【モバマスSS】 狂愛トライアングル (24)
モバマスSSです。
一部、フェスなどのシステムに独自設定が有ります。
アイドルの性格が一部不快に思われる描写に改変されています。
以上の事が苦手な方は閲覧注意で宜しくお願いします。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1481614183
大歓声の中、二回目のアンコールの曲が終わり、ステージの幕が降りた。
優に数万人は入るキャパシティを誇るこの大会場を超満員に埋めたのは、
今や超人気ユニットと化した346プロのニュージェネレーションズである。
メンバーの卯月と凛と未央は、互いに抱き合い、
遂に此処まで辿り着いたのだ、と言う達成感に瞳を潤ませていた。
そこに舞台袖から拍手をしながら、若いスーツの青年が歩み寄って来た。
「良くやったな、素晴らしいライブだったぞ!お前達!!」
「プロデューサー(さん)!!」×3
三人が声を揃え弾ませて、スーツの青年を輪の中に迎え入れた。
彼はアイドルユニット【ニュージェネレーションズ】のプロデューサーである。
1からユニットを組むために、数多くの養成所を巡り、何度もオーディションを繰り返し、
自ら彼女達をスカウトした、正に生みの親ともいえる存在だ。
それだけでは無い、順風満帆とは言えなかったこのユニットを育て、励まし、時には叱りつけた彼の尽力が無ければ、
此処までの成功は到底望めなかっただろう。
今では、アイドル三人ともに、彼に絶大な信頼を置いている。
しかし、長年の付き合いが築いた物は、どうやら信頼だけでは無いようだ。
彼女たちの瞳が潤み、頬が上気しているのはライブ終了後間もないから、と言うだけでは無いだろう。
「私たち頑張れました!! 此処までやれたのも、凛ちゃんと未央ちゃんとプロデューサーさんのお陰です!!」
「うん……私もそう思うな…、プロデューサー、改めて有難う…」
「えっへっへ、しまむーもしぶりんも泣けるねぇ、未央ちゃん感動で涙がちょちょぎれちゃうよ~??」
未央のお道化た泣き真似に、笑顔で答える凛と卯月。
そんな三人を見て、何か思う所があったのか、プロデューサーがこれは泣き真似ではない本物の涙を零した。
それを目ざとく見つけた未央が、
「おろっ??プロデューサーいけませんなぁ…、
男が泣いて良いのは、親が死んだ時と財布を落とした時だけですぜ??」
と、二ヤリと笑いながら、プロデューサーの肩に手をポンと置いた。
「えっ、少なくないですかっ??」
それを真に受けて、卯月が目を丸くする。
「もう、未央。 ココはプロデューサーの涙に、感動しとく所だよ??」
と、凛が軽く窘める。
何時ものニュージェネレーションズの流れ、何時までも変わらない心地いい空間。
三人が何時もの様に満面の笑みで笑い合う。
プロデューサーが次の言葉を告げるまでは、少女たちはそれが永遠に続く物だと思っていた。
「いやな……、こんなお前たちの楽しそうな姿も、しばらく見れないと思うと不覚にも込み上げて来てな……」
三人が三人とも顔に???とクエスチョンマークが浮かんで見えるほど、キョトン、とした顔になる。
三人が三人とも顔に???とクエスチョンマークが浮かんで見えるほど、キョトン、とした顔になる。
その顔色にも気付かず、プロデューサーが話を続けた。
「お前たちの人気ももう揺るぎないし、ニュージェネレーションズの担当から外れて、
別の新人ユニットの育成に移ってくれ、って常務から辞令が下ってな??」
「俺もお前たちを手放すのが本当に心配だったんだが、今日のライブを見る限りもう問題は無さそうだな、
安心して次の担当者に引き継げるよ…。 いやー、良かった良かった」
三人を悲しませない様にか、努めて明るく、あっはっは、と笑いながら人事の移動を告げるプロデューサー。
三人に取り乱した様子は無い。
混乱の一つも有るかと覚悟していたが、話はどうやら無事に受け入れられそうだ。
