346プロの冬休み (13)


※地の文あり、独自解釈と一部不快に思われる表現あります

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アイドルの冬休みは短い。

本来学生の冬休みにあたる期間には、クリスマスにお正月、いわゆる芸能人にとっては一年でも最も忙しい時期となっている。
普通のみんなと同じような休みがないことに文句を言う者は少ないが、皆ちょっとばかり胸に重いものを抱える時期でもあるのだった。
そこで我が346プロでは繁盛期を少しずらしたタイミングでアイドル達にも冬休みを与えることにしていた。

それぞれ自己申告で休みたい日程を申請してもらい、営業予定と照らし合わせて休めそうなタイミングに4~5日程度ではあるが休暇を取らせている。
まあ実家に帰る者がいればあっという間に消えてしまうような短い休みだが、それをモチベーションにこの慌ただしい年の瀬を乗り切ってもらっているのだった。
さて、この休暇だがアイドルの中には○○と同じ日程で休みを取りたいという者も多い。

アイドルという職業柄、恋愛はご法度だが、同性同士の恋愛に対しては比較的寛容なようで、いわゆる「百合営業」なんて言葉も生まれているぐらいだ。
それらは表向きの営業としてのビジネスライクな関係だけの場合も、根も葉もある関係なことも万別ではあるのだが…

どうもうちの事務所では後者の方が多いようで、年末の特別な時期を二人で過ごしたいというペアも多い。


12/24

熱を帯びた歓声が会場にこだまする。アンコールを二度も終えているのに会場のボルテージは上がりっぱなしだ。
今日は346プロ主催のクリスマスライブ。看板アイドル達も惜しみなくライブパフォーマンスを繰り広げていた。その中でも一際大歓声に包まれていたのは、渋谷凛、神谷奈緒、北条加蓮の三人で構成されているトライアドプリムス達であった。
元々人気ユニットだったニュージェネレーションズのメンバーがそれぞれ結成したピンクチェックスクール、ポジティブパッション、トライアドプリムスの3グループは、既にニュージェネレーションズの人気を過去の記憶に変えようとしていた。特にトライアドプリムスはライブパフォーマンスの評判がよく、今日のクリスマスライブでもオオトリを任されるまでに至った。

歓声に応えていた渋谷凜は、トライアドプリムスの成功に感じ入りながら舞台袖に引っ込んでいった。
「お疲れ様!」「今日のライブも大成功ですね!」
スタッフのみんなからも拍手で迎えられ、神谷奈緒に至っては感極まり、泣きながら「よかったよぉ~」とプロデューサーに抱き着いたりしていた。
普段はツンデレキャラのお手本の様にプロデューサーにツンツン当たっているが、やはり今日の成功は格別だったらしい。

その様子を北条加蓮と茶化しながらも、ライブの熱気に当てられて昂っていた凜は、ふと隅っこに見知った顔の女の子がいるのに気が付いた。
ひっそりと、気が付かれないように慎ましくぱちぱち拍手していたその子と目が合う。
一瞬、時が止まった様に凜は感じた。だが目があった瞬間、その子はパッと奥に駆け出していた。


「待って!卯月!!」

たまらなくなって凜はその女の子、島村卯月を追いかけていった。
舞台裏の通路は小道具が雑多に積み上げられていて人通りも慌ただしい。いつもなら簡単に追いつけるはずの凛だったが、なかなか追いつけない。

「すいません!ちょっと通して!」

ライブの衣装のまま走り抜けていく凜をスタッフ達は怪訝そうに見送るが、そんなこと凛にとってはどうでもいいことだった。
ようやく追いついたのは会場の裏口近くだった。
外に飛び出そうとする卯月の腕をつかんで留めようとするが卯月が暴れて逃げ出そうとする。

「待ってよ卯月!」

「離してくださいっ!」

散々暴れて、腕を振りほどこうとする卯月を凜は後ろから無理やり抱きしめる。
振り回す腕が顔に当たって傷つくことにも構わず、ひたすらじっと卯月を抱きとめる。服もはだけて、ボタンまで千切れて、ようやく卯月はおとなしくなった。

「……卯月、来てくれたんだ」

「当たり前です」

うつむいたまま、それでも強い口調で卯月は答える。

「あの日、勝手に出ていったことは怒っていますから」

「…ごめん」

「どうして…」


凜にとっては答えることが難しい質問だった。

ふたりは本田未央と三人でニュージェネレーションズとして頑張ってきた。お互い切磋琢磨してトップアイドルになろうと頑張ってきた。苦しいレッスンも、三人なら乗り越えられた。
そんな中で、凜は卯月に惹かれていったのだった。
卯月は自分のことを「普通」だと評した。凜はそれが違うことを誰よりも理解していた。
苦しい中でも笑える強さと弱さ、誰よりも努力し続けるひたむきさと危うさ、どれも凜には「普通」の女の子には見えなかった。
凜は自分のことをある種の冷めた目線でとらえていた。しかしいつでも共に頑張っている卯月を見るたびに、少しづつ、自分に向けていた冷めた目線が苦痛となっていた。

