひとつでそれを躱す。

ハンサム「くっ…」

ハンサム (グレッグル…せめてお前がいてくれたら…もっと戦えたかもしれないが…)

サトシ「10まんボルト」

ハンサム「ぎっ…」

亡き相棒のことを想っている間に強力すぎる電撃を受け、ハンサムの意識が遠のく。
しかしそれでも死にはしない。
ハンサム自身がそう工作したのだから。

サトシ「もう動けないか…ここまでだなハンサム」

サトシはハンサムの背広からデスノートと拳銃を奪った。
国際警察は相棒のポケモンが支給されるまでは拳銃を所持しなければならない。
それをサトシは知っていた。
以前ハンサムが話していたからだ。

サトシ「さて…このページだな」

そこには、スイレンが奪ったデスノートに書いた文章と同じものが書かれていた。
違うのは日付だけだった。

サトシ「こいつのために長々と文章を書くのは面倒だ…死因は心臓麻痺でいいか」

サトシはハンサムが書いた死因に二重線を書き、心臓麻痺と書き直した。
その後、ハンサムはビクンと痙攣したが、それきり動かなくなった。

サトシ「刑事なんてやってなければもっと長生きできたのにな」

ハンサムの頭を蹴りながら、サトシは言った。

ゼルオギー「…」

サトシ「ゼルオギー、この銃はお前が持っててくれ」

サトシ「お前ならその銃で俺を殺さないから安心できる。死神がデスノート以外で人を殺したら死ぬんだろ?」

ゼルオギー「…ああ」

サトシ「さて、スイレンたちの様子を見に行くか。そこらのポケモンバトルより面白いぜ?」

スイレンはマオから奪い取ったデスノートの切れ端を破り捨てた。
だがマオはポケットに手を突っ込み、乱暴に新しい切れ端を取り出した。
ポケットから他の切れ端が何枚かこぼれたところを見ると、切れ端の予備はまだまだあるようだ。

スイレン (キリがない…!)

再びスイレンの名前を書き込もうとするマオに飛びかかり、今度は切れ端ではなくペンのほうを奪い取った。

マオ「…」

どうやらペンの予備は無かったようだ。
マオはスイレンのほうに首だけを向けたまま硬直した。

サトシ「そうだ。それでいい」

サトシがいるのはテンカラットヒル最奥部への、もうひとつの入り口から行ける高台である。
スイレンたちがいる場所からはサトシの姿は見にくい。
この暗闇の中、マオの動きだけに集中しているスイレンではサトシに気づくことはないだろう。

サトシ「まだバトルは序盤だったみたいでよかったよ。ピカチュウ、お前もさっきの戦いで疲れたろ。ゆっくり見物しようぜ」

ピカチュウ「ピッカァ!」

ゼルオギー「この状況…スイレンにはとんでもない苦痛だろうな。お前は他人が命懸けで戦ってる姿が楽しいのか?」

サトシ「はあ?当たり前だろ。全ての人間やポケモンは俺の所有物だ。遊びに使って何が悪いんだよ」

サトシ「ああそうだ。ハンサムの死体を持ってきてくれよ。あの変な道具以外にも使えるものがあるかもしれない」

ゼルオギー「…」

ゼルオギー (どうやら俺は渡す人間を間違えたらしい…)

ゼルオギー (お前のデスノート、正しい人間に渡せなかった…悪いな…)

マオの硬直は、そう長くは続かなかった。
ずっと無表情だったその顔を少しだけ強張らせ、そして元に戻し、マオはカエンジシのような俊敏な動きでスイレンに襲い掛かった。

スイレン「くっ…!」

スイレンは咄嗟に躱そうとしたが、頬を爪で切られてしまった。
その傷口から血が流れ出るよりも早く、マオはスイレンに更なる追撃を加えんと跳躍する。

スイレン「ぐがっ…」

飛び蹴りを腹に受けたスイレン。
何かがこみ上げてくる感覚に耐えながら、その場にうずくまる。

マオ「…」

マオはもう何も話さなかった。
死人のような表情のまま、ただひたすらにスイレンを攻撃するだけだった。

マオ「…!」

スイレン (来る!)

マオが右腕を振り上げ、スイレンの頭部を殴打しようとした。
しかしスイレンがバッグに入れてきたナイフを取り出し、マオの拳の軌道にかざしたため、それは阻まれてしまった。

マオ「…」

右手に深い切り傷をつけられようと、マオは動じない。
左手でスイレンのナイフを奪い、そして構える。
負傷など意にも介さぬように、次の攻撃の準備態勢をとった。

スイレン (この反応…!)

スイレン (間違いない!マオは操られてる!)

スイレン (それなら…)

マオがナイフを大きく振るよりも早く、スイレンはバッグの中の小瓶を手に取った。
そして立ち上がり、マオの顔にその中身の液体をふり掛けた。

すみません、風呂に入るので少し投稿をストップします

マオ「!」

スイレン「か…」

液体の正体は、マトマの実、ノワキの実、トウガの実を調合した凄まじく強い香辛料。
それがマオの顔面に付着するのと、マオのナイフの刃がスイレンの右肩に到達するのは同時であった。

スイレン「っつ…」

マオ「ああああああああああああああああ!」

辛さの単位を表すスコビル値では、材料にした3つの木の実の辛さはいずれも5万ほど。
そして、3種類を合わせた場合、その数値はおよそ45万となる。

スイレン「ふふ…ありがとうマオ」

スイレン「マオの自由研究、役に立ったよ」

木の実の調合をテーマにしたマオの自由研究には、このような一文が書かれていた。
「この調合は、辛いんじゃなくて痛い」

サトシ「…ここまでだな」

香辛料を食らい、目も開けられずに苦しむマオを見て、サトシは舌打ちした。

サトシ「寿命くらいなら変えられるんだろうが、人間の力じゃデスノートの力までは変えられない」

サトシ「だからあいつらはお互いを殺せないんだ。これ以上は見ていても無駄だ」

膝に座らせていたピカチュウをどかし、サトシは立ち上がった。
そして息を吸い込み、苛立ちを吐き出すように叫んだ。

サトシ「マオオオオオオオオオオオオオ!」

テンカラットヒルに響いたサトシの声。
それを聞いたマオは、顔面を走る痛みすら忘れたように沈黙し、高台に立つサトシの顔を見た。

マオ「あ…」

サトシはもうマオのほうを見ていなかった。
後ろを向き、親指を立てた左手だけを背後に伸ばしているだけだった。
無論、その親指の向きは下である。

ゼルオギー「…」

それを見たマオがこの世の終わりを見たような表情を浮かべた瞬間、マオの体は崩れるように倒れ伏した。
それがデスノートの力によるものであることは、スイレンの目にも明白だった。

マオ 心臓麻痺
〇年×月▼日午後11時00分
テンカラットヒルに向かい、その空洞部で何もせずにしばらく待つ。
やがて現れた顔見知りの少女に対し、その日クラスメイトにされたデスノートについての話を彼女にも話す。
その話が終わった後、持っていたデスノートの切れ端とペンを取り出し、目の前にいる少女の名前を途中まで書き込む。
手に持っているペンを無くしたら、考えうる限り大きなダメージを与えられる方法で目の前の少女を攻撃する。
そして自身の名前を叫ぶ、よく見知った男の声を聞き、その男のほうを見る。
男に見捨てられたという絶望感の中、心臓麻痺で死亡。