しかし、此処まで反応ないのも若干悲しいな、等と、呑気に考えていたプロデューサーには、到底気づく事など出来なかったのだ。
三人の表情が無表情を通り越して、能面の様に凍り付いていた事を――
次の週の頭から早速、新プロジェクトが始動、プロデューサーの元に新ユニットのメンバーが集合した。
ニューウェーブと名づけられたユニットのメンバー、村松さくら、大石泉、土屋亜子の三名だ。
ニュージェネを思わせる色分けされた豊かな個性を持つ、有望なアイドル達である。
しかも、三人とも同じ中学の同級生との事で、とても仲が良く、息もピッタリであり、既に大器の片鱗を予感させた。
名前もニュージェネレーションズと来てからの、このニューウェーブで有る。
事務所がこの三人に寄せる期待の大きさが分かるというモノだろう。
最初にどれくらいやれるのか、確認の意味を込めてプロデューサーも全てのレッスンに付き添ってみた。
驚愕したと言っていい。
346プロの隠し玉と言うその評価を辱めることなく、ダンスも歌もビジュアルも、既にデビュー前のアイドルでは無かった。
ニュージェネの三人のデビュー前を遥かに凌ぐ水準である。
コレは素晴らしい逸材を見つけた。
プロデューサーは思わず興奮して、腕組みした手を力いっぱいに握りしめていた。
そして、スーツが皺になっているのに気づいて、苦笑してその力を緩めたのである。
しかし、彼はスーツの皺には気づいても、別のもっと大事な事には気づいていなかったのだ。
レッスン場の陰から、暗い瞳で此方を見つめる六つの鈍い光に――
翌週、早速プロデューサーはランクアップフェスにニューウェーブの出場を申し込んだ。
彼女たちは既に、Eランクのレベルではない。
それどころか、D、いや、Cの半ば位まではいい勝負するのではないか、
プロデューサーは、長年の眼力でそう見込んだからである。
今の所、リハーサルをやってる他の会社のアイドル達を見ても、到底ニューウェーブに及ぶアイドル達は居ない。
目論見通り、楽々このフェスは頂いた、そう思っていた。
しかし、何やら会場がザワついている。
落ち着かない雰囲気に包まれていた会場を見渡し、
ニューウェーブのメンバーも不安そうに佇んでいた。
そのメンバー達の不安を鎮める為にも、原因を探ろうとプロデューサーが辺りの様子を見渡していると、
その元凶が満面の笑みを称えながら、プロデューサーの元に歩いて来た。
「おはようございます!!プロデューサーさん!!」
と、ニュージェネレーションズのメンバー、島村卯月がプロデューサーに挨拶して来たのだ。
「う、卯月?? 何で!?」
軽く狼狽してプロデューサーが卯月に尋ねた。
何故この会場に卯月が居るのか。
一瞬、応援に来てくれたのかとも思ったが、メイクもバッチリで衣装も身に着けている。
正にアイドルの戦闘態勢だ。
AランクトップであるニュージェネレーションズがEのランクアップフェスに出る理由が無い。
どういう事か戸惑っていると、卯月が、
「あれ、お知らせしてませんでしたっけ??プロデューサーもユニットのプロデュースから外れたし、
私達、個々のレベルアップの為にソロ活動始めたんですよ??」
と、ニコニコと告げた。
「ソロでの活動は全然やってませんでしたので、またEからです、えへへ、頑張りますね!!」
と、満面の笑顔でプロデューサーに微笑んできた。
何てことだ。
プロデューサーは思わず絶句した。
たった一人とは言え、Aランクまで駆け上がったアイドルに、デビュー前のアイドルで挑まなくてはならなくなったのだ。
プロデューサーが後ろをチラリと見てみると、案の定、話を聞いていたニューウェーブの三人がカチコチに固まっている。
無理もない。
才能あふれる三人とは言え、初めての実戦で、目標でもあるトップアイドルを相手にしなければならないのだ。
そして、両方の実力を誰よりも知っているプロデューサーだからこそ知っていた。
