モバP「ひゃくはち」 (15)

こんばんは。

掲示版には初めて投稿します。

読んでいただければ幸いです。

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――煩悩の数は108個。

ボールの縫い目も108個――。

「始球式ってさ」

「ん?どうした?」

「プロデューサーも一緒に出来ないのかな?」

「……馬鹿かオマエは」

はぁ。と大きなため息が聞こえた。

「これでも高校時代はちょっと名の知れたピッチャーだったんだぞ」

「もしそれが通るんだったら始球式が滅茶苦茶になるのが分からないのか?」

「知ってる。流石にそれは無理だな」

「分かってるなら……ウチで遊ぶなっ!」

噛みつかん勢いで美玲は俺に悪態を吐く。

数日後に控えた始球式を前にして俺達は球場にいた。

ライブだってリハーサル前に舞台を見るものだ。

一瞬とは言え会場の人間が自分に注目してくれるならそれはライブと変わらない。

だから同じように準備すべき。

どこで仕入れてきたのかそんな立派な建前を垂れた美玲は興味深そうに球場の中を見ていた。

「広いなッ」

「そりゃ、野球場だからな」

「なんか釣れないな……そんなに始球式投げれないのが嫌なのか?」

「いや、そういう訳じゃないって」

皆、可愛いアイドルを見に来てるだろうにそこで意気揚々とおっさんが投げて何になるって言うんだ。

尤もいつかはやってみたいという気持ちがあるのも嘘ではないけど。

煩悩の数とボールの縫い目が同じ108個ってのは誰かが言ったか知らないけど洒落た表現だ。

きっと野球をやっていた人間は煩悩の塊なんだろう。

「ユニフォームも特別に用意して貰うと本当にライブみたいだな」

「そうだなッ。やっぱりウチが言った通りじゃないか」

「そうだな」

「プロデューサーも同じ奴持ってるのか?」

「いや、持ってないな」

「そうなのか……」
さっきまでのテンションとは違い幾分か気落ちしたかのように美玲は声のトーンを落とす。

心なしか表情も暗い。

ただ、残念ながら流石にプロデューサー用まで用意してくれる球団なんてない。

「あー。あれだ。考えてみろ。なんて俺が早坂なんて刺繍されたユニフォーム持ってたら変だろ?」

「そうか?」

「同じ苗字でもないのにお揃いは変だろ流石に」

「……っ!」

何を思ったのか美玲は顔を真っ赤にして俺に右腕に数回はたく。

ベチベチとビンタに良く似た音を上げながら俺の腕が鳴った。

後で見たら腫れてそうだ。

「小学生か……お前は」

「ど、どっちが!」

「ホントだな」

苗字が一緒の物を持ってたらどうなるんだろうな。

好きな子を自分の苗字に変えたり、その逆をしてみたりなんて小学生で卒業してるはずだ。

「そ、それで、自分用のはあるのか?」

「こだわるなぁ……あるぞ」

「ホントか?」

さっきとは違う不安に揺れる瞳で俺を見上げる。その瞳の奥に宿る真意は俺は計りかねていた。

「流石に自分の名前入りだけどな」

「ま、まぁ、それはそうだよなッ」

「早坂が良かったか?」

「だ、誰が!そんなこと言ってないだろッ!」

「悪い悪い」

顔を真っ赤にして怒る美玲をからかいながら俺と美玲はベンチに続く階段を下りていく。

一般人なら入れないが今回は特別に入れて貰うことが出来た。

こういう所は役得だと感じる。

独特な雰囲気を持つ階段を下り切ると視界の先に太陽の光が見えた。

「なんかカッコいいな」

「だよな」

「プロデューサーもあの光の向こうで投げてたのか?」

「まぁな。昔の話だ」
高校までの話。

実際はこんな大きな所で投げた訳じゃなくて小さな地方球場に二回戦でダメだった。

ま。そんな話は割愛して。

「おー芝が綺麗だ」

「プロの仕事だな」

グラウンドに一礼して入ると美玲はネクストバッターズサークル付近でクルクルと回り始めた。

どうしたのだろうか。

「ここからだと席に座ってる皆の顔が見えそうだなッ」

「そうだな。きっと見えるだろう。それにあそこならもっと見えるぞ」

俺はマウンドを指差す。

ステージで例えるならソロパート。

独壇場であるマウンドを。

「登っていいかッ?」

「一応許可は取ったがあんまり汚すなよ」

「分かってるって」

そう言ったせいか、美玲はマウンドに実際に登ることなく真横で立ち止まった。

ネット裏から視線をバックスクリーンまで動かす。

「……試合で勝ったら」

「ん?」

「どこ対どことか全然覚えてないんだけど、ピッチャーがキャッチャーに抱き着いてたなぁ…って」

言われてみればよくある光景だ。

「美玲」

「んっ?」

先程買っておいたある物を美玲に投げた。

「わっ、わっ! いきなり投げるな……ってボール?」


「ボール。煩悩の塊」

「煩悩?」

「あぁ、縫い目が108個あるんだが、その一つ一つに球児の想いが詰まってるんだよ」

「……重い球なんだな」

150gにも満たないボールをジッと見つめながら美玲はそう呟いた。

「想い球だな。尤も新品にはそんな想いは詰まってないけど」

「夢のないことを言うなッ!」

「まぁまぁ」

俺の返事を聞いていたか知らないが、美玲はそのままボールを見つめて動きを止めた。

なにか付いていたか?

「プロデューサー」

「ん?」

「あっち行ってくれ」

「あっちか」

指差された方向はホームベース。

俺はホームを踏まないように、美玲と立っている場所の延長線上に座った。

「行くぞッ!」

美玲の意思を確認することなく座った俺に対して、なんらコメントもなく美玲は振りかぶった。

見様見真似で不格好なワインドアップ。

「ていっ」

ややぎこちないテイクバックからボールがリリースされる。

結果は分かっていた通り俺と美玲の間で数回バウンドした。

ただ、ボールは俺の手元に届いた。

「ナイスボール」

転がって来た球を左手で捕りつつ、一人でそう呟いていると俺の目の前に美玲がいた。

「ど、どうだッ!」

「ん?」

「だから、想いッ…あぁ!なんでもないッ!」

「あぁ、なるほど」
 
思惑を理解した俺は美玲を抱え上げた。

「ひゃっ!?こ、このヘンタイッ!」

数度の罵倒とビンタを俺に浴びせた後美玲は大人しくなった。

「想いは伝わりましたよ」

「……ん」
煩悩ってのは欲望のことで。

やっぱり俺は欲張りで。

いつか美玲投手を胴上げしたいと思った。

終わりです。

読んで下さった方ありがとうございます。

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