記者「解説役養成学校を取材することになった」 (24)


「こうなったら、奥義を見せてやる!」

「なんだあの技は!?」

「昔見たことがある……あの技は――」



こうした一連の流れは、戦闘においてよく目にする光景である。

このような戦闘中繰り出される構えや技などを解説する人間のことを、「解説役」と呼ぶ人は多い。
しかし、彼ら「解説役」を養成する学校があるというのは、ご存じない人が多いのではなかろうか。

無理もない。雑誌記者である私ですら、存在を知ったのはごく最近のことだったのだから。


今日、私はその「解説役養成学校」の取材にやってきていた。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1480072214


応接室に案内され、さっそく学校の校長と名刺交換をする。


「本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

「さっそくですが、この学校のカリキュラムについて教えていただきたいのですが」

「では、校内を案内しながら説明いたしましょう。こちらへどうぞ」


私は校長の後をついていくことになった。


最初に到着したのは、まるでマンモス大学のような広い教室であった。

授業の最中に入室する格好になったが、こちらを振り向く生徒は一人もいない。
素晴らしい集中力である。

私は講師の話や黒板の文字から、授業内容を推測する。


「これは……空手の授業をしているのですか?」

「はい、解説役は、あらゆる武術について知識を持っていないといけませんから」


いわれてみれば当然のことである。
知識がなければ、どんな技だろうと、構えだろうと、解説することは不可能だ。


「解説役は、空手や柔道といったポピュラーな武術はもちろん、
 古流武術や超能力めいた戦闘術など、あらゆる武術に精通していなければなりません。
 未知の技を目にしたとしても、“あの技と似ている”ぐらいのことは言わねばなりませんしね」

「なるほど……」


想像しただけで、とんでもない勉強量が必要になることが分かる。私は少しぞっとした。


「こうして知識を蓄えることで、ようやく一人前の解説役になれるということですね?」

「いえ、知識だけでは不十分です」

「え?」

「こちらへどうぞ」


私は案内されるまま、次の部屋へと向かった。


続いて案内された部屋は、先ほどよりもだいぶ小さかった。

数十人の生徒が、ものすごいスピードでなにやら口ずさんでいる。



「生麦生米生卵、生麦生米生卵、生麦生米生卵!」

「青巻紙、赤巻紙、黄巻紙! 青巻紙、赤巻紙、黄巻紙!」

「東京特許許可局、東京特許許可局、東京特許許可局!」


「これはいったい……?」

「早口言葉の訓練です」

「なぜ、早口言葉を……?」

「戦闘は刻一刻と状況が変化します。そんな中で適切な解説を行うには、早口の技能が必須なのです。
 たとえば、ある技が繰り出されたとしましょう。解説役は当然、その解説を行います。
 しかし、解説している間に、他の技が繰り出されたらどうでしょう?
 聞いている人は困ってしまいます」