その絶望的な戦力差を――
勝負は番狂わせも無く、順当についた。
当然のことながら卯月がブッチギリでフェスに勝利し、Dランクに上がった。
ニューウェーブの方は、と言うと酷い有様だった。
初めてのフェスで経験も少ない上に、卯月と言う強敵を意識しすぎ何時ものポテンシャルを発揮できず、
歌はバラバラ、ダンスも揃わず、顔も緊張でカチコチ、とあっては、結果が伴う訳がない。
卯月どころか、実力を発揮していたら到底負けるはずの無い相手にまで大きく離されるという、散々な結果に終わった。
控室で意気消沈する三人。
自信を大きく失ってるのは一目で明らかだ。
プロデューサーは、そんな三人に、何と声を掛けて良いか考えあぐねていた。
プロデューサーは、三人のズバ抜けた素質を見込んで、ここしばらくの育成の方針を、とにかく自信を付ける事に注力していた。
自信を付けさせ、伸び伸びと実力を伸ばさせ、成長させていく方針だったのだ。
いずれ、上に行けば行くほど壁に当たって挫折するだろう、しかし、それすらもバネに成長してくれると見込んでの行動だった。
だが、それが裏目に出た。 本来負けるはずの無いEランクのフェスでボロボロの成績。
壁に当たるにしては早すぎるのだ。
しかもAランクの卯月だけに負けるならまだしも、他のアイドル達にも楽々抜かれる始末。
膨れ上がった風船が萎む様に、彼女たちの自信が見る影も無くなって居る事に気付いたプロデューサーは、
暗澹とした表情でただ俯き、これからの方針について頭を悩ませていた。
とにかく、落ち込んだテンションをどうにかせねば。
こんな時は何を言っても裏目に出る事を彼は長年のプロデュース経験で知っている。
今日の所は家に帰って休む様にだけ三人に告げ、控室から立ち去った。
暗い表情のまま、ニューウェーブの三人が着替え終わり控室から出ると、
なんと廊下にはステージ衣装のままの卯月が立っていた。
慌てて並び、挨拶をするニューウェーブのメンバー。
だが、卯月はその礼を無視する様に横を通り過ぎ、背中越しにポツリと一言、呟いた。
「失望しました。何ですか??あのライブは」
そう、冷たく三人に告げた。
凍り付く、三人。
「しっかりと練習してたらあんな醜態晒しませんよね?? ロクに練習しないでフェスに出て来たんですか??
この世界、あまりバカにしないで下さい」
卯月は、顔も向けずにそう、背中越しに語ると、そのまま廊下の先へ歩み去って行った。
そこに取り残されたニューウェーブ三人。
その顔色は真っ青を通り越して白くすらある。
違う、この日に備えて必死に練習して来た。でも、結果には出せなかっただけなのに。
何も言えず歯を食いしばり、拳を握りしめ、その場に立ち尽くすことしか出来ない三人だった――
翌日、早朝から村松さくらは346プロのレッスン場に向かっていた。
決められた集合時間は二時間後だが、さくらは自ら望んでこの時間に来ていた。
昨日、最悪のパフォーマンスだったニューウェーブの中で、
更に一番足を引っ張って居たのは自分だとさくらは思っていた。
事実、さくらは肝心なところで焦ってしまい、ミスを連発していたのだ。
練習では全く問題なかったのに。
このまま卯月さんに誤解されたままでは終われない、そう考えての特別練習だった。
レッスン場のドアに手を掛けると、既に室内は明かりがつき、音が漏れていた。
さくらが遠慮がちに中を覗くと、ただ一人、ニュージェネの渋谷凛がダンスの練習をしていた。
さくらがレッスン場に遠慮がちに入ると、凛はさくらを一瞥して。
今頃練習開始?? 最近の新人は随分ゆっくりなんだね、と呟いた。
大先輩からの、そのどことなくトゲがある発言に萎縮してしまい、さくらが何も言えずにいると、
凛はそんなさくらをじっと眺めながら、
「丁度いいや、少し練習に付き合ってくれない??デュオで合わせておきたいダンスが有るんだ」
と、さくらに言ってきた。
