「ステージの端っこに藤原肇」 (69)

【346プロ Cグループ公演】

ライブ会場の入り口でチケットを確認すると、やっぱりそう書かれていた

「Fグループまであるんだっけ?」

「200人近くいるからな」

無理やりライブに誘ってくれた同僚からレクチャーを受けながら、チラつく雪の中で18時の開場を待っている

「やっぱアイドルとか興味ないし、帰るよ」

と言えればこの寒さや、何よりアイドルのライブを観に来ているという気恥ずかしいさから解放されるんだけど……

チケット代を奢って貰った身としてはそんなワガママは言えず、一瞬で冷たくなってしまった缶コーヒーの中身を飲み干した

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1484381870

開場時間を迎え、一気に人が流れだした
このハコには1000人は入るって話だけど、それよりも多いんじゃないかと思えた

同僚と一緒に物販コーナーに立ち寄ってみたけど、金を落とす気なんてなく、推しメンであるウサミンとやらのグッズを買い占めんばかりの同僚をボーっと眺めてあた

「おい、パンフくらい買っとけ。グループメンバーのプロフとかブログのURL載ってるから」

「じゃあ、まぁ、うん」

促されるままパンフレットを係員に差し出すと、

「保存用にもう一冊買え」

というどこかの誰かの声が聞こえた気がした
当然、シカトしておいた


25歳
会社員
趣味&特技 なし

言うまでもないことだけど、アイドルではなく俺のプロフだ

強いていうならFPSあたりになるけど、なかなか上手くならないからすぐ飽きる
それにチャットやDMで飛んでくる罵詈雑言もしんどい

新作スマホゲーのリセマラに休日を費やしたことも何度かある
経験者には賛同を得られると思うけど、正直、虚しい

「じゃあ、一緒にライブでも行くか!」

というわけで、同期入社の同僚に誘われるまま今日ここにいる

『アイドルのライブ』

と言わなかったのは、間違いなく奴の作戦だろう

俺たちの席はステージに向かって右の壁際
前からは8列目
ステージ上のスピーカーが角度的に邪魔だけど、まぁ悪くない

パンフを開いてアイドルたちを確認していると、ボールペンを持って何やらチェックしている同僚がチラチラと目に入った

「何やってんの?」

「今日誕生日のコがいないかチェックしてんの」

「いたら?」

「ハッピバースデー言わなきゃ!誰よりも先に!」

なんてことを瞳をキラキラさせながら言うもんだから、

ーあぁ、趣味に没頭している人間はこんなにも輝いているのか。キラキラできるのか

と引き込まれかけたけど、ギリギリの三歩くらい手前で我に返った
あぶないあぶない

「俺らと同い年もいるんだな」

相馬夏美というアイドルのプロフ欄を指さしながら言うと、ウサミンとやらのグッズをスマホのカメラで撮影していた同僚が指を止めた。

「うん。相馬さんがCの最年長だな。元CAらしいぜ?」

「CAって、キャビンアテンダント?すげーな。アイドルになるより難しそう」

「別グループだけど、元アナウンサーもいるんだぜ?」

「アナウンサー!?それこそ高翌嶺の花じゃん。わかんねーわ」

小学生の将来の夢の上の方に『アイドル』が入らなくなって久しいって聞くけど、女性を惹き付けてやまないだけの何かが『アイドル』にはあるんだろうか?

「ちなみにウサミンは17歳な。Cのリーダーやってるけど、幼い顔立ちだから、中学生くらいに見えるときがある」

「お前、8つも下のコに欲情とかしてないよな?」

彼は無言で目を逸らした
俺もそれ以上は追及しなかった

開演前のアナウンスが流れる中、なんとなく場内を見渡してみた

ハチマキを締めなおす人、ペンの形をしたライトを何本も持っている人、すでに泣いてる人と、さまざまだ

隣の同僚はというと『ウサミンパワー』と書かれたウチワを両手に持ち、高翌揚感と悲壮感をミックスしたような表情でステージを凝視していてる

ーガンダムに向かって特攻するザクのパイロットって、こんな顔してるのかも

なんてことを考えていると、ステージがパッと明るくなった
アイドルのライブが、始まった

感想は?
と聞かれても、正直困る

まったく知らないアイドルたちがまったく知らない曲を歌ったり踊ったりしているわけで、ノろうにもノれない

たまに

ーあのコ可愛いな

と思ってパンフを開いてみるくらいだ

…なるほど、桃井あずきっていうのか
アイドルになるだけあって、8列目の壁際から観てても可愛いな

ひときわ小さなあのコは…
なるほど龍崎薫ちゃんか
…えっ!? 9歳!?
いかんいかん!人生終わる!

