雪ノ下雪乃「千葉のぼっちはみな踊る」 (5)

雪ノ下雪乃が部室へと戻ってきた時には、そこに巨大なヒキガエルがいた。

つい先程までは、そこに比企谷八幡がいたはずだった。だが、今そこにいるのはヒトラーの『我が闘争』を読んでいるヒキガエルだった。

ヒキガエルは机の端の方に仕方なく置かれたかのような椅子に座り、前足を器用に使って本の頁をめくっている。

雪ノ下はドアの前で固まり、自分の意思とは無関係にその巨大なヒキガエルを凝視せざるを得なかった。

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雪ノ下の記憶の中には、少なくとも本を読むヒキガエルの存在は刻まれていない。

そもそも、人に匹敵する大きさのカエルというものを雪ノ下は知らない。

なら、このヒキガエルは一体何なのか。

それに、先程までいた比企谷八幡はどこに消えたのか。

このカエルに食べられてしまったのかとも雪ノ下は考えたが、カエルは人を食べないはずだとすぐに思い直した。

知らない間に部室から出ていったのだろうか?

あるいは、比企谷八幡が唐突にカエルに変わり、しかも本人はその事に気付いていないのだろうか?

雪ノ下は恐る恐る足を進めて、そのヒキガエルに声をかけてみた。

「あなたは……比企谷君なのかしら? それともヒキガエルなのかしら?」

ヒキガエルは軽く雪ノ下の方を向くと、頬袋を膨らませながらゲコゲコと鳴いた。

それはやや高く、かといって高過ぎもしない鳴き声だった。比企谷八幡の声ではない。何の声かと問われればヒキガエルと答えるのが一番しっくりくる。そんな鳴き声だった。

雪ノ下は、これは比企谷八幡ではなくただの巨大なヒキガエルだと結論付けた。

「つまり、あなたはヒキガエルでいいのね?」

そう尋ねると、ヒキガエルは先程よりも頬を膨らませて、またゲコゲコと鳴いた。ヒキガエルの表情など読めはしないが、それはまるで抗議しているように雪ノ下には見えた。

「違ったのかしら……?」

またヒキガエルはゲコゲコと鳴いた。何を言っているのか、また何を言おうとしているかが雪ノ下にはわからなかった。

「ごめんなさい。ちょっと人間の言葉で喋ってもらわないと……」

雪ノ下が困った表情を浮かべると、ヒキガエルは諦めたのか、軽く鳴いた後でまた静かに読書に戻った。軽く頁をめくる。

しばらくの沈黙の後、雪ノ下はまた尋ねた。

「比企谷君を、あなた知らないかしら?」

ヒキガエルは答えなかった。

「さっきまで、あなたが座っていた席にいたのだけれど……」

ヒキガエルは本に目を落としたまま、ゲコゲコと小さく鳴いた。

雪ノ下はわずかに溜め息をつくと、仕方なく自分も席に座り、読書を始めた。

比企谷八幡が戻ってきたら、このヒキガエルについて尋ねるつもりだった。

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