「は、はい!!」
自分に付いていけるモノか、さくらには先日の事もあり、自信が無かったが、
大先輩の誘いを断れるほどの胆力はさくらには無く、済し崩し的に練習に参加する事になった。
「1,2、1,2、1,2,3,4」
最初に軽く説明を受けて、凛が挙げるリズムの声に合わせてさくらがステップを刻む。
だが、レベルが違い過ぎて、全く練習にならない。
致命的にタイミングが合わないまま何度も何度も繰り返すが、
さくらは凛とのレベルの違いを思い知るだけで、全く付いて行けない。
その度にさくらは、
「もう一度お願いします!!」
と、声を挙げてチャレンジしていく。
そして無言で再開する凛。
しかし、絶対的な程の経験と実力差が短時間で埋まることは無く、さくらの身体には疲労が蓄積していき、
そして体力の限界を迎えて、遂に膝を付いた所で、凛が音楽のスイッチを止めた。
そして凛は座り込み荒く息をするさくらをじっと見下ろすと、
「アンタ、今何歳??」
と、さくらに短く聞いて来た。
「え、えと、15歳、です…」
何処となく気落されながらそれに答えるさくら。
凛は、そう、と短く答えると、
「私も15歳。一学年違うけどね」
と答えた。
そして、切れ長の瞳を冷たく細めると、
「それでも私がアイドルを始めた一年前にはもっと出来たけどね。貴女才能無いよ、アイドル、辞めたら??」
と、さくらに向けて突き刺すような言葉を投げかけ、身を翻してレッスン場から歩み去って行った。
さくらは、そのままレッスン場に座り込みながら呆然としていた。
しかし、繰り返し頭の中に流れる凛の罵倒の声。
遂にさくらの大きな両目は涙で溢れ、顔を濡らし、レッスン場の床へと身体ごと崩れ落ち、その場で泣き叫び始めた。
泉と亜子がレッスン場に入って来たのは丁度その時である。
二人は床に伏せ泣き叫ぶさくらを見つけると、驚いて駆け寄り、
「ど、どうしたの!?さくら!!怪我っ…は、無さそうね…、一体何が有ったの??」
さくらの身体を抱き抱えながら、尋ねる泉。
しかし、さくらは泣き喚き、ひたすら首を振るだけだった。
「泣いてるだけじゃわからんで??一体何があったん??」
亜子もさくらから事情を聞き出そうとするが、同じ様にただ泣いて、どうしようもない。
二人は顔を見合わせてどうしようか、と視線で会話したが、とりあえずの打開策が何も見つからない。
そこで、とりあえずシャワー室にさくらを連れて行き、二人で泣きじゃくるさくらを介抱しながら温かいシャワーを浴びせ、
落ち着いて来たさくらを控室のソファー座らせた。
泣き疲れて横になり、眠り始めたさくらに大きめのバスタオルを被せると、亜子は、
「一体何があったんやろ…こんなに泣くなんて、どないなショックな事が……」
と、ポツリと呟いた。
「わからないけど、さくらをこんなに泣かせるなんて許せない…、何が有ったのか確かめないと……」
泉はそう答えると、さくらの世話を丁度入室して来たルーキートレーナに任せると、
この一時間くらい前、レッスン室で何が有ったかわかる事は無いか、とルーキートレーナーに尋ねた。
ルーキートレーナーは、
「えっと…私は今来たばかりだから分からないけど、姉さんなら最初に鍵を開けて、
それからずっと入り口で使用者の受付をしてるから、何か分かるかも……」
と、顎先に人差し指を当てながら答えた。
それを聞くと泉と亜子は重ねてさくらの事をルーキートレーナーに頼み、
入り口にいるベテラントレーナーの元へと向かっていった。
「一時間前?? 特に変わった事も大きな音も無かったが…??」
一時間前に何か変わったことは無かったか、受付に飛び込んでくるなり、そう尋ねてくる二人に、
怪訝な顔しながらベテラントレーナーが答えた。
「その時間、レッスン室を利用してたのは、渋谷と村松の二人だけだな。…そういえば渋谷が退出したのが、
丁度ソレくらいの時間だったか…」
そう答えたベテラントレーナーに、泉と亜子は互いに顔を見合わせた。