なんて具合に、2時間のライブは過ぎていった

ライブの最後は、出演したアイドル全員によるご挨拶
なにしろ20人以上いるもんだから、ひとりひとりがマイクを持つような時間はない

リーダーのウサミンが今後のイベントスケジュールを述べているとき、

ー俺には無理だなぁ

なんてことを思った
アイドルを趣味にすることは、だ

猛威を奮っている某48に対しても、別段興味は持てなかった
ゴールデンタイムど真ん中に中継される総選挙も、一度も観たことはない

ーまぁ、人それぞれだよな

とありきたりな総括をしながらステージを眺めていると、端っこの方にいる一人の女の子のところで視線が止まった

パンフを開いてみる
藤原肇、という名前のようだ

藤原肇に対して、ライブ中に興味を惹かれるようなことはなかった
顔立ちは上品だし、MCも丁寧で礼儀正しかった
だけど、それだけだった
なんというか、地味に見えた

20数人が立っているステージの上で、いまも端っこの方にいる
なのに何で目についたかというと……
龍崎薫9歳と一緒にいたからだ

べ、別に龍崎薫に対して何かあるわけじゃな
相手は9歳だ、当たり前だ
俺は断じてそういうのじゃない!

ただ、その龍崎薫の横に立って、彼女を『あやす』ように立ち振舞っている藤原肇の姿に、なんとなく『良い感じ』がしたんだ

自分をアピールすべきライブの、その最後の最後
端っこの方で龍崎薫のリボンを結び直している藤原肇を見て『なんか良いな』って思ったんだ

彼女の周りにはちゃんと『自分自身の時間』が流れているだなって
それがプロとして正しいのかどうかは分からないけど、でも『なんか良い感じ』だった

その感覚は、ライブ終わりの居酒屋で同僚と一杯引っかけてるときも、帰りの電車の中でも、そしていま、アパートに帰ってきてからも消えていない

ベッドの端に腰かけ、パンフを開いてみる
そしてもう一度、彼女のプロフ欄を読んだ

藤原肇(Cグループ所属)
誕生日 6月15日(双子座)
年齢  16歳
身長  161㎝
体重  43㎏
血液型 B
B-W-H 80-55-84
利き腕 両利き

出身地 岡山県 
趣味  釣り、陶芸 

「渋い趣味だなぁ」

そう呟きながらパソコンを立ち上げ、藤原肇と打ち込む

「ん?誰だこのオッサンは」

どうやら同姓同名の評論家がいるらしい
当然オッサンに興味は無いので『346プロ 藤原肇』と打ち直した

予想以上の検索結果の少なさにガッカリしながらも、ファンが作ったと思われる応援サイトを開いてみた

ふーん、なるほど
おじいちゃんが備前焼の作家なのか
それもかなり有名な
それで彼女自身も陶芸を嗜んでいると

ファンによって書き込まれた藤原肇情報をかれこれ1時間ほど読んでから、ふと我に返った

「何やってんだ俺……」

あぶない
危うくアイドルオタクの道に片足を踏み入れるところだった
別に藤原肇がなんだろうと、龍崎薫がどうだろうと、俺には関係のないことだ
このまま奴の術中にハマッて沼の底に引きずり込まれるなんて、考えただけでゾッとする

ベットから立ち上がると、礼儀上とはいえ2時間のライブの間立ちっぱなしだったから、さすがに膝にきていた
天気予報によると、明日は一日中雪
せっかくの休みだけど、どうやら部屋に籠って過ごすことになりそうだ

ーまぁ、することも無いけどな

電気を消してベットに潜り込むと、あっという間に眠りに落ちた

本日は雪の日曜日
コンビニに行くつもりで部屋を出た俺は、なぜか秋葉原にいた

この土地に不馴れなせいか、スマホの地図を見ながらかれこれ1時間さ迷っている
目的地は某テナントビル
そこの4階に、346プロのオフィシャルショップが入っているらしい