スイレン「なんで…」

スイレン「なんで…生きてる…?」

スイレンの関心は、マオの死にも自分の傷にも向いていない。
それもそのはず、死んだはずの男が目の前に現れたのだから。

サトシ「ふん…」

スイレンへの返答より先に、サトシはためらいなく高台から飛び降りた。
そしてそのままの勢いで、スイレンの腹を力いっぱい殴った。

スイレン「ぐ…おえええええええええええ!」

嘔吐するスイレンに、サトシはいつもの笑顔でこう言った。

サトシ「アローラ!スイレン!」

スイレン「サ…トシ…」

サトシ「いい表情じゃねえか。困惑と恐怖と憎悪がよく混じってる」

サトシ「あー、血とゲロも混じってるな。きたねえ」

スイレン「なんで…たしかに…殺したはず…」

サトシ「なんで俺が生きてるか気になるか?…ふん、簡単だ」

サトシ「俺がカキを殺した日、俺の服に血がついてたのを覚えてるか?」

サトシ「登校してすぐカキに突っ込まれたっけな」

スイレン「スカル団を殴ったからと…答えてた…」

サトシ「そうだ。それ自体に嘘はない」

サトシ「もっと詳しく言えば、デスノートの力を無効化するためにスカル団を利用したんだ」

サトシ「俺の死神…ゼルオギーが教えてくれたよ」

サトシ「名前を4回書き間違えられた人間には、デスノートが効かなくなるってな」

サトシ「俺はこれを利用した」

スイレン「まさか…」

サトシ「スカル団なんてアローラにウジャウジャいるだろ?あの日も1人捕まえた」

サトシ「そしてこう言ったんだ」

サトシ「俺の名前はヒロシだ。このノートに俺の名前を4回書け。俺の顔をよく見ながらな」

スイレン「な…」

サトシ「嫌がってなかなか従わなかったから苦労したよ。バカを調教するのは骨が折れた」

サトシ「実際、何本か骨を折って大人しくしてやった」

リューク「ククッ…ゼルオギー、お前のとこの人間ひでえな」

デリダブリー「全くだ。まあお前はジジイのゲームに参加してねえんだし問題無いけどな」

ゼルオギー「…」

サトシ「このデスノートの対策方法では、故意に4回間違えた場合は書き込んだ人間が死ぬらしいんだが」

サトシ「これはつまり、スカル団が死ななければ成功したってことになる」

サトシ「そしてスカル団は、実験が終わっても死ななかった」

スイレン「…」

サトシ「わかったかスイレン。俺にデスノートは効かないんだよ」

サトシ「俺を殺したつもりだったらしいじゃねえか。残念だったな」

グック「そのスカル団はどうなったんだ?」

ゼルオギー「こいつが殺した」

サトシ「ああそうだ。俺たちのことを国際警察が嗅ぎまわっていたんだったな」

サトシ「おい、ゼルオギー」

ゼルオギー「…ああ」

ゼルオギーがあの高台から持ってきたのは、ハンサムの死体だった。

スイレン「…こいつ」

サトシ「俺が殺しておいてやったぜ」

サトシ「デスノートと拳銃以外には大したもの持ってなかったな。スマホに財布、双眼鏡、傘、パーティ用のハナヒゲ…」

サトシ「本当に使えない奴だった」

スイレン「くっ…」

サトシに腹を殴られ、うつ伏せになっていたスイレンが静かに立ち上がった。

サトシ「ん?なんだその目は?俺を殺したいのか?」

サトシ「俺にデスノートは効かない。となれば素手で殺すしかないが…お前が俺を殺せるのか?その体で?その頭で?」

スイレン「…」

サトシ「ここでお前を殺してもいいが…せっかくだ。もう少し楽しみたい」

サトシ「今日は助けてやるよ。ボロボロの状態だけど、無事に家まで帰れるといいな」

サトシ「ああ、デスノートは奪わないでおいてやる。どうせ俺には効かないから問題ない」

サトシ「じゃあな!スイレン!」

さわやかな少年らしい笑顔を浮かべながら、サトシは俊敏な動作でテンカラットヒルの壁を登って去って行った。
二匹の死神と共に。

スイレン (サトシに助けられた…?)

スイレン (私が…?あんな奴に…?)

スイレン「…あ」

スイレン「ああああああああああああああああああああああああああああああ!」

最も憎む者に命を助けられたという屈辱。
それがスイレンの怒りをかき立てた。

スイレン「殺す…絶対に殺す!カキもマオも!ついでに国際警察も!あいつに殺された!だから今度こそ!最悪の死をあいつに!サトシに!」

スイレン「私がリーリエを殺した時よりも!ククイの時よりも!マーマネの時よりも!もっと残酷な死を!」

グック「おい…こいつヤバくね?」

リューク「ククッ…たまにこうなるんだよ」

「悪いがそれは無理だ」

スイレン「!?」

聞き覚えがある声だった。
見覚えがある顔だった。
しかし、前とはまるで別人のような雰囲気を感じた。

スイレン「…また…なんでみんな…こいつだって…死んだはずなのに…?」

理解が追い付かない。
次から次へと殺したはずの人間が現れるという状況に、スイレンは耐えられていないのだ。

捜査員2「この男は死んでない。お前より先にデスノートを使ったからだろうな」

捜査員2「ははっ…やっと見つけた。母様、やっと見つけましたよ」

その声は、途中から変化していった。
その顔が、みるみるうちに歪んでいった。
国際警察捜査員が彼のものではない笑みを浮かべた時、その場の空気がどろりと濁った。

グラジオ「リーリエを殺した、犯人を」

妹の仇であるスイレンを前にして、グラジオは追憶する。

グラジオ (リーリエが死んだ)

グラジオ (あの日、母様から聞かされたその報告が俺の人生を変えた)

グラジオ (その報告をする母様の声は…いつもより数段弱々しかった…)

グラジオ (俺はすぐにエーテルパラダイスに戻り、リーリエの顔を見たが…)

グラジオ (違った。あの弾けるような笑顔とは似ても似つかぬ、死の顔だった)

グラジオ (俺でさえ気を失いそうになった。リーリエを溺愛していた母様にとっては…どれほどのショックだっただろう)

グラジオ (なぜ母様はこうも不幸になるのか…元気だったはずのリーリエがなぜ…どうして俺は長い間リーリエに会わなかった…?)

グラジオ (俺は兄として、リーリエに何をしてやれた…?)

グラジオ (湧いてきた様々な疑問。それが俺の心を締め付け、壊しそうになった)

グラジオ (その場に立ち止まっていられず、俺は建物の外に逃げ出した)

グラジオ (リーリエは俺や母様にとっては、あまりにも大きな人生の一部)

グラジオ (リーリエの死による喪失感を抱えながら、この先ずっと生きていかなければならない…そう考えると恐怖や絶望が大きく、大きく膨れ上がってきた)

グラジオ (そんな時、俺に手を差し伸べてくれたのは…)

グラジオ (死神だった)

グラジオ (落ちていた黒いノート…デスノートを拾った時、白い死神が現れた)

グラジオ (死神はレムと名乗った)

グラジオ (レムの話で、リーリエの死の真相は理解できた)

グラジオ (誰かがデスノートを使ってリーリエを殺した、そうとしか考えられない)

グラジオ (しかし怪しい人間が多すぎる。エーテル財団は他に類を見ない急成長の結果、これほどの規模に至った)

グラジオ (当然、悪事も働いてきたのだろう)

グラジオ (その令嬢であるリーリエの命を狙う人間など数えきれない)

グラジオ (財団の業がリーリエを殺したのかと思うと、やるせない思いになったものだ)

グラジオ (それでも俺は諦めなかった)

グラジオ (なんとしてもリーリエを殺した奴を見つけ出し、惨めに殺してやろうと思ったからだ)

グラジオ (そのために、もっとも信頼できる人間…ビッケに協力を依頼した)

グラジオ (善良な人間に人殺しの手伝いをさせるというのは胸が痛んだが、ビッケは快く了承してくれた)

グラジオ (そして俺はレムとヌルを連れてアローラ本土に移動し、ビッケにはエーテルパラダイスでのサポートを任せた)

グラジオ (ある時、ビッケから連絡が入った)

グラジオ (エーテルパラダイスに国際警察が来たという)

グラジオ (ビッケがこっそりと撮影した動画に映っていた6人の国際警察捜査員)

グラジオ (奴らが帰った後、その中の1人をデスノートで操り、エーテルパラダイスに監禁した)

グラジオ (そして俺がメタモン変装術でその捜査員に成り代わった)

グラジオ (もちろん、他の捜査員たちにバレないようにだ。危険な賭けだったが、なんとかうまくいった)

グラジオ (そしてそのまま捜査を続けていたが…ある日の朝)

グラジオ (共に行動していた捜査員が突然、心臓麻痺で死んだ)

グラジオ (ハンサムから届いたメールで、他の捜査員も全員死んだことがわかった)

グラジオ (その前に死んだフーディン使いの捜査員に続き他の連中まで…残ったのはハンサムだけ)

グラジオ (こうなっては仕方がないと、ハンサムの行動だけを観察し続けた)

グラジオ (ハンサムは優秀だ。必ず他の所有者を、そしてリーリエを殺した犯人を見つけてくれると信じてな)

グラジオ (そして今…)

グラジオ (仇は…目の前に…!)

グラジオの顔を覆っていたものは、ピンク色の塊となってグラジオの手に乗った。
へんしんポケモン、メタモンである。

スイレン「メタモン…!」

グラジオ「そうだ。エーテル財団で飼育していた個体を借りてきた」

グラジオ「このメタモンの能力値は最高だ。変身も完璧にできる。他人の顔の再現もな」

リューク「へえ、すげえな」

レム「変装が完璧なら、それは写真と同じようなもの。グックと契約した人間の死神の目も誤魔化せた」

グック「俺たち死神にはお前がいるせいでバレバレだったけどな、レム」

スイレン「くっ…!」

全身から獰猛な殺気を放出するグラジオを警戒してか、スイレンはデスノートから切り離した紙を取り出した。
以前作った、右端に「即死」とだけ書かれたページである。

グラジオ「それはデスノートか?やめておけ」

グラジオ「ヌル!たいあたり!」

投げられたボールから飛び出したのはタイプ:ヌル。
エーテル財団の研究によって作られた人工のポケモンである。

スイレン (!こいつ死神の目が効かない…!)