そして、二人はベテラントレーナーに礼を言うと、受付からすぐさま駆けだした。
何らかの事情を知るで有ろう、渋谷凛を探す為に。
しかし、346プロの社内の施設のどこを探しても、凛の姿は見当たらなかった。
そろそろさくらも目を覚ますかもしれない、それならば傍に付いて居てあげたい、
二人がそう考え、捜索を諦めかけたその時、施設内に併設されているカフェで同僚のアイドルと談笑する本田未央を見つけた。
彼女なら凛の居場所を知っているかもしれない。
二人は頷き合うと、未央達が座っているテーブルの前に行き、その後ろに立ちはだかった。
その気配に気づいた同僚のアイドルが会話を止め、未央の顔を伺う様に眺めると、
その様子に気付いた未央が後ろを振り返り、やっと二人の存在に気付いた。
未央は邪気のない笑顔で笑うと、
「あれれ??ニューウェブの二人ぢゃん。どうしたの??私に何か用??」
と、陽気に聞いて来た。
二人は簡単に事情を話し、さくらの様子に心当たりがありそうな凛の行方を捜している、
心当たりはないか、と、単刀直入に未央に聞いた。
未央はその言葉を聞くと、バツが悪そうに苦笑いをして、頬を掻きながら、
同席している同僚の方を見て、謝りながら席を外す様に頼んだ。
第三者が居ると話しづらそうな空気を察した同僚アイドル達は笑顔で立ち去り、
間、髪を入れず、その席に亜子と泉が着いた。
それを見て、未央が、
「んー…何から話せば良いのかな…」
話し辛そうにしている未央に射竦めるような視線で見つめる二人、その視線をチラリと見返して未央は話し始めた。
「しぶりんが何処に居るかは知らないよ、でも、しぶりんがさくらちゃんに何をしたかは大体想像が付く」
そう言う未央の言葉に二人はグッと身を乗り出した。
「私達のプロデューサーが貴方達のプロデューサーになっちゃったでしょ??
取られちゃったと思ったんじゃないかなぁ…しぶりん、貴方達を見る目が半端じゃないくらい、ヤバかったから…」
「しぶりんもしまむーも正直、プロデューサーの事、愛しちゃってるから、嫉妬が凄いんだろうね…、
だから、しぶりんは多分、レッスン場で出くわしたさくらちゃんを潰しに掛けたんだと思う」
「潰しっ……」
思わず絶句する泉。
「って事は卯月さんもわざわざソロデビューして、Eランクになんて出て来たいう事は……」
恐る恐る聞く亜子に、未央は、
「うん、潰しに行ったんだろうね、ニューウェーブのランクアップを……」
何と言う事だろうか。
未央の話を聞く二人の気持ちは、絶望的、などと言う言葉すら生温い。
自分たちの遥か上の上、ほぼ頂点に位置するアイドルが自分達を潰しに来ていると言うのだ。
それも二人も。
しかも、自分達には全く身に覚えのない、プロデューサーの事を奪った、と言う濡れ衣で。
「そんな!!誤解です!私達はプロデューサーの事、尊敬はしてますけど、愛とか恋とかそんな…全然違います!!」
泉がテーブルをバンッと叩き、未央に主張する。
続いて亜子が、
「その通りです。うちらプロデューサーを取ろうなんて、そんな事これっぽっちも考えてへんのです。
大きな誤解があります!!」
「未央さん、お願いですから、他のお二人にウチ等はプロデューサーの事なんも思ってへんって事、
二人に伝えてくれませんか??」
縋る様な目で未央に頼み込む亜子、それを見て泉も深々と頭を下げる。
「うん、わかったよ、伝えとくね」
いともあっさり、拍子抜けするくらい簡単に、未央は頼みを引き受けてくれた。
一瞬キョトンとする二人だったが、その後、喜色に溢れた顔を見合わせ、喜び合った。
「良かった…、これで誤解は解けるんですね!!」
「本当に良かった…ウチ等もうアカン思いましたわ…Aランクが二人も敵に回ったらどないにもならんし…」
そして二人で未央の方を向きながら、泉が、
「コレで未央さんに二人説得して頂ければ、やっと私達のデビューが始まります!!