なんで自分は卯月の様に足掻くことが出来ないのか?
そしてその苦痛が徐々に三人でいるニュージェネレーションズというユニット内で不協和音を生み出し、そこにいることに耐えられなくなっていた。
いや、正確にはそう思っていたのは凜だけだったのだが。
未央はそういった異変に敏感で、常に凜に気をつかって相談に乗ろうとしてくれたし、卯月も卯月なりにいろいろ考えてくれていた。

卯月の出した答えは、凜と一緒に住むことだった。
凜にとってはもはや卯月の存在は親友という枠を超えたものになっていることに、凜自身は気が付いていた。
そして卯月もまた、凜に特別な感情を抱いていることを自覚していたのだった。
何とかニュージェネレーションズというグループを元通りに修復しようとしたこの同棲生活で、凜と卯月の関係性は決定的なものとなっていた。


二人の同棲生活は幸せに満ちたものであったが、長くは続かなかった。

凛は、ニュージェネレーションズというユニットがもはや卯月と共にいるための言い訳にしかなっていないことに気が付いてしまった。
そのことを自覚した凜は、自分に向けていた冷めた目線に耐え切れなくなり、逃げ出してしまったのだった。
そのあとは、お互いの新しいユニット活動が忙しいだとか、属性ごとで会う機会が限られるだとか、いろいろな理由をつけて卯月にも未央にも会わないようにしていたのだったが…

数日前、未央にばったりと出会い、そしてぶん殴られてしまった。

『しまむーがどんな想いで今ステージに上がっているかわかってる!?』

『もうずっと私のせいだって泣いているんだよっ!!』

『休みの日だって一緒に住んでた寮の部屋から一歩も出ないし食だって細くてレッスンもろくにできない!!』

『それでも凜ちゃんが見てるかもしれないからってライブやってるんだよ!?』

未央は本当に友達想いで、凜が飛び出した後もずっと卯月に寄り添っていたらしい。
きっと未央はニュージェネレーションズというユニットに関係なく友人として卯月と接することが出来るし、同じように友人として凜のことをぶん殴れるのだろう。
その事実にまた凜は自分自身を情けなく思ってしまったのだが。

『今度のライブ、卯月を連れて行くから』

『えっ』

『覚悟しておいてね』

そう未央に宣言され、凜は逃げ場を失ってしまったのだった。


――そして今日のライブである。

「……ライブ」

「えっ?」

「すごいかっこよかったです」

抱きしめられたまま卯月はぽつりぽつりと話し始めた。
実際のところ、凜は卯月が見ているかもと想っただけでいつもの何倍も力を出すことが出来た。
だから卯月を見つけてしまった時、何も考えず走りだしてしまったのだった。

「卯月が観ていてくれたから」

「そうなんですか?」

「うん」

「……」

「……」

何も思いつかない。感情はライブの興奮を何倍も高めたみたいに煮えたぎっているのに何をしゃべればいいのか全くわからない。
ただ、走って心拍数の上がった卯月の鼓動が痛いほど響いていて――

「あっ」

「?」

「凜ちゃん顔!ケガしてる!」

「えっ?あっ本当だ」

さっき卯月を抱きとめたときに手が顔に当たったからだろう。口が切れて血が出ていたようだ。
腕をすっと振りほどいてポケットからハンカチを取り出して口を拭ってくれた。


「いたっ」

「もう!アイドルなんだから」

「…これ卯月のせいなんだけれど」

「えっ?あっ!ごめんなさい…」

我に返ってみれば二人とも服もボロボロでだいぶ見苦しい姿になっていた。

「流石にこの格好でここにいるのはマズいね」

「そうですね。じゃあ」

そういうと丁度空いていた控室に忍び込んだ。
「ふたりともぼろぼろですね」

「ふふっ、そうだね」

「せっかくのカッコいい衣装が台無しですね」

「卯月だって」

「私のはいつもの制服ですよ?あっ血が着いちゃってます」

「あっ本当だ。これマズいかな?」

「うーん。じゃあ」

すっと卯月が顔を上げて、凜の目をとらえた。

「シミにならないように綺麗にしなきゃいけませんね」

一瞬、卯月の目が妖艶に光った。

するっとネクタイを外して、第二ボタンをはずしていく。

「ちょっと卯月?」


「凜ちゃん」

「お願いです」

「私を、満たして」


・ ・ ・

「……打ち上げサボっちゃったじゃん」

「えへへ」

「あーあ、全部卯月のせいだ」

「元は凜ちゃんのせいですよ?」

「ていうか卯月すごい痩せちゃってるし」

「そうですか?」

「ちゃんと食べてないんでしょ?」

「じゃあ誰かがご飯を作ってくれたら食べますね!」

「えー」

「明日から冬休みですよ」

「…しょうがないなあ」

「これから、また二人一緒です」

「ふふっ未央はどうするのさ」

「そうですよっ!未央ちゃんにも謝ってくださいね」

クリスマスのイルミネーションの中、寄り添って歩く影が一つ。
ふたりの冬休みは、なぜか同じ日にち、同じ時間だけ取られていた。


うづりん編終わりです。

こんな感じで何組か思いついたら書いていきます。

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