スイレン「ぐうっ…!」

タイプ:ヌルは仮面を被っているため、死神の目で名前が見えない。
スイレンは攻撃を腹に食らってしまった。

グラジオ「…今日、俺は取り戻す」

グラジオ「家族の、そして俺自身の誇りを」

グラジオ「お前の首で!」

スイレン「…黙れ!」

グラジオの名前をデスノートに書きこむスイレン。
だが、即死という死因を指定したにも関わらずグラジオが死ぬ気配は全くない。

スイレン「なんで…」

グラジオ「ハンサムと同じだ。俺は死ぬ覚悟をしている…それだけだ」

スイレンに向かって右前脚を振り上げるタイプ:ヌル。
ブレイククローの予備動作である。

スイレン「!」

かわそうとしたが、腰にブレイククローが当たってしまった。

スイレン「っつ…」

スイレン (あと少し…この空洞部なら…逃げ切れる…)

グラジオ (?様子がおかしいな…)

グラジオがタイプ:ヌルに次の攻撃を指示しようとした瞬間。
テンカラットヒルに一匹のポケモンが舞い降りた。

リザードン「…」

ライドポケモン・リザードンである。
スイレンがライドギアで呼び出したのだ。

スイレン「リザードン!飛んで!」

痛む体を無理矢理に動かし、リザードンに飛び乗ったスイレン。
リザードンはすぐに飛び立った。

グラジオ「ヌル!逃がすな!」

スイレンを逃がすまいと、グラジオがタイプ:ヌルにリザードンへの攻撃を指示した。
しかしあと一歩のところで攻撃は当たらず、スイレンはテンカラットヒルから逃げて行った。

グラジオ「…クソッ!」

あとには、二人の死体と一人の激昂が残るのみだった。

メレメレ島の空。
スイレンは激しい痛みを訴える体をリザードンの背に委ねながら、ひとつの決意を固めていた。

スイレン (サトシ…そしてあのグラジオっていう男)

スイレン (残る所有者はあの2人だけ)

スイレン (あの2人さえ殺せば私の勝ち…)

スイレン (デスノートで殺せないんなら、ポケモンを使って不意打ちする)

スイレン (絶対に負けない…負けるわけにはいかない)

スイレン (負ければ私は…何のために全てを捨てたのか…)

スイレンは、家から数百メートル離れた地点でリザードンを着陸させた。
リザードンは目立つため、家の近くまで飛ばせてしまっては危険だと考えたのだ。

スイレン「ありがとうリザードン。助かったよ」

リザードン「ゴガァ!」

リザードンと別れ、スイレンは痛む箇所を手で押さえながら少しずつ歩いていく。

スイレン (早く家に帰って…傷の手当てをしないと…)

スイレン (その後でサトシたちを殺す準備…くっ…痛い…)

リューク「ククッ スイレン、体もいいが頭のほうも冷やした方がいいんじゃねえか?」

スイレン「?」

リューク「あの国際警察からデスノートを奪って、コードネームハンサムだっけ?あいつを殺そうとしただろ」

スイレン「…うん」

幼スイレン「わーい!おでかけおでかけ!」

スイレン父「こらこらスイレン。妹たちのものを買いにいくだけだぞ」

幼スイレン「えー!パフェ食べたい!」

スイレン母「ふふっ、いい子にしてたら食べさせてあげるわよ」

リューク「でもなあ、あいつはデスノートを2冊持ってた。オーキドの動画を見たお前なら知ってたはずだ」

グック「デリダブリーのデスノートだな」

リューク「そうだ。だからハンサムはデリダブリーのデスノートに新しく自分の死の予定を書き込んだ」

スイレン「そうだね…そうされることまで考えられなかったよ」

スイレン「で、何が言いたいの?」

リューク「ククッ お前の計画は杜撰すぎる」

リューク「なあスイレン。お前…自分を見失ってるんじゃねえか?」

幼スイレン「ねー!双子なんだよね?」

スイレン母「そうよ。名前は何にしようかしらね?」

幼スイレン「スイレン考えたの!うーんとね!ホウとスイ!」

スイレン父「おっ、いいんじゃないか?」

スイレン母「そうね…いいわね!」

幼スイレン「やったー!」

スイレン「そんな…はずないよ…」

スイレン「私とアシマリの復讐を成し遂げたい」

スイレン「そのためにサトシたちを殺したい」

スイレン「その邪魔をする国際警察やグラジオを殺したい」

スイレン「あいつらの命を潰して!その上に私の幸せを!幸せな人生を作る!」

スイレン「これは間違いなく…私の、私自身の本心…」

グック「ケケッ…俺たち死神はお前の過去なんか知らないけどな」

グック「ガキの頃のお前なら、いや少し前のお前でも…もう少し聡明だったんじゃねえの?」

スイレン「うるさい!…っぐ…」

スイレン (傷が痛む…目が霞んできた…)

幼スイレン「スイレンね!おとうさんと、おかあさんと、ホウと、スイと!ずっと一緒にいたいよ!」

スイレン父「ははっ、俺もだ。お前たちを離すもんか」

スイレン母「あら、私だって優しいお母さんになるわよ」

幼スイレン「ふふっ!ホウとスイに早く会いたいな!」

スイレン「…!?」

傷のせいか、スイレンの前に現れた幻覚と幻聴。

スイレン「…邪魔をしないで」

だがスイレンは歩調を緩めない。
そんなものに構っている暇は無いからだ。

幻覚たちとすれ違ってから少し歩くと、家の近くの風景が見えていた。
しかしそこには肝心な、家そのものが無かった。

スイレン「こ…これは…」

強力な「かみなり」で焼かれたであろう家。
そして崩れた家の前に座っていたのは、見知った、誰より憎む顔であった。

サトシ「よう。スイレン」

いつか殺したく、かつ今出会いたくない者がそこにいた。
絶望が、形となってスイレンの眼前に現れた。

スイレン「サトシ…」

サトシ「なんだ?さっきより傷が増えてるな。服もバッグもボロボロだ。あの隠れてた奴にやられたのか」

サトシ「まあ俺にビビって出てこれないような雑魚だ…だからお前も逃げてこられたわけか」

スイレン「…どうしても、ここで私を殺したいんだね」

サトシ「助かると思って家まで帰ったら家はこの有様。そして俺に殺される」

サトシ「最高の絶望だろ?スイレン」

スイレン (せっかく逃げてきたのに…なんでこんな…)

サトシ「でんこうせっか」

スイレン「うぐっ!?」

突然繰り出されたピカチュウの攻撃は、タイプ:ヌルにつけられた傷に直撃した。
激痛に苦しむスイレン。

サトシ「カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウ、イッシュ、カロス」

サトシ「色々な地方を旅する中で、俺はお前みたいな奴に何人も出会ったし何度も殺してきた」

サトシ「俺を殺そうとする奴は死ぬ前に決まって今のお前みたいな目をする」

サトシ「憤激と恐怖と殺意が渦巻いた、そんな目をな」

スイレン「くっ!」

力ではピカチュウにも敵わないと悟り、スイレンは持ってきたナイフでピカチュウを攻撃しようとする。
ピカチュウは後方に跳躍し、ナイフの軌道から簡単に逃れた。

スイレン (この距離なら…ギリギリ行ける…)

デスノートを取り出し、即死の死因でピカチュウを殺そうとするスイレン。
刹那、ピカチュウが繰り出すは…
伝家の宝刀―

サトシ「ボルテッカー」

ピカチュウ「ピッカァ!」

サトシがその技を指示した時、ピカチュウの姿はスイレンの視界から消えた。

スイレン (速い!動体視力が追い付かない!)

スイレン (くっ…でも!)

ピカチュウ「ピッ…」

ピカチュウ「カ…」

突如、ピカチュウの足がガクンと曲がり、急激に失速した。
それでもピカチュウの突進は止まらない。

スイレン「うぐっ…!?」

スイレンがピカチュウの名前を書き終わったのは、ピカチュウのボルテッカーが炸裂する少し前。
よってピカチュウはボルテッカーによる攻撃途中で即死し、スイレンは最高威力での直撃を受けずに済んだ。

サトシ「…」

スイレン「げほっ…あ…ぐ…」」

しかしそれでも、スイレンにとってはあまりにも強大な攻撃。
直撃していた場合、どうなっていたことだろうか。

スイレン「…ピカチュウは…死んだ…これで後はサトシだけ…」

サトシ「別に死んでもいいんだよ。そのピカチュウは5体目だし」

スイレン「!?」

サトシ「いざという時にミスをした奴は処分して、新しいピカチュウを捕まえる。これを繰り返してた」

サトシ「ピカチュウにはこだわりが強くてな」

サトシ「今死んだピカチュウはまあまあ長い付き合いだったが…構わない。お前に殺されるようなら、そこまでだったってだけだ」

リューク「ククッ ひどいなこいつ」

ゼルオギー「…」

サトシ「さて、まだまだ元気だなスイレン」

サトシ「俺の生活を乱したお前には、その罪にふさわしい死を与えてやるよ」

スイレン「くっ…」

サトシ (いつも、人を殺す時には昔のことを思い出す…)

とある少年の追憶―
幼いころのことを思い出すと、サトシは、突然見知らぬ惑星に放り出された宇宙生物だったような気になる。
運動能力も知能も、サトシは周りの子どもより遥かに優れていた。

赤サトシ (これは…?どうすれば壊せるのかな?)