本当に有難うございます…私達、これから頑張りますね!!」
と、嬉しそうに語った。次いで亜子も、
「誤解が解ければ、ようやくウチ等も再出発出来そうやなぁ。次のランクアップフェスでは、
勝ち上がれる様に頑張らんと」
自分を鼓舞するように声を挙げた。
その言葉を聞いて未央は、笑顔を崩さずに、
「んー、でも無理じゃないかなぁ…。つぎのEランクフェス、しぶりんが出るしさ」
と、事も無げに言ってのけた。
笑顔の儘、固まる二人。 そして少しの時を置いて、泉が、
「……なんで…ですか…??説得、してくれるんじゃないんですかッ!?」
最後の方はふり絞る様に泉が声を張り上げた。
「プロデューサーの事とウチ等の事は誤解やと言うてるやないですか!!
ほんなら、Eランクなんて今更出る必要あれへんでしょ!?」
亜子も負けずに声を張り上げる。
そんな二人の勢いなど、柳に風と言わんばかりに、未央は続けて言ってのけた。
「なんで?邪魔するよ??これからもずっと。次はしぶりん、その次はわたし。上になんて行かせないよ?」
「ずっとずっと邪魔をする。可能な限り潰す。ニューウェーブのプロデューサーが、あの人な限り、
あんた達ニューウェーブは私達ニュージェネの敵だよ??」
変らず笑顔で語る未央、その時にやっと二人は気づいた。
未央の笑顔の眼が、全く笑っていない事に。
「何故……っ」
絶句しながら訪ねる泉、その質問に未央は初めて表情を変えて、人形の様な無表情で、
「だって……私達からプロデューサーを奪ったじゃない」
「プロデューサーを好きかどうかなんて関係ないよ、私達からプロデューサーを奪った。その事実が全てなんだよ」
「貴方達が存在する限り、私達にはプロデューサーが戻らない。だったら貴方達の事を潰すしかないじゃない」
「貴方達さえ居なくなれば、きっとプロデューサーは私達の所へ帰って来てくれる」
「だから、私達は貴方達を潰しに掛けるんだよ、念入りに、これからも、ずっと」
無表情で一気に捲くし立てた未央、最後の一言だけは、今日二人が彼女と話し始めてから多分初めての、満面の笑みだった。
その笑顔に、二人は、心底恐怖し――
絶望した――
「なんでですかっ!?理由を聞かせて下さいっ!!」
朝、プロデューサーが自分のデスクの前に行くと、アシスタントの女性が、
常務が呼んでいるとプロデューサーに告げてきた。
何事かと思い、急いで行くと常務はプロデューサーにニューウェーブのプロデュースを
解任する事を宣告してきたのだ。
納得のいかないプロデューサーは、常務の重厚な造りの机をバンッと叩き、
理由の説明を求めた。
机の脇に立ち、曖昧な笑顔を浮かべ、言い辛そうにしているアイドル部門の直属の上司を尻目に、
常務は冷静な声で冷たくプロデューサーに告げた。
「ニューウェーブのメンバー本人達からの申し出だ」
「彼女達が…??そんな……」
プロデューサーは頭を鈍器で殴られた様な衝撃を受けた。
短い付き合いとは言え、お互い十分に話し合い、それなりの信頼関係を築けていた筈だ、
それが急にどうして……。
「一人程度ならまあ、様子も見るのだがな、メンバー全員に配置転換を申し込まれたのだ、
要求を拒む訳には行くまい??」
「寧ろ逆に私が聞きたい、この短期間にメンバー全員に拒まれるとは……君は一体何をしたんだ??」
プロデューサーはこっちが聞きたいくらいだ、と思った。