べ、別に何か用があるわけじゃ、なんて取り繕う相手もおらず、自分に対するちょっとした言い訳のアレコレを心の中で繰り返しているうちに、どうにか目的地にたどり着いた

4階でエレベーターを降りると、眼前には目に痛いほどの装飾
他のアイドルショップと比べる術は持たないけど、きっとどこもこんな感じなんだろう

店内には、昨日のライブ会場にいたような人たち
つまり、オタと言われる方々

なるべく視線を合わさないようにしながら藤原肇コーナー的なものを探していると、肩に衝撃を受けた

「あ、すいません……」

オタの生態やらなんやらに疎い俺は、とりあえず先に謝った
もちろん視線を合わさないように
怖いので

「いえ、こちらこそ失礼」

紳士然とした低音の良い声で言われたもんだから、

ーなんだ店員か

と思って視線を上げると、どう贔屓目に見てもオタにしか見えない中年男性が立っていた

「何かお探しですか?」

ーえ、やっぱり店員か?まぁ、こういう店の店員だし見た目がオタっぽくても仕方ないのかな

なんて考えていると、

「福山舞ちゃんのコーナーでしたらそこです。今日は新しく撮影されたブロマイドの発売日でしてね。さっそく買い求めに来ました」

と指差された
やっぱり、怖い

紳士的オタからなんとか逃げ出して本物の店員をつかまえ、若干うわずった声で

「あ、あの、藤原肇…ちゃんコーナーは……」

俺のような客に慣れているのか、店員は笑顔で藤原肇コーナーまで案内してくれた

「ごゆっくりどうぞ」

という接客マニュアル通りの言葉が

『アイドルの世界でごゆっくりどうぞ』

と脳内で変換されて、軽く鳥肌が立った

「…これが藤原肇コーナー……?」

二段ある棚の下の段
面積にすれば50センチ四方ほど

場所だけ覚えて、今度はウサミンコーナーを探す
あった
デカい

再び藤原肇コーナーに戻る
どう見ても、ウサミンコーナーの半分以下だ
それはつまり、346プロにおける彼女の立ち位置でもあるんだろう

昨日、たった一度ライブだけで詳しくなんてない
だけど彼女たちがプロとして金を稼いでるってことは分かる

才能の有る無し、年齢の差、本人のやる気
そんなのはたぶん、ファンには関係ない

そこはやはり芸能界という世界の特殊性で、要するに『売れるが勝ち』なんだろう

ウサミンがどんな性格のコでどんな人生を過ごしてきたのかは分からないけど、あのデカいウサミンコーナーは彼女が勝ち得たものであり、346プロからの期待でもあるそして目の前のこの50㎝四方は、それの裏返しだ

ステージ上での藤原肇の立ち振舞いは上品で礼儀正しく、好感を抱けるようなものだった
誰もがあんな彼女や嫁さん、それに娘や孫が欲しいと思えるような

だけど、売れるために『突き抜けてしまう』個性があったとは、残念ながら思えなかった

他のアイドルのコーナーを眺めてみる
藤原肇よりも更に小さなスペースしか与えられていないコもいる

それに対して腹が立つわけでもなく、かといって

ーまぁそんなもんだろ

と割りきったことを言う気にもなれない俺は、藤原肇コーナーの前でしばらく立ち尽くしていた

ライブに行くまでの俺だったら

ーまぁ、人気商売だから

の一言で終いにできただろうに……
なんというか、上手く説明できないけど……
おかしな感覚だ

「あの……」

たぶん15分くらいは立ち尽くしていたころ
遠慮がちな声で軽く肩を叩かれた

「は、はい!」

声をかけられたことと肩を叩かれこと、それに反応したときの自分の声の大きさに驚きながら、首だけを振り向けた
そのとき視線に入った店員が、怪しげにこちらを見ている
…まぁ、怪しいよな、実際

「肇ちゃんのクリアキーホルダー、オススメです……」

「…はい?」

声の主は30歳前後くらいで、中肉中背
けっこう小綺麗で、オタっぽくは見えなかった
名札が無いところを見ると店員でもなさげ

どこかの役所の窓口にいそうな、そんな感じ

「ポスターも良いですよ……?夜桜小町バージョン」

「…じゃあ、両方」

薦められるままにキーホルダーとポスターを購入した俺は、なにがなんだか分からないうちに、彼と喫茶店にいくことになった

外の雪は、やんでいた

「綺麗ですよね、肇ちゃん」

コーヒーに3つ目の砂糖を投入しながら、彼が言った

「まだオタ歴は浅いんですか?」

カップの中身をかき混ぜながら、軽く探りを入れるような口調で聞いてくる

「昨日初めてライブに行ったんです。同僚に誘われて」

「ああ、Cグループの。私も行きたかったんですけどね」

藤原肇と昨日のライブ、というワードだけでグループまで分かってしまうあたり、この道のベテランなんだろな、と思えた

「他には?誰か気になるアイドルはいましたか?」

「龍崎薫」

と言うのは止めておいた方が良さそうな気がしたのは、たぶんある種の防衛本能だろう

だから

「桃井あずき…とか」

と答えると、彼はニヤリとしながら

「ほう……」

と言った

この顔は、例えるなら……
なんだろう……
そう、例えば年季の入った高校野球ファンに

「地元以外で好きな高校は?」

と聞かれて

「そうっすねー。清峰とか?長崎の」

と返したときの

ーほう。お前なかなか分かってるじゃないか

の顔だ

「あずきちは将来楽しみなコのひとりですよ」

「あ、あずきち?」

「桃井あずきの愛称のようなものです」

余計な知識が増えていく…と心の中で頭を抱えながら、そういえば彼の名前を聞いていなかったことに気付いた

「そういえば、なんてお呼びすれば?俺は山川」

「あー、ダメダメ!」

突然の大声に俺も周りの客も驚いた
それに気付いたのか、彼はちょっと恥ずかしそうに声の音量を下げ

「オタどうしは、基本的に本名を教え合わないものです。よほど仲良くならない限りは」

オタどうし、と言われたのが引っかかったけど、気にしても仕方ない
キーホルダーとポスター買っちゃったし

「じゃあ、なんてお呼びすれば?」

「いちおう、ウイングワッキーという名前で活動しています。ワッキーと呼ばれることが多いですね」

活動というのがまた引っかかったけど、やはり気にしても仕方ない

「私はなんてお呼びしましょう?」

そう聞かれても当然困る
適当に名字から取るとか?
それとも藤原肇にちなんだものにすれば良いのかな?

