チクミン職人の朝は早い。
― どうしてこんなに早く? ―
日が昇るよりも前から職人は起きている。現在午前二時真夜中だ。最早朝ではない。
アルミンが寝息を立てているのを確認し毛布を取り払う。
エレン「チクミンを他人に見せるわけにはいかないですからね。この時間帯じゃないと都合がつかないんですよ」
手馴れた手つきで寝巻きをするすると捲くり、ほんのり赤らんだ双丘を露出させた。
まずは素材の入念なチェックから始まる。ぷっくらとした突起を丹念に嘗め回す様に見つめる。
巷ではピクミンだかなんだかが流行っているらしいが、こちらは新種の桃チクミンだ。対抗するまでもない。
― 辛くはないんですか? ―
エレン「まぁ、好きではじめた仕事ですから(笑)続けているうちに成績がぐんぐん伸びていったんです」
苦笑しながら淡々とたんぽぽを枕元へと並べ、チクミンに添えても遜色の無いよう丁寧にゴミを掃う。
早朝(?)ランニングと称して先程採取してきたものだ。
一般訓練兵では到底採りきれないような数をものの数十秒で並べてしまう。
何気ない所作一つでも職人技が光る。
あ、タイトルミスってたわ「no」→「の」で
― いつもはどんな風にお仕事を? ―
エレン「特別なことはしませんよ。ただひたすら、無心に添えていくだけです」
そういうとそっと一輪を持ち上げ流れるように胸へと運ぶ。迷い無く置かれたたんぽぽはまさに芸術の域である。
ふぅ、と一息吐くと汗を拭い全体の構図を確認する。
職人はたとえどんなに熟練の技を持っていようとも一切手を抜かないのだ。
― このお仕事を始めたきっかけは? ―
エレン「友人(ミカサ)に勧められて始めました。今は俺の家族の一員です」
ゴリラの歯軋りが聞こえる。集中を乱された職人は制裁と称して鼻にたんぽぽを詰めにいった。
職人はたとえどんなに屈強な戦士が相手であっても一切手を抜かないのだ。
― 容赦ないですね… ―
エレン「最初のうちは我慢していたんですが、そのままにしておくとアルミンが起きてしまうので」
そういうと作業を再開させる。先程とは反対側の突起へと一輪置かれた。
大きく溜息が吐かれる。どうやら歯軋りの余波が手先を狂わせたらしい。
エレン「ダメですね、一旦全て取り除きます」
職人には二輪目ですら妥協は許されないようだ。
繊細な手さばきでたんぽぽを摘み上げ掌にのせる。そしてそのまま口へと運び咀嚼する。
現在では貴重になってしまった肉を味わうかのように噛む。ただ噛む。ひたすら噛む。
…飲み込む。
― どうして食べたのですか? ―
エレン「いや、だってもったいないじゃないですか(笑)」
朗らかに笑う職人は日頃の悪人面を思わせないほど純粋な少年そのものだった。
再度一輪を手に取り少年は桃色の丘へと駆け上がる。
ふわりと風が揺らしたかのようにたんぽぽがたおやかに添えられた。
職人は笑みを零しながら一輪、また一輪と駆け足で草原を往復する。
呼吸すらも忘れ我武者羅に走る。駆けっこなら一等賞間違いなしだ。
エレン「っ…………!」
職人は思い出したかのように息を飲み自身の枕へ突っ伏す。
全身の震えを治めるように自らを抱きかかえ、決して大きな音を立てぬよう深く深く酸素を取り込む。
全力疾走した職人の全身から止め処なく汗が流れ出す。まるで気分は常夏である。
双丘にはたんぽぽが咲き乱れ、春が訪れていた。
一方ゴリラの鼻からはたんぽぽが勢い良く射出されていた。職人は容赦なく蹴り飛ばした。
― これで完成ですか? ―
エレン「ひとまずは、といったところでしょうか」
素人目には目を見張るような出来栄えでも、職人には一味足りないようだ。
エレン「ここからは手直しをします」
そういうと少年の顔からまるで赤子を慈しむような表情へと変わり、指先でたんぽぽを整えていく。
あくまでも胸の突起を刺激しないよう最小限の振動でたんぽぽを動かす。
これぞ壁内でたった一人しか出来ないとされている神技である。
その光景はまさに干天の慈雨が降り注ぐかのような幸福感に満ちていた。
と、その時。
アルミン「ん…………えれん?」
想定外のアクシデントが発生した。
職人は表情一つ変えずに慌てることなく毛布を羽織らせる。
エレン「ほら、毛布が飛んでたぞ」
そういってあくまでも自分は心配して毛布を掛け直していただけの様に装う。
どうやら窮地に陥っても構わないように、試練を乗り越える為の手段をいくつも用意しているようだ。
アルミン「ん、ありがと…」
職人は肘を付きアルミンの腹をポンポンと叩く。
風邪引いちゃうから気をつけろよ。と言うとまた慈母のような表情をし寝かしつけようとする。
頭を撫でられる気持ちよさからか、すぐさま寝息を立てて夢の世界へと沈んでいった。
頃合いを見計い毛布を捲ると、そこには無残なたんぽぽの残骸が残されていた。
しかし不思議と職人の顔は穏やかだ。何よりも大事なのは親友の安寧ということなのだろう。