「全く心当たりがありません……、お願いです、常務。彼女たちと話をさせて貰えませんか??」
と、プロデューサは必死に常務に懇願した。
何か重要な食い違いが有る。話し合って分かり合いたい、しかしプロデューサーが臨んだそんな
僅かな願いは、常務の言葉によって速やかに却下された。
「却下だ。彼女達は君と会いたくないそうだ。……配置転換が望めないなら引退する、とまで言っている」
プロデューサーはあまりの絶望に俯いた。
そこまでか、そこまで嫌われる程の事を俺がしたというのか。
俯き、拳を握り締めるプロデューサー。
そんなプロデューサーを冷ややかに見つめながら常務は、
「先日のフェスでも彼女達は実力を出しきれず、ひどい有様だったらしいじゃないか…
君の指導は彼女たちに合っているとは到底言い難い。」
「知ってのとおり彼女達は我が社の次世代を担う金の卵だ、これ以上傷物にされる訳にはいかん」
常務は冷徹に語り、最後にこの一言でプロデューサーを絶望に叩き落とした。
「君には失望したよ、下がりたまえ」
翌日からプロデューサーは休暇を取り、都内の某酒場に居た。
プロジェクトから外された彼の休暇申請は驚くほど速やかに許可され、その事すらも彼の内心を傷つけた。
もう、自分は社には必要とされて居ないのかもしれない。そう考えれば考える程、彼の飲めない酒は進んだ。
先程から止めに入っていたバーテンダーも今では諦めて、言われるままに泥酔寸前の彼に
酒を差し出していた。
辛い、今まではこんなに辛い事はなかった。
いや、あったのかも知れない。
しかし、その時にはいつも隣に彼女たちが居た。彼の育てたニュージェネレーションズが。
会いたい、彼女達に。あの三人に。
既に良い大人だと言うのに、情けない事に涙まで溢れて来た。
それでも尚、酒を口に運ぼうとすると、隣の席に人が座る気配がした。
涙で滲んだ瞳で反射的にその方角を見るプロデューサー。
するとその視界にはプロデューサーに向けて微笑みかける、島村卯月の姿が有った。
遂に幻覚まで見始めたのか。
そう思い、頭を振って酔いを醒まそうとすると、更にその後ろに二人、渋谷凛と本田未央が立っていた。
プロデューサーが余りの事に絶句して、
「お、お前ら、こんな所に何故……」
と、尋ねようとすると、卯月が、
「迎えに来ましたよ、プロデューサー」
とプロデューサーに微笑みかけてきた。
「ほら、フラフラじゃない、ダメじゃない!お酒強く無いのにそんな飲んじゃ!!」
ふらついた身体を脇から未央が支える。
「話、聞いたよ…、一方的な解任なんて…酷いね、あんまりだよ…」
凛がプロデューサーの腕をきゅっと掴み、俯く。
その様子に少しだけ冷静さを取り戻したプロデューサーは、そんな凛を慰めようと、
「ああ…情けない話だけどな……何故かアイドル達に拒否されちまってな…恥ずかしい話だよ…」
と、自嘲気味に呟いた。
「私のせいでしょうか…??私がニューウェーブのみんなの邪魔したから…私、そんな筈じゃ……」
今度は目の前の卯月の瞳が潤む。
それを見てプロデューサーは、
「い、いや、卯月の所為じゃない、ないんだ!! 俺が確認を怠った所為だし……、
何より、アイドル達との間に、信頼関係を気づけなかったのが、一番の原因だし、な……」
顔を合わせるくらいなら引退する。
そこまで言わしめたくらい、俺はあの子達に何かをやらかしてしまったのだろうか??