たぶんきっとおそらく、俺の人生の中のものすごくどうでも良いことで頭を悩ませていると、見かねたワッキーさんが答えに導いてくれた

「山川さんと仰るようなので、マウントリバーさんとか?」

ー名字丸わかりじゃねーか!

って叫びたかったけど、これはきっとオタ特有のなんかそういうやつなんだろうと思って心を鎮めることにした

「じゃあ、それで…」

「決まりましたね。あらためてよろしくお願いします、マウントリバー氏!」

もう山川でいいよ…と言いかけたけど、そしたらきっと

「だから本名はダメですって!」

って怒られるんだろうから、もう何も気にしないことにした

なんで俺はここにいるんだろう…と思わなくもなかったけど、まぁ悪い人では無さそうだったのでワッキーさんとの時間を過ごした
雪は止んでも外は寒いし

ワッキーさんはTwitterやFacebook、それにブログで346プロの応援活動をしているんだそうだ
オタ歴はかれこれ5年になるんだとか
オタとしての失敗談なんかを、ちょっとオーバーなくらいの表現で話してくれた
どうやらなかなかの話上手

あれ、そういえば……

「ワッキーさんはどのアイドルが好きなんで」

「若林智香です」

それはもう『キリっ!』っていう効果音が聞こえそうなほどの見事な真顔で、俺の質問に対して食い気味に答えた

「鹿児島県出身の17歳、人を応援し、そして元気を与えることに喜びを感じるコなんです。身長は」

うん、これはあれだ
ヤクルトファンに

「守備に関しては山田よりも菊池の方が」

なんてことをウッカリ言ってしまったときのあれだ
つまり、止めようがない
燃料が切れるのを待つばかり

「腋林なんて呼ぶ輩もいますが、まったくけしからん!」

ーぜったい陰でワッキー林とか言われるんだろうな、この人……

って感じのことを考えたりしながら、俺はただただ嵐の過ぎ去るのを待った
しかし燃料は、当分切れそうにない

本日はこれまで
必要ないとは思うけど、酉付けます

「というわけなのです」

「あ、はい、なるほど……」

傾聴したいたクセに4割ほどしか頭に入らなかったのは、この場合仕方ない…だろう
俺は悪くない…はず

「おかわり頼みます?」

とっくに空になっている自分と俺のコーヒーカップを交互に見ながら、ワッキーさんが促した

「あ、はい、じゃあ……」

ー帰ります

と言えないのが俺の良くないところなんだろう
運ばれてきた二杯目のコーヒーにミルクを入れながら、ふと

ー備前焼のマグカップとかあるのかな?

と思った
帰ったら調べてみるか、そういや岡山県ってどこら辺にあるんだっけか、なんてことをつらつら考えていると、ワッキーさんがスマホを操作しているのが目に入った
どうやらコーヒーの写真を撮っているらしい

「あ、これね、Twitterにアップしようと思ってですね」

俺の視線に気付いたのか、なんだか照れ臭そうに言う

「新米Pさんとコーヒータイム、って呟こうかなって」

「ぴー?」

なにやらまた無駄な知識が増えてしまいそうな予感
残念なことに、こういう予感はまず外れない

「アルファベットの『P』ですよ。プロデューサーって意味です」

ワッキーさんの説明によると、346プロのアイドルはファンのことを『プロデューサー』と呼ぶらしい
そしてファン自身も、自らをそう呼ぶ
ワッキーさんなら『若林智香P』ってことになる

「ファンがアイドルを育てる、ということですね」

どこか誇らしげな面持ちのワッキーさん

ーでもそれって『そのコにどれだけ金を注げるか』ということなのでは……

とも思ったけど、金の使い途なんて人それぞれだし、本人が納得しているならまぁ良いのだろう

「智香ちゃん名義のCDがお店に並ぶとこ、早く見たいですから。うん」

最後の『うん』は、おそらく自分の言葉に対する相づち
だって俺のこと、ぜんぜん見てなかったし

「あ、そういえば」

パン、と手を叩きながら、ワッキーさんが意味ありげな笑顔を作る

「Cグループの握手会ありますよ。来週の日曜日」

ー肇ちゃんも参加するはずです

最後の部分だけなぜか小声になりながら、俺の顔を覗きこむワッキーさん
これはきっと、オタ特有の『ね、行きましょうよ』なんだろうなと思いながら、どうやら断れそうにない空気が俺を包んでいくのを感じていた

本日は快晴の日曜日
コートを着て歩いていると、少し暑いくらい

「お、マックあった」

指差しながら小走りになる同僚を尻目に、俺はゆっくりゆっくりゆっくり歩いた

ーいや、もうホント、勘弁してください。オタじゃないんで俺

って叫びたい
キーホルダーもポスターもまだ買ったときのままだし、握手会の参加費用の1500円がとっても惜しい
だから断じて、オタじゃない

「おい!ワッキーさんもう待ってるんだから、急げ!」

電車の中でずっとスマホを弄ってると思ったら、どうやらTwitterでワッキーさんとやり取りしていたらしい
2年ほど前から二人が知り合いだったことはもちろんだ、ワッキーさんがP界隈におけるけっこうな有名だったってことにも驚いた