赤ん坊の時、サトシはあらゆるものに興味を示し、貪欲に知識を吸収していった。
まず触ってみて、原理を理解し、最後には破壊する。
そんなサトシのせいで、一時期サトシの家はかなり悲惨な状況になっていた。
しかし両親は、一切咎め立てをしなかった。

最初にサトシの才能に気づいたのは、サトシの父だった。
いや、サトシが生まれる前から、自分の子供が天才であることを知っていたのだ。


ハナコ「あの子があなたに似てくれてよかったわ。きっと凄い子に育つわよ」

サトシ父「当然だ。私の子なのだから」

母のハナコは一人息子のサトシに対し、無償の愛を注いだ。
サトシの才能を伸ばすことを第一に考えていたが、必ずしも社会的な成功を収めることだけが大切だとは考えていなかった。
ただ、本人が幸せな人生を送れるよう最大限のサポートをしてやることが、親としての務めなのだと考えていた。

サトシが1歳になった時、父親は深夜のトキワの森にサトシを置き去りにした。
獰猛な野生ポケモンたちが生息する、森の中心に。
小さなナイフをサトシに握らせて。

幼サトシ「パパ?」

サトシ父「すぐに迎えにくる。少し待っていてくれ」

幼サトシ「うん」

サトシ父「いいか。そのナイフはお前の守り神だ。それさえあればお前は大丈夫だ」

幼サトシ「うん、パパ。わかったよ」

なぜそんなことをしたのか。
確かめたかったのだ。
一族に受け継がれる、脳と肉体の才能を。

やがて、森に戻って来た父親は、予想以上のものを見た。
十数匹のポケモンの死骸の真ん中で、野生のトランセルの背中をナイフで切り裂く息子の姿を。

幼サトシ「あっ、パパ。トランセルの中にはバタフリーがいるんじゃないの?出てこないよ」

サトシ父「…それは変だな。きっとこいつは不良品なんだろう」

ピクピクと痙攣するトランセルを踏みつぶし、父親はサトシを抱きかかえた。

サトシ父 (素晴らしい…この子は本物だ)

サトシ父 (下賤な人間どもより遥かに優れた新種の生物。完全なる人類の進化形)

サトシ父 (私や先祖よりも格段に優れた才能!)

サトシ父「フフ…サトシ、悪魔や死神だろうとお前には敵わないだろうな」

幼サトシ「?」

ハナコ「あなた!?サトシとこんな時間にどこに行ってたの!?」

ハナコ「ってサトシ!?なにこれ!?ポケモンの血じゃないの!?」

サトシ父「騒ぐな」

ハナコ「あがっ…」

その日、帰宅したサトシが見たのは、父親に暴行されるハナコの姿だった。

幼サトシ (あっ、ママ血が出てる。もし僕もパパに殴られたら嫌だな。危ないな)

幼サトシ (ああでも、人を殴るのって楽しそうだな)

5歳になったサトシは、夕方、家の庭で初めて人を殺した。
いつもサトシを馬鹿にする、同い年の男の子だった。
サトシはその子を黙らせようと、何発も、何発も殴ったのだ。

幼サトシ「パパ。こいつ、もう動かなくなったよ」

サトシ父「ん?ああ…そうか…」

まずいことをしてくれた、と父親は思った。
初めての殺人はサトシの成長の証なのだから大いに結構だが、問題はその方法である。

サトシ父 (おそらくこの子供は、うちに遊びに来ることを親に伝えているだろう)

サトシ父 (サトシが犯人だと気づかれないよう、死体を隠そうと思ったが…)

サトシ父 (この状況ではそれも難しいか…)

サトシ父 (仕方ない)

父親は、ハナコにこのことを打ち明けた。

ハナコ「そんな…何かの間違いよ!サトシがそんなことするわけが…」

サトシ父「事実だ」

サトシ父「あの子は人殺しなんだよ。人の命などなんとも思ってないんだ」

ハナコ「…あの子はまだ小さいの!だから物事の善悪がわからないのよ!きっと、私たちの教育が間違ってたの!」

サトシ父「だからあの子を罰するなと?馬鹿を言え」

サトシ父「だいたい死体を隠したところで、今度は我々に疑いがかかるだけだ」

ハナコ「でも…でも…」

サトシ父「安心しろ。サトシはまだ小さい。死刑にもならなければ、一生塀の中ということもない」

サトシ父「いいか。他に選択の余地は無いんだ」

サトシ父「明日にもサトシを警察に突き出す」

その両親の会話を陰から聞いていた者がいた。
サトシである。

幼サトシ (俺が捕まる?嫌だな)

幼サトシ (殺すつもりはなかったんだし、悪いことじゃないはずなのに)

幼サトシ (二人も親がいるのに…どうしてどっちも罪を被ってくれないんだろう)

幼サトシ (なんとかしないとなあ)

サトシにとって、自由は命より大切なものだった。
その自由を奪おうとする両親など、サトシにとっては不要だった。

深夜、サトシは両親の寝室に裸で入ると、寝息を立てるハナコをナイフでめった刺しにして殺した。
父親の姿は見当たらなかった。

ハナコ「ひっ!?サトシ…?」

幼サトシ「…」

ハナコ「ぐ…サト…やべで…あ…」

幼サトシ「さよなら」

騒ぎを聞きつけ、寝室に入ってきたのは父親だった。

幼サトシ「ああ、パパ。ママが大変なんだ。こっちに来てよ」

サトシ父 (な…)

恐怖という感情は、人間を超えた力を手にした者にとって縁のないものである。
しかし、この時父親は、生まれて初めて恐怖を知った。
自分の息子に、このとても小さな少年に対して、直感で危険を感じたのだ。

サトシ父「ひっ…あ…ああっ…」

サトシ父「ひああああああああああああああ!」

一族の最高傑作であるサトシの殺意が自分に向けられている。
その事実に、父親は耐えられなくなって逃げ出した。

幼サトシ「…まあいいや」

ことが済んだ後、風呂に入り、自分の体に傷をつけたサトシは警察に通報した。
例の男の子やハナコの殺害は、トキワの森の中心で死体となって発見された父親の犯行であると片付けられた。
父親の死体には森のポケモンたちが群がっていたという。

これまでの人生をリセットしたサトシは、オーキドの家に転がり込んで生活を続けた。
人の心を操る技術は彼で高めた。
やがて、10歳になったサトシは初代ピカチュウと共に旅に出、戦闘技術と悪意を磨いていく。
そして…

サトシ「アローラ!俺サトシ!カントー地方のマサラタウンから来たんだ!」

人間を追い越した、とある少年の追憶―

ナイフを構え、戦闘態勢を取るスイレン。
サトシはスイレンに接近してきた。

サトシ「ふんっ!」

スイレン「!」

サトシがスイレンに投げたのは、ピカチュウの死体。
スイレンは咄嗟にピカチュウの死体をナイフで切ってしまった。

スイレン「うあっ…!」

電気タイプのピカチュウの体を金属製のナイフで切れば、当然感電する。
その隙を、サトシは狙った。

サトシ「はっ!」

つま先でナイフを蹴り飛ばしたサトシは、武器が無くなったスイレンをそのまま殴った。

スイレン「うぐ…」

サトシ「楽しいなあスイレン!」

スイレン「うごぉっ…!」

サトシの蹴りで、スイレンの体は後方に飛ばされた。
その攻撃は、学校での暴力より遥かに強力。

スイレン「が…げほっ…」

サトシ「ははは!よく飛ぶなスイレン!」

スイレン「ま…だ…まだ負け…ない…」

スイレン「アシマリの死体を…弄んだ報いを…」

サトシ「アシマリ?ああ、アマシリか」

サトシ「そうだそうだ。あいつが死んだ後、死体で遊んだっけな」

サトシ「手で丹念に壊して、ゼリー状になったアマシリの体をお前に塗りたくってやったんだった」

サトシ「あの時のグチャグチャって音!最高だったぜスイレン!」

スイレン「サトシ…!」

スイレン「許さない…!絶対に…!」

サトシ「アシマリの復讐ねえ…」

サトシ「ポケモンなんかのために…」

スイレン「当然でしょ…!私はサトシみたいなトレーナーの真似事をしてるだけのクズじゃない!アシマリは大事なパートナーだったんだから…!」

サトシ「いや、そうじゃない。ポケモンなんかのためにお前がそこまでできるわけないだろってことだ」

スイレン「は…?」

サトシ「アシマリのために。それだけを思ってるならノートを拾った時点で俺たち全員を殺すはずだろ」

サトシ「そうしなかったのはなんでだ?自分を虐げた奴らを惨殺してやるとか思ってたからだろ?」

サトシ「結局お前は、アシマリより自分が大事なんだよ。ポケモン想いの優しいトレーナーなんかじゃない。ただのクズだ」

スイレン「ち…違う…」

スイレン「違う!違う!違う!」

サトシ「否定することしかできないか。まあそうだろうな」

サトシ「…ポケモン、か」

サトシ「ガキの頃から俺はポケモンを殺してた。1歳の時に森のポケモンを何匹も殺したりしたもんだ」

サトシ「そして今はポケモンスクールに通ってるわけだが…なあスイレン。俺はポケモンバトルが好きだと思うか?」

スイレン「…自分より弱いポケモンを戦わせてもつまらないとか…思ってるんじゃないの…?」

サトシ「ははっ、それが違うんだよ」

サトシ「俺は強いトレーナー…例えばチャンピオンのポケモンを殺してみたいと思ってる。圧倒的な暴力でな」

サトシ「だが俺がこの手で殺せばそれは犯罪。俺も法の外にいるってわけじゃないから間違いなく捕まる」

サトシ「そこでポケモンバトルだ。ポケモンがポケモンを殺すならバトル中の事故だし、なんの問題も無い」

サトシ「俺はなスイレン。俺の悪意を注ぎ込んで育てたポケモンを、自分の分身と思ってバトルに出してる」

サトシ「そしていつの日か、チャンピオンリーグの観客たちの笑顔を、相手のポケモンの死によって壊してやるのが楽しみでしょうがないんだ」

スイレン「くっ…」

サトシ「さて…そういうわけで俺はまだまだ上を目指す」

サトシ「お前なんかのために、トレーナーの真似事を終わらせるわけにはいかないんだ」

スイレン「…殺す。お前はここで殺す…」

スイレン「くらえ!」

スイレンがサトシに向かって投げたのは、マオに投げたものと同じ香辛料のビン。
蓋は開けられており、中身が飛び散った状態である。

サトシ「おっと」

しかしサトシは容易にそれを避けた。

サトシ「危ねえじゃねえか。当たったらどうすんだよっと」

スイレン「ぐげぇっ…!」

さらに一発、渾身の蹴りを受けるスイレン。
バッグの中身が地面にばら撒かれてしまった。

サトシ「はははっ!やっぱスイレン!お前最高のサンドバッグだよな!ここで壊れちまうんだけどな!」

スイレン (く…)

スイレン (サトシは…私の命を奪うことに何も感じてない)

スイレン (サトシの意識は…常人と違うところに存在してる…)

サトシ「さあてと。夜は冷えるからな。そろそろ死ぬか?」

スイレン (ここから…逆転できる方法は…?)