ニューウェーブの三人の顔を思い浮かべながら、彼女達と共に過ごした時間を思い出す。
到底そこまで嫌われるようなことは、何も無かったはずなのだが…。
「嫌われるようなこと、した覚えは無いんだがなぁ…」
その思いが思わず愚痴のような形で、呟きとして現れた。
「プロデューサーがアイドルに嫌われるようなことする筈ないじゃん!!
それは私達が一番よく知ってるよ!?」
項垂れる肩を掴み、未央が力強くプロデューサーに告げた。
プロデューサーはその心強い言葉に、思わず目に溜まった涙が溢れた。
抑えきれない涙は頬を伝い、プロデューサーの顔から流れ落ちた。
大の大人が少女たちの前で大量の涙を流したのだ。
周りから見たら情けない事この上ない光景だろう。
それでもプロデューサーの周りに立つ三人は、少しも呆れた様子を見せず、まず卯月が、そして凛が、未央が、
滝の様に涙を流すプロデューサーの頭を三人で、抱え込む様に抱きしめた。
「いいんですよ…、プロデューサーは何にも悪く無いんです…」
卯月がそう、優しく告げる
「私達をここまで育てたプロデューサーに問題が有る訳無いじゃない…、有るとしたら、向こうに有るんじゃないかな」
凛がプロデューサーをかばう様に続いた。
「…良いんだよ、辛いなら泣いても。プロデューサーの傍には何時だって私達が付いて居てあげるから…」
そして、未央がプロデューサーを安心させるように、そう呟いた。
三人の胸に挟まれる様に抱かれたプロデューサーはその言葉を聞いて、泣いた。
世界に四人しかいない様に、人目も憚らず、大声で哭いた。
そして、一頻り喚いて落ち着いたところで卯月がプロデューサーに告げた。
「如何でしょう…プロデューサー、もうやる事が無いなら、私達の所に帰って来てくれませんか…??」
続いて凛が、
「上の人達には私達から言っとくからさ…、新しい人も悪くないんだけど、やっぱり慣れているプロデューサーが一番だし…」
最後に未央が、
「それぞれソロ活動もはじめて忙しいしさ…、帰って来てくれるとすごく助かるんだけど…、どうかな??」
プロデューサーの顔を伺うように聞いて来た。
それを聞いてプロデューサーは、
「良いのか…??お前たちを置いていくみたいにしてしまった俺が、今更、戻っても…??」
縋る様な表情でプロデューサーが顔を挙げて三人に尋ねる。
それを見て卯月が、
「そんな事全然気にしてませんよ!!それよりプロデューサーが戻って来てくれる方が嬉しいです!!」
と真剣な表情で告げた。
それを聞いてプロデューサーの眼は再び潤み、再び三人の胸に顔を埋めると、
「わかった、わかった、わかった…っ」
と、壊れた様に、ただ言葉を繰り返した。
「良かった…コレで元通りだね…。でもダメだよ、プロデューサー…?
今度は私達を置いて行ったりなんかしちゃぁ……??」
プロデューサーを胸に抱きしめながら、そう、凛が窘める様に呟く。
それを聞いてプロデューサーが、
「ああ…今回の事で俺にはよくわかった…俺にはお前たちが必要だ……もう離れない…絶対に離れないよ…」
と、嗚咽交じりで答えた。
その言葉を呟いた時、プロデューサーは三人の胸に顔を埋めていた。
だからこそ、またも気が付かなかった。
その言葉を聞いた、その瞬間の三人の顔、澱んだ瞳に歪んだ口端、
勝利を確信したその勝ち誇った狂気の貌を――
唯一、その貌を垣間見たバーテンダーは、その三人の表情を見て、恐ろしさに顔を背けた。
完全に見なかったことにするのが、正解だと長年の稼業の経験が告げていたからだ。
それにしても―― バーテンダーは横を向きながらも、思う。
泣きわめき項垂れる青年をその胸で抱きしめ、慰める三人の少女。
それだけを見ると絵画の題材にも使えそうなモチーフなのに――
バーテンダーの眼には三人の少女は、青年を閉じ込める、
無機質な三角形の檻にしか見えなかった――
【完】
このSSまとめへのコメント
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