「ワッキーさんすいません、お待たせして!」

「いえいえ。私が早く来すぎただけですから」

ー握手会終わったらグッズも買わなきゃならんからな。節約だよ

って理由でコーラMだけ注文した同僚の隣に、ビックマックとてりやきマックとナゲットとバニラシェイクを載せたトレイを置いた
久しぶりのマックにテンション上がり気味の自分が恥ずかしい

「お、マウントさん、腹が減ってはなんとやらですか?」

「あ、はい、まぁ……」

「 なんだよお前。行きたくないオーラ出しまくってたクセによ」

あらぬ誤解を受けてしまったが、弁解するのもなんかもう面倒くさいのでマックシェイクにストローを突っ込んでチューチュー吸った

「そういや、ワッキーさんは誰に並ぶんです?若林ちゃんとは別グループですけど」

「まだちょっと悩んでるんですけどね…でも周子ちゃんかなぁ」

例のパンフにサーっと目を通してきたから、周子ちゃん=サブリーダーの塩見周子のことだというのは分かった
熟読などはしていない。断じて

誤字脱字多くて申し訳ないですが、修正せずにいきます

「周子ちゃん京都生まれでしたよね?もっと京都弁使えばいいのに。そういや相馬さんも京都だっけ」

「うーん…それだと紗枝はんとキャラ被っちゃいますしねぇ。事務所サイドがあえて使わないように指示してるのかも」

「Aグループの子でしたっけ?」

「そうですそうです。Aの小早川紗枝はん」

予想通りすぎてもう笑う気にもならないけど、オタ二人による346談義が開幕した
もちろん、俺を置いてきぼりにして
誰だよ紗枝はんて      
俺はCグループのパンフしか持ってないんだよ
だから相馬さんは分かるけども

「プロデューサーはん、今日はようおこしやす~、ってね、言ってくれるんです」

「あ~、いいっすねぇ!」

…それは正直悪くない
女の子の喋る方言ってやっぱいいもんだし
なるほど、Aグループの小早川紗枝…ね

「マウントさん?」

「…はい」

…ぜんぜん興味無いし
AとBとかさ
もちろんC以降にも!

「マウントさんは当然肇ちゃんですよね?」

「まぁ、そうですね……」

「何を話すか決めておいた方がいいですよ?10秒しかないですから」

同僚が教えてくれたから、持ち時間については知ってた
でも別に話すことないんだよなぁ
聞きたいことも

「じゃあアナタ何しに来たんですか?」

って聞かれたら

「オタ特有のなんかそういうやつに引きずられて来ました……」

と返すしかない

「お前は何話すの?」

同僚に振ってみる

「まず『ウッサミーン!』って言うだろ。そしたら『はーい、ナッナでーっす!』って返ってきて、そこからの」

あー、もういい
聞きたくない聞きたくない
割と仕事はできる奴なのに
明日からお前に書類とか渡したくなくなるからどうか俺の見えないところでやってくれ

「そういえばワッキーさんて、5年前からずっと若林智香を推してるんですか?」

前から気になってたとか何か引っかかったとかじゃく、ホントになんとなく聞いてみた

「いえいえ。智香ちゃんが346に入ってから、まだ2年も経ちませんから」

「その前は誰推しだったんです?」

「もう引退しちゃったアイドルですよ」

そう返した顔には笑みが浮かんでたけど、無理して作っている感は否めなかった
久しぶりに会った遠距離恋愛中の二人が、その別れ際に無理して作る笑顔、みたいな

「いまは346で事務員をしています。アイドルとしてはあまり売れませんでしたけど、事務員としはなかなかの敏腕なんだそうです」

「千川さんでしたっけ?たまにイベント会場とかにいますよね」

お前、事務員のことまで知ってるのか…と思いながらも、引退したアイドルのその後、って話題には興味を惹かれた

スポーツでもそうだろうけど、志半ばで引退するのはきっと『何かが足りなかったから』のはずだ
才能だったり、努力だったり、ちょっとした運だったり
もしも俺だったら…全く違う道を探す