スイレン (もう…これしか…)

サトシ「もう終わりだ」

サトシ「最後に一発入れて、お前の鳴き声を聞きながら首を折る」

サトシ「さよならだ。スイレン」

スイレンに最後の攻撃を加えようと、サトシがスイレンに向かって走り出す。
そのサトシの足に、スイレンは完璧なタイミングで小瓶を投げつけた。

サトシ (またくだらねえことを…)

サトシは先程の香辛料をイメージしていたのか、小瓶も、小瓶から出た液体も避けなかった。
それが間違いだった。

サトシ「な…」

サトシが異変に気付いたのは、その液体を踏んだ直後。
自分の足が全く動かないのである。

サトシ「スイレン!何だ!これは!」

スイレン「ははっ…サトシが動揺するの、初めて見た」

笑いながらゆっくりと立ち上がるスイレン。

スイレン「ザロクの実とネコブの実を調合した、超強力な瞬間接着剤」

スイレン「もう取れないよ。それ」

サトシ (くそっ…!早く靴を…)

スイレン「させない!」

スイレンは地面に転がる小瓶のひとつを拾い、蓋を開けてサトシに投げつけた。
その中身は…

サトシ「ぐっ!?あああああああああああああああああ!」

サトシ「スイレン!てめえええええええええええええええええええええ!」

サンの実とスターの実を調合した特殊溶解液。
アマカジの毒が入っていない分、マオが作ったものよりは効果が薄いが、それでもサトシの肌を溶かすほどには強力である。

サトシ「うううううあああああああああああああああ!殺す殺す殺す殺す!」

発狂したように叫んだサトシは靴を無理矢理に破き、足を抜くと左後方に向かって跳躍した。

スイレン (!まだ動けるのか…!まずい!)

サトシ「スイレエエエエエエエエエエエエエエン!」

その場でスイレンの名を叫んだかと思うと、溶解液で爛れた肉体を奮い立たせ、再びスイレンに襲い掛かろうと跳躍の構えを見せた。

スイレン (避けても無駄!かといって立ち向かえない!どうする…!)

絶体絶命のスイレンに手を差し伸べたのは…

ゼルオギー「スイレン!」

死神だった。

ゼルオギーがスイレンに投げたのは、ハンサムが携帯していた拳銃。

スイレン「!」

スイレンにはゼルオギーの声など聞こえていない。
それでも、自分に向かって飛んできた拳銃を受け止めることはできた。

サトシ「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

怒りで理性すら失ったサトシが、スイレンを殺すために襲い掛かった。

スイレン「くっ…!」

スイレンは咄嗟に銃を構え、そしてサトシに向かって発砲した。

サトシ「があっ…!」

サトシ「バ…」

サトシ「馬鹿野郎おおおおおおおおお!死神いいいいいいいい!誰を裏切ってる!ふざけるなあああああああ!」

ゼルオギー「…」

ゼルオギー「覚えてるか?人間に興味がある死神の話」

サトシ「なに…!?」

ゼルオギー「その中にジェラスという名前が出てきただろう」

ゼルオギー「あいつはな。人間に恋をして死んだ」

ゼルオギー「ジェラスの行動は全く理解できなかったが…今少しだけわかったよ」

ゼルオギー「死神は人間を嫌いになれる。なら好きになることもできるんだろう」

サトシ「ゼルオギー…てめえ…」

ゼルオギー「ああそうだ。サトシ」

ゼルオギー「俺はお前が大嫌いだ」

サトシ「…何様のつもりだ…!俺にノートを渡す時も嘘をつきやがって…」

ゼルオギー「それはお互い様だろ?お前だって俺にいくつの嘘をついた?」

ゼルオギー「人が死ぬところは見たことが無いだと?酷い嘘もあったもんだ」

ゼルオギー「人間界に来て随分経つが、お前みたいなクズは初めてだよ。この快楽殺人鬼」

サトシ「…フン、死神だろうと殺せるんだ。お前もいつか殺してやるよ」

サトシ「だが今は目先のゴミが優先だ。ここまで俺を苛つかせた奴は後にも先にもお前だけだろうな」

サトシ「スイレン」

スイレン「…!」

常に、強者だった。
趣味でのポケモンバトルならいざ知らず、通常の戦闘なら負けるどころか傷を負ったことさえ無かった。

サトシ (それがどうだ…!)

サトシ (人間を超えた才能を生まれ持った、人類の進化形であるこの俺が…)

サトシ (こんなカスに追い詰められてるだと…?)

人生初の苦戦と、生命の危機。
溶解液と銃弾によるダメージは、超人的な肉体を持つサトシにとっても大きいものだった。

サトシ「…ハッ」

それでもなお、サトシは嗤った。

サトシ「ハァッ!」

スイレン「!」

不敵な笑みを浮かべ、サトシはスイレンに急速に接近した。

スイレン (まずい!)

このままでは自分の才能の敗北を認めるようなもの。
サトシにはそれが許せなかったのだ。

スイレン (次の弾を…!)

スイレンがサトシに向かって銃を撃つが、サトシはその弾を難なく回避する。

サトシ (銃と目標の間に十分な距離がある場合、目標を目で追うと当たらない)

スイレン「っ…なんで…」

サトシ (ここからが危険な間合いだ。かわすのは難しい)

スイレン「この距離なら!」

サトシ (だから避けない)

サトシはスイレンの銃弾を避けず、腕で受け止めた。

スイレン「は…?」

サトシ「ハッ!」

スイレンへの距離はあと少し。
爛れた拳を固めるサトシ。

スイレン「くっ…」

スイレンはまた2発撃ったが、それは地面に転がるスイレンの小瓶に当たっただけでサトシには命中しなかった。

サトシ「下手糞だな」

サトシ「あと1発残ってるはずだが…」

サトシ「間に合わないよな」

スイレンは後ろに下がろうとしたが、唸りを上げるサトシの右フックが襲う。
とつてもなく堅く重い拳がスイレンの頬骨の上に炸裂した。

スイレン (だ…めだ…)

スイレン (こいつには銃弾なんて不意打ちでしか通用しない…)

サトシの肉体の強さはもはや、数字で表すことができない領域に達していた。
常人を遥かに超える筋繊維密度。
その異常ともいえる筋肉を固めれば、サトシは銃弾ですらガードできる。

サトシ「ははっ!武器があってもこの程度かスイレン!」

サトシ「おっ、もう腫れてるのか。いい顔だな」

サトシ「その顔がボコボコになる頃にはお前も死んでるだろう」

サトシ「無駄な抵抗をしなければ1発2発で済んだのに。バカな奴だ」

スイレン (でも…)

スイレン「そう…その位置でいい…」

サトシ「あ?」

突如、サトシの背後で爆発が起こった。

サトシ「がぁっ…!?」

爆発に巻き込まれたサトシ。
爆風と、地面の損傷具合を見るに、その威力は「じばく」と同等だろう。

サトシ (爆発…!?)

サトシ (バカな…あいつは爆弾を持っていなかったはず…)

スイレン「ははっ…」

スイレン「爆発したのは…ヨプの実、ナモの実を主材料にした調合液と、ジャポの実、ラッカの実を主材料にした調合液」

スイレン「この二種類の液体を混ぜると大爆発を起こすんだって。マオの自由研究によると戦争にも使われたらしいよ」

スイレン「そんな木の実が採れるなんて流石アローラだよね。誰かが育ててたのかもしれないけど」

サトシ「てめえ…」

スイレン「運が悪かったねサトシ」

スイレン「卑怯とは…言わないよね?」

サトシ「は…ははっ…クソが…」

サトシ「どこまで抵抗しやがるんだ…!もう終わりなんだよ…何もかもなあ!ここまではかなりの強運だったがそれがどうした!運で俺に勝てるかバカが!」

スイレン「私を相手にそこまで傷を負うなんて…死神じゃないほうの神様にも見放されたんじゃないの?日頃の行いってやつだよ」

スイレン「私やアシマリ、そして他の人たちへの行いが祟ったかのかもね」

サトシ「なぁーにが祟りだ!このクソ田舎のクソバカはそんな不確かなものを信じてんのか?だいたい俺の神経を逆撫でする奴を殺して何が悪い!そんな奴らはゴミなんだよ。いわばゴミ掃除だ。環境のためにボランティア活動をしてやってるんだろうが!」

スイレン「…そんなサトシのせいでアシマリが死んだ。私の人生が壊れた。何もかもを奪われた!」

サトシ「一瞬とはいえ我を忘れた。これほどの負傷をした。俺の才能の絶対性が失われた。俺のアローラライフは台無しになったし、今日が俺の人生で最大にして最低の日になった」

スイレン「お前さえ!お前さえいなければ!」

サトシ「てめえさえ!てめえさえいなければ!」

スイレンの精神は澄んでいた。
今はただ、襲い来るサトシのことだけを考えていた。
サトシの姿のみを見て、サトシの足跡のみを聞いていた。

スイレン (残りの弾は一発)

スイレン (狙うべきは…)

サトシ (狙われるのは…)

サトシ「おおおおおおおおおおッ!」

全身を走る激痛のため、サトシの動きは普段より鈍い。
銃を構え、サトシの攻撃の回避すら思考から排除したスイレンは、全ての感情を捨て、銃弾をかわせないほどの近距離までサトシを引きつけ
引き金を引いた。

スイレン (本当に…どんな体をしてるの…!?)