― 危なかったですね… ―
エレン「はは、よくあるんですよ。ああいうこと(笑)」
ブラウス訓練兵が食料庫に盗みに入るくらいよくあることだと職人は語る。
先程までは春だった双丘へ秋が訪れたと考えればよいのだとも。
散らばったたんぽぽを一輪ずつ丁寧に拾い集め小袋へと入れていく。
― これは食べないんですか? ―
エレン「朝食のパンに挟んでいただくんです。これはアルミンの為に命が尽きてしまったたんぽぽへの敬意なんです」
残念なことに職人が毟り取った時点で命が尽き果てているのではないかという疑問には答えて貰えなかった。
広々とした丘を掃除し終え寂しげな表情を浮かべていた職人は、ふと冬のような寒い視線を感じた。
いつの間にかこちらを見続けているゴリラの瞼にたんぽぽを押し当てた。
― 先程からブラウン訓練兵には強く当たりますね? ―
エレン「注意してもこちらを見てくるので致し方ないんです」
そういいながら耳栓よろしくたんぽぽを耳に詰め始め、満足したように蹴り飛ばした。
エレン「それに何度もチクミンを屠ろうとしてくるので…」
俺が守ってやらなきゃと困惑した表情を浮かべながらゴリラの乳首を駆逐する職人はまさに鬼神であった。
― 今日のお仕事は終わりでしょうか? ―
エレン「いえ、もう一度挑戦してみたいと思います」
チクミンをあまり外気に晒すわけにはいかない為、これが最後のチャンスとなるのだ。
三度目の正直。ゴリラの耳からたんぽぽが噴出した。
飽きれた職人は隣の超大型巨人にでも縋り付けと平手打ちをかまし、たんぽぽを二輪分け与えた。
嬉々として超大型巨人の胸にたんぽぽを添え抱きついたゴリラは、目を覚ました巨人に蹴り飛ばされ眠りに付くこととなった。
職人は気を取り直しチクミンに真正面から向かい合う。
顔色からは緊張が伺える。やはり最後のチャンスともなると冷や汗もかくのだろうか。
― 自信の程はどうでしょうか? ―
エレン「正直に言うと手の震えが止まりませんよ。でもやってみせます」
そう言い切りたんぽぽに手を伸ばす。先程までとは打って変わって丘の頂上にたんぽぽを咲かせようとしているようだ。
いや、いとも簡単に咲かせたのである。春夏秋冬、ひととせ越えてチクミンにまた春が訪れようとしているのだ。
難易度最高峰とも言われる技をなんなくこなす職人には感嘆の声を上げてしまう。
左チクミンを通過し右チクミンもクリア。
このまま積み上げていくのかと思いきや、職人の手は二輪添えただけで止まってしまった。
― どうしました? ―
エレン「あ…ア、アルミンの桃チクミン…」
職人はまた全身を震わせたかと思うと、なんと次の瞬間にはチクミンにむしゃぶりついていた。
― そ、それは規定違反では? ―
この仕事はチクミンにたんぽぽをのせるだけのものであって勝手に触れていい訳がないのだ。
エレン「んっ、ちゅっ……ふ……んんっ」
しかし職人は制止の声も聞かず、我慢ならないと言わんばかりの勢いでチクミンをたんぽぽと一緒に啜っていく。
頬を紅潮させ時に甘く噛み時に優しく舌で舐め上げながらじっくりと味わっている。
アルミン「っ…! あ、なに……?」
そうこうしているうちにアルミンが目を覚ましてしまったのだ。当然である。
アルミン「んっ……もう、またか。エレンは甘えん坊だなあ」
そういって職人の頭を赤子を慈しむような表情で撫でている。先程とは立場が逆転してしまっている。
だが驚くべきことにアルミンはこの状況に動揺もせずに受け入れていたのだ。
― あの、またとはどういうことでしょうか? ―
アルミン「僕に抱きついているとお母さんを思い出すんだそうです。
お仕事なんてただの言い訳で本当は誰かに弱さを見せているだけなんです。
だから時々エレンの気が済むまでさせてあげてるんですよ。あ、これは秘密にしてくださいね」
まるでスプリンガー訓練兵が未だに敬礼を誤っているくらい、当たり前の事のようにアルミンは語る。
彼からは職人に対する恐れ入るほどの愛情を感じた。
アルミン「ところでなんでキミはそんな喋り方なんだい?」
― お気になさらずに、親友とはどういうものなのか取材しにきただけなので ―
アルミン「うん、わかったよ。でもここから先は見ないでね」
そこから覚えているのは、返答よりも先にたんぽぽが目の前に飛んできたことだけだった。
翌朝
ジャン「……」ブチッ ブチッ
マルコ「…ジャン、何をしてるんだ?」
ジャン「ん、見ればわかるだろ」ブチッ ブチッ
マルコ「いやたんぽぽなんか毟ってどうするんだよ」
ジャン「すぐにわかるさ」ブチッ ブチッ
マルコ「?」
ジャン「今夜、楽しみにしてろよな!」
マルコ「……え?」
― 完 ―
よし、寝る
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