キラキラしている舞台に憧れて、だけどその場所には辿り着けなかった
だとしたら……
その光を外野から観ているだけでも辛い気がする

「ちっひ…じゃなくて千川さんの真意は私には分かりませんけど……」

珍しく俺が語ってしまったもんだから、ワッキーさんはどこか持てあまし気味
同僚も口を挟まずに腕を組んでる

「いや、そこまで深く考えて喋ったわけじゃないんですけどね……」

だからこそ、余計に居心地が悪かった
トイレにでも逃げようか、と思い至ったとき、俺が席を立つよりも先にワッキーさんが口を開いた

「あんまり売れてないアイドルのファンってね」

ストローの袋を折ったり伸ばしたりしながら、伏し目がちに言葉を続ける

「まだあんまり売れてないだけ、って思うものなんです。私も含めて」

『まだ』と『だけ』を強調したのは、きっと意図的なんだろう

「なんて言うのかな…難しいですね…売れて欲しいのは当然で、プロデューサーとして出来る限りのことをしたいけど…でもいろんな要素が絡みあって……」

いつの間にか俺も、同僚と同じように腕を組んで聞いていた
なんとなくだけど、この道のオタの本質や核心についての話が聞けそうな気がしたから
つまり

『あんまり売れてないアイドルを応援してる人』

について
それが分かったからどうなる、って聞かれると困るけど……

「けっこうお金かけちゃったから引き返せない、って部分は正直ありますけど…それほどウェイト占めてないですね」

落としてきた金額が一番の理由なんだろうな、と想像していた俺は、その言葉を聞いてもピンとこなかった
ワッキーさん強がってんのかな、って思った

「ものスゴく気持ち悪い言い方かもしれないんですけど……」

「聞かせてください」

久しぶりに同僚が口を開いた
コイツが追っかけ始めた頃には、もうウサミンはけっこう売れてたらしい
だから、ワッキーさんが語ろうとしていることについて、俺以上に関心があるんだろう
同じ道のオタとして

「…私の場合は、ですけど…まだみんな気付いてないだけ、って思うんです。そのコの持っているものにね。いや、思いたい…が正しいのかな?」

『まだあんまり売れてないだけ』

『まだみんな気付いてないだけ』

なるほどな、って思った
たぶん、根っこは同じな気がする

「なんとかみんなに知ってほしい、って思うんです。こんなに素敵なアイドルがいるんだぞ、って」

その気持ちはなんとなく分かる
好きなミュージシャンのアルバムをお薦めして回りたいときの、アレだ
どうせ聴かないんだろうな、と分かってるのに、

「これスッゲー良いから聴いてみてよ!」

って触れて回るときのアレだ

「でもやっぱり売れなくて…そして、売れないコはどんどん扱いが悪くなって…参加するイベントも減って……」

少しずつ愚痴っぽくなっていくワッキーさん
だけど、鬱陶しいとは思わなかった
スッゲー良いから聴いてみてよ、を何度も味わってきたからかも

「だけど、誰を恨むワケにもいかないでしょう?事務所だって商売ですから。だから、Twitterでそのコに関することを呟いたり、そのコの発言をリツイートしたり…その動機と、自分への励ましとしての……」

ーまだあんまり売れてないだけ、なんでしょうね

自嘲のような、なんとも言えない笑顔を作りながらそう呟くと、ふと我に返ったように腕時計に目をやった

「そろそろ行きましょうか。もう並びも出てるでしょうし」

もう少し聞いてみたい、と思ったけど、席を立って歩き出したワッキーさんの後に続いて外に出た
快晴のままで、やっぱり少し暑かった

ワッキーさんの言葉通り、会場の外には300人ほどの並びが出ていた
同僚からの前情報によると、最終的にはだいたい1500人くらい集まるらしい

「Cグループが確か22人だから…えっと…一人のアイドルが70人前後と握手する感じですかね」

「平均すればそうなりますけど…平均って恐いですからね」

さっきの空気をまだ引きずってるのか、ワッキーさんの口調がどこか重い

「恐いっていうのは?」

「120人と20人。平均すると?」

「…70人。なるほど……」

そりゃあ確かに恐い
さっきワッキーさんの話を聞いた後だから、なおさらそう感じる

自分の前には20人
隣の前には120人

「なかなか残酷ですね……」

「だけど、プロデューサーとアイドルが最も間近になる機会でもありますからね。楽しまなきゃ」

自分に言い聞かせるようにそう言うと、バッグからスマホを取り出した
会場に来ている顔馴染みに連絡しているようだ

「すいません、ちょっと行ってきます!握手会終わったらどこかで待ち合わせましょう!」

「お気になさらずどうぞ!また後で!」

走り去っていくワッキーさんの背中に声をかけてから、なにやらゴソゴソしている同僚に目をやった
どうやらハチマキを巻いているらしい
さっきまで神妙な顔でワッキーさんの話を聞いてたくせに、もう戦闘準備に入っている

「俺も行くわ」

ウサミン星人と書かれたハチマキを締めたまま真顔でそう告げると、同僚はなんかよく分からないオーラを出しながら去っていった
もし何らかの奥義が使えるようになるとしても、あのオーラだけは纏いたくないと、心から思えた