這いつくばりながらもスイレンのほうに向かうサトシ。

サトシ (くそ…体に力が入らない…)

サトシ (この状態はまずい…早くなんとかしないと…)

サトシ (スイレンは…残念だがデスノートを使って殺す…)

サトシ (心底ムカつくが…プライドよりも命のほうを優先すべきだ…)

サトシ (今は…今やるべきことは…)

力なく横たわるスイレンの元に辿り着いたサトシ。
その目的は…

サトシ「…これか」

スイレン (ライドギア…!?)

スイレン (まさか…!)

サトシがスイレンのライドギアを奪い呼び出したのは、スイレンが使用したライドポケモン。
リザードンであった。

リザードン「ゴアァ!」

サトシ「く…くくっ…悪いが俺の勝ちのようだな…スイレン」

スイレン「な…」

少しだけ回復したサトシは、血を地面に零しながら、泥酔した人間のような足取りでリザードンに乗った。

スイレン「逃が…さない…」

サトシ「…逃げる?バカめ」

サトシ「俺にはこの血を絶やさないという使命がある。一族の進化のためにな」

サトシ「この体に流れる血を、ノアの方舟に乗せて遥か未来にまで届けたい」

サトシ「だからここは退く。それだけだ」

サトシ「お前は後でノートを使って殺す。俺をここまで追い詰めたことを誇りに思って死ね」

サトシ「じゃあな、スイレン」

スイレン「サト…シ…ま…て…」

スイレン「あ…」

あと一歩。
最後の標的を殺すチャンスを、あと一歩のところで逃がした。
夜空に消える炎を見つめるスイレンの心には、怒りと無念、後悔と悲しさが嵐のように渦巻いていた。

サトシ (ちくしょう…ダメージが予想以上に大きいな…)

リザードンが向かう先は、サトシの家である。

サトシ (しばらく激しい運動はできない…スイレンを殺した後は家でゆっくり寝るか…)

サトシ (スイレンがデスノートの対策をしていないのはマオの時の反応で確認済み)

サトシ (俺が家に帰るまでの時間で死の予約を入れる可能性もあるが、それならそれで問題ない)

サトシ (その場合はまたスイレンを殺しに行けばいいだけのことだ)

サトシ (全く、あのナイフがあれば簡単に済んだ話なのに…どこかに飛んでいったからな…)

サトシ (スイレンの家の近くに隠れてた奴…おそらくテンカラットヒルの奴と同一人物だろうが、あれも所有者か?)

サトシ (顔が見えなかったが大丈夫だろう。襲ってきたら殺せばいいだけだ)

考えたいことはまだあったが、サトシはそこで思考を止めた。
先程から聞こえていたヘリコプターの爆音と風切り音。
そのヘリの投光器から放たれた光が、サトシとリザードンを包んだからである。

サトシ (!まさか…)

サトシはリザードンから飛び降りた。
その直後である。
無数の銃弾がヘリからリザードンの体に撃ち込まれた。

リザードン「ゴ…」

即死するリザードンを見て、地面に倒れたサトシは舌打ちした。

サトシ「ちっ…」

サトシ (こんな真似ができるのは…)

上空を飛ぶリザードンから落ちたサトシの周りを、ある集団が包囲した。
重武装した国際警察特殊部隊である。

部隊長「そのサトシという少年はコードネーム・ハンサムを殺害した犯人であり、大量殺人兵器を所有している」

部隊長「目標を速やかに無力化することが本作戦の目的である」

部隊長「射殺もやむなし!」

部隊長「なお、大量殺人兵器を警戒し、ポケモンの使用は禁止とする」

部隊長「所持品はすべて回収すること。特に、小型のノート、あるいはそれに類するものの確保を至上命令とする」

サトシ「国際警察…!」

サトシ (…やってくれたな。ハンサム)

ハンサムが所持していたインターナショナル・ポリスアームズNo12インターナショナルスマートサテライトフォン。
ハンサムはサトシを、そしてデスノートを確実に処分するため、これを利用した。

ハンサム「見ろ、この画面だ」

デリダブリー「へえ、人間の世界もハイテクになったんだな」

ハンサム「オーキドがいいヒントをくれた。捜査員の補充など望んではいないが、所有者を確実に倒せるのならばな」

グック「ケケッ…国際警察ともあろうお方がキラのパクリかよ?」

ハンサム「なんとでも言え。正義のためだ」

ハンサム「これはオーキドが使ったシステムの改良版だ。起動もより手軽」

ハンサム「そして私の心臓が鼓動を止めれば、録音はストップし、システムは端末から削除される仕組みだ」

グック「お前が死ぬのまだ先だろ?そんな機能いるのかよ」

ハンサム「国際警察捜査員に想定外は許されない。自分の死すら計算に入れなければならないからな」

オーキドが使用した、録音データの自動転送システム。
このシステムをハンサムも使ったのである。
転送先は国際警察本部。
本部はハンサムが転送した音声を聞き、サトシが所有者であると断定した。
そしてサトシを仕留めるため、この作戦を実行したのである。

サトシ「俺を…俺を殺すだと…!?」

サトシ「くっ…はは…はははははははははははははははは!」

サトシ「クソバカ共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!ゴミの分際で!下等生物の分際で!俺を!俺を殺すだと!?」

サトシ「デスノートを拾ったからか!?それで俺の気に入らない奴らを殺したからか!」

サトシ「何が悪い!何が悪いってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!人を殺すのが悪いことだって言うのかぁ!?テメェらも同じような事してんだろがよぉぉぉぉぉ!」

サトシ「法律だの正義だのって御託並べて!バンバン人を殺してんだろうがよぉぉぉぉぉぉぉぉ!ざけんなよ!ざけんなざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

サトシ「死神ぃぃぃぃぃぃぃ!殺せ!殺せぇぇぇー!ここにいるモブ共を全員ブチ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇ!ヘルメットを取って!デスノートに名前を書くんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

サトシ「俺に楯突いたことを後悔させてやるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

ゼルオギー「…なあサトシ。俺たち死神にはお前の寿命が見える」

ゼルオギー「俺が最初にお前に会った時、お前の寿命は何十年も先だった」

ゼルオギー「だが、デスノートは関わった人間の寿命を変えてしまう」

ゼルオギー「ある日、お前の寿命はとんでもなく縮まった」

ゼルオギー「スイレンとかいう女に執着しすぎたせいかもな」

サトシ「ああ!?それがどうしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!お前がこいつらを殺せばそれで終わるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!命を捨てて俺を守れカスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!2匹もいればこいつら全員殺せるだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

サトシ「俺がこんな下等な人間共に殺されようとしてるんだぞぉぉぉぉぉぉぉ!?俺は絶対に嫌だ!嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!てめえら俺を守れよこのカスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

デリダブリー「何言ってんだこいつ」

ゼルオギー「…最後の最後で錯乱したか。死の恐怖に飲み込まれたのか?」

ゼルオギー「残念だよサトシ。人間から進化した新種とか言ってたが…結局お前は人間だったんだな」

ゼルオギー「お前は全ての人間の上に立ってるつもりだったんだろうが、それはお前の思い込みだ」

ゼルオギー「お前は自分一人だけの世界でナンバーワンを自称する、弱い人間」

ゼルオギー「ああ、そういう意味ではお前は普通じゃなかったのかもしれないな」

部隊長「…射撃準備だ」

サトシ「…!」

ゼルオギー「これが、お前の進化の結末だ」

ゼルオギー「もうお前は終わりだ。ここで死ね」

小銃を構えた隊員たち全員が、その銃口をサトシのほうに向ける。
ヘリは滞空したまま、投光器でサトシの周りを照らしている。

ゼルオギー「じゃあな。あばよ。新生物」

サトシ「あ…」

サトシ (俺は…俺は…)

サトシ (ただ…理想の人生を歩みたかっただけだ…)

サトシ (他の人間と違う、自分のやりたいことをやるだけの人生を…)

サトシ (殺人は…目的でもあったし手段でもあった…)

サトシ (快楽を満たすため、または自分の身を守るために何十人と殺してきた)

サトシ (デスノートを手に入れた時は心が躍った。これでもっと楽しめるはずだと。普通に人を殺す時とは違うものが味わえるはずだと…)

サトシ (そのはずだったのに…これは…この結果は…)

サトシ (俺にとって最高の人生を歩み、そしてこの体に流れる血を何十世紀も先まで送り届ける…)

サトシ (それでこそ勝利といえるんだ…!)