「たしかに……」


さっきの技の解説を中断されても困ってしまうし、
かといって新しく繰り出された技の解説をしてもらわないと、これまた困ってしまう。


「戦闘の早さについていけなければ、解説役は解説役として失格なのです」


校長の目は厳しい光を宿していた。


「しかも、早口でありながら、聞いている人が聞きやすく話さないといけないんですよね?」

「その通りです。早いだけではダメなのです」


まるでアナウンサーだ。いやアナウンサーよりきついのかもしれない、と私はふと思った。


「では次の部屋に参ります」

「よろしくお願いします」


校長とともに、次の部屋に入る。
テレビのような装置が大量に置いてあり、どうやら今は授業中ではないようだ。


「こちらの部屋は?」

「解説役に必要不可欠な、一瞬一瞬の判断力を養うための部屋です」

「判断力……?」

「私が説明するより、体験してみた方が早いでしょう。さ、どうぞ」


促されるままに、私は一台のテレビの前に座った。

すると――


画面に一個のリンゴが映し出された。


「リ、リンゴ!」


とっさに私が叫ぶと、今度は自転車が映し出された。

なるほど、そういうことか。


ここは、映し出された物がなんであるかをいかにすばやく答えられるか、
その一瞬一瞬の判断力を試し、鍛えるための部屋なのだ。

一種の知能テストのようだが、これがなかなか難しい。

私は四苦八苦しながら、時には「分かりません」を交えつつ、画面に向かって回答し続けた。


テストは5分ほどで終了したが、私は軽い頭痛を覚えた。

脳みその普段は使っていない部分を激しく動かした……そんな感じであった。


「初めてにしては素晴らしい成績ですよ」


校長のこの言葉には、かなりのリップサービスが含まれていることは想像に難くない。


まだ頭痛が残るうちに案内されたのは、巨大な体育館のような施設であった。

中を見学させてもらうと、生徒たちがランニングをしたり、ダンベルを持ち上げたり、
スパーリングをしたり、と汗水を流している。

私は首をかしげ、率直に疑問を口にした。


「あの……どうして解説役を目指す人達が体を鍛えてらっしゃるんですか?
 戦いを眺めてしゃべる立場なんですから、体を鍛える必要はないと思いますが」

「そんなことはありません。強い肉体がなければ、解説役は務まりません」

「どういうことでしょう?」


「解説役は常に安全な場所で解説できるとは限りません。
 場合によっては、戦闘に巻き込まれるケースもあります」

「それは、そのとおりですね」

「たとえば、AさんとBさんが戦っているとして、Aさんが強風を巻き起こすような技を出しました。
 この時、解説役はこの技を解説しなければなりませんが、
 もし解説役が強風で吹き飛んでしまったら……」

「……そうか、解説役がいなくなってしまう!」

「そうなのです。ある程度の強さも持っていないと、解説役は使命をまっとうできないのです」


豊富な知識と早口の技能、一瞬の判断力、加えて強靭な肉体までも持ち合わせていなければならないとは――
私は改めて、「解説役」という山がいかに険しいかを実感した。


廊下を歩きながら、私は校長に感想を述べた。


「これほどまで厳しいカリキュラムを乗り越えなければ、完璧な解説役にはなれないんですね」

「そうですね。しかし、“完璧な解説役”が常に正しいかというと、そうとは限りません」

「えっ?」


予想外の言葉だった。


「解説役の役目は、戦闘を解説することだけでなく“場を盛り上げる”ということも含まれています」

「はい」

「もし、戦闘の全ての技をよどみなく解説したとしたら、聞いている人は分かりやすいですが、
 緊張感が削がれてしまう危険性があるのも事実なのです」


たしかにそうだ。

とてつもない悪党が、世界を破滅させるような大技を使ったとして、
それを解説役が淡々と解説してしまったら、世界滅亡の危機感などどこかに吹っ飛んでしまう。

たとえ技を知っていたとしても、空気を読んで解説をしなかったり、「こんな技見たことない……!」と
リアクションした方が正しいケースもあるのだろう。

こればかりは場数を踏んで学ぶしかない、と校長はいう。

私は思わずうなってしまった。


「うーむ、解説は奥が深い!」

「でしょう?」


校長は心底から嬉しそうに微笑んだ。


巨大な学校をだいたい一周すると、写真が並べられている一角があった。
歴代の校長の写真、という感じでもない。


「彼らは……?」

「ここには特に成績優秀だった卒業生たちの写真が並べられています。
 生徒たちは彼らを目標に頑張っているのです」


写真を見ると、スピードワゴン氏、雷電氏、本部以蔵氏、テリーマン氏など、
私ですらよく知っているそうそうたる顔ぶれがずらりと並んでいる。

解説役どころか、戦士として一流の人も数多い。

彼らはこの学校で厳しい訓練を経たからこそ、それぞれの分野で素晴らしい解説役、
いや解説役以上の役割を担うことができたのだ。


やがて、取材が終わった。私は校長にお礼を述べた。


「本日はありがとうございました。いい取材をさせてもらいました」

「それはなによりです」

「ちなみに、この学校は主に戦闘における解説役を育成していますが……
 他の分野における解説役の養成学校もあるんですよね?」

「さすがに鋭い。まだ世に知られてはいませんが、我が校の姉妹校は各地に点在しています。
 スポーツの解説役や、ゲームの解説役、医学、経営、教育……とさまざまです。
 我々はあらゆるニーズに対応できるよう、解説役を養成しているのです。
 もちろん、姉妹校同士の交流も頻繁に行われています」


いずれそれらの姉妹校にもお邪魔してみたいものだ、と私は思った。

再び頭を下げてから、私は学校を後にした。


さて、学校を出て街を歩いていると、こんな声が聞こえてきた。


「あの人は!」

「知ってるのか!?」

「ああ、××出版社に勤めてる凄腕の記者だ! きっと今日もすごい取材をしたに違いないぜ!」


どうやら私が思っている以上に、世の中に解説役というのは存在するようだ。







― 終 ―

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