ボーッとしていた
『ボーッとする』の参考画像に使われそうなくらい、ボーッと
ワッキーさんと同僚が握手会の話で盛り上がってるのをよそに、ただただボーッと

「呆けすぎだろお前」

って声にも、まったく反応できない

「初めての握手会ですからねぇ。気持ちは分かりますよ」

それは仰る通りだと思う
でもワッキーさんが想像している『気持ち』とは、きっと違う
その想像っていうのはおそらく

『生で見た藤原肇が可愛いすぎたから』

あたりだろうけど、違う

そりゃあ確かに可愛いかった
綺麗で、大人びていて、上品で礼儀正しかった
だけどそんなのは想定の範囲内
俺が想像していた通りの藤原肇だった

じゃあ俺の『気持ち』って言うのは?
ボーッとしたままで自己分析してみる
右手を包んでいた温もりを思い出しながら

「また来ます」

と言った俺を見ながら

「はい」

とだけ答えた

そりゃあ、そう言うだろう
他のプロデューサーに対しても、きっと言う
だけどそのたった二文字に、大袈裟でもなんでもなく、心を鷲掴みにされた

「お待ちしています!」

「約束ですからね!」

「ぜったい来て下さいね!」

初見の客を次に繋げるための営業と考えるなら、少なくともそれくらいは言うべきだろう

なのに、余分な装飾なんて一切ない

『はい』

でも冷たいワケじゃない
適当でもない
計算でも、きっとない
柔らかくて深くて、凛とした

『はい』

まだ16歳の女の子から侵しがたい威厳や尊厳のようなものを感じて、俺はただ戸惑った
月に照らされながら静かに佇んでいる山、みたいな

ーまだ、雑念だらけです

そりゃあそうだろう
人生で最も多感な時期だ
雑念まみれで当然だ

だけどその雑念の中にも『舵』のようなものがあって、どんなに流れが速かろうが、波が高かろうが、それだけは絶対に手放さないと決めているような
それがどれほど難しいかを知った上で、自ら海に向かって船を漕ぎだしたような
そんな『意思の塊』を感じた

「お前、大丈夫?」

ってリプライが大量に届きそうなのは、百も承知
そんなリプを総スルーしてしまえるくらい、本気で思った
それだけの何かが、藤原肇にはあった

だからこそ…思う
思ってしまう

「やっぱり売れないんじゃないか」

って

>>48の訂正

自ら海に向かって船を漕ぎ出したような

自ら海に向かって舟を漕ぎ出したような

いろんなファンがいて、いろんなアイドルがいるはずだ
気に入らないファンや、仲の悪いアイドルだっているだろう
そんのもん、当たり前だ
やりたくない仕事だって、きっとある

さて、ここで命題

『藤原肇は阿ることができるか』

回答

『きっとできない』

以上

うん、できないだろう
やろうとも思わないだろう
それは

『アイドル辞めても陶芸がある』

なんてこととは全く関係ない、藤原肇の本質のようなものだ
『舵』そのものだ

俺の右手を包んだあの両手
少し荒れた両手
陶芸のせいだろう
アイドルには、邪魔だ

誰かが言うかもしれない

「アイドルらしくないですよ」

藤原肇は答える
きっとはにかみながら
例えばそれが何らかの決定権を持つような、偉そうな人だったとしても

森林浴のような柔らかさで
嘘をつけない深く澄んだ声で
凛としたままで

「だけど、私ですから」

って
それはもう『犬はワンと鳴く』レベルの明確さで、そうだ
だからこその

『やっぱり売れないんじゃないか』

「なるほど……」

ワッキーさんのこの反応も、想定の範囲内だった
俺でもそうなるだろう
ボーッとしていたと思ったら、いきなり『ボクの藤原肇論』をエネルギッシュに語り始めたんだから

「自分を曲げない、ってことですかね?」

思いっっっきり濃縮及び圧縮してしまえば、まぁそういうことなんだけども……
その一言にまとめられてしまうと、ちょっと切ない

「まだあんまり売れてないだけ、でしたっけ」

ワッキーさんの言葉をコピー&ペーストしてみる

「ええ」

「売れるんですかね、あのコ」

聞かれても困るだろうと承知の上で、それでも聞いてみた

「売れる要素は持っていると思いますけど…他にもいろんな要素がありますからねぇ」

つまりは

『そんなの分かるか』

だろう
それもまぁ、想定の範囲内だった
俺でもそんな感じのことを言うと思うし

「売れてほしいの?」

ちょっと面倒くさそうな口調で同僚が言った

「どうだろう……」

正直、分からない
売れたら俺のこと見てくれなくなる、ではない
目当てのホストをNo.1にしたい女性の気持ち、でもない
また来ます、なんて言ったクセに、ホントにまた行くのかも不明だ
まことにもって、分からない

「誰かに伝えたいですか?藤原肇ってアイドルがいるんだぞ、って」

「それは…思うかもです」

うん
思うかな
だけど、藤原肇ってアイドル、ではなく

『藤原肇』

そのものを知って欲しいというか……
まぁ、それは無理だろうけど
日常の藤原肇まで知ろうとしたら、それはただのストーカーだ

「あんまり売れてないアイドルのPは、みんな同じように思ってるんじゃないかな?私も含めて」

『みんな』の中には、もう俺も含まれている
いまさら取り繕う気にもならないくらい、自分でもハッキリ分かる

「このコだけは特別、というのではなくてですね、なんて言うか…また気持ち悪い言い方になりますけど……」

ー大丈夫です

心の中で思った
何かに強く掴まれてしまった人間は、みんなそうなるだろうから
俺も十分に、そうだから

「笑っていてくれたらいいや、と言いますか……」

「売れなくてもですか?」

「結果的に売れなくても、ですね」

ーきらめく舞台へ

そう願う、売れないアイドルがいる
そう祈る、プロデューサーと呼ばれるファンがいる
感情だけでは無理だ
必要な要素は、いくら数えても尽きない

ボールを投げる
遠くまで届いて欲しいと、思いっきり投げる
だけど届かない
ポテンと落ちて、少し転がり、止まる
たぶんもう、動かない

ボールが悪かったのかもしれない
肩が弱かったのかもしれない
その両方かもしれない
でも、とにかく投げた
どこかのカモメみたいに、音速の壁を突き破ってやるぐらいのつもりで