サトシ (死んでしまってはそれは…)

サトシ (敗…)

サトシに銃口を向けて、片膝をついている目の前の隊員たち。
その銃口が一斉に光を放つ。
それが、サトシが最後に見た光景だった。

スイレン「サトシは…私を殺すつもりだって言ってた…」

スイレン「今殺されるわけにはいかない…」

スイレン「ここで死ぬくらいなら太く短く…くっ…デスノートに私の死を書き込んで…」

グラジオ「その必要は無い」

スイレン「!」

スイレン「お前はっ…!」

グラジオ「ヌル。たいあたり」

スイレン「ぐげっ…!」

スイレン「なん…で…」

満身創痍のスイレンの前に現れたのは、タイプ:ヌルを従えたグラジオであった。

グラジオ「驚いたな。あの化け物を退治するとは」

グラジオ「物陰から様子を窺って、不意打ちで奴を殺そうと思っていたが…」

グラジオ「その必要は無かったようだ。ヒヤヒヤさせてくれたな」

スイレン「お…前は…」

グラジオ「お前だけは、この手で殺さなければならない」

グラジオ「リーリエの仇であるお前を殺す!それが俺たちの誇りを取り戻す唯一の術!」

スイレン「…私がリーリエの仇?…ははっ、よく言うよ」

スイレン「私にとってはリーリエは、スクールの奴らはアシマリの仇」

スイレン「そして私の人生の障害だった…」

スイレン「私はそれを取り除いただけ…」

グラジオ「黙れ人殺し!お前のその復讐のために、いったい何人の人生を歪めた!」

スイレン「私はあいつらに人生を歪められた!だから私はやり返した!それだけだよ!」

グラジオ「…それが人間を殺していい理由になるのか…!?」

グラジオ「そもそも人を殺していい理由があるわけがない。どんな理屈を並べようと、殺人者なんて悪人に過ぎないんだ」

スイレン「黙れ…黙れ黙れ黙れ!」

グラジオ「…そうだな。お前と話し合いをするのは無駄なだけだったな」

グラジオ「俺はリーリエのためなら、喜んで悪人になろう」

グラジオ「それがせめてもの…兄としての責任だ」

グラジオ「ヌル。スイレンを抑えつけていてくれ」

スイレン「ひっ…!?」

スイレン「やっ…やめ…!」

グラジオ「…」

グラジオはデスノートを広げ、スイレンの名前を書き、それをスイレンに見せた。
デスノートに記された自分の名前。
スイレンの顔は恐怖に歪んだ。

スイレン「あ…」

グラジオ「…その顔、お前はデスノートの対策をしていないんだな」

グラジオ「一度デスノートに名前を書き込まれた者の死は変更できない。40秒で心臓麻痺…もう決まりだ」

スイレン「し…死ぬの!?私は死ぬの!?」

グラジオ「!ヌル!暴れさせるな!」

スイレン「あぐっ…リューク!あいつのデスノートを奪って!リューク!」

リューク「…どう見てもお前の負けだスイレン」

リューク「ここをどう切り抜けるか少しは期待したが、俺にすがるようじゃな…お前は終わりだ」

リューク「色々面白かったぜ」

スイレン (死ぬ…)

スイレン (いやだ…死にたくない…)

リューク「いつだったか、ククイは無の世界に行ったと口走った俺にお前は言ったな」

リューク「天国や地獄に行けないのは、デスノートを使った人間だけじゃないんだろと」

ククイを殺した翌日の夜、マーマネの殺害計画を考える途中でスイレンはリュークに質問した。

スイレン「デスノートの説明文に、このノートを使った人間は天国にも地獄にも行けないって書いてあるけど」

スイレン「リューク。ククイ先生は無の世界に行ったとか言ってなかった?」

リューク「ククッ…聞かれてたか」

スイレン「もしかして…天国も地獄も無いんじゃないの?」

リューク「そうだスイレン。お前の言う通りだ」

リューク「天国も地獄も無い。生前何をしようが死んだ奴の行くところは同じ」

リューク「死は平等だ」

スイレン (死ぬ…そんなの嫌だ…)

スイレン (新しい人生を歩むために…ここまでしたのに…)

スイレン (こんなところで死ぬなんて…それじゃ私は…なんのために…)

スイレン (せめて少しでも幸せな時間を…ほんの少しでも…ああ…)

スイレン (いやだ…死にたくない…!)

スイレン「あああああああああああ!死にたくない!死にたくないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

スイレン「あっ…えげぅ…」

スイレン「ぐ…が…」

スイレン「あ…」

スイレン「」

グラジオ「…死んだか」

動かなくなったスイレンの前で膝を折り、グラジオは呟いた。

グラジオ「お前が生に執着していたのと同じように…リーリエもまだ生きたかったはずなんだ」

グラジオ「リーリエを殺したお前を許すことはできない。だがリーリエがお前を虐げていたのも事実」

グラジオ「リーリエの行為を…そして、知らなかったとはいえそれを止められなかったことは謝罪する」

グラジオ「だからもう…安らかに眠ってくれ」

スイレンの家を後にしたグラジオは、ビッケにスイレンを殺したという報告をしていた。

グラジオ「ああ、今…やっと終わったよ」

グラジオ「スイレンのデスノートは処分した」

グラジオ「…いや、迎えはいい。もういいんだ」

グラジオ「…さっき、母様と電話で話した。リーリエを殺した犯人が死んだと言ったんだが、やはりダメだった」

グラジオ「母様の心は…もう元には戻らないだろう」

グラジオ「予定通り、母様は楽にしてさしあげよう」

グラジオ「ああ、今日だ。葬儀については任せる」

グラジオ「俺が変装した国際警察の男も…秘密裏ということになるが、丁寧に弔ってやってくれ」

グラジオ「それから、ザオボーに伝言を頼む」

グラジオ「エーテル財団代表の座を任せたい…と」

グラジオ「ああ見えてあいつは信頼の置ける男だ。大丈夫だよ」

グラジオ「…今まで、よく俺に尽くしてくれた」

グラジオ「ありがとう」

レム「あのビッケという女への電話か?グラジオ」

グラジオ「ああ、指示と今までの礼を兼ねてな」

デスノートを広げながら、グラジオはそう答えた。

レム「ルザミーネの死因は…人生で最も幸せだった時の記憶の中で安楽死…か。優しいことだ」

グラジオ「ハンサムが似たようなことを書いていてな。それを少し変えてみたんだ」

グラジオ「母様を苦しみから解放することが目的とはいえ、実の親を殺すことになるとは…親不孝な息子だよ」

レム「安心しろ。お前は私が見た人間の中ではまともなほうだ」

グラジオ「フッ…そうか…」

レム「スイレンの墓も作ってやっていたじゃないか。服や手に血と泥をつけてまで」

レム「憎んでいる相手にそこまでするとは思わなかったよ」

グラジオ「あれくらいは当然だ。自分が殺した奴の死体を放置することはできない」

グラジオ「警察の捜査が入れば掘り起こされるだろうがな。せめてもの贖罪だよ」

レム「お前は死ぬのは、その贖罪のためでもあるのか?」

グラジオ「…ああ。テンカラットヒルで死の予定を書き込んだ。朝には俺は死んでるだろう」

グラジオ「俺の手は汚れすぎた。この手で誰かを助けることなど…できるとは思えない」

グラジオ「この説明文にある通り、天国でも地獄でもない場所で罪を償うとするよ」

レム「そのデスノートの説明文だが、実はそれを書いたのは私ではないんだ」

グラジオ「ん?」

レム「それを書いたのは…死神大王」

レム「死神界を治める者だ」

レム「死神大王は、死神たちにこう言った」

レム「デスノートを人間界に落とせ。そして人間の数を減らすのだ…と」

グラジオ「死神は人間の寿命を奪って生きているんだろ?人間の数を減らす必要がどこにあるんだ?」

レム「近年、あらゆる組織のボスが自分たちの野望を成し遂げようと、伝説のポケモンを利用した悪事を働いている」

レム「グラードンやカイオーガで陸と海を広げようとした者。ディアルガやパルキアを操り新たな世界の創造を企んだ者。ゼルネアスやイベルタルの力で古の兵器を起動させ、世界を滅ぼそうとした者」