ー笑っていてくれたらいいや

ってベテランのオタが言った
諦めでも、ホントに売れなかったときの予防線でもない
もう百パーの本気で

『笑っていてくれたらいい』

と思っているんだろう
すでに十分に気持ち悪いであろう俺には、スポンジが水を吸うくらいの勢いで理解できた

ボールは止まっても、記録は残る
いろんな抵抗を受けてすぐに落ちてしまったとしても、残される
記憶にも残る
ボールが描いた放物線が、それだ
それは嘘にはならない
『猫がニャーと鳴く』レベルの明確さで、そうだ

そして嘘にならないと知っているからこその

『笑っていてくれたらいい』

なんだろう

お城の舞踏会には、何人もの女の子がいたはずだ
みんな、いまそこで笑っていてかまわない

シンデレラだけが、笑うことを許されるワケじゃないんだ

「肇ちゃん名義のCDがお店に並ぶとこ、見たいですね」

ワッキーさんが言った
きっと、社交辞令じゃない

「智香ちゃんのCD出たら、買いますよ」

俺も、本気で言った
別に友情なんていう清く美しいものじゃなくて……
そう、オタ特有のなんかそういうやつ、なんだろう

「そういえばマウントさん、知ってますか?」

ベテランオタがなぜか小声になりながら言う

ーCグループの次のライブ、再来週の土曜日ですよ

「そうですか」

って素っ気なく返した
これもオタ特有のなんかそういう素っ気なさなんだろうか、と思った

「じゃあ、終わったらここで待ち合わせな」

そう言い残すと、同僚はトイレの方に歩き去った

【346プロ Cグループ公演】

チケットには、当然そう書かれていた

346プロには200人近くのアイドルがいてAからFまでのグループに分かれている
けっこう売れてるアイドルもいれば、まだあんまり売れてないだけのアイドルもいる

それがなんだと言われたら、別になんでもありませんよと返すだろう
そのくらいでちょうど良い

開演時間を迎え、一気に人が流れ出す
1000人は入りそうなハコに、それよりも多そうなプロデューサー諸氏

『お仕事お疲れさまです』

って声をかけるのが礼儀らしい
でも、言わない
まだ怖いもん、オタ

同僚とは別々にチケットを取った
一人で観たかったし、物販コーナーもちょっとだけ覗いてみたかったから
一緒だと買えないもの、恥ずかしくて

「315円になります」

ウチワの代金だ
高い
だけど『藤原肇』と書かれている
顔写真も小さくプリントされている
ならばこその315円で、それはもうどうにも仕方のないことだ

買ったばかりのウチワを素早くバッグに忍ばせる
内側にはクリアキーホルダー
外側にはまだ無理だ
夜桜小町バージョンのポスターは部屋の目立たないところに貼ってある
画ビョウで穴を開けるべきか悩んだ末、両面テープを買うためにコンビニへと走った

まぁつまり、その程度の新米オタだ
自慢するつもりはまったく無い

ステージのほぼ正面
前からは22列目
Cグループの人数と同じだ
だからどうなるというワケではない

開演前のアナウンスが流れる
近くの席から

「千川さんだな」

の声

いつか目指したキラキラした場所
届かなかったその光を見つめるのは、辛いことなのかもしれない
だけど止まったはずのボールは風を受けて、ちょっとだけ転がった
それがあの事務員さんの記録であるなら、それはたぶん良いことなんだろう

ウサミンがいる
桃井あずきに龍崎薫、相馬夏美
それからあれは…間中美里だな
そんであっちは太田優
お、サブリーダーの塩見周子だ

パンフを見なくても、名前は出てくる
なんのステータスにもならないけど、まぁデメリットもないだろう、たぶん

そして藤原肇
最初のライブのときは気にもしなかったけど、そんなに歌、上手くないな
ダンスはけっこう上手いかも
声は良いから練習次第だな

なんてことをブツブツ呟く
どう見てもウザい感じの奴だ

「だけど、ボクですから」

ってことにしておこうか

そんな具合に、2時間のライブは過ぎていった
最後はやっぱり、出演したアイドル全員によるご挨拶
リーダーのウサミンから交替で何人かのアイドルがご挨拶するんだろう
前回は喋らなかったから、今回は喋らせてもらえたりするのかな、と期待した
もちろん、藤原肇に、だ

いままでの善行によるものなのか、その期待は報われた
藤原肇がマイクを持つ

「肇ちゃん!」

と声がとぶ
俺の声じゃない
同僚Pだ
俺には無理だ
振っているのかどうか分からないくらいの振り幅でウチワを動かすのが精一杯だ

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