レム「どの組織も壊滅したが、今後そういう悪人によって人類が絶滅する可能性はある」

レム「だから死神大王は人間を、更に言えば悪人を減らすことを考えた」

レム「私が人間界に来るより先に、ゼルオギーという死神がノートをアローラに落としていてな」

レム「ゼルオギーのノートを拾ったある人間は、一人の女のために欲望と愛情の赴くまま、何十人という人間を殺した」

レム「ゼルオギーの例を見て、死神大王はアローラにデスノートを落とそうと考えた」

レム「そして、名乗り出た5匹の死神にデスノートを渡したんだ」

レム「最も人を殺した所有者に憑いた死神には、欲しいものをなんでもやるという約束つきでな」

グラジオ「なるほど。あのウルトラホールは死神界に繋がっていたわけか」

レム「リュークは退屈しのぎ。グックやデリダブリーはどっちが勝つかという賭け」

レム「キンダラ=ギベロスタインは暴れるため。そして私はジェラスの影響で参加した」

グラジオ「ジェラス?」

レム「死神だよ。死神ランクは一番下だったんだが、誰より優しい死神だった」

レム「そのせいか、とある少女に入れ込んでね。その子を助けたせいで死んでしまったんだ」

グラジオ「ほう…」

レム「ジェラスの死を見届けた私は、人間界に興味を持った」

レム「その少女にデスノートを渡そうかと思ったんだが…死神界から見たら、少女と同じ島に面白い人間がいることに気づいてね」

グラジオ「俺か?」

レム「いや、ルザミーネだ」

レム「ルザミーネは深い悲しみに囚われていた。夫がいなくなったからなんだろう?」

グラジオ「ああ…父であるモーンが失踪してから母様は笑顔を見せなくなった」

グラジオ「あの頃はまだリーリエが死んだ後ほど酷くはなかったがな」

レム「そんな人間にデスノートを渡すべきだと思ってエーテルパラダイスにノートを落としてみたんだ」

レム「ちなみに、落としたのは死神大王から受け取ったノートではなくジェラスのノートだ」

レム「結局はグラジオ、お前が拾ってしまったが…私はこれでよかったと思っているよ」

グラジオ「それは幸いだな…」

レム「まあ、オーキドが世界中の悪人を殺したから、今回の試みは大成功だったと言えるだろう」

レム「近いうちに死神大王は次のデスノートを人間界に落とす」

レム「今度は世界中に撒かれるかもしれないね」

グラジオ「そうなると人間の数が大幅に減るまで殺人の連鎖は止まらないな」

グラジオ「死神が関わっている時点で対策は不可能だろうし…」

イリマ「ん!君!どうしたんですか!血まみれじゃないですか!」

グラジオ「む…」

グラジオに声をかけたのは、人が少ない時間帯を狙ってランニングをしていたイリマという少年。
アローラでも名うてのトレーナーである。

イリマ「大丈夫ですか?どこかケガを?」

グラジオ「フッ…」

グラジオ「ちょうどいい。こいつらを受け取ってくれ」

イリマ「えっ?」

グラジオがイリマに差し出したのは、タイプ:ヌルとメタモンが入ったモンスターボールである。

グラジオ「お前はいい奴そうだ。安心して任せられるからな」

イリマ「えっ、あの、ちょっと?」

グラジオ「頼んだぞ。じゃあな」

イリマ「…?」

イリマ (なんだろう…悪い人間には見えない…)

イリマ (寂しそうな人だった。ひどく、苦しんでいるように見えた…)

イリマ (彼は…いったい…?)

グラジオの背中を見つめるイリマは、せめて彼の人生に幸福が訪れるようにと願っていた。
そう願わずにはいられなかった。

グラジオ「…そろそろ時間だな」

グラジオ「ポケモンはあの男に渡した。後はデスノートだが…」

グラジオ「レム。俺の死後、お前が持って行ってくれ」

グラジオ「優しい死神のデスノートを処分するというのは気が引けるからな」

レム「ああ。わかった」

グラジオ「…死神大王が、『死んだら無になる』という直接的な表現を避けた理由はなんだろうな」

レム「さあな…無になると書けば、恐怖から所有者がデスノートを捨てると思ったのかもしれない」

レム「かといって死後の説明を書かないわけにはいかなかった。だからあの表現にしたのではないかと私は考えるが」

グラジオ「フッ…そうだな」

グラジオ「死んだら終わりなんて…嫌に決まってるよな…」

レム「…ああ」

サトシがデスノートを手にする前、その男は死神に別れを告げていた。
男の名はモーン。
ポケリゾートの管理者にして、グラジオとリーリエの父である。

モーン「さっき、昔の部下が連絡をくれたよ」

モーン「リーリエが心臓麻痺で死んだらしい」

ゼルオギー「リーリエ?たしかお前の娘だったよな」

モーン「ああ。先日、5つのウルトラホールが観測された。デスノートに間違いないだろう」

ゼルオギー「そういえば少し前に死神界に帰ったとき、死神大王のジジイが何か計画してるとか聞いたな。それか」

モーン「…」

モーン「リーリエはメレメレ島のポケモンスクールに通っていたらしい」

モーン「そしてウルトラホールはメレメレ島にも現れた」

ゼルオギー「所有者はメレメレ島にいて、そいつがリーリエを殺した可能性が高いってことか?」

モーン「そうだ。だからお前には、ポケモンスクールに行ってもらいたい」

モーン「デスノート所有者には死神が憑く。もし所有者がいたら、スクールの生徒にでもノートを渡してくれ」

ゼルオギー「…わかった」

ゼルオギー「俺も人間に興味があってこっちに来たわけだが、人間の行動はたまに理解できないな」

モーン「人間は時に、利得を超えた行動をとることがある」

モーン「罪滅ぼし、敵討ち、復讐…色々あるが」

モーン「死神はそんなことしないのか?」

ゼルオギー「さあな」

モーン「思い返せば、色々なことがあったな」

モーン「ルザミーネと恋に落ちた私は、彼女の父親が設立したエーテル財団を大きくしたいと考えた」

モーン「彼女を喜ばせたかったんだ」

モーン「そんな時、アローラの空にウルトラホールが現れ、お前が来た」

ゼルオギー「そしてデスノートをお前が拾った」

モーン「私はデスノートを使い、エーテル財団にとって邪魔な人間を片っ端から殺した」

モーン「ルザミーネの父も事故に見せかけて殺し、ルザミーネを財団の代表にした」

モーン「全く酷いことをしたものだ。ルザミーネにノートの存在を知られなかったのが唯一の救いか」

モーン「エーテル財団にアローラ支部ができた時、私とルザミーネはアローラに移住した」

モーン「私は彼女のサポートをする傍ら、ウルトラホールについての研究をした」

モーン「お前は死神のくせにウルトラホールのことについて驚くほど何も知らなかったから、大したことはわからなかったがな」

ゼルオギー「いや、死神大王だって何も知らねえと思うぞ」

モーン「やがて、グラジオとリーリエが生まれた」

モーン「グラジオが生まれた時は、ただ感動した」

モーン「自分より大切なものが私の世界に増えたのだという感動だ」

モーン「リーリエが生まれた時だって、もちろん感動したさ」

モーン「だがな。ふと思ったんだ」

モーン「この子の半分は私でできている」

モーン「つまり、この子の半分は汚れた殺人者の血なんだ」

モーン「そう思った時、自分がここにいてはいけない気がして、自分は父親を名乗る資格が無い気がして、恐ろしくなった」

ゼルオギー「で、逃げ出したわけだな」

モーン「ああ。家族から離れ、このポケリゾートに逃げ込んだ。全く、私は最低だよ」

モーン「そして今だって、自分の娘を殺した奴を、どこかの誰かに殺してもらおうと考えている。本当に…私は最低の人間だ」

ゼルオギー「ふうん、人間の心って本当に複雑だよな」

ゼルオギー「俺の知り合いの死神なら…人間って面白!って言いそうだ」

モーン「愉快そうな死神じゃないか。会ってみたいものだ」

ゼルオギー「いや…お前じゃもう無理だろ」

モーン「そうだな…では頼んだぞゼルオギー」

モーン「私はそろそろ眠る時間だ」

ゼルオギー「…お前と出会ってから随分経つが…退屈したことはなかったよ」

ゼルオギー「礼を言うぜ。モーン」

モーン「…フフッ、たまに思うんだ」

モーン「死神というのは…人間にこそ相応しい呼び名なのかもしれないな。ゼルオギー」

ゼルオギー「同感だな」

その日から、ポケリゾートには管理人がいなくなった。

レム「さて…デスノートを持って行かなければな」

力なく横たわるグラジオ。
レムがそのデスノートに手を触れた時、背後から声がした。

アセロラ「あー!人が倒れてる!」

レム (!この子は…)

アセロラ「血がついてる!…でもこれ、この人の血じゃないよね…」

アセロラ「そもそもこの人、生きてるのかな…」

アセロラ「…ん?黒い…ノート?」

レム「…」

レム「聞け。アセロラ。そのノートは…」

数日後、3つのウルトラホールが観測された。
うち一つはアローラ地方のアーカラ島で現れた。

「先日、ハウオリシティで起こった、心臓麻痺での死亡者が多発した事件ですが…」

「目撃者の証言によりますと、男が笑いながら歩いていたとのことです」

「守り神カプ・コケコが男を攻撃したことから、警察はこの男が何らかの方法で通行人の心臓を刺激し、心臓麻痺を起こさせ殺害した可能性があると見て…」

「なお、男は島巡りを憎むような発言をしており、これを受け町の人々からは『島巡り制度を見直すべきではないか』という声があがっています」

ニュースを聞きながら、ハノハノリゾートホテルのオーナーの娘であるカヒリは一冊のノートに書かれた説明文を読んでいた。

カヒリ「デスノート?」

カヒリ「このノートに名前を書かれた人間は死ぬ…」

カヒリ「書く人物の顔が頭に入っていないと効果は無い…」

神妙な顔つきで長い説明文を読むカヒリを、遠くから見つめる者がいた。
死神リュークである。

リューク「ククッ…」

リューク (国際警察がデスノートを厳重に保管しようと、壁をすり抜けられる死神への対策にはならない)

リューク (ゼルオギーたちは国際警察からノートを取り戻し、俺たちはジジイから新たなノートを貰った)

リューク (さて、このデスノートで)

リューク (もう一度人間に見せてもらうぜ。お前が見せてくれたような面白いものをな)

リューク (なあ?スイレン)

リュークは、カヒリのデスノートの裏表紙に、ある文章を書き加えていた。

人間は、いつか必ず死ぬ。
死んだ後にいくところは、無である。

以上です
読んでいただいた方、ありがとうございました

ちなみにこれは他のサイトで書いたもので、多くの方の批評を聞きたいと思い、こちらにスレ立てしました
http://pokemonbbs.com/poke/read.cgi?